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「そろそろ起きないと遅れるぞ」


 次の日の朝、どこか遠くから聞こえる声にリックは目を覚ました。

 コーザの声だった。

 

 普段はリックがコーザを起こすのに、この日ははじめて立場が逆になった。見慣れない光景にまだぼんやりと夢を見ているようで現実のような気がしなかったが、外から射しこむ陽のひかりにリックは体を起こした。


 いつもはベッドから出るとすぐに上着を羽織るのに、この日はまだ昨日の料理や湯の温かさが続いているかのように不思議と寒さを感じなかった。春を通り越して夏が来たような暖かさだった。


「おい、大丈夫か」


 コーザが訊ねる。返事をするも口に出した自分の声がやけに遠くに聞こえる。


「ちょっと見せてみろ」


 入ってきた言葉がそのまま耳から耳へと抜けていく。コーザの言っていることが上手く掴めず、リックはベッドの背にもたれ掛かったままでいた。


 コーザは近づくと片手をリックの額にもう片方の手を自分の額にあてた。


「結構高いぞ、これ」


「何が」


「熱だよ」


「何ともないよ」


 リックはベッドから出て立ち上がろうとしたけれど、足に力が入らず真っ直ぐ落ちるようにベッドに腰を下ろした。体が重く、伸ばすと節々が痛んだ。


「だろ。今日はもう休んだ方がいいぜ。工房には俺が言っておくから」


 頭がほうけたように何も考えられず、リックはひとつ頷くと言われるままベッドに戻った。


「メシはとりあえず昨日もらってきたのを温めておくから、食べたい時に食べろよな」


「大丈夫だよ。それぐらいは出来る」


 その声も乾燥し、くぐもって聞こえる。


「いいから寝ておけよ。まだそれぐらいの時間はあるし。とりあえず帰りに薬もらってくるから」


 そう言われても熱があるような気はしなかったが、頭がぼやけて考えることもなくリックは横になった。


 コーザがかまどに火をいれている。その音がベッドの先から聞こえてくる。眠るつもりはなかったけれど横になっていると自然に目が閉じて、リックはいつの間にかまた眠っていた。


 人の気配がしてリックは目を覚ました。


「悪い、起こしたな」


 コーザが袋片手に階段上でコートを掛けていた。

 カーテンの隙間から明かりは見えず、コーザがコートを脱いでいるところを目にしなければ陽が昇る前なのか沈んでしまった後なのか、リックには見当がつかなかった。


 横になってから大して経っていないような気もしたし、一日が過ぎてしまったような気さえした。どれほどの間眠っていたのか、時間の感覚が抜け落ちていた。


「食べてないのか」


 コーザが鍋の蓋を開ける。朝温めた料理はすでに石のように冷えて硬く、味気なくなっていた。手に提げていた袋をテーブルに置き、ベッドの端に腰かけた。


「どうだ、調子は」


 そう言われてはじめてリックは自分が寝込んでいたことを思い出した。

 朝は熱があると言われてもそんな気は少しもせず、眠ったあとの今ならなおのこと楽に感じるかとも思ったが、頭は鈍く重く体の表面は熱いのに芯は冷えきっていて、どうしようもなく気持ち悪かった。吐き出せてしまえば楽になれるのに吐き出せるものは何も残ってなくて、ざらついた気持ち悪さが喉の奥に張りついていた。


「ちょっときつい」

 

 その声も耳に膜が張っているみたいにくぐもって聞こえた。喉は乾いて擦れ、話すたびに刺々しく痛んだ。腹の底からは吐き気のする酸っぱさが喉を這い上がってきた。


「とりあえず薬はもらってきた。これ飲んでしっかり休めば大丈夫だってトポスのじいさんは言っていたけど。もし効かないようなら明日にでも診に来るってさ」


 コーザはポケットから薬の入った包みを、机に置いた袋から蜜柑をひとつ取り出した。


「飲む前に何か食べておかないとな」


 コーザはその蜜柑の皮をむくと水と蜜柑、それと先ほど取り出した薬を木皿にのせてベッドに運んだ。


 薬は見るからに苦々しく、毒ともとれる禍々しい色をしている。リックは体を起こし食欲は全くなかったけれど、蜜柑を一房だけ口にすると水で薬を流し込んだ。

 

 リックの口の中に見ため以上の苦みが広がったがそれよりも胃からこみ上げてくる気持ち悪さが強くて、ありがたいのか苦みはいくらか和らいだ。リックは体を横に戻すとまた目を閉じた。


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