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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第三章 ウタガワシキハ
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第二話 ACCIDENT ①


「……うぅ」


 ほんのりと感じる心地良い温さが降り注ぐ中で、薄っすらと視界が開けた。


 最初に見えたのは満天の青空、首を動かせば辺りには人工物は見当たらず、ただ道と草木が見当たるのみ。それでも森林帯ではないのか見晴らしは良く、遠くの山まで良く見えていた。


 ぼうっとした思考と視野のまま、半開きにした口を晒す事しばらくして、視界の外より声がする。


「御目覚めかな、御荷物クン?」


「……何でお前の顔がある、アグリッパ?」


 そちらへと目を向ければ、そこにはあの精悍な顔つきをした青年の顔があった。


 もう二度と会うまいと思っていた顔をここでもまた拝む羽目になって、いい加減辟易とした気分になって来る。


 だが、それは彼も同じようで、しかめっ面に成り名がら盛大な溜息を吐いていた。


「そんな顔すんな。俺だって嫌なんだよ。けど、お嬢が助けろって言うから仕方なく」


「お嬢……ああ、アイツか」


「アイツ言うな! この下民が!」


「喧しいこの下品が!」


 売り言葉に買い言葉で咄嗟に飛び出した罵詈雑言が、更なる舌戦の火種となる。


 そうして不毛な応酬を続けてどれくらい経っただろう、不意に少女の声が割って入った。


「二人共、早朝からあれだけ騒いだのに元気だね。傷口とか開いても知らないよ」


「傷口……あっ」


 馬に道草を食わせながら撫でているシグの言葉にハッとさせられる。慌てて血の付いた靴を脱いで足の傷を見れば、既に血は止まりぱっと見には傷が塞がって見えた。


 しかし、まだじくじくと痛むのを考えれば完治には程遠いのだろう。これでは歩くにしても支障が出てしまう。


「あの野郎……」


「ペイラス、だっけ? あんなのに組み伏せられるとか、アンタってひょっとして大した事ない?」


「ふざけんな! 空間を操るとか何だよ! 反則じゃねえか! そこまで言うなら、お前は奴を倒したんだろうな!?」


 自慢する様な、見下す様な彼女に、思わず反論する。だが、彼女は寧ろ笑みを深くしていた。


「撃退はしたけど? ついでに、気絶してるアンタをここまで運んで来るように言ったのも私。やっぱりアンタ、大した事ないでしょ?」


「……んなっ!?」


 事実であればぐうの音も出ない事を言われ、絶句。何より、ここまでしっかり根拠を示して「大した事ない」と言われる事への精神的ダメージが大きすぎた。


 彼女の背後でしたり顔のアグリッパが嘲笑の色を隠そうともしないが、悔しい事に反論材料がない。


 ただ睨むだけで黙り込んでいると、そこでふとシグが話題を変えた。


「ところでさっき使ってた魔法、何なの?」


「魔法? ……何の事やら」


「惚けないで。最後に私達を取り囲んでた連中を吹っ飛ばしたの、あれアンタでしょ?」


 よく見えなかったけど、と言葉を続ける彼女の指摘に、気付けば心臓が早鐘を打っていた。


 人の目を気にして、しかしそれでも中途半端に白魔法(マギア・アルバ)を使ったのが良くなかったか、と後悔しても後の祭り。


 ただ、だからと言って、身体強化と槍だけでペイラスと戦えたかと言えば甚だ疑問であるし、背に腹は代えられなかったと言えばそれまででもある。


「あれ、魔力の塊でしょ? 幾らなんでもあんな特殊な魔法、気付かない訳がないじゃん。少しくらいなら大丈夫とか、思ってた?」


「……」


 正直に言おう。思っていました。少しくらいなら大丈夫、気付かれないと思っていました。


 緊急事態だし、あわよくば見逃してくれるのではないか、とも。


「あのペイラスって奴、アンタに随分と(こだわ)ってたし、そもそも私達とは関係ない所で連中と何かあったでしょ?」


「あ……う……」


 鋭い。一番訊かれたくない所についてズバズバと訊いて来る。余りにも痛い所を突かれ過ぎて、真面に反論も出来ない。


 それどころか言葉すら出てこないし、目も合わせられないまである。


 だからだろう。余計に怪しく、叩けば埃が出るような印象を与えている様で、シグだけでなくアグリッパの目も射抜くように鋭い。


 何も悪い事をしている訳もないのに詰問されている気分に、思わず生まれて来てごめんなさいとか言ってしまいそうだ。


「おいお前、返答如何によってはこの場で叩き斬るぞ」


「ふざけんな。何の権利があって言いやがる」


 抜剣するアグリッパに対して対抗して槍を握ろうとするも、右手は空を掴むだけ。


 見れば己の得物はシグに握られており、主武装は目を覚ます前から没収されてしまっていた様だ。


「……そっちが俺を警戒するのは分からんでもない。けど、だったら別行動でも取れば良いだけだろ。こっちだって一緒に居たい訳じゃねえんだから」


「いいや、そうもいかねえな。行く先々でお前と出くわしてんだ、もしかすれば間者の可能性だってあるだろ?」


 突きつけられる剣先に、堪らず後退しながら腰の短剣を引き抜く。


「阿呆言え! だとしたら俺は自分の仲間を殺してる事になるんだぞ!?」


「連中ならそれくらいやりかねない。つまり、だ」


「滅茶苦茶だ! 大体それじゃ、どうして俺はペイラスに締め落とされなくちゃいけねえんだよっ!?」


「……む」


 順を追って振り返ってみても、間者の可能性は無い筈だと指摘すれば、そこで思い出したように彼の気迫が緩む。


 そしてそれをシグもまた見て取ったのか、こちらへと槍を返しながら歩み寄って来る。


「御尤も、な指摘ね。少し警戒し過ぎたかもしれない、ごめんなさい。けど、それを差し引いてもアンタの正体は何なのか、教えてくれない?」


「……またそれ。無理に決まってる。第一、自分の素性も明かさない連中に、言う訳無いだろ」


「……」


 訊くなら先に言えと言外に求めれば、彼女は無言で俯く。


 分かり切った事だが、そう易々と言えることでは無いのだろう。


「言えない事ってのは誰にでもあるんだ、それを無理に聞き出そうとなんてするんじゃねえよ。そっちだって重々承知してる筈だろ?」


「まあ、ね」


 小さく、だが確かに、彼女は頷いた。


 それから一度大きな溜息を吐いた彼女は、アグリッパに休憩の終了を告げると、馬に跨っていた。





◆◇◆





 ペイラスらと遭遇戦闘をしてから三週間ほど。


 道を行き、関を通っては割高な通行税を取られ、都市に入っては依頼の達成や素材売却で路銀を稼ぐ。


 そんな中で段々と出来たのが、相互に付かず離れずの距離感を持って接し、必要最低限の互助を除いて不介入、不干渉である事。


 疎らな会話の中で相互の同意の下に取り決められたそれは、共に行動する上での決まり事だ。


 分散して各個に襲われるよりは纏まっていた方が戦い易いという事も考えて、止む無しと決めた訳だが、正直結んだ直後からずっと後悔している。


 何せシグとアグリッパは互いに信頼し合っていて、自分だけ一人ぼっちなのだ。その空間に居る事がどれだけ居心地の悪い事か。


 おまけに、騎乗出来ないのに今は一頭の馬に乗せられ、アグリッパの馬に繋がれている。


 確かにお互い警戒し合っている仲なのに相乗り、では気まず過ぎるのは分からないでもない。


 だからと言って以前倒した騎兵から奪った馬を、こちらの有無も言わさずに乗せるのは如何なものか。


 特に当初は足の傷があって徒歩が面倒だし、助かったけれども、この無言空間は本当に居心地が悪い。


「……なぁ、何処に向かってんだ?」


「ラティウム半島のその先端、北だな。そこの港に出て、俺達は海路で西のトゥルデタニア王国を目指す。ケイジは途中でお別れだろ?」


「違う。この次行く都市の事だ。本当にもうじき着くんだろうな?」


 地図を広げて見るが、この辺はかなり都市が多い。今のところ視界には見えないが、地図上だとあちこちに都市があるし、相互の距離が近いのだ。


 その為、どの都市が目的なのか、方向や道だけでは推測が難しい。


「そういや言ってなかったか? 行き先はタルクイニだ。あの辺じゃ一番大きい都市って言っても過言じゃねえ」


「……タルクイニ?」


「そう、ラスナ戦争の舞台。共和制ラウィニウムと都市国家連邦エトルスキが派手に殺し合った大戦争さ。知らない訳じゃねえだろ?」


「あぁ、まぁな」


 思い出すのは、まだ小さい時に母親が語ってくれた逸話。まだ前世の記憶と人格を取り戻す前、まだ村が平和で、家族が生きていた時。


 あの時は純粋に英雄譚に憧れたものだ。


 もっとも前世の記憶を取り戻してから改めて考えてみれば、その悍ましさに身の毛がよだった記憶がある。


 それに、実際追われる側の立場となって分かるが、あの逸話はどう考えても捻じ曲げられたような気がして仕方無い。


 神が云々などと、あそこまで宗教色の濃い英雄譚は他にもあるが、あれが広がる事で一番得をするのはやはり教会なのだ。


 どうにも胡散臭くて、実害を被った身としては今すぐに唾でも吐きかけてやりたい気分だ。


「どうした、急に黙り込んで? 考え事か?」


「いや、少しあの逸話を思い出してた。てか、タルクイニってタルクナの事じゃ無かったか? あそこって、白儿(エトルスキ)の都市だったんだろ?」


「ああ、滅ぼして破壊しつくされた後で、結局再建されたらしい。元々好立地だったんで、今じゃ結構な大都市だぜ」


 行ったことはないんで分からんがな、とアグリッパは最後に付け足すと黙ってしまう。


 だが何となく、このままだんまりで居るのが居た堪れない身としては、ここで会話を終わらせたくはなかった。


「あそこの近くには大悪魔ユピテルを封印して建物を建てたって話はどうなったんだ?」


「あー、あれはよく分からん。ラウィニウム帝国滅亡の混乱期に所在が分からなくなったんだと。どうせぶっ壊されたんだろ。ま、それでも封印されてた大悪魔とやらが出てこないあたり、教会の広めてる話はどうにも嘘くせえって思うけどな」


 そう言って笑うアグリッパの様子を見るに、話し掛けてみた価値はほんの少しでもあると言えるだろう。


 それなりに話に応じてくれる様子を確認して微かに安心していると、ふと思考が逸れた。


「それにしてもタルクイニ、ねぇ……」


「どうした?」


 何の気なしに飛び出てしまった呟きを、彼は聞きつけたらしい。馬上から振り返り、怪訝そうな顔を向けて来る。


「いや、伝説とかじゃなくて、また違うところで聞き覚えがある様な気がするんだよな」


「ふーん、どっちでも良いが気のせいだろ。第一、記憶違いじゃ無かったとして、何か不都合でも?」


「いやいや、別にそう言う訳じゃねえんだけどな」


 先導するアグリッパの馬にシグとその馬が並走し、彼らの後ろを跨っている己の馬が続く。


 何となく無防備に感じなくもないが、その背中へ言葉を返しながら尚も思考を巡らせ、記憶を探る。


 だが、一向に掘り当てられる気配は無かった。


 そんな中、不意に前方から声が上がる。


「見えて来たぞ、多分あれがタルクイニだ」


 それに反応して顔を上げてみれば、彼の言う通り遠くで薄っすらと城壁が見える。


 まだまだ小さいが、馬の足で道を行っているのでそこまで遅くは掛からないだろう。


 今日もまたそれなりに歩いた事もあって相応の時間が経過し、陽は既に傾き始めている。


 夏なので日没までには時間があるので、すぐに暗くなる心配もなく、余裕を持って宿を見つけられる事だろう。


「ここでいつまで居る予定だ?」


「金が溜まるまでだ。大都市だし、それなりに仕事も多いだろうから、ここが稼ぎどころって感じだな」


「稼ぎとか……剥ぎ取って蓄えた妖魎(モンストラ)の素材でも売り捌くって? 確かに良い値段になりそうだ」


 都市と言うものは比較的生活が豊かな人が多く、それなりに物価も高い。


 それも、大都市と言われるタルクイニともなればなおさらだろう。


「まぁな。こんな大都市になると狩猟依頼ってのはほぼ出ねえから、こうする以外に手段もない」


「二人共、下手に安値で売ったら承知しないよ?」


「うるせえ」


 先程まで無言だったシグが冗談交じりに会話へ加わり、それに対して悪態を吐く。


 彼と彼女も、その表情と声には微かながら喜色が含まれているのが分かって、自然と口端が緩む。


 ある程度積極的にコミュニケーションを取ろうとした甲斐あってか、まだぎこちなさはあれども殺気立つ事はもうない。


 常時気を張り続ける事による疲労の大きさを知っている身としては、雰囲気が柔らかくなりつつある現状は非常に有り難いのだ。


 出来れば、かつての様にもっと腹の底から笑い合える仲になりたい。


 けれど、それをほんの少しでも思うたびに、あの記憶が蘇って消えなくて――。





◆◇◆





 ラティウム半島に存在する商業都市・タルクイニは周辺住民までを含めると人口三万にも届こうという大きな都市だ。


 かつて西界一帯を支配し、歴史上に燦然と輝く業績を成し遂げた共和制ラウィニウムに一度は滅ぼされ、そして再建された都市。


 創建時の住人であった白儿(エトルスキ)の痕跡は跡形もなく、その様式は周囲のラウィニウム系諸都市と何ら変わりはない。


 建設・整備された街道沿いに存在するので人の流れは多く、また富が集まるこの場所は、日々多くの人々の出入りがある訳で。


 その為か、入市を取り締まる衛兵の作業はやや流し気味で、ガリア地方の都市などに比べると遥かにスムーズな入場が可能となっている。


 これには上記の理由以外にも、この周囲が数十年以上も目立った戦禍に晒されていない事が挙げられるだろう。


 だからこそ商業が発達し、人の出入りも多いという訳である。


「ほい、通って良し。次の奴、来い」


「はいよ」


 市内へ入っていく旅人を雑に見送り、衛兵が列に並ぶ次の人へ声を掛ければ、即座に返事が来る。


 若い男のそれに釣られて視線を向けてみれば、そこには三人と三頭の馬が居た。


 一人は大人、他二人はまだ成年にもならない少年少女。


 いずれも武装し、少女に至ってはどういう訳か顔を覆面で隠している。


 明らかに何か事情がある様に見える一団に、衛兵は露骨に顔を顰め、溜息を吐いた。


「幾らこの都市が緩いって言っても限度がある。そこの覆面は外してくれ」


「……分かった」


 てっきり抵抗の一つでもされるかと思っていた彼は、少女があっさりと承諾した事に拍子抜けしつつ、三人の顔をまじまじと(あらた)める。


 指名手配されている犯罪者などとは特徴が一致していないか等々、軽くではあるが確認していくのだ。


「特に問題はなさそうだな。ただ、その出で立ちは傭兵稼業でもやってるのか?」


「一応、狩猟者(ウェナトル)だ。まだ傭兵とまではいかねえな」


「そうか。この辺の都市は傭兵を警備兵とかで雇ってくれる所もある、気が変わったらその辺の詰所にでも行ってみるんだな」


 問題はなさそうだ、と言いながらも未だ衛兵の目は三人を検め続け、次いで三頭の馬に視線を向ける。


狩猟者(ウェナトル)だって言うなら、一応裏は取らせて貰う。三人とも、認識票を見せてくれ」


 彼がそう言った時には、既に予想されていたのか三枚の認識票が提示されていたのだった。


 どうやらこの対応に慣れているらしい彼らから、動揺しつつも一枚ずつ受け取って、その名前を読み上げていく。


「ラドルス、シグ……と、ケイジ・ナガサキ? 変わった名前だな、貴族かい?」


 馴染みのない言葉の響きに怪訝そうな顔をしながら、しかし訊ねる声にはやや侮蔑が浮かんでいた。


「持っても居ない姓を名乗るのは余り関心しねえな。他の御貴族様に目を付けられるとか、余計な揉め事を起こさないでくれよ?」


「ああ、気を付けるよ。それで、もう行っていい?」


「勿論。検分は終わった、精々滞在を楽しんでくれ」


 衛兵が言い終わるが早いか、短槍を持った紅髪紅眼の少年は不愛想に歩き出し、それに他の二人も続く。


 大人の男は衛兵の方に顔を向けて軽く手を上げながら去っていくが、少女もまた不愛想なまま。


 入市する人の多くが不愛想である事は今に始まった事ではないからか、衛兵はそれでも大して堪えた様子もなく、また居並ぶ列を捌き始める。


「ほい、次の人~?」


 言いながら振り向けば、そこには先程通した少年少女と然程背丈の変わらない人物が立っていた。


 季節は過ぎつつあるとはいえ夏なのに、薄手の鼠色外套を纏うその姿は異様としか言えず、衛兵はうんざりした様に溜息を吐くのだった。


「あのさ、さっきの遣り取り見てただろ? 幾ら緩いとは言っても、顔くらいは見せてくれよ」


「……あー、その前に一つ訊きてえんだけど」


「何だよ?」


 続けて面倒な奴が来たものだと、内心どころか露骨に態度へ出す衛兵は、それでも律儀に次の言葉を待つ。


 すると、フードを被ったままの顔が、その(とび)色の目が彼を見据え、口を動かした。




「さっき、ケイジ・ナガサキって聞こえたんだけど、聞き間違いじゃないよな?」





◆◇◆



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