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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第九章 オモイブツカル
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第三話 ハウリングダイバー③


◆◇◆



 事件が一応の決着を見てから五日。


 つまり、俺が目を覚ましてから更に二日が経過した訳である。


 その間、体の調整を行い、ハッティ国王から直々に呼び出されて礼を受けたりと状況は息つく暇もなく進んでいく。


 果たして、白儿(エトルスキ)である己は本当に虐げられる事は無いのか。


 ここ二日の間に何度となくその疑念と不安が心のどこかに浮かんでいたけれど、今日街へ繰り出してみてハッキリと判る事があった。


「……視線が」


「凄いだろ? 皆、お前の手柄を知ってるからな」


「まあ、不思議だよ。今まで散々感じて来た悪感情みたいなものが少ない。こんな風に、堂々と街を歩けるとは思わなかった」


 白い髪に白い肌、紅い眼を遮るものは何も無くて、燦々と降り注ぐ日光がそれを照らし、白日の下に晒していた。人々の騒めきが、視線が俺に注がれ、それがいつまでもついて離れないのだ。


 だけどそれは居心地が悪くても気分の悪くなるようなものでは無くて、僅かながら口端が緩んでしまう。


 それを見て取ったからか、並んで歩いているスヴェンが言う。


「良いか、今のお前は英雄様だ。この街と王子を救い、おまけにあの怪物を(たお)して行方不明者の発見に一役買った」


「それを言ったらお前らだって手伝ってくれたし、一緒だと思うけどな」


「ま、確かに間違っちゃいないけど、最初から最後まで戦ってたのはお前一人だ。王子も救ったとなれば注目が集まるのは当たり前だよ」


 小さな男の子の声に笑顔で手を振り返しながらのスヴェンの言葉に、刹那の間だけ表情を歪ませる。


「……そんなに俺を褒め称えて何がしたいんだか」


「だから、何度も言わせるな。王国側もその方が色々と都合良いんだよ。迷宮(ラビュリントゥス)内部で神饗(デウス)が暗躍してたなんて事が露見してみろ、それらを管理していた王国と狩猟者組合(ギルダ・ウェナトルム)の責任問題に発展するんだぞ」


「連中の責任逃れの為に、そして陽の光を当てさせない為に、俺が弾除けみたいな役割を担わなくちゃいけないんだよ」


「別にどこまでも責任逃れをするつもりはないらしい。一応、王国や組合(ギルダ)内部では役員の更迭(こうてつ)なんかも行われてる。それが徹底的なのか不徹底なのかは知らねえけど」


 これらの事が公になって余計な混乱を招く事を恐れているからこそ、(ラウレウス)が英雄として祭り上げられたのだとスヴェンは言い切る。


 だけど、結局政略的なものが多分に混じっているという事実は、どうしても気持ちを落胆させた。


「そう言う上の事情って奴が混じって来ないと、俺は胸張って街歩く事すら出来ないってのか……」


「さあ、それはどうかな? 見てみろ」


 ポン、とスヴェンの手が肩に置かれる。


 彼のもう一方の手が指し示す先には、数人の子供達とそれに付き添う親の姿があった。


 彼らは一様に俺に向けて手を振り、そして親と思しき人達と一緒になって口々に感謝の言葉を述べていく。


 その中の幾つかには見覚えがあって、記憶違いでなければ怪物との市街戦の際、逃げ惑う市民の中にあった顔だった筈だ。


 彼会が無事だった事に安堵して、消えかけた己の表情に色が戻って行くのを自覚した。


「おい、アンタ!」


「……そう言うお前らは」


 不意に背後から大声で呼び止められて振り返れば、そこには狩猟者(ウェナトル)崩れと思しき男達が立っている。


 彼らにもまた見覚えがあって、迷宮(ラビュリントゥス)に潜る前に街中で絡んで来たごろつき共であった。


 カツアゲのような事をしようとして来た連中だったので纏めて叩きのめしたのだが、そんな奴らがまた姿を現した事で俺もスヴェンも警戒を高める、が。


 男達が次の瞬間に発した言葉に、意表を衝かれる。


「待て待て! 別に俺らはアンタらにどうこうしようって訳じゃないんだ!」


「……だとしたら何で?」


 こちらが臨戦態勢を取り始めたのを察してか、違う違うと手と首を振って否定する彼らの姿は、何とも間が抜けていた。


 だけど、それを笑うよりも先に疑問が湧いて出て、スヴェン共々首を(ひね)れば、男達は恥ずかしそうに言っていた。


「ただ、その……礼を」


「礼?」


「ああ、お前らがあの怪物を(たお)してくれたお陰で、俺達は行方不明だった仲間を見つける事が出来たんだ。ありがとう」


「……それって」


 にっかりと笑う男達が手に握るのは、種々の武器や防具。勿論、男達は既に武器や防具を身に着けていて、手に持つそれらは明らかに余剰なものであった。


 なのにそれを邪魔扱いする訳でも無く、中には大事そうに抱えている者までいるのを見て取って、察した。


「本当、ありがとうな! もう二度と会えねえかと思ってたのに、お前があの怪物を斃してくれたお陰で、仲間がこの世にいた証を握る事が出来る」


「この前は悪かったな。あの日以来、あんなごろつき(まが)いの事は止めたけど、おまけに俺達の仲間まで見つけてくれて……言葉もねえよ」


「ちょっとずつだけど、俺らも狩猟者(ウェナトル)稼業を再開する事が出来そうだ。ありがとう」


 大事な品と思しきものを抱えながら口々に彼らは言う。


 確かに彼らは以前言っていた。普段通りに迷宮(ラビュリントゥス)へ潜った際、仲間が一人また一人と消えていったと。


 一人残され、命辛々逃げ延びて来たのだと。


 そしてそれ以降、迷宮(ラビュリントゥス)に潜るのが恐ろしくて、食い詰めてしまったのだとも。




『出来たら、消えてしまった俺達の仲間も探して欲しいんだ。虫の良い事を言ってるのは分かってる。でも、アイツらは俺の仲間だったんだ! 死んでるにしろ生きてるにしろ、アイツらの事が気掛かりで仕方ないんだよ! だから……』




 男達の一人が、かつてそう言って俺達に懇願して来た事は、今でも鮮明に覚えている。


 結果的にその頼みを叶える事になった訳だが、彼らの感謝の言葉を素直に受け取る気には、なれなかった。


「……何で、何でそんなに俺へ感謝できるんだよ? 俺、間に合わなかったんだぞ? あの怪物に取り込まれた人なんて、誰一人助けられなかった」


「ラウ……」


 神饗(デウス)、その構成員であるエピダウロスが生み出したあの怪物は、周囲の生命を手当たり次第に捕食し、その魂そのものを取り込んで燃料にしていたと、メルクリウスが言っていた。


 つまり、あの怪物を討ち果たすと言う事は取り込まれた魂を全て消費させたと言う事であり、遠回しに彼らの命を奪ったも同義なのである。


 無論、それ自体は別に後悔もしていないし、そうせざるを得なかった事だと思っているが、別に感謝されるようなものでもないと思っていた。


 だけど、男達は違うと言う。


狩猟者(ウェナトル)の生き死には基本的に自分次第。お前が間にあったとかそう言う問題じゃないんだ。それに俺達はそう言う稼業をして居る以上、生きていた痕跡が欠片も残らない事だってある。こうして戻って来てくれただけで、有難いんだ」


「そうは言っても……!」


「何度だって言わせて貰う。ありがとうな。アンタは誇っていい、俺達に遺骨と装備品だけでも回収させてくれたんだから」


「っ!」


 男達は、一様に笑っていた。


 それを目の当たりにして、思わず俺は言葉に詰まる。


 違う。俺は、俺は。


 そんな感謝されるような事が出来た訳じゃない。


 元々感謝されたくてやった事ではないけれど、こんな結果を見たい訳では無かった。だから、向けられる感謝が身に余って、重かった。


「なあ、せめてもの礼だ。受け取ってくれ」


「……これは」


「仲間の遺品の中で、一番質の良い装備だ。お守り代わりにでも持っててくれよ。その方が、持ち腐れにもならないだろ」


 男の一人が手渡してくれたのは、一振りの短剣。


 確かに男の言う通りその刀身は綺麗であり、一目見て相当な切れ味を誇っている事が分かると言うものだった。


「こんなものを受け取るなんて……!」


「良いんだ、俺達はお前らに頼みごとをして、それを達成してくれた。だったら少しでも謝礼がなくちゃ駄目だろ?」


 そう言って笑う男の顔を直視できなくて、俺は視線を伏せた。


 同時に脳裏に浮かぶのは、怪物討伐直後の情景だ。


 怪物の肉体が塵となり、後には白骨だけが残る。


 そこには武装した人骨や、他にも取り込まれた無数の妖魎(モンストラ)の綺麗な骨格が転がっていた。

 それは一目見ただけで分かる、生存者ゼロと言う現実だった。


 取り込まれた人は一人として、誰一人として助からなかった。助けてやる事が出来なかった。取り込まれてしまった以上は殺すしかなかった。


 その現実が、俺に途轍もない無力感を(もたら)していた。いっその事、この男達にも神饗(デウス)の事を洗い(ざら)い話してしまおうかとも、思った。


 彼らは他の市民達と同じ様に事の真相を知らない。仲間や家族を失っていると言うのに、だ。ただ怪物によって人が食われ、それを俺や仲間が苦戦の末に斃したとしか知らないのである。


 怪物に取り込まれた段階ではまだ命そのものは残っていて、エネルギー源となったそれを俺が攻撃する事で奪い取ったという事実を、知らない。


 仲間の死に、神饗(デウス)と言う組織と俺が関わっているという事実を、知らない。


 知らないで、俺に礼を述べた上で笑いかけて来るのだ。


 その事実が堪らなく嫌だった。


 だから――。


「ラウ」


「……何だよ?」


「お前、今何を言おうとした?」


「いや、だって……」


 いつになく真剣な表情でスヴェンが俺の思考を遮り、その迫力に思わず息を呑む。


 自然と一歩後退っていたほどだったが、その程度で彼の迫力が軽減される訳もなく。


「無粋な事をするな、胸を張れ。お前はそれに値するだけの事をしてのけたんだ」


「誰も救えなかったのに、そのくせして感謝の言葉を受けるのは……確かに誰も出来ないよな」


 思わず、自嘲が漏れた。


 だけどそれに対して、スヴェンは少しきつくなった口調で言う。


「皮肉言ってんじゃねえよ。それに、仮にそれを言ったところであの人達は同じ事を言うだろうさ。メルクリウスさんでも取り込まれた人は救えないと言っていたんだ、だったらもう誰にも救えなかった筈だぞ」


「…………」


「それでも尚、感謝を受け取らないって言うのなら、逆に失礼になる。あの人達に心苦しさを覚えているのなら、それ以上重ね塗りする様な真似はしない方が良い」


 いい加減にしろ、と諭す様に言われてはもう反論の言葉が出て来る事は無かった。


 何か言い返そうにも、言葉が見つからないのである。


「…………」


 先程手渡された短剣に、視線を向ける。


 鞘には楔形文字で何かが彫られているけれど、どう読むのかは分からない。


「“唯一のものは、どれだけ唯一だろうと不変では無い”」


「……それは」


「その剣の鞘に刻まれた古い(ことわざ)だ。元々は剛儿語(ネシリ)のものじゃないけどな。気に入ってくれたか?」


 男の言葉にハッとして顔を上げれば、彼は笑っていた。


 そして更に、言葉を続ける。


「アンタ、過酷な旅をして来た白儿(エトルスキ)なんだってな。だったらその言葉の意味も多分、俺達より深く理解出来るんじゃないか? だから貰ってくれると、その意味でも有用だと思う」


「……ありがとう」


「おう、大事にしてくれ!」


 ニカリと、より一層深い笑みを浮かべた後、男は踵を返す。


 それに倣って他の男達も口々に礼を述べながら続き、立ち去って行くのだった。


 必然、後には俺とスヴェンだけが取り残される。


 心地よい風が頬を撫でる中、その沈黙を破る様にスヴェンは言った。


「万物は流転する、に通じるモノがあるかもね」


「それはちょっと違うんじゃねーの?」


「かもな。けど良い言葉だよ、その鞘の言葉は」


 彼の言葉に、俺も頷いて返して同調する。


 まるで己は慰められているかのように、思ったくらいだ。


 怪物を斃したからと言って取り込まれた人の命を奪った事にはならないし、気に病む必要はないとでも言いたかったのだろうか。


 いや、流石にそれは飛躍し過ぎだろうと思うし、この剣をくれた彼らがあの事を知っている筈はない。


 だからただの偶然なのだろうけれど、だとしても心の中に生じていたしこりの様なものが小さくなっている事に間違いはなかった。


「スヴェン……いや興佑(きょうすけ)、これで良かったんかな」


「良いも悪いもお前一人が決める事じゃない。あの人達がこれで良かったと言っているんだ、それ以上口を挟む権利が、俺達にある筈もない」


「……そっか」


 気を取り直して市内散策を再開する中、俺は高層建築の隙間から見える空を見上げる。


 見える範囲に雲は無くて、若干傾き始めた太陽は、それでもまだまだ強く輝いていた。


「俺って欲張りなのかな」


「別に普通だろ。多分、俺の方が欲張りだし」


 ぽつり、ぽつりとしか会話が続かないのは、やはり先程の狩猟者(ウェナトル)達との会話が尾を引いているからか。


 だけど不思議と気分は悪くなくて、復興が進んでいく街並みを眺めて居た。


 このまま、もう暫く街を見て回ろう――と思っていると。


「ラウレウスにスヴェン、良い所に来たな」


「あれ、ミネルワさん?」


 不意に姿を見せたのは、靈儿(アルヴ)女性の姿をした精霊――ミネルワだった。


「こんな所でどうしたんです? っていうか、迷宮(ラビュリントゥス)の核に取り込まれてたっていうイシュタパリヤは無事なんですか?」


「ああ、無事だとも。その件も兼ねてお前らには見て欲しいものがあってな」


 そう言って面白そうに笑う彼女は、明らかに何か良からぬ事を企んでいるのが見て取れて、自然と表情が引き締まる。


 何かどっきりでも仕掛けようという魂胆なのかと警戒していると、彼女はこちらの疑念に気付いたのか手をひらひらと振って否定していた。


「そう怖い顔をするな。面白いものを見せてやろうと言うだけだ。な、ウェヌス、ディアナ?」


「そう言う事~!」


「見てからのお楽しみ、だ」


 いつの間にやら新たにもう二柱の精霊が姿を現していて、俺達を誘導していく。


 そうして案内されたのは、一つの陣幕。


 入り口には同じく邪悪な笑みを浮かべたウルカヌスが立っていて、恐らくこの内部で何か良からぬことが起きている事は間違い無さそうだった。


「……何が始まるんです?」


「良いから見てみるが良い。話はそれからじゃ」


「はいはい……」


 中で一体何が行われているのか、一応警戒しつつも好奇心に負けてスヴェン共々覗き込めば、そこには一組の少年少女が一枚の毛布に包まって寝ていた。


 どちらも疲労が溜まっているのか、多少の物音でも起きる気配はなく、昏々(こんこん)と眠り続けている。


「あれ、もしかしてシャリクシュとイシュタパリヤ? って言うか、迷宮(ラビュリントゥス)の核に取り込まれてたって話でしたけど……あの()の救出できたんですね。良かった」


「正解。だが驚くのはまだ早いぞ」


 にししし、と悪い笑みを浮かべてミネルワが指差す先には、衣服が散乱していた。


 見間違いでなければそれはシャリクシュのものと思わしく、そして一部に小柄なものも混じっていたのだった。


 というか、あの大きさは多分だがイシュタパリヤの衣服だろう。


 同時に、それを認識した事である可能性が脳裏を過る。


「……え」


「まさか」


 顔が引き攣ったタイミングは、スヴェンと全く同じだった。


 そして思い浮かんだ内容も同様であり。


「嘘だろシャリクシュ……いや、アレン・シーグローヴ?」


「おいおい、もしかしなくてもマジで大人の階段登っちゃったのかよ?」


 顔を見合わせて驚愕する(ほか)なかった。


 何せ年頃の男女がたった一枚の毛布に包まり、周囲には衣服が散乱しているのだ。これでそれ以外にどう解釈しろと言うのだろう。


「私達としても、イシュタパリヤを迷宮(ラビュリントゥス)の核から助けだして、後は二人きりにさせておくかと配慮したんだが……まさかこう言う事態になるとはな」


「……待って下さい。それちょっとおかしくないですか?」


「何がだ?」


「何がって、シャリクシュはイシュタパリヤが救出されるまでは絶対に寝ないって、ずっと起きてたんでしょう? だとしたらこう言う事をするだけの体力も無いのでは?」


 聞いた話では、今日の時点で五日間寝ていない筈だし、その話はメルクリウスやリュウから聞いていた。


 それがイシュタパリヤが救出されたとなれば、これまで蓄積した疲労もあって、すぐに寝ない方が不自然だった。


 だから、ミネルワ達の言い分はおかしい。


 俺は追及するように彼女を睨む。


「これはつまり、どういう事ですか?」


「……中々に鋭いな。その通り、奴らは何もしていない。ずっと夢の中にいたさ」


「って事は要するに……あなた達がやったんですね」


「その通りだ。シャリクシュの奴、私達があの(むすめ)を助ける為に四苦八苦している中、まだかまだかと何度も急かして来たので、こうして仕返しを画策した訳だよ」


 バレてしまっては仕方ない、と彼女達は肩を竦めて笑っていた。


 そこには悪びれる様子など欠片もなくて、いつまで経っても悪戯をする子供の笑みを浮かべたままだった。


「……結構えげつない仕返しですね」


「問題あるまい、これくらいせねば私達の気が済まないんだ。それに、あの二人はウェヌス曰く割といい関係らしいぞ」


「そりゃ見てれば分かりますよ。ウェヌスさんのお墨付きをいただかなくとも」


 ぐーすかと互いに抱き合う様に眠りこける少年少女を見遣りながら、溜息を吐く。


 とにかく、このままでは可哀想なので熟睡している今のうちに衣服を着せてやろうとも思った、が。


「止めて置け。今のそいつらは全裸だ」


「……いっ!?」


 然も当然のように言ってのけるミネルワの言葉に、絶句した。


 だって、それはつまりあの毛布の下では一糸纏わぬ少年少女の体があると言う事に他ならず、しかも彼らは抱き合う様に寝ているのだ。


 相当刺激的な事になっているに違いない。


「これは是非とも毛布を(めく)って確かめねば……」


「止めろスヴェン。死にたいのか」


 鼻息も荒く陣幕内に足を踏み入れようとする靈儿(アルヴ)の少年の首根っこを掴み、寸前で引き留める。


 これでもしも寝ている筈のシャリクシュが目を覚まそうものなら、まず間違いなく発砲してくる。


 撃ち殺される危険があるのにそんな事をする訳にはいかないし、仮に撃ち殺されなくてもやってはいけないものであろう。


「は、放せ! 俺には事実関係を確認する使命がある!」


「どんな使命だよ」


 このまま好き勝手やらせるのは明らかに危険なのでスヴェンを羽交い絞めにして取り押さえる。


 近接戦闘では俺の方に分があるのでそれは造作も無い事で、だけど彼を押さえ込んだせいでこれ以上どうする事も出来ない。


「ミネルワさん! 何を呑気に眺めてるんですか! 早く二人に服を着せてやってくださいよ!」


「断る。仕返しだと言っただろう? 本人にもそれを知って貰わなくては意味無いじゃないか」


「アンタ悪魔か!? やって良い事と悪い事ってあるでしょうが!」


 精霊達はウルカヌスを含めて駄目そうだ。


 彼らは目を覚ましたシャリクシュがどんな反応をするのかを大層楽しみにしている様だった。


 だとすれば、シャリクシュとイシュタパリヤの名誉を守れるのは俺しかいない訳だが、流石に裸の彼らに衣服を着せる訳にも行かない。


 特にイシュタパリヤの肌を見たと知られれば、シャリクシュは烈火の如く怒り出す事だろう。


「ど、どうしてやれば……!」


「別に、ここでじっと見てればいいじゃねえか。シャリクシュがこの上なく焦るの、俺は見てみたいけどな」


「それに巻き込まれるイシュタパリヤが可哀想だけど……」


 とは言え、結局俺にはどうする事も出来なくて。


 一時間後、ふとした拍子に目を覚ましたシャリクシュの絶叫が辺り一帯に響き渡るのを、ただ見ている事しか出来なかったのである。


「#$%&*+>@!?」


 声は上擦り、目を白黒させ、毛布の中と周囲に散乱した衣服を交互に確認する彼は、その焦りようが透けて見えて笑いを堪えるのが大変だった。


 その後、諸々の事情を理解してライフルを担いだ彼に追いかけ回されたのは、スヴェン共々殺されるかと思ったくらいだ。


 でも正直なところ、滅茶苦茶面白かったのも揺るぎない事実である。


「末永くお幸せにー!」


「煩いッ! お前らよくもッ!!」


 夕方のハットゥシャ市に、俺達の笑い声とシャリクシュの怒声が響き渡る――。





◆◇◆




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