僕は夢を見る②
◆◇◆
金を稼ぐには何が適しているか?
その答えは金を欲する本人による、と言えよう。
この辺では搾取される小作農民は論外として、考えられるのは各種職人となる事、商人となる事、それらの従業員となる事。
俺が道行く人から話を集め、多くの選択肢を知った結果として最も手っ取り早く稼げると判断したのは、“安く手に入れた素材を高く売り払う事”だった。
ただし、それには都市へ向かう必要があった訳で――。
「……」
道中にあった村の馬小屋で一泊し、翌日の昼前に辿り着いた都市・ボニシアカ。
堅固な城壁に囲まれたこの都市は、その外側にも幾つかの大きな建物が立ち並んでおり、生まれて初めて至近距離で見た巨大な建築物の量にはただ圧倒されるしかなかった。
そして何より、今まで見て来たどんな場所よりも人が多い。それ故に騒がしいと言ったらありはしないし、見る限り様々な服装の人々が見て取れた。
それを田舎者丸出しで辺りを見渡しつつ、多くの人が並んでいる列の一つに続いていく。
「――新規でここへ来た者には入市税を取る。金はあるか? 無ければここから先へ行く事は許可できんぞ」
「あ、はい。幾らです?」
「五百Tだ。払えるのか、小僧?」
予め用意していた包みから大銅貨を二枚取り出し、意外そうな顔を見せる衛兵の手に乗せてやる。すると、衛兵は分かりやすく動揺を見せていたのだった。
「これで大丈夫ですか?」
「あ、ああ。それじゃあコイツを渡してやる。今後ボニシアカを出入りする際に提示してくれれば、入市税を払わずに済むからな」
子供から慣れた様子で貨幣を差し出された事に驚きを隠せない様子で居る衛兵から渡されたのは、青色の彩色を施された首飾りであった。見た感じ特殊なものである様には感じられなかったのだが、それでも衛兵がそう言うのであればそうなのだろう。
「因みに、この辺でお勧めの宿ってあります?」
ついでに金をチラつかせながら、衛兵へと質問を向ける。
すると、微かに口端を吊り上げた彼はわざとらしく兜を撫でながら応えてくれた。
「あー、お勧めってのはどういう意味でだ? 安いのか、高いのか」
「安くても良いので、最低限の安全と雨風が凌げれば」
言いながら、外套の袖の匂いを嗅いでみる。既に血生臭さと汚れはある程度消えているものの、それでもまだ血が付いている様な気がして着心地が悪い。
別にそれはまだ我慢できるから良いのだが、何より落とし切れなかった血糊が目立って仕方がない。
旅人なども含め、時折その血を見ながらあちこちで声が聞こえて来るのだから。
そしてそれは衛兵も同様だったのか、こちらの質問に答えつつ質問も添えて返して来ていた。
「安宿でお勧めってなると門を潜って直ぐにある宿屋一帯だな。と言うかお前のその血、一体何処で付いたんだ? まさか人を殺したとか言わねえだろうな?」
人を殺して来た、という言葉に僅かばかり肩が跳ねてしまいそうになったが、それでも悟られないように努める。
「……人な訳無いでしょ、矮猿の血ですよ。一昨日、街道に出る前の細い道で五体に襲われたんで、そのまま狩ったんです」
「へえ、子供のお前一人で? そりゃすげえ、その様子じゃこの辺は初めて来たんだろ? 狩猟者でもやってんの?」
大層驚いて見せる彼に、そこまでの反応を見せる程でも無い筈だと思うものの、周囲に居た人たちも感心したように声を漏らしていた。
中には「でたらめ」とか「他人の手柄を横取りにした」などと言った声が聞こえ、不愉快さで顔を顰めかけたが、あくまでも平静を装って衛兵と会話を続ける。
「いえ、ただ運が良かっただけです。別に俺、狩猟者でも無いし、大した実力も無いですから」
ミヌキウスやその仲間の実力を一度でも目にして置けば、矮猿を数体屠った程度で思い上がる様な気持ちなど全く霧散してしまえる。
それ程にまで、彼らの実力は圧倒的に思えたのだ。
「ありゃ、勿体ねえな。じゃあ、矮猿の剥ぎ取りとかしてなかったりする?」
「……剥ぎ取り? 何か使える部位でも?」
思ってもみなかったその単語に、思わず復唱しながら首を傾げてしまう。
周囲からはこの呟きを聞いて嘲笑や残念そうな声が聞こえて来ていたが、それらに一瞥もやらずに視線だけで衛兵にその解説を求めてみれば。
「ああ、矮猿だけじゃないんだが、妖魎に分類される奴は体内に妖石ってモンを持ってる。流石にそいつの用途が沢山あるのは知ってるだろ?」
「……」
農村で貧乏な暮らしをして居た身としては、正直言って知らない。だが、尚も話を続けようとする彼に悪いと思ったので、曖昧に頷きつつ先を促した。
「他にも、矮猿以外なら妖石とは別に素材も剥ぎ取れる。それは歯だったり毛皮だったり色々あるんだが、ものによっちゃ相当な稼ぎになるんだぜ」
「あ、じゃあちょっと良いですか?」
滔々と、澱みなくそこまで語り終えた彼に、ならばと袋に入っていた牙猪の牙が入った包みを取り出す。
保存の関係で昨日の夜、朝で肉は焼いて食べてしまったが、何かに使えるかもしれないと剥ぎ取って置いた牙が二本あるのだ。価値がどうのこうのと言うのであれば、ひょっとすればこの牙にも値が付くかもしれない。
「これ剥ぎ取ったヤツなんですけど、幾らくらいの値段付きますかね? 今ちょっと、路銀が不安でして……」
「おいおい、それ魔拡袋だろ? 随分と高価なモンじゃねえか。何で持ってんだ?」
「ま、まぁ、貰い物ですよ。それより、これが幾らの値が付くか分かります?」
袋の見た目からは想像できない大きさのものが取り出され、目を剥く衛兵。
しかしまさかこの袋を貰った事情を一から説明する訳にも行かず、彼の問いを愛想笑いで誤魔化しながら、もう一度問い掛けてみる。
彼もそれにつられた様で、先程の質問を蒸し返す事はせずに、俺が手に持つ一本の牙へと目を向けた。その目は真剣そのもので、何かがあるのか同様に周囲の耳目もこの両手に集まって行く。
「……この牙、念のために訊くが何から剥ぎ取った?」
「牙猪です。昨日いきなり襲われて、危うく死に掛けましたけどね」
「ひ、一人で狩ったのか? お前が? 言っとくがその牙が本物なら、そこそこボロい儲けになるぞ」
信じられないと、牙を手に持つ俺をまじまじと見つめる衛兵に居心地の悪さを感じて、思わず空いている方の手でフードを深く被り直す。
そんな俺をジッと見つめていた衛兵は、しかし一度息を吐き出すとその視線を緩めた。
「まぁいい。それが嘘であれ本当であれ、お上り丸出しのお前が犯罪者である様には思えないからな。ただし、何か訳アリのようにも思えるから、顔だけ見せてくれねえか? 犯罪者かどうかだけは確認させてくれ」
「っ!」
最後に放たれたその言葉に、心臓が跳ねた。
下手に顔を見せて、それで自分の正体が見破られてしまったらどうしようと、思ってしまったのだ。
だが、今ここで逃げ出しては明らかに不自然で、自分からやましい事がありますよと言っているようなものである。
おまけに周囲には多くの人が居り、とても逃げ果せる様には思えない。無関係な人に被害を与えても良いのならまだ手はあるものの、そんなものは取りたくないのだ。
「どうしてもですか?」
「ああ、どうしてもだ。牙猪の素材を持つ子供なんて、ちょっと怪しいと思うだろ? そうじゃ無ければもうとっくに通してたんだけどなぁ」
どうにか口を動かして食い下がるが、衛兵は素っ気ない。
仮に衛兵の言う通りにフードを外しても、結局のところ自分の正体を露見させるだけ。
もはや、八方塞がりであった。
呼吸が僅かに浅くなり、心臓が早鐘を打つ。そんな中で停止しそうになる思考を必死に巡らせ、冷静になれと己に言い聞かせる。
「どうした、大丈夫か?」
「……ええ、気にしないで下さい」
震えそうになる喉を押さえ込み、緩慢な動作で顔を上げると、俺は彼と目を合わせる。
それっきり、じっくり三秒ほど経っただろうか。
「いや、早くフード取れよっ」
「あ……っ!?」
痺れを切らしたのか、苦笑を浮かべた彼に寄って強引にフードを剥ぎ取られてしまった。
それは余りにも急で、咄嗟の事で、どうする事も出来ないで呆気に取られてしまっているのを他所に、衛兵はまじまじとこの目を見つめて来る。
途端、体が緊張を思い出したように手掌からじっとりとした汗が湧き、腕や背中には鳥肌が立つ。
けれど、叫びたくなるのを必死に堪えて、何でもない風に不動の体勢を貫く。
「……」
この紅い双眸が、白い肌が、どうか目立たないようにと、気付かれないようにと念じながら、表面上は冷静であろうと努めていたのだ。
息をするのすら億劫に感じられる中で固唾を飲み、数時間にも思える数秒の後にようやく衛兵が口を開く。
「おい、お前」
「……はい、何でしょう?」
短く区切って声を掛けられた事で、緊張はこれまでにないほど高まる。もう喉はカラカラで、どうにか返した言葉は何処かしゃがれていたかもしれない。
視界が揺れる様に感じられるほど心臓は強烈な拍動を刻み、平静を装うために外套の袖へ隠している腕は、震えが止まらなかった。
そんな心の事など噯も出さぬように直立不動、衛兵に向けた目も一切逸らさずに彼の続きを待つ。
頼む、どうにか、ここを――。
瞑りたくなる目を開いたまま、緊張のせいか定まらない思考の中で願ったそれは、果たして。
「酷ぇな、砂埃塗れじゃねえか。まぁ案の定、犯罪者の特徴とも合わんし、入って良いぞ。それと、その牙を売るなら鍛冶とか装飾、後は行商人がお勧めだ。その辺は好きに選べ」
「ありがとう、ございます」
「おう、良いって事よ」
果たして俺は、賭けに勝った。半ば賭博に引き摺りだされたようなものでもあったが、だからこそ助かった事実に対する喜びは一入だ。
どうやらここ最近服以外の汚れを余り落とせなかったことが良かったのか、旅人らしく草臥れた姿のせいで白髪などが見抜かれなかったらしい。
昨日出会った橋の兵士に比べたら数段人当たりの好い対応をしてくれた彼に礼を述べ、いつも情報提供者に払う謝礼に少し色を付ける。同時にほっと胸を撫で下ろし、城門を潜っていた。
「これが大都市……っ!」
そこに広がっていたのは、文字通り所狭しと立ち並ぶ石造建築物と、多くの人々の姿。
城門を潜る前の時点で既にグラヌム村を圧倒するような建築物の大きさと人の数だったのに、それをも上回る光景があったのだ。
「……すげえ」
思わず漏れる、感嘆の言葉。生まれて初めてやって来て目にした石造大都市と言うものは、その全てが新鮮に映って見える事しかなかった。
もっとも、気儘に都市内を散策していけば多くの孤児や浮浪者、放置された死体や糞尿などと言ったものを見る機会は非常に多かったのだが。
勿論それですらも日本や今世の村では見る事の出来ない光景の一つであり、住んでいる人の多さと言うものを漠然と実感させてくれる。
特に前世の大都市では、広大かつ無機質で無感情な建物が多かった為、身近にどれほど多くに人が犇めいているのか、理解は出来ても実感できない。
だから、これ程まで分かり易く多くの人間が生活を営んでいると言うのが、特に大きな驚きだった。
「……」
多くの人が、建物が犇めき合う中で、どれくらい石畳の路を歩いただろうか。
日も高く照り付ける中でいい加減宿を探さなくてはと思い至るのだが、そもそも文字が読めないので宿の探しようがない。
仕方が無いので道行く人を捕まえて片端から聞いてみるのだが、ある人は無視し、ある人は嫌悪の視線を向けて避け、ある人は強引に金銭を要求してくる始末。
最後の者は武器までチラつかせて来るほどだったが、妖魎と戦う様に、こちらから先制して気絶させた。
「俺がガキだからって油断したな」
場所は人目に付かない裏路地で、そんな場所だったからこそ脅しを掛けられたのだろう。
かと言って大通りでは、子供に構っている暇は無いと言わんばかりに、誰もが無視するか避けて通る。
万策尽きたと途方に暮れ、薄暗い路地の壁に寄り掛かって天を仰ぐしかなかった。
客観的に自分を見て見れば、城門で衛兵が言った様に、血と砂埃で汚れた外套を纏った子供なのだ。そんな奇怪な格好をしていれば当然人も寄り付き難いだろうし、自分もそっち側なら寄って欲しくはない。
しかしだからと身綺麗にしてしまった場合には、折角汚れてくすんだ肌や髪の地色が出てしまう訳であり、そんな危険を到底許容できる訳が無かった。
「もう、金は余りねえんだけどなぁ……」
背に腹は代えられない。情報を得る為にはやはり対価を支払う必要があるのだろう。「情報はなるべく買え」と、道中で出会った商人も言っていたくらいだ。
金を得る為に金を支払うとはこれ如何にと思いつつ、包みから百Tの価値を持つ中銅貨を取り出して、手頃な市民へ話しかけていたのだった。
◆◇◆
「いらっしゃい……って、何だ子供か。金はあるんだろうな?」
丁度良い価格帯の宿屋の場所を訊ね、行き着いた先では、俺が入口へ入って直ぐにそんな言葉が飛んで来た。
もっとも、こちらとしては泊まる金はあるので退散する気など毛頭ないのである。
ただ、困った事にどうやって宿泊できるのか分からない。宿の主人らしい人物に告げれば良いのだろうが、この世界で買い物を殆どやって来なかった身としては、この先どうすれば良いのか知らない。
「あのー、ここで泊まりたいんですけど、良いですか?」
取り敢えず、建物内を見渡しながら店主らしい人物へ要件を告げてみる。
すると興味を持たれたのか、酒場らしいこの一階部分で飲んでいた複数人の耳目が一斉に集まり、主人は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
どうやら子供の見た目で、冷やかしでも何でもなく本気だと言われた事に少し驚いたらしい。
「さっきも言ったが、金はあるんだろうな?」
「はい。一泊五百Tですよね? 取り敢えず七日ほど泊めて貰えませんか?」
じゃらり、と音を立てて三枚の小銀貨と一枚の大銅貨を取り出し、掌で広げて見せる。
すると不愛想だった顔の、その眉がピクリと動き「見せてみろ」と右手でカウンターを指差していた。
その様子に、素っ気ないながらもどうやら泊める気はあるらしいと見て、主人の下へ歩み寄るとそこへ金を置く。
「……」
それを指で抓み確認していた主人は、それらが全て本物である事を認めると回収し、「七日間の宿泊で良いんだな」と念を押してくる。
「ついでに言うとこの料金は素泊まりだ。飯や体を拭く湯を頼むなら別途料金が掛かる」
「知ってます。さっき案内してくれた人から聞きましたから」
ついでに言えば計算が出来ない事に気付かれると、宿の主人からぼったくられてしまうとも聞いている。
だが、敢えてここでいう事はしない。
下手に藪は突かないに越したことは無いのだ。
「なら良い。後になってから文句を言われても困るからな。部屋に案内しよう、ついて来い」
相変わらず不愛想な態度でそれだけ言うと、彼は踵を返して二階へと続く階段を上っていく。
それに続いて階段を上るのだが、生まれて初めてやって来た、宿屋と言うものは非常に新鮮であるように感じた。
特に、一階部分がどう見てもただの酒場にしか見えず、案内された場所を覗き込んだ際には揶揄われたと思ったくらいである。
それこそ前に住んでいた村にも酒場と言うものは利用した事は無かったが存在していたし、その雰囲気と全く似た様なものだったのだ。
それが階段を上ってしまえば打って変わってひたすら個室が広がり、三階へ上っても同様であった。
俺があちこちを見ている事もあって、お互いに無言のまま三階の突き当りの部屋の前まで来た時、主人の足は止まる。
「……三〇八号室、ここがお前の泊まる部屋だ。文句は無いか?」
「ええ、安全に泊れればそれで」
扉を開けて促されるように室内を確認すれば、その部屋はかつて生活していたグラヌム村の家よりも、遥かに狭いが上等であった。
まず床が地面の剥き出しでは無く板がある事。これは複数階建てであるのだから当然とも言えるが、それらの木材に腐った箇所が無いし、天井から雨漏りした形跡がないのも驚くには充分であった。
「すげえ、壁に大きな穴が開いてない……!」
「お前は何基準でウチの宿を判定してんだ」
思わず感動してしまっていたが、背後に立っていた主人からは甚だ不本意そうな声で咎められてしまう。
その言葉ですぐに感動から引き戻され、振り返って直ぐに謝罪。同時に大銅貨を一枚渡せば、「気にしていない」と手を軽く振った彼が言葉を続ける。
「さて、これで宿泊契約が成立した訳だ。宿泊者を管理する為にも、お前の名前を教えてくれ。ああ、別に偽名でも構わないぞ。誰が泊っているか分かれば良いんでな」
「え……あ、じゃあクィントゥスでお願いします」
「クィントゥス、だな? 承知した、台帳にはそう記しておこう」
「お願いします。それと、宿を利用する際の注意事項って、他にあります?」
思わずグラヌム村に住んでいた頃の同居者の名を口にしてしまっていたが、そもそもそれを指摘できる者はこの場だと自分以外には居ないのだ。
気にするのも馬鹿らしいと、この懸念を心内で一蹴しつつ、宿の主人へと今度は質問する。
先程謝罪の意味も含めて大銅貨、つまり五百Tを追加で払ったのだ、少しくらいこの辺の明示されない注意事項を知っても罰は当たるまい。
「ああそういう事なら一応言っておくんだが、この宿には鍵なんて上等なモンは無い。寝る際は内側の閂を使えば良いが、部屋を空ける時には気を付けろ。他にもこの宿について分からない事があれば随時聞こう」
「態々有り難うございます。親切ついでに素材とか買い取ってくれる場所も教えてくれません?」
「……宿に関係ないことを更に教えろと? それは既に払った分だと釣り合わないな」
そう言う彼は、微かに口端を吊り上げている。
そんな様子に何を求めているのかをすぐに察し、同様の微笑で返しながら再び懐に手を伸ばすのだった。
◆◇◆
まだまだ日の高い、昼下がり。
ボニシアカの街を通る大通りの一角は多くの店が立ち並び、多くの人々が行き交っていた。
商店は一階部分が店のそれであり、二階以上は居住区になっている様で三階、四階とどれも背の高い建物が犇めき合って見えるので、街の中は殊更窮屈に感じるものである。
しかし、それでも田舎者たる自分からすれば真新しい事この上なく、キョロキョロと彼方此方を見渡しながら人混みの中を歩いて行き、そして特徴的な模様の描かれた看板を見つける。
「あのー、ここってゲヌキウス商店で合ってますか?」
「そうだけど……何か入用かな、ボウヤ?」
唐突に話し掛けられ、店員らしき人物は戸惑ったように、窺うようにこちらを見、それでも笑みを浮かべて対応してくれる。
もっとも、それでもぎこちなさが出てしまっていたが、受付の彼からしてみれば血と埃に汚れたブカブカな外套を纏った子供に話し掛けられたのだから仕方ないだろう。
もはやこれについては気にしない事にして、それでいて眼や肌の色などが極力人目に触れないよう注意しつつ、俺は要件を伝える。
「買い取りお願いできます?」
「買い取り? じゃあ、ちょっと待っててくれ」
先程の宿とは天と地ほど接客に差のある従業員の言葉に従い、頷くと店の入り口で立って待つ。
その間にも街並みに見入り、キョロキョロと辺りを見回しているのだが、ここの活気は城門の前をも遥かに超えている様に思えた。
ふと、そよ風が頬を撫でる。
村や街道を歩いていても嗅いだことのない匂いが運ばれ、様々なものが混ざり合ったようなそれが鼻腔を満たす。
これが“都市”なのかと、建物のせいで狭く感じる空を見上げながら、何度目かの長い息を吐いていた。
「お待たせ、じゃあついて来てくれ」
尚もこちらの出で立ちをチラチラと見て来るが、それでも一応しっかり仕事をしてくれているらしい彼の先導を受けて建物の中へ。
外の大通りが石畳で舗装されていたというのに、ここの床は乾いた土が剥き出しとなっており、乱暴に動こうものなら砂埃が立ちそうなものであった。
もっともその辺は村でも同じだったわけで、すぐに興味はなくしたのだが。
それよりも気になったのは店の一階部分の半分を占めようかという、陳列された商品の数々である。
「いらっしゃい、買い取りだったな。俺が鑑定してやる、見せてみろ」
幾つかあるカウンターの内の一つに案内され、向こう側に腰掛けた壮年の男がそう言った。
彼へ首肯で返した俺は、腰の袋から二本の牙を取り出すとカウンターの上に置く。
するとそれを見てピクリと眉根を動かした男は緩慢な動作で一つを手に取った。そして一つ息を吐き出すと正面に立つ俺を見据える。
「こいつは、牙猪の牙だな? 何処で狩った? まさかお前が狩ったのか?」
「ええ、ここに来る途中で偶々。それで、どうです?」
「あ、ああ……どちらも牙自体に大した傷は無いが、ちと剥ぎ取りが雑だな。お前さん、狩猟者になりたての新人だったり?」
部屋の明かりに照らしてどうやら傷などを見て居るらしい彼の問いかけに、俺は首を横に振る。すると彼は、意外そうな顔をして鑑定する手を止めていた。
それから更に数度の質問を受けては答えるを繰り返した後、いよいよ本題だと言わんばかりに持っていた牙をカウンターに置くと、彼は口を開いた。
「この両方で合計五千Tだな。文句が無ければこれで商談は成立だ」
「分かりました、ではそれで」
「んじゃこれがその代金だ、確認してくれ」
その言葉と共にカウンターの上へ置かれた四枚の小銀貨。それを手に取って確かにある事を認めると、鑑定士の男を見遣る。
「……これで商談は終わりだ。今後もウチの店を贔屓にしてくれな」
「ええ、分かりました。それと最後に一つ質問なんですけど……」
何だ、とこちらを見る彼へ一枚の中銅貨を渡しながら、今度はこちらが幾らかの質問をぶつけていた。




