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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第九章 オモイブツカル
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第四話 起死回生STORY⑧



「あ……ウ」


「何度……何回私達に手を汚させるつもりだ、貴様らは!?」


 もはや何体目とも知れない()()ぎだらけの怪物を屠り、シグルティアは咆哮する。


 睨む先には当然エピダウロスが立っているが、彼がそんな視線を向けられて今更動揺する筈も無かった。


 それどころか、相変わらず頑丈そうな妖魎(モンストラ)に腰掛けて笑っているのである。


「人は生きている時点で罪だと、そう考える宗教家だっているんだぜー。そっちが幾らその手を汚したと考えようとも、今更だとはおもわねーか?」


「そんな理屈、話にならないな! 都合の良いように言葉を並べ立てて……」


「それだってお互い様だ。お前だって人を殺したくないとか言う主張の為に都合のいい言葉を並べ立ててるだろー? それと何が違う?」


 言葉の応酬の最中(さなか)


 徐々に、徐々にだが、シグルティア達はエピダウロスの下へ近付きつつあった。


 シグルティアを先頭に、その前進をスヴェンやレメディア、シャリクシュとイシュタパリヤが援護しているのだ。


 それ以外の方向――例えば側面や後方はガイウスら狩猟者(ウェナトル)三人組とタグウィオスやラドルスが受け持って支えていた。


 そうして彼我の間にある妖魎(モンストラ)神饗(デウス)兵を屠り、吹き飛ばし。


「違うさ! 違うに決まっている! 貴様のように自分の為だけに周りを踏み躙れるような奴がどうして、私達と同類になれると思う!?」


「……だからさー、何度も言わせないでよ。何を良い繕ったところで人殺しは人殺しなの。そして殺された奴の言葉なんてもう分かる筈も無いんだから、殺しの優劣なんて殺した側が勝手につける恣意(しい)的なものでしかないんだってばー」


 愚かだなあと、エピダウロスは笑う。


 ここまで言葉を交わして、頑なに人殺しに対する理由付けを行うシグルティアの心理が本当に理解出来ないのだろう。


「そんなに俺の主張は認められないって言いたいのかなー? 冗談じゃないよ。それを受け入れたら、受け入れさせられたら……俺に残されるのは苦痛の中での死なんだからさぁ!?」


「……ッ!」


「断続的に体の中で何かが小さく爆ぜ続ける痛みが、恐怖が、お前らに分かるか!? 不治で希少な病と言われるだけに情報も不足していて、いつどのように死ぬかも分からない恐怖と隣り合わせになった事はあるってのかよ!」


 それは、エピダウロスの心からの叫びだった。


 今も彼の体の痛みは続いているのだろう。時折、その顔は苦痛と思しきものに歪み、歯を食い縛っていた。


「痛い……ああ、痛い! 最近は特にね! 多分、また症状が進んで来ているんだと思うよ。度合いも間隔も、酷くなってきているんだからさあ!」


「だからと言って貴様のやった事が正当化されるとでも!? 恐らく万人は貴様の行いを認める事はしない。絶対にだ!」


「……俺は別に、誰かから認めてもらう為に生きてる訳じゃねー。生きたいから生きて、これから先も生きる手段を模索してるだけなんだよ」


 不意に、妖魎(モンストラ)の幾らかが雄叫びを上げ、先程よりも激しくシグルティア達を攻め立てる。


 それはまるでエピダウロスの言葉に呼応するようで、その気迫に押されて彼女達の前進速度が少しばかり減衰するのだった。


「いいねえ、流石は俺がこの手で調整した手駒だ。声に出さなくとも指示通りに、思い通りに動いてくれる」


「生きたまま(はらわた)割いて変な改造手術……まさに生物兵器だな。おまけに人造人間も居るし」


「意思が残ってるかどうか気になる所だが、それを確かめる余裕もないのでは仕方ないな。やはりまずはあの男を殺すしか……!」


 スヴェンの言葉に応じながら、シャリクシュが一瞬の隙をついて銃を構える。


 当然、その標準の行き先はエピダウロス。


 彼も自身が狙われている事を今になって気付いたらしいが、その時にはもう遅い。


 回避行動など間に合う筈もなく、シャリクシュの人差し指が動いていた。


 ――だが、その銃弾は標的に届かずに、突如として割り込んだ影――つまり妖魎(モンストラ)がそれを遮っていたのだった。


「……危ない危ない。危うく殺される所だったぜー。それにしても、見れば見るほど驚異的な武器だな。お前が一時的に俺達と一緒に居た時、もっと詳しく解析しとけば良かった」


「そりゃどうも。驚く(つい)でに死んでくれると良いんだが」


「嫌だねー。俺は意地でもこの世界にしがみ付くぜ。獣や昆虫だって限界まで足掻くんだ、生物として当然だろ?」


 そう言いながらエピダウロスが腰から取り出したのは、人の前腕ほどはあろうかという筒。


 短い棒状のそれは、持ち手付近から小さな煙を吐き出し、何かが赤熱しているらしかった。


 そしてその筒の先端が、シャリクシュへ向けられ――――不意に火を噴いた。


 途端に辺り一帯へ乾いた音が轟き、シグルティアが振り返った先ではシャリクシュが呻き声を漏らしていたのだった。


「おい、大丈夫か!?」


「……問題ない、急所も外れて掠っただけだ。それよりも、次来るぞ!」


 先程までは無かったシャリクシュの肩の切創に誰もが気を取られたのもつかの間、彼の警告で意識を正面に引き戻される。


 果たしてそこには、彼の言う通り二射目の装填を終えたエピダウロスの姿があったのである。


「やっぱこいつは便利で良いなー。正確に復元できなくて、既存技術の代用が過半数だけど」


「あの野郎、銃をコピーしたのか!?」


「けど火縄型だな。連射性には劣る」


 スヴェンの驚愕とは対照的にシャリクシュが冷静にそう言った直後、二射目が放たれた。


 しかしそれはレメディアが展開した何層もの植物による盾に阻まれ、誰にも届く事は無いのだった。


 それを確認して、エピダウロスは片方の眉を上げて言っていた。


「ありゃ、流石に対応も速い」


「……その程度で私達を止められると思うなッ!」


 シグルティアがそう叫んだ時には、もう彼女はエピダウロスのすぐ目の前にまで迫っていた。


 彼女の周りに展開された無数の氷柱(つらら)が、今にもエピダウロスの小柄な体へ殺到せんとする、が。


「俺が無策でこんな場所に居る訳ないだろー?」


「ッ!?」


「さあ押し潰せ、百八号」


『…………』


 ここに来て、エピダウロスの乗っている妖魎(モンストラ)――百二号が動き出す。


 改めて観察してみれば、それはハットゥシャで遭遇したあの“怪物”に類似していて、鱗も無ければ毛皮も無い黄土(おうど)色の皮膚は縫い目だらけの上に所々が怪しく痙攣していた。


 頭部は馬にも似た形状をしていて、何かと掛け合わせたのか大きな角が二本生えている。


 四肢は人の手の様な形をしているだけに、人間もその中にかけ合わされている様で、より一層不気味さを際立たせていたのだった。


「できれば、これとは戦わずに決着させたかったが……仕方ない


「うわ、何かハットゥシャで遭遇した奴より酷くなってない?」


「まあ、何度見ても気持ち悪いものは気持ち悪いな」


「問題ない、撃ち殺すだけだ。イッシュ、透視を」


「……了解」


 シグルティア、レメディア、スヴェン、シャリクシュ、イシュタパリヤ。


 各々全力での臨戦態勢を整えて、そして動き出す。


 氷漬けにし、或いは植物を絡ませて動きを封じ、地面から飛び出した土杭や金属の杭、そして狙撃が怪物を穿(うが)つ。


 だけど、いつぞやがそうであったように、その怪物もまたビクともしないし、()しんば傷がついてもすぐに再生してしまう。


「……またこれかよ!」


「イッシュ、まだ掛かりそうか?」


「あともう少し。時間、稼いで」


 瞑目して動かない少女の方をチラリと確認したシャリクシュは、スヴェンと共に足止めへ転じる。


 イシュタパリヤの異能(インシグニア)――千里眼によって怪物の弱点が看破できるまでは、幾ら攻撃しても無駄になる可能性が高いだけにそれは当然の選択だった。


「俺の生み出したこいつは最高傑作だぜー? そうやって受けに回って、いつまで耐えきれるかな?」


「……視えた。胸部、心臓内部。強固な筋肉の他に肋骨あり。心臓の筋肉も強靭。一撃での破壊は不可能」


 怪物による攻撃が繰り返されていく中、そこで遂にイシュタパリヤが目を開ける。


 その彼女の口から紡がれる報告を、エピダウロスも耳聡く聞きつけたのだろう。一瞬驚いた顔を見せた後、すぐに余裕の笑みを貼り付けていた。


「へえー、やっぱ伊達に聖女と呼ばれてないだけの事はある……けど、中身を見抜いたところで俺の作った百八号(コイツ)を倒し切れる訳が無い!」


「それは結果を見てから言って欲しいものだな」


 シグルティアがそう言った直後、スヴェンの魔法が発動する。


 土造成魔法であるそれは、見る見るうちに怪物の足元の地面を泥のように変形させ、四肢を沈み込ませていたのだ。


 幾ら強靭な肉体を持つ怪物であるとはいえ、四肢がその根元まで埋まってしまってはどうする事も出来ない。


 つまりは無防備な体をこの場で晒す事になるのである。


 その事を理解したエピダウロスは、状況が一変した事を悟ってか表情から余裕を失っていた。


「やってくれるッ――……」


「一点突破だ! スヴェンはそのまま術式の維持、他の皆は私に続け!」


 直後には三人分の魔法攻撃が加えられ、怪物の悲鳴が上がる。


 流石にそれだけの火力を一度に投入されては、頑強な体を持つ怪物と言えども限界があるのか、その肉体の内部までもが露わになっていた。


 しかし、それだけの火力をしても一撃では倒すに至らなかったらしい。見る見るうちにその傷が回復を始め、この機会を逃すまいとシグルティア達はもう一度魔法を行使する――が。


 それよりも早く、怪物の体に変化が起きていた。


『――――』


 何やら言葉にならない声を発したかと思えば、急速にその体が変形していくのである。


 そしてそれはあっという間に人間ほどの大きさになってしまい、当然の如くスヴェンによる土魔法の拘束をも脱していた。


 その光景を目の当たりにして、スヴェンも信じられないものを見たという表情をしながら、一歩だけ後退(あとずさ)る。


「コイツも……姿を変えられるのか!?」


「言っただろー? 百八号(コイツ)は俺の最高傑作だって。ハットゥシャで作った奴よりも出来は遥かに良いんだよ。これがそう言う能力を持ってない訳ねえだろ」


『腹、減ッタ……』


 低い、声。それも明確な人語を話す。


 体表の色は相変わらず黄土色で、雌雄の別も無い。頭部には髪も目も鼻も耳も無く口のみが存在していて、シルエットだけが人間の形をしていた。


 そしてそれはハットゥシャで遭遇した先の怪物の人型よりも少し小柄で、しかも筋肉質にも見える。


 放つ威圧感も、以前遭遇した同型とは格が違っていた。


「間一髪間に合ったな。ま、こうなってしまった以上は、お前らには百八号(コイツ)(かて)になって貰おうか。消費しちまった力を取り戻さないといけねーからなー」


『……何カ、食いタイ。食わセろ』


 フラフラとした足取りながら怪物が呟けば、その横に並び立つエピダウロスは笑ってシグルティア達に視線を向ける。


 そして、彼女らを指差して命令するのだ。


「ああ、良いとも。そこに居る連中は全部食べて良い。さあいけ、百八号」


『…………』


 直後、その指示を受けて怪物は動き出す。


 まず手始めに、すぐ真横に立っていたエピダウロスの左腕を噛み千切ったのだ。


「――は?」


 もしゃもしゃと、まるで干し草でも食うかのように咀嚼される腕を見て、彼は間抜けな声を上げる。


 それからエピダウロスはゆっくりとした動作で自信の左側へと顔を向け、目を剥いた。


「……どういう事だ!? おい百八号、お前っ、俺の命令が聞こえなかったのか!?」


『不味イなぁ……美味しクナい』


 激しく出血する左肩を押さえながら、エピダウロスは横で腕を咀嚼し続ける怪物に怒声を上げる。


 だが、怪物はそんなものを歯牙にもかけず、何やら場違いにも思える呟きを残していたのだった。


『腹減ッタラ食うノ、普通……ダ、ロ?』


「待て、待てって……」


頂きマス(・・・・)


 状況を察して慌てて身を翻そうとしたエピダウロスだったが、彼は呆気なく怪物の手によって襟首を掴まれる。


 それでも諦めずに四肢を振り回し、何とか藻掻いて脱出しようとするのだが、怪物の前では人間の力など赤子も同然だった。


「嫌だ、俺は……やっと、やっと生き残る手段を見つけたのに……」


『ヤッパ、不味い。ケど、食ウ。勿体、無いシ』


「何で、どうしてこんな時に死ななくちゃいけないんだ!? こんな、こんな奴に食われて……食われたくない! 助けて……誰か! エクバソス、ペイラス!」


 あんぐりと広げられた怪物の大口は。まずエピダウロスの足から食べ始める。


 それは食材に例えるならキュウリやナスを生のまま丸かじりしているような調子で食べる怪物の口は、もう既に血で(まみ)れていた。


 必死で足掻くエピダウロスの言葉に耳などかさず、或いは耳に入っていないみたいに、咀嚼を続けるのだ。


 そんな中で、激痛に悲鳴を上げ続けていたエピダウロスの体力も精神も限界に達したか、不意に彼の絶叫が衰える。


 まるで譫言(うわごと)のように弱々しい声で、見開いた目に涙を(たた)えながら呟く。


「俺は……まだまだ生きる、生きられる、筈なのに……」


『――ゴ馳走様デシタ』


 ばくり、と怪物の口が閉じられる。


 最後に怪物は口の周りについた血糊を舐め取り、そして呆気に取られるシグルティア達に視線をむけると口端を吊り上げるのだ。


『……お前ら、美味しソウダナ』


 視られている。


 怪物には目も鼻も見当たらないと言うのに、彼女達はそう感じて肌を粟立たせていた。いや、粟立たせずにはいられなかった。


 今までに戦ったどんな相手よりも危険な気配を、誰もが感じ取っていたから――。







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