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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第三章 ウタガワシキハ
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エピローグ

今話で三章は終わります。




 断崖から見上げる雲一つない青空は、見渡す限りに続く。


 もう少しで夏が終わりを迎えようとしているが、暑さはもう暫く続く事だろう。


「……」


 もっとも、この辺りの地域は夏も短く、気温もそこまで高くならない。


 冬になれば厳しい寒さを迎え、家や食を持たぬものが毎年死んでいく。


 そうならない為に統治者が居て、責任を持って民草を支配下に置いている筈なのに。


 なのにどうして悲惨な死は無くならないのだろう。


 その一方で人生をこれ以上ないほど謳歌している者も居る。手頃な例で言えば、眼下に居る者達がそうだ。


 多くの人々が街を行き交い、あちこちから威勢のいい声が湧いて来る。


「……呑気なものだな」


 尖った耳を持つ自分と同族の者達を見下ろし、その人物は呆れとも嘲笑ともつかぬ呟きを漏らした。


 かつては彼自身も切望したもの。しかしそれは、今となっては下らないと一蹴出来てしまえる。


 現実を知った、悟ったと言えば聞こえはいいが、正直なところ失望したと言った方が正しいのだろう。


 ふと自嘲が漏れ、手に口を当てていると背後から足音がする。


「クリアソス、準備は万端だ」


「分かった。俺も向かう」


「……けど良いのか?」


「何がだ?」


 気まずそうな表情を浮かべる同僚の男に、クリアソスと呼ばれた彼は首を傾げた。


「そりゃ、ここはお前の故郷だろうに……流石に思うところはないのかって」


「思うところはもう捨てて来た。この街は俺からすればゴミ置き場でしかない。因って気遣いは無用だ」


 踵を返し、クリアソスは同僚と擦れ違う。


 崖の方を向いて置いて行かれる形になった同僚も回れ右をして慌てて付いて来る音がするものの、彼は振り返らなかった。


「おい、待ってくれよ」


「ゆっくり歩ってるだろ。これで速いってんならお前はもう少し運動した方が良い」


「……それを言われちゃ返す言葉もない。けど、俺は実働部隊じゃねえんだ、少しくらいは大目に見てくれよ」


「言われなくとも分かってるさ」


 少し息が上がり気味な同僚を見て返事をすると、歩く速度を少し落とす。


 すると同僚は安心した様に微笑し、クリアソスと並列した。


「実験の結果、学者の俺としては最高に楽しみだねえ。良いモンが出来れば良いんだけど」


「ああ。俺に難しい事は分かんねえ。頼りにしてるぞ、エピダウロス」


「合点! ……主人(ドミヌス)様の為に」


 研究者然とした体格の同僚――エピダウロスの言葉に、彼は苦笑した。


「随分と調子の良い事を言う。お前、自分の研究以外に興味の魅かれるものは少ないんじゃなかったか?」


「偶には言ってみたくなるモンだろ? それに、俺の研究が結果的には役に立ってんだ、上も文句は言うまいて」


「ま、そうだな」


 薄暗く道もない針葉樹林の中を、二人はしっかりとした足取りで進んでいく。


 そうやって歩きながら、不意にクリアソスは先程まで自身が立っていた場所を振り返った。


「これからどうなるか、楽しみだ」


 口端を緩めながら呟かれたそれは、薄暗い森の中へと消えていくのだった。





<了>






 ここまで読んでいただき有り難うございます。

 次の更新もかなり遅くなると予想されますが、引き続きよろしくお願いします。

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