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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第三章 ウタガワシキハ
57/239

CHiLD -error- ④

◆◇◆



 殆どの家屋が寝静まり、明かりなどほぼ皆無な中にあって、一軒だけ戸口の隙間から光が漏れていた。


 その一階、テーブルのある居間には三人の人影がある。


 一人は中年の女性。残る二人は二十歳にも届かない若い男女。


 彼らの顔は一様に暗く、テーブルに置かれたランプの炎がその顔の陰りを殊更に強調している様だった。


「……音、止んだね」


「ああ。何が起きてんのか分かんねえけど、多分一段落着いたかしたんだろ」


 先程まで大きな音のしていた方へ顔を巡らせたレメディアに、クィントゥスも低い声で同調する。


「それにしても迂闊だったね。まさかラウレウスだけじゃなくて、ガキ連中まで無断外出されるとは。ガイウスに言われるまで気付けなかったよ」


 腕を組み瞑目したまま、ロサ・ミヌキウスも重く呟いた。


 偶々、小さな子供達の様子を見に行ったガイウス・ミヌキウスが気付いたからこそ良いものの、下手をすれば夜明けまで気付けなかっただろう。


 彼は出ていく気配を気取れなかったと悔んでいたが、そもそも寝泊まりしていた階も違う。


 多少の音程度で感知出来やしないと、その場に居た誰もがガイウスを責める事はしなかった。


 しかしそれでも責任を感じていたのか、彼は単身ラウレウスらの捜索に出てしまった。


 ロサ達にはこの家での待機を命じて、だ。


 それから彼が戻って来る事は無く、ただ遠くから大きな音が聞こえるのみ。


 最初は周囲の住民も何事かと家を飛び出していたが、距離があり一向にこちらへ近付いて来ない事に気付いてか戻っていった。


 今では殆どの家が明日の仕事に備え、再び眠りについている事だろう。


「ガイウスさん、いつラウ君達を連れて戻って来るんだろ」


「皆、怪我とかしてなきゃいいんだけど……あれだけデカい音がしたって事は只事じゃないよな」


「何言ってんだい、ウチの息子は上級狩猟者(スペルス)だよ。そう簡単に手傷は負わんし、負けるなんて尚更あり得ない。そのうち来るさ」


 落ち着き払い、自身の息子に対する絶対的な信頼を見せるロサだが、その言葉はある点を意図的に触れてはいない。


 即ち、ガイウス以外の無事という点だ。


 彼はまず大丈夫、しかし他は大丈夫とは言い切れない。


 だからそこの部分には意図的に触れず、少年少女の精神的負担を少しでも和らげようと腐心していたのである。


 だから彼女は今も真剣な雰囲気の中に冷静さを見せているし、本心で言えば今すぐ立ち上がってその辺を忙しなくウロウロしたい。


 けれどもレメディアとクィントゥスの手前、何より彼女自身としても取り乱した姿は見せたくないので自制していたのであった。


「そんなに不安なら家の外をちょっと見て見るかい? そこまでソワソワされるとアタシも落ち着けなくなっちまうよ」


「はい、是非!」


「あいよ。けど、夜の街は結構危ない。最近は割と穏やかになって来てるけど、出歩くのは絶対ダメだ。外を覗くだけだよ」


 そうきつく言い含める彼女は、それをレメディアとクィントゥスだけに向けていたものでは無いのだろう。


 彼女自身にも、言い聞かせている様だった。


「じゃあ、開けるよ」


 それからいざ、外を覗くためにドアへ手を伸ばした彼女は、しかし途中でピタリと動きを止めていた。


「ロサさん?」


「静かにっ。足音だ、それも集団の。クィントゥス、明かりを消しな! 連中が何であっても、目を付けられたら面倒な事になるよ」


「は、はいっ!」


 慌ててクィントゥスが指示に従い、照明を吹き消す。


 それによって室内は一気に真っ暗闇となり、何をするにも手探り状態となってしまう。


 しかしそれでもドアの隙間から外を覗くロサは、月夜の中で目を凝らして音のする方を睨み、警戒していた。


「そんなに警戒しなくても……」


「最近は見回りが強化されて賊が減ったとはいえ、そもそもその見回りをする傭兵連中が賊みたいなモンだ。どっちであれ、目を付けられるのは御免被るね」


「ああ、ガイウスさんもそんな事を言ってました」


 ドアの隙間からの微かな月明かりを頼りに、ロサの下へ手探りで近付いたレメディアとクィントゥスも外を覗く。


 すると丁度足音の集団が建物の陰から現れ、月光に照らされた無数の人間を視認する。


「……間違いない、ありゃカエソニウス。この街の傭兵隊長だね」


「カエソニウスって……先頭歩ってるあの大男?」


「いや、あんなデカい男に見覚えは無いけど、そいつの後ろで集団の先頭に立ってる奴さね。あーあ、薄暗くても分かる、何度見たって気持ちの悪い顔だ。腐った性根が顔に出てんよ」


「流石ロサさん、誰であれホントに手厳しい評価を。ってか、アイツらこっち見てませんか?」


 段々と近付いて来る集団を見ながら、嫌な予感に襲われたクィントゥスはそう問うていた。


 けれど彼自身、本当にそうであるという自信は持てておらず、このまま息を殺して居れば家の前を通り過ぎていく可能性も捨て切れずにいた。


 そんなどうなるか分からない状況下にあって、不意にロサが重苦しい口調で呟く。


「……不味いね」


「え?」


 舌打ちをした彼女に、レメディアが訊ねる様な視線を向ける。


「間違いない、クィントゥスの言う通り連中はここを目指してる。逃げるよ、急げ!」


「な、何でそんな事が分かるんですか? まだ距離だって結構ありますよ? もう少し様子見をしてからでも遅くないんじゃ……?」


「杞憂に終われば一番いいさ。けど、何かあってからじゃ遅い。出来る事をしとけば後悔はせずに済むだろ?」


 言いながら彼女は少しだけ開いていたドアを閉め、手探りでドアの反対側へ向かう。


 多少なりは夜目が利くようになったとは言え、光源が殆ど無いのだ。レメディアとクィントゥスも彼女の後に手探りで続いていた。


「裏口から逃げる。遅れんじゃないよ?」


「はい」


「大丈夫ですよ」


 口に人差し指を立てながら囁くような声で告げる彼女に、二人もまた同様の声量で返事をする。


 そして、裏口をゆっくりと開け放った時――。




「よう、待ってたぜ?」




 その先には、嘲笑を浮かべた大柄な男が一人、立っていた。


 彼は、先程扉から覗いた際に集団の先頭に立っていた大男であったのだ。


『――ッ!?』


 思っても見なかった事態に絶句する三人だが、対応自体は速やかだった。


 瞬時に魔力を行使したレメディアにより、男の地面から湧き出した無数の蔓が彼目掛けて巻き付きだしたのだ。


 その隙にクィントゥスがロサの体を引っ張って後退させ、レメディアが追撃を掛ける、が。


「これで……!」


「へっ、所詮ガキの魔法だ」


 巻き付いた無数の植物は、鼻で笑ったような呟きと共に根から引き抜かれてしまう。


 常人ではまず無理である脱出を容易にやって見せた男は、そのままゆっくりと屋内へと侵入する。


 そこで三人は男の耳が頭の上部に付いている事に気付き、常人を遥かに凌ぐ膂力の理由を悟った。


 だが、例え相手が途方もない身体能力を有する化儿(アニマリア)だとしても、抵抗は止めない。


「これ以上近寄らないで!」


「ばーか、ここまで近付いたらこれ以上もクソもねえよ」


 自分の実力に絶対的な自信を持っているのだろう。彼はレメディアの敵意を容易に受け流していた。


「俺はエクバソス。カエソニウスとは互いに契約を結んでるモンだ」


「……配下じゃねえのか? 道理でコイツ滅茶苦茶臭い訳だ」


「いや、悪臭はあまり関係ないんじゃないかね……?」


 真剣な顔で顎に手を当て、納得した様に頷くクィントゥス。そんな彼に、ロサが呆れた様なツッコミを入れている。


 だが、そうこうしている内に背後――玄関の扉も蹴破られ、カエソニウス以下数名の人影が無遠慮に屋内へ侵入してきたのだった。


「おいおい、家主であるアタシの許可も得ずに……この街は不作法者ばかりなのかい?」


「それはこちらの台詞だ。部下を再起不能にして俺の顔に泥を塗った奴を匿ったお前らに、作法もクソも無いだろ? だいぶ前からご丁寧に指名手配書を配ってたんだ、知らないとは言わせねえ」


「さて何の事やら。アタシにゃあ犯罪者を匿っていた自覚はないんだがね? もし仮にアンタの言う通りだとしたら、その手配書ってのがお粗末すぎたんじゃないかい?」


 乱雑にドアが蹴破られたので室内には多少なりとも月光が差し込み、互いの顔が薄っすらでも露わになる。


 その中でカエソニウスの顔は、特に不機嫌そのものであった。


「言ってくれんな糞ババア……いや、ロサ・ミヌキウス。だが残念ながらついさっき、お前の息子が現れて俺らの仕事を妨害しやがった。これは立派な犯罪だぜ? よってお前らも、しょっ引かせて貰う」


「嫌だね。何で息子がどうのこうのでアタシやこいつらまで縛につかなきゃいけないのさ? 頭おかしいんじゃないの?」


「頭おかしいのはお前だ。この状況で俺に口答えするのは賢明と言えねえんだからな。少し考えりゃ分かんだろ? 人数と実力差的にもな」


 そう言って彼――カエソニウスは周囲をわざとらしく見渡す。


 裏口に陣取るエクバソス、そして玄関に陣取る自身とその配下。


 そして恐らく、この家の周囲も彼の配下によって包囲されているのだろう。


「絶望的ってのはまさにこの事だな? たった三人でここから逃げ果せるってか?」


「さあ? 逃げきれるかは知らんね。もしかすればお前らが全滅ってのも、あり得るかもよ?」


「は? 馬鹿言ってんじゃねえよ! こっからどう巻き返すってんだ!? ガイウス・ミヌキウスも、その仲間二人も居ねえ、それでどうするって!? なぁ!?」


 彼のその言葉と共に、配下数人がじりじりと距離を詰めて来る。


 伴ってロサ達三人は裏口の方へと追い込まれていくが、そちらには大柄な男――エクバソスが居る。


 もう、空いている逃げ道は無かった。


 しかし、レメディアやクィントゥス、ロサの眼に諦観はまだ無い。


 しっかりとした闘志を持って、カエソニウスらを睨みつけていたのだった。


 そんな彼らを、エクバソスは嘲笑う。


「お前らもあの白儿(エトルスキ)に似て気に食わねえ目をしやがる。分不相応で不愉快な目だ。雑魚のくせに意志だけは一丁前、あーあ……虫唾が走るぜ」


 その瞬間、三人に叩きつけられたのは強烈な殺気。


 彼らは背中を撫でるぞくりとした感覚に背中の皮膚を粟立たせ、自身らが相対している者の強大さを改めて認識させられたのだ。


 けれども、まだ折れない。


「ラウ君に何をしたの……?」


「ラウ? ああ、あのガキはラウレウスって名前だったかなぁ? そりゃ勿論、これでもかってくらいに叩きのめしたぜ? 見っとも無く絶叫してたなぁ」


 愉快そうに彼は笑った。だが、それでも目は笑っておらず、かつ視線も外れていない。


 尊大な態度を取れども油断などしていないと、無言で牽制しているのだ。


「……っ」


 思い出したように唾を呑み込んで初めて、クィントゥスは己の喉がカラカラに渇いていた事を自覚した。


 全身が、本能が、この男を恐れている。


 勝てないと、もう一人の自分が告げている様だった。


 レメディアとロサも同様で、彼女らの足や手も微かに震えている。


 恐れているのは皆一緒だった。


 けれど、諦観だけは滲ませない。もはや意地でしかないものの、それでも。


「あーうぜえ。無駄にしぶといのは互いの為にもならねえって事を教えてやろうか?」


「……出来るもんならやってみろっての! この悪臭野郎が! 臭いんだよ、どっか行けマジで!」


「ん? そうかそうか、決めたぜ。じゃあまずはお前から、半殺しにしてやるよッ!!」


 再度エクバソスが殺意を向けるのは、クィントゥス。


 大の大人でも裸足で逃げ出しそうなほど凶悪な笑みを浮かべる彼を前にして、しかしクィントゥスは一歩も下がらなかった。


 だがそれでも現実は非情で、その結果は目に見えていて――。





 賽が、今まさに投げられようとしたその矢先、風が吹いた。





「うわぁぁぁぁあっ!!?」


 その勢いたるや凄まじく、突如として外を吹き荒れる暴風が無数の悲鳴を量産していく。


 この建物内にも多少減衰した風が侵入し、吹き荒れる。


「……何だ、急にッ!?」


「チッ……ミヌキウスだ! ガイウス・ミヌキウス! あの野郎、家に戻って来やがった!」


 折角留守を狙ったのに、とカエソニウスが悪態を吐く。


 その場の誰もが風で体勢を崩さぬように身構え、それから十秒ほど。


 不意に風が止んで周囲を見渡せば、エクバソスの姿が消えていた。


 いや、吹き飛ばされて室内の壁に叩き付けられていたのだった。


「……いつの間にッ!?」


 カエソニウスの配下の一人が驚愕の表情と共にそちらを注視する中、裏口に現れる影が一つ。


「おいおい、俺んちはいつからパーティ会場になったんだ? なぁカエソニウス……と、そこの悪臭化儿(アニマリア)。丁重に御引取願おうか。今はお寝んねの時間だぜ?」


 自身の周囲に微弱な風を纏わせながら、上級狩猟者(スペルス)であるガイウス・ミヌキウスは笑っていた――。




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