第二話 Who are you? Who is this?④
少年――シャリクシュは、多くの武器を持っていた。
まず布に包まれたライフルが一丁、拳銃が二丁。短剣が四本、手榴弾の様なものが八個ほど。
大体が背負うか腰や体に巻き付けられていて、外套の上からではその武装の多さに気付く事は至難の業だろう。
何にせよその武装の多さに驚かされつつ、頭痛に彼が悶えている隙に武装解除していく。
場所は昨日から泊っている宿。
幸いな事に誰からも怪しまれずに済み、藁に布を敷いただけのベッドにシャリクシュを寝かせていた。
地球の、日本人の価値観からすると非常に粗末な事この上ない寝具だが、この世界ではこれでも上等な部類に入る。
技術的にふかふかなベッドなど生み出しようが無いのだ。
農村や粗末な宿であれば乱雑に敷かれた藁の上で眠る事など当たり前、清潔感など欠片も無いので蚤や虱は湧き放題。
もっとも、痒かろうと何だろうと眠らない訳にはいかないし、この世界で十四年近くも生きて来た事で充分慣れてしまった。
今更この世界の寝具事情に文句を言う気など更々起きないのである。
「うぅっ……!」
「おーい、大丈夫か? 返事くらいしてくれ」
見ているだけで苦しさが伝染してしまいそうな程、彼は悶えている。
それでも額に浮かんでいた脂汗は、宿へ向かう道中よりは改善されていた。
もう暫くしたら回復しそうだなと思いながら眺めること暫く。
果たして、彼の容態は落ち着いた。
しかし自分がいつの間にか部屋の一室に居る事に気付いた彼は、即座に暴れようとする。
もっとも、そうなる事を予想して武装解除して居てので、制圧するのは容易だったが。
「……俺を殺すか?」
「殺す気だったらとっくに殺してるよ」
「なら、拷問して殺す気か?」
「お前に拷問して何を聞き出せば良いんだよ」
「だとすると、誰かに引き渡す気か?」
「あのさ、拘束されてない時点で色々察しろ。俺はお前に害意がある訳じゃ無いんだよ」
物事を否定的悲観的な方へ持って行きたがる彼の言動に辟易としながらも、努めて冷静に答える。
「なら今すぐ俺の武器を返せ」
「お前は馬鹿か」
返す訳無いだろ。不用心に返還しては、即座に射殺されかねない。
何より、彼への害意はないけれど興味はあるのだ。
特に銃について、訊きたい事が山ほどある。
「お前について、色々教えて欲しい。前世の事からだ」
どんな作りなのだろうと拳銃を弄りながら、シャリクシュへ問うていた。
一方、彼は完全に武装解除されている事を察してか、諦めた様に項垂れ、ぼそぼそと話し出した。
「……俺に、前世は、無い……と思う」
「じゃあ、これは自分で発見して自分で作った訳?」
見た限り、拳銃については弾倉がくるくる回転する方式に似ている。
リボルバーだったか? 銃に詳しくないので正確な所は分からないけれど、映画やアニメなどで見た事のある形だ。
「俺が発見した、とは少し違う。……記憶があるんだ。俺では無い誰かの、記憶が。友達? と、一緒になって、ここでは無い何処かで、見た事もない恰好をして笑っていた」
「記憶だけ持ってるって? 人格は? そいつの名前は?」
「……分からない。俺のその記憶には基本、音が無い。色も無い。時折色と音の付いた夢を見るが、断片的で、何を言ってるのかも分からないんだ」
まだ頭痛を引き摺っているのか、顔を顰めながら額に手を当てる。
「銃については、その誰かの記憶の中で使ったり、分解してるのがあったから……やけに精緻な本の図解を眺めているものもあった」
「それを元にこんなのを作った訳かよ」
布に包まれたライフルを取り出し、その細部を検める。
歪な部分は見当たらず、銃身にもズレは見られない。
試しに銃口へ指を突っ込んでみれば、何やら螺旋状の線が幾つも彫り込まれている様だった。
多分、これにも理由があるのだろう。若しくは使い込む中で生じた傷かもしれないが、銃に詳しくない身としては知る由も無かった。
「それで、お前の生い立ちは?」
「ハッティ王国の僻地、漁村の生まれだ。海賊に襲われて村は壊滅。良くある話だろ?」
「良くある話かは知らねえけど……それからずっと旅でもしてた訳?」
こくり、と彼は頷いた。
それを見ながら、改めてシャリクシュの全身を眺める。
褐色の肌、引き締まった肉体、黒髪黒眼。
耳も、やや尖っていた。
「……剛儿がそんなに珍しい?」
「いや……まぁ、そうだな。二回目だ。アナトリコンに居るって話は聞いてたけど、ひょっとしてお前らって余り原住地から出ない?」
「靈儿程ではない。どちらかと言えば開放的ではあるものの、他の土地は鉱石が少ないんだ。ヒスパニアには銀鉱山があるし、そこへ移民が行くとは聞くが……庸儿共は他種を差別するからな。鍛冶も出来ない上に不快な思いをする様な場所へ行く奇特な奴は少ない」
俺自身も奇特な部類なんだろうな、と彼は自嘲した。
その言葉に何と切り返したらいいか分からなくて、愛想笑いを浮かべるに留めるしかなかった。なので、適当に合槌を打って話題を先へ進めて行く。
「話に聞いてたけど、剛儿って本当に鍛冶好きなんだな……ま、それはさて置いて差別の話だけど、確かに天神教って奴があるくらいだ。白儿の話なんて酷いモンだろ?」
話題を変えるついでに、ちょっとした悪戯心が働いてそんな事を訊いてみる。
すると彼は少し眉を動かした。
「……聞いた事はある。地域によって伝説の内容が少し違うらしいが、庸儿らしいと言えばらしい逸話だ。もっとも、あれが本当に話だとは思わないが」
「白儿が実在したか分からないって? じゃあお前、噂とか聞いた事ないの?」
「噂? ……ああ、数か月前から聞く白儿が出たとか言う話だろ。まあ、真偽のほどがどうであれ、俺には関係無い」
それよりも、とその黒い瞳がこちらを見据えた。
「これだけ話してやったんだ、お前もそろそろ名乗ったらどうだ? 俺の個人情報を知ったんだ、その分だけ開示してもらうぞ」
「……下級狩猟者をしている、ラウレウス。ハットゥシャで腰を落ち着けて生活するために、旅してる真っ最中だ」
「本当にそれだけか?」
「それだけだ。今までに狩った妖魎との武勇伝を語って欲しいなら語るぞ」
不服そうにどろりと濁った眼が睨み付けて来る。
言外にもっと情報を寄越せと告げているのだが、そんなものはどこ吹く風だ。
彼の抗議を受け流しながら、手に持つ拳銃をチラつかせる。
「シャリクシュ、これ返して欲しいんだろ? なら高望みは良くないぞ」
「お前……」
「ああ、そう言えばお前こそ、何でこの都市に居るんだ? 昨日殺した奴隷商は誰かからの依頼?」
「……っ」
思っていたよりも良い反応をする彼を見て、もう少し質問してみたくなってしまった。
余り度が過ぎると恨まれて殺されてしまいそうだと思うが、現時点で充分危険かもしれない。
実際、一度彼に襲われているのだから。
ただ、ここまで言ってしまったら、訊くところまで訊かない方が勿体と言うものだ。
「連中を殺したのは俺自身の目的があるからだ」
「それはどんなの?」
「大概にしろっ……いや、俺の連れを探してる。目を離した隙にあの奴隷商に攫われたらしくて、だから乗り込んでみたのに……アイツはもう売り払われた後だった」
悔しそうに視線を落とす彼を見て、少しだけ話を聞いてしまった事に後悔する。銃の返却をチラつかせて安易に聞き出すべきではなかった。
思っていた以上に重い話だったのだから。
しかし、ここでこの話題を打ち切るのは何とも後味が悪い。悪すぎる。
「売り払われた先は?」
「……ビュザンティオン総主教座の、ザカリアス三世」
「総主教が買主かよ……」
残念だが、どうしようもないだろう。
権威が絶大的だ。何せ、五つある天神教総主教座の中で、一位二位を争うと言われるビュザンティオン総主教座。
付き従う者も多く、反抗など出来る筈もない。
全て聞いた話なので実感は沸かないが、そうでなくとも関わり合いになどなりたくない相手である。
そう思っていると、シャリクシュが不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「お前も一緒にやるか?」
「何を?」
「俺は総主教座へ殴り込む。そのために今準備もしている。お前もどうだ?」
「断固拒否する。勘弁してくれ。理由も利益も無い」
絶対嫌に決まっている。
何が何でもそんな面倒事になど首を突っ込んでなるものか。
しかし、尚もシャリクシュは話を続ける。
「そうは言っても、お前は今や追われる身だろ? 兵に狼藉を働いたとかで追われてたじゃないか。だから俺はお前を発見できた訳だが……今頃、城門の警備は厳しくなってるぞ」
「いやそれはお前のせいでもあるんだからな。奴隷商を護衛諸共殺すから……そうじゃ無けりゃ、俺もあんな変態兵士に目を付けられずに済んだかもしれないのに」
あの時、無駄に従っていないで即座に殺しておけば良かったと後悔しても後の祭り。
どうしようもなかった。
滞在料は高いが、ほとぼりが冷めるまでこの都市で潜伏する他無いだろう。
「本当に俺へ協力しなくて良いのか? どうせお前も追われる身だから声を掛けたのに……都市から逃げる時、支援してやっても良いんだぞ?」
「ほざけ。どうせ後ろから撃つか囮にして終わりだろ。信用できるかよ」
そう言いながらまずは手榴弾らしい物から返していく。
手渡しでは無く、半ば放り投げる様に。
それを受け取ったのを確認してから拳銃二丁、短剣四本、ライフルと次々に放り投げる。
「おい、もう少し慎重に扱え」
「次からはそうするよ」
少し慌てた様子で、放り投げられた武器をキャッチしたシャリクシュの文句を聞き流しながら、部屋を出る。
「宿の出口までは見送る。部屋の外で待たせて貰うぞ」
「……分かった」
少し不機嫌そうな返事を背中越しに聞きながら、一足先に退室するのだった。
◆◇◆
「じゃあな。多分もう二度と会わねえと思うが、上手く連れを奪還できると良いな」
「そっちこそ、上手くここから脱出できる事を祈ってるぜ」
宿の入り口前で、互いに思っても居ない事を口にする。
社交辞令なのだから問題ないがそもそもの話、態度からして互いに最悪である。
しかし気分を害すると言う様な事は無くて、たったそれだけの別れの挨拶を交わすと、シャリクシュは人混みの中へ消えて行った。
そんな彼の背中を見送りながら、ふと思い出す事が一つ。
「……あ、外套買ってねえ」
今は外套以外全ての荷物を身につけている状態だが、それだけが足りない。今の状況下にあって致命的なものが無いのである。
ついさっき兵士をボコボコにして追われたばかりで、しかも一人がいきなり自爆して外套は破棄、服も所々焦げている。
容姿についても情報共有されている筈なので、目立つ事この上ない筈だ。
一旦また部屋に戻って、陽が傾くまで待とうと思ったその時。
「おい、そこの貴様」
少し高圧的な声が、横から掛けられた。
それに対して不快な気持ちになりながら首を巡らせて――驚愕に目を見開いた。
そこに、見知った顔があったから。
「久し振りと言った方が良いか、我が領民よ?」
「……あっ、え――!?」
その顔、忘れる訳がない。
赤い髪と、赤い瞳。
醜悪な、濁り切った眼。肥え切った体。
おおよそ、肥え太った家畜と形容しても何ら差支えの無いような容貌をした男が、こちらを睥睨していた。
彼の名は、アラヌス・カエキリウス・プブリコラ。
グラヌム村の領主たる子爵として、かつて俺を執拗に追いかけ回して来たその人であったのだ――。




