表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/51

プロローグ 《竜玉》 ~二十~

 式としては《鬼爪》=三山は自分の手で処理したい。だが九郎の感情を考えるととてもできない。保護と助力の役目を協議会に任せざるを得なかったのは、苦汁ともいえる決断だった。


 危険度の高い《竜》を協議会が殺処分に動く可能性はどうか。


 ない、と式は確信にも似た考えを持っていた。


 秘蹟協議会は神秘や幻想から人々を守るためには手段を選ばない一面を持つが、同時に神秘や幻想を保護することも役割だと自任している。


 竜化するような神秘は確かに危険だ。だが九郎と一体化している状態で発動していることを踏まえると、強制的に引きはがすと神秘が沈黙してしまう危険性もある。神秘の保護を優先する協議会としては絶対に避けたい事態だろう。


 式の最優先事項は九郎の安全だ。九郎と石の分離によって、九郎の生命に危険が生じることは、いかなる手段を用いてでも絶対に阻止する。且つ九郎の保護を協議会に任せるつもりでいた。


 神秘のことを多少は知っている程度の自分と、専門家、それも専門家集団である秘蹟協議会とでは、持っている情報量や対処方法のノウハウなどの蓄積量が決定的に違う。


 九郎は今後も仇を求め続ける。今のままでは訓練は自己流、装備品の調達は式頼み。情報を得る伝手も少なく、一筋の光明すら見いだせない。協議会に所属すれば、訓練も情報も装備も、現状の緋桜式の持つものとは比較にならない水準のものが手に入る。


 極めて腹立たしい。九郎の役に立てない自分も、九郎を協議会などに任せてしまうことも、そして、実父である緋桜和真のことも。


 ――――綾瀬、だったか? 竜になるような化物らしいじゃねえか。お前が持ってる情報と現物、全部寄こせ。いい金になりそうだからよ。


 数時間前、どんな手段を使ったのか、九郎と竜化のことを知った緋桜和真が愚論を持ち込んできた。ドラッグの取引先である東南アジアの筋から、神秘の買取について高額を提示されていたらしい。


 全身獣化ができるような代物は、たった一つでもドラッグの年間売り上げにも匹敵する、または上回るような高値で取引されるとあって、文字通り飛びついたという経緯だ。


 神秘や幻想に興味を持っておらず、手に入れば、程度の軽い考えであったのに、手の届く直ぐ近くにとんでもないお宝が転がっているとわかって色めき立ったのである。


 当然のこと、式は実父の要求を断った。


 激怒する和真に、式は落ち着いた声で説明する。量産化の目途がつきつつある、と。一つでも多大な利益を組織にもたらすのに、複数となるとどうなるか。和真は欲望に浸りきった笑みを顔中に張り付かせた。


 もちろん嘘だ。神秘の中には量産されているものも、もちろんある。式が九郎に渡したナイフなんかはその代表格だ。しかし全身獣化をさせるような神秘ともなると、素材や仕組みの解明すらできていない。量産などできようはずもない。


 この瞬間、親子の道は完全に断ち切られた。


 式は、緋桜和真を殺す、と決める。その場で和真を殺さなかった己の自制心に、式自身が驚いていた。《鬼爪》の件で九郎をサポートするのに兵隊や武器を持ち出すにあたって、緋桜和真にはまだ生きていてもらわなければ困るからという理由があるにせよ。


 このことも、九郎を協議会に任せると決めた理由の一つであった。今のままでは式の力は不安定なままだ。


 自分の、自分だけの組織を手に入れる。緋桜和真率いる第一常城興産では力不足。資金と人脈、神秘への知識などを高い水準で得ることのできるだけの強力な組織でなければならない。それこそ、秘蹟協議会に匹敵するような組織を。


 だがそれを成すには、さすがに九郎と共にい続けながら、というわけにはいかない。まさに断腸の思いで、九郎の保護を協議会に頼ることにしたのである。


「式様、こちらは準備が整いました」

「ああ」


 相変わらずスーツを着込んでいる宮川の言葉に、式は頷きを返す。配置した兵隊たちには遠距離狙撃用の装備が提供されている。《鬼爪》への対処をするのではなく、九郎を守るためにだ。《鬼爪》や秘蹟協議会が九郎に害をなすというのなら、連中の頭を撃ち抜くつもりだった。


 バンを吹き飛ばすためのロケット砲も用意していた。緋桜和真は海外に拠点を作り、武器売買にも手を出している。安価で低品質が売りという。ラインナップの大半をコピー商品が占めていて、そろそろ競争相手を物理的に排除しようと考えていた。


 緋桜和真の扱う商品は安いが故障も多いと評判も高く、だが式が持ってきたこれらは純正品だ。メンテナンスも済み、期待される役割を十全に果たすだろう。武器を扱うのは訓練を受けた人間だ。研修と称して、海外で銃器の扱いを学んできた連中で、殺人の経験もある。


 双眼鏡越しの式の目には、国産バンから降りてくる協議会の兵士たちが見えた。大人たちに混ざって、式とそう歳の変わらなそうな少女も降りてくる。もし九郎になにかあれば、いや、害をなそうとするなら、たとえ子供であっても結末を変えたりはしない。


 消極的ながら、式は協議会が対応を誤ることのないよう祈った。





 工場内から咆哮が響き、錆びているとはいえ鉄製の扉が吹き飛ぶ。万城目椿は廃工場に飛び込んだ瞬間、強烈な熱に全身を叩かれた。


 廃工場の中心で大気を揺るがす咆哮を放つのは、神話でしか見たことのない生物、竜。


 竜の足元には焼け焦げた跡と、半分以上が溶けてしまっている巨大な爪があった。


「……これは、《鬼爪》か」


 椿の口から呆然とした声が漏れる。破壊も加工も困難とされる神秘を、修復不可能なレベルにまで破壊するとは。


「ぼさっとするな!」


 石塚の一喝に、椿の気が引き締まる。


「さっきの振動が出現時間と考えて、まだ数十秒。変化したのがあの少年だと考えると、戦闘技術は持っていないはずだ。竜の戦闘力は未知数だが、十分に対処できる」


 そう口にする石塚の視線は、竜に固定されて動かない。


「周辺の人払いは済んでるから、多少は派手になっても大丈夫だからね。前衛は石塚と万城目君に任せるよ」


 丹藤の口調は、こんなときにもどこかのんびりと聞こえるから不思議だ。


「おうよ!」

「了解しました……必ず助ける」


 決意の表明。同時に椿の右手人差し指の指輪が光る。銀色の光は急速に膨張し、膨張の倍する速度で変化する。出現したのは銀色の槍だ。銀に輝く巨大な刃と、横刃が片方だけについている、日本の十文字槍や西洋のハルバート、中国の青龍戟に似た形状をしている。と思いきや横刃が吸い込まれるようにして消え失せ、直刃がネジのように螺旋状へと変わった。


 丹藤が懐から小瓶を取り出す、地面に叩きつけて割る。小瓶の中にあった血液が呪文を形作り、椿、石塚、芝に巻き付く。身体能力、防御力などを向上させる術だ。


「行きます」


 椿がコンクリート製の床を蹴る。構えた槍の螺旋が猛回転をはじめ、火花めいた輝きを放つ。突進速度を生かして槍を一息に突き出す。


 一撃は竜の腹部に届く。だがそれだけだ。竜鱗の防御力は協議会の想定をはるかに上回っていた。槍の切っ先は一ミリたりとも竜に突き刺さってはいない。


『オオォオオォオオォォォオオオォオッ!』


 轟く咆哮をきっかけに竜が動く。握り込まれた拳が銀槍目掛けて振り下ろされる。


 気付いた椿は刃を引く、ことなく更に力を入れて突き込んだ。


 竜の拳が銀槍に直撃し、銀槍はガラスが砕けるような音を発して粉々になる。


 椿の動きは止まらない。砕けた槍の柄を持ったまま体を回転させ、槍を振り下ろす。


 空の刃でなにを斬ることができるのか。少なくとも石塚は、そんな失望を覚えることはなかった。


 宙を散乱していた銀の欠片が収束、砕けたはずの刃は一瞬で復元される。螺旋状ではなく、日本刀のような曲刃だ。


 振り下ろしの斬撃は竜の右肩に食い込む。やはり竜の防御は高い。袈裟切りにはできず、鎖骨の切断もできなかった。


 竜の拳が振り回される。そこに石塚が飛び込んできた。石塚の雄叫びと共に竜の横っ面に拳が叩き込まれる。神秘により強化された一撃に、さすがの竜の体がぐらつく。


 芝が隙をつくべく竜の後ろに回る。ゴゥッ、と唸りを上げて竜の尾が跳ね上がった。防御を採ることもできず、竜尾は芝の胴体にめり込み、廃工場の天井を突き抜けて吹き飛んでいく。


 椿は竜の肩に食い込んだ槍を手放し、後ろに飛び退る。


 竜の拳は空を切り、瞬間、銀槍は散華のように形を失い、椿が右手を振ると、また銀槍が握られていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ