表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第九章 オモイブツカル
234/239

第五話 最終回STORY⑥


◆◇◆



「そこを退()け、障害物共が……!」


「馬鹿言っちゃいけねえよ。そんな事に従う訳ねえだろ」


 冷静さの仮面がほんの少しだけ綻び始めたサトゥルヌスを前に、ユピテルは不敵に笑う。


 相対している力の差は歴然だと言うのに、そんなものには敢えて無視をして、毅然とした態度でサトゥルヌスを睨み据えていたのである。


 そんな彼らの態度が、サトゥルヌスの心を逆撫でし、どうしようもなく苛立たせていた。


退()かぬなら全て滅ぼすまでよ。この圧倒的な私の力でな!」


「人一人も生き返らせる事の出来ない、チンケな力の間違いだろ?」


「ならそのチンケな力程度に蹂躙される貴様らは、羽虫かそれ以下かな? 大言壮語(たいげんそうご)の割ではない!」


 何度となく振るわれる、大鎌(ファルクス)


 それらは精霊達に掠りはしても、致命傷や大きな損傷を与えるには至らず、他方サトゥルヌス自身もほんの少しの傷すら負わない。


 薄氷の上であるとはいえ、戦闘は膠着していた。


 サトゥルヌスの心に動揺や怒りと言った感情が生じたせいで、その技の冴えに(にぶ)りが生じ、それがユピテルたちにとって付け入る隙となっているのでえある。


 そしてその事を、彼自身も重々承知しているからこそ、その心に燻ぶる苛立ちは増して行く。


「私は……神なのだぞ!?」


「その神が、どうして俺ら如きにここまで良いようにやられてるんだ? お前、本当に神になれたのかよ?」


「黙れッ! 私の計画は、入手した情報は、これまですべてが思い通りで、正確なものだった。ここで狂う訳が無かろう!?」


「へえ……そうかい。なら君は、一体どこからその知識を得た? 精霊が神に至る術など、どれだけ高位な存在でもそう易々と知る事は出来ない筈だけれど?」


 一対多数の激しい斬り合いが繰り広げられる中で、リュウが問う。何故ならそれは、彼自身がずっと不思議に思って、そして確認したい事だったから。


 しかしそれに対して、サトゥルヌスはただ微笑み、反撃を繰り出すだけ。


 斬撃を()なして尚も攻撃を続けながら、リュウは特に気分を害する事も無く更に質問を重ねる。


「答えは無し、と。ならもう一つ訊ねようか。君がその話を入手したのは、もしかしなくても“(フウ)”って名乗る正体不明の奴からなの?」


「……貴様、何故それを知っている?」


「さあ、何でだろうね? まあ一つ言えるのは、僕がそれと因縁を持っているって事かな。今のところは名前しか知らないんだけどね」


 自嘲気味にそう言ったリュウは、振るわれた大鎌に合わせて後退する。代わってそこを埋めるように動くのは、ユノー。


 その隙の無い連携に、サトゥルヌスは煩わしそうに眉間に皺をよせ、不機嫌に唸る。


「雑魚共の浅知恵が、いい加減私を阻むのを止めぬか!? いつまで無駄な足掻きを続ける気だ!?」


「お前が止まるまでだ! 無駄な足掻きを続けているのはサトゥルヌスの方だと知れ!」


「……馬鹿馬鹿しい。貴様ら如きが私を止められるものかと何度言わせれば分かる!?」


 その瞬間、サトゥルヌスを中心として急激に魔力の濃度が上昇し、膨張を始める。


 それが何を引き起こす前兆となるかを察するのに、リュウ達はそう時間を要しはしなかったが、しかし回避が間に合わない。


「このっ――」


「始めからこうすれば良かったのだ。煩い羽虫を蹴散らすなら纏めて、とな」


 爆発。


 不味いと思った時には、リュウもユピテル達も、それに巻き込まれていた――。





◆◇◆





 背後で唐突に巻き起こる、強烈な爆発。


 それと同時に押し寄せる衝撃波が、俺達を背後から叩いた。


「――ッ!?」


 多少の距離があった事、そしてそれによって防御が間に合った事で怪我の類を負った者は居なかったけれど、耳鳴りに顔を(しか)めながら辺りを見渡せば、惨憺(さんたん)たる有様だった。


 何せ、辺り一帯の建物は爆発の発生源を中心に薙ぎ倒され、崩壊して瓦礫の山と化しているのだ。


 先程まで進行方向に見えていた城壁も、その多くが無残に崩れ、辛うじてそれが城壁であった事を示してくれているだけである。


「どうなってんだよ!?」


「分からない。だが、この爆発……まさかな」


「ひょっとしなくても、サトゥルヌスの仕業だろうな。やっぱり駄目だったか……!」


 立ち昇る幾つもの砂煙を見上げながら、俺は爆心地に顔を向ける。視界を遮るものはもはや皆無となり、その結果として、その方向に誰かが一人立っているのを視認するのもそう難しくなかったのである。


 そしてそこに立っていたのは、やはり俺の予想通り大鎌を持った男――サトゥルヌス。


 彼もまたこちらを視認し、加えて笑っていた。


 その様子を視認したのは当然俺だけではなく、スヴェンもサトゥルヌスの視線に気付いて事態が最悪の方向に向かって居る事を察したらしい。


 俺達に向け、顔を蒼くして叫んでいた。


「……不味い不味い不味い! ラウ、逃げるぞ!」


「無駄だよ、こうなったらもう逃げ切れやしない。前世でも散々味わっただろ?」


「けど、最初から逃げなかったそれこそ逃げ切れる訳もない! 一縷(いちる)でも良いから望みに賭けないと……!」


「逃げてたら碌な反撃も出来ないで殺されるだけだ、前世みたいに。だったら俺は、抵抗するよ。勝ち取るまで」


「無茶だ! リュウさんやユピテルさん達だってもう……!」


 そこから先は、言わなくても分かるだろう? とスヴェンは言外に問うていた。


 だけど、それでも俺は自分の考えを曲げる気にはなれない。自分の選択の方が正しいと、そう思えるから。


 それに対し、スヴェンが掴み掛らんばかりの勢いで怒鳴る。


「お前、俺達が何度言ったら分かる!? いい加減一人で無茶やろうとするのを止めろって散々言って来たよな!? なのにそれってどういう事だよ!?」


「……こうしないと俺達は生き残れないのなら、そうするしかないだけだろ。それに、俺だって散々お前らに言われて分かってるよ。だから俺の方からも頼む。一緒に戦ってくれ」


 嫌なら即刻ここから退避してくれて構わないと、俺は付け足してスヴェンを見遣る。それからシグを、レメディアを、シャリクシュを、イシュタパリヤを、見遣る。


 だけど誰一人として去る者は居なくて、むしろ俺を見返して強く頷いていた。


 その力強い決意を向けられて、たじろぐよりも先に頼もしさを覚えた俺は、自然と破顔していた。


 だけど、それがいつまでも続く事は無くて。


「別離のお喋りは終わったかね?」


「……本当に無粋な奴だな、お前って」


 いつの間にやらすぐそこに立っていたサトゥルヌスの言葉で、その場は一気に緊張感が支配をしていたのだった。


「もしかすると、私は神となるまでにまだまだ(かて)とする魂の数が足りなかったのかもしれんな。だとすれば、貴様らの魂もまた、是非とも取り込まねばならんわけだ。先程の爆発に巻き込まれて死ぬ事も無く、安心したぞ?」


「幾ら魂を集めても神にはなれない、とは思わないのか? そもそも計算式が間違ってるって」


「馬鹿を言え。そんなことはあり得ん。現にこうして、私は絶大とも言える力を手にしているのだからな」


 俺の指摘を一笑に付し、余裕綽々と言った態度でこちらを睥睨(へいげい)する彼の姿は、やはり己の勝利をもう確信している様だった。


 確かに、彼は先程の爆発で交戦していた精霊達やリュウを吹き飛ばしてしまったのだろう。その証拠に、それ以降、彼らがサトゥルヌスの邪魔をして来る気配がない。


 良くて戦闘不能に陥ったか、或いは消滅してしまったか。実際のところは分からないが、恐らく有効な救援が来てくれる事は無さそうだった。


 つまりは、いよいよ詰みが俺達に近付き始めているという訳で。


「まだまだ抗おうとするなど……どこまでも愚かな」


「その愚か者相手にここまで手古摺ってるお前は、じゃあ一体何なんだろうな?」


「本当に口の減らない奴だな、貴様は。なら、その身分を弁えぬ貴様には、私に歯向かう事の罪深さを教えてやるとしようか」


「……!?」


 その言葉と共にサトゥルヌスが視線を向けるのは、俺では無くスヴェン。同時に彼の真意を悟った俺は即座に動こうとするが、それでも反応は間に合わなかった。


 もう既に、サトゥルヌスがスヴェンの目の前に迫っていたのである。


「――興佑(スヴェン)ッ!」


 誰もが次の瞬間にはスヴェンの死を思い浮かべ、無理とは分かっていても駆け付けようと体を動かす。

 しかし、やはりそれは絶対的に間に合わなくて――。


「そう簡単には、やらせねえよ」


 その言葉と共にサトゥルヌスの前に姿を現すのは、精霊――后羿(コウゲイ)


 もしもの時に備えて、彼もまた俺達と行動を共にしていたのである。そして今がまさにその不測の事態であるが故に。


「木札になって待機しといて正解ってな訳だ」


「……やはり居たか、東界(オリエンス)の精霊よ」


 抜き放った白刃がサトゥルヌスに急迫するが、神を自称する彼にとってみれば喫緊(きっきん)の脅威とはなり得ないのだろう。


 始めから読んでいたかのように斬撃を受け止め、それどころか一気に反撃へ転じていたのだった。


「一度ならず二度までも、そう同じ手を食うと思ったかね? だとしたら、随分と舐められたものだよ。とは言え貴様のように、力を消耗した精霊が万一私に勝つには奇襲くらいしか方法も無いのも認めてやるがね」


「……野郎!」


「もっとも、万一があったところで私が貴様に討ち取られる事はありえんが」


 その言葉と共に大鎌が振るわれ――そして、后羿(コウゲイ)を右肩から左腰へと斜めに両断していた。


 人間にして見ればそれは明らかな致命傷で、即死を免れる事も出来ないもので。


「……くそ、限界かッ!? 済まない、ラウレウス」


(コウ)!?」


 彼の姿は見る見る内に光粒(こうりゅう)となったかと思えば、文字の刻まれた木札へと戻っていたのである。


 そしてそれは、そのまま重力に従って地面へと落ちていく。以前までは自由に言葉を発し、自由に飛び回っていたと言うのに、それを行う気配がこの木札には微塵も見られないのだ。


「力を失った契約精霊とは惨めなものだな。ま、契約者から魔力の供給がある以上、野良精霊よりは死ににくい点は評価するが……それだけだ」


 小馬鹿にする様にサトゥルヌス鼻を鳴らし、そして木札を踏みつける。微かに踏み潰されるその音を耳にして、后羿の無事を願わずにはいられないが、次の瞬間には他者を気遣う余裕など霧散するのだった。


「さて邪魔が入ったが、改めて仕切り直そうか。まずそこの靈儿(アルヴ)、貴様から殺してやろう。これもすべて、そこの白儿(エトルスキ)が不遜な物言いを繰り返した報いだ。甘んじて受けて貰うぞ」


「馬鹿言え、どうしてお前からそんな指図されなくちゃいけないんだ。御免被(ごめんこうむ)るね」


「拒否できる立場にあると思っていたのかね? だとしたら本当に愚かだな。やはり貴様には死が相応しい」


「……!」


 悪寒が、誰もの背中を撫でる。


 直接殺気を向けられている訳でも無いのにそうなるのだ。当然、それを真正面から受け止めているスヴェンからすれば尚更だろう。


 事実、気丈に振る舞いながらも彼の顔色は良いとは言えないだけのものになっていた。


「私と言う存在に楯突いた事の罪深さ、その身を以って知るが良い!」


 ぶん、と大鎌が空を切る。


 それから先端についた穂先をこちらに向けて、サトゥルヌスは微笑むのだ。


「……っ」


 しかし、次の瞬間には押し寄せる筈だった死神による攻撃は、(つい)ぞ訪れる事は無かった。


 何故ならば――。






『――見つけたぞ。ここに居たのか』




 どこからともなくそんな声が、聞こえたから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ