心像放映③
翌朝になり、他の二人よりも早く起床した俺は、起きたばかりのタリアにこう告げていた。
「今日、ここを出る」
「……え?」
起き抜けに言われた言葉が理解出来なかったのか、呆然とした表情をした彼女は一拍置いて、酷く慌てた様子で言う。
「何で? 何か気に入らない事でも!?」
「いや、そう言う訳じゃ無くて、ずっと気を遣わせるのが申し訳なくてさ」
「そんなの気にしなくて良いってば!」
叫ぶタリアの声を聞いてロティアも意識が覚醒したのか、彼女もまた俺を引き留めようと言葉を加えて来る。
曰く、道も分からないのにどうするのだ、と。
道に迷ったらどうするのだと、本気心配するように彼女らは告げるけれど、それでもこの決意は揺るがない。
更にもう一日、もう二日と、自分の素性を隠し通せる自信が俺には無いのだ。
気付かれてしまう前にとっととここからおさらばしてしまいたいのが、偽らざる本音だった。
それに加えて、実のところ手元にはミヌキウスから譲られた地図がある。
文字は読めないものの、それでも今もなお西の方角に聳え立っているピュレナエイ山脈があるのだ。太陽と併せれば大まかな方角だって分かるし、本当に右も左も分からないなどと言う状況には早々陥らないだろう。
等々の考えを彼女へと告げるのだが、正直なところ文字が読めないので、シアグリウス王国は勿論、王都スエッシオがこの地図のどこにあるのかなど分からない。
でも、そんな弱味を見せるような真似をここでする訳にも行かず、しどろもどろになりながらも無理くり言葉を続けるのだが。
「……それはちょっと楽観的すぎない? 旅人が立てるような計画じゃ無いと思うよ? 少なくとも、行商の人はちゃんと目的地を定めるべきって言ってたし」
「そう? ま、けどタリアが気にする事じゃないよ。お母さんの病状が良くなる事を祈ってるぜ」
呆れた様な声を返す彼女だったが、そのお陰で押し留めようとする気迫が緩んだのを見逃さなかった俺は、すぐにタリアを押し退けて家を後にしようとする。
――だが。
「待って」
先程までとは打って変わった、重い色を含んだ彼女の声に、思わず足を止めていた。
次いで己の背後を振り返ってみると、そこには刃渡りだけで十五CMはありそうな短剣を持った、タリアの姿があった。
「おい、何だそれ?」
彼女の荒い呼吸、震えている四肢。だがそれでも、しっかりと俺を見据えて離さない茶色の眼。
その切っ先も視線と同じようにこちらへと向けられており、ブレる気配は無い。
「……ねえ、お願い。そのお金全部、私達にくれない?」
「何言ってんだ? そんなの無理に決まってるだろ。これから先どれほど金が必要になるのかも分からないんだぞ?」
「じゃあ、半分! 半分だけで良いから! お願いっ、それでお母さんの病気がそれで治るかもしれないんだよ!?」
段々と強くなる、彼女の声。それは段々と叫びに似たものとなり、開け放たれた玄関から漏れるその声は外へと吸い込まれていった。
それに反応するようにして複数の村人がこちらを窺うように耳目を傾けている様だ。このままにしておくと要らぬ騒ぎを生みそうだったので、タリアの声を多少なり抑える為に玄関の戸を閉める。
結果として再び密閉された室内へと戻る羽目になってしまったのだが、そこは先程までとは全然違う、重苦しい空気が流れていた。
「ラウレウス、お願い。お母さんを助けて!」
「……ひょっとしなくとも、俺をこの家に留めようとしたのは金をせびる為だったのかよ」
懇願する彼女の言葉を何処かうわの空で聞き流しながら、自然と呟きが漏れていた。
だが、それを聞き取れたのは自分自身の耳以外はいなかったらしい。
「私からもお願いします、ラウレウスさん。実は最近、病状が益々酷くなってまして、このままではこの子一人を残さなくてはいけなくなるかもしれないのです」
不意に、何時の間にやら体を起こしていたらしいロティアが弱々しい声で嘆願してくる。
一瞬、その姿を見て五年前に死んだ母親の顔が頭を過ったが、しかしだからとて簡単に金を渡す訳にも行かない。
何せ先程までのロティアは、確かに病人であったもののここまで弱々しくは無かった筈なのだから。
今も、その細い手で咳き込む口を押えているが、話していた時は咳をする素振りなど一切見せてはいなかった。しかも咳き込んだ後にはこちらの反応を窺うかのような目を向けているのを、見逃しはしない。
「お願い!」
「お願い、します……!」
「……」
片や刃物を持ち、片や見え見えの重篤な病人の演技をする。
しかも、実際にそれなりの病人であるのだから質が悪いと言ったらありはしなかった。
では、見捨てるのか? いいや、実際に病人であるロティアを前にして、そこまで非情にはなれなかった。
下手な芝居を打たなくとも、ロティアの体調は明らかに相当悪そうなのだから。
代わりに、二人へ問い掛ける。
「何で、こんな事する前に少し分けて欲しいとか言わなかった? ここに留まる様に言ってきたり、いきなり脅したりしなくてもいいだろ?」
「そ、それは……ただ正直に言ってもくれるか分からなかったから……」
「言うだけならタダだし、俺の心証も悪くならずに済まなかったとは、思わない?」
勿論、気分も悪い。もっとも未だに動揺の方が勝っているのだが、それにしたって後味の悪くなりそうな状況である。
「兎に角、お金を頂戴っ! そんなに持ってるなら、少しくらい分けてくれたって良いじゃん!」
「……」
どうしてそんな言葉を叫べるのだ。どうしてそんな自分勝手になれるのだ。どうしてこっちが強制されなきゃいけないのだ。
さっきまで普通に話していた相手からの、傲慢な頼み。まるでこちらが悪いと言わんばかりの主張。
こちとら持ちたくてこんな大金を持った訳では無いのに、貧乏でもあの村で今もクィントゥスやレメディア達と暮らせていれば良かったのに。
ただそれだけで良かったのに、どうして今の状況を羨まれなくてはいけないのだろうか。
羨むのは寧ろ、こっちの方なのに。
家族と暮らせている。村で静かに暮らせている。誰からも追われず、いつも通りの生活が出来ている。
それなのに、まだ欲しいのか。何も持っていない、日常を失った俺から、更に奪おうと言うのか。
「……もう、いい」
小さく、言葉が漏れた。
図らずも漏れてしまったそれだが、そこに混ざっていたのは果たしてどのような感情だろうか。
呆れ、怒り、驚き、嘲り、悲しみ、寂しさ。
他にも、自分ですら知覚できない感情が綯交ぜになったこの言葉は、何と言い表すべきなのだろうか。
それでも少しの希望を抱いて、俺は袋の内より一枚の大銀貨を取り出していた。
そしてそれを、一縷の望みを乗せた手で、タリアの足元へと放る。
「っ!」
一拍置いて鼓膜を揺らす、一万Tの音。
それへすぐさま飛び付いた彼女は大事そうに固く手に握り締めると、こちらに目を向けて。
「もっとくれても良いじゃん! 十万Tも持ってるんでしょ!?」
「……」
「そうよ! 私を殺す気!?」
「タリア。ロティア、さん……」
ああ、なんだそうか。二人揃ってそんな考えか。自分があくまでも一番で、こっちの事情なんて全く考えないのか。
俺を“資源”だからと言って憚らず、その欲の為に追って来たグラヌム村の領主や、その配下のように。
己の為なら、こっちの事情なんて知った事じゃ無いのか。踏み潰して当然なのか。
――それが例え、自分の命の恩人であったとしても。
森でタリアの命を救ったのは、彼女から金をせびられるためだった訳では無いのに。
今も尚、もっと金を払えと催促してくる二人の声を意識の隅に追いやりながら、微かに残って居た“一縷の望み”が断たれていく、気がした。
それと同時に、俺を支えていた良心のような何かも、音を立てて崩れていく。
段々と、感情が無くなっていくのだ。
「……ふざけんな、何がもっと寄越せだ」
「何? 言っとくけど、この金はもう私達のものよ! もう返さないから! それよりもっとお金を置いていってよ!」
「うるせえな、返せ」
ギュッと硬貨を胸に抱く彼女を、俺はもはや何の容赦もなく突き飛ばす。
まさか唐突にそんな行動へ出て来られるとは思っていなかったのか、タリアは情けない声を上げながら倒れ込むと、後頭部を打った衝撃で銀貨を手放していた。
「な、何するの!?」
「何って……俺のモンを取り返しただけだろ? 俺は一言も、くれてやるなんて言ってねえからな」
強かに打ち付けた頭部の痛みに悶えているタリアに代わり、ロティアが悲鳴じみた声で叫んでいたが、もうそれへ真面に答える気は微塵もない。
ただ、彼女へは無感動な一瞥をくれてやるだけである。
「じゃあな。もう二度と会う事も無いだろうよ」
玄関の戸を乱暴に開け放ち、一歩二歩と外へ出る――が。
「そこまでだ、盗人が!!」
家の扉を開いて最初に目に付いたのは、見た目の割に結構な大音声を発する村長と、その後ろに控える村人の姿だった。
けれど、気になるのは村長そのものではない。
彼が発した言葉にあった。
「……盗人? 誰が?」
「お前以外に誰が居る!?」
思わず聞き返せば、村長はその人差し指を俺に向けて来る。
だが、当然この身には覚えがない訳で、心外だと村長に向かって問い返していた。
「何かの間違いだな。俺にはそんな間は無かった。大体、誰の何を盗ったって言うんだ?」
「金だ! 十万Tもの大金を、挨拶の際に私の家から盗っただろう!? 忘れたとは言わせんぞ!」
「......?」
その言葉に、目を剥いた。
無論、図星だからではない。
その指摘が的外れであったからに他ならないが、同時に解せない事が一つ。
何故この村長が、十万Tもの大金を俺が持っている事を知っているのか。
この話はタリアとロティアくらいしか知らない筈なのに――と思った所で、一瞬だけ俺の思考は停止した。
「ああ、そう言うことか」
そうだ。昨日、タリアは村長に耳打ちしていた。
具体的に何を話したのかは明かしてくれなかったけれど、恐らくその時なのだろう。そう考えれば、いきなり村長の態度が変わった理由にも説明が付くのだから。
「……グルだったんだな?」
「何の事か分からんなぁ。さあ、大人しく盗んだ金を返せ。そうすれば命は取らん、身一つで村からは追放するがの」
自信たっぷりに、そして欲に眩んだ目を見せるその男は、背後に控える村民と共に、一歩ずつ近づいて来る。
そうやってゆっくりと圧力を掛ける算段なのだろうが、生憎とここで怯んでなどは居られない。
「そこまでして金が欲しいかよ」
「返せと言っておるだろう? それは儂とタリア達のものだ。のう?」
村長から向けられた言葉は、途中から俺へのものでは無くなっていた。
この身の更に後ろに控える、一人の少女へ向けられていたのだ。
「私の……お金!」
「違う、これは全て俺のだ。奪ってすらいない、知人から貰った大切なものの一つなんだからな」
タリアの目は何処か虚ろなような気がしくもないが、それもその筈、彼女の目には憎悪と殺意が見えるのだから。
もはや、彼女には何を言っても無駄なのだろう。
その目は欲によって、そこの村長のように濁り切っていたのだから。
「お母さんを……助けるんだっ!!」
背後からその叫び声と共にタリアが飛び掛かって来る。それも、右手には刃物を握り締めて。
彼女の勢いは森で見て来たどの妖魎よりも劣っていて、殺意以外はどれをとってもまさに児戯。
けれども、その向けられた殺意は、憎悪は、あの日にルキウスから向けられたものと同質で、僅かに体が強張ってしまう。
気付いた時には彼女はあと三歩ほどの距離に居て、右手に持った刃物を左肩の上にまで振り被っていたのだ。
それでも回避するには充分間に合い、後ろへ跳ぶことで躱した。けれど、迂闊な事にそれによって被っていたフードへの注意が逸れてしまう。
もう既に、屋外へ出ているというのに周囲への警戒を怠ってしまっていたのだ。
だからだろう。唐突に吹いてきた風に、反応が遅れてしまったのは。
「げっ」
あっと思った時にはもはや遅く、右斜め前から吹いた強い風によって、灰色のフードが外れてしまっていた。
そして露わになった白髪を、一秒が十秒にも感じる時間の中で、タリアはじっくりと凝視し、次いで俺の紅い双眸と目を合わせる。
先程まで騒ぎ立てていた者達もまた一様に静まり返り、村長以下その場の全員がこちらを注視していたのだ。
「エ……“白儿”?」
俺は慌ててフードを被り直すものの、それはもう手遅れであった。
夢か現かを疑う様に何度も目を瞬かせたタリアが小さく、されど誰にも聞こえるような短い呟きを漏らしていたのだから。
すると、それが合図となってか、波紋のようにひそひそとした声が広がっていく。彼らの交わされる話し声が微かに鼓膜を揺らすが、その内容を想像するのは容易な事だった。
向けられる視線は驚愕、畏怖、奇異、侮蔑、そして懐疑。
恐らくタリアを含めて本当に俺が話に聞く“白儿”なのかという疑問が、誰しもの頭を過っている事だろう。
だが、そんな空気を一気に変える声が、一つ。
「こやつは泥棒、決まりじゃ!!」
しっかりと俺を見据えて言い放たれた村長の言葉は、それだけで充分だった。
何故ならば、彼の言葉に反応した村人たちが一斉にこちらへ敵意の視線を集中させたのだから。
「誤解だっ、俺は泥棒じゃ……」
「そんな訳あるか! 皆の者、コイツの髪と眼を見たであろう!? コイツは神の敵っ! あの“白儿”に違いない!」
「そうよ! コイツは私の娘を突き飛ばしただけじゃなくてお金も奪ったの! こんな悪魔を絶対に逃がさないで頂戴!」
騒ぎが大きくなってしまいそうなのを感じ取り、すぐに抗議の声を上げても、それは村長とロティアの声によって上書きされてしまう。
「観念しろ、悪魔が!」
「捕まえて吊るし首だ! 絶対に逃がすな!」
続々と姿を現し囲もうとして来る村人たちに、あの肥え太った子爵が率いていた追手たちの姿が重なる。
だからもはや何を言っても言葉が通じないのが、すぐに分かったのだった。
「……ふざけんなっ! 俺は、俺は違うッ!」
それでも、無駄だと分かっていたとしても、叫ばずには居られない。
誰に何と言われようと、自分は皆と変わらないただの人間だと。
だが案の定、村人たちは止まらない。止まってくれない。
何を言っても問答無用で掴み掛って来るのだ。
そんな彼らの目を晦ます為に、俺は魔力の弾丸である白弾を地面へぶつけて派手な砂埃を立てつつ、素早く逃げ道を探す。
もはや、魔法を人前で使わない云々言っている間など無かった。
「こ、コイツ、魔法が使えるのか!?」
「怯むな、囲って捕まえるんだ!」
「面倒だっ、生死なんて構うか! 盗まれたもんさえ確保すれば良いだろ!?」
その言葉と共に飛んで来る、一本の矢。
砂煙の中、距離があったのと狙いが荒かったのとで当たる事は無かったものの、外れたそれは一人の村人に命中したらしい。
悲鳴の上がった方をちらと見遣れば、矢は腕に当たった事で命に届きそうにもない。しかし、村人の一人が負傷したことによって彼らに走った動揺を利用し、俺は一気に駆け抜けて行く。
「おい、どこ行った!?」
「そっちだ、逃がすんじゃねえぞ!」
「追え……って、居ない!?」
「駄目だ、見失った!」
「領主様に報告を!」
被っていたフードが再び捲れてしまったとか、もはやそんな事に気を配る余裕もなく、ひたすら逃げて、逃げて、逃げる。
どんどん遠退いて行く人の声に安心感を覚えつつ、俺は再び森の中へと入って行くのだった――。
◆◇◆
方角は、はっきりしない。北なのか、南なのか、将又西なのか東なのか。
ただ言えるのは、そこが日の光の届かない洞窟の中であるという事だけだ。
「……酷い有様、だね」
明かりに照らされ、折り重なった無数の死体を見下ろしながら、一人の人物が呟きを漏らす。
その人物は、薄鈍色の外套を纏っていた。露出した頭部から純白の髪が見え、しかし彼の顔は白地の仮面に覆われて窺い知ることが出来ない。
だが、そんな中性的な声と仮面から覗く紅い眼は、消沈したような色が滲んでいた。
「間に合わなかったな」
「全くだ。一旦調査を中断して出向いたのも、そしてこの調査も、どっちも目的を果たせず終い。特にこっちは深刻だよね」
虚空から聞こえて来る声に、彼――リュウは死体の一つを調べながら重々しく首肯する。
その男の子の死体はだいたい十三、四歳くらいだろうか。
他の死体も性差は在りつつも同じ年齢くらいで、しかし服装などから見るにそれ以外の共通点は見いだせない。
高貴な者から貧しい者まで、その様々な出で立ちをしたそれらが明かりに照らされた洞窟内で、埋葬もされず放置されているのだから。
「“魂喰”の痕跡は?」
「あるね、ハッキリと。一撃で致命傷と成ったであろう部分から、それが引き摺りだされたのが良く分かるよ」
出所のはっきりしない声の源をよく見れば、リュウの周囲を一枚の木板が浮遊している。どうやらそれが言葉を発している様だった。
大きさは拳ほどしかない木の板が浮いているという、それこそ本当に奇怪な事象であるのだろうに、しかし彼はそれをまったく気にした素振りを見せずに会話を続けていく。
「それじゃあ、折角捕まえた捕虜さんにでも話を聞いてみるかな?」
「聞いたところで無駄な気がするんだよなぁ。口割るとは思えねえ」
「うーん、まぁやって見なきゃ分からないでしょ」
そう言って彼が首を巡らせた先に居たのは、四肢を切り落とされて一切の身動きを封じられた一人の女性。
綺麗に切り落とされた四肢は戦闘の痕跡と共にあちこちに点在しているが、だというのに患部からは一切の出血が止まっていた。だがその代わりにと言うべきか、それら傷口からは焼け焦げた匂いがする。
「さて、この子たちが何なのか、教えて貰えないかな? 魂喰をしたのは分かったけど、その魂をどうしたのか、とか。あとはどうして皆大体同じくらいの年齢なのか、とか」
「……私がそれを吐くとでも? 言っておくが、何度やっても無駄だぞ」
「だよねえ。拷問は嫌いだからこうして何十回も訊いているけれど、未だに全く吐いてくれないし」
参った参ったと頭を撫でるリュウは、しかしその動作からして本当に困っているのか判断に迷う所であった。
「分かっているのなら早く殺せ。さっきから腕も脚も痛くて敵わない。私をこうした責任を持つんだな」
「ははっ、この数の子供を殺しておきながら責任云々言われる筋合いは無いと思うんだけれど、そこについてはどう考えているの?」
「ふん、そんなものに何を感じる必要がある? 寧ろ主様の礎となれるのだ、光栄に思うべきであろう?」
そう言う彼女の瞳は、うっとりと何かに陶酔しきって居る様だった。
何かを妄信し、自らの行いを正しいと一切疑わない、まるで狂信者のようなその言動に、リュウは呆れた様に呟かずには居られないらしい。
「一体何を吹き込んだらこんな事になるのやら……」
彼は困った様に肩を竦めると、右掌に一つの白い球体を生み出した。それを見て厳しい表情を見せた女だったが、リュウはそちらに一瞥もせず無数の死体がある場所の真上へと視線を移した。
「……なにをする気だ?」
「いや、ちょっとね」
怪訝そうな顔をする女の言葉を適当に流し、尚ももう少し洞窟の岩盤を見つめる。
そうして徐にその右手を持ち上げたかと思えば。
彼は無数の白い球を以って、頭上にある洞窟の岩肌を破壊したのだった。
それによって洞窟全体が崩壊までは行かないものの局所的に崩落が起こり、騒がしい音と共に降って来た土塊が子供達の死体を覆い隠す。
それと同時に大量の砂塵が降り注ぎ、巻き上げられるのだが、リュウはそれを受けても一切咳き込む気配は見せず、平然と立っている。
「ちょっと荒っぽい埋葬かもしれないけど、ごめんね」
ゴホゴホと咳き込む女に一瞥もくれずに小さく呟くと、次いでその彼女へと体ごと目を向け、最後にこう言う。
「君はそのままだ。四肢を切り落としたまま殺しもしないし、埋葬もしない。餓死するなり舌を噛んで自死するなりは、精々自分で考えてくれ。それが殺された子供達への償いになるかは分からないけれど、それでも当然の報いだよね?」
「きっ、貴様……主様の逆鱗に触れたいのか!?」
「あははは、何を言うかと思えば。実のところ、僕はもうとっくにその逆鱗とやらに触れているから、今更何をしたって代わりやしないよ」
「……どういう事だ!?」
愕然とした顔を晒す彼女に、しかしリュウはもはや全く関心を示さず、無言のまま洞窟の出口へと足を向けていた。
やがては死ぬお前に、それ以上知る価値は無い。
声を掛けられても一切振り返らないその背中は、何よりも雄弁に彼の気持ちを語っているようであった。




