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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第四章 フシンヌグエズ
63/239

第一話 アンビリーバーズ①

 前章から結構な間が空いてしまったため、もしかすると状況が分からないかもしれません。

 自分の筆の至らなさが原因ですが、四章の後半部からでも読んでみた方が良いかも知れないです。

 明瞭な文章の書き方とは難しいものだと何度も痛感しているこの頃ですが、取り敢えず更新で。



 忘れた事は無い。一度たりとも、無い。


 この男を、この顔を、絶対に忘れるものかと胸に刻みつけながら今まで生きて来たのだから。


 頑丈な体と、端整で精悍な顔つき。


 金色の髪。金色の瞳。


 何度あの時の記憶が蘇り、(うな)された事か。


 目の前で次々と親友が殺されていく。人の命を、気持ちを嘲るように無情に、作業のように淡々と殺していったあの姿。


 一撃、たった一撃だけ命中させてあの悪趣味な血濡れた仮面を剥いだけれど、露わになった素顔から覗いたあの顔。


 何度、殺してやりたいと思った事か。


 何度、深い後悔に苛まれた事か。


 赦さない、赦せない。生かしては置けない。俺達を殺しておいて、のうのうとこの場に存在し続けている事が堪らなく憎たらしい。


 この男に、然るべき裁きを。然るべき復讐を。


 然るべき死を。


「お前はっ、お前だけはッ!!」


「待て、我が何をしたと言ふなりや!?」


「何をした……? 白々しい、この期に及んでまだ言うか!?」


(よし)をことわれ! このままには心も分からず、何もしやるべからず!」


「古臭い言葉喋りやがって! 言ってる言葉が分からなけりゃ、少しは耳を傾けてくれるとでも思ったのかよ!? 残念、俺はお前の言う事に耳を傾ける事など、最初から無いッ!」


 己の肩に突き刺さったままになっている槍を引き抜き、そこへ癒傷薬(メディオル)を振り掛ける。


 一方で白弾(テルム)を撃ち続け、ティンと名乗ったその男に叩き付ける。


 早く死ねと、残っていた魔力の有りっ(たけ)を投じていたのだ。


「おいおい、こりゃ何が起きてんだ?」


「因縁浅からぬようだが、ティン……ユピテルは白儿(エトルスキ)側に立って戦った精霊だぞ。それも千年以上も昔。一体あの少年との間に何があったのやら」


「状況も分からねんじゃ、下手に手を出す訳にもいかねえやな」


 既に十分な距離を取ったエクバソスとペイラスは互いに首を傾げていた。


 隙でも見せれば襲い掛かって来るかと思ったが、状況を把握できていないせいか横槍を入れて来ない。


「ラウ、どうしたんだよ一体!? 何でいきなりその精霊を攻撃するんだ!? そんな事よりも傷の手当てを!」


「今そんな事はどうでもいい! 手当ては終わってんだ、それよりもコイツだ! コイツが、俺達を殺した張本人なんだッ!」


「な!?」


 状況を理解出来ていなかったスヴェンは、短い説明だけを受けて絶句していた。


 その姿に、苛立ちが増す。


 何故そう言われたのにすぐ動かない。


 お前は桜井 興佑(きょうすけ)である筈なのに。あの時、殺された被害者の一人である筈なのに。


 仇でもあり、多くの人や親友を殺した相手であるというのだ。


 そんな間抜け面を晒している暇があるなら、この男を殺すべく、一刻も早く動くべきではないのか。


 だがそんな不満も目の前の男への殺意で、すぐに塗り潰されていた。


 コイツさえ居なければ、牛膓(ごちょう)さんがサルティヌスとして転生して、そして短い人生を終える事もなかった筈なのだ。


「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す!!」


「いみじき恨みれやうかな! げに心当たりが泣けれど、せむかた無しっ」


「何ワケ分かんねえ事いってやがる!?」


 殺到する無数の白弾から両腕で体を庇い、受け続けるユピテル。


 その彼の小さな呟きの内容は知らないけれど怒鳴り返しながら、尚もその手は止めない。


 この状況下で動ける者など皆無であるのだ、このまま攻撃の手数で潰してやる。


 そう思っていたのだが。


「汝、なほ白儿(エトルスキ)なるかな。さらば我らの戦ひし心も、少しはありといふものなり」


「何を……!?」


 男の突き出した両手が、殺到する白弾(テルム)を吸収し始めるではないか。


「懐かしき魔力なり。ころの感覚の無くなるほど封印されたりけり、げに久し振りなれど少し質や(うつ)ろいしな?」


「ふざけてんじゃねえぞっ!?」


「静かにせよ。汝、殺しさまほしくは無し!」


「!!!」


 不意に、己のすぐ近くから聞こえて来た声で、絶句した。


 見れば男の元居た場所には誰もなく、無人の場所を無数の白弾が耕しているだけ。


 慌てて間近に迫っていた男目掛けて攻撃角度を変更しようとして、それよりも先に頭へ手を乗せられた。


 それと共に呼吸が止まりそうになるほどのプレッシャーが押し寄せ、撃ち出される直前の白弾が幾つも宙に漂っていた。


「静かにしろと言ひきべし。我と汝には十分すぐる程の実力差のある、すずろに攻撃すともいたづらぞ」


「ぐ……!」


 俺の白髪頭に乗せられた大きな手。そして頭二つ分以上の高さから見下ろしてくる金色の眼。


 圧倒的な実力差を悟らせるほどの圧力が、そこにはあった。


 ……だが、相手はあの時俺達を惨殺した男だ。


 一刻も早く逃げなくては、殺される。


 投降など無意味だ。


 それを強く示唆する、あの時の記憶。


 力無く、折り重なって斃れた無数の死体。ドロリとした生温かい液体を流しながら転がれるそれらは、虚ろな瞳でかつての俺を見ていた。


 もう二度と、あんな風な事になりたくは無かった。


「誰が大人しく従うかよ!!」


「何?」


 勝てない、今は。この男には絶対的に勝てない。今まで見て来たどの人物よりも強いかも知れない。


 エクバソスを圧倒していたあの旅人――リュウでさえも、この男には勝てるか分からないだろう。


 ならば打つ手は一つ。


 宙に浮いたままとなっていた白弾(テルム)を、そのまま地面へと叩きつけたのだった。


 当然、それと共に爆風と爆音、そして粉塵が舞い上がる。


『――ッ!?』


 周囲の誰もが驚倒の声を上げる。


 一方で俺は爆風で吹き飛ばされながら、視界一杯を埋め尽くす土煙を確認して口端を緩めていたのだった。





◆◇◆





「常人には不可視の攻撃。かつ中々見られない希少な魔法。流石に面倒臭いですね」


此方(こなた)の魔法を見切るその方も十二分に面倒臭いぞ」


 言葉を交わす彼ら二人が立つ場所はかつて、と言ってもほんの数十分前までは、周囲に森が広がっていた。


 ところが今や、そこは森の影など跡形もなくて、幾つものクレーターが形成され、焦げた匂いが立ち込めている。


 野晒しになった地面を太陽が照らし、所々には小さな焦げた枝が転がっていた。


 その範囲、半径にして数百M(メトレ)


 綺麗な円形とはいかないが、ほぼ楕円の大地が剥き出しとなったその場所は、森の海の中でポツンと浮かんでいる事だろう。


「私はメルクリウス商会の長をやっています、名をメルクリウス。貴方は?」


「ルクス。主人(ドミヌス)様の忠実なる(しもべ)だ」


 互いに息は乱れておらず、(あおぐろ)い眼と髪を持つ青年――メルクリウスは、人好きのする笑みを浮かべていた。


 つい先程まで殺し合い、辺りの地形すら変えてしまったというのに、その笑顔は余裕の表れか。


 他方、ルクスと名乗った方は仮面で顔を覆っているせいで表情のほどは窺えない。


 その仮面には視界を確保するための物見すらも開けられておらず、常人であれば視界が皆無でもおかしくないというのに、しっかりとメルクリウスを認識している様だった。


「メルクリウス商会のメルクリウス……聞いた事があるぞ。其方(そなた)のような負け犬が、歴史の表舞台(・・・・・・)から去った者が今更になって出しゃばるか」


「言ってくれますね。ですが、私と同じ負け犬とされた彼は先程、再び出てきました。貴方も気付いたでしょう、すぐ近くで大きな存在が唐突に現れたと」


 その反応を感知してからと言うもの、両者の攻撃はパタリと止んでいる。


 先程までとは打って変わった静かな焦げ臭い空気の中を、穏やかな風が流れていく。


「ああ、無論だ。ティン……ユピテルだろう? 封印された場所は分からなくなったとされていたが、其方(そなた)らは常にその場所を把握していた。だから、千年近く前に再建されたタルクイニ市に本拠を置いていた。違うか?」


「ええ、あの封印が解けなくとも構わないと、このまま歴史の裏に潜み続けるのも良いと思って過ごしていました。ですが、それは今日、この時を以って変わった。彼が復活した以上、私達は嫌がおうにも動く事になるでしょう」


「其方らはユピテルの奴隷なのか?」


 挑発するように、馬鹿にするように、ルクスは告げる。


 だがそれを、一転して険しい雰囲気と表情を浮かべたメルクリウスが、口調をがらりと変えて否定した。


「違う。奴は、ティンは友だ。あの日、ラルスを通して知り合えた時から、俺達(・・)は今もこうして生きている。確かに俺は歴史の敗者だ。本当に守りたかったものを守り抜く事なんて出来なかった。だが、勝者が勝者であり続ける事がないように、敗者が敗者であり続ける事もない」


「ならば何をする? 我ら“神饗(デウス)”の邪魔でもするか?」


「さあ? その辺はアイツが決めて、俺達を強引にでも引っ張ってくれる事だろ。ラルスと同じように、皆を振り回す奴だったからな」


 己の中にある記憶を振り返っているのか、微かに彼の表情は和らぐ中で、尚も話を続ける。


「さて、“神饗(デウス)”の名前は俺も商人っていう仕事柄聞いた事がある。目的云々は知らんが、人を殺しまくってるんだろ? そりゃ、ティンが許さねえかもなぁ?」


「……さて、それはどうかな?」


 仮面の下で微笑んでいるのが想像できるような、ルクスの自信が滲んだ言葉。


主人(ドミヌス)様はそう簡単にお前らに倒せぬと思うぞ」


「へぇ……」


 互いに、虚勢かも知れないが余裕な態度。


 再び空気が張り詰め始める中、不意にルクスの方が背を向ける。


「これ以上はこの場に居続ける意味もなし。大人しく退こう」


「大口を叩いたくせに、逃げるのかよ?」


「違う。此方(こなた)にとって、ここに居る必要がこれ以上ないだけだ」


 直後、熱風がメルクリウスに襲い掛かり、ルクスは一瞬で空に舞い上がっていた。


 また更に、上空で赤い光を点滅させたかと思えば、もう一度爆音を立てて姿を消していたのだった。


 それを見送りながら、彼は呟きを漏らす。


「派手な退却だことで。一体どんな魔法使ってんだか」


 身を翻し、良く知るあの場所へと足を向ける。


 距離にしても大した事は無く、戦いの余波が及ばなかった森の中を十分とせずに歩いて行けば、開けた場所に出た。


 “大悪魔殿”。


 そう書かれた、中央の神殿然とした建物は屋根が吹き飛ばされており、彼が見慣れた景色とは大きく違っている。


 建物内から、青空が見えるのだ。


「これはまた、ここも派手に行ってんなぁ」


 漏れ出る言葉の口調も、丁寧なものではない。


 元々の、素の口調が自然と出て来るのだから。


 気配の感知できる方へ、屋根の吹き飛んだその建物の中へと入っていけば、そこには人影が二つ。


 そのうちの一つは、まだ子供のもの。


 ここ数年で知り合い、自分の仕事を手伝ったりして貰っている、靈儿(アルヴ)の少年――スヴェンだ。


 そしてもう一人、がっしりとした体格を持つ精悍な男が――。




「……ティン」




 こちらの呼びかけに、その人物は首を巡らせた。


 そして、顔を綻ばせて答えるのだ。


「汝、トゥルムス!? 生けりや!? 良かりし、良かりき……!」


「久し振り、だな。そっかお前、ここ千年を知らねえんだもんな、そりゃ喋り方も古く臭くなるわ」


 駆け寄って来るティンに、笑い返す。


 トゥルムス、とその名で青年が呼ばれるのはいつの事だっただろうか。


 ふと彼の脳裏を、同じ年ごろの少年の顔が浮かんだ。


 だが回想に浸る間もなく、ユピテルの問い掛けで現実に引き戻された。


「いかで生けるなり!? 汝、かの時に……何より、今は戦より千年()るらまずや!」


「確かにされど、我は精霊になりしぞ。サトゥレ()のお陰にな。なれば斯くして生けり。今は、メルクリウスとして」


 両手を取り合い、互いにその存在を喜び合う。


 メルクリウスからすれば千年振りに。


 ユピテルからすれば時間の感覚も無くなる、千年の孤独振りに。


「他の奴は如何(いかが)せり? 生けりや?」


「あな、ラルスとメルを除かば今も生けるぞ」


「……左様か。かの二人や死にし。をこなるっ、さても言ふことなり」


「絶えてその通りなり。済まぬ、我らのいふかひなきばかりに……」


「いや、汝らは良くやりき。なかなか我の方こそ、不覚を取りてけり」


「……」


「……」


 互いの話題は尽きるところを知らず、古語で行われる会話について行けないスヴェンは、ぼうっとその光景を眺めていた。


 だが、会話について行けないのもあったが、そもそも彼自身、思考に耽っていたのである。


『逃げるぞ、スヴェン!』


 立ち込める土煙の中、前世からの付き合いである少年はそう言って手を差し出して来た。


 しかしながら、あの時、あの手を取れなかった。


 少年の話を、そして少年自身が信じられなかったのだ。


 理解が追い付かなかったとも言えるが、結局のところ怖かったのだと思う。


 故に差し出された手を信頼して取れず、空しく空に取り残されたそれを、少年は引っ込めた。


『……そうか、お前もそうなんだな』


 冷たい視線と、その呟きを残して、少年――ラウレウスは、ケイジ・ナガサキは姿を消したのである。


 後に残されたのは自分とユピテル、そして煙幕が晴れるまで周囲を警戒していたエクバソスとペイラスだった。


 その二人も、その後で上空の赤い点滅を見て何故か撤退。緊迫した空気が一気に弛緩する中で呆然として居たら、いつの間にかメルクリウスがこの場に来て居た。


「俺は……!」


 あの時どうすれば良かったのだろう。


 他に何も出来なかった自分が恨めしい。


 状況を眺めるだけで、理解出来なかった自分の能力の低さが、自責の念を掻き立てる。


『今そんな事はどうでもいい! 手当ては終わってんだ、それよりもコイツだ! コイツが、俺達を殺した張本人なんだッ!』


 果たして彼の放った言葉はどこまでが真実なのか。


 一部か、半分か、全部か。どれくらいが嘘なのか。


 不幸な誤解でもあったのだろうか。


 分からない。幾ら考えたところで、あらゆる可能性が考慮出来て結論が導き出せない。


 そんな自分が、尚更情けない。


 仕方ない、情報が少なすぎると、もう一人の自分が言い訳を並べ立てても、この胸は鉛でも入ったかのように重かった。


 失望したように向けられたあの紅い瞳はとても冷たくて、前世からの縁を切られた様に感じられたのである。


「何か難しい事を考えているのかの?」


「ウルカヌス、さん?」


「おう、この辺でさっきまで大きな爆発が立て続けに起こっとったもんで、心配になって見に来たんじゃ」


 そう言いながら髭がもじゃもじゃと生えた顔に、笑みを浮かべる剛儿(ドウェルグ)


 メルクリウスの下で仕事を手伝っている関係で顔見知りとなっていた彼の登場に、スヴェンは驚いていた。


「え、と大丈夫なんですか? 鍛冶師が街の外に出て、何かに襲われる危険だって」


「舐めるな、儂だって戦えるわい。恐らく、お前よりも強いぞ」


「またまた御冗談……じゃ、ない?」


 考え事をしている内心を見透かしてありもしない冗談を言っているのかと思った彼は、しかしウルカヌスが右手に握っている物を見て絶句した。


 右手に柄を握り、肩で担いでいるのは、樽のように大きな鎚だったのだから。


「そ、それは……!?」


「武器じゃ。鍛冶道具でもあるがの」


「振れるんですか、こんなの?」


「腰を使うんよ。後は遠心力かの」


 何と言う事もないかのように、ウルカヌスは笑っていた。


 常人であれば、確実に肩に担ぐ事さえできないだろうに、この男は平然と立っている。


 どう考えたって異常だった。


「それにしても、ティンが出て来るとはの。もしかしなくとも、あの白い小僧を行かせたトゥルムスの判断が賢明だったと言う事か」


「トゥルムスって?」


「メルクリウスじゃ。奴の昔の名で、斯く言う儂も、昔はセトランスと呼ばれとった。ティンにもな」


「え」


 それはつまり、どういう事か。


 もしやとは思ったが、脳はそれを理解するのを拒む。


 当然だ、それが事実ならばどう考えても人形の寿命を越えている。


 ティンが、今はユピテルと呼ばれる精霊が封印されたのは、伝説上では千年も昔の話なのに。


 なのに、何故メルクリウスは、そしてウルカヌスも、旧友の様であるのか。


 おかしい。ありえない。


 そんなの、人間では無い。


 そこに至って、もしやと思ったスヴェンは問うていた。


「じゃあ、メルクリウスさんとウルカヌスさんは……」


「いずれ誰かに言うだろうとは思っていたが、その通り。儂らは人では無い。精霊だ。元々人間じゃがの」


 驚いたか、と自慢するように破顔した彼は、衝撃に打ちのめされたスヴェンを置き去りにユピテルの下へ歩いていく。


「ティン!」


「……セトランス!? 汝も()に生けりや!? 良かりき!」


 そうやって、今度はユピテルとウルカヌスが、その再開を喜び合うのだった。


 それを、本当に信じられないという面持ちで眺めていたスヴェンに、今度はメルクリウスから声が掛かった。


「驚きましたか?」


「……驚いた、なんてものじゃないですよ。貴方も人間じゃ無かっただなんて」


「黙っていて済みませんでした。怖いですか?」


「まさか、放浪していたところを拾って貰ってから散々貴方の指示で働いて来たんです。正体が何だろうと今更ですよ」


 よく知ったる、人好きのする笑みを浮かべた青年には、言葉通り感謝しかない。(きら)ったり恐れたりなどするものか。


 ただ、とスヴェンは彼を見据え、言葉を続けた。


「俺とラウをここに向かわせたのは、このためだったんですか? あのティンとか、ユピテルとか言う精霊を救い出す為だけに向かわせられたんですか?」


「その言い方だと、まるで貴方とラウレウスさんを使い捨てにした見たいじゃないですか。誤解を招く言い方は止めて下さい」


 そう言って一笑に付そうとしたメルクリウスを、いつになく真剣な表情をしたスヴェンは手で制した。


 そしてその上で、仄かな怒気を滲ませて言うのだ。


「誤魔化したりしようとしないで下さい。もう一度だけ答え直してくれませんか? その返答の如何(いかん)で俺は貴方たちを許しません。あの時、ラウの血が石碑に掛かる事で封印が解けた様にも見えたんです」


「……失礼、本気でしたか。では真面目にお答えします。確かにそう言った意図があった事は否定しません。もしやすると白儿(エトルスキ)の血液が封印を解く触媒になるかもしれないとも、考えていました」


「なら……っ!」


「誤解しないで貰いたいのですが、ラウレウスさんの安全などについて考慮しなかった訳ではありません。事実、私はあのルクスとか言う者から貴方らを救ったでしょう?」


 その指摘に、追及しようと開いた口の動きが鈍る。


 確かにその通りだと理解したのだ。


「見た限り、この建物内でも交戦があったらしいですが、これは完全に私の想定外。あの者以外にも手練れの追手が居るとは思いませんでしたよ」


「では、今になって他の精霊が、ウルカヌスさんが来た理由は?」


「彼には情報の伝達が遅れました。何せ、ラウレウスさんを保護してからすぐ、都市の脱出に向かった訳ですからね」


 追手程度、私一人でも撃退出来るだろうという認識もあった、とメルクリウスは語る。


「まぁ、私の認識不足、至らなさが招いた事。誠に申し訳ありません。……それと、この場にラウレウスさんはいませんが、どうしたんですか?」


「……色々あって、勘違いからかあの精霊を攻撃して姿を(くら)ましました」


 ラウは、ケイジはユピテルの事を前世での仇と告げていた。その真偽は不明だが、もしも真実ならばこのメルクリウスも共犯の可能性がある。


 何せ、あそこまで親しそうなのだ。


 下手な事を言えば、殺されてしまうかも知れない。


 人知れず冷や汗を掻き、表面上は取り繕いながらメルクリウスの質問に答えていた。


「あの、俺から一つ質問良いですか?」


「何でしょう?」


「封印中って精霊は動き回れるんですか?」


「……私自身が封印された訳では無いので良く分かりませんが、外へ出る事はまず不可能です。中では好きに動き回れるでしょうけど……封印の依り代の中では、何も出来ませんよ」


 宜しければティンにも訊いてみましょうか、との申し出を丁重に断りながら、スヴェンは考える。


 果たしてあの精霊は本当に前世の仇なのか、と。


 もしかすればケイジの見間違いでは無いのか、と。


 メルクリウスやウルカヌスとこれまで付き合って来て、あのような惨劇を引き起こすような性格をしているとは到底思えない。


 ――見極めなければ。


 果たして何が真実で、何が嘘で、何が間違いなのか。


「……俺はお前を裏切った訳じゃ無い」


「どうかされました?」


「いえ、何でも無いです。気にしないで下さい」


 怪訝そうな顔を向けられ、慌てて手を振り否定する。


 少し感情が昂り過ぎたらしい。


 感情を抑え、この場から去ってしまった親友の顔を思い出しながら、スヴェンは決意する。


 もう少し、ここで彼らを観察して見極めなくてはならない、と。


 人知れず両の拳を強く握りしめていた。


 既に見上げた青空に太陽は高く浮かび、もう暫くすれば頂上にも達する事だろう。


 燦々と日光が降り注ぐ中、少年は決意していた――。





◆◇◆



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