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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第九章 オモイブツカル
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第四話 起死回生STORY⑦





 荒い呼吸の中で、タグウィオス・センプロニオスは周囲を警戒しつつ接近してくる敵を斬る。


 既にその全身からは玉のような汗が吹き出し、肉体的にも精神的にも疲弊している事を現している様だった。


 そしてそれは彼だけに留まらず、すぐ横に居るラドルス・アグリッパ、それにガイウスら狩猟者(ウェナトル)三人組も同様であった。


「くそ……空間魔法ってのがここまで厄介だとはな」


「気を抜くな!急所を斬り裂かれれば行動不能か、最悪死ぬぞ。相互に監視を怠るんじゃねえ」


「あの男……この場において一番厄介な存在に間違いなさそうだな」


 憎々し気にガイウスが舌打ちをすれば、彼と背中合わせになっているプブリウス・ユニウスとマルクス・アウレリウスも荒い呼吸の中で、長身の男に目を向ける。


 ペイラスと呼ばれるその男は今も悠然として一段高い建物の屋根に立ったまま動かない。


 そしてそこから、隙を衝くように攻撃を仕掛けて来るのだ。


「――ッ!」


 甲高い金属音が、辺りに響く。


 三人ともがハッとして音のした方へ目を向ければ、そこには剣を握ったタグウィオスと、宙に浮かぶ短剣を握った右手。


 その右手は手首より奥が無くて、まるで意思を持って浮遊しているような、現実離れした光景だった。


「ウザったいったらありはしないな。コイツのせいで、他の敵を相手にするのも楽じゃねえ」


「さっさと近寄って仕留められれば楽なんだが……ああいう奴は足が速い。追い掛けてどうにかなる相手じゃねえんだよな」


 幸いな事に、この場に居るペイラスとエピダウロス以外は突出した脅威が無い。強いて言えば雑魚敵の数が異常なまでに多い事だが、その程度はどうにでもなるだろうと、この場の誰もが考えていた。


 事実、彼らは皆誰もが腕利きであり、今のところ掠り傷一つも負ってはいないのである。


 もっとも、それももうじき厳しくなってきそうではあるが――と、ガイウスが顔を顰めた直後、足元から確かな魔力を感じ取っていた。


「野郎ッ!?」


 ゾッとした感覚に突き動かされるがままに足を持ち上げれば、その直後に短剣が虚空をなぞる。


 あと少し遅ければ足に傷を負っていただろうし、あの短剣も毒が塗布されている事を予想して、ガイウスは間一髪危機を脱した事に胸を撫で下ろす。


 しかしそんな暇もそこそこに、即座に反撃へ転じる――が、その時にはもう、ペイラスの手と短剣は引っ込んでしまっていた。


 それにいい加減苛立ちを爆発させた彼は、ペイラスを睨み付けながら叫ぶ。


「これじゃ戦いにもなりやしねえ! お前……今からそこ行ってやるからな!?」


「おっと、待て待て」


いきり立つガイウスだったが、しかしそれを宥める様に、后羿(コウゲイ)が肩に手を乗せる。


 先程まで妖魎(モンストラ)神饗(デウス)兵に掛かり切りだった彼は、しかしその身に返り血一つ浴びずにそこに立っていて、辺りには無数の屍が転がっていた。


「そろそろ、雑魚敵の相手はお前らに任せる。あの空間魔導士は俺に任せとけ」


「……あ、ああ」


「そう心配すんなって。俺様は強いぞ。それに、あれはさっさと倒した方が色々楽だろ?」


 呆気に取られるガイウスに軽く笑ってやりながら、后羿(コウゲイ)は手に持った弓へ矢を(つが)える。


「最近良いとこ無しだし、いい加減手柄をってな」


 そう言い終わるが早いか、彼は地面を蹴った。


 路上に(ひし)めく妖魎(モンストラ)神饗(デウス)兵を足場として一気に建物へと駆け上がり、目指すは当然ペイラスただ一人。


 他方、標的となったペイラスはと言えば、急速に迫って来る后羿に目を少しだけ見開き、それでも冷静に応戦する。


 具体的には、空間魔法によって実現可能となる、短剣による全方位攻撃だ。


 しかし、ペイラスの座標設定をも置き去りにして、后羿(コウゲイ)は迫る。


「遅い遅い!」


「……化け物が」


 空間魔法それ自体は、攻撃性を持たない魔法である。


 特に遠距離ともなれば、魔力の消費量も大きくなるため、攻撃手段そのものが限られてくるのだ。


 だから、ペイラスの攻撃手段は主に、手首から先を転送する事による斬撃、つまりは暗殺向きのもの。


 真っ直ぐに突っ込んでくるような相手とは、余り相性が良くないのである。


 結果、ペイラスは他の攻撃手段でそれを迎え撃たなければならない状況へと運ばれてしまう訳で。


「余り使いたい手では無いが、仕方あるまい」


「……お、何だ?」


 何かを察知してか、后羿(コウゲイ)が面白そうに笑った直後、彼の居た空間が削り取られる(・・・・・・)


 それに巻き込まれたらしい建物の屋根の一部も綺麗に消滅し、ただ魔法が行使された痕跡のみが残っていた。


 しかし、それでは迫りくる敵を屠るには足りなかったらしい。


「あぶねーな。あんなもの喰らったら幾ら精霊でも消滅しかねないじゃねーか」


「消滅してくれればありがたいんだがな?」


「残念、それは無理だ」


 音もなくペイラスの背後へ回り込んだ后羿は、抜剣しながら斬撃を見舞う。


 だがその白刃の軌道は不自然に捻じ曲げられ、ペイラスには傷一つ付かないという、冗談染みた結末を見る事となる。


「ありゃ、上手く(かわ)すね」


「私の攻撃を全て見切るような奴に言われたくは無いな」


 そう言って身を翻し、ペイラスはその右腕を振るう。


 すると后羿はそれを剣で切り落とすでもなく、大人しく後退しつつ矢を射るのだった。


 その矢の軌道は間違い無くペイラスの額へ直撃する筈が、だと言うのに直前で消失する。


 そして気付けば、后羿目掛けて返って来たのだ。


 それを間一髪で躱し、彼は顔を(しか)める。


「つくづく嫌な魔法だな、お前のは」


「……よく言われる。だが私に言わせれば、貴様らの様な化け物染みた身体能力を持つ方が、厄介だと思うぞ」


「どーも。ま、今の俺は人じゃ無くて精霊だし」


 そう言いながら、彼はまたも一気にペイラスとの距離を詰める。


 足場の悪い、建物の屋根の上だと言うのに彼の素早さに衰えは見られず、またも一呼吸ほどの間にペイラスとの距離を食い尽くしたのだ。


「それにしてもお前、人間にしちゃ随分な実力だよ。それだけ強けりゃ、こんな所じゃなくても活躍する場所はあったんじゃねえの?」


「……昔の話だ。今は関係ない」


「なるほど、訳アリか。ま、訳も無しに神饗(デウス)とか言うヤバそうな組織に加わる訳もねえやな」


 ぴくり、とペイラスの頬が少しだけ跳ねたのを、后羿(コウゲイ)は見逃さない。


 そして挑発するように告げるのだ。


「没落でもしたか? 可哀想に」


「没落? 馬鹿を言え、私が自ら捨てたのだ! あのような愚かな者共の巣窟に居ては、私まで腐りそうだったからな!」


「とか言って、捨てられたんだろ? よくある話だが、政争にでも巻き込まれたか?」


「……黙れ、誰が貴様如きに教えるものか!」


 ボコリ、とペイラスが立っている屋根のすぐ近くが、独りでに削れる。


 彼の精神に動揺でも生じたのか、そのせいで狙いが狂ったらしい。それ以外の場所でも、空間魔法の暴発を現す様に建造物の一部が削り取られていくのだった。


「私は……私はあれらを地に這いつくばらせて、それを見下ろすまで死ねん! 絶対にだ!」


「……あらら、闇が垣間見えるな」


「愚かしい者は支配されねばならんのだ! それが貴様らは何故分からない!? 私は本来、嘲笑されるような人間ではないと言うのに!」


 その瞬間、彼の周囲に生み出される、無数の“窓”。


 后羿(コウゲイ)をして明確に視認出来る訳では無いが、そこだけ水面のように空間が歪む様子を目にすれば、空間魔法が行使されている事を察知するのも難しい話では無かった。


 そして、展開されたその無数の“窓”から射出されてくるのは、先程ペイラスが空間魔法で削り取った建築物の一部たち。


 しかもそれらはどういう原理か異常なまでの勢いを持っていて、直撃すれば幾ら后羿と言えただでは済まないくらいだった。


 ……もっとも、彼はそんな直進しかしない攻撃に当たる程、未熟でも無いのだが。


「ちょこまかとっ……!」


「へへ、こんなものに当たる后羿(コウゲイ)様じゃないんでね!」


「馬鹿にして……貴様の様な存在が、私は心の底から嫌いだ! 許しても、生かしても置けない!」


 直後、ペイラスの姿が掻き消えたかと思えば、后羿(コウゲイ)の背後に出現する。


 自分の魔法で、自分の体を一瞬にして転送して見せたのであるが、勿論普段の彼ならばこのような大技を用いる事は早々無い。


 それと言うのも幾ら至近距離でも人一人を瞬間移動させるには魔力の消耗が激しいのである。


 しかし、それだけの無理をした甲斐があったのか、后羿(コウゲイ)は完全に背後を取られた事に驚愕していた。


 そして当然、それはペイラスにとって千載一遇の好機であり。


「ここで貴様を……!」


「――ッ」


 振るった短剣は確かな手応えをペイラスに伝え、実際に后羿の肩には斬撃の痕が生じていた。


 とは言え、精霊である彼の体から血が流れる事は無く、精霊を構成する魔力がそこから幾らか流出しているだけに留まっていた。


 しかし攻撃が命中したというそれだけの事実でも、彼を勢い付かせるには十分過ぎるもので。


「流れは私にあり……一気に決めようか」


「調子に乗りやがってからに……!?」


「乗らせるような隙を見せたのは貴様だぞ?」


 頭上より、瓦礫が飛来する。


 つまりペイラスが削り取っていた物の残りが、上空に転送されて自由落下を始めたのだ。


「……おいおい、冗談じゃねえぞ」


「貴様を確実に討つにはこれくらいしてもまだ足りぬと思うがな」


 状況を理解した后羿(コウゲイ)が顔を引き攣らせながら退避行動に入り始めた直後、瓦礫が到達する。


 相当の質量と慣性の乗った瓦礫群は瞬く間に落下地点の路上や建物の屋根を穿ち、砕いていく。


 それを安全な場所から眺めていたペイラスは、己の目を細め、立ち込める砂煙の中から后羿(コウゲイ)が脱出してくるのを今か今かと待っていた。


 勿論、瓦礫で押し潰されてくれればそれに勝るものは無いが、まずあの精霊がこの程度では斃れないと理解していたのである。


 だから、立ち込める煙より出て来たその瞬間、急所を掻き切る事で勝利を掴む事を狙った。


「精霊を殺す……数少ない人間になれる訳だな」


 不老不死と言われる精霊だが、実際には死ぬ。


 一般的な生物の致命傷で死ぬ事は無いが、一度に大量の魔力を失ったり、或いは体内にある核を破壊されると霧散して消滅してしまうのである。


 大量の魔力を失った場合は死ぬというより大幅な弱体化で人の形も取れない弱々しい存在になったり、もしくは“初期化”と呼ばれるような状態にも陥る。


 どちらにしろそうなれば抵抗する事は不可能となるので、ペイラスの勝ちとなる訳だ。


 だから――。


「……見つけた」


 目を細め、砂埃を手で払いながら出て来た后羿(コウゲイ)を目にした瞬間、ペイラスは己の勝ちを確信した。


 腰に下げていた剣を抜き、そして“窓”を后羿の背後に出現させる。


 その間、当の后羿は周囲を警戒しながら矢を取り出していて、背後に危険が迫っている事に気付いた素振りも無かった。


 ならばこの隙に首を刎ねて視界を奪い、その後で全身を滅多(めった)刺しにしてしまえば、いずれ精霊の核を破壊する事も不可能ではない。


 ――つまりこれで。





「勝負ありだな」


「――ッ!?」





 振り上げた剣を振り下ろすより早く、矢を(つが)えた后羿が上体を振り向かせていた。


 当然、その矢が狙う先は后羿(コウゲイ)の背後にペイラスが出現させた、空間の“窓”――そしてその先にいるペイラスだ。


 つまり、最初から気付かれていたのである。


 その事実に気付き、そして自分が絶体絶命の状況に置かれている事を察知したペイラスだったが、もうどうする事も出来ない。


 取り得る手段は二つに一つ。腕を引き戻して窓を閉じるか、もしくは振り上げた剣で斬りかかるか。


 どちらにしろ間に合うかどうか怪しいもので、しかし斬りかかれば良くても相討ちとなってしまう。


 つまりそれはペイラス自身の死を意味し、彼は次に生き残れる可能性に賭けて腕を引き戻そうとして――。


「……っ」


 ふとペイラスを馬鹿にする様な、得意気な后羿(コウゲイ)の顔が目に付いた。


 瞬間、彼の全身の血が沸騰する。


 何故ならその視線がかつて自身に向けられた、記憶にあるものに似ていて不愉快だったから。


 ――嘲笑。


 それとよく似た表情を認識した、その刹那の間に彼から冷静さは失われていたのである。


 一旦退こうという選択は瞬く間に霧散し、彼はその手に握った剣に力を込め、そして。


「……お前がぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」


「これでも喰らえ、哀れな空間魔導士」


 振り上げられた剣と、(つが)えられた矢。


 どちらの方が当たるのは早いかは、考えなくても分かるだろう。


 片や腕全体を振り下ろすのに対し、片や掴んでいた矢を手放すだけで良いのだから。


 だけどこの時のペイラスには、それを勘案する普段の冷静さすらとうに吹き飛んでいて。


「か……ぁは……」


 向こうの“窓”から飛来した矢は、ペイラスの首を射抜いていた。


 無論、剣を振り下ろそうとしていた腕は途中でその動きを止め、そして刃物を取り落とす。


 足からも急速に力を失い、バランスを崩したペイラスは屋根の上から転がり落ちて、受け身も取れずに路上へ叩き付けられていた。


 その時に頭も強く打ったのだろう、グワンとした意識が遠退(とおの)くような感覚に、彼は今更ながら複数の致命傷を負った事を悟る。


「わ、たし……が……こ、こ、で何故……」


「何故も何もねえよ。お前が俺より弱かった、それだけだ。度を越えた願いは身を(ほろ)ぼすってな」


「私、は……ただ、(しか)るべ、き……扱いが……」


 見下ろし、覗き込んで来る男に、ペイラスは一矢報いんと手を伸ばすけれど、それ以上体は動かないし、魔力も上手く操作できない。


 命が風前の灯火となっている事を自覚しつつ、霞む視界の中で彼は必死に口を動かす。


「貴、様、如き……が、わた、しを見下ろ、す、な」


「あ、そう。これから死ぬ奴が幾ら凄もうとも怖くないね。だってもう、後はねえし」


 残念だったな、と言いながら后羿(コウゲイ)は腰に下げていた瓢箪を煽っていた。


 ゆるぎない勝ちを確信し、余裕の態度を見せるその姿は、どうしようもなくペイラスの自尊心を傷つける。


 だから今すぐにでも目の前のこの精霊を八つ裂きにでもしてやりたい気分だが、体がもう言うことを聞いてくれない。


「何も、達成で、きて、な……いの、に」


 腹の底から、体が冷えていく。


 思考が沈んでいく。


 力の入らない体がどうしてかむず痒くて、そのつもりは無いのに頬が笑みの形を作っていた。


 それに対して、覗き込んで来る男もまた笑う。


「お前は終わりだ、ここで何もかもがな。……あばよ」


「…………」


 もはや、口を開く体力すら残っていない。


 ペイラスが最期に見たのは、遮るものなど何も無い晴天だった。








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