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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第五章 ココロトジテモ
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第二話 Adventure①



 秋を思わせる、涼しい風。


 少し前までならば暑くて暑くて仕方無かった日差しも、今では穏やかに空気を温めていた。


 もっとも、それは寒冷な土地の多い南へと移動しているから、と言う点もあるのだが。


 緑以外のものへと衣替えを始めつつある木々の隙間を、また心地よい風が抜けていた。


「戻ったぞ」


「ああ、お疲れ様。どうだった?」


 軽い足取りで木々の隙間から現れた男性に、リュウは視線だけを向けながら労いの言葉と共に問い掛けていた。


 やや御座なりな言葉だったが、羨ましい事にそれも彼ら二人の信頼関係だからこそ許されているのだろう。


「どうもこうも……あっちこっちに手配書が配られてたぞ。似顔絵も見たが、多分ラウレウスと嬢ちゃんは確実に街へは入れねえだろうな。皆仲良く賞金首だ」


 結構緻密に描いてあったぞ、と木の幹に寄り掛かった弓を携えた男――后羿(コウゲイ)は言う。


 彼は瓢箪の栓を開け、ぐびぐびとその中身を飲んだあと、更に話を続けた。


「街に入れるのは俺と、次点でリュウくらいだな。あの宮殿で大暴れした時、薄暗かったもんで顔が良く見えなかったんだろ」


「手配書、実物は?」


「ある訳ねえだろ。酒場とかに張り出されてんだぞ。剥いだら文句言われちまう」


 羊皮紙は高く、その値段は馬鹿にならない。ましてやこの世界では識字率も良い訳ではないので、沢山配るのは資源と手間の無駄だと思っているのだろう。


 だから多くの人が集まる場所に、触れ書きを出す。文字の読める者が他者へと拡散してくれる事を見越しているのである。


「お金渡せば剥いでも許してくれそうじゃない?」


「そんな金はねえよ! 俺の酒代の方が大事だ」


「どんな容姿として書かれてるかだけでも分かれば、色々対策しやすいと思ったんだけどなぁ」


「馬鹿、幾らすると思ってんだ。羊皮紙に、一枚一枚特徴が書き込まれてるんだぞ? その手間考えればそもそも譲ってくれる訳もねえ。リュウ、お前この辺の物価理解してるか?」


 しかもその手配書はあちこちの都市に配布されているのである。それを考えると本当に膨大な量の手配書が、手書きで配られているらしい。


 活版印刷技術もないだろうに、良くもここまで頑張ったものである。素直に感心してしまうくらいだ。


 恐らく、配布された各都市でまた模写をしているのだろうが、東帝国の強い執念を感じる事が出来る。


 お陰で俺達は今まで人の多い場所へ近付く事も出来ず、精々高台などから都市を見下ろす程度の事しか出来ない。


 そしてある程度ビュザンティオンから距離の取れた今となって、漸く情報収集に本腰を入れた訳である。


「俺らは“ビュザンティオンの大宮殿(メガ・パラティオン)大聖堂(メガレ・エクレシア)を荒らし回った大罪人”だそうだ。俺らもそうだが、リュウも派手にやったなぁ。そこの都市でも、その話で持ち切りだったぜ」


「え、大聖堂(メガレ・エクレシア)? ……僕は大宮殿(メガ・パラティオン)でしか暴れて無いけど、誰がやったの? 確かにあの辺も、僕が乗り込もうとした時点で騒がしくなっていたけれど」


「待て、じゃあ大聖堂(メガレ・エクレシア)はリュウがやったんじゃねえのか? ……だとすれば、誰が?」


「それについては、私知ってるぞ」


 その場の誰もが困惑した表情となる中、それを遮って少女の声が混ざる。


 今は(あま)色の長い髪を団子の様に纏め、外套で全身を隠す彼女の名は、シグルティア。本当ならその名前の後ろにゴテゴテと氏族名やら家族名やらが付いているが、現状では余計なものでしかない。それどころか邪魔でしかないものだった。


「私とラドルスがタグウィオスの救出へ行く時に、手を組んだ剛儿(ドウェルグ)の仕業だと思う。変な武器を使ってた」


「……もしかしてシャリクシュ?」


「アンタ知り合いなのか? 意外なところで繋がりはあるもんだな」


 予想は当たったらしい。驚いた顔をこちらへ向けて来る彼女の表情が、少し新鮮だった。ビュザンティオンから逃げてより今まで、ずっと浮かない表情のままであったから。


「仮にアイツが犯人だとして、無事なのかよ? 連れを救い出したい、みたいな事を言ってたんだけど」


「あー、それで手配書にあんな事が……」


(コウ)、あんな事って何だよ?」


 色々合点がいった様に手を叩いた精霊に、まだ話していない事があったのかと思いつつ視線を向ける。


 この調子だと、言っていないだけで聞き出せば更なる情報が出て来そうだった。


「教会の……特殊な能力を持った、聖女だっけ? その一人であるクラなんとかとか言う奴を攫ったとか、数十名の聖職者を死傷させた罪が俺達に掛けられてたもんでさ。てっきりリュウがやったのかと」


「いや僕がそんな事をする訳無いだろう? 無闇に殺し回るのは趣味じゃあない。大体、その聖女とやらを僕が攫ってどうするって言うんだ?」


「けどよ、お前が陽動してる間に俺がラウレウスを見付ける作戦だった訳だし、派手にやったのかなと思ったんだが……嬢ちゃんの話で分かったぜ」


 シグの話を聞いて、今ようやくその辺りの納得が行ったらしい。謎が解けたと言わんばかりに何度も頷いていた。


「何にせよ、俺らはあらぬ罪まで着せられた大罪人って訳だ。その内、更なる懸賞金でも掛けられるかもしれねえぜ」


 今のところ、誰一人として見つかって居ないし、捕まっても居ないらしい。


 発見されただけでも情報が回って来る筈だから、それを考えると未だにラドルスとタグウィオスも消息不明なのだろう。


 筋肉の怪物の乱入があってから、二人が一体何処に居るのかは相変わらず分からない。探そうにも探す手立てすら見つからず、シグは常に暗い表情をしているのだ。


「ラドルスとおっさんについての情報は、何も無かった?」


「なーんにも。捕まったとも、見つかったとも、死亡したとも、言ってなかった。あの皇太子の事だ、捕らえたり死亡を確認したら大々的に行事を行いそうだし、無事だと見て良いんじゃねえか?」


「でも、確証はない! もしかしたら、大怪我して動けないだけかもしれない……!」


 出来る事なら一刻も早く駆け付けたいのだろう。主人と配下の関係ながら、両者は非常に固い結びつきを持っている。


 信頼、信用、親愛。友情があるかは微妙だが、互いが互いを信じる事が出来てこそ生じる心配と言う感情が、俺にとっては羨ましかった。


 そこまで気にしてやりたいと思える人が、今となっては誰も居なくなってしまった。


 恩人である筈のガイウス・ミヌキウス達や、グラヌム村で一緒に過ごしたレメディア、クィントゥスら。それにタルクイニ市近郊で別れたスヴェン。


 彼らに対して感謝や、かつては心配すると言う感情もあったのだけれど、いつの間にかそんなものは薄れてしまった。特に誰かに対する心配は、(しばら)くの間していない筈だ。


 身近にいる、頼れる相手、信じられる相手と言う者が誰一人いなくなってしまったから。


 俺は人との直接的な繋がりが薄くなってしまうと、不意に思い返す事はあっても誰かに対して強く思う事なんて無くなってしまう性分だったらしい。


 人が皆そうであれば、人間そのものがそう言う性分なのだろうが、しかしこれに対してもう虚しいと言う感情すらも起こりはしなかった。


 まだ一年も経っていないのに、もう記憶が遠い。


 彼らの顔を、彼らとの出来事を思い出しても、こんな事があったなと思う程度になってしまっている。そしてそんな自分に、危機感も持てない。


 前世の俺からすれば、間違いなく目を疑う人間性になってしまった。


 だってもう、人を碌に信じる事が出来ないのだから。


 だから、今のシグが羨ましい。その信頼が消えて欲しくないと自分勝手に思ってしまっていた。


「……二人を探しに行く。私だけでも」


「嬢ちゃん、そりゃ無理だ。仮に地図を持っていたとしても、この辺の地理とか方角とかちゃんと把握出来てんのか? それに路銀は? 色々な当てもないのに動き回っても危険なだけだぞ」


「けど! それじゃラドルスとタグウィオスを諦めろって!? そんなのは絶対無理! どうせアンタらだって、碌に知らない男二人を助ける気はないんだろ!?」


「……いや、そりゃだって今は他の事をしてる余裕もねえし」


 現に、俺達は指名手配までされて追われている。


 下手をすれば忽ち追手が派遣されて、追い回されてしまう身分なのだ。


「嬢ちゃん、アンタの罪状だけでも凄いんだぞ。反逆罪、不敬罪、囚人の脱走幇助(だっそうほうじょ)、その他諸々……手配書なんて読むまでもなく、捕まったらただじゃ済まねえって事は分かってるんだろ?」


「それでもっ! あの二人だって同じだ! 私の為に、私のせいで死なせる訳にはいかない!」


「――――っ」


 后羿に掴み掛らんばかりの勢いで、シグは叫ぶ。


 その姿に、言葉に、ずきりと胸の奥が痛んだ。遠くなった記憶の中でも、さらに古い記憶。この体になる前の、前世の記憶。


 あの時死んでしまった親友たちも、自分のせいで死んだのだ。自分のせいで殺された。


 今の彼女の姿は、その気持ちは、かつての自分に似ている。俺の様な絶望は味わってほしくないと、そう思った。


 勿論、それはシグに対する心配などでも、同情などでもない。ただ、似た様な結末を見たくないだけだった。


 動かなくなった友達の前で無力な自分を嘆き、何故だと怒る。あの時の情景を、感情を詳細に思い出させるような光景を、絶対に見たくなかった。


 だから。


「シグが行けないのなら俺が行く。お前の代わりに、俺があの二人を探してくる。地図も持ってるし、単独での旅もそれなりに経験がある。どうだ?」


 これが自分勝手な感情だとは自覚している。


 これが身勝手な発言だとも自覚している。


 結局自分の為でしかないのだから。


 呆けた顔をして俺を見て来る少女の視線が痛かったけれど、それには気付かない振りをして后羿を見つめていた。


「お前、正気かよ? 自分には関係の無い事だろ? おまけにあの二人を探すってなると、骨が折れるぞ」


「別に良い。隠れてコソコソ旅をするのには慣れてるからな。目的もなく、どこかでぼさっと生きてるよりは、多少有意義な時間の遣い方にもなると思うんだ」


「自分の身を危険に晒しておいて、有意義って言うのか? お前、そんなんで良く今まで生きて来られたな?」


「何とでも言え」


 どうせ今言った理由は、本心を隠す為の偽装でしかない。自分のエゴに塗れた心を、他の誰かへ見せないように。


 誰かに指摘され、自分が最低の人間だと改めて突き付けられたくない。もうとっくに自覚はある。今更誰かに指摘されるような、(くど)いのは好きでは無かった。


「ラウレウス、本当に良いの?」


「別に。俺にも考えがあるだけだよ」


 彼女から向けられる(あま)色の瞳を、直視する事は出来そうになかった。


 感謝される(いわ)れも何もかも、俺には本来相応しくないから。こう言い出せば期待の眼差しを向けられるのは分かっていたけれど、それに応えようと思って言った訳では無いのだ。


 全部は、結局自分の為でしかない。


 けれどその本心はひた隠し、俺は再度后羿へと視線を向ける。それは、念を押す様に。これなら文句ないだろうと、確認する様に。


 見合う二人に、静寂が訪れた。





「……駄目だ。君には行かせられない」





 その沈黙を破ったのは、后羿ではなくリュウだった。


 弾かれる様にして彼の方へ首を巡らせれば、俺と同じ紅い眼が仮面の下から覗いている。


 そしてもう一度、言うのだ。


「今の君が彼女の仲間を探しに行くのは、適任じゃあない」


「そんな事ッ、何で分かるんです!?」


「だって君、弱いじゃあないか」


「っ……!?」


 何一つとして包み隠されていない、捻りも何一つ加えられていない、真っ直ぐな言葉に絶句した。


 これでも散々死線は潜り抜けたし、並みの兵士程度に遅れは取らない自負はある。ともすればその辺の魔導士にだって簡単には敗けない。


 暇な時に研鑽を積んでこなかった訳では無いのだ。


 リュウの様な規格外の人物からすればそれは弱くも見えるだろうが、そんな人がこの世に一体どれだけいると言うのだろう。


 恐らく早々会えない筈だ。そしてあれ程の実力が必要になる事態も、普通に旅をしている分にはまず無い。


 俺は、泰然自若として倒木に腰掛けているリュウを睨み付けずには居られなかった。


「納得いかないって顔をしているね」


「当然です。何を(もっ)てリュウさんは俺が弱いって思うんですか? 護身程度なら幾らでも出来ますよ」


「護身が出来るだけで満足できる訳が無いだろう? 例えば五十人ほどの兵士を相手に、君はどれくらい余力を持って逃げ切れると思う? 当然、その兵士達も全員十分な魔法が使えると仮定して、だよ」


「……そんな事態に遭遇するとは思えません」


 この世界の魔法を使える人数は少ない。正確な比率などは知りようがないけれど、十人に一人などと言う次元ではない筈なのだ。


 事実、れっきとした魔法を扱う人が五十人も一カ所に集まる様子を早々見た事が無いし、その数の動員を掛けてしまったら隙が大きくなってしまうではないか。


 だから、リュウの仮定は現実的では無い、筈なのだ。


「これが無意味だと言っている時点で君の経験の浅さが出ている。実力そのものだけじゃない。物事への考え方、捉え方。君は思考能力も十分にあるとは言い難いんだよ」


「意味が無いと言って何が悪いんです!?」


「君は貴族の会議を見た事はあるかい? 会議でなくとも良い、彼らが一堂に会する場所に居た事は?」


「……ありますけど、だから何ですか?」


 ビュザンティオンの宮廷で、皇太子のマルコスを始めとして、多くの貴族の目に晒されてからまだ一か月も経っていない。


 あの時の居心地の悪さと言ったらなかったな、と回想していると、現実から引き戻す様にリュウの話が続いていた。


「この辺の貴族は大体、魔法が使える。配下にもそう言った者を取り揃える事も多い。けれど、それぞれの貴族が独立して抱え込むから、一極集中は中々起きないんだよね」


「…………」


「でも、例外はある。大規模な派閥の形成であったり、或いは貴族たちを束ねる者からの鶴の一声。これがあると集団的な運用は一時的であっても可能になるんだ」


 貴族の仕組みが一体どうなっているかは良く知らない。だから、俺は黙って彼の言う事を聞いている他なかった。


 例え、その言いたい事が分かったとしても、である。


「もう気付いたみたいだけど、この場合の鶴の一声はあの皇太子でも考えられる訳だ。僕も二人、腕の立つ魔導士と戦ったけれど、相当なものだったよ」


「では、多くの魔導士の運用が可能だったとして、それでも俺が見つかる可能性がある訳じゃ無いでしょう? 上手く隠れて置けば……」


「君は貴族を舐め過ぎている。甘く見過ぎだ。やろうと思えば海を渡ってでも探しに来られるだけの財力と権力を、持っている者は持って居るんだ」


 いつの間にか、リュウは目前に立っていた。


 倒木に腰掛けていた筈なのに、今は無機質な仮面で覆われた顔が、見下ろしてくる。


 まるで経験した事があるかのように告げられる言葉も相俟って、思わず後退ってしまうのだった。


「古今東西、貴族を本気にさせたら厄介なのは変わらない。貴族同士の諍いを見ただけでも、それは分かるだろう?」


「…………」


「一族を丸々滅ぼす事なんてザラにある。上は棺桶に片足を突っ込んだ老人から、下は胎児まで。政敵の一族と言うだけで命を絶つ。血縁関係に無い配下の者も巻き込んで、一族が跡形も無くなるなんて事も、ね」


 淡々と語るリュウは、仮面の下から覗く紅い眼で、底冷えするような視線を向けていた。


 何か、彼も深い事情を抱えている。そんな気が、した。


「今回僕達が敵に回したのは皇太子だ。この国じゃあ相当偉いらしいし、その腰の入れようは一貴族のそれとは比べるべくもない。捜索だけでも、現にこうして沢山の情報をバラ撒いている訳だよ」


「人里離れた所を旅すれば何の問題も無いのでは?」


「無駄。多分、草の根を分けてでも探しに出るだろうからね。見つかるのが遅いか早いかの差でしかない。そうなった時、君の判断力と実力ではどうにも出来ない。出来る筈がない。だから僕は、君は無理だと言ったんだ」


 ぴしゃりと言い切られ、反論も出来ない。


 何か言ってやろうと必死に頭を巡らせるけれど、どれも明確に言葉に出来なくて、もやもやとしたまま消えて行く。


 まだ反論してやりたい事はある筈なのに、肝心の言ってやりたい事が出て来ない――。





「そこまで言うなら、私とラウレウスが一緒に探しに行けば良いんだろう?」





 黙り込んでしまった俺を援護する様に、そこへシグの言葉が割って入った。


 睥睨する様に向けられた紅い眼が外れて彼女の方へ向けられ、途端に圧力が消えた様な気がして強張っていた肩の力が抜けた。


 一方、シグは更にリュウへと言葉を続けていた。


「旅慣れしてるラウレウスが一緒なら、私がどうこうしても問題無い筈。今まで地図とかはラドルスに任せてたけど、野宿とかが出来ない訳じゃ無いからな」


「……二人なら、確かに色々な負担も軽くなりそうだ」


「だろう? どうせアンタら二人はラドルスとタグウィオスを積極的に探しに行こうって思ってる訳じゃなさそうだし、いい塩梅だと思う」


 顎に手を当て、考える素振りを見せるリュウ。その姿に確かな手ごたえを感じたらしいシグは畳みかける様に話を続ける、が。


「やっぱり駄目だね」


「な、何で!?」


「君ら二人だったとしても、弱すぎる。結局同じ事だ。寧ろ二人で行動するなら見つかり易いまである」


「またその話!? 私の実力、アンタ知らない筈なのに!?」


 またしても、遠慮の欠片も無い彼の言葉。しかしシグはそれで呆気にとられる事もなく、柳眉を吊り上げていた。


 そのまま乱暴な足取りでリュウの(もと)へと近付き、掴み掛らんばかりに反論する。


「皇族の魔力量、舐めないで欲しいものだな! その辺の奴なんてそれだけ簡単に蹴散らせる!」


「魔力量でどうにかなる問題だけなら、世の中はもっと単純だよ。実際、君とラウレウス君はビュザンティオンから逃げる際に苦戦していたじゃあないか。あのザマで自信満々に何を言って居るんだい?」


「……それは!」


 尚も食い下がろうとした彼女だったが、その頭を押さえ込む様にリュウが饒舌に語り出す。


「良いかい、物事は基本的に数が多い方が有利だ。君達程度の力量が一人から二人に増えた程度で、この国の捜索網を君達が掻い潜れるとは到底思えない。ここで知り合った(えにし)だから忠告するけど、完全な自殺行為だと断言しておくよ」


「…………」


 それ以上の反論が、彼女から出る事は無かった。


 当然、俺も何かを言ってやる事も出来なくて。


 俯いたまま拳を握り締めるシグの表情は、窺い知ることが出来ない。けれど、きっとその悔しさを強く発露させている事だろう。


「それとラウレウス君」


「……はい?」


 唐突に水を向けられて、思わず怪訝な表情と共に返事をしてみれば、あの紅い眼が再び俺を捉えていた。


 まるで蛇に睨まれた蛙の様に、体が緊張して硬直する。心内全てを見透かすようなその視線に、薄ら寒いものを覚えたのだ。


 ――そして。


「自分勝手になるなとは言わないけれど、君が抱いている今のその感情は良くないよ、本当に」


「え……」


「いつまでも他者と自分を隔絶して考えていると、心を壊しかねないって事だ。折角作った人との関係も、無くしちゃうかもしれないよ?」


 拍子抜けするほど温かい口調で言われたその言葉に呆気に取られていると、頭にリュウの手が乗せられる。


「そんなに僕の雰囲気が怖かった? ごめんね、ちょっと驚かすくらいのつもりだったのだけれど」


「――ッ!!」


 その瞬間、頭へと血が集まる感覚がした。


 子供扱いされた事もそうだが、何より色々と心の中を見透かされたと言う事実が、羞恥心を強く掻き立てたのだ。


「な、んの事でしょうか……?」


「強がらなくても良いってば。まぁ、この辺は指摘してどうにかなるものじゃあ無いし、仕方ないか」


「うわっ?」


 ガシガシと乱暴に頭を撫でられて、思わず声が漏れた。すぐに子供扱いするなと言う抗議を込めて手を払い除けるのだけれど、リュウはまるで揶揄(からか)う様に口端を緩めていた。


「素直さや、感情を伝える事、信頼する事。……君がこの辺を取り戻すのは大変だろうけれど、持っていて無駄になる事は絶対にない物だ。自分一人で生き抜こうとしない事が、肝要だと思うよ」


「だから何の事で……」


「僕も通った道だから」


「え?」


 最後の言葉は、何と言ったのか。


 どんな意図だったのか。


 慌てて訊き返そうとしたけれど、既に彼は俺から視線を外していた。


(コウ)、お願いがあるんだけれど」


「嫌な予感がするが一応聞いてやる……何だよ?」


「ラドルス君とセンプロニオス君だっけ? 二人を探して来てくれないかなって」


 心底嫌そうな顔をしていた后羿だったが、その言葉で殊更嫌そうな顔になっていた。


 彼はそのまま瓢箪の酒に口を付けていたが、「美味い」と言っていたそれを飲んでも尚、表情は渋いままだった。


「駄目?」


「駄目じゃねえけど……面倒臭ぇんだよな、人探し。ま、あのオッサンからは酒を頂く約束も一応してた訳だし、やってやるよ」


「有り難う。けど、もう報酬が約束されているのなら、僕がお酒を買ってあげる必要なさそうだね」


「ふざけんな酒寄越せ! お前からも徴収しなきゃ満足する訳ねえだろ!?」


 「それとこれとは話が別だ!」とでも言わんばかりに、リュウは胸倉を掴まれていた。


 しかし当人は特に気にした風もなく一頻り笑った後、冗談である旨を告げる。


「その辺の安酒で良いでしょ!?」


「いい加減にしろッ! そんなんで俺様を使おうとは良い度胸だな!?」


 騒がしい遣り取りが目の前で行われていくのを眺めて居ると、ふと近付いて来る人の気配に気付く。


 足音のする方へ首を巡らせれば、そこに居たのは案の定シグだった。


「……ありがとう」


「礼ならリュウさん達に言え。結局、探しに行ってくれる訳だし」


「そうだけど、それでもだ」


「律儀な奴な、お前は」


「それ、私の周りに居た人達に良く言われた」


 いつかを懐かしむ様に、彼女は微笑していた。


 恐らくそれは平穏だった日々を無くす以前の事で、何気ない退屈な日常や、他愛もない会話の中で生まれた産物の回想なのだろう。


 けれどそれは、俺とは違って色も音も感情も伴った記憶であって、彼女にとって掛け替えの無い人達との思い出である。


 その中でも彼らは生きて居て、また新たな思い出を生む原動力となっていく。


 前世、死の間際に見た悪夢のような光景と負の感情から未だに脱せられない、人も信じられなくなった自分とは、対極に位置する“記憶”だ。


 俺は、記憶に縛られたままで。


 彼女は、記憶と上手く向き合っている。縛られもせず、振り回されもせず、振り回しもせず。大切に抱えている。


「何? 私の顔に何か付いてる?」


「いや、別に何でもない。気にするな」


 いつまでも横顔を眺めて居るのは流石に不自然だったか。怪訝そうに片方の眉を吊り上げる彼女に訊ねられて、慌てて視線を外していた。


 先程まで彼女を凝視していた事を誤魔化す様に頭を掻きながら、尚も楽しそうに騒いでいるリュウと后羿の遣り取りを眺めるのだった。


 中々収まる気配の見えないそれを眺めていると、不意に呟きが漏れる。


「楽しそうだな」


「そうだな。アンタも混ざってくれば?」


「何でそうなる」


 間髪入れず返って来た言葉に、何処かで感じた様な懐かしさが、あった。


 もう記憶も遠くなってしまった、かつての俺が見聞きした、遣り取り。


 それは、あの(・・)少女の様で――。





◆◇◆



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