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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第二章 イテツクココロ
33/239

ロトカ・ヴォルテラ②


◆◇◆



 気になる、知りたい、生きていてくれるだろうか。


 そんな気持ちを常に何処かで抱え続けて、もう一か月くらいにはなろうとしている。


 上級狩猟者(スペルス)で、命の恩人でもあるガイウス・ミヌキウス、プブリウス・ユニウス、マルクス・アウレリウス。


 グラヌム村で、この身柄を狙う領主から逃げ延びる際に、彼らは身を賭して助けようとしてくれた。


 語ってくれて居た限りでは本当に義理に厚いような人たちだったが、本心は知らない。実際のところ、何か別な狙いがあったのかもしれないのだから。


 それでも、彼らのお陰で今もこうして居られる。身柄を押さえられて窮屈な、いつ殺されるともしれない日々を過ごさずに済んでいる。


「おい、どうした?」


「……」


 あの三人は自分達の身が危険になる事を厭わず、俺を少しでも安全な場所へと飛ばしてくれたのだ。


 それだけで、多大な恩を感じずには居られなかった。


 出来れば再び(まみ)えて、しっかりとあの時の礼を言いたい。あの時負担をかけてしまった事を詫びたい。


 そう思い続けて漸く、噂話ではあれども消息を聞く事が出来そうだ――。


「……おーい、おいクィントゥス、聞いてる?」


「……」


 しかし現実はここまで願ったところで、所詮現実でしかなかった。幾ら心の内で哀願しても、そこには変わらない結果しかないのだ。


 三人の消息は、今を以っても不明なままだった。


 グラヌム村周辺を支配するグラヌム子爵(ウィケコメス・グラニ)との交戦で、乱入者と共に彼らを壊滅に追い込んだ後、それらの行方は(よう)として知れないらしい。


「大丈夫かー? おーい、聞こえてるか? ってか起きてる?」


「……」


 酒と料理を鱈腹(たらふく)呑み込んだアドルフスに、情報料として百T(タレト)まで払って得られた結論は生死不明、それだけだった。


 死んでいるのか、生きているのかは相も変わらず分からない。ただ、仮にこの噂の中では生死が述べられていたとしても、所詮噂でしかないのだ。信用できるかどうかはまた別問題ではある。


 早い話、百聞は一見に如かずという訳だが、それでも情報が欲しかった。生きていて欲しかった。


 だから、結局分からないという噂の内容に失望したのだ。


「なぁ? おいってば。マジでどうしたんだよ?」


「……」


 一方で噂に見られる「乱入者と共に彼らを壊滅に追い込んだ」という話に、ド肝を抜かれた。


 どういう事かとアドルフスにしつこく聞いてみたが、彼も詳しくは知らないようだ。


 ただ、子爵との交戦によってその場で殺された訳では無さそうなので、自分の中では三人の生存に少し期待を掛けたのも事実。


 もう少し待って居ればその内、更なる情報が回って来るかもしれないのだ。情報を収集しつつその時を待つか、運よく彼らと会えることを願うしかない。


 それにしても、「乱入者」って一体何なのだろう。物凄く気になる――。




「おい、反応しろよッ!!?」




 出し抜けに、首筋へ強烈な衝撃が走った。


「うごっ!?」


 結構な衝撃が首を通して頭へ伝わり、そもそも不意討ちであった事も手伝ってか、情けない声が口から漏れる。


 だが、いきなりの事態に目を白黒させている間にも、不意討ちを掛けた人物が言葉を続ける。


「ったく、何度呼びかけても反応しねえから、どうしたんかと心配したぜ? 大丈夫か、何かずっと上の空だったけど」


「……ん、ぁあ、ごめんな。ちょっと考え事してたんだ。それで?」


「いや、“それで?” じゃねーよ! こっちはもう大丈夫なのかって訊いてんの! 何言っても聞いてねえんじゃ、俺が何教えたって意味ねえからさ!」


 烈火の如き怒りを携え、間近まで詰め寄る少年――サルティヌス。彼の様子と言動から推察するに、相当な時間無視してしまったみたいだ。


 何より、今は彼から文字の読み書きについて教わっている時間だ。つまり、こちらから教えを乞うているのに無視してしまった格好になる。


「ごっ、ごめん……本当にごめん! 次から気を付けるから!」


 流石に、それについては申し訳ない以外の言葉が見つからず、その場に平伏して只管(ひたすら)に赦しを願う。


 場所はいつも文字を教わっている、そこそこ大きい通りの隅。幾ら通行の邪魔にならない場所とは言え、人通りもそれなりにあるので、通行人の視線も集まって来る気配がする。


 でも、今はそんな羞恥など気にしている場合ではないのだ。怒ったら割と凄みのある剣幕で怒鳴るサルティヌスを前にして、周囲へ気を配る余裕など吹き飛んでしまう。


 膝をつき、手と額を地面に擦り付けて、それはもう完璧な土下座を敢行する。当然、この地域にそんな風習など無いので通行人のざわめきが更に大きくなっていくが、もうこの際些事として切り捨てた。


「頼むっ、この通りだ赦してくれっ!!」


 そのまま下半身を持ち上げれば綺麗な三点倒立が出来上がりそうなほど、しっかりと両手と額を地面に押し付け、誠意を見せる。


 果たして、この誠意が通じたのだろうか。


 それを見たサルティヌスが如何にも呆然としたような口調で、(ようや)く呟いた。




「……土下座?」




 久方ぶりに聞いた日本語(・・・)が、この鼓膜を揺らしていたのだった。


 間髪置かず、その呟きが意味するところを察して頭を上げ、呆然とした顔をした彼を、同様の表情で見返す。


「えっ……?」


「……何で?」


 片や平伏した姿勢で、片や棒立ちの姿勢で、二人の視線が交錯する。


 これは一体、どういう事なのか――。


 鉄砲水のようにわっと飛び出して、暴れ出した思考が、混乱の坩堝を生み出し始めていた。






◆◇◆






 場所を変え、人目を気にせず話せる場所――宿の部屋にて、サルティヌスが顎に手を当てている。


 お互い何を話すにしても衆目は少ない方がいいし、喧騒から少しでも離れて置かないと声自体も聞こえづらいのだ。


 だから、彼と共に宿の部屋の藁布団の上で向かい合い、まずは俺の素性から明かす。


「――なるほど、なるほど。高校二年生だった長崎(ながさき) 慶司(けいじ)君、ね。こんな目に遭って、若いのに大変だな」


 同情を示しつつ大きく何度も、合点がいった様に彼は頷いた。だが、その様子はまるで自分自身を納得させているみたいで、少し滑稽にも思える。


 しかし、当然ながらそんな感情は彼へ(おくび)も見せず、話し掛けた。


「で、俺の事を全部聞いたんだ。そっちの方も教えてくれよ」


「おう、悪い。サルティヌス改め牛膓(ごちょう) 寛之(ひろゆき)、享年二十八歳だ。前世(あっち)ではしがない社畜をやっていた。死んだ場所と時間はお前と同じ、直接の死因も……同じだろうな。騒ぎの中であの訳わからん奴に首を飛ばされた」


 勿論それは物理的にだ、と彼は己の首筋を手刀で軽く叩き、苦笑を浮かべていた。


 自分の死の事を語っているのに、どういう訳かさっぱりした物言いに、違和感を覚えずには居られない。


 するとこちらの心を読んだのか、誤魔化すような笑顔に切り替えて彼が答えてくれた。


「社畜だったって言ったろ? あそこの店でただ漫然と、時には心すらも殺して仕事をさせられていたんでな。別に死んだところで、やっと地獄から解放されるくらいにしか思わなかったのさ」


「……そりゃまぁ何とも」


 こちらの場合とはえらい違いだ。死にたくないとか、怖いとか思わなかったのだろうか。


 流石にそこまで訊くのは無粋で失礼だと思ったので思い留まったが、気になるには気になる。


 だが、それよりも気になる事が幾つもあるのだ。


 まずはそれらを擦り合わせたりするのが先だろう。


牛膓(ごちょう)さんはいつくらいに前世の記憶を取り戻したんです?」


「サルティヌスで良い。それと急に畏まるな。前世では年上だろうと遠慮するんじゃねえ。この世界じゃ同い年だろ」


「あ、はい……分かった」


 軽く額を指で弾かれて了承すれば、満足した様に頷いたサルティヌスが質問へ答えてくれる。


 まず、記憶を取り戻したのは四歳の頃。生まれ変わりから、赤ん坊あたりの記憶は碌に残っていないが、それ以降はキッチリ覚えているようだ。


 既にその身は孤児で、血の繋がらない共同生活者、“兄弟”らとともに細々と暮らしていたらしい。この年まで生きて来られたのも、前世の記憶に寄るところも大きいのだとか。


 例えば、例え根本的には劣悪な生活環境であろうと、排泄物などの処理に気を配り、少しでも病などを遠ざけようとしたことなどだ。


「日本……っていうかそれまでは現代的な生活に浸って来た訳だから、未だに辛いって思う事はあるな。特に夏と冬。熱い寒いで本当にシャレにならねえよ。冬なんかは当たり前のように凍死者が出やがる」


「都市に暮らしてても、そんな事があるんだな。俺のところは餓死者も結構多かったぜ」


「農奴と孤児、お互い各地域の最底辺で良く十四年も生き延びられたもんだな。普通なら野垂れ死ぬ方がおかしくないんだから」


 特にお前は他にも色々大変だし、と彼が乱暴に頭を撫で回してくる。


 別にその程度で染料が落ちる訳ではないが、さりとて見た目は同い年の彼に撫でられるのは、余り良い気がしない。


 前世の年齢を計算に入れれば、サルティヌスの方が年上だとしても、納得できなかったのだ。


「おい、撫でるの止めろ! 俺はガキじゃねえんだ!」


「その身形で言うなよ。肩肘張って、精一杯大人の真似事をしてるみたいだぜ」


「うるせぇ! そりゃお前も一緒だ! てか俺はなりたくてなった訳じゃねえんだぞ!?」


「はいはい、悪かった。ところで、俺の方からまだ聞きたい事があるんだけど」


 そう言って破顔していたそれを引き締め、彼は幾つか質問をする。


 今までに前世の記憶を持つ者と会った事があるか、あの殺人鬼が何か分かるか、どうして転生しているのか。


 他に幾つもの問いがあったけれど、知っている事は余り多くなく、彼とも大して差が無かった。


「運命とか、神様の悪戯……とでも言うのかねえ」


「さぁ? もし居たとしたらぶっ飛ばしてやりたい気分だな。よくもまぁ俺をこんな目に遭わせてくれたなって」


「はは、怖い。けどそう思うのも仕方ねえやな。農奴に転生させられただけでなく、白儿(エトルスキ)でもあったんだ。生半可な苦労じゃ無かったんだろ?」


 そう言ってカラカラと笑うサルティヌスだが、この男は以前、文字を教える際に白儿(エトルスキ)(まつ)わる歌を(そら)んじていた。


 改めてその件について問い質せば、彼はケロッとした顔で「年相応に演じただけ、周りに合わせただけ」だと宣う。


 続けて天神教というものにどれだけ信が置けないかをも力説していた。


 曰く、これはかつてヨーロッパを包んでいた宗教熱に似ていると。案の定、坊主どもは利権を巡って見苦しい争いを繰り返していると。


 清廉な聖職者は勿論いるけれども、そう言った人はすぐに左遷されたり、利用されたりで碌な事にならないと、失望しているらしかった。


 もっとも、こちらは清廉な人がいた、という事実に驚かされる。直接知っているのはグラヌム村の司祭パピリウスだけではあったが、他のどれも似た様なものだろうと思っていたのだ。


「宗教の都合が言いように教典が書加えられたり、勝手に解釈したり……やりたい放題で、それの割を食うのは市民や俺達貧民だ。確か天神教も相互扶助とか謳ってた筈なんだけどなぁ」


「古今東西どころか、世界が変わったって所詮は人だってことでしょ。魔法とか言う訳わからんものもあるけど」


「あ、そう言えばクィントゥス、お前は魔法が使えんの? 実は折角に異世界なのに、まだ見た事無くてな……聞いた事はあるんだけど」


 如何にも興味津々と言った様子で、藁の布団に座っている姿勢で上体を傾けて来る。その目には微かに興奮と期待の色が見て取れ、彼の心は明言されるまでもなく嬉しそうであった。


 そんな姿に、内心では困った事になったと溜息を吐き、表情には愛想笑いを貼り付ける。余りにも食い気味な様子にほんの少しだが引いてしまったのだ。


 ついでに言えば余り人にも見せたくない。魔法の扱いだってまだ完全では無いし、白魔法(アルバ・マギア)の場合はそこまで分かりやすい魔法でもない。


 この場にミヌキウスでも居てくれればと思わなくも無いが、詮の無い事である。同郷の希望を無碍にする訳も行かず、少し待つように伝えた。


「……あまり期待するなよ」


 彼にも見える様に右掌を表にし、掌を通して組み立てた想像通りの白い球体を形作っていく。


 大きさとしては拳の半分くらいだろうか。


 薄暗い部屋の中でぼんやりと光って見える白い球体に、しかしサルティヌスは大興奮であった。


「おおっ、すげえ! こりゃすげえ! 手の上に乗ってる訳でもなく……どうやって浮かせてんだ!?」


「知らん。これについては教えてくれる人も居ないから独学だし、どんな理屈かは知りようもないんだ」


「なあ、もっとデカくしてくれよ」


「……この辺を吹っ飛ばす気? 止めてくれ、俺はまだ死にたくない」


 この程度の大きさならまだどうにかなるけれど、下手に頭より大きくしようものなら忽ち制御が難しくなる。最終的には何処かへ撃ち出す以外に出来る事が無くなってしまうのだ。


 特にこんな窓も碌に無い建物の中で白弾を撃とうものなら壁を突き破るか、場所によっては宿そのものを崩壊させかねない。


 あっという間に大量殺人・大規模破壊犯の出来上がりという訳だ。当たり前だが御免被る。


「でもさ、お前の魔法って結構地味だな。こう……水がドバーとか、炎がメラメラ燃えるみたいなのが見たかった」


「お前、頼んどいてその態度は何なんだよ!? 言っとくけど、この弾だって当たる場所に寄っちゃ人も死ぬからな!?」


 怒りのせいか一瞬だけ拳大の大きさに膨張した白弾を、慌てて握り潰して消滅させる。体に取り込んでの身体強化ではなく、その場で霧散させたのだ。


 危うくさらに膨張させてしまい、手に負えなくなりそうだったのは秘密だ。態々(わざわざ)打ち明けてサルティヌスを不安にさせる必要もないだろう。


「あー、悪かった。けど、お陰で貴重なモンが見れた。ありがとな。それだけでも魔法の世界に転生した価値があると思えるぜ」


「そんな事言うなよ。前世の知識もあるんだから、立身出世だって夢じゃねえかもしれねえぜ?」


「阿呆言え。出来る訳ねえだろ。孤児で魔法は使えねえし、身分制はかなり強固だ。金を手にする手立ても無いし、どうする事も出来ねえよ。商人になりたいって思ったって伝手が無いんだ。けど、狩猟者(ウェナトル)とか危険な仕事はしたくなねえ」


 自分勝手な事は言っている自覚がある、と彼は自嘲した。


「命あっての物種っていうだろ? 少なくとも俺は、自分が生きる為にこの命を賭ける事はできねえ。まだ命を賭けなくても生きる術はあるんでね」


「……同じ最底辺でも住む場所すらない俺とじゃ、まだ余裕があるよな。羨ましい。こっちは魔法が使えたって不便な事だらけだ」


 素直にそう思う。住んでいた場所にもう己の居場所は無いし、この身は極力他者から隠さなくてはいけない。


 命を賭けなくては生き残れないのだ。


「クィントゥス、お前の心中お察しするぜ。実はここ最近、グラヌムって村で白儿(エトルスキ)が出現したって噂も耳にした。ひょっとしなくともそうなんだろ?」


 窺う様な視線を向ける彼に、無言で首肯する。


 昨日自分だってアドルフスから聞いたのだ、他の人も同様に耳に挟んでいても、何かおかしい事はない。


 ただ、こうして自分の事だと容易に推察できる噂が流れていると言うのは、自分が追われている事実を殊更に突き付けられている様な気がする。


 お前に逃げ場など無いのだと、顔も知らない人々に追い立てられ、追い詰められている様な錯覚に陥るのだ。


「そんな不安そうな顔すんなよ。少なくとも俺はお前の味方だ。同郷の(よしみ)があるし、それを売る様な真似は出来ねえ」


「……ありがとう」


「おう。折角ここまで逃げて来たんだ。生き続けろよ、意地汚くても良いからな。辛気臭い顔してんじゃねえ、分かったかクィントゥス?」


 屈託のない笑みを浮かべ、彼の指がこの額を弾く。少し前に受けた時よりもやや強いそれには、一体どのような意味が込められているのだろう。


 その意図を推察しつつも訊いてみようと思ったが、分かり切った事を訊くのは無粋かもしれない。


 だからその代わりに、彼へ言う。


「……ラウレウスだ」


「あん?」


「ラウレウス。クィントゥスじゃない、俺の本当の名前だ」


 自分の前世などをある程度話していたのに、話の流れで本名を告白するのが遅れてしまっていた。自分でも今更と思わないでは居られないし、気恥ずかしさは存分に感じている。


 一方、唐突にそれを受けたサルティヌスは暫しポカンとした顔をしていたが、こちらの気持ちまで察したらしい。握り拳で口元を隠し、目を細めながら笑い声を押し殺していた。


「おい、何笑ってんだよ」


「そう思うならバツが悪そうな顔して本名明かすんじゃねえよ。ラウレウス、お前随分と不器用なんだな」


「うるせえ。俺の素性を周囲に通報しない奴に、いつまでも偽名を使うのが不義理だと思っただけだ」


 とうとう堪え切れずに笑い声を漏らす彼に、自然と顔を背けながら答えてしまう。増々気恥ずかしい。


 そうして一頻り笑い終えたサルティヌスは、それで満足したのか笑うのを止める。「さてさて」と言いながら代わりに切り出すのは、文字の読み書きの事について。


「前世の記憶があったんだ。道理で文字の読み書き、その修得が早いと思ったぜ。文字自体はちょっと書き慣れてない感じが出ているが、今日見た限りじゃ問題なさそうだな。あと三日以内には読み書きはマスターできるだろ」


 よくやったなと褒めてくれるものの、しかし直後に「ぼうっと授業を受けて貰っても意味ねえし」と釘を刺してくる。


 そこからほんの少し不機嫌さを感じ取って再び平身低頭するが、彼は苦笑を浮かべて姿勢を元に戻させた。


「忘れねえよう、自発的に文字の練習しとけよ。後は街を歩く時に文字を探して読む、とか」


「分かった、ありがとう。文字の事もそうだけど、お前には色々貸しが出来ちまったな」


「なぁに、気にすんな。俺の“兄弟”を救ってくれたんだ、これくらいは恩返しだよ。何より俺は、お前よりも年上で、人生の先輩でもある」


 そう言って胸を張る少年の年頃は、どう見ても俺と同じくらい。だけれども、実際に彼の方が前世を含めれば十歳ほど年上である。


 「先輩は頼られて当然だ」と、見た目以外の何かを感じさせるサルティヌスの笑顔は、ミヌキウスを彷彿とさせた。無論、その顔立ちも、声も似てはいない。


 それでも、頼りになると思えたのだ。


「それじゃ、今後も遠慮なく頼りにさせて貰いますよ、サルティヌス先輩?」


「うむ。どんと来るが良い、ラウレウス後輩!」


 互いに破顔しながら、その右拳を突き合わせるのだった。





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