第五話 最終回STORY④
◆◇◆
「どうも“命”の匂いがすると思っていたが……道理だな。貴様の胎の中には、また随分と蓄えている様ではないか」
『ひ、ぃ……』
怪物が目も鼻も無い顔に怯えの表情を浮かべ、碌な言葉も出ずに震えている。
自身のすぐそこに、とんでもない化け物が出現している事を本能的にも理解しているのだろう。事実、怪物を取り囲んでいる俺達もまた、突如として現れた闖入者を凝視し、迂闊に動けないでいた。
そんなこちらの様子をぐるりと見渡した後、その闖入者――サトゥルヌスは怪物に目を向ける。
「命の質は悪い、がそれを上回るだけの数を取り込んでいる様だ。中々どうして優秀ではないかね。これを造ったエピダウロスは……どうやら死んだらしいな。ペイラスも見当たらない事を考えるに、貴様らがやったのか?」
「だったら何だ? けど、そのエピダウロスってのだけはそいつに食われて死んだらしいぞ」
「自ら生み出した存在に食われたか。では、それ以外の者は貴様らが殺したと言う事だな? 精霊共だけでなく、人間風情がどこまでも……!」
膨れ上がる強烈な魔力を前に、己の喉がカラカラに渇いていくのを感じる。それは以前会った時から更に力を増している事が瞭然としていて、俺達の誰もが死を覚悟する程のものだった。
少なくとも、これだけの戦力が揃っていたところで確実に勝てるとは思えない。それどころか、どれだけが犠牲になるかも予想がつかない。ともすればあっさりと全滅すらあり得る。
「久し振りだな、ラウレウス。少し見ない間にまた雰囲気が変わったかね? 実力も相応に磨けている様で何よりだ」
「……思ってもない事をよくもまあ平然と……お前の方こそ、随分と雰囲気変わったじゃねえか」
「当然さ、私は精霊よりさらに先の位階へ至ろうというのだ。例えばこのような!」
直後、大鎌が振られる。
目にも留まらぬ速さで振られたそれが両断するのは、蛇に睨まれた蛙の如く微動だにしていなかった怪物で。
『……え』
「さあ、私の礎となって貰おうか?」
斬り飛ばされた首が宙を舞う中で、サトゥルヌスは更に鎌を振るう。縦に、横に、斜めに、何度となく怪物を斬り刻む。
その度に、彼が持つその鎌が妖しく光りだし、仄かな色を纏う。そしてそれとは対照的に、斬り刻まれた怪物の体は再生する事も無く、細切れになったものから塵と化していく。
もはや問うまでもなく、その大鎌は怪物の持つ力を――つまりは取り込まれた無数の命を、吸い取っていた。
「素晴らしい……殆どが妖魎のような粗悪とも言える命たちでしかないが、やはりそれを補うだけの量がある」
『待って、待ってよ……』
「素材は黙って素材として活用されていればいい。貴様がそれ以上でもそれ以下でも無いのだから」
高く宙を舞っていた怪物の頭部を、トドメと言わんばかりに突き刺す。その一撃で呆気なく怪物の残っていた力は全て吸い取られたのか、悲鳴混じりの言葉はぶつりと途絶えていた。
そして一拍置いて、その怪物の頭部もまた塵となって風の中に消えていく。
「この野郎……ッ!」
「ああ、構ってやれなくて済まない。私の方の用事は今ので一応終わったからな。どうした、そんな怖い顔をして」
「あれだけやって、まだ命が命がとほざくのか、サトゥルヌス! 懲りもせず殺し続けるんだな!?」
「何度も言わせるな、私は神の位階へ昇ると言っているだろう? そうなる為に、ほんの一つか二つの命で足りる方がおかしいと言うものではないか」
サトゥルヌスの主張を聞きながら俺は槍を構え、同時に持てる技量の全てを以て身体強化術を施していく。
相手は精霊、いやそれ以上の存在となりつつある奴だ。生半可な事では確実にやられてしまう。幾ら自分の技量が上がったとはいえ、単独でどうにか出来る相手の筈がないのである。
そうやって一気に臨戦態勢へと入る俺達を見て、サトゥルヌスはおかしなものでも見るかのように目を細め、そして笑った。
「彼我の実力差も分からぬかね? それとも血迷ったか。確かに人間としてみれば、貴様らの技量の高さは認めよう。だが、私の取り込んだ命は、力は……その程度の数と質でどうにかなる程、甘くはないのだよ!」
「――ッ」
来る。
そう思った時には、サトゥルヌスは動いていた。しかし、その標的は俺では無くて。
気付けばガイウス・ミヌキウス目掛けて振り下ろされた大鎌を、抜剣した后羿が受け止めていたのである。
「あっぶねえな!? お前、ぼさっとして無いで早く下がれ!」
「……す、済まない!」
「ちっ、邪魔立てを……!」
金属同士が鬩ぎ合う耳障りな音を立てながら、后羿とサトゥルヌスが睨み合う。その間にガイウスは言われるがまま即座に後退し、額の汗を拭っていた。
「まずは仕留めやすい駒からと思ったが、中々どうして厄介な奴が紛れ込んでいたものだ」
「へへ、お前みたいな奴にそう言って貰えると何かこそばゆいな。褒めたってなにも出ねーぞ?」
「褒めては居ないさ。一定の評価を与えただけで、貴様如き私の敵ではない……!」
振るわれる、大鎌。
それを后羿が剣で往なしていくが、元より長柄武器相手では剣士の分が悪いのは至極当然だった。
だから、俺達も徐々に押し込まれる后羿を援護すべく動くのだ。
「来るかね? 所詮は地べたを這い、地べたに拘る事しか出来ぬ人間どもが!」
「神になるとかトチ狂ったこと言い出す奴よりはマシだと思うけど!?」
俺が振るうのは、当然ながら短槍。それだけでなく白弾も伴ってサトゥルヌスに切り込むけれど、彼の余裕は崩れない。
そしてそれは、スヴェンたちの魔法攻撃による援護や、タグウィオスらが近接攻撃に加わってくれても同様だった。
「温い温い温い! 普通の精霊ならいざ知らず……私にその程度の練度と攻撃密度では、歯が立つ訳も無かろう!?」
「図に乗りやがって!」
「それは貴様らの方だ。私をその程度でどうにかしようなどと、大した妄想力だよ!」
出し抜けに、サトゥルヌスを中心として魔力が一気に放出され、その風圧にも似た力のせいで近接戦闘をしていた者達の姿勢が大なり小なり崩される。
崩されると言う事は、攻撃するにも防御するにも回避するにも中途半端な姿勢になってしまうと言う事であり、つまり状況によっては致命的な事態へ繋がりかねない訳で。
「まずは一人」
「――!?」
偶々目に付いたのか、サトゥルヌスの大鎌が狙う先に居たのは、大きく体勢を崩されたラドルス・アグリッパの姿だった。
近くの者や気付いた者が慌ててそれを阻止しようと動くものの、間に合わない。悔しさを滲ませるラドルスの目は、サトゥルヌスを真っ直ぐに睨み据えて離さなかった。
もっとも、睨み付けた程度でサトゥルヌスの動きが止まる筈も無くて、瞬きほどの時間もすればラドルスは血に染まり斃れている事だろうと、最悪の予想を頭に浮かべていた……が。
突如としてサトゥルヌスの背後から飛来した矢がそれを邪魔し、彼はそれを撃ち落とすと跳躍し、誰も殺さずに背後へ首を巡らせていた。
「――もう追い付いたのか」
「そう言う事さ。まさか君が、人間相手に人外の力を使っていきり散らす様な小物だとは思わなかったよ」
「いきり散らしているのは貴様らの方だ。身の程も弁えず、私に敵対するからこうなる。分からないのかね?」
リュウに続いて、都市の中心部から続々とやって来るのは、ユピテルやユノーを始めとした精霊達だ。
弓を番えたミネルワなど、彼ら彼女らは各々臨戦態勢でサトゥルヌスを取り囲み、ここからはもう逃がさないと言わんばかりに周囲を取り囲んでいた。
一方、その隙に俺達はサトゥルヌスから距離を取り、精霊達に並んで包囲網の一部になる。
「ラウ君、大丈夫だったかい? 誰か怪我とかは……」
「問題ありません。リュウさん達も色々お手柄ですね。あれの術者を倒して貰えて、感謝します」
そう言いながら俺がチラリと目を向けるのは、路上に倒れて動かなくなった死体――神饗兵。誰が倒してくれたのかは分からないが、それを操っていた敵を倒してくれたお陰でその後の戦闘がより楽になったのはゆるぎない事実だった。
「ああ、あれはユノーさんがやってくれたらしいよ。だから残るのは、サトゥルヌスただ一柱。もうひと踏ん張りって訳だ」
「もうひと踏ん張り……? 愚かな。まだ私をどうこう出来るとでも思っていたのかね!?」
リュウの言葉を耳にして、とうとう耐え切れなくなったとでも言わんばかりにサトゥルヌスは呵々大笑する。
その意図が分からず、誰もが眉を顰めて様子を注視する中で彼は語り出す。
「今し方、私は不足分の魂を取り込んだのだ。リュウ、私が意味も無く貴様らから距離を取ったとでも思っていたのか? ……だとしたら浅慮なものだ。私はもうすっかり、神の位階へ昇る条件を揃えていると言うのに!」
「不足分の魂? ラウ君、どういう事だい?」
「さっき、こいつがいきなり来たかと思えば、俺達が戦ってた怪物を殺したんです。しかもそいつ、ハットゥシャで戦った怪物と同型で、胎に魂を幾つも取り込んでいて……」
「なるほど、まんまとやられてしまった訳だ。こうなってしまった以上は仕方ないけれど……随分と厳しい事になってしまったみたいだね」
道理でサトゥルヌスが大笑の一つもする筈だと納得しながら、リュウは口元を引き攣らせていた。他の精霊も同じ様に意味を悟ったか、誰もが苦しそうな表情を浮かべている様だった。
「……やっぱ、リュウさん達でも厳しいですか?」
「まあね。無理攻めすれば数の差で押し込めるかもしれないけれど、それでも勝率は満足のいく高さでは無いだろうし、何より犠牲がどれだけ出るか……」
「そう言う事なのだよ、諦めて私に平伏すが良い。今ならまだ、無情で無意味な死を与える様な真似はしないさ。その代わり、力尽きるまで神たる私に仕え続けて貰うがね」
光栄だろう? とサトゥルヌスは肩を竦めていた。
いかにも余裕綽々と言った態度の彼は、それでも油断の類は見受けられないどころか、強烈な威圧感すら放っていた。
しかもそれは時間を追う毎に強くなっていて、彼の言う“神”の位階への到達を分かる形で示している様だった。
「……事ここに至っても、正直まだ半信半疑だったが私の心配は無用だったようだな。分かるか貴様ら、私の力が見る見るうちに増して行くこの感覚」
「ああ。これ以上の時間を置くのは危険だ。更に力を増してしまう前に、もう何としてでも君を倒さなくてはならなくなったようだ」
「そうか、なら掛かって来るが良い。纏めてな。貴様ら下等な存在は、私の前で須らく地に這い蹲っているべきだということを、その身に刻み込んでやる」
ひりひりとした感覚を誰もが感じながら、しかしそれでもリュウや精霊達は気圧されない。全くさがらずにサトゥルヌスを見据えていたのである。
その姿に頼もしさを覚えつつ、俺も気合を入れ直す様に槍の柄を握れば、リュウが言う。
「……傲慢だね、サトゥルヌスは本当に。ラウ君、覚悟は良いかい? 行くよ」
「了解です。俺としても、こいつを放置なんて出来っこないですから」
地面を、蹴る。飛び込む。敵の懐に突っ込む。押し込む。
表現の仕方は色々とあるけれど、俺達は各々の持てる力を以てサトゥルヌスへと総力戦を仕掛けるのであった。
しかしそれでも、やはり彼の態度には焦りすら一分も見受けられなくて、それどころか挑発する様に笑うのだ。
「私は人ではない。悠久の時を生きて来た私に、人間の様な薄弱な意思も肉体も存在しないのだ。故に私の様な存在こそが、この世界の全てを支配するに足るのだよ。分かるかね、白儿……ラウレウス?」
「生憎、そうは思わない! お前だって、元は神になろうなんて考えていなかったんだろ? それが暫く人を見る間に変わったって言うんなら、どこにも意思の強靭さなんてありはしないじゃねえか!」
「極端な例を持ち出されても困る。私はここ数千年も人の世を見て来たのだぞ? それを見て何も考えを変えぬのは強靭な意志と言うよりはただの頑固でしかない。頑迷さは害悪でしかないと思うが、違うか?」
斬り結ぶ。何度も、何度も。
時にサトゥルヌス目掛けて飛んで来る魔法攻撃などが適度に彼の注意を逸らし、だからこそ自分がここまで打ち合えている事は重々承知している事だった。
なら、だからこそ彼らの援護を無駄にしない為にも、ここで一気に押し込んでしまう必要がある。長引けば長引くだけ、敵を利してしまうばかりなのだから。
「貴様らはこんな不完全で理不尽の蔓延る世界が素晴らしいとでも言うつもりかね? 世界はこのままで良いと、本気で思っていると?」
「手前勝手な理由で俺達を一度殺して置きながら、何を間抜けな事を言ってる!? その言葉に説得力なんて欠片もないんだよ!」
「手厳しい……しかし何度も言う様にこれは必要な犠牲だったのだ。痛みを伴わぬ変化など、さしたる影響も持ちはしないのだよ」
「ふっざけんな! お前を……やっと見つけて、やっと追い詰めたんだ! この体で、この世界をこれだけ駆けずり回って漸く見つけた! どれだけお前が自己弁護しようとも逃がさねえ、絶対に許さない! 絶対にッ!」
突き出した穂先が、本当に軽くサトゥルヌスの肩を削る。勿論それは掠り傷よりもなお浅いような、本当に小さなものだったけれど、そんな傷でも彼の自尊心は傷付けられたらしい。
打ち合わせる大鎌の勢いが更に増していて、手に響いてくる振動に思わず顔を顰めた。
「そうかそうか……なら結構、全てを破り、踏み潰し、私の下に平伏させるだけだ。この世は結局、力が全てなのだから」
「もっと他に手段は無かったのか!? もっとマシな目的は、目標は!? お前がやっている事は、犠牲が大きすぎる! 理不尽の横行する世界に納得出来ないのは理解しても……!」
「そんな甘ったるいものは目標ではない! 貴様らは一体いつまで理想に取りつかれている? 理想とは悉く妄想だ。叶う訳が無いからこそ“理想”と呼ばれ、容易く達成し得るものであるのなら“現実”という対義語は存在しない!」
「そうやって匙を投げるから……お前も嫌う理不尽や不完全な世界とやらが出来上がるんじゃねえのかよ!?」
その反論を口にした途端、サトゥルヌスの表情に更なる変化が生じる。深く刻まれた皺は彼の強い不快感を現す様で、彼の動きも更に荒っぽいものへと変わっていくのだった。
鎌による斬撃の後で繰り出される蹴りをどうにか躱し、今度はこちらの番と思ったが、もうそこには視界一杯にサトゥルヌスの右手が広がっていたのである。
「小僧……言わせておけばどこまでも好き勝手と……やはり人間はどこまでも際限のない欠陥品だな」
「ラウ君!?」
「おっと、動くな。この白儿がどうなっても良いのか?」
ぴたりと、全ての戦闘行動が停止する。
だけどそれを確認しようにも自分の視界はサトゥルヌスの手で塞がれて何も見えず、その上で頭を持ち上げられて宙にぶら下がっている格好になっていたのである。
「この野郎……!」
「ああ、貴様も人質である以上は無闇に動かぬ事だ。加減一つで頭は砕けるし、幾ら身体強化術を掛けても私がこのまま振り回せば首の骨も折れるぞ?」
周りの足手纏いにはなるまいと脱出を試みようにも、その言葉と同時に武器が取り上げられる。
ならばと腰の剣を引き抜こうと思ったが、顔面を掴むサトゥルヌスの手に強い力が込められた事で、やむ無く断念する以外になかった。
「皆、状況が分かったようだな。……では貴様らに訊こう。私の望みはこの手で世界を統べ、蹂躙なき公正な世を作ること。さて貴様らは何を望む? よもや現状維持とは言うまいな。今まで散々虐げられ続けて来た者に尚も耐えろというのならば、貴様らに私の目的を阻む権利などありはしないのだよ」
「蹂躙なき公正な世を作る為に行われる蹂躙と不公平には目をつぶるのか? だとしたら大した厚顔無恥っぷりだな。もはや苦笑すら漏れて来ない」
馬鹿馬鹿しい話だと、ユノーと思しき声がサトゥルヌスの問い掛けに答えていた。それに続くように同意の声が聞こえる事を考えるに、彼らの答えは概ねその通りらしい。
それが気に食わないのか、小さな舌打ちが聞こえたかと思えばサトゥルヌスは更に言葉を続けていた。
「良いか、これは人間どもの選択の結果なのだ。間違っている事を本質的には指摘せず、自覚もせず、傲岸不遜に、傍若無人に振る舞ったが故に齎された結果である。なのに今更“待った”をかける事に何の意味がある? 愚か者が、そうやって貴様らが矛盾云々を都合よく指摘して時間を稼ごうとも、既に答えは出ているのだ」
この世界はもう、限界だとサトゥルヌスは語る。
「怨嗟の声はいつまで立っても止む事は無く、千年前のような事は今もこの世界のどこかで繰り返される。貴様らはそれを不幸だと言って割り切るか、或いは縋られたりすれば耳や眼を塞いで知らぬ振りをする。量産される不幸をただ眺めるのが、そんなに楽しいか?」
「君だってその不幸を量産している存在の仲間だろうが……どうして君だけ特別な存在だと思えるんだい?」
「言っただろう、私は人間ではない。あのように薄弱な意思も肉体も持っていないのだ。君臨し、統治し続ける上で最適な存在だとは思わんか?」
「思わないね。自由意志を持つ以上は絶対に揺るがないものなんてありはしない。例えそれだけ古い精霊だろうと一緒だ。君のそれには、そもそも何一つとして根拠がない」
強い確信を持ったリュウの声が、真っ向からサトゥルヌスの主張を否定する。それがまた彼の癪に障るのか、俺の顔を掴む手に余計な力が込められていくのを知覚しながら、指の隙間からサトゥルヌスの表情を窺う。
するとそこには、案の定怒りの表情を浮かべた彼の顔があって、だけど直情的な動きは見せずに冷静な声で言うのだ。
「……貴様らは揃いも揃って人の側に立ち、私の主張を否定した上で人の弁護をしているが、欠点を並べる私がそんなに邪魔かね? それでは臭いものに蓋をしたがる人間そのものではないか。少しは現実を見たらどうだ? 人など欠点しか存在しない不良種族であるとな」
「物事を利点とするか欠点とするかは視点次第で幾らでも変わるものだ。つまり、極論を言えば人によっては利点しか存在しない種族とも言える訳だね。無論、僕だってそこまでは言わないけれど」
全ての物事が表裏一体かつ一長一短なのはとうの昔から分かっていた事だろう、とリュウはその手に握る紅刀の切っ先をサトゥルヌスに突き付けていた。
対して彼はやはり全てを小馬鹿にした様な笑みを漏らすと、今度は俺に目を向ける。
「どこまで言っても平行線か。全く不毛だな、お前もそう思うだろ?」
「そんなの言葉を交わす前から分かってた事だろうが。そうなるからお前だって自分の力を振るってるんだろ?」
「確かにその通りだ。だから私は、そろそろ貴様を殺そうと思う。貴様の命も体も、素材として優秀だからな」
その瞳の奥にあるのは、やはり怒りか。
それもその筈で、俺は前世で彼と遭遇した際に、仮面を着けたその顔面を一度殴っているのだ。当時の事を彼は今も根に持っているらしく、その鬱憤を晴らす意味合いも持っているらしかった。
そしてその証拠に、サトゥルヌスが手に持つ大鎌が振り被られ、その切っ先が俺を今にも貫こうとしていて。
だけど敢えて目は逸らさず、彼を睨み据えて言ってやるのだ。
「生憎、いつまでもお前の思い通りに行かせる訳にはいかないんでね」
「まだ抗うか? 私と貴様の実力差についてはもはや言うまでもない事だと思っていたが?」
「……俺がいつ、たった一人でここから脱出するって言ったんだ?」
それを言い終わるが早いか、懐から独りでに飛び出す一枚の木札。それは意志でも持つかのように浮遊をしていて、加えて墨と毛筆で書かれた二つの象形文字が木札の“正体”を現していた。
「これは……」
「へへっ、契約精霊の特権てな寸法よ!」
一瞬にしてその木札が姿を変えたかと思えば、空中に姿を現したのは腰から瓢箪をぶら下げた精霊――后羿。
平時であれば常時酒の入った瓢箪を握っている手が今持っているのは、剣の柄だった。もう片方の手は鞘に添えられていて、もはやいつでも抜剣出来る姿勢を整えていたのである。
流石のサトゥルヌスをしても虚を衝かれたのか、反応は間に合わず――。
銀の煌めきが、一閃。
同時に俺の顔面を握ったサトゥルヌスの右腕が、前腕から斬り飛ばされていた。
「ざまあねえな、油断するからさ!」
「いつの間に……」
「万が一の為にってよ、お前が他の事にかまけてる間に予め潜り込んでいたんだ」
サトゥルヌスの左腕が切り落とされた今が好機と言わんばかりに、皆が動き出す。
俺も拘束から脱して姿勢を整えつつ、追撃を仕掛けようと魔力を操作して――。
「……無駄な足掻きを」
気付けば、閃光が視界一杯を埋め尽くす。
その発生源が斬り飛ばされて宙を舞っていたサトゥルヌスの腕だと察した時にはもう遅く、爆音が辺りを支配していた。
不味い、とは分かっていてもどうする事だって出来ず、俺達は爆発飲み込まれていたのである――。
 




