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プロローグ 《竜玉》 ~二十五~

 携帯電話が鳴る。協議会から返却された、式に持たされたものだ。


 画面に表示される発信者の名は、緋桜式。


 来たか、と九郎は思う。


 この時間、綾瀬九郎は一人で夕方の道路を歩いていた。市内を東西に分ける敦賀川は国の基準で一級河川に分類され、長年に亘って水質改善に取り組んできたことでも知られている。


 敦賀川に架かる敦賀大橋の通路は歩行者用と自転車用にわかれていて、市民ランナーを何人も見かけた。河原では許可を得た上でしているのか、無許可なのか、バーベキューをしている家族連れもいる。夏ともなると川で泳いで遊ぶ子供たちも多く、安全管理を担う行政は頭を抱えているという。


 夕日が揺らめく川面、影が少しずつ伸びていき、太陽の光と人々の生活の光が徐々に混じり合っていく。


 恋人どうしで歩いていたならさぞや雰囲気が盛り上がったろうに、九郎が受けた電話は、ロマンチックな雰囲気の欠片もなかった。


「よお、式。思ってたより、連絡が遅かったな」

『そうかな? 協議会から解放されるだろう頃合いを見計らったのだけど?』

「見張ってただろ?」

『九郎が協議会に傷つけられるんじゃないかと心配だったからね』

「嘘つけ。お前がそんな危険のあるとこに俺を置きっ放しにするかよ」


 子供どうしが交わす会話とは思えない。二人とも「普通」とは一線を画した背景を持っているためか、流行りのゲームのことなどが話題に上ることはまずない。年齢に応じたトレーニングや、格闘技や武器術の習得に関する話題、あるいは政治や経済の動向などを話し合うことはあるのだが。


「ニュースを見たぞ、式」


 ただし、この日の話題はそれらのいずれでもない。九郎が街中を移動している最中、街頭ビジョンでも大きく扱われていたニュースがあった。


 サッカーで強豪国を破ったとか、国際大会で新記録を出して優勝したとかの心温まるニュースではなく、殺伐として、今後に血生臭い混乱を巻き起こしかねないニュースだ。常城市最大の暴力組織である常城興産のボス、緋桜和真が死んだのである。ニュースで聞いた程度の情報でしかないが、緋桜和真は射殺されており、犯人は常城興産に所属する宮川という人物だという。


 九郎は宮川の顔に見覚えがあった。式の側近だった男だ。宮川はそこそこ優秀だが組織のボスになれるような器ではなく、ボスの緋桜和真との間に不和が発生し殺害したのだろうとのことだ。


「随分と無茶をする」

『もっと早くにこうしておくべきだった。和真はお前に危害を加えようとしていた。その和真にお前のことを教えたのが宮川だ』

「そんなとこだろうと思ったよ」


 式は我慢を知っている人間であり、必要ならいくらでも耐えることができる。同時に特定の分野については驚くほど沸点が低い。


 特定の分野とはつまり九郎のことであり、緋桜和真はつまるところ、虎の尾を踏んだのだ。


 常城市とその周辺は今後、少なくとも裏の世界においては、大きな混乱が相当な期間に亘って渦巻くことになる。市内最大の暴力組織のボスが急死。和真は権力や富を自分だけに集中させて、後継者や幹部を満足に育成してこなかったから、組織はガタガタになるだろう。


 組織壊滅を狙う法執行機関、縄張りの乗っ取りを画策する裏世界の住人たちが複雑に入り乱れる。ひょっとすると、国内で最も危険な街との悪名を手に入れてしまうかもしれない。


 以上はメディアやネットを中心にした意見であり、式の考えとは違う。式は混乱こそあれど長引きはしないだろうとのことだ。


「常城興産はどうするんだ?」

『日本の捜査機関は優秀だ。和真が用意できる程度の防壁はすべて突破して、取引相手の情報も根こそぎ手に入れるだろう。一代で努力して作り上げた組織も、完全に叩き潰される。隙を狙って進出してくる奴らも多いだろうが、常城興産ほど大きくなるのは難しい。しばらくは混乱してもすぐに治安は回復されて、常城興産は跡形も残らない。常城興産が持っている情報を元にして、いくつかの犯罪組織も潰されるだろうね』

「警察への情報提供もしたのか?」

『それは道徳に反する。私の道徳の成績がいいことは知っているだろ?』

「四か五じゃなかったかな? つまり道徳に反しても平気な連中にそれとなく情報を流したわけだ」

『コントロールを外れて勝手をする人間はどこにでもいる。私もまだまだ力不足なんだ』

「俺と同様に、か?」

『そうだな』


 二人の間に幾ばくかの沈黙が降りる。九郎も式も、力不足を実感していた。実感し、痛感している二人は、力を得るための努力を惜しまないことをとっくの昔に決めていた。


 それはつまり、二人にとって一時の別れが来たことを意味している。


『私は国を出る。海の向こうで、少しばかり修行でもしてこようと思う』


 修行、の単語に九郎は思わず吹いてしまった。


「いや、修業は俺のほうだろ。お前が修行するとは思えない。車椅子を使った戦闘術でも開発するつもりか?」

『悪くないような気もするけどね。九郎は協議会に入ることに決めたのか』

「お膳立てをしたお前が言うな」

『私がなにもしなくても、いずれ九郎は神秘の門を叩いたよ。どの門を叩くかだけが不安だったから、協議会を勧めたんだ。緋桜和真と取引をするような組織に入らないとも限らなかったし』


 復讐に必要な力が手に入るなら、確かに九郎はどんな組織にだって飛び込んだかもしれない。目的を達成するために神秘の力が必要な状況に陥ったなら、九郎は躊躇いなく手を伸ばす。力を手に入れることができるのなら、選ぶ相手が協議会である必要もない。だが入った後で後悔するケースはあるだろう。組織によっては訓練を提供する代わりに、望まない仕事を強要される可能性はある。


 式が勧めるということは、少なくとも協議会はそういった傾向が薄い――ない、とは言い切れない――ということだろう。


「俺は衛士を目指す。俺にくっついてるこの神秘を使いこなすためにな。できるだけのことをするんじゃない。できなくても、なにがなんでもやり遂げる。必ず、この力を使いこなして見せる」

『そうか。なら私は、私の帝国でも作り上げようか』

「お前が言うとシャレに聞こえないんだが」

『本気だからね。お前同様に』


 夕日に染められた橋をゆっくりと歩くきながら、あるいは半身と言っても差し支えない相手と会話を交わす。


 どれだけの別れになるのかわからない、ひょっとすると永遠の別れになるかもしれない。


 心を満たす親愛と、心を引き裂くような現実。


 できるならいつまでも話し続けたいと思いつつも、終わらせるときが来たことを二人は知っていた。


「じゃあな、式。病気とかに気をつけろよ。お前は体が弱いんだから」

『ありがとう。そっちも体を厭うんだ』


 少しだけ、ほんの数秒の沈黙。


『ああ、最後に。九郎、お前の神秘について伝えておくことがある。お前の持つその神秘は、《竜玉》という』


 通話が切れる。


 川面を撫でた風が九郎にまで届く。


 枯れ葉といくつかのゴミ、風に乗った鳥たちが夕日の中に消えていく様子を、九郎は見送り、用を終えた携帯電話を川に投げ捨てた。


今話でプロローグは終了になります。

お付き合いくださり、ありがとうございます。


今週と来週は投稿はお休みさせていただき、

再来週から再開する予定です。


今後もよろしくお願いします。

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