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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第四章 フシンヌグエズ
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第二話 Who are you? Who is this?②

◆◇◆



「ひっ……!?」


 ジャラジャラと装飾品を身につけた、豪勢な身形をした男は、目の前に転がった死体を見て息を詰まらせていた。


 何だ、何だこれは? こんな死に方、自分は知らない。見た事もない。何故、何故、頭から血を流して己の部下が死んでいる?


 着飾った男が恐怖に顔を青褪めさせる中、回りに居る護衛の者達が蜂の巣を突いたように騒ぎ、駆けまわる。


「何処だ!? 何処からの攻撃だ!?」


「分からん! とにかく敵を探せ!」


「んなこと言われても……」


 困った様に男の一人が呟きながら、窓を通して外へ目をやってみれば。


 向かいの建物の屋根に、日光を背負う人影が一つ。


「あれか――?」


 あの人影が犯人だろうかと思考した男だったが、(みな)まで言う前に額へ風穴を開けられていたのだった。


 何が起きたかも理解しないまま人型の抜け殻となったそれは、鮮血を撒き散らしながら仰向けにひっくり返る。


「おい! 大丈夫か!?」


「駄目だ、もう死んでる! 頭に穴開いてんぞ!?」


「窓だ、窓の外に何か居やがる! 迂闊に覗くな、またやられるぞ!」


 詳細は分からずとも、それくらいは分かる。


 何度も死線を潜り抜けて来た護衛達は、二人の犠牲を出しながらも状況判断し、己らの雇い主を守るべく動き出す。


 何者かによって、何処かから、窓を通して攻撃を受けているのだ。


 敵の攻撃手段封殺及び、今居る建物からの退避が急務だった。


「何なんだ、あれは! 魔法か!?」


「いや、微かに魔力は感じるが……この程度の魔力でどうやって人の頭に風穴開けられるんだよ!?」


「ええい、今はそんな議論なぞどうでもいい! おいお前、とにかく窓を閉めろ!」


「へ、へい!」


 命令された一人が開けっぱなしだった木扉を閉めようとした、その矢先の事だった。


 ごとん、と部屋の床に石が投げ付けられたような、鈍い音がする。


 締め切られる前の窓へ、石のようなものが飛び込んで来たのだ。


 何事かと室内の誰もがその耳目を向ける中、その石状の何かは、出し抜けに膨張し――――爆発した。




『――ッ!!?』




 その場に居た全ての人を驚愕諸共、一瞬のうちに吹き飛ばしたのである。






◆◇◆





 腹の底から響くような大きな音がした方へ、足を向ける。


 始めて来た都市で、全く知らない路地であったものの、空に昇る煙が音源を何より如実に教えてくれていた。


「そこか……!」


 今も時折聞こえる、乾いた音は銃声かもしれない。だとすれば、ならばそれはつまり。


 一刻も早く駆け付ける為に、脚力を強化して跳躍する。


 そうして建物の屋根に立って煙の上がる場所を見れば、四階部分の建物の隙間や窓、崩れた壁からもうもうと煙が流れ続けていた。


 先程の一際大きな音はやはり爆発だったのだろう。


 既に周囲の人々は爆音に驚いたか駆け回っていて、もう暫く待って居れば異常を聞きつけた兵士がやって来る筈だ。


「…………」


 何も知らなそうな人々の様子では話を訊いても意味無さそうな事に落胆しかけた、その時だった。




「待ってくれ! 何なんだお前は!?」




 酷く怯えた男の声が、煙の立ち昇る四階部分から聞こえたのである。


 しかし、室内の中での事である以上、外からは何も分からない。


 中に入って様子を見て見たい気持ちもあるが、何せ場所は建物の四階。


 それ以下の階では「火事だ」とか騒がしい声も聞こえていて、とても最上階にまで辿り着ける気がしなかった。


 どうしたものかと思っている間にも、視線の先では状況が動いていて、階段を駆け上がる音と荒々しい男達の声が聞こえた。


 だがそれも、再び発生した爆発の後、シンと静まり返ってしまう。


 三階部分からも煙が上り、集まっていた野次馬からどよめきが起こった。


「何が起きてるんだ?」


「分からんが……ま、ここの店は結構あくどい商売もしてたからなあ。何処かで恨みでも買ったんだろ」


「おいおい、滅多な事を言うもんじゃないよ」


 聞こえて来た話は、その類のものだった。


 どうやら、この四階建ての建物の主は、この辺では名の知れた奴隷商であったらしい。


 奴隷狩りなども含めかなり非合法な手を使い、官僚や神官とも後ろ暗い繋がりがあるのだとか。


 目立たない様に屋根の上から聞き耳立てて情報を集めれば、あっと言う間にそのくらいの情報が集まる。


 ただ、やはり建物内で何が起きているのかについては、誰も理解している様子はなさそうだったが。


「――ッ!?」


 不意に四階から聞こえる、しゃがれた男の声。


 喧騒のせいで何を言っているのかは聞こえないが、その声には怯えの色がありありと滲んでいて、事態が切迫している事を知らせていた。


 いっその事、思い切って中に入ってしまおうかとも思ったのだが、現実的でないと却下したその時。


「待て、待ってくれ! は、話を……あ、あああああっ――!?」


 男の悲鳴を覆い隠す様に乾いた音が一つ、聞こえた。


 途端に悲鳴はピタリと止み、野次馬たちは何が起こったのかと口を噤んで耳を(そばだ)てていた。


『…………』


 しかし、それきり何の物音もしない。


 眼下では、煙が上る建物を囲う野次馬たちが首を傾げ、己もまたそれに倣おうとした時の事だった。


 壁に開いたやや大きめの穴に映る、人影が一つ。


 煙は既に弱まりつつあったお陰か、その容姿はこの紅い眼がしっかりと捉えていた。


 茶色の、目立たない色をした外套を纏い、手には剣に似た長さの棒を持つ人物。


 姿を余り晒したくないのだろう、用心深く周囲を見渡しているが、地上の野次馬からはまだその姿が見えていないらしい。


 そのことを確認した彼は、次に建物の屋根を見渡して、こちらを()た。


 向こうも目深にローブを被っていたので、正確に言えば目が合ったような気がしただけであるが、それでも確信を持ったのだ。


 そしてその確信は、直後に確定される。


「……っ!?」


 茶色外套の人物は素早く手に持つ棒状の物を構え、その先端を向けて来たのだから。


 ――ヤバい。


 もしも良く知るあの武器であったとするのならば、ぼうっとして居たら死んでしまう。


 首筋をなぞる悪寒に衝き動かされる様に、思考は殆ど無意識に体へ指示を出していた。


 そして乾いた音が聞こえ。


 左の耳朶(みみたぶ)を、何かが掠めた。


 視認など以ての(ほか)


 気付いた時には標的の居る位置へ到達しているそれは、その武器は。


「ライフル!?」


 辛うじて初弾を回避し、屋根の上で蹈鞴を踏みながら相手へ視線を向ける。


 その間に手早く再装填され向けられるそれは、やはりそれ以外の何物でもなさそうだった。


 恐ろしく正確に向けられる殺意と、放たれる次弾。


 それは極めて機械的で、驚異的なものだった。


「くそ、何で俺が狙われるんだ!?」


 左太腿を掠めた微かな痛みに顔を顰めながら、慌てて建物の屋根から飛び降り、路地を走る。


 背後では野次馬の声やら悲鳴やらが聞こえ、しかし足音がしない所を鑑みるに、彼らは状況が把握できていないらしい。


 そしてその事は、この上ない幸運であった。


 野次馬が集まっているせいで殆ど人気のない周囲の路地を駆け回り、人が多く行き交う大通りへ合流出来たのだから。


「あいつ……一体何だってんだ。いきなり銃なんて撃ってくるか、普通」


 念のため周囲を警戒しながら、独り()ちる。


 明らかにあの武器はこの世界において異質で、不気味で、聞いた事すらも無い代物である。


 あれは前世世界の物である筈なのに持っていたと言う事はつまり……そう言う事なのかもしれない。


 先程の出来事を脳裏で再生しながら、継続して周囲を警戒していたが、どうやら追撃も無いようだ。


 ホッと一息吐いて左耳朶と左太腿を確認してみれば、後者に至っては僅かながら血が滲んでいた。


 そのむず痒いような痛みは放っておいても問題なさそうだったが、下手に細菌が入り込んでも面倒である。


 露店で売られていた安物の麦酒(ケレウィシア)を少量購入し、傷口に撒いた後で癒傷薬(メデオル)を塗っておいた。


 船旅の間もそうだが、ここのところずっと体を洗えていないのだ。


 下手に放置しようものなら、どうなるか分かったものではない。


「街に着いて早々これだ……ああ、いい加減体も洗いてえな」


 紅く染めた、それどころか黒くくすみ始めて来た己の頭を掻きながら、再び宿を探して歩き出すのだった。





◆◇◆





 驚く程に天井の高い、建物の一室。


 それはもはや部屋と呼んで良いものかも分からないが、多くの人が収容出来るであろうそこは礼拝所のようである。


 燭台などに設けられた蝋燭などと言った、照明の数は少ないにも関わらず室内は極めて明るい。取り分け、広間の最奥に飾られた車輪十字の神々しさを強調している様でもあった。


 あちこちから差す光の元を辿れば、そこにはアーチ状の採光用小窓が無数に設けられ、規則正しく並んでいた。


 それらに照らされる意匠は、この世に生きている者なら知らぬ人はいないと言われる、天神教の象徴。


 人の背丈をも越える程の大きさを誇るそれは、まるでこの建物そのものを神聖であると主張している様にも感じられるだろう。


 だが、今この場にはその神々しい意匠に目をくれるものは一人もいない。


 ただ、この大広間の中でたった十人にも満たない人影が中央に寄り集まっているだけなのだから。


「……首尾はどうでしょう、殿下?」


「上々だ。奴はたった一人の護衛と共に、むざむざこのビュザンティオンに乗り込んで来た事は把握している」


「ほう、それは素晴らしいですな。流石は稀代の天才とすら謳われる殿下だ。情報を流す仕込みもそうですが、監視の目も抜かりない」


「世辞は要らん。それより貴殿らの方こそ、抜けは無いだろうな?」


 好々爺然とした老人に対し、殿下と呼ばれた青年は素っ気ない態度で彼を見据える。


 しかし、老人は変わらぬ笑顔で青年を見返したまま、穏やかな物腰を変えずにいるのだった。


「私共の方としましても殿下の信頼を取り戻し、そして応えるべく、方々に手を尽くして確保致しましたとも」


「そうか、今度こそ逃げられぬ様に気を付けろ。また逃がせば奴を陥れた今までの努力までもが無駄になりかねない。頼むぞ」


 青年の尊大な物言いに、老人の背後に控える中年の男達は何か言いたそうにしていたが、老人は視線だけでそれを制す。


 そしてそのまま、相変わらずにこやかな笑みを浮かべて言うのだ。


「殿下のお言葉、当然に御座います。……ただ、私共の方で回収するために雇わせた奴隷商が本日何者かに殺されました。殿下もご注意を」


「……ああ、何某(なにがし)とかいう奴隷商が護衛諸共殺された件だな? 死体に尖った(つぶて)の様なものが埋まっていたらしい。噂の整合性から考えるに、最近話題に出るようになった“視殺(アウスジ)”による犯行の可能性が高いと憲兵隊から中間報告も届いている。明日には市民にも触れを出す、流石の視殺(アウスジ)もそうなれば迂闊に動けまい」


「おお、既にそこまで把握しておりましたか。これは良い事を聞きました。私共と致しましても、これで枕を高くして寝られると言うもの。殿下の手腕に改めて心服致しますぞ」


「そうか、なら良かった。では精々励んでくれ」


「ははっ!」


 深々と老人が行ったお辞儀を最後に、青年はそれ以上の一瞥もくれずに踵を返した。


 それにもう一人大柄な影が続き、物静かな、荘厳な雰囲気を漂わせる室内に硬質な足音を響かせていた。


 二人は開け放たれたアーチ状の大扉を(くぐ)り、尚も無言のまま歩いて行く。


 だが、青年の後に続く大柄な男はとうとう堪え切れなくなったのか、徐に口を開いた。


「……殿下、何であんな連中と組んだんです? 別に小娘の一人くらい、こっちでも捕まえられない事は無いでしょうに」


「そうしたいのは確かだが……生憎私達の方も忙しい。貴様の配下の不手際で討ち漏らした事もある。両手に仕事を抱えるのは得策でないと思わんか?」


「そう言われると弱いですが……まぁ、普段の職務もありますからね。ですが面倒事はバルカにでも投げとけば良いのでは?」


 口にしたは良いが、その名の人物とは折りが悪いのだろう。男は思い出したくもないと言わんばかりに苦々しい顔をしていた。


 一方、青年は特に表情を変える事は無く、(あま)色の瞳を巡らせて答える。


「あの者は私のお目付け役として父上から押し付けられた。下手に動けば余計に怪しまれかねん。そうすれば父上に査問されぬとも限らんだろう? 誤魔化せぬとは思えないが、ウィンドボナに召還されて余計な時間を食いたくない」


「御堅い奴はこれだからな……適当な罪でも着せて左遷出来ませんかね?」


「無理だな。あれは貴様と同格の将軍(ストラテゴス)だ。些末な事件を捏造したとて失脚には及ばぬし、厄介払い出来るような隙も作らない。(まこと)に面倒な男だ」


 擦れ違う者達が一様に足を止め、腰を低くする中を二人は気にもせず歩いて行く。


 そしてそのまま、彼らは向かいの建物へと向かうのだった。





◆◇◆





 体の汚れを必要最低限度は落とした翌日。


 サッパリした気持ちになりながら、宿部屋の窓を開ける。


 すると先程まで真っ暗だった室内が仄暗く照らされ、窓の外には朝日を受ける街並みが広がっていた。


 冷えた、心地よい朝の匂いが鼻腔を擽る……などと言う事は無い。


 この辺りは空気が非常に悪いのだ。


 何かが腐る匂いやその他色々と、である。


 今居る宿はビュザンティオン市内、城壁に程近い場所であるが、周囲には孤児や浮浪者などが住み着いており、治安は極めて悪い。


 では何故こんな場所に泊っているのか。


 それは城壁の外にある宿屋は確かに安いし、そちらへ行くつもりであったのだが、尚更治安が悪い上に宿がとんでもなくボロいらしいと聞いたからである。


 一息吐きたいのにそれでは全く意味がないと判断して、結局都市から出ずにこの宿へ泊っている。


 この程度の治安なら他の都市と比べてもマシである様に感じられるから。


 それなりに宿泊費も張ったが、その分接待も比較的親切で、体も拭いて汚れも落とせた。


 ただ、汚れの方は垢などを落とした後に、肌の白さを誤魔化す為に汚し直している。


 髪や眉毛も夜になる前に染め直し、後は消耗品などの購入でもう暫く掛かりそうだった。


 これら買い物の観点からも都市内に留まって正解だったと思いながら、大きな欠伸を一つ。


「……よし」


 十分に休めた。


 元々少ない荷物を纏め、宿を出る。


 既に宿へ宿泊分の料金を払い終えているので、受付に声をかけて街へ繰り出す。


 買い足さなくてはならない物は多い。


 癒傷薬(メデオル)、紅染料、保存食。


 それらをなるべく安く買う必要があるのだ。


 この都市に着くまでの船旅で船長から幾らか報酬を貰ったが、そもそもこの辺りは物価が高い。


 宿代だけでも正直苦しく、今日もう一泊して準備を完全に整えたらすぐにでも市外へ出て、ハットゥシャに向かいたいくらいだ。


 ぼったくりだと言いたいくらいの値札や、呼び込みを聞きながら、露店を見て回る。


 そんな中、やけに多い巡回の兵の姿に気付く。


 昨日はそこまで多く見なかった気がするのだがと思っていると、兵士の一人の目がこちらを捉えた。


「おい、そこの子供」


「何です?」


「ちょっとこっちへ来い」


 二人一組で巡回していた兵士は、逃げ場を塞ぐように前後から挟んだ上で、誘導を掛けて来る。


 行き先は人通りの少ない裏路地。


 下手に拒否しては余計に面倒な気がして仕方なく従うのだが、彼らの様子を見ているとどちらを選んでも意味が無かった気がしなくもない。


 やけにニヤついていて、向けられる視線に居心地が悪くて仕方ないのだ。


 そんなこちらの心情を知ってか知らずか、兵士はもっともらしく事情を告げて来る。


「実は昨日、とある奴隷商人が護衛共々殺されたんだ。で、その犯人を捜してる。そんな訳で、ちょっと捜査に協力してくれねえか?」


「……別にそれは良いですけど、俺に何をしろと?」


「ああ、ちょっと被ってるフードも取ってくれ。犯人は外套を纏ってたらしくってな。ほら、早く」


 そう言われ、仕方なくフードを取る。正直、袖から出ている手を見ただけでも色白なのは分かるだろうし、これはただの口実なのだろう。


 そうして大人しく自分の容貌を晒せば、兵士二人の笑みは尚更深まった。


「……なるほど」


「もう良いですか? それだけ分かれば十分でしょう?」


「いいや待て。まだそれだけじゃ分からねえよ。一先ずその槍をこっちに寄越しな、剣もだ。おっと抵抗しようなんて思うなよ、こっちはいつでもお前を殺せるんだぜ?」


「……」


 寄越せ、と手でも主張してこられ、やむを得ず武器も差し出す。


 それでも突き出された槍の穂先は変わらず、脅しのつもりなのだろうか。


 残念ながら、ラドルスの殺気に比べたら全く怖くない。隙だらけな事この上なく、今すぐにでも制圧出来てしまいそうだった。


 しかし、彼らはそう思っていない。


 勝ち誇った様な顔で、告げるのだ。


「身体検査をする、服も脱いでもらおうか」


「……は?」


「どうした、何を呆けた顔をしてんだ、俺が脱げっつったら早く脱げよ。容疑者としてしょっ引く事も出来るんだぞ」


「いやいやいやいや」


 無茶苦茶だ。


 と言うかこういう展開は大人向けビデオの中だけだと思っていたのに。


 しかもその対象は十四歳の少年。対するは二人の男。誰得な展開なのだろう。思わず背筋に悪寒が走る。


 誰もそんなのは望んでいない筈なのに。


「裸にまでなる必要はないでしょ?」


 第一、全部脱いでしまったら下の毛も見えてしまう。流石にそこまでは染めてないのだ。


 色々な意味で、絶対に脱ぎたくない。


 身の危険を告げる警鐘が現在進行形でなり続け、しかもどんどんと強くなっていく。


「早くしろ! もう一度言うが俺達は今すぐにお前を拘束しても良いんだぞ!?」


「いや限度があるわ! 流石にそんなのは勘弁してくれよ!?」


 ぐっと顔を近付けられ、口から唾を飛ばす勢いで恫喝される。それに対して、思わず丁寧な姿勢もかなぐり捨てて怒鳴り返していた。


 それが想定外だったのか、少し気圧された形となった彼らは、しかしすぐに激高する。


「貴様、俺らにそんな態度取ってただで済むと思うなよ!」


「何なら暴れたからって殺してもいいんだぜ?」


 突きつけられた二本の槍の穂先。


 強制的に後退させられ、背中が壁と接触する。


 しかし、危険であっても怖いとは思わない。これまで散々見て来た猛者に比べたら、負けるとは思えないのだ。


「……アンタら、兵士であることを笠に着て今までもこんな事を?」


「あ? さあ、どうだか? まぁ悪く思うなよ」


「俺らも俺らで、上に居る聖職者連中が煩くて中々思うように発散出来ねえんだ。俺らは修道士でも何でもないってのに。早い話お前が黙ってれば何も無いんだからな」


 お前結構可愛い顔してるじゃねえか、と無遠慮に両頬を掴まれる。


 その目はぎらついていて、並みの少年少女ではこの時点で恐怖に足が竦んでしまう事だろう。


 だからこの二人は味を占めている事が、容易に想像できた。


「知ってるか、古代グラエキアじゃあこんな事は普通だったんだぜ? 今は天神教が悪だとか言ってるけど、男と男なんて元々当たり前の事なんだよ」


「なーに、すぐ終わる。ちょっと痛いだろうが……我慢してくれ。あ、それとこの剣と槍は俺らの方で貰っとくぜ。いい金になりそうだ」


「アンタら……子供に、しかも男相手に良くそこまで出来るな?」


 伸ばされた四つの手が、衣服を剥ぎ取ろうと伸ばされる。


 それには言いようのない気持ち悪さが襲い、同時に怒りが湧き起った。


 もはや大人しくしているのも限界だった。


 乱暴に彼らの手を振り払い、睨み付ける。


「お? 抵抗するか? まぁいい、それはそれで悪くねえ」


「お前みたいな綺麗な顔したガキの泣き顔ってのはそそるモンだ。精々良い声で泣いてくれよ?」


 嘲笑などと共に、拳が向かってくる。


 だがそれは本当に遅い。狙いも視線で見え見えで、見切るのが楽だった。


 首を傾げる最低限の動きで難なく躱すと、一人の喉へと拳を叩き込む。


「あっ?」


 間抜けな声を漏らして、首を押さえる一人。その後を確認する事もなく、今度はもう一人へ頭部を狙った回し蹴りを見舞う。


「――!?」


 こちらは声すらも漏れず、たった一撃で昏倒してしまった。


 余りの弱さに拍子抜けしつつ、喉を押さえて蹲る兵士へと視線を向ける。


 すると彼は恨めし気な視線と共に口を開いた。


「お前っ……こんな事をしてっ、ただで済むと思うなよ? 俺達、は、この街の兵士、だ。後で、後で……赦しを求めても遅い、からな」


「……なら殺せば良いだけだろ」


「は?」


 その切り返しが意外だったのか、間抜けな顔をして男は訊き返してくる。


 その愚鈍さに呆れながら、ゆっくりとした口調で説明してやるのだった。


「俺が何をしたか知っているのはお前ら二人だけだ。ならここで殺せば誰がやったか分からないだろ? それともお前らは絶対に殺されないとでも思ってた訳?」


「なっ……ま、待て! なぁ!?」


 縋る様な声に背を向け、没収されて壁に立て掛けらていた槍と剣を回収する。


 腰に下げ直した剣を鞘から抜き、その鋭さを確認すれば、相変わらず鋭い鈍色を誇っていた。


 ガイウス・ミヌキウスからの、貰い物。


 餞別として受け取ったが、案の定と言うべきか結構な業物であったらしい。


 手入れは欠かさずしている事もあり、切れ味が落ちている事もない筈である。


「ま、まさかそれで俺を……!」


「いや、そんな訳無いだろ」


 剣が汚れてしまう。使う訳がない。


 鞘に納めると男は分かりやすく安堵するが、俺が腰に隠していた短剣を引き抜いた途端、顔色が一変した。


「お前らみたいな奴らにはこれで充分だ。割と安いから、最悪使い捨ても出来るしな」


「や、止めろ! 俺らにそんな事したら……!」


「そんな事したら、何だ? 証言は誰がする? 死体になったお前が何か喋るのかよ?」


「ひっ……あ、ああああ謝るから! この通りだっ、何なら俺だけは、俺だけは見逃してくれ! 何でもするから!」


 見っとも無く怯え、腰を抜かし、恐怖を抱えた瞳。


 あっさりと同僚を見捨てられるその神経に思わず失笑が漏れる。


「いま見逃してもお前が喋らない保証はないよな?」


「そんな!? 誓う、誓うから! 神の名に誓う! 俺は絶対に喋らないから、この通り!」


「駄目」


 面倒事の芽は摘んで置くに限る。


 ここで助けてしまって、周り回って自分が困ってしまったら目も当てられない。


「や、止めて、助けて……」


 命乞いされようが無駄だ。


 情けを掛ける事がどれだけの災いとなるか、知っているのだ。


 だからここで殺す――。




「おい、そこで何をしている!?」




 出し抜けに割って入った声に、短剣を突き立てようとした手が止まった。


 その姿勢のまま声のした方へ目を向ければ、そこにはまた別の二人組兵士の姿があったのである。


 思わず、舌打ちが漏れた。


 兵士が声を上げたせいで大通りの通行人も耳目をこちらに向けており、一気にこの状況の目撃者が増えてしまったのだ。


 兵士が二人増えた程度ならすぐに始末できたが、こうなっては意味もない。


「あっ、おい待て貴様!!」


「…………」


 制止の声に耳を貸す訳もなく。


 無言で、素早くこの場から逃走を図るのだった。





◆◇◆



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