モンスターエフェクト②
◆◇◆
「――わりぃ、そっち行った!」
「任せろっ!」
甲高い、耳障りな悲鳴が幾つも聞こえる中で、アロイシウスの言葉に応じる。彼らとチームを組んでの初仕事である以上、いやがおうにも気合が入るのが自分でも分かるくらいだ。
人間よりは軽い程度の足音が複数している場所に目を向ければ、案の定木立の隙間から小さな子供みたいな影が五、六体くらい映る。
その正体は、矮猿。
粗末な石製のナイフ、槍、弓を持ち、追い立てられるように、逃げ惑う様にしてこちらへ駆けて来ていた。
そんな彼らは立ち塞がる俺を見て驚いた顔を見せたかと思ったのだが、次の瞬間にはこちらを舐め腐るように舌なめずりをする。
やはり、いつぞやコイツらに襲われた見たく、俺を殺しやすい恰好の獲物だと判断したのだろう。
実際、手に持つこの槍の扱いはまだまだ慣れ切れていないし、習熟しているとはとても言い難い。
それでも明確に舐められると言うのは、中々どうしてか癇に障るものである。
「……」
槍の穂先を先頭切る一頭に向けると、無言で駆け出す。
標的達の内一頭が何か鳴きながら矢を一射して来るが、元々粗末な上に木々も多い森の中では早々当たらない。
視界の奥でもう一射と矢を番えている様だが、その間に十分過ぎるほど集団との距離が詰まっていた。
『――!!』
言語とは思えない喧しい鳴き声を響かせながら、ナイフを逆手に飛び掛かろうとする一頭を、まずは長柄武器の有利を生かし、胸を串刺しにして絶命せしめる。
それをそのままに別の矮猿へ目掛けて縦に振り回せば、遠心力で一頭目の死体は大きく投げ出される。
一方で死体諸共振り回す事で勢いの付いた槍の穂先は、二頭目の頭をカチ割った。
「ッ……!」
六頭の群れから二頭を屠った結果として生じた中央の穴を一気に駆け抜け、状況の理解が追い付いていないらしい弓を持った三頭目の首筋を突く。
矮猿たちは、聞くに堪えない鳴き声を遺して息絶えた三頭目の仲間を見て、ようやく状況が理解出来たようだ。残りの三頭が、武器を振り上げながら一斉に襲い掛かって来る。
しかし、その動きは余りにも直線的で、牙猪に比べれば遥かに遅いもの。
槍を少し短く持ち、楽々と最も左端に居た四頭目を刺殺、そのまま右へと横薙ぐ。
そうすれば碌な考えも無しに突っ込んで来ていた残りの二頭も脇腹を強打され、無様に地面を転がっていた。
その隙を逃さず、一気に距離を詰めた俺は槍を逆手に持ち、脇腹の痛みに悶える二頭へ、それぞれ一撃で即死できる致命傷を与えているのだった。
最後の一頭に止めを刺し終われば、念のためもう一度六頭すべてが死んでいる事を確認する。
どれの胸を見てもいずれも呼吸はしておらず、ピクリとも動き出す気配が無い事を認めると、そこで漸く大きな息を吐き出した。
それから血糊に塗れた槍を一振りして払って、自分の装いに目を落とせば、やはり短剣を使っていた時よりは返り血を被っていない。この程度ならもう暫く洗わなくても大丈夫そうだ。
それに、短剣などで戦うよりも遥かに心理的に余裕が持てる。短槍という武器の選択に間違いはなかったとも思える。
穂先の刃毀れ有無なども確認し、装具の点検を一通り終えた頃、向こうから複数の、三人ほどの足音が聞こえて来た。
「アロイシウス、そっちは平気かよ?」
この呼びかけに、思ったよりも近くに居たらしい彼らはこちらを認めて足を止めていた。
三人とも疲労の色はそこまででも無いが、所々に浅い傷が見え、どうやらそれなりに苦労していたらしい。
腰に手を当てたアロイシウスは、安心した様に大きな溜息を吐きながら返事をする。
「ああ、大丈夫だ。それよりもお前の方こそ大丈夫かよ? 四頭くらい抜かせちまったけ……ど……」
「ん……あーらら、四頭じゃ無くて六頭だったか」
「こりゃ俺ら立つ瀬ねえな」
言葉途中で呆然と立ち尽くす彼に続き、他の二人――確かコンラドゥスとアドルフス――が、乾いた笑いを浮かべる。
「俺らにも魔法とか使えれば、クィントゥスに負けないくらいの戦果が出せるのかねえ。けど、魔法を使わねえクィントゥスでもこれだけの戦果だぜ」
「四人合計で十九頭仕留めて、内六頭が一人の手柄ってのは……」
「別に気にする事じゃ無いだろ。俺はそっちが追い込み切れなかったこぼれを狩っただけだし」
彼らの剥ぎ取りを手伝いながらそう返せば、丁度矮猿から妖石を取り出したらしいアロイシウスがジトっとした目を向けて来る。
「例えそうであってもお前の歳で、槍一本だけ使って六頭の矮猿を屠るとか、異常だからな? 普通の人間でも二、三頭くらい一度に相手すれば手が回らなくなるモンだ」
実際それで手が回らなくなって、殺されてしまう者も多いのだとか。
彼らの場合、三人で十三頭を相手にしたのだから、手数の多さなどを考えて、厄介さで言えばこちらよりも上かもしれないと思わないでもない。だが彼らの様子を見るに、それを言っても果たして慰めになるか怪しい。
「まぁ、これ以上は何言っても俺らが空しいだけだ。もうちょい奥行ってみるぞ」
必要部位全ての剥ぎ取りが終わり、死体を遺棄したまま更に森の奥へと進む。
今日アロイシウス達が受注した依頼は、“矮猿二十頭の討伐”、“牙栗鼠の毛皮五枚の納品”。
因みに後者の方は非常に簡単な依頼で、もう既に確保済みである。何せ、狩猟対象が牙を持つとはいえ栗鼠だから。
見つけるのは大変だったが、四人の中で弓の扱えるアドルフスが何発か外しながらも五頭仕留め、それを綺麗に剥ぎ取り今は俺の持つ袋の中である。
つまり依頼として残るは矮猿の狩猟、それも僅か一頭分だけ。
「何つーか、微妙な数を狩っちまったよな」
「あと一頭だけってのもなんか、二度手間感あるし」
気の抜けるようなコンラドゥスとアドルフスの会話を聞き流しながら、ついでに森の中に居るであろう大角鹿の姿を探す。
何故なら三日前、サルティヌスと約束したのだ。それを果たさないと気持ち的もモヤモヤするし、文字の読み書きを教えて貰えないかもしれないのだから、両方の為にも未達成で終わる訳には行かなかった。
他の三人にも話してあるので、見つければ協力してくれるだろうが、そもそも大角鹿が見つからない。
「……お、見っけ!」
先頭を切っていたアロイシウスの言葉に、弾かれる様にしてその視線の先へ目を向ける。
ひょっとして、と一瞬で期待の膨らんだ目で見た先に居たのは、灰緑色の体毛をした矮猿だった。
――これは好機。
その場に居た誰もがそう思ったのも、束の間。
直後に発覚した事態を察した俺達は一様に顔を青くしていた。
「……おいおい、数が多過ぎねえか?」
「五十、いやそれ以上っぽい。あれはヤバいぞ」
「よし逃げろぉぉぉぉぉぉおっ!!」
コンラドゥス、アドルフス、アロイシウス。
巣から湧き出る蟻の如く、わらわらと森の奥から姿を現す矮猿を前に、もはやそれ以上呆然としている暇など無かった。
全員が踵を返し、歯を食い縛って全力で遁走する。
一頭一頭は然程強くなくとも、あれだけの数が相手では一つを倒す間にこちらが殺されてしまうだろう。
それだけ、数の暴力は理不尽で脅威的で、見ただけ恐怖を与えてくれるのだ。
「何だよあの数!? 気持ち悪っ!!」
チラリと後ろを振り返り、目にした濁流のようなそれらに率直な感想が飛び出す。
しかしそんな中にあってふと覚える、違和感。
それは、彼らが攻撃してくる気配が一向にない事。
少し見ただけでも弓を手にした矮猿が居るのが分かるのに、未だに一矢も飛んで来る気配が無い。
ただ単に下手糞なのかもしれないが、それにしても変だ。
人間や獲物を発見すると、喧しい声をあげる事が多いのに――。まるで何かに怯えている様に、一目散に逃げているかの如く思えた。
そしてそれは他の三人も同様に思い至ったのか、皆チラチラと背後に目を向けている。
「右に曲がる、続け!」
先頭を走るアロイシウスの言葉に、全員が返事はしなかったものの確かに続く。一人一人が彼の曲がった辺りで手頃な木の幹に手を引っ掛け、ぐるりと方向転換したのだ。
もっとも、それで気を抜く訳には行かず、尚も駆け続ける。
すると先程までこの鼓膜を揺らしていた多くの足音と鳴き声が遠退き始め、そこに至って全員が足を止める。
「……撒いた?」
「いや、元から追われちゃいなかったんだろ」
「連中の進路に俺らが居ただけって感じか」
既に小柄な矮猿たちの姿は木々の影に隠れて碌に見えず、微かに甲高い悲鳴が聞こえる程度。
その様子を確認して安堵した様に脱力する三人は座り込んだり、仰向けに倒れ込んだりと一気に緊張を弛緩させていた。
そんな彼らに、森を歩いてきた身としては忠告の一つでもしてやりたかったが、近くに脅威が無さそうなので何も言わず休ませておく。
何より、彼らだって狩猟者だ。森の中の危険くらいは知っているだろう。
「少し、向こうの様子を見て来る」
「ん? ああ、気を付けてな」
アロイシウスに断りを入れ、矮猿の集団が走り去った辺りへ戻ってみる。
その場所は大量の足跡が残っており、すぐに見つける事が容易であったが、その痕跡の中にふと気になるものを見つけていた。
それは、血痕。
足跡のように、点々と多くの血痕が確認できたのだ。
矮猿らに一体何が起こったのか気にならずには居られないが、余り遠くへ行って仲間と逸れる訳にも行かない。
故にこの辺りを少し調べたら戻ろうと思った、その時。
『――』
甲高い、けれど苦しそうで弱々しい鳴き声が鼓膜を揺らした。
ハッとしてそちらへ目を向けると、そこには全身に裂傷を負ってズタズタな体の矮猿が、ふらつく足取りで歩いていた。
噛み痕のようなものも散見され、右腕は欠損、右脚も肉塊と化しており、口や鼻だけでなく各所の傷から止めどなく血が流れている。
その姿は流石に妖魎とは言え同情を誘うものであり、また衝撃的な光景を前に俺は茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。
恐らく、先程走り去った集団から逸れたのだろう、これだけの重傷、致命傷では移動に遅れるのは仕方の無い事だが、それでも尚これは生きる事を諦めてはいないようだ。
生きようと藻掻いて、足掻いている。
痛いだろうに、苦しいだろうに、それはゆっくりと歩き続け、そして唐突に倒れた。
目には涙らしきものを浮かべ、まだ辛うじて手の形を保っている左腕を足跡の続く方へ向け、何かを懇願するようにか弱い鳴き声を上げ……そうして、事切れた。
ピクリとも動かなくなった死体へ歩み寄り、それへ視線を落とした後で、個体の来た道を見遣る。
「……この奥で、何が?」
一体これが何を意味するのか分からないが、それでも恐ろしい何かがこの森の中に居るような、そんな気がした。
「おーいクィントゥス、お前いつまでそっち……に、いる……何じゃこりゃ!? ズタボロじゃねえか!」
気付けば長い事この場に佇んでいたらしく、待ちきれなくなったのかアロイシウス達がやって来て、そして一頭の屍を前に絶句していた。
次いで視線だけで「お前がやったのか?」と問うて来ていたが、即座に首を横に振る事で否定する。
「にしても惨たらしい死体だな。一体何と遭遇したらこんな事になるんだ……。まぁいい、妖石だけ剥ぎ取っちまおう」
顔を顰めながら剥ぎ取り用のナイフを取り出したアロイシウスは、死体に歯を突き立てて手際よく剥ぎ取っていく。
それによって必要な討伐数を満たしたとして、全員一致で街への帰途に就いた、のだが。
そこでまた違う死体を発見していた。
「……“大角鹿”」
「コイツが? 随分デカい」
死体を見下ろしながら口だけを動かすアロイシウスへ確認を取りながら、それをまじまじと見つめる。
最大の特徴と言われる巨大な角は所々折れているものの健在で、しかしその腸は乱雑に食い荒らされていた。
食われてからどれ程の時間が経ったのか定かではないが、恐らくもう既に一日以上は経過しているだろう、とアロイシウスが言う。
その死体は先程の矮猿のように全身ズタボロで、死体となった直後の惨たらしさを想像させていた。
やはりこれは只事では無いかも知れない――そう思いながらも、俺は一つの頼みごとを口にしていた。
「アロイシウス、コイツの角だけでも剥ぎ取れない?」
「マジで? ……まぁそれだけなら良いけどよ、流石に妖石は御免被るぜ。ってかこの食い荒らされ様じゃ残ってねえかも知らんけど」
漂う死臭、腐臭に全員が顔を顰める中、彼は頼みをほんの少し渋りながらも承諾してくれていたのだった。
◆◇◆
「これを……こうして、こう?」
「違う違う、それじゃ“クィンテス”になってる」
「うっ……」
「難しく考えなくても文字と文字を組み合わせれば良いだけだし……ってその綴りだと“クィントス”だよ。グラエキア語ならそれでもいいみたいだけど」
そう言いながらサルティヌスが木の枝で、地面に手本をさらさらと書いていく。
それを見てもう一度書いてみれば、漸く彼から合格の言葉を頂く事が出来た。
既に、“大角鹿の角”を組合へ納品して四日。
納品を今か今かと待って居たサルティヌスは、それを確認するや涙を流して喜び、アロイシウス達にも一人一人礼を述べて角を持て帰って行った。
その背中を見送りながらアロイシウスからは『文字を教える約束を反故にされるのでは』と言われていたが、果たしてサルティヌスは約束を履行してくれた。
あの角には栄養が多いらしく、それもあってか病気だった仲間たちは無事快方に向かっているのだそう。
なので一昨日、彼と会った際には重ねて礼を言われ、そのまま今日の夕方も都市内にある砂の露出した道で文字を教わっている次第である。
そこそこ大きい路地なので隅っこに居れば通行人の迷惑にならず、ただこんな往来で文字の練習をしていると流石に目立つのでちょっぴり居心地が悪い。
もっとも、だからと言って折角の機会を無駄にする気も無いので、もはや諦めているのだが。
「“レメディア”、“ラウレウス”……段々書けるようになってきてんじゃん。ところでこの二つの名前ってクィントゥスの知り合い?」
「えっ……ああ、まぁな」
文字の練習も兼ねて人の名前を書いていけば、不意に投げ掛けられたその質問で思わず手を止めていた。
だが、そんな事に気付く気配のない彼はそのまま指導を続けていく。
「基本的に発音通り書けばいいだけだし、後は追々学んで行けば大丈夫。クィントゥスは覚えが良いなぁ」
「慣れればある程度は出来るさ。けどまだ、お前みたくサラサラとは書けないよ」
「はは、そりゃ伊達に文字読む仕事してないからよ。文字はあんまり書いた事無いけど、もう四年もやってれば」
少なくとも一般的な生活を送るには充分な知識があるから任せろ、と彼は胸を張る。
「じゃあ、一回長文を書き取ってみるか。この辺じゃ有名な詩だし、ゆっくり言うから焦らなくて良いからな」
「おう、バッチ来い」
地面に書いてあった文字を全て消し、屈むといつでもかける準備を整える。
そして互いに目を合わせ、サルティヌスの語りが始まった。
悪魔。それは天に、神に仇なす者。
つまり、神に従う我らを害する者。
例えば我らに従わぬ精霊。例えば白儿。特に前者であればユピテルを、後者であればラルスを。
神の思し召しに逆らったそれらは等しく罰を与えられ、正義は為された。
しかし、その罰を逃れた不届き者が居る。
“白儿”を滅ぼせ。塵殺せよ。殺し尽くせ。
タルクナを逃れし奴らの、悪魔の民族の後裔を生かしておくな。あれらは獣。憎き我らの仇、故に人で非ず。
讃えよ、英雄を。崇めよ、神を。
正義は我らにあるのだから。
「……なぁサルティヌス、これって」
「ああ、有名な聖職者の書いた本の一節だ。ここじゃあ天神教の司祭が居れば、耳にタコが出来る程聞かされるぜ? 血生臭い話だけどなぁ」
そんな彼の言葉を聞き流しつつ所々誤字の目立つ自分が書いた文章を見返し、全て書き切った事に安堵していた。
しかし一方で、これを目にして自分の気分は余り良いものでなかった。
「お前も、“白儿”を悪魔だって言うんだな」
「そりゃあな。残虐非道の精霊ユピテルと、白儿のラルス! そしてそれを破って見せたクロディウス・コクレスとその仲間。あの逸話が本当なら、悪魔ってのは強ち間違いでも無いんじゃねえの? ひょっとしてクィントゥスは違う?」
怪訝そうな顔をして覗き込んで来るサルティヌスに、「いや」とか「まぁ」と言った適当な返事しか出来なかった。
そんな鈍い反応に何か引っかかる事があったのか、更に重ねて質問が飛んで来たが、全て適当にはぐらかすと「用事がある」と言ってすぐにその場から離脱する。
また明日、と告げて来る彼に手を振り返し、雑踏に紛れて俯きながら歩く。
そのせいか擦れ違う人と何度か接触してしまっていたが、今はそんな事などどうでも良くなっていた。
もう何人目だか分からない通行人との接触と、去り際に聞こえて来る聞えよがしな舌打ち。
「……クソ」
ふと、足が止まる。
後ろを歩いていた市民は迷惑そうに避けて行くが、それに一切構わず空を見上げた。
三、四階の建物が並び、狭く感じる夕方の空に浮かぶ雲は赤く染まっている。
「本当にどこまで行っても、白儿の居場所は何処にもねえのかよ……?」
そんな呟きは他の誰の耳にも届く事は無く、空しく雑踏の中に溶けていった――。
◆◇◆
『――』
誰かが、誰かを呼んでいる。
いいや、誰かではない。呼ばれているのは俺だ。
机に突っ伏した姿勢のまま寝ていたらしいのだが瞼を開けて上体を起こせば、そこには麗奈が居た。
そんな彼女の背後では何かを面白がっている様な二人の少年――興佑とアレンが居り、皆制服を着ている。
何か言いながら麗奈が椅子に腰かけて対面する形になると、彼女は頬杖をつきながらこちらに話しかけて来る。
それに、いつもの様に俺は答え、互いに笑う。
アレンと興佑も加わり、今度は四人で何事か話し続けていく。
声は無いけれど、この光景を前に抱くのは懐かしさ。
楽しそうな彼らの様子を見て、やはりグラヌム村での暮らしを回顧せずには居られない。
貧しいけれど、それでも温かった暮らし。
あそこには確かに、俺の居場所があったのだ。
戻れるものなら戻りたい。戻してくれるのなら戻して欲しい。
何が神だ。
神とやらは俺達に何かしてくれたのか? いいや、歓迎すべき事など何も無かった。
疫病を流行らせ多くの人を殺し、苦しい生活を強要し、極め付けは俺を悪魔と呼ばせた。
前世に至っては、俺を含めて多くの人々を死に追いやった。
優しいとか言って慈悲なんて欠片もないじゃないか、馬鹿馬鹿しい。
やはり神なんて居ない。糞喰らえ。
村に住んでいる頃から分かっていた事だけれど、自分から進んで厄災を齎すような存在が居てたまるか。
冗談じゃない。
『――』
不意にアレンが腹を抱えながら俺の肩を叩き、俺もまた同様に笑う。
それが今世の雰囲気と重なり、何とも言えない寂しさを込み上げさせた。
一人で居る事の辛さを、より一層強く感じさせていたのだ。
友達が、腹を割って話し、笑い合える存在が羨ましい、欲しい。
けれども自分は悪魔と呼ばれていて、姿を明かせばここに来るまでに出会ったロティア・タリア母子のように掌を返される事は間違いないだろう。
あの時は最初金に目が眩んだらしかったのに、俺が白儿だと分かった途端、それまで微かに窺えた申し訳なさすら消え去っていたのだ。
まるで、丁度良い大義名分を得たとでも言うかのように。
そんなものを目にすれば当然、他人など信用できよう筈も無かった。
やっぱり、この世界では理解者は居ないのではないか。もしかすればミヌキウス達ですら何かしら利己的な狙いがあったのではないかと、勘繰ってしまう。
今のこの世界では誰かと、友達と成れる事は無いのではないか。親しい人は作ってはいけないのではないか。
しかし、かつての記憶を見て、その結論をすぐに実行に移す事など出来る気がしなかった。
俺を含め、他の三人が何を言っているのか分からない筈なのに、それでも楽しそうで。彼らがどうしても羨ましくて、自分もまた再びあんな風になれたらいいのにと思ってしまうのだ。
理屈では分かっている。これ以上人と関わらないのが正解であると。
でも、前世やグラヌム村での暮らしは楽しかった。後者である今世は生活がとても厳しかったけれど、それでも温かかったのだ。
人と関わる、関わろうとする事の何がいけないと言うのだ――。
危険だと告げる一つの思考を、俺は強引に捨て去って――。
「……最近、暑いなぁ」
気付けば夢は終わり、思考も止めて見慣れた宿の天井を眺めていた。
そうして、どれくらい経っただろうか。
トントンと、部屋の扉を誰かが叩く。
「誰ですか?」
「アロイシウスだ。クィントゥス、もう今日の集合時間過ぎてるぞ」
「えっ……あ、すまん! すぐ行く!!」
特に気分を害した様子もないアロイシウスの声を聞きながら、俺は寝坊していた事実にかなり焦らされていたのだった。




