第五話 最終回STORY⑦
『――見つけたぞ。ここに居たのか』
「この声って……」
「フウ、だと?」
どこからともなく降り注ぐ物々しい声につられ、俺達もサトゥルヌスも、曇天を見上げる。
だけど何処にも誰の姿も見当たらなくて、代わりに目に付くのは、丁度頭上に存在する、台風の目のような雲だった。
よく見れば中央部だけぽっかりと穴が開いたように黒く染まり、まるでそこから何かが俺達を覗き、見下ろしているみたいで。
まず間違いなく得体の知れない存在が、そこには居たのである。
しかしながらどれだけ目を凝らそうとも、その天に開いた黒い穴からは何も見えては来ない。
「何なんだよ、あれは!?」
「俺だってよくは知らねえけど……でもあの声って」
俺には聞き覚えが、ある。
“風”だ。
忘れもしない、風といえば東帝国の地下牢へ投獄されて居た際に話しかけて来た、何者かなのだ。
そしてそれから俺は、おかしくなった。
一時的にだが感情が酷く極端になって、記憶も幾つか朧気になって、沢山の人を殺して回って、暴れて。
その原因を考えた時、真っ先に思い至るのは言うまでもなくこの正体不明の声――風で。
以前その事をリュウに話した際にも、彼もまたそれの存在を知っている様だった。
「久し振りだな、風。今度は何の用だ?」
『そう言うお前は……ああ、ラウレウスとか言ったな。まさかここにいるとは驚きだ。我としては、まさかなりかけの先に行ってくれなかったのは些か拍子抜けしたぞ』
「……お前、やっぱりあの時、俺の事を!」
『だったらどうしたと? お前如きが我をどうこう出来るとでも? 仮にそう思うなら、まず我の姿を見付けてからやってみるのだな。無理だとは思うがね』
俺との話はそれで終わりだと言わんばかりに吐き捨てる風。すると、そこを見計らって、今度はサトゥルヌスが口を開くのだった。
「フウ、貴様一体どういう事だ!?」
『……どういう事、とは?』
「惚けるな。貴様の話では、私は全知全能の神となるのではなかったのか? それがどういう訳か、人間のたった二人すら蘇生できなかったのだぞ!? 説明して貰おうか!」
苛立ちも露わに天へ向かって怒鳴り付けるサトゥルヌスの剣幕は、相当なものだった。
だが、それでも風はと言えばその声に相変わらずの余裕を乗せて平然と言ってのけるのである。
『やはりお前、我の言う事の何もかもを信じておったようだな? だとしたら底なしの馬鹿だ』
「……何?」
『全知全能の神になど、お前が成れる訳無いだろう。精々、我の糧となるのがお似合いなのだ』
「馬鹿を言え、私は神だぞ。この絶大な力を前に、貴様は一体どうやって私を糧とするのだね?」
馬鹿は貴様の方だと言わんばかりに切り返すサトゥルヌスは、そこに苛立ちの表情を隠そうともしない。
対する風はそれでも全く小馬鹿にした声の調子を崩さずに言葉を続けていた。
『お前を糧にするのは簡単な事だ。……こうすれば良いのだからな』
「……ふん、戯言をッ!?」
その瞬間、サトゥルヌスを中心に地面が漆黒に染まる。
同時にそこから触手の様な物が無数に伸び、サトゥルヌスに襲い掛かるのであった。
「これは!?」
『さあ、贄を回収しようか。丹精込めてお前を育てた甲斐もあったと言うものだ』
「ふざけるな! 誰が貴様如きの思い通りなどに!」
迫りくるその黒い触手を、サトゥルヌスは怒号を飛ばしながら大鎌で応戦する。
その様子を見ながら、俺達は素早く黒く染まった大地の範囲から離脱するものの、こちらを狙って迫って来る触手は一つとしてなかった。どうやら、それらはサトゥルヌスのみを狙っているらしい。
その事実に気付いてか、彼は尚も怒りの声を上げながら天に向かって吠えた。
「フウ! 貴様、目的は何だ!? ここまでして、一体何が望みだ!?」
『言っても分かるまい。五千にも満たぬ歳月しか生きて来なかった新参の精霊如きが。我の願いなど、知る権利もありはしない』
「どこまでも私を愚弄してくれる……身の程を知れ、私は精霊を超越した存在なのだぞ!?」
『精霊でもなければ神でもない中途半端な存在が何を言う? 大人しく我が手によって剥ぎ取られるが良い』
「……ぐ、馬鹿なっ!?」
サトゥルヌスに押し寄せていく触手の数は膨大で、斬っても斬ってもまさに限が無いと言った有様だった。
それに加え、その触手の数は時を追うごとにその数を増やしているのだ。幾ら絶大な力を持つ彼とは言え、迎撃に手一杯で反撃どころか離脱する事も儘ならないようである。
だから、やがて彼の実力の限界を超える時が訪れるのも当然であり。
あっという間に彼は黒い無数の触手に巻き取られ、四肢の自由を奪われていたのだった。
『もう終わりか? 全く、口ほどにも無いな。我に喜劇でも見せてくれているのかね?』
「ふん。これ程の力を持ちながら……私を利用した、とはどういう事だ? 解せんな」
『風前の灯になってもお前は我の事を気にするのかね? 随分と余裕があるではないか』
尚も平静を装う様な顔で天を見上げるサトゥルヌスだが、彼の周囲に漂っていた筈の濃厚な魔力の気配が急速に遠退いているのも事実だった。
どうやら彼の持つ魔力そのものの量が急速に減少しているらしく、肌で感じていた圧力すらも消えていた。
『なら冥途の土産に少しだけ教えてやる。……早い話が我もまた、神に至らんと欲する者だと言う訳だ』
「その為に私を利用して、力を蓄えさせたと!?」
『ああ。種をまいて育て、実ったら収獲すれば良い。我が直接集めるより、遥かに効率も良いのだ。何より、足が付きにくい』
サトゥルヌスの表情に、歪みが生じる。伴って魔力が減衰する速度も増加したらしく、彼が発する圧力も益々減っていく。
それでもまだ屈する気は毛頭ないのか、彼はフウの居るであろう空を睨み据えて唇を震わせる。
「貴様……今までもそうやって来たのか!? 今、こうして私から力を奪い取っている様に!」
『だったら何だというのだ? ああ、お前には感謝しているぞ。良くここまで力を蓄えてくれたな、大儀である』
「誰が貴様の為に行動したと言った! 冗談も大概にして貰おうか!」
『自覚の有り無しは余り関係ない。我にとって都合よく動いてくれたかどうかなのだからな。お前とて、我を利用しているつもりだったのだろう?』
蓋を開けてみれば利用されていたのはお前の方だったがなと、サトゥルヌスの神経を逆撫でするような風の言葉からは、多分に嘲りの色を含んでいた。
それがサトゥルヌスからしてみれば堪らない程の屈辱だったのだろう。彼はその冷静さの仮面をかなぐり捨て、血走った目で天に向かって吠えた。
「許さぬ……貴様は絶対に! 今すぐこの手で殺してやろうか!?」
『出来ぬ事を喚き立てても惨めなだけだぞ。こうなった以上、お前は私から逃れる事など出来はしない。拘束された亜神如きが、私に届く訳なかろう?』
「故に最初から私を神にさせる気はなく、その一歩手前に収める気だったという訳だな」
『その通り。私の手に負える範囲で力を蓄えて貰い、無難なところで収獲する……この上なく効率が良いだろう?』
風のその言葉が辺り一帯に降り注ぐ中、不意にサトゥルヌスから苦悶の声が漏れ始める。表情は益々厳しいものへと変わって、どうにか触手の拘束から離脱しようと藻掻くものの、一向に逃げ出せる気配はない。
無論、俺達がそれを助ける気など毛頭ないが、それでも見ていて哀れを誘う様な光景である事に間違いはなかった。
「私は、このような所で果てている場合ではないのだ! 絶対に、願いを、望みを果たすと……そうでなければ、ルクスやオルクスにも申し訳が立たないではないか!」
『お前に望みがある様に、我にも望みがある。何にも増して叶えたい望みがな。だからお前には礎となって貰う。お前自身とて、そうやって多くのものの命を奪い、集めて来たのだろう?』
「冗談ではない! まだラルスもメルも復活できないで……愚かな人間どもに裁きすら下せていないのだぞ!?」
『奇遇だな。それは我とて同じこと。お前だけではないのだ。さて、お前の体に残っている出涸らしもそろそろ一気に吸収しようか』
既にサトゥルヌスはその力を大きく削がれ、少し前までの圧倒的な存在感と実力は跡形もない。その上で更に彼から力を吸収しようものなら、人間と違って明確な肉体を持たない精霊は消滅してしまってもおかしくなかった。
しかし俺達からしてみれば、強大な敵であったサトゥルヌスが弱体化し、その上撃破されるとなれば望ましい結果であるとも言える。
いきなり出て来た風に全てを持っていかれるのは何とも釈然としないものだが、感情を抜きにすれば悪くはないのだ。
だから、誰もが呆気に取られながら俺達はその幕引きを傍観し――。
「――そこまでだよ」
刹那。
そのまま幕引きさせてなるものかと言わんばかりに、その声の主はその場に乱入する。
ボロボロになった外套を靡かせ、紅い刀を振るってサトゥルヌスに纏わりついていた黒い触手だけを断ち切っていくのだ。
あれよあれよという間に助け出されるサトゥルヌスは勿論、俺達もまたその事実に圧倒されて碌に体も動かない。
助かっていたのか――とその動き回る影を目にして安堵する心もある一方、それよりも先に言いたい事が出来ていた。
だからどうにかして口だけを動かして、俺はその救援者の名を叫んでいた。
「何してるんですか、リュウさん!?」
「見ての通り、サトゥルヌスがこれ以上あれから力を奪われないようにしただけだよ」
「どうしてそんな事を!? それを助ける理由が何処にあるって言うんですか!」
突如として現れたその人物の名は、リュウ。
俺からしてみれば戦闘技術を教えてくれた師であり、そして共にサトゥルヌス及び神饗と戦う仲間でもあった。
故に、解せない。どうしてそんな彼が敵を、それこそサトゥルヌスを危機から救う様な真似をするのか。
一方でそんな疑問が飛んで来るのは、リュウ自身も容易に想像がついていたのだろう。彼は拘束から解放されたサトゥルヌスを乱暴に蹴飛ばして黒く染まった地面の範囲外へと逃れさせると、言った。
「コイツに……風に、力を与えるのはより一層望ましくないんだよ。だから僕は、サトゥルヌスを奴の手から逃がす」
「どういう事です? 何か知ってるんですか!?」
「僕も風については良く知らないけれど、はっきり言えるのはサトゥルヌスよりも危険だと言う事だろうね。現状でも中々厄介だけれど、何より怖いのは本当の目的が分からないところさ」
そう答えながら、リュウは素早く迫りくる触手を躱し、そして離脱する。
意外な事に風が操る黒いそれらは黒く染まった地面の範囲でしか発生し行動する事が出来ないらしく、その範囲外に逃れてしまえば拘束が届かないのであった。
そんな逃げ道があるのかと感心しながら、俺のすぐ目の前に着地したリュウは、よく見なくても分かるくらいにはボロボロだ。言うまでもなく、サトゥルヌスとの戦闘の影響だろう。
それで良く五体満足なものだと驚かずにはいられないが、そんな思考を打ち切る様に天空から降り注ぐ、風の不機嫌そうな声。
『またお前か、リュウ。何度も何度も我の邪魔をしてくれる……』
「そっちこそ、まだ懲りていなかったのかい? この前だってラウ君まで巻き込んでくれて、本当に良くもまあ好き勝手やってくれるじゃあないか」
『聞けば、サトゥルヌスの計画も邪魔していたらしいな。お陰で、我が奴から収獲するのも十年単位で遅れてしまった。もっとも、この程度の差異ならどうと言う事も無いが……それでも邪魔してくれたことに変わりはない。償って貰おうか!』
膨れ上がる、新たな力。
それは周辺の空模様にすら更なる影響を及ぼし始め、不自然な風の流れがあちこちから駆け抜けていく。
そのサトゥルヌスにもまして圧倒的な存在感を前に、ただでさえ消耗しているリュウが勝てる見込みなど、ある筈も無かった。
「リュウさん!」
「大丈夫。そう心配するような事じゃあない。それよりラウ君達はサトゥルヌスから目を離さないで置いてくれ」
「そうは言っても……!」
「大丈夫なものは大丈夫。僕があれと会うのは初めてって訳じゃあないんだから」
何か策でもあるのだろうか。空を見上げたまま身じろぎもしないリュウは、こちらを見向きもしないで俺の頭を撫でて来る。
まだまだ子供扱いしてくるようなそれが気に食わなくて、思わず「止めて下さい」と言って払い除ければ、彼は僅かばかり口元を歪めていた。
もっとも、彼が纏う雰囲気が真剣そのもので、今も見下ろしているであろう上空の風を強く睨み据えていたのだった。
『リュウ、今ここでお前も吸収してやろうか? なりかけとは言え、相応の力を蓄えているのだろう?』
「消耗して今は碌な力も残っていないけれどね。果たして君が僕を取り込むためにこれ以上力を使ったとして、赤字になるのが関の山じゃあないかい?」
『無駄に口と知恵の回る若造だな。……獲物の分際にそんな事を指摘されるのは気に食わんが、確かにその通りだ。しかし、我が採算度外視でお前をどうにかするかもしれないとは、思わなかったのか?』
「……っ!」
空気が一変する。
重苦しいその圧倒的な圧力を叩き付けられて、流石のリュウも厳しい表情を浮かべていて、おまけに気圧されたかのように一歩だけ後退っていた。
だが一秒、二秒と経っても風が何かを仕掛けてくると言う事は無くて、寧ろ嘲るような声が降り注ぐ。
『どうした、怯えているのか? 本当にどうして、弱いものほど虚勢を張りたがるのか理解に苦しむ。我が恐ろしいなら大人しく許しを乞えば良いものを』
「…………」
『だが、収穫はこれで十分でもある。これ以上この場に留まり続けては、折角得た力を消耗するだけだからな。……命拾いしたな、愚かな若造どもよ』
「次に会う時がいつになるかは知らないけれど……いつか必ず、僕は君を討つ。果たしてその余裕、いつまで持つかな」
『フフ、言っていろ。精霊どころかなりかけでしかない存在が我をどうこう出来る訳なかろうが。しかしもしも、万が一お前が我に直接牙を向ける事が出来るのだとすれば……退屈凌ぎにはなるだろうな。期待しないで待っておこう』
そう言い終わるが早いが、空に広がっていた台風の目の様な雲も、地面に広がっていた黒ずみも、急速に霧散していく。
どうやら本当にこの場から風は去るつもりらしい。
だがそこへ待ったをかける、精霊が一柱。
「待て、風! このまま下がらせなどしない!」
『……何だ、しつこいなお前は。用済みにはもう、用などないのだ。……大人しく地を這い蹲っていろ』
「風……貴様ぁっ!」
『愚かで矮小なる存在諸君、では……さらばだ』
その瞬間、頭上から圧し掛かる様に存在し続けた強烈な存在感は霧散した。伴って空に垂れ込めていた暗雲が跡形もなく消え、青空が顔を出す。
余りにも呆気なく場が代わってしまった事に理解が追い付かなくて、時間にして五秒ほど、俺達は空を見上げたまま立ち竦む事しか出来ないのだった。
でもそれからどうにか自分を取り戻して、俺は呟く。
「……終わった、の?」
「いいや、まだだよ。まだ第一に終わらせるべきものが終わっていない。特に君達にとっては、そっちの方が大切だろう?」
深く息を吐き出しながら納刀したリュウが顎でしゃくって示す先に立っていたのは、精霊――サトゥルヌス。
大きく力を削がれ、ただの精霊の中でも一段と弱体化した彼は、しかしそれでも大鎌を手に持ち、金色の瞳をこちらに向けていた。
「……私はここで絶える訳にはいかぬ。人間どもに、そして私を阻む愚か者共に、然るべき罰を下すまでは……!」
「まだそんな事を言っていたのかい? 呆れたね、もう君にはそんな事をする力なんて残っていない筈だけれど?」
「黙れ。貴様に何が分かるというのだ? 私が、夢を果たす為にどれだけの歳月を掛けて来たと……今更になって引き返しは出来ぬのだ!」
風切り音と共に大鎌を軽く振るい、サトゥルヌスは尚も力強い口調で言葉を発する。そこには絶対に折れない確固たる意志が滲んで見えて、彼の執念のほどを物語っている様だった。
それに対してリュウもまた強い視線と言葉で応じようとして、不意に彼の体が揺らぐ。
「リュウさん?」
「……大丈夫、死にはしないさ。でも、やっぱり消耗し過ぎたらしいね。契約精霊の后が撃破されたせいで、それの再構築に割かれる魔力も増えちゃってどうしようもないや」
「后、まだ生きてるんですか?」
「一応ね。でも意識はない筈だ。木札も破壊されてしまって、野良精霊だったら間違いなく消滅しているね。まあ彼が助かる分だけ、僕が魔力的な消耗を強いられる訳だけど」
参ったなと、リュウは地面に片膝をついて額に手をやる。見るからに消耗を重ねているその姿は、明らかにこれ以上の戦闘継続が困難である事を示している様だった。
しかしそれでも、彼の闘志は折れていないらしい。仮面の下から覗く紅い眼は未だ固い意志を漂わせ、サトゥルヌスから離れない。
「奴には引導を……多くの人の無念を償わせなくてはならないんだ。ここで倒れている余裕なんて無い」
「待って下さい」
「……ラウ君?」
「ここから先は俺達が引き継ぎます。リュウさんは休んでいて下さい。そんな消耗振りで無理はさせられません」
立ち上がろうとするリュウの肩を叩いて言えば、しかし彼はそれに承服しかねるのか、首を横に振る。
「何を言い出すかと思えば、相手はサトゥルヌスだよ。幾ら弱体化したとはいえ、その実力は侮れない。仮に純粋な能力で勝ったとしても、駆け引き一つで簡単にひっくりかねないんだ」
「それは今のリュウさんが相手でも同じでしょう? だったら、俺達に任せて下さい。まだ消耗具合も少ないですしね」
「全く以ってその通り。後は俺達に任せて下さい。何とかしときますから」
俺の言葉に続いてスヴェンもまたサムズアップをしながら強く言い切る。呆気に取られているリュウは、それでもと視線を他の皆にも向けるが、誰もが同じ意見で彼を見ていた。
「私達を信じて下さい。伊達に貴方から色々教わってないんです。弟子として良い所の一つも見せたいじゃ無いですか」
「シグちゃんの言う通りです。私達だって強くなってるんですから」
「……俺は特に何かを教わった訳じゃ無いですけど、恩が無い訳じゃない。今ここでそれを返さないと、もう機会が無くなる気がするんですよ」
「私も賛成。リックがそれでいいなら、それが正しいんだと思う」
シグ、レメディア、シャリクシュ、イシュタパリヤ。
彼らからの言葉にリュウは暫し呆然として沈黙し、それでもすぐに言葉を絞り出す。
「でも、これ以上君達を危険な目には……」
「それは逆もまた然りですよ。分かったら休んでいて下さい。良いですね?」
「……ありがとう。けど、無理はしないでね。師匠として、この場で死ぬのは許さないよ」
「分かってますって」
リュウの肩から、力が抜けていく。ここに至ってこれ以上の説得を諦めたのだろう。それを示す様に大きな溜息を一度吐いた彼は、近くにあった手頃な瓦礫の上に腰掛けるのだった。
それを確認して、俺達は再びサトゥルヌスへと視線を向ける。
対する彼もまたそれは同様で、先程から寸分も変わらぬ気迫で以って、こちらを迎撃する構えを見せていたのだった。
「……ここで決着だ、サトゥルヌス!」
その言葉と共に、止まっていた戦いが再開されていく――。




