音もなく、抵抗もなく
硝子の注文を受けて裏手に戻ると、ルーベントはもういなかった。
かごの中のサンドイッチはもう一切れだけなくなっていた。先ほどと同じ場所に腰を下ろして昼食の残りを食べていると、鉱石を砕く音が聞こえてきた。
鋭く響く音が雲ひとつない青空に吸い込まれていく。
リックは空を見上げて繰り返されるその音に耳を傾けた。一定の拍子で繰り返される音。いつまで聴いていても飽きることはなかった。その音はまるではじめて鎚が振り下ろされているかのように、打つかるたびに新しい音を響かせた。一振り毎にルーベントが気を新たに奮い起こしている。そのことが音に乗って強く伝わってきた。
「いつもどおりが一番さ」
告知を見た帰り道、ヤンはそう言っていた。けれどコルテオを町場の前で見つけた時、足がどうしようもなく震えたことを思い出すといつもどおりになんて自分には出来そうもなかった。ルーベントのように色絵硝子を作ることも今の自分には望むべくもなかった。柔らかく傷ひとつない自分の手を見ていると、年月よりも技術よりも大きな違いがのしかかってきた。
どうしたらいいのか、いくら考えても答えは見つからなかった。
考えれば考えるほど同じ道を巡り回って、情けなさと苛立たしさが募っていった。苛立ちが募るほどに手のひらの膨らみが気になり、膨らみに触れるたびに苛立ちが募っていった。 それでも答えは見つからなくて、リックは手のひらの膨らみに爪を立てた。音もなく、抵抗もなく、膨らみは簡単につぶれた。じんわりとした痛みが広がった。




