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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第四章 フシンヌグエズ
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第五話 HASTA LA VISTA⑤

感想が届いている事に衝撃を受けたので連投。

ちゃんと完結させるつもりなので皆さまよろしくお願いします。



 その場に居た殆ど誰もが気付けなかった、意識の外からの飛来物。それはもうもうと土煙を上げたまま、その場から動き出す気配はなかった。


「何だ……?」


 その場に居た誰もの気持ちを代弁するような呟きを、マルコスがしていた。


 臨戦態勢もいつの間には萎み、誰しも耳目をその場へ向け、土煙が晴れるのを今か今かと待った。


 それからようやく明らかになったのは、ボロボロにされて白目を剥いた、一人の狼人族(リュカンスロプス)の男だった。


「おいおい、コイツまさか……」


「エクバソス!? 貴様にはたった一人で宮殿で暴れ回る馬鹿の鎮圧を命じた筈なのに……やられたのか!? 他の者はどうした!?」


 信じられないものを見るかのようなダウィドの言葉に続いて、マルコスが驚倒していた。


 そして口にされたその名を良く知る身としても、あの男が飛ばされて来たと言う事実に目を剥いていた。


 彼の実力は何度も戦って来たから分かる通り、本物だ。だと言うのにここまでボロボロに叩きのめされたと言うのなら、それを成した人物は一体何者だと言うのだろう。


 怪物を越えた怪物染みた強さが無ければ出来ない筈だと言うのに――。


「悪い、遅くなった! 連れて来たぞ!」


(コウ)!? お前さっきまで一体何処に行って……」


 聞き覚えのある声に反応して、苛立ちを込めながらそちらへ文句を言いかけて、硬直した。


 そこに居たのは、后羿だけでは無かったのだ。


 もう一人は薄鈍色の外套を纏った仮面を被り、口や鼻などが露出しているが、目元が隠れていてやはり顔立ちは分からない。


 腰には刀を携え、しかし抜刀せずに悠々と歩いて来る。


「……リュウ、さん?」


「やあ久し振り、ラウレウス君。元気だったかな? まあ、その様子じゃあ間違いなく元気なのだろうけれど」


 再開するのは数か月ぶり。そう言えばこの宮殿のどこかで暴れ回っていると聞いていたが、逼迫した状況下ではすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。


「あ、アンタ何者……!?」


「旅人だよ。ここに居る后羿(コウゲイ)とは旅仲間でもある。ラウレウス君ともちょっと(えにし)があってね」


 君達に危害を加える気はない、とリュウは穏やかな口調で告げるものの、シグやタグウィウス、ラドルスの向ける視線は厳しいものだった。


 大方、仮面も取らないような人間を信用できるか、といったところだろうか。


 しかし、それは警戒する上での理由として十分に足るものである以上、彼らを責める事は出来なかった。


「あらら、やっぱ何処に行っても怪しまれちゃう星の下に居るんだね、僕は」


「そう思うなら仮面取れば良いんじゃねえか?」


「親友からの貰い物だ。使わない訳にはいかないだろう?」


「自己紹介の時くらいは取っても誰だって文句は言わねえだろうよ」


「んー、恥ずかしいから却下」


「乙女か」


 先程までの真剣だった空気は何処へやら、リュウと后羿は重苦しさを吹き飛ばす様に緩み切った会話を交わしていた。


 多分だが、意図的に空気を呼んでいない。


 そんな事をしていれば、当然相手の機嫌を損ねる訳で。


 彼ら二人の意識の隙を衝くように、幾つもの攻撃が襲い掛かっていた。


 だが、それをリュウは己の魔力で造り出した盾によって全て防ぎ切ってしまったのである。


「……ほう。貴様の魔法、そこに居る白儿(エトルスキ)と似ている気がするのだが、もしやそう(・・)なのか?」


「さあ、どうでしょう?」


 韜晦(とうかい)するように肩を竦めたリュウだが、ある意味それは肯定している様なものだった。違えば違うと、たったそれだけ否定を入れれば良いだけだから。


 当然それはマルコスも見抜いたのか、堪え切れぬ様に腹の底から笑い出した。


「そうか、そうか。くはは……ここに至って白儿(エトルスキ)が二人と来たか。態々囚われに来るとはご苦労な事だ!」


「僕は囚われに来た訳じゃあ無い。ラウレウス君を解放しに来たんだ。君ら如きに捕まる訳が無いだろう?」


「言ってくれる! まさか、シグルティア達とは別に宮殿を一人で荒らし回っている馬鹿とは貴様だったのか!?」


 絶対的に自分が優位であると信じて疑わないのか、変わらぬ余裕を見せているマルコス。


 実際、今この場には多くの猛者が揃っているのだ。それはもう、例えリュウでも勝てるのかと不安に思ってしまう猛者揃いである。


 実際に彼らの全力を見た訳ではないが、タグウィウス自身が彼よりも尚強いと言うのだから、疑う余地はない。


「この大宮殿(メガ・パラティオン)で散々好き勝手暴れ回った貴様を、この私が許す訳もなければ逃がす訳もなかろう! 例え白儿(エトルスキ)でなかろうと、だ!」


「思い切りのいい啖呵だねえ。それで実現出来なかったら赤っ恥だよ?」


「減らず口を叩くな! 幾らエクバソス達を撃退したとはいえ、消耗しなかった訳ではあるまい? 今この場に居る過剰なまでの戦力を以って、貴様ら全員叩きのめしてくれる!」


「ああそう。……じゃあ、出来ると良いね?」


 掛かって来なよ、とでも言外に伝えているのか、リュウは刀を抜いた。


 両刃の剣に見慣れた西界(オクキデンス)では奇異に映る、湾曲した片刃の得物。


 その刀身は僅かな月光や照明を浴びて紅く、妖しく光り、強烈な存在感を放っていたのだった。


(コウ)、ラウレウス君のついでに他の人達も逃がしてあげて。ここは僕が受け持つ。……あ、でもこの数だと何人か抜かれちゃうかも」


「不安になるから最後のを付け足すんじゃない」


「じゃあ全部引き付けるから! 任せて!」


「……もう遅いんだよな」


 今更言い切っても不安は変わらねえ、と呆れ笑いを溢した后羿だったが、すぐに表情を切り替えて俺の方を見た。


「そう言う訳だ。逃げるぞ。あ、それとラウレウス、さっきリュウを呼びに行くついでに見つけたから渡しとく」


「え……あ、ありがとう」


 渡されたのは、剣と短槍。


 ガイウス・ミヌキウスとウルカヌスからそれぞれ受け取った、己の武器であった。


「これ、どこで?」


白儿(エトルスキ)が使ってた武器って事で、まるで封印でもするかの様に分かりやすく置いてあったんでな。この辺で捕まった白儿(エトルスキ)つったらお前しかいないだろ」


 折角の貰い物で、おまけに両方とも使ってみれば分かる程の業物である。


 売り払われなかった事が奇跡だが、何よりそれを偶然でも発見してくれて持ってきてくれた事は感謝してもし切れない。


「礼をくれるなら酒奢ってくれ、後で。そこのおっさんもな!」


「……ああ、善処しよう」


 忘れていないからな、とでも言いたいのか、念を押す様に彼はタグウィオスの方へも目を向けていた。


「それじゃ、付いて来るんならアンタらも来てくれ。俺は最悪ラウレウスを逃がせれば良いから、どっちでも良いけど」


「姫様、行きましょう」


「まっ、待って下さいタグウィオス様! そのような得体のしれない者と行動を共にするなど……!」


「ラドルス、事態は四の五の言ってられない程に逼迫しているのだ。駄々を捏ねるなら貴様だけ置いて行く」


「ぐっ……!」


 まだ互いを知らないのに一緒になって逃げるのは不安があるとするラドルスだが、タグウィオスの言葉を受けて黙り込む。


 事態が予断を許さない事は、彼もまた承知している事なのだろう。


「姫様もよろしいですね?」


「うん。この状況でどうこう言ってられない。各個撃破の危険もあるし、ここは仕方ないね」


「纏まったかー?」


 タグウィオスが素早く話を取り纏めている間、后羿(コウゲイ)は退屈そうに欠伸をしていた。


 だがその緩み切った顔を引き締めると、リュウに向けて言う。


「んじゃ俺らは適当に逃げるから、適当に後から合流してくれ!」


「それ大丈夫なのかなぁ……」


「大丈夫だ! お前なら出来る!」


「まぁ、しょうがないか。了解」


 早く行けとでも言いたいのか、こちらに一瞥もくれずにリュウは左手で虫を払う様な仕草をしていた。


 その余りにも気の抜けた適当な姿勢に、見ている自分達が不安になるけれど、確かに彼は強いのだ。


 そして后羿もまた、弓の腕は確かである。


「よし、行くぞ! 俺に続け」


「待て、后。別にそれは構わねえけど、アンタここから逃げる道とか把握してんのか?」


 自信満々に言ってくれるが、リュウと彼は落ち合う場所すら決めていないらしい。


 だとすれば逃走ルートもまた特に決めていない可能性があるので、思わずそう訊ねて見た、結果。


 彼は非常に良い笑顔で、あっけらかんと答えた。


「大丈夫だ。取り敢えず南に行く」


「この方向のまま直進しても城門は無いぞ。……もう良い、手前が案内する」


「大丈夫なの、これ……?」


「結果次第で、この男を殺す必要がありそうだ」


 タグウィオスも、シグも、ラドルスも、その場の誰もがこの先の前途多難を思い、溜息を溢していたのだった。


 見上げれば、夜空に浮かぶ三日月は仄暗(ほのぐら)く世界を照らし、その薄暗さはこれからの先行き不安を暗示している様であった。





◆◇◆





 ドタドタと五人の影が去って行く中、後には彼らへの追撃を阻む様にリュウが一人、佇む。


 それを皇太子ことマルコスは視線だけでコロンばかりに睨み付けていたのだった。


「下郎が……私の邪魔をするか!」


「人の人生の邪魔をしている君が言えた事じゃあ無いと思うのは僕だけかな?」


「減らず口を叩くな! 私は皇太子だ! 政治の為なら、平民やその他の命など塵芥にすぎん! それとも何だ、貴様もシグルティアの様に臣民を第一に考えよなどと世迷言を述べるつもりか?」


「世迷言って言うか、それは心理だと思うけどなぁ。いつまでも隷属している人を軽視して居たら、いずれしっぺ返しが来ると思うのはいけない事なの?」


「……仕返しを考える様な不遜な輩など、帝国の臣民には相応しくない。その様な者は地に()(つくば)らせた上で、処断する」


 従ってこそ帝国の民であり、従うのが当然である、とマルコスは説く。


 それに対し、リュウは仮面の下から覗く紅い眼を眇め、そして笑っていた。


「君の様に勘違いした為政者を、僕はごまんと見て来たよ。東界(オリエンス)でね。その結果、国を滅ぼし本人かその子孫もまた身の破滅を招いていた。ここの地域だって、そんな故事が無い訳じゃあないだろう? もし、それを知らないのだと言うのなら、君は本当に人を支配するに相応しい教養と素養のある人物なのか、甚だ疑わしいものだね」


「旅人よ。世の中には分相応と言う言葉がある。例えば貴様の様な者は、私の前では跪くのが当たり前であるようにな。しかし今の貴様は分不相応な立ち振る舞いをした。そうなった以上、貴様の辿るべき道は二つに一つ」


 天色の眼に険を乗せながら、マルコスは一度そこで言葉を切り、剣を突き付ける。


 勿論、距離は互いに取っているので振り回したところで当たる事は無いものの、そこに殺意が無い訳では無かった。


「選べ、罪人。私のような皇族に楯突いた事を悔み、反省しながら殺されるか。或いは猛烈な痛みを以って、死ぬまで終わらぬ地獄の苦しみを味わるか。前者を選ぶなら、苦しまずに殺してやる」


「生殺与奪は強者の特権。確かにそうだけれど、君が僕にそれを命じられる程、果たして強いのかな?」


「ここまで反省を促しても尚、態度を改めぬとは……いよいよ救いようのない事だな。分かった、貴様には恐怖を味わいながら死んで貰おう。今から幾ら喚こうがもう遅い。裁可は下された!」


 その言葉がマルコスの口から放たれた途端、その横に侍っていたダウィドの口端が吊り上がる。


 そして、皇太子マルコスは続けて己の配下へと命じるのだ。


「帝国最強の名を欲しいままにする将軍(ストラテゴス)――ニケフォラス・ダウィドとバルカ・アナスタシオスに命じる! この罪人を即刻処刑せよ!」


御意(ぎょい)!」


「……御意」


 彼ら二人からの返事をしかと聞いたマルコスは、その勝利を全く疑っていないらしい。


 その自信を如実に表す様に、リュウを見据えながら笑っていたのだった。





◆◇◆





 大宮殿(メガ・パラティオン)


 東ラウィニウム帝国第二の都市と言われるだけあって、その規模は生半可なものでは無いものだった。


 特に、人の質においてそれは顕著である。


 帝国の皇太子だけではなく、帝国最強と言われる将軍(ストラテゴス)が二人もこの都市には居たのだから。


 そして彼ら以外にも、多くの者が詰めていて、この場を荒らし回った俺達を狙って居た。


「こっちだ! 手前について来い!」


 この大宮殿の地形をよく理解しているのだろう。タグウィオス・センプロニオスの案内の下、一行は一目散に南を目指していた。


 曰く、そちらの方が手薄かつ距離も近いらしい。


 実際に帝国貴族であった彼が言うのであれば、それはまず間違いでは無いだろう。


「けど、あのリュウとか言う旅人……アイツ死ぬ気なのか?」


「んな訳ねえって言ってるだろ。早々やられねえんだ、アイツは」


「そうは言っても相手は帝国最強の二人だぞ!? 双璧が揃い踏みだ! もしかしなくてもあの二人のヤバさを知らねえだろ!?」


 立ち塞がる無数の兵士達を蹴散らしながら、ラドルス・アグリッパは后羿(コウゲイ)に向けてそう訊ねていた。


 しかし、そんな心配するような問い掛けに対し、返って来るものは極めて気楽なものだった。


「ここの国の将軍(ストラテゴス)ってのがどんなもんか知らねえけど、遅れは取らねえさ。精々三十、四十年程度の年季じゃリュウには及ばねえ。白魔法(アルバ・マギア)の使い勝手の良さもあって、十二分に戦ってくれるさ」


「はぁ? 三十年とか……あの男一体何歳なんだ!? 声を聞く限りは結構若さそうだったが?」


「さあ、幾つだろうなぁ?」


 韜晦(とうかい)するように(コウ)が肩を竦めた直後。


 置き去りにしていた背後で、大きな爆発が巻き起こる。あの位置からして、リュウが多くの追手を足止めしている辺りである。


 薄暗い夜の闇の中、並走している少女――シグもまた、不安そうな心を表すように話しかけて来る。


「あの弓男が言う通り、本当に大丈夫なの?」


「実力のそこは知らないけど、リュウさんは実際強いぞ。本当に底が知れない」


「ふうん……そういう割には易々突破されてるみたいだよ?」


「……はあ?」


 その指摘に思わず背後を振り返ってみれば、確かにこちらへ迫って来る無数の人影がチラチラと見える。


 この大宮殿を荒らし回ったのは、殿を務めているリュウの他にはここに居る五人で全員なので、まず間違いなく味方である訳がない。


 そうなれば彼らの正体は消去法で簡単に導き出せる訳で――。


「シグルティア! 貴様にはとっとと退場して貰うぞ! 私の思い描く世界を実現させる為には、貴様が不要なのだ!」


「へへへっ……僕の、僕のシグルティア……沢山可愛がってあげるね?」


 帝国皇太子、マルコス・ユリオス・アナスタシオス・ポルフュロゲネトス。


 そして彼に続くようにもう一人、気色の悪い笑い声を上げる男が追走し、更にその後ろを無数の兵士が追って来る。


「……冗談きついぜ、何だありゃあ? おいシグ、お前目当てが結構いるみたいだけど、 特にあのキモいデブは何だ?」


「プトレマイオス・ザカリアスだってさっきも言っただろ!? 数年前から私をつけ狙ってる変態聖職者で、現総主教の息子!」


「なるほど、権力者って訳だ。人気者は大変だな」


「アンタだってそうだろう!?」


「……否定はしない」


 白儿(エトルスキ)は何処もかしこも引っ張りだこである。


 骨や血液、心臓部にあるとされる白珠(マルガリタ)。工芸品や魔道具の材料として重宝されるものだらけなのだそうだ。


 しかも現在では種族として白儿(エトルスキ)はほぼ絶滅して久しい。よって希少価値は計り知れないものとなってしまっている。


 ただし、当然ながらそんな事で周りからモテモテだったとしても何一つとして嬉しくない。


 心の底から放っておいて欲しかった。


「良いか、何度も言うがシグルティアと白儿だけは絶対に逃がすな! 他の者は最悪逃がしても殺しても構わんが、その両名は絶対に生け捕りとする!」


「はっ!」


 追手の士気は高い。皇太子が直接指揮を執っているという事もあり、兵士達からしても気が抜けないのだろう。


 後ろで歓声が上がるのを聞いて、ラドルスが忌々しそうに舌打ちをしていた。


「ここに詰めてる兵士は精鋭揃いだ。特に今、あの皇太子に率いられてる連中は近衛隊。実力重視の叩き上げが多い。早いとこ大宮殿(メガ・パラティオン)からだけでも離脱しないと面倒だぞ……」


「へえ、そうなのか。大変だな」


「貴様っ! 他人事みたいに言うな! タグウィオス様、とにかく急いでください!」


 知らなかったぜ、と感心したような声を漏らす、(コウ)羿(ゲイ)


 そんな彼の態度にラドルスは苛立ちを隠そうともして居なかった。それだけ事態が切迫していると感じているのだろう。


 タグウィオスの声もまた、そこには真剣味が滲んでいたのだった。


「分かって居る! 姫様、市街地へ続く門を破ります、魔法を!」


「任せて!」


 威勢の良い短い返事と共に、以前も見た氷の破城槌の様なものが見る見る形成されていく。


 その構築速度も含めて見事なものだと、走りながら考えていると后羿に肩を叩かれた。


「もしもの可能性がある。お前も白弾(テルム)を展開しとけ。とびっきりの奴で頼む」


「はぁ……?」


 訳も分からなかけれど、言われるがままに白弾を形成させていると、その間にシグの攻撃が放たれた。


 警備の兵士達はそれを見て慌てて道を開けるが、しかし門扉は固く閉ざされたまま。


 篝火に照らされて分かる通り、閂もしっかりとなされており、並みの攻撃では突破出来そうにもなかった。


 しかし、シグの造り出した氷の破城槌であるならば、その限りでは無さそうで。


「――行けぇっ!!」


 一直線に、まるで投槍の様に、それは門扉へと迫りそして衝突した。


 かつて見た時がそうであったように、そのまま門は破れる――そう思ったのだが。


 砕けたのは門ではなく、氷の槌だった。


「堅い……結界!?」


「補修でもされていたのか!? 手前が収監される前までは、内側からの攻撃に対してこれほど強固でなかった筈……!?」


「馬鹿者が! 貴様らをここに誘い込もうと画策した時点で、この程度の手を打って置かないとでも思ったか!?」


 シグも、タグウィオスも驚倒する中、その様子を背後から見ていたマルコスは哄笑する。


 恐らくこの分では、宮殿から市街地へ続くどの門にも同様の措置が施されているのだろう。


 もう既に目前まで門は迫っており、ここで一旦足を止めざるを得なくなると多くの者は考えていた筈だ。


 しかしこれを、后羿は予測していたらしい。


「推測的中だな。撃て、ラウレウス!」


「任せろッ!」


 彼の指示に従って準備していた特大級の白弾(テルム)を、結界の敷かれた門へと撃ち出していたのだった。


 そしてその結果。


 数瞬の(せめ)ぎ合いの後、結界は破られ門そのものすらも破壊された。


 進路上のもの全てをぶち抜き、余勢の残るその魔力の塊は、遠く夜空へと消えて行った。


「おお……!」


「やるじゃねえか! 流石は白儿(エトルスキ)! 魔法の威力は伊達じゃねえ!」


「け、結界を一瞬でこうも呆気なく……?」


 爽快そうに喜ぶのは俺と、后羿だけ。正確に言えば自分自身でも驚いていたので、驚かなかったのは彼一人だけだと言える。


 他の者は目の前で起こった事が信じられなかったのか、タグウィオスすらも唖然としていたが、すぐにその表情を引き締めた。


「このまま駆け抜ける! お嬢、牽制を!」


「……任せて! 今度こそ!」


「ええい……尚もこの私に楯突くと言うのか! 絶対に逃がすな!!」


 瓦礫と化した門の残骸を踏み越え、その先へと進む。


 背後からは如何にも忌々しいと言った様子のマルコスの声が聞こえ、何とも清々しい気持ちにさせてくれる。


白儿(エトルスキ)のくせに、往生際の悪い……!」


「皇太子のくせに、諦めの悪い人だな。もう少し心にゆとりを持ったらどうだ?」


 シグによく似た天色の瞳が恨めしそうに睨み付けて来るのが、何とも心地良い。


 宮殿へ引っ立てられた際には散々罵倒され蹴られたのだ。まだまだ鬱憤を晴らし切れた訳ではないけれど、溜飲が下がる。


 夜は()けていくが、この逃走劇はこれからも暫くは続きそうであった――。








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