エピローグ
とある、昼間の酒場。
何処であってもそうだが、大体の酒場と言う場所は多くの人が集まるものである。
そして自然と見ず知らずの者とも言葉を交わし、そして情報交換の場所としての意味合いも持つようになっていく。
何処そこで何が出た、何が豊作だ、何が売れている、何が売れない、何処の税が安くて、何処が高い。
大体は各地を移動している商人が情報を流し、時には専業の狩猟者が情報を流す。
もっとも、後者はその数が少なく、何かしら兼業である場合が少ない。例えば行商人と兼業であったりと、結局は商人が大半なのである。
「どうだい、何か言い情報は?」
「商売関係はどうにもなぁ……けど、面白いネタなら仕入れて来たぜ。ビュザンティオンでな」
「へえ、なんだそりゃ? 絹とかの話じゃなくて?」
「ああ……衝撃で言えばそんなの軽く吹っ飛ぶかもしれねえな」
怪訝そうな顔をして訊いて来る男に対し、もう一人は勿体ぶる様に話を引っ張って行く。
勿論それは悪戯心などと言うものから来ている行動、という訳では無くて。
「しょうがねえな。言っとくけど、つまんなかったら返して貰うぞ」
「へいへい、まいどー」
ちゃりん、と硬質な音を立てるものを上機嫌で受け取った男は、それを素早く袋へしまい、その口をきつく締める。
その意図をすぐに察した男は溜息を吐きながら、敢えて気付かない振りをして話の先を促した。
「で、どんな話なんだ?」
「まあまあそう急くな。……聞いて驚け、何とな、ビュザンティオンで白儿が捕まったらしいんだ。それも街のど真ん中で」
「……またまた、馬鹿らしい嘘吐くんじゃねえよ。酔いまで醒めたな、金返せ」
「いや嘘じゃねえって! マジだマジ! 俺もこの目で見たんだからよぉ!?」
嘘か真か。
余りにも荒唐無稽なその話を信じられるものかと、或いは信じろと、二人の男は貨幣の入った革袋を取り合う。
「幾らなんでもそんなモンに騙されねえぞ! 金返しやがれ!」
「嫌だね! 俺は嘘は言ってねえ! 絶対に返すものか!!」
「往生際の悪い……白儿がどうして聖都ビュザンティオンに出現するんだよ!? 仮に実在したとしてもおかしいだろうが!? 違うか!?」
「そうは言っても俺は確かに見たんだ! 御貴族様に捕まってちゃんと連行されてったんだ! 嘘じゃねえって言ってるだろ!?」
互いに酒が入っているせいか、その遣り取りは次第に白熱し、声も大きくなっていく。
周りの酔っぱらいたちも制止するどころか囃し立て、それは一向に収まる気配が無かった。
酒場の主人もそれを見て愉快そうに笑っているだけで止める事もしない。精々、物品が壊れたら弁償して貰おうと考えている程度だ。
「おいおい、兄ちゃん嘘は良くねえぞ!」
「本当は白儿なんて見てねえんだろ? あんな御伽話の存在、信じてる奴なんて居るのかよ?」
とうとう外野たちも堪え切れなくなり、あちこちからヤジが飛び交う。
それに対し、素面であれば無視をしていたであろう男も、ムキになってその都度反論していた。
忽ち酒場は喧騒の渦に包まれ、通りすがりの市民達はその騒がしさに顔を顰め、或いは耳を塞ぎ、足早に立ち去って行く。
しかし、酔っ払い達からすれば周りの迷惑など知った事ではない。気にする事が出来る程、正常な判断力も残って居なかったのである。
「だから嘘じゃねえ! 間違いなく、この目で、確かに、俺は見たんだ! 白い髪に紅い眼! 肌だって汚れているにしちゃあ白かった!」
「またまたぁ? お前以外にその話を聞いたって奴はこの酒場に居ねえんだぞ? そもそも、ビュザンティオンに行くほど、皆は遠出してねえ」
「じゃあ俺が嘘吐いてるって証拠にはならねえだろ!?」
「嘘吐いてないって証拠にもならねえけどな」
「ちげえねえ」
堂々巡りを繰り返し、話題はそのままに何度も空転する。
全く終着点の見えない状況に嫌気が差し、男はまるで駄々っ子の様にテーブルを叩き、絶叫した。
「俺は確かにッ! ビュザンティオンでッ! 白儿を見たんだぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
若干泣き上戸も入っていたのか、涙を流しながらの大の男の絶叫に、その場の誰もが爆笑した。
中には椅子から転げ落ち、腹を抱えて笑っている者や、皿を落として割ってしまっている者まで居る始末。
まさに店内は混沌としていた。
だが、そんな中で「俺は見たんだ」と連呼し続ける男に近付く者の姿があった。
それも一つではない。一人は少年、一人は少女。
両者とも男の方へと吸い寄せられるように近付き、そして。
「「あの、少し良いですか?」」
両者とも、同じタイミングで、同じ人物に、同じ言葉を掛けていたのである。
思っても見なかったシンクロに二人は驚いたように目を見開くが、それに気付いたのは話しかけられた男の他には居なかった。
他の者は皆、酒のせいもあってひたすらに笑い続け、また飽きもせず酒に手を付けていたのである。
「え、えーと、お嬢ちゃんと坊主、どうしたんだ二人して?」
どちらも結構な綺麗どころだなと思いながら、男は二人を交互に見遣る。
少女は緑髪緑眼、顔立ちも整っていて、発育の良い胸部が象徴するように、面倒見の良さそうな雰囲気をしていた。
少年はと言えば金髪近眼で、こちらもまた美形。服装などで一応男と判断しているが、着る物が違えば性別は全く分からなかった事だろう。特筆すべき事として、尖った耳――靈儿である事が挙げられる。
何にせよ、酒場の面子からは相手にされなかったのに話しかけてくれたのだ。沈みかけた男の心は分かりやすく再浮上し、にこやかに話の先を促していた。
すると、まず先に口を開いたのは少女。
「その、ビュザンティオンで見たって言う白儿の事について教えて欲しくて……」
「え、俺もなんだけど?」
「え?」
二人共、互いに面識は無いようだが、聞きたかった内容は同じらしい。彼らは見合ったまま、意外そうに首を傾げていた。
それを見て、折角の会話が中々進まない事がもどかしかった男は、二人に話を振る。
「俺の名はマニウス。お前らも取り敢えずここ座れよ。ついでに自己紹介もしとけ。ゆっくり話そうぜ。情報料も免除してやる」
「あ、ども」
「お言葉に甘えて……」
彼らは特に疑う事もなく、そう言って席に着くと再び見合う。又もや訪れた沈黙に、しかし男は酔いのせいか気を悪くする事もなくもう一度笑顔で促していた。
「ほら、自己紹介しろって。情報交換するにも、こう言うのは必要だぞ」
「わ、分かりました。自己紹介なんてここでする予定無かったし何て言えば……えー、俺はスヴェン。流れの旅人で、一応は中級狩猟者だ。よろしく」
「私はレメディア。下級狩猟者になったばかり、かな。ちょっと探してる人が居て……」
「へえ、奇遇だな。実は俺も居るんだ、探し人。今どこに居るのか分からなくてさ」
出会いと言うものは当然ではなく、意外性しかない。必然は無くて、偶然しかない。
少年少女の遣り取りから段々と緊張が解れつつある事を見て、マニウスは目を細めた後で酒を煽った。
「俺、ケイジ・ナガサキってのを探しててな」
「私はラウレウスって子。一緒の村で育ったんだけど、複雑な事情で出て行かざるを得なくなって……」
「え、待ってラウレウス? それってもしかしてさ――」
「…………」
いつになったら俺は話せるのかなと思っていたマニウスだったが、彼に手番が移るのはまだまだ先になりそうであった――。
<了>




