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プロローグ 《竜玉》 ~十五~

 高級車を降りた後の九郎の足取りは、怒りと焦燥に任せたものだった。なんとしても犯人を見つけ出し、仇を討つ。美晴はそんなことなど望んでいないかもしれないから、これは九郎の自分勝手な決断に過ぎない。その上で九郎は、己の決断を一ミリも譲る気はなかった。


 九郎は漫画に登場するような達人ではない。目的のために鍛え続けている甲斐もあって、小学生の中では強いほうで、中学生とケンカをして勝ったこともある。


 だが、神秘の世界を歩き回るにはまだまだ脆弱だ。


 己の行動が危険であることは九郎も重々、承知していた。式と一緒に、あるいは式の部下たちと動いたほうが安全だとも理解している。


 けれど、と九郎は考える。美晴の敵討ちは九郎が決め、始めたことだ。


 車を降りて真っ先に向かったのは、新堂美晴が殺された現場ではなかった。手早く連絡を取った相手から指定を受けた合流場所だ。のこのこと現場に顔を出せば、協議会あたりに捕まってしまう。現場を調べるのは時間をずらしてからだ。


 友人が死んだなら、通夜、告別式といったものに出席するのが普通だろう。けれど九郎が飛び込むと決めた世界は普通ではない。


 美晴の死因もまた普通でない。美晴の死は、まだ小学生の九郎の心に深い傷となっている。深い傷は、少なくとも一般人なら足を止め、悲しみに暮れるだろう。


 九郎は立ち止まらない。美晴の死が悲しくとも、しなければ、と心に決めていることがあるのだから。


 情報屋というのは、どこの業界にでも存在する。流通に通じているものもいれば、金融関係の話に耳聡いものもいる。当然、犯罪絡みでもだ。


 九郎が接触したのは、秘蹟協議会も利用している情報屋で、元は警察官だったらしい男である。刑事課に所属していた、いわば最盛期に糖尿病を患い、母親の介護もあって退職することを選んだ人物で、現在では探偵業を営んでいるという。


 叩けば埃の出る連中を脅すことで金を稼いでいる、真っ当ではありえない方法で生計を立てている人物と、九郎は近くの公園で接触していた。


 評判が悪いなりに耳はいいようで、秘蹟協議会がどのような活動をしているかもすべてではないが知っている。知った上で情報を売ることを商売としているのだから、神経の太さも並ではない。本人は「失うものがないから」だと嘯いていたが。


「情報がないのか?」


 九郎の疑問に、九郎よりもずっと背の高い情報屋は肩をすくめて肯定した。情報屋が知っているのは警察が知っているのと同程度、つまりは警察と連絡を取り合っている支部と同程度だということだ。


 九郎は新しい情報がないことに落胆し、情報屋は九郎の仕草にどこか、目当てのカードを手に入れられずにがっかりする子供の姿を思い出した。


 今でこそ独り身の情報屋も、かつては結婚して二人の子供もいた。TCGが好きな子に、カードショップだったか玩具屋で一パックをねだられて買い与えた日のことを思い出す。目当てのカードが入っていなかったらしく、肩を落とした仕草が今の九郎によく似ていたのだ。


「こっちが知っているのは、相手は男、それもかなり若い男だってことぐらいだ」


 九郎は小さく呻く。常城市の人口がどれだけのものかと考えると、また、観光客のように出入りする数も含めると、気が重くなってくる。若い男の容疑者に絞って動くなど、時間の無駄でしかない。


 新堂美晴は近所でも評判がよく、成績優秀で容姿も整っていたことからモテていた。しかし特定の相手はおらず、よく告白しては玉砕する男子が見られていたが、まさかその中に犯人がいるとは思えない。そんな単純な動機、警察が捜査済みだと思われる。


「道具屋のほうはどうだろう」


 こちらから当たることが正解であるように九郎には思える。


 協議会がかかわる以上、神秘や幻想による事件であることは明白だ。一般社会に対しては秘匿されている神秘が動いているとなれば、それらを扱う個人や商店を追うのは当然でもある。


「そういうのは、支部の偉いさん方がやってるんじゃねえのか」


 情報屋の指摘ももっともだ。


 もっともではあるが、完璧なものなど存在しないことを九郎は知っていた。闇で商売をしている人間はごまんといる。


 常城市においても同様で、協議会が把握していない商店もあるだろうし、個人で扱っているケースも考えられるだろう。最近の覚醒剤と同様に、もしかするとネット上でのやり取りだけで神秘を取り扱っている連中がいるかもしれない。情報屋はもう一度、肩をすくめてみせた。


「商売柄、色々と知ってはいるけどよ、こんな事件を起こすような神秘を、協議会にバレずに扱える奴なんているのか? 新参か古参かは知らねえけど、相当、肝が据わってるか、いかれてるぜ」


 情報屋は知らないことだが、実は協議会の目を掻い潜って神秘や幻想を扱う業者や個人は山ほどいる。上手く使いこなせば利益にもなり、強大な武力にもなるからだ。だから常城市に神秘が持ち込まれることは不思議なことではなく、また、常城市内には協議会の支部が存在していないことから、肝が据わっているとも言い切れない。


 あるいは協議会に反発する勢力の仕業かもしれなかった。協議会に神秘を一元管理する資格などない、と反発するものも多くいるからだ。


 事実、協議会が国際社会から、神秘や幻想を管理することを委託されているわけではない。


「神秘のもたらす被害や脅威から世界を守る。守るために神秘や幻想を集めて管理する。安全な世界のために神秘や幻想を一般社会から秘匿する」ことを目的に設立された組織だ。


 神秘に関わる組織としては間違いなく最大規模で、有する戦力も強大。主張を押し通す力を持っており、組織の常として完全な一枚岩であることなどあり得ない。組織の主張や看板を拡大解釈、自己解釈するものもいる。彼らは「協議会が神秘を管理することこそが世界と人々にとって最もいいこと」だと考え、暴走ともとれる強硬手段に出るものも少なくない数が存在する。


 現状で懸念すべきは、常城最大の暴力組織である緋桜との衝突か。ただし九郎と式の関係を知っている情報屋は、この点について楽観視していて、別の意味で嫌な予感を覚えていた。目的を探り当てることができなくて焦燥が増す程度ならまだいい。問題なのは単独行動、更に危険なリスクに直面する場合だ。


 情報屋の持っている情報では、九郎と新堂美晴は友人だという。今の剣幕なら、周囲の静止を無視して一人で突っ走てしまいかねない。こういうとき、協議会であれば九郎の現状を把握して、制御する役割も担ってもらえるだろうに。あるいは九郎に誰か、神秘の知識や対応に長けた人間を付けておくように手配することもできただろうに、と思う。


「正常なのかいかれているのかは向こうの問題だ。こっちには関係ない。俺が気にすることじゃない。神秘を扱っている道具屋の情報をくれ」


 九郎の要求に、情報屋は深いため息とともに後頭部を掻く。


「……金を払ってくれるんなら、情報は渡すけどよ」


 九郎は携帯電話に情報を受け取ると、事務的な挨拶をして、足早に歩きだした。歩行はすぐに、走る、に変わり、九郎の呼吸は一瞬で早いものになる。


 受け取った情報には、神秘を扱う業者が七つ。正規のものが五つ、モグリが二つ。テレビドラマなら勘と幸運とによって最初から当たりを引ける。九郎には無理な芸当だ。近いところから、片っ端に当たる。


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