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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第五章 ココロトジテモ
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第三話 Day To Remember②

◆◇◆



 車座になって、俺の対面に居るのはレメディアとスヴェン。


 この二人は俺からして見れば、どちらもよく知る人間である。


 前者はグラヌム村で農奴として暮らしていた際に、苦楽を共にしたかつての家族(・・)


 後者はタルクイニ市で出会った靈儿(アルヴ)であり、そして俺と同じ様に前世の――桜井 興佑(きょうすけ)の記憶を持つ、かつての親友。


 しかし、自分の記憶が間違いでなければこの二人には直接的な接点はない筈である。それこそ、彼らが一緒に行動するとはとても思えなくて。


「俺とレメディアはタルクイニで偶々会ったんだ。話を聞けば彼女もお前を探してるって言うし、目的の一致があったんで一緒にここまで来た訳だ」


「ビュザンティオンでラウ君が捕まったって聞いて、居ても立っても居られなかったんだからね? ほんと、見つかって良かった」


「つまり、二人して俺を探してここまで来たって?」


 大した執念である。嫌われる事を恐れずに言うのなら無駄と言ってもいいかもしれない。


 自分と関わろうとするなど、とても酔狂な事だとしか思えないのである。


「ラウ君、羨ましい事じゃあないか。こんな可愛らしい女の子にここまで追って来て貰えるなんて。男冥利に尽きるよ?」


「俺の事なんてもう居ないものとして、ガイウスさんとかと平和に暮らしてくれればそれでよかったんですけどね」


 隅にも置けないなと肘で小突いて来るリュウだが、それが鬱陶しくて腕で振り払う。


 けれど、相変わらず彼は面白そうに笑うだけで揶揄(からか)う態度を止めようとはしない。


 もはや言うだけ無駄なのは分かり切っているので、意識的に無視して正面に居る二人に改めて視線を向けた。


「それで、お前らは俺を見付けてどうするつもりだった?」


「どうって……ビュザンティオンで捕まったって言うから、助けに行こうとして」


「そしたら途中で自力で逃げ出したって言うから急遽予定を変更して、ここでラウ君を探してたの」


「……自力って言うか、主にこの人のお陰だけどな」


 不本意ながら、先程意識の外へ追いやった筈の人物へと話の焦点を当てざるを得なくなった。


 苦々しい思いながら右隣に座るリュウを指差せば、二人の視線もそちらへと向けられる。だが、彼の仮面を着けた装いは目立つ上に異質なのか、彼ら二人の目には疑念が浮かんでいた。


 それに対し、リュウは慣れた様子で気分も害さず、露出した口元は笑っていた。


 結果として余計に胡散臭さが増しているが、恐らくリュウの性格からしてそれを分かっていてやっているのだろう。


「申し遅れたね、僕はリュウ。敵意は無いから、安心して」


「名乗る情報はそれだけですか? まるで疑ってくれと言わんばかりですね?」


「スヴェン君、だっけ? 君は手厳しいね。一応これでも、ラウ君やシグ君と一緒にビュザンティオンから逃げて来ているのだけれど?」


「内通してる可能性もゼロじゃないでしょ? 仮面、取って貰っても良いですか?」


 案の定、スヴェンは視線鋭くリュウを睨んでいた。対するリュウは泰然自若とし、小動(こゆるぎ)もしない。


 寧ろくすっと笑ってすらいた。


「どうしたんです? 取れませんか、その仮面は?」


「いや、別にそう言う訳ではないよ。ただ、中々胆力があるなって」


「そうやって話をはぐらかさないで下さい。そろそろ仮面を取るか取らないか、返事くらいしてくれても良いじゃないですか」


 剣呑な表情で語るスヴェンは、その背後に三体ほどの土人形を造り出す。


 その横に座るレメディアも、足元に生えていた雑草を更に成長させ、それらが意志のある様にうねり、動いていた。


 二人共、魔法による実力行使をちらつかせて、言外に脅そうと言うのだろう。


 俺もシグも当初は少し驚いたものの、しかしそれらを向けられている相手がリュウである事で、肩の力を抜いていた。


 まず間違いなく彼は、こうなる事も見越した上ではぐらかすような答え方までしているのだから。


「言っておきますが、ここは森の中。俺もレメディアも、どちらにとってもここは有利な環境なんですよ。逃げきれると思わないで下さいね?」


「血気盛んだなぁ。もう少し会話して様子見ようとか、思わないの?」


 周囲の木々が、風による揺らめき以外で動いている様な、そんな気配がする。


 枝葉が不自然な程に擦れる音がし、目に見えて雑草や枝が伸びているのだ。


「幾ら様子を見たって、外からだと分からない事は幾らでもあります。それこそ、明らかに怪しい恰好をしている人を疑わない方がおかしい」


「それだと、ここに居るラウ君もおかしい事になると思うけど?」


「アイツは元々おかしいんです」


「おい」


 いきなりスヴェンとリュウの遣り取りから飛び火し、思わず抗議の声を上げた。


 けれど両者に俺の抗議が聞き入れられる事は無く、尚も被害者を無視する様に遣り取りは続いて行く。


「どうしても取らなくちゃ駄目? 僕の素顔を見たって、何の得にもなりはしないよ?」


「損得の話じゃないんですよ。仮面を着けているって事自体がもう胡散臭いんです。それとも、もう一度訊きますが仮面を外せない訳でも?」


「理由は……うん、勝負が着いたら外してあげるよ!」


 その瞬間、見えず聞こえもしないゴングが、鳴った気がした。


 その空気を敏感に察知し、俺とシグは素早く退避。しかしそれとほぼ時を同じくして、スヴェンとレメディアが動き出していた。


「そこまで挑発して……後悔するなよ!?」


「……元気だね」


 一斉にリュウへ襲い掛かるのは、土人形が三体と無数の植物達。


 全てが意志を持つように動き、そしてリュウの動きを封じようとしていた。その攻撃密度は相当なもので、生半可な能力では回避する事も防ぐ事も出来やしない。


 だが、リュウはとても生半可な実力者ではないのだ。


 幾つもの白弾(テルム)を一瞬で生み出したかと思えば、それらで全てを迎撃し、吹き飛ばしていく。


 騒音など一切考慮していない派手なものだったせいで、木々に止まっていた無数の鳥たちが一斉に空へ飛び立っていくのが見える。


 この様子だと、付近の妖魎(モンストラ)も異変を感じて逃げ去っている事だろう。


 近づいて来るものとして考えられるのは、余程強い妖魎か、或いは人間。賞金稼ぎをしようとしている連中が、もしかすると駆け付けて来るかも知れなかった。


 しかし、そんな俺の懸念を知ってか知らずか、少ししたら魔法と魔法のぶつかり合う音は静止していた。


 勝負が着いたか、もしくは仕切り直しになったか。


 土煙が晴れ、その結果として明らかになったのは、呆然と立ち尽くすスヴェンとレメディアの姿だった。


 二人の周囲には幾つもの白弾(テルム)が浮かんでおり、それはまるで動きを封殺している様で、そして勝負が着いた事を何よりも雄弁に物語っていた。


「僕の勝ちかな?」


「「……ッ!」」


 先程までから全く変わらない姿勢で、毒気の無い声で、リュウは己の勝利を宣言する。


 息の詰まった様子の二人はそれに対して何かしら反応する事も出来ず、微動だにしなかった。


 だがそれも直後に展開されていた白弾(テルム)が消えるまでの話で、それらが消滅した途端、二人はその場にへたり込んでいた。


「い、一瞬で負けるなんて……!」


「一体、何の魔法を?」


 彼らに押し寄せていた重圧は相当なものだったのだろう。一瞬で勝負が決したにも関わらず二人の呼吸は荒く、スヴェンは信じられない者を見る目でリュウを凝視していた。


 一方、それを向けられる当人は一歩、また一歩と二人の下へ近付きながら答える。


「じゃあ、君達に訊ねよう。僕の頭髪は白く、肌も白い。使う魔法は先程の通り、魔力そのもの。さあこれって、何だと思う?」


「……え?」


「まだ分からないかな? じゃあ、駄目押しのヒントだ。これを見たら、流石に分かると思うよ?」


 その言葉と共に彼は仮面に手を触れ、そして躊躇なく外した。


 結果として露わになるのは、やはり口元と同じ極めて白い肌。


 そして、日光に照らされて良く見える様になった紅い眼。


 眉も白く、顔立ちは声と同じく男性とも女性ともつかない中性的なもので、同時に優しそうな気配を感じさせるものだった。


 東アジア系の顔立ちを彷彿とさせるやや彫りの浅い顔立ちは、一言で言うのなら憎らしいくらいに整っている。男としても、女としても、充分に綺麗な顔であったのだ。


 それを見て、レメディアもスヴェンも口を半開きにしたまま、顔を凝視していた。


 だがそれは彼らだけに留まらず、俺達も同様で。


 あっさりと明かされた彼の素顔に、理解が追い付かなかったのである。


 それらの様子を見て、リュウは少し寂しそうに眉を顰めながら、言う。


「折角僕は君達に言われるがまま素顔を晒したんだ。何か一言くらいあっても良いんじゃない?」


「えっ? あ、えーと、綺麗ですね……?」


「貴方も、ラウと同じ白儿(エトルスキ)だったんですか」


 呆然と頓珍漢な事を呟くレメディアと、衝撃からどうにか立ち直ったらしいスヴェン。


 一応その反応でも納得したらしいリュウは、微笑しながら頷くと、今度は俺達の方を見た。


「二人共、戻っておいで。多分、これでもう荒っぽい事は起きないと思うから」


「……そんな簡単に素顔見せてくれるなら、最初から俺らにも見せてくれれば良かったのに」


「え、だって君達は見せて欲しいとか言わなかったじゃあないか。僕自身はどっちでも良かったし、てっきり興味ないものかとばかり思っていたよ」


「俺としては触れちゃいけないものかと思ってたんですよ。流石に訊き辛いじゃないですか」


 例えば顔に火傷とか、何かしら仮面を外せない理由でもあるのかと思っていた。その内訊いても良かったが、気分を損ねかねないかもしれないと考え、気になってもそのまま放置していたのである。


 シグもそれは同様で、時折彼の仮面の下を気にする素振りを見せていた。


「何か、仮面を着ける理由でもあるんですか?」


「理由は……まぁ無い事はないけど、この辺で着ける意味は少ないかもね」


「じゃあ何で着けてるんです?」


「貰い物なんだ、親友からの。ちょっと前にその子とは決別したけれど、だからと言って捨てるに捨てられなくて」


 情けないよね、と彼は自嘲していた。何やら訳がありそうだったが、寂しそうなその笑みを前にしてそれ以上踏み込むのは憚られたのだった。


「女々しいって言ってくれても構わないよ。それは僕も自覚しているからね」


「いえ、別にそんな事は思いませんけど……その様子だと、リュウさんって男ですか?」


 その言葉には嘘偽りない本音が含まれていた。


 何せ、今までは仮面とその中性的な声のせいで性別など分かりはしなかったのだから。


 おまけに仮面を取っても尚、顔立ちはやはり中性的で、素顔を見ても男女の区別が付けにくかった。


 だから確認の意味も込めて訊ねていたのだが、リュウはにっこりと笑いながら答えてくれた。


「……それ以外に何があるって言うんだい?」


「えっ!? い、いや、だって貴方の顔って何て言うか……」


「ラウ君、もう一度だけ言うよ? それ以外に何があるって言うんだい?」


「ア、ハイ、ソウデスネ」


 一度ならず、二度まで言う。


 優しそうな笑みに何処か影が見え、そしてそこはかとなく怒気を感じ取り、慌てて彼の主張に同意する。いや、同意せざるを得なかった。


 下手にここで抗弁したら何をやられるか分かったものではないと、本能的に悟ったのである。


 横でその一部始終を見ていたシグもまた、引き攣った笑みを浮かべていたのだった。


「何か触れてはいけない所だったらしいな?」


「ああ、多分そうみたい。滅茶苦茶怖かった……」


 少し慰める様なシグの言葉を受けながら、思わず安堵の溜息を吐く。


 その間にリュウは仮面を装着し直し、先程の戦闘の余波で倒れた木の幹に腰掛けていた。


「さて、話を仕切り直そう。ラウ君、君の背中はもう完治したって事で良いんだね?」


「あ、そうですね。レメディアの処置のお陰で、火傷もどうにかなりましたよ」


「服はどうにもならなかったみたいだけれど」


「……ごめんなさい、それはもう俺の不注意と言うか、不甲斐なさと言うか」


 未だに俺の上半身は裸である。何故なら来ていた服は背面部が完全に焼け落ちて、風でも何でも吹き曝し状態なのだから。


 早急に服を調達したいところだったが、生憎(あいにく)服と言うものは高い。下手をすれば高級品の部類に入ってしまうくらいである。


 その為、農民や貧乏な市民には下着を一着しか持たないなどと言う場合もザラにあり、だからこそ都市も農村も不衛生であった。


「最悪、自分で作るしかないけれど、時間がねえ……」


「予備とか、流石に持ってませんし」


 今の季節は、秋。既に十月(ディケンベル)へ入って大分経つのである。


 肌寒い日は日に日に増え、寝起き時にはひんやりして居る日も一日二日では済まない。雨が降れば尚更だ。


 このままでは体調を崩しかねないし、冬の到来が少しでも早まった日には凍死は不可避。結構危機が切迫していた。


「……服の替え、無いなら貸すぞ?」


「え、スヴェン持ってるのか!? 助かる!」


「ああ、但し条件がある」


 彼の持ち物らしい紐の付いた大きな革袋から取り出される、一着。それへ即座に手を伸ばしたが、憎たらしい程の笑みを浮かべながら、彼はそれをすぐに引き渡してくれなかった。


 抗議の視線を向けてやるが、相変わらず彼の笑み荷動きは無い。彼の言う条件を飲まない限り、貸してくれる訳では無いのだろう。


「条件ってのは?」


「俺をお前らに同行させろ」


「スヴェン……いや興佑(きょうすけ)、自分が何言ってるか分かってんのか?」


「重々分かっているつもりだとも」


 思わず、彼の胸倉を掴み上げていた。それを慌ててレメディアが制止に入ろうとするが、スヴェン自身が視線で止めていた。


「お前、あの時俺の手を取らなかったよな?」


「取らなかったな。だが当たり前だろ? お前の言う事には証拠が無かった。あの状況で無条件にお前の主張を信じろと?」


「証拠云々の話じゃねえ。お前は俺を信じてくれなかったって事に他ならねえんだよ。そのお前が、俺らに付いて来る? 馬鹿も休み休み言えよ」


 脳裏に浮かぶのは、タルクイニ市近郊の森、その遺跡で起こった出来事の数々。


 変な魔法を使う奴に襲われ、エクバソスとペイラスに襲われ、前世で俺達を殺した奴と同じ姿をした“精霊”が現れ――。


 そして、逃げる際にスヴェンは俺を信じてくれなかった。土煙の中で伸ばした手を取ってはくれず、一人でその場から逃走せざるを得なかった。


 なのに彼は今、こうしてノコノコと俺の前に現れ、挙句の果てには同行したいとすら言い出す始末。


 一体どういう了見だと思い切り問い詰めてやりたい。一体どんな思考回路をしているのだと、気が済むまで殴ってやりたいくらいだ。


慶司(けいじ)……いやラウ。お前は勘違いをしてるぞ。今俺が提示しているのは服を貸与する代わりに、俺が旅に同行する事だ。感情を持ち込むのは勝手だが、そことの所を忘れるなよ?」


「お前っ! 汚いぞ!?」


「汚いも何もねえよ。これは商談だ。互いにとって利益となる事を提示したに過ぎない。メルクリウスさんからの教えでもある」


 服は欲しくないのか、と彼は言外に告げてくる。いっその事、要らないと言ってやりたいが、現実問題としてその選択は余りにも愚かと断じて良い。


 彼の金眼を至近距離から睨みつけながら、脳内では損か得かを感情抜きで勘案する。だが、どうしても感情が割って入って邪魔をしてしまう。


 そのせいで心には苛立ちが募るばかりで、中々判断がつかなかった。


「迷ってるらしいな?」


「煩いっ!」


 他の誰にも聞こえない声量で、囁くように言葉を紡ぐスヴェン。その余裕のある姿がどうにも気に入らなかったが、彼は自信のある笑みで告げていた。


「じゃあ、そんなお前に耳寄りな情報だ。……俺の同行を認めれば、メルクリウスさんやティンさん、それに神饗(デウス)って奴についても知ってる事を教えてやるよ」


「どうせ戯言だろ?」


「戯言かどうかは聞いてから判断しても遅くはないだろ? お前は箱を開けもしないで中身が分かるのか?」


 その言葉に、とうとう掴み上げていた胸倉を放した。乱暴に突き放す様だったが、スヴェンは器用にも体勢を崩さず着地する。


 そして自身の服装を正すと、真剣な眼差しで問うてくる。


「さあ、俺の提案に乗るか反るか、決めて貰おうか!?」


「……今ここでその情報を吐いて貰うのは?」


「駄目に決まってるだろ? ほら、早く決心しろよ。そうじゃないと話も先に進まないだろ?」


 この状況に、外野は今のところ一切口を挟んでは来ない。


 部外者がどうこうしようというのに、リュウですら何も言わないのだ。それが何となく不思議で、思わず彼へ向けて口を開く。


「リュウさんは、別にスヴェンが一緒でも良いんですか?」


「良いも何も、彼が今交渉を持ちかけているのは僕では無くて君だ。服が無くて困っているのは君だし、僕はすぐに服を調達できないしね」


「裏切るかもとか、考えないんですか?」


「裏切る? いや確かにそうかも知れないけれど、彼らの実力じゃあ僕は倒せない。それは彼ら自身が良く分かっている筈だし、万が一裏切っても鎮圧できる自信があるからね」


 傲慢な発言だった。ともすればスヴェンとレメディアの反感を買っても文句は言えないくらいである。


 しかし、当の本人達はその言葉に苦い表情をしながらも、反駁する気配はなかった。


 彼ら自身、その事は先程戦っただけで良く自覚したのだろう。


「誰かを判断に巻き込みたいのは分かるけれど、今は君の問題だ。君だけで決めるべきだよ」


「……だ、そうだ。どうする、ラウ?」


「~~~~~~~~ッ!」


 挑発的な笑みを浮かべるスヴェンに、思わず殴り掛かってしまいそうになる。前世でもこんな風に誰かを煽るのが得意だった彼らしいと言えばらしいが、とにかく腹立たしい。


 彼の言う事にしっかりと道理がある事が、何とも気に食わなかった。


「ほらほら、早くしてくれよ」


「……分かった。同行を認めれば良いんだろ? 早く服寄越せ。俺が風邪引く」


「あいよ、毎度あり」


 ひったくる様にスヴェンの手から服を受け取るが、してやられたと言った感情を拭えない。


 けれど背に腹は代えられず、いそいそと服を着るのだった。


「はい、ラウ君。君があそこの山で置いて来た外套だ。ちゃんと回収して来てあげたんだから、感謝してね」


「あ、ども……」


 ついでに外套と一緒に手渡されるのは、川に駆け込む途中で落とした短槍。


 空を飛べる訳でも無い筈なのに、リュウは一体どうやってここまで到着したのか気になりもするが、その辺は後で聞けば良いだろう。


 今は取り敢えず、川に入ったせいで冷えつつあった体を温める方が先だった。


「火も焚いた方が良いかな?」


「お願いします……」


 転がっていた枝などを集めようとリュウが立ち上がるのを見送っていると、気付けば横にはレメディアが近付いて来ていた。


 いつになく真剣な表情でこちらを見据える姿に少し気圧(けお)されながら、表面上は取り繕って彼女に視線を向ける。


「どうした、レメディア?」


「わ、私もラウ君の旅に同行したいんだけど、駄目?」


「……駄目だ。お前は早く皆の所に戻れ」


「何で!? 何だかんだ言ってスヴェンの同行は認めたのに!? そりゃあ、私に提示できる条件は無いけど、旅の邪魔にはならないって約束するから!」


 ただでさえ近かった距離は、更に近く。


 川の中で口論した時の様に、互いの息が掛かるほどの距離で、彼女は強く主張していた。


「何で私は駄目なの!?」


「何でって……お前、元々荒っぽい事は苦手だろ? それに、女が旅するってのは結構不便があって……」


「じゃあ、そこに居るシグさんは女じゃないって言うの?」


「あれは別だ。本人にも已むに已まれぬ事情って奴があるんだよ。お前、そう言うの無いだろ?」


 別に白儿(エトルスキ)でもなければ、謀反の罪を着せられた元皇女でも無いし、彼女の付き従う侍従などでもない。


 精々が俺と一緒に農村で苦楽を共にした仲である程度で、そこまでする義理も無いのだ。


「もう俺に関わるな。これ以上、皆を不幸には出来ない。嫌われるなんて、もう御免なんだよ」


「そんな……別に私はラウ君が悪いだなんて思ってない!」


「他の奴がそうとは限らないだろ。お前、ガイウスさん達にちゃんとここへ向かう事を相談したか? どうせ反対されてたのを無理して来たんだろ? それでお前が死んでみろ、責任は誰に向くと思う?」


 実際には誰が殺した、などは関係ない。


 何をやろうとした結果、死んでしまったのかが注視されやすいのがこの世界だ。


 情報が簡単に手に入る訳ではないので、直接の原因でなくとも、分かりやすければ遠因であっても標的とされる。


 例えそれがどれだけ滅茶苦茶であっても、だ。


「でも……でも!」


「何でそんなに俺に拘る? 今居る家族を大切にした方が良いんじゃないか?」


「今も、ラウ君は私達の家族だよっ! どうしてそこまで他人事になれるの!? どうして!?」


「実際にもう赤の他人だからだ。俺はもうあの家族の一員には戻れないって言ったろ? 仮に戻っても、それはもうまやかし(・・・・)でしかない。いい加減分かれよ」


 段々と、俺の近くに積み上げられていく木々。中には枯れ枝では無く倒れたばかりの生木も含まれていたが、一回火が付けば問題はない。


 リュウから手渡されていた火打石を手に取り、何度も打ち付ける。


「私はっ! まだ皆が元に戻れるって信じてる! でも、他の皆がまだラウ君の為に動いてくれないなら、私一人くらいは動いてあげたって良いじゃない!」


「……同情なら要らねえよ。帰れ。そんな生半可なら居るだけ邪魔だ」


 カツン、カツン、と何度も火花を飛ばしながら、薪に着火を試みる。


 しかしいつもの事だが中々火は点かず、ライターなどと言った着火機器の有り難味を痛感していた。


「いつまで居るんだ、ほら早く帰れ。何なら途中まで送ってやる……」


 その言葉は、最後まで言い切れなかった。


 何故なら、いきなり背後からシグに蹴飛ばされたので。


 見事に火が付く前の薪の上へ飛び込む羽目になり、しかしそれでも即座に立ち上がって彼女へ抗議する。


「お、お前……突然何すんだよ!? 危ないだろうが!」


「うっさい! アンタが悪い! いつまでもウジウジ臍まげて! そんな聞くに堪えない主張を聞いてる身にもなれ! 見っとも無いんだよ!」


「はぁ!? 外野が口挟むな! リュウさんだって言ってただろ! この件は俺の話だから俺が決めろって!」


 スヴェンの時はだんまりを決め込みながら、今更になって介入して来たシグに怒りが爆発する。


 それでは余りにも身勝手ではないか。どうして自分の考えに他者が今更口を挟んで来る。どうして口を挟めると思ったのか。


 ほとほと理解が出来なかった。


 だがそこで、何かを思いついたようにレメディアは顔を上げ、シグを見た。


「……シグさん、私が雑事とかやるから、旅に同行させて貰えませんか?」


「ああ、構わない。雑事については持ち回りだから、全部押し付けるような事はしないが、人手が増えるのには賛成だからな」


「おい待て! 俺はそんなの許可した覚えは……!」


「今は私とシグさんの会話だよ。ラウ君は……外野は黙ってくれない?」


「なっ……!?」


 すっぱりと斬り捨てられ、絶句する。咄嗟に反論も口にする事が出来ないのは、先程シグに向けた言葉がそっくり返って来たからだろうか。


 それを眺めて居たリュウとスヴェンは声には出さないが笑って居り、楽しんでいる様な視線をこちらに向けていた。


「リュウさん、スヴェン、私の同行を求めては貰えませんか?」


「ああ、認めるとも。君の様な娘が裏切るとは思えないしね」


「俺も異議なし。これで多数決なら三対一だな」


「……ッ!!」


 思っても見なかった展開に、もう声すら出ない。


 まさか自分以外の人間を対象に外堀から埋めて来るとは思わなかったのだ


 こうなれば、この旅の一行から離脱する事も考えられるが、それは余りにも非現実的だ。土地勘も無い場所で、粗末な地図だけを頼りに何処に向かえと言うのか。


 ()してや、今のこの森には妖魎(モンストラ)だけでなく賞金狙いの狩猟者(ウェナトル)まで居るのである。下手をすれば傭兵団も混ざって来るかもしれない。


 今更一人になって行動するなどと言う愚策を取れる筈も無かった。


「じゃあこれから宜しくね、ラウ君?」


「……勝手にしてくれ」


 悪戯が成功した様な、したり顔の笑みをレメディアから向けられ、決まり悪さに直視が出来ない。


 返事するのも業腹だが、こうなっては仕方も無いと諦めるしかなかったのである。


 いつの間にかスヴェンが代わりに熾してくれた焚火の煙を見ながら、長い溜息を吐いていたのだった。









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