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プロローグ 《竜玉》 ~十二~

 移動中の高級車内、綾瀬九郎は隣に座る緋桜式の説明に目を丸くした。


「あいつら、警察じゃないのか?」

「警察組織の中に籍を持っている連中もいるから、警察じゃないというわけではないけどね。正確には秘蹟協議会という組織に属している。お前の所に来た丹藤という奴は、協議会の中でも直接、現場で神秘に対応する衛士ってやつだ」


 神秘や幻想により生じる事件事故を扱う、世界中に支部を持つ機関。各国の政府や捜査機関とも関係があり、本来の秘蹟協議会構成員としての身分の他に、捜査機関の職員としての籍を持つものも多い。例えばここ常城市ならば、常城市警察職員の身分を持つ協議会職員もいるわけだ。


 新設されたばかりの秘蹟協議会常城支部支部長の丹藤は、同時に市警刑事部に所属する警部補でもある。もちろん、警察から給料をもらうこともなく、警察の正規の捜査にはかかわることはないが、必要とあれば捜査機関と協力・連動して動くことが可能だ。状況によっては、強引に命令することもできる。


「そんな奴らが動いてるってことは、美晴姉さんの事件には、その神秘とかが関係してるってのか?」

「そういうことだな」


 冷静さを取り戻していた九郎の頭は、再び沸騰しそうな熱を持つ。神秘も幻想も、九郎にはどうでもいいことだ。


 美晴を殺した犯人に正当な報いを。これだけが九郎の脳内を占める。両親の爆殺事件のように、解決できないまま迷宮入りになどさせてたまるか。


 そう決意を固めた九郎は、何とはなしに己の胸部――鎖骨接合部に手を当てる。変わらずそこにある石は、いつもよりも熱く感じた。


「式、もしかしてこれも……?」

「神秘の一つだな」

「あっさり答えやがって。わかっていたのかよ。黙っていた理由を聞いてもいいか?」

「普通に生きていればかかわり合いになることのないものだ。過去の情報からすると、お前の身体能力や回復力を高める効果が確認されているだけで、お前の命をどうこうするものではなかったからな」


 黙っていられるのなら、ずっと黙っているつもりだったと式は言う。秘密にされていたことには多少の不満はあっても、知っていたところで自分になにかできるわけでもない。式の判断に文句を口にするつもりは九郎にはなかった。


 代わりに疑問点があった。身体能力や回復力を高める効果だけ。今となっては式のこの認識が間違っているとわかる。この身が竜に変じることなど、一体誰に想像できるだろうか。


「竜化、か。すまないが私の手持ちにはそんな神秘の情報はない。調べさせてはいるから、近いうちにわかるだろうけど」

「調べさせている?」

「ああ。あの路地裏でお前を見つけたのは私だ。竜化した場面は見ていないが、竜化した状態と、竜から人に戻るところは確認している。さすがに全身を変化させるほどの神秘や幻想ともなると、かなり限られているだろうから」


 遠からず見つかるだろうというのが式の意見だった。神秘や幻想というものがどんなものであるかなど、九郎には知る由もない。式の意見を否定する根拠を持っていないのだ。


「けど、秘蹟協議会だったか、病院に来た連中。そいつらは俺が神秘と関係があるってことに気付かなかったのか? 専門家じゃないお前がこの石のことを知っているのに?」

「点滴をしていただろ?」


 式の返答は、九郎にしてみると斜め上のように感じる。


 警察を名乗った丹藤と柳本が用いたピルケースだが、あれには二つの機能があるとのことだ。一つは嘘発見器、もう一つは神秘を検知するもので、ピルケースの蓋に取り付けられている宝石の色の変化でそれぞれを判別する。秘蹟協議会が量産に成功した神秘の一種である。


 式は商売柄、神秘や幻想と接触する機会が少なくなく、秘蹟協議会のことも知っていた。協議会が所持する戦力や道具のことも、すべてではないが知っている。そして式の商売は協議会に協力するよりも、敵対する例が多い。持っている情報から対策を練ることは当然であった。


 九郎が受けていた点滴は神秘や幻想の活動を抑制する薬剤との混注であり、また病室自体にも神秘の活動を阻害する素材が使われており、丹藤と柳本の追及を逃れることに成功したのである。


 九郎は二重に呆れた。小学生相手に嘘発見器なんてものを持ち出してくる協議会にも、神秘に対抗する薬剤を既に実用化している式にもだ。


「副作用が気になるんだが?」

「データでは命にかかわるような重篤な副作用はないよ。あっても眩暈や下痢だ。あるのか?」

「いたって健康、かな」

「その表現もどうかと思うが、まあ、副作用がないのならなによりだ。それで、お前はこの後どうする? 私と一緒に動くか?」


 どう答えるかわかっているだろうにあえて言葉にしてくる式に、九郎はゆっくりと首を横に振る。


「俺は俺でやる」

「では私は、市内の神秘関係の連中を当たるとするよ」

「市内に神秘を扱ってるとこなんかあるのか?」

「協議会が認める正規のものは四つある」

「……正規じゃない店がかかわってるみたいな言い方だな」

「店、じゃない連中も多いけどね。理解が早くて助かる」


 正規店が扱ったのなら、秘蹟協議会が警察を巻き込んでここまで大規模な捜査を展開する必要はない。何らかのトラブルが発生した可能性を加味しても、もっと迅速に、秘密裏に動いているはずだ。


「緋桜で把握していないのか?」

「洗い出しをしている最中だ。神秘や幻想は薬物ほどわかりやすい利益にならないから、緋桜和真も興味を持っていない。外部から流入したものが薬物なら緋桜の網にも引っかかったんだろうが」


 商売敵に対しては過敏に反応する。流血を厭わない解決、ではなく、敵側の大量出血を前提にした徹底的な解決を採る。しかし商売と重ならない、もしくは興味を持っていない分野については、恐ろしいほど鈍感なのが緋桜和真という人間だ。


 神秘は使い方によっては莫大な利益を生み出すが、緋桜和真には幻想から利益を捻り出すだけの発想がない。また、現状の非合法なビジネスで十分な利益を上げているので、よくわからない神秘に手を出す必要がないとも考えていた。


「洗い出しからわかったことがあったら、知らせてくれ。俺はちょっと知り合いに聞いてみる」

「知り合い? ああ、あの情報屋か。神秘や幻想の絡む案件で頼りになるとは思えないが」

「かもしれないが、お前に頼りっぱなしってわけにもいかないだろ?」

「私は気にしない」

「俺が気にする。それに」

「それに?」

「俺の前だからって無理をし続けさせるってのも、気が引ける」

「む」


 九郎の指摘と共に、式は静かに瞑目し、上質なシートに身を沈める。ややあってうっすらと開かれた漆のような黒い瞳には、見るものの背筋をゾッとさせるほどの霜が降りていた。大の大人ですら逃げ出すような、荒事に慣れている人間でも思わず後退るような瞳を前に、まったく変わらないのは九郎くらいのものだ。


「俺相手に隠し事ができると思うなよ? お前が俺のことをよく知っているように、俺もお前のことはよく知ってるんだからな」

「ぅ」


 白く秀麗な式の顔は、ほんのりと赤くなっている。隠し事がばれたことが恥ずかしいのだろうか。反対に九郎の顔には多少の得意気な感があった。


 式の体は弱い。精神面でなら政治家よりも頑強な式は、原因不明の難病に侵されている。式が詳細を口にすることはない。だが式に付き添って病院に行ったことのある九郎は、式の主治医が「普通ならとっくに墓の下にいる」とこぼしたのを耳にしている。


 式が非合法なビジネスに注力するのは、自分自身を助けるための方法を見つけるためとの側面もあった。


 まったく、と九郎は呆れを通り越して感心する。


 常人が原因不明の難病に侵されたならどう動くだろうか。現状の、例えば痛みがあるなら鎮痛剤を飲む程度の対症療法を積み重ねる中で、新たな治療が発見されることを祈ることくらいしかできないはずだ。


 ましてや小学生にできることとなると、懸命に耐えて治療に望むくらい。自分で探そうとする、までなら、まだ可能性はある。だが自分で治療法を作るなんて発想をするかどうか。思いついたとしても形にできるはずもない。研究に要する時間は長く、研究資金は莫大な額になる。合法的で人道的な手段を選び続けるなら尚更だろう。


 そして式には、自分自身を助けるために手段を選ぶつもりはなかった。非合法だろうと非人道的だろうと、採れる手段はすべて採ると決めているだけでなく、実現するための資金力と組織力も有している。人道、法律、良心、正義などが一斉に眉をひそめようとも、式は意にも介していない。


 けれど、式の血塗れの努力が結果を導き出すのは、少なくとも今ではない。現状の式は、原因も治療法もわからず、容赦なく全身を蝕む病魔に、文字通りの執念で耐えているのだ。


 表情は涼しげで、脂汗のように苦悶を感じさせる要素は一切、表には出していない。一万人いれば一万人全員が、式が苦しんでいるなど見抜けないに決まっている。


 この世でたった一人の例外。


 綾瀬九郎だけが、どういうわけか式の嘘や隠し事を簡単に見抜いてしまう。微かな違和感すらも読み取れる、付き合いの長さゆえだろうか。


 小学生でありながら、九郎は自分の人生ではっきりと「大事な存在」と言えるものが少ない。元々、人見知りの傾向があって人付き合いは狭いほうだ。これに両親を理不尽な暴力で失った残酷な事実が積み重なり、近しい関係を作ること自体を敬遠している。更には新堂美晴をも失ったことで、この傾向には拍車がかかると思われた。


 だからこそ、僅かに残った「大事な存在」である式まで失いたくはなかった。式の喪失など、想像するだけで、九郎の心拍は急激に上昇してしまう。


「式」

「わかっている。体調と相談しながらやっていく」


 九郎の知る式は、無理も無茶もする人間だ。同時に自分の限界を弁えている。保持する資金力や武力の限界値は一般人の想像の遥か外側でも、身体的限界は一般人よりも低い。これを超えるような真似はしないだろう。九郎としては式を信じる他ない。


 ちょうど赤信号で高級車が停まったので、九郎は車を降りる。目当ての情報屋の連絡先を知らないので、このあたりにいるだろうと当たりを付けて歩き出した。


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