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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第九章 オモイブツカル
223/239

第四話 起死回生STORY③



◆◇◆




 アナトリコン半島の沿岸部に位置する、イリオス。


 地理的にはグラエキアに非常に近く、元々が古代グラエキア人によって築かれた都市であった。


 現在では東ラウィニウム帝国の版図に組み込まれ、貴族が領主として君臨している一都市だった、が。


 今やそこは、昼間だと言うのに赤ん坊の声一つしない、不気味な砦と化していた。


「首尾はどうか?」


「はい、順調です。このイリオスを取り返そうとやって来た領主貴族の軍勢を殲滅に成功し、捕虜も得ました」


「それは重畳(ちょうじょう)だ。早速、主人(ドミヌス)様に献上しよう」


 跪いた長身の男――ペイラスの報告に、ルクスことアウローラは鷹揚に頷き、そして拘束された兵士達に目を向ける。


 その多くは怪我の大小の差はあったとしても生きていて、中には虫の息の者すら見受けられた。


 だが、ルクスからしてみれば最初から救う気のない命に興味など無く、治療を乞う兵士の声も一切合切がどうでも良いものだった。


「貴様らにはこれから、我が主の下へと言って貰う。さあ、歩け」


「…………」


 その指示に兵士達は誰もが不安をその顔に宿し、そして騒めきを生む。


 すると遅々として進まない行列に痺れを切らしたか、捕虜を囲んでいた神饗(デウス)兵の一体が、一人の捕虜の肩を突き刺していた。


 (たちま)ちその場に響き渡る悲鳴に、捕虜たちは(おのの)きながらそちらへ視線を向ける。


「な、何をする!?」


「…………」


 勇気ある捕虜の一人が、神饗(デウス)兵に掴み掛らんばかりの勢いで睨み付けるが、兵はそれを受けて身動ぎの一つもしない。


 それどこか感情の揺らぎすらも見せず、何もかも――魂さえ抜け落ちた虚ろな表情でその場に立っている。


 まるで死人みたいであって、不気味さをこの上なく掻き立てていた。


 それによって心に湧き起る恐怖心を誤魔化す様に、捕虜は悪態を吐く。


「くそ、何なんだよこいつら!?」


「グダグダと言っていないで早く行け。余計な怪我が増えるだけだぞ」


 さあ早く、とルクスは再度街の中心を指差し、捕虜たちに進むよう促す。


 その言葉に、捕虜たちは何度目とも知れない逡巡(しゅんじゅん)を見せるが、それでも余計な怪我を負いたくはないのか、諦めて人っ子一人居ない街を歩いていく。


 往時は多くの人が住み、賑わっていたであろう都市内は静寂に包まれ、聞こえるのは捕虜となったもの達の足音や呻き声のみ。


 時折目に付く、路上や建物の壁に付着した血痕がこの都市の住民の末路を、そして捕虜たちのそれをも暗示している様だった。


「……?」


「どうした?」


「いや、今一瞬小さな男の子が見えた気がしてな」


 恐怖に怯え、時に情けない声を漏らしながら進んでいく行列。その中で不意に建物の一角に目を向ける捕虜に、もう一人が引き攣った笑みを漏らす。


「だとすれば、まだこの都市内にも生存者はいるんだろう。俺らが駄目でも時期に援軍が来る。その生き残りも俺らも、纏めて掬って貰う事に賭けるしかねえな」


「ああ……しかし、こいつら何者なんだ? 報告では数十人程度でイリオス市を占拠したって話だったのに、どうしてこんなに兵士が増えてんだ……」


 脱走しない様にとでも言うのか、周囲を固める神饗(デウス)兵は、一言も言葉を発さず、感情すら欠片も見せない。


 まるで人形のように動くその姿は余りにも気味が悪くて、この都市の奪還に来た兵士達はそれだけで士気が挫かれてしまった。


 おまけに、刺したり首を飛ばした程度では死なない。いや、動きを止めないと言った方が正しいのか。


「なあ、やっぱこいつら、イリオス市の住人だった奴らなんじゃ……」


「かもな。(よそお)いが兵士の物じゃねえ。完全にその辺の平民で……けど仮に死体だったとして、一体どんな魔術や魔法を使ってるって言うんだ?」


「そんなの知る訳ねえだろ。俺らだって別に魔法が使える訳じゃ無いし、知識なんて無いんだからな」


 虚ろな目で歩く神饗(デウス)兵の性別や年齢は様々だ。


 男もいれば女も居るし、老人も混じって同じ歩幅、歩速で捕虜に並列している。


 例外として子供が見受けられないが、恐らく体に見合う武器が無かったのだろう。


「なあ、この人達って救えるのか?」


「知らねえって言ってるだろ。けど、無理じゃねえのかとは思うぞ」


 そう言いながら男が恐る恐る目をやるのは、槍を持つ神饗(デウス)兵の一体だった。


 それは恐らく女性と思われる体格と服装をしていて、しかし首から上が消失していた。


 つまり、鋭利な刃物で首を切り落とされた状態であると言うのに平然と歩いていて、まるで首の有無など関係無いかのような動きなのである。


「……なあ、もしかして俺達もああなるのかな?」


「縁起でもねえこと言うんじゃねえよ! こんな所で死んでたまるかってんだ……っと?」


 その時、不意に行進が止まる。


 どうやら街の広場だった場所に出たらしく、捕虜たちは不安そうに周囲に目を向ける。


 その中でも特に目を引くのは、足元一杯に広がる赤黒い汚れだった。


 何かが大量に流れたのだろう、それは少し離れた建物の壁にもべっとりと付いていて、街中で見た赤黒い汚れとは明らかに量が違っていた。


「なあ、俺らはこの後どうなるんだ!? 俺達をどうするつもりだ!?」


「答えろ、こんな気色悪い所にまで連れて来やがって……お前ら、何が目的だよ!?」


「畜生、死にたくねえ……嫌だ!」


「おい落ち着け! まだ死ぬと決まった訳じゃ……」


 ここに至って、捕虜たちの中で抑えつけられていた恐怖と言うものが限界に達したのだろう。


 血走った目で神饗(デウス)兵を睨み付ける者、泣き叫ぶ者、怯えながらもそれらを宥める者などに分かれ、混乱が加速度的に広まって行く。


 しかし彼らは全て縄で拘束かつ連結され、その自由を制限されているのだ。逃げ出そうとしてもそれが叶う事は無かった。


 そんな時である。


「……え?」


「…………」


 音も気配もなく唐突に現れた一人の男が、その手に握った剣で捕虜の一人を刺殺していた。


 心臓を一突きにされた哀れな捕虜は訳も分からずに即死したのだろう。間抜けな顔をして斃れ伏し、そしてそれを周囲の者達は呆然と見ている事しか出来なかった。


 そんな彼らに対し、金髪金眼の男――いや精霊サトゥルヌスは微笑んだ。


「よく来たな、歓迎するぞ。初めましてで悪いが……さっそく私の(かて)になってくれ」


 直後、一度に三人の首が飛ぶ。


 それを目撃した捕虜たちはここで状況を僅かながら理解したのだろう。悲鳴を上げ、情けない声を上げながらサトゥルヌスから逃れるべく動き出す。


 少なくとも、ここに居ては殺される事だけは間違い無いのだ。武器もなく、両腕は封じられている以上、抵抗など出来る筈もない。


 だから彼らに出来る事は逃げる事だけだったが、それすらも他の捕虜と連結して縛られているために、出来る筈がなかった。


 何より、あっという間に四人が殺された瞬間を目撃した捕虜は一部しかいないのだ。


「逃げろ、逃げろ!」


「落ち着け、何があったんだ!?」


「死んだ、殺される……良いから逃げるんだよ!?」


「だから何が起きたのかって訊いてるんだ!」


 捕虜の大多数は突如として上がる悲鳴を(いぶか)しむばかりで、その場から動こうともしない。


 むしろ、強引に動こうとする一部の者達を、理由も理解せずに押し返そうとする始末だった。


 そしてその結果、更に多くの者が一度に斬り殺されていく。


「な、どうなって……!?」


「だから言っただろうが! 畜生、お前らのせいで!」


 見る見るうちに築かれていく死体の山に、血河に、捕虜たちは驚愕し、恐怖し、狂乱し、そして斃れていった。


 そんな見慣れた光景(・・・・・・)を、狼人族(リュカンスロプス)のエクバソスは眠そうな目で眺めて居た。


「……ったく、良い気味だぜ」


「その割には全く愉快そうじゃ無いな」


「見飽きたからな。毎回これを目にして大笑い出来るほど、俺の脳味噌は狂っちゃいねえよ」


 そう言いながらエクバソスが目を向ければ、そこには長身の男――ペイラスが一人、立っていた。


 とは言え彼も若干疲れが溜まっているのか、エクバソスと同じ様に目を何度か(またた)かせ、眉間を揉み(ほぐ)していた。


「何だ、お前もお疲れなのか?」


「見れば分かるだろう。あの捕虜どもを手にして今ここに帰って来たばかりなのだ。休憩の一つも取りたくはなる」


「へいへい、そりゃ御苦労なこって。で、あの死体はどうすんだ?」


 今も悲鳴が上がる血腥(ちなまぐさ)い光景を前にしながら、二人は平然と言葉を遣り取りする。


 ともすれば平然と食事を摂りかねない程の自然さであり、聞こえてくる断末魔の声にも眉一つ動かす事は無かった。


「どうするも、またタナトス様が魔法で運用してくださる筈だ。魂は主人(ドミヌス)様に、肉体は我らの戦力に……この上ない有効活用だな」


「ま、殺せば殺しただけ俺らの方が有利になるってのは素晴らしいな。疲れを知らず、感情を知らず、死なず、腹も減らねえ、痛みも感じねえと来れば無敵の軍隊も良い所だ」


「欠点としては、基本的にタナトス様一人が動かすしかないぐらいだ。まああの御方は精霊だから、肉体的な疲れとは無縁だが」


 今も、この都市全域をタナトス――オルクスの操作する武装した死体が歩哨(ほしょう)に立っている。


 それを構成するのはこの都市の守備兵や市民だった者、或いは偶然近くを通りかかった者や、これまでにイリオス市を奪還にやって来た部隊兵など様々だ。


 特に都市奪還の為に何度か派遣されて来た兵士はその装備品も込みで有難い存在で、なるべく殺さず、武装も壊さずに捕虜とする事が行われている。


「それで、どうなんだ?」


「どうとは?」


「決まってるだろ、あの白儿(エトルスキ)のガキやリュウの事だよ。これだけ派手にやってるんだ、そろそろ来てもおかしくないと思うんだが?」


「……生憎、私は周囲の警戒任務にあたっている訳では無いのでな。その辺の情報がいち早く回って来る事は無いよ。どうしても知りたいなら直接訊けばいい」


「使えねえな」


 けっ、とエクバソスが唾を吐くように悪態を吐いた丁度その頃、最後の悲鳴が遂に途切れる。


 その事に気付いて視線を街の広場に向ければ、そこには折り重なるように倒れた捕虜たちの亡骸と、そこから流れ出す血が川となって周囲に広がっていた。


「終わったようだな」


「拘束された非武装の捕虜だし、それを全て一撃で斬り殺しているからな。それにしても速いが」


「全く、この調子じゃ奴らが着く前に主人(ドミヌス)様の野望が叶ってしまいそうだな」


「良い事では無いか。お前だってそれを望んでいるのだろう、バルタザール?」


「……その名前で呼ぶんじゃねえよ」


 少し挑発するようにペイラスが言えば、エクバソスはその声に殺意すら乗せて睨み付ける。


「俺に過去がある様に、お前にも過去はある筈だ。そのくせして、冗談で言って良い事の線引きも出来ねえのか?」


「気の抜けた顔が一瞬で引き締まったな。それで良い」


 叩き付けられる殺意にも全く動じず、ペイラスは笑う。


 そんな態度を前にして、いつまでも怒気を露わにして居るのが馬鹿らしくなったのか、エクバソスは不意に相好を崩して言った。


「感謝なんてしてやんねーぞ。別に頼んでも無いからな」


「構いはしない。こちらとしても、腑抜けた顔と姿勢では今後の任務に支障を(きた)すかもしれんと思っただけだ」


 そう語りながらも二人は視線を広場に向ける。


 そこでは、先程出来上がったばかりの死体が早くも動き出し、立ち上がって整列していくのだった。


 そうして準備が整ったところで周囲に居た神饗(デウス)兵はその手に持つ刃物で縄を切り、新たな仲間の体を自由にしてやる。


 とは言え、どちらも死体である以上歓迎も喜ぶ事もせず、粛々と作業は進んでいくのだ。


「しっかし酷い匂いだな。鼻が曲がりそうだ」


「同感だな。私としてもそうなのだ、狼人族(リュカンスロプス)のお前からすれば尚更だろう」


 既にイリオス市を占領してから五日は経過しているのだ。市内全域を血腥(ちなまぐさ)い匂いと共に強烈な腐臭が覆っていて、先程の捕虜の中にも嘔吐する者が出た程だった。


「一回ルクス様の魔法であの死体共を焼いて貰った方が良いと思うんだが」


「白骨になった方が匂いもマシになるだろうしな」


 何より、衛生的にも良くない。一応、死体を操るタナトスことオルクスの魔法によって腐乱などはゆっくりとした速度に抑え込まれている様だが、それでも至近距離に近寄りたくないのは事実である。


「何とかならねえもんか……」


「ルクス様も忙しい。そう都合よくはいくまい」


 辛そうにしているエクバソスに若干同情する視線を向けながらペイラスが同意する、その時。


「「――ッ!?」」


 都市の北方から、凄まじい爆発が巻き起こる。


 それは明らかに味方のものでは無くて、むしろ敵が害意を持ってこちらを攻撃していると見て良いもので。


「これはまた随分と派手な……」


「城壁が吹き飛んだんじゃねえか? だとすると、攻撃の可能性があるぞ」


「だとすると……」


 思案する様に呟くペイラスの横で、エクバソスが笑う。


 それは何かの確信に満ちたもので、だからなのか彼はいち早く地面を蹴って跳躍していた。


「エクバソス!? どこへ……」


「んなもん決まってるだろ! 折角奴らが来てくれたんだからよぉ!」


「だからと言って勝手に飛び出すな馬鹿者……!」


 再び、派手な爆発が巻き起こる。


 それはまるで「自分達はここだぞ」と強く主張している様で、好戦的な笑みを浮かべるエクバソスはそこを真っ直ぐに見据えて駆けていた。





◆◇◆




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