春陽
今日が祭りの日だと知っているのか、日の出とともに小鳥たちは飛び回り、そのさえずりを聴きながらリックは目を覚ました。
今日が雪雛おくりなんだ。そう思うと起きたくなくて、リックは目が覚めてもベッドに潜ったままでいた。指先を擦り合わせる。数日前に潰した膨らみは赤く、まだ痛みをそこに残していた。
そんなリックとは反対に毎朝最後の瞬間までぐずついているのに、コーザは目が覚めるとベッドから跳び上がるように体を起こした。仕方なく、コーザに合わせてリックもベッドから出た。
朝食を済ませ、外に出る。日射しは初夏の匂いをおびながらもいまだ穏やかで、空は雲ひとつなく晴れわたっていた。一部の人は雪雛おくりの準備に追われていたが、リックとコーザは祭りが始まるまで特にすることもなく、けれどそれでもじっとしていられないコーザに急かされて、ふたりは春陽な町に出かけた。
広場周辺は数日前から華やかに飾られていたけれど、そこからは遠いこの辺りの家々にも手作りの旗や草花を円く束ねたリースや野いちごを結んだ冠といった思い思いの飾りがつけられ、町中が祭りの雰囲気に包まれていた。
子供たちも待ちきれないとばかりに朝早くから声を上げ、町中を駆け回っている。けれど行き交う大人たちの中には子供たちの弾んだ声とは反対に、どこか沈んだ表情をしている人がちらほらと見受けられた。リックには親しみも思い入れも、まだ見たことすらない硝子の器だったけれど、町の人たちのそんな姿を目にすると、その器の持つ重みがひしひしと伝わってきた。
太陽が高くなるにつれて気温も上がり、祭りの時刻が近づいてくると道を行く人の数も増えてきた。雪雛おくりは巫子のふたりが広場を出発して雪の樹へと向かい、種を拾う雪巡りから始まる。
巫子は学校に通っている子供たちの中から年長のふたりがその大役を担う。
今年の巫子はリリナという女の子だ。リリナは古書の読み方をナツに習いによく町場を出入りしている。後ろから見ると男の子と見間違うほど髪を短くそろえていたが、年上の女性が身近にできたからか最近はナツにならって髪を伸ばし、まだ短い髪を少し強引に結んでいる。
そんなリリナをからかうのが、もうひとりの巫子のザジだ。
ふたりは家がとなりどうし、誕生日も一日違いの幼なじみで顔を合わせると口喧嘩ばかりしているが、端から見ているとそんなやりとりもどこか可愛らしく、すでに夫婦のようで、
「ザジとリリナの夫婦ゲンカがまた始まったぞ」
と、ケンカのたびに友達からもからかわれている。
祭りの準備に追われて沿道から雪巡りを眺める人や巫子の後ろにつき広場から雪の樹までともに歩いていく人もいるが、町人の多くは雪拾いを行う雪の樹に集まり、式に立ち会う。
早めに向かったにも関わらず、リックとコーザが雪の樹に着いた時にはすでに多くの人が集まっていた。ふたりは人垣の後ろを歩き、式がよく見える場所を探した。人垣の中には小さな子供を肩に担いでる父親もいる。背伸びをすると間からのぞける場所を見つけて、リックとコーザはそこに並んだ。前に立っていた人が後ろのふたりに気づき、
「ボウズたち変わってやろうか」
と、前を譲ってくれた。ふたりが礼を言うと、
「俺はボウズたちの後ろからでも見えるからな。それに後ろからじゃ俺の頭が光って見えねえだろ」
と、昼前から赤くなった顔と頭を叩いて言った。その言葉に周りの人たちも同じように赤くなった顔を綻ばせ、ひと際大きな笑い声をあげた。
朝は気持ちの良い朗らかな陽気だったのに、陽が高くなるにつれて日射しは夏のものへと近づき、リックは袖を捲った。見上げると太陽は眩しく輝き、リックは手をかざした。手のひらからのぞく太陽を見ていると、懐かしい気持ちがこみ上げてきた。コルテオに連れられてはじめてこの町に来た日。あの日も太陽は日射しを強く放っていた。
「もう一年なんだ」




