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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第四章 フシンヌグエズ
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第五話 HASTA LA VISTA③

◆◇◆



 外に出てみれば、時間は夜だった。地下牢に居ては時間の感覚も無かったので、俺はタグウィオス共々少し驚いたくらいだ。


 恐らく、暫くの間は乱れに乱れた体内時計の修正に苦労する事だろう。


 しかし、多くも兵が詰めているであろうここを襲撃するにあたっては、今の時間帯は確かに理に適っていた。三日月が微かな雲に覆われ、松明などが無ければ視界は頗る劣悪で、そして逃げ回るには有利な闇。奇襲の効果が最大限に発揮される状況であると言えるだろう。


「待てッ、そこの! ここで何をしている――っ!?」


「逃げてんだよ」


 足音も気にせず、宮殿の廊下を駆ける。


 途中、幾度か兵士に見つかったものの、それは后羿(コウゲイ)によるたった一射の弓で沈黙せしめられていた。弓と瓢箪を携えた彼を先頭に、俺とタグウィオスが続く。


 牢に収監されていた為に無手であったが、斃れた兵士から武装を回収して剣も槍も装備済みである。出来る事なら没収されてしまった短槍などを取り戻したいのだが、叶わないのであればそれも仕方ない。


 兎角、今はこの場からの脱出が最優先であった。


「地下牢が破られた! 白儿(エトルスキ)を逃がすな!!」


「追え! 何としても捕まえろ!!」


「……流石にもう気付くか!」


 声がしたと思えば、バタバタとこちらに駆け付けようとする兵士達の足音が聞こえる。甲冑の音も聞こえる辺り、夜中だと言うのに仕事熱心だと思わざるを得ない。


「ここは帝国第二の都市。その宮殿を守護する兵ともなれば、本当に只の雑兵では務まらん。それなりの選抜試験や手柄を残したもので無ければ加われんのだ」


「なるほど。まぁ、寝不足な上に照明も少ないこの時間じゃ、俺の矢を避ける事なんて出来やしねえだろ」


 タグウィオスの言葉に対し、変わらぬ自信を后羿は見せていた。そしてその言葉通り、一人につき一射で確実に兵士一人一人を射殺していくのだ。


 だが、相手は集団でこちらを狙ってくる。どんなに必殺の一撃を放ったとして、一人しか殺せないのでは、飽和して捌き切れなくなるのは分かり切っていた事だった。


「自信持つのは良いけど、じゃあ何でこんな廊下走ってんだよ!? ホントに人目についてしょうがねえんだけど!?」


「諦めろ! 俺はそもそもこの国の人間じゃねえんだ! 宮殿の地理なんざ頭に入ってる訳ねえだろ!」


 ここは大宮殿(メガ・パラティオン)のどこかの廊下。あちこちに煌びやかな装飾や彫刻が見られ、蝋燭の台座である燭台一つとっても豪華絢爛そのものであった。一体ここまで飾りに飾ってどこまで意味があるのかと思わなくもないが、見栄や賓客接待などの分野で存分に効果を発揮するのだろう。


 政治については前世世界のものしか知識がないので、ここでどうかは良く知らないが。


「そんな当てずっぽうで良く俺達を見つけられたな!?」


「偶々だ。虱潰しに探し回って見つかっただけ。それなりに時間もかかってるんだぜ」


「自慢気な顔すんじゃねえよ! 自分から頭悪いって言ってる様なモンだぞ……っと!?」


 出会いがしらに遭遇した兵士の一団を、俺とタグウィオスが捌いて行く。一方、后羿は素早く敵の攻撃範囲から離脱し、その小戦闘を傍観していた。


「おーやっちまえ!」


「見てねえで手伝えや」


「いや、俺は要らねえだろ。矢だって数に限りある訳だし……それに、なぁ?」


 そう言いながら彼は視線を向けた先には、タグウィオスが居た。


 両手に一本ずつ槍を持ち、振るい、突き、一人また一人と兵士を屠って行く。その実力と迫力は圧倒的で、気圧されて後退った兵士の命もまた、一瞬で狩り取っていた。


「凄い……!」


「このおっさん、やっぱ只者じゃねえんだろ? ラウレウスとは比べ物にならないくれえ腕が立つ。俺の出る幕なんてねえよ」


 かつて東帝国の将軍であった事に最早疑いの余地はない。疑える訳がない。それ程までに圧倒的だった。つい先程まで、地下牢に収監され、しかも数か月以上もそのままだったと言うのに、一体どれだけ頑丈な体をして居るのだろう。


 食事すらも満足には貰えて居なかった筈なのに。


「アンタ、異能(インシグニア)だな? それだけ頑丈な体だ。見てれば分かる」


「その通り。もっとも、長らく牢に押し込められていたせいで余り力も出ないがな」


「へえ……んじゃあこいつでも食っとけ。多少は腹の足しになるだろ」


 呆然とする俺を他所に、后羿は骸と化した兵士の矢筒から有りっ丈の矢を回収しながら干し肉を投げ渡す。それをタグウィオスが受け取ったのを確認すると再び走り出すが、そんな彼の背中へ先程沸いた疑問をぶつける。


「なぁ、異能(インシグニア)って何だ? 魔法?」


「ああ? 魔法じゃねえよ、知らねえのか? 魔法とはちょっと似てるが……異常に高い身体能力や自己再生力、それに千里眼や未来視なんてのをどれか一つ持ってる奴の事だ。要は只の魔法じゃ手に入らない、利用できない能力って訳だ。発現する奴は魔法よりも尚少ない」


「そう言う事だ。手前がどの系統の異能(インシグニア)であるかは、見ていれば大体分かるだろう」


 今も二本の槍を持ちながら廊下を走っているタグウィオスを見れば、もはや何を訊くまでもないと思うのは当然であった。


 異常なほどに頑丈な体、体力。槍を片手で振り回せる程の膂力。これだけ見て居れば脳筋系の異能(インシグニア)である事は明白だと言えよう。


「……何か失礼な事でも考えたか?」


「いいえぇ、べっつにぃ?」


 鋭い眼光でギロリと睨み付けられて、慌てて視線をそこから逸らす。頭から流れていた血を拭き取っていない事もあって、その迫力は数割増しであった。誰がどう見てもヤバい奴といった感じの風体なのだから、当然と言えば当然であるが。


 そんな殺気が感じられそうな視線から一刻も早く逃れたくて、今度は再び后羿(コウゲイ)に水を向ける。


「で、俺達は何処に向かってんだ?この宮殿……いや都市からの脱出?」


「いや、まずはリュウを見つけるところからだ。落ち合う場所とか特に決めてねえから、その辺で適当に暴れ回ってんだろ」


「……時折聞こえる派手な音ってもしかしなくても」


「アイツが原因なのも結構あるだろうな。陽動するって言ってたし」


 あれだけ圧倒的な実力を持った人物である。もしかしたら、その心は猛獣の様に恐ろしい何かを抱えているのかもしれない。


 見たものが十人中十人、大の大人であろうと裸足で逃げ出す程の凶暴さを幻視せずにはいられなかった。

 声が中性的で穏やかであるのも、多分取り繕っているからだ。本性を現したらどれだけドスの利いた声を出せるのかと思うと、思わず悪寒がするまである。


「済まないが、手前はその途中で別れさせて貰う。姫様やラドルスと合流したいのでな。ここまで、恩に着る」


「いや待て、そう言うな。もしもヘマしてお前に死なれたら酒の奢りも無くなっちまう。一緒に探してやるさ」


「そうは言っても……陽動している連れが居るのであろう? 大丈夫なのか?」


「問題ない。この程度でやられたり捕まったりしねえって。良いから一緒に俺らと行動しとけ。そっちからしたら困る事なんて何もねえだろ?」


「……まあ、な」


 遠方に視認した兵士の一人を、后羿は走りながら正確に射抜く。


 何度見ても百発百中、しかも走りながらだと言うのだから恐ろしい腕前だ。一体どれだけの修練と才能があって可能となる芸当なのだろうか。


「ってか(コウ)は弓しか使ってねえけど、近接戦は不得手なの?」


「別に不得手って訳じゃねえんだが、ちょっとヘマをして今は本来の力が出せねえ。こう言う時、精霊ってのは不便だよな」


「ふぅん……」


 良く分からないが、何かしら事情があるのだろう。


 それにしても精霊とは思えない程、彼は人間味に溢れていて、ともすれば年相応の青年に見えなくもない。生憎、精霊についてはどのようなものであるのか、学が無いのでとんと見当もつかない。だから、いま彼の身に何が起きているのか、推測すら出来る筈もなかった。


 これが落ち着いたら後で誰かに訊いてみようと思いながら后羿(コウゲイ)の後続を走っていた――その時。


 轟音を背後に引き連れながら、男女の一組が向こうの角から飛び出して来た。


 一人は槍を持った青年、もう一人は小柄な少女。その恰好はとてもこの宮殿の兵士とは思えなくて。


「おいおい、誰だありゃぁ……」


「姫様!?」


「まさかの知り合いかよ」


「あいつら......しかも何か攻撃受けてるらしいぞ」


 歓喜の声を上げるタグウィオスを尻目に、后羿と俺は共に状況を分析する。


 彼らの背後から飛んできているのは魔法。属性は水と火であろうか。対照的なものだが、互いに攻撃が邪魔にならぬよう、上手く時機を計って攻撃を繰り出しているらしい。


 それに追い立てられているラドルスとシグの顔は、真剣そのものだった。おまけに、その二つの魔法以外にも二人を追い掛ける影が一つ。


 それは、短剣を両手に持った一人の少女。薄暗い夜の闇に隠れる様にして、それは二人の背中に迫っていた。


「ヤバいな……後ろっ! おい、何してる!?」


 タグウィオスは勿論、向かいから走って来るラドルスとシグもその小さな影には気付けていない。互いに互いしか見えていないのだろう。


 いち早く行動を起こした后羿が素早く矢を(つが)え、そして放つけれど、最初から先読まれていたのか難なく躱されていた。


 そもそも、ああまで素早く動かれては、矢で当てるのも一苦労であろう。もう一射を放とうにも、足止め程度の効果しか発揮してくれない。


「俺が万全なら或いは……!」


「後は俺がやる! 援護任せた!」


 今度は俺の番と言わんばかりに、素早く脚部への魔力の集中――強化術を施し、床を蹴った。


 再度放たれた后羿の矢で、接近する軌道を変えさせられた少女へ、一気に迫る。


 それに気付いた彼女――タリアは、一瞬驚いた表情を見せた後、すぐにまた無表情へ戻って短剣を翳した。


「「――ッ!」」


 背後で、接近した敵の存在に気付いたらしいシグ達の息を呑む気配が伝わって来る。俺が突き出した槍の穂先が、二振りの短剣に()なされ、軌道が逸れる。


 そのまま懐深くへ飛び込んで来ようとする彼女に対し、俺は槍を放棄すると腰に下げていた剣を逆手に引き抜き、受け太刀。腹を狙った刺突を、鎬で受けて外に逃がす。


 その間に自分の周囲に無数の白弾(テルム)を生成し、それに気付いた彼女は乏しい表情の中で目を見開いていた。


「ここなら誰も巻き込まないで思い切りやれる」


「チッ……!」


 これだけの攻撃密度だ。幾ら素早さのある彼女とは言え、一発二発の直撃は避けられない。苦い表情をした彼女に対し躊躇なく、そして間髪入れずそれらを撃ち込んでいたのだった。


「タリア! 貴様何をしている!? 手古摺りおって……!」


「……申し訳ありません」


 幾らか白弾の直撃を貰いながらも、彼女は大きく後退していた。それを見て物陰から姿を現した肥え太った中年の男は、タリアを叱責する。


 アラヌス・カエキリウス・プブリコラ。


 一週間前にも遭遇し、そしてパピリウスやタリアなどと一緒に俺を捕らえた者の一人。彼は相も変わらず気色悪い顔に気色悪い笑みを浮かべ、こちらを見ていたのだった。


「貴様、随分元気そうだな。無駄な病気になる事を心配して、痛め付けてやら無かった事が裏目に出るとは……」


「お陰様で(すこぶ)る元気だよ。欲を言えばもっと上手い飯と量が欲しかったけどな」


「……そうか。さて、見ない顔も居る貴様らに一つ機会をやろう。大人しく全員縛につくと言うのならば多少なりは皇太子殿下にも口利きをしてやる。それなりに充実した牢獄生活を送れると約束しよう」


 両手を広げ、時折后羿の方を見ながらプブリコラはそんな事を宣った。要するに降伏勧告だが、従う者など居る訳がない。


 そもそもそれで大人しく捕まるなら、脱獄もしないし乗り込みもしないのだから。そしてそれは火を見るよりも明らかな事で、彼自身も分かっていた事らしい。


 まず従わない事は百も承知と考えた上でその提案をし、そして一時的にせよ俺達の足を止めることに成功した。つまり、宮殿に詰めていた兵士達が続々とここに集結しつつあると言う事で。


「逃げ場はないぞ。尚も抵抗すると言うか?」


「当たり前だ!? 私達はタグウィオスを助けに来たんだぞ! 助けに行って捕まるなんて、そんな馬鹿な事をする訳ない!」


「全くですぜ……師匠、無事で何より」


「お前……姫様も、ご無事で何よりに御座います。御迷惑をお掛け致しました、手前の事など無視して下さっても良かったものを……!」


「はいはい、お涙ちょちょぎれる感動の再会は後にしてくれ。数だけ見れば十分骨が折れるぞ、これ」


 プブリコラ、シグ、ラドルス、タグウィオス、后羿(コウゲイ)


 彼らが口々に言葉を口にする中で、俺は周囲に目を光らせていた。既にこの宮殿の廊下は派手な戦闘のせいであちこちが壊れ、外からも丸見えと言った風になっている。


 しかも照明は至る所に設置され、まだ結構な数が生きている。


 外は殆ど灯りが無いと言うのに、中は光が漏れて目立つ事この上ないのだ。弓で狙撃される危険性も全く無い訳ではない。何より先程から一人、居る筈の魔導士が姿を現していない。それが一体、どこから仕掛けて来るのか。


 目を皿にして警戒していたら、遂に彼が姿を現した。それも、幾つもの水の弾丸を伴って。


「夜中に謀反人が押し入り強盗とは……感心しませんね。ついでに、脱走も駄目ですよ?」


「お前ッ……!」


 もはや誰何(すいか)をするまでもない。その声だけでも誰かは分かる。


 アッピウス・パピリウス。元はグラヌム村の司祭であったが、色々とあった挙句プブリコラを伴って東帝国にやって来ていた男。


 繰り出される幾つもの水の弾丸は、一々相殺して居たら(きり)がない。なので、その攻撃から全員を庇う様に、魔力による盾を作り出し、防いでいた。


「牢に入れていた筈ですが……一週間前に会った時に比べて、どうもお変わりないようで? 中々しぶといでは無いですか。タリアの接近戦も捌き切ったようですし」


「この辺は無関係な市民も居ないから、思い切り魔法が使えるだけだ。タリアの動きも、一回戦えばある程度の対策くらいは出来る」


「……なるほど、一筋縄ではいきませんね。貴方は思っていた以上に厄介な様だ。伊達にこのビュザンティオンで捕まるまで逃げて来られた訳ではない」


 どこか愉快そうに笑いながら、暗闇から彼は姿を現した。壊れた外壁を跨ぎ、相変わらず胡散臭く見える出で立ちと所作はそのままに、目は笑っていない。油断をしていないと言う証だろう。特にタグウィオスへ向けられたまま、外される気配がない。


「まさか撒き餌であった筈の歴戦の猛者まで脱走しているとは想定外でした。ただ、獄に繋がれていた貴方では、この大宮殿(メガ・パラティオン)を脱出する事は叶わないと思いますよ?」


「結果を見てから言え。寧ろこの程度の戦力で手前を押さえ込めると思うな」


「おやおや手厳しい。別に貴方一人の事を言っている訳では無いのですよ。貴方達が、誰一人欠ける事無く脱出できる訳がないと言っているのです。例えばそこのお嬢様、とか。まんまと罠にかかってくれたのです、逃すと御思いかな?」


「貴様ら……最初からこの為に手前を殺さずに獄へ繋いでいたのだろう? 先程の撒き餌発言と言い、その態度、腹に据えかねる。必ずその首もらい受けるぞ」


「さあ、出来るでしょうかね?」


 韜晦するように肩を竦めたパピリウスだが、その次の瞬間には自身の周囲に幾つもの水を作り出し、それらを蛇の様に身に纏っていた。


 攻撃にしろ防御にしろ、即座に対応する事を狙っているのであろう。プブリコラもそれと同様で周囲に炎の球を幾つも浮かせており、それはさながら人魂のようでもあった。彼ら二人以外にも、貴族やそれに近しい者はいるらしい。囲んでいる者達の中からは魔力の展開される気配が感じ取れ、多くの者が臨戦態勢を取っている様だった。


「ここは皇太子殿下のお膝元! 失態は許さんッ! 絶対に逃がすなッ!!」


『おうっ!!!』


「悪魔を、反逆者を捕らえよッ!!」


 野太く、そして誰にも聞こえる声量でプブリコラが音頭を取れば、それに多くの者が続く。


 そして一挙に、戦端が開かれるのであった。


(あま)色の髪をした女と白儿(エトルスキ)は逃がすな! 特に女はあの反逆者であるシグルティア第三皇女だ! 生け捕りする様、注意してかかれ! これは殿下からの命令でもあるッ!」


「うわ、大人気だな……」


「是非ともこんな人気は誰かに擦り付けてやりたいんだがね……」


 どっと押し寄せる槍、剣、矢、魔法。


 特に貴族などは味方諸共撃ってしまっても構わないと言わんばかりに、遠慮なく魔法を撃って来る。


 それによって下っ端兵士は士気が下がるのではないかと思ったのだが、その貴族の周辺に近付かなくなるだけで、相変わらず攻撃を仕掛けて来るのだった。


「一億T(タレト)は俺のモンだッ!」


「いいや俺だッ!」


「第三皇女は俺が絶対に……!」


「シグ、お前本当に大人気だな」


「兄上の仕業だ……」


 群がる兵士達はシグの方を見ている。パピリウスも言っていたが、彼女を狙って罠も張られていたらしい。下知が出た時点で、何やら報奨金もちらつかせたのだろう。


「てか、お前が東帝国の皇族だったとは思わなかったな。しかも第三皇女? 随分と高貴な生まれだ事で」


「そう言うアンタだって、その髪色は何? 肌だってそう。随分と白いし……あのデブ貴族の言ってた白儿(エトルスキ)ってのも、どういう事だ?」


「これだけ状況証拠がそろってりゃ、もう確認取るまでもないんじゃねえの?」


 そう答えながら敵には手加減などせず、白弾(テルム)を彼方此方にばら撒いて行く。


 これだけ密集しているのだから、適当に撃った所で誰かには当たるのだ。直撃した魔力の弾丸は、着弾点を中心に何人もの人を吹き飛ばし戦闘不能にしていく。


 シグもシグで、氷の魔法を使って敵兵を次々に氷漬けにして、まるで乱杭の様に他の兵士達にとって障害物ともなる氷像を量産していた。


「何か隠してるとは思ってたが……まさかそう言う事だとはな! 俺達は知らず知らずの内に白儿(エトルスキ)と共闘してたって訳か!」


「俺は知らず知らずの内に皇女殿下とその部下と共に共闘してたって訳だな。お互い様だろ」


 まさに紙一重と言った技術で敵の攻撃を躱しながら、ラドルスは次々と敵兵を屠って行く。敵から奪い取った剣を投擲して、魔導士も一人討ち取っている程だ。


 だと言うのに雑談を交わそうとする余裕もある程、彼もやはり実力のある人間だった。


 もっともそれは、その隣で戦うタグウィオスがより多くの敵を屠り引き付けているからでもあるのだろう。


「姫様! このタグウィオス・センプロニオス、今日受けた御恩と情けを絶対に忘れはしませぬ! 臣下として、その本分を全うできるよう、全力を尽くします!」


「……暑苦しい奴だな。おいお前ら、全員を相手にする必要はねえ! 適当な所で逃げるぞ!」


(コウ)!? お前何で戦わねえんだよ!?」


 いつの間にやら木札に戻っていたのは、后羿。矢を放つ事もせず、今は俺の頭上に乗っかりながら平然と命令をしていた。


 しかも、全く以って悪びれる様子もない。


「乱戦じゃ今の俺は碌に役に立たないんだよ。それに色々あって消耗してるから、あと一撃でも良いのを貰っちまったら、また暫くこの依り代に引き籠ってなくちゃならねえ。そうなったら色々困るだろ」


「だからって楽して良い訳じゃねえだろ……」


「別に楽はしてねえよ。こうも皆バラバラに戦ってたら、その内各個撃破され兼ねないだろ。トンズラする時機を見計らってんだ」


 何か文句でもあるか、と尊大な顔をしているのがありありと浮かんで、そこはかとなく腹が立つ。


 いっその事、頭上に居るコイツを掴んで敵の真っただ中に放り込んでやろうかと思ったくらいだ。


「で、トンズラする時機は来そう?」


「もう暫くなさそうだな。魔導士を優先的に潰さねえと、雑兵やっても意味ねえぞ」


「それを先に言えよ!?」


 全く使えない精霊だった。第一に必要な情報である筈なのに、今更それを公表しないで欲しい。もっと早くに言ってくれれば、皆は早々に魔導士の制圧に向かった筈なのに。現状、多くの兵士に寄られて思うように身動きが取れないのだ。


「当分時機が来ないって言うなら、一旦人型になって魔導士の一人や二人くらい狙撃しろ!」


「そうやりたいのは山々なんだがねえ……ラウレウス、右に来るぞ」


「え?」


 主語も何も無いのに注意を飛ばされ、意味も分からず右へと目を向けた。


 そこに居たのは、タリア。先端に重石の様なものが付いた紐を回し、そしてそれを、投擲して来た。


 要するに、投石である。


「――ッ!!?」


 咄嗟に体を捻って躱すが、凄まじい威力を持っているであろうそれは、背後にいた兵士の胸に直撃していた。


 胸甲を着けていたにもかかわらずその衝撃は相当なもので、その兵士は胸を押さえて倒れ込んで行った。


 鎧の上から受けてそれである。生身であったらばどうなっていた事だろう。こちらを見据える茶色い瞳に思わず背筋がゾッとするが、動きを止めている暇はなかった。


「この、悪魔が!」


「……っ」


 背後から繰り出される刺突を躱し、剣で首を一突き。たったそれだけで攻撃して来た兵士は絶命し、引き抜いた際に返り血が頭から掛かる。


 天然の紅い染髪料の血腥さに、俺は顔を顰めながら唾を吐く。


 僅かにだが、血が口の中に入って苦かったのだ。


「……貰った!」


「何を!」


 まるで蛇の様に伸びる水の奔流が、迫る。それを躱したのは良いのだが、今度は更に無数の火球までもが迫って来たのである。言うまでもない、この連携をしているのは自分も良く知る二人であった。


 どうにかギリギリのところで躱しはしたものの、シグ達とは分断されてしまい、己にとって状況はやや厳しくなりつつある。見上げたら夜空が見える事からも分かる通り、廊下の外へと押し出されてしまったのだ。


「こりゃ厳しいな……やっぱ俺も援護に入る。この魔導士二人を戦闘不能にすれば、少しは楽になるだろ」


「コウ......最初からそうしてくれれば、もっと助かったんだけどな」


「……ソイツは、やはり精霊? 貴様、いつの間にその様な者と契約をしたと言うのだ?」


「別に契約とか何もしてないけどな」


「何? ならばどうやっていると言うのだ!?」


 怪訝そうな顔をするプブリコラ。しかし、それもすぐに打ち消すと再び魔法を放って来る。


 そしてその後を追うように、パピリウスの水魔法がやって来る。 どちらも弾丸の様に間断なく襲って来て、その密度の前には紙一重で回避する事すら難しい事だろう。


 その為、やむを得ず魔力による盾を再び張り、攻撃をやり過ごしていく。


「守ってりゃこの場は敗けねえけど、埒が明かねえぞ」


「分かってる! でもこの状況でどうすれば……!」


 身動きが取れないのだ。おまけに、盾のせいで相手の姿も見えず、曲射の様な芸当をしようにも位置が割り出せない。


 恐らく敵は魔力が尽きる前に、攻撃をしながら徐々に距離を詰めて来る筈だ。ぼうっとして居ては敗北は必至であった。


「……しょうがねえな。じゃあ、俺がやってやるよ。余りここで時間食ってる訳にもいかねえし」


「何を……?」


「自分が人より弓の扱いが長けてるってのは、自認している。ついでに言うと、戦闘勘もな。援護もすると言った以上、有言は実行させて貰うさ」


 言うが早いか彼は矢を一本、空へ向けて放った。


 果たしてそれは一体何処へ行くのか――そう思った時、不意に二人の内一方の攻撃が止んだ。不審に思っている間に后羿(コウゲイ)は更にもう一射を放ち、残った方の攻撃も途切れさせたのである。


「何が……!?」


「びっくりしてんじゃねえよ。早くしろ! 折角俺が作ってやった好機なんだからよ」


 そのまま乱暴に彼から背中を押され、盾から押し出されれば、そこには肩を頭上から射抜かれたパピリウスとプブリコラの姿があるのだった。


 その負傷の原因は、言うまでもなく后羿。


 信じられない事に、姿は見えない筈なのに曲射で正確に矢を当てて見せたのである。射抜かれた当人も痛みと共に驚きがあるのか、肩を押さえてそちらを凝視していた。


 だが、流石に今は戦闘中。彼らもすぐに忘我から戻ると、攻撃を再開しようとして――その表情が凍り付いた。


 それもその筈、今彼らが視線を向けた先に居る俺は、幾つもの白弾(テルム)を万全の状態で整え終えていたのだから。


「おのれ――ッ!」


「私はッ……!」


 咄嗟に身を守る為に魔法を展開するけれども、所詮は急造の盾。二人は雨のように迫る幾つもの白弾を防ぎ切れる筈もなく吹き飛ばされ、彼らは夜の闇の中へ消えて行った。


 死んだかどうかは分からないが、恐らくすぐには戦闘を再開することも不可能だろう。


「よくやったな」


(コウ)のお陰だ。俺だけじゃ押し切られてた」


 互いに安堵の息を吐き、そして改めて彼の技量の高さに感服する。盾のせいで姿の見えない相手だったと言うのに、まるで見えていたかのような正確無比な射撃。それは、敵からしたらさぞかし馬鹿げたものだっただろう。


 正直、やってられるかと匙を投げてもおかしくない。


 もっとも、そうであっても勝ちは勝ち。一先ず分断されて廊下の中で戦っているシグ達の方へ合流しようと足を踏み出した、その時。




「――ッ!」


「逃がさない。お前はここで殺す!」




 今度は憎悪の炎を瞳に滾らせた、一人の少女が襲い掛かかって来ていた。


 彼女は、レモウィケヌム村で出会った、タリア。


 プブリコラとパピリウスに続き、因縁浅からぬ相手との戦端が、開かれる――。





◆◇◆






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