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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第九章 オモイブツカル
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第二話 Starrrrrrr⑤



 耳障りな悲鳴のような咆哮が、街を震わせる。


 その余りの喧しさに思わず顔を(しか)めずにはいられないが、同時に状況が一気に好転しつつあることを肌で感じ取っていた。


「ここまで削り続けて(ようや)く終着点が見えて来たかな?」


「だな。傷の治りが徐々に遅くなってきている。とは言え、まだ先は長そうだけど」


 攻撃の手数が、一人から四人に変わってからはあっという間だった。


 スヴェンもシグもレメディアも、彼らの魔法攻撃は次々と怪物の体を串刺しにしてその場に押し留め、その上で更に攻撃を加えているのだ。


 早い話が一方的な戦闘になっていたのである。


「このまま押し込めればな……」


「全くだ。ところで、ここへ来る途中に居た兵士達は何だ?」


「兵士? ああ……それがさっき話したこの国の王子だよ。正確にはその弟らしいけど、邪魔だから下がらせた」


「歯に衣着(きぬき)せない言い方を……約束を交わした相手の身内だろうに」


 思った事をそのまま口にしてしまったのが良くなかったのか、シグは攻撃を継続しながら顔を引き攣らせていた。


 見れば他の二人も似た様な表情をしていて、少し邪険な言葉を使ってしまったかと、慌てて取り繕いの言葉を口にする。


「いや、勿論感謝はしてるけど。でも色々考えたら何もしないでくれた方が楽なんだ」


「そうか、まぁその辺は一段落着いてからよく聞いてやろう。それよりラウ、勝手に一人で戦うな! 心配したんだぞ!?」


「や、俺だってお前らの事が心配だったさ! けど呼び掛けても誰一人応答がないし、そんな事してる間にコイツと遭遇したし……」


 非難の視線を向けられて思わず心臓が跳ねたが、少なくとも今回の件は明らかな不可抗力だと思う。


 だから怒られるのは理不尽ではないかと苦言を呈そうとする――が。


「この件についても後で(まと)めて話すぞ。覚悟しろ」


「……待って。絶対誤解とかあるから。何でそんな一方的に決めるの? ねえ!?」


「悪いけど、心配させたって時点でもう弁解の余地は無いからね?」


「レメディアまで!?」


 気付けば真横には、蟀谷(こめかみ)に青筋を浮かべながら笑顔を保つ緑髪緑眼の少女もいて、漂ってくる濃厚な怒気に何からナニまで縮み上がらせずにはいられない。


 まさに進むも退くも地獄と言ったような状況に、乾いた笑いを浮かべていると慰める様にスヴェンが言う。


「一旦棚上げしとけ。今は忘れてあの怪物を戦闘不能にする事にだけ集中しとけば良いんだよ」


「そう言うお前は何でニヤニヤしてるんだ?」


「誰かが怒られてるのを見るのは気分が良いからなぁ」


「ゴミ屑の思考じゃねーか」


 手が滑ったふりをして魔法の一発でも見舞いしてやろうかと思ったけれど、状況が状況だ。


 沸騰しかけた怒りを無理矢理抑え込み、目の前で自己再生を繰り返す怪物を睨み付ける。


 だがそうやって攻撃を繰り返す中で、不意に気付く事があった。


 見間違いかと思って目を凝らす俺に、スヴェンも何か気付いたのだろう。視線だけをこちらに寄越して問うてきた。


「……どうした、ラウ?」


「さっきまでと比べて、飛び出してたモノが減ってる気がするんだ」


「飛び出したモノって……アレか」


 視線を怪物に向け直したスヴェンが向けるのは、怪物の巨体のあちこちから飛び出した人の四肢や体の一部だ。


 確かに最初の時よりその突起は減っていて、こちらの魔法攻撃によって大きな傷を負えば、その傷が塞がるのと同時にそれら突起が消えていくのである。


 その事実を確認して、ある一つの仮説を口にしていた。


「もしかしなくても、コイツの異常な再生能力ってのは……取り込んだものを元にしてるんだろうな」


「……だとすると、今俺達がこうして攻撃する度に、あの怪物は取り込んだ生物の肉体や、下手すれば命そのものすら消費しているかもしれないって?」


「そう考える事に、何らおかしな点はないだろ」


 胸糞の悪くなるようなものだが、正直その可能性が高いとすら俺は考えている。


 この怪物は、“魂”そのものに有用性を見出して活用する様な組織が創り出した実験体なのだ。


 壊れた倫理観の下で通常では考えられない実験をし、忌避感を覚えずにはいられない能力が付与されていたとしても不思議では無かった。


「もし仮にそうだとすると、私達はコイツを攻撃する度に中で取り込まれた人を傷つけ、殺している事になるな」


「……そんな!?」


「とは言え、躊躇していたら取り込まれるのは俺達の方だ。それが嫌ならズラかれば良いんだけど……んなことしたらこの街の人が危ない」


 シグの言葉にレメディアが激しく動揺を見せるが、スヴェンの指摘で持ち直したらしい。


 攻撃の手を緩める事は無く、怪物の足を止めた上で継続的な攻撃を加えていた。


 しかし、そろそろ怪物の方も対応に慣れて来たらしく、いつまでもやられている訳にはいかないと言わんばかりに、土や氷、植物による拘束魔法を破壊していく。


 そしてその上で、これまでに溜まった鬱憤を晴らす対象を四つの目で捉え、固定する。


『――!!』


 絶対に俺達を殺すと宣言するように、怪物はまたも高らかに耳障りな方向を上げるのだった。


 その大音声に、近場に居た俺達は(たま)らず耳を塞ぐが、それでも腹を底から揺さぶるような振動が軽減される事は無かった。


「どうにかして中の人達を救える方法はねえのかよ!?」


「簡単に見つかりゃ苦労しないっての! この場に精霊の一柱(ひとはしら)でもいてくれればよかったんだろうけどな」


 (しばら)くして咆哮が止み、耳鳴りに顔を(しか)めながらスヴェンと怒鳴り合う。


 だがそれもほんの僅かな間の事で、次の瞬間にはそこを怪物の腹部から伸ばされた幾つもの触手が襲い掛かって来るのである。


「この野郎……脊椎動物なのか無脊椎動物なのか分かんねえ奴だな! どんな構造してんだよ!?」


「もしかしたら骨格も無いかもな。決まった形ってのは無いみたいだし」


 迫りくる触手を躱し、そしてそれらを吹き飛ばす為の攻撃を加える。


 すると、その爆発で吹き飛ばされた触手は、蜥蜴の尻尾の様に(しばら)く動いたのち、動きを止めると塵になって行った。


 ウネウネ動く時点で骨が無い事は分かっていたが、まさか短時間で跡形も無く消えるとは思わなかっただけに、誰もが驚きを隠せない様子である。


 もっとも、そうやって驚いている時間すらも、現状では大して与えては貰えなかったのだが。


「ヤバいヤバい……まだ増えるぞ、この触手!」


「いつまでも押さえ切れるとは言えない……このまま行けば、街にすら広がりかねないぞ!」


「早急にどうにかしないとだけど……あの怪物に取り込まれた人を助ける手立ては!?」


「くそ、四の五の言ってられる状況じゃない!」


 流石のこの状況では、他人の命を自分や仲間より優先させる事は出来そうになかった。


 勿論、救えるならその方が良いに越した事は無いのだが、それを気にするあまり自分達が死んでは元も子もないのである。


 後で非難される事も辞さず、街へと広がろうとしていた幾つもの触手を白弾(テルム)で吹き飛ばしていく。


 同時に怪物本体への攻撃も継続し、その体力を削るのだ。


「おいラウ、本気でこのまま倒し切るつもりかよ? 中にはメルクリウスさんもいるってのに……!」


「取り込まれたのは本人の不覚のせいだ! それに、精霊は首と胴が別たれようとも死なないってユノーさんは言ってた。このくらいで死ぬとは限らないだろ」


「そうは行っても……流石に精霊だって限界はあるし、他にも取り込まれた人が!」


 そんな事は分かっている。でも、このままでは怪物が手を付けられない様な状況になってしまわないとも限らなかった。


 そうなってからでは遅いのだ。叩けるうちに叩く、そうする他に道はなかった。


「リュウさんやユピテルさん、マルスさんとかがこの場に居るなら任せたけど、居ない以上は仕方ない。そうだろ?」


「確かにそうだけど……!」


 この場には、俺達以外は居ない。


 ユノーやマルスと言った精霊の面々は今も山が吹き飛ばされて周囲の迷宮(ラビュリントゥス)が破壊された影響により、出て来た無数の妖魎(モンストラ)を相手にしているのである。


 というか、その情報を俺に伝えてくれたのはスヴェンたちだ。


 救援に頼る事が出来ないという事実を、俺よりも理解していると言っても過言では無かった。


 余りにも厳しい状況に、ついつい舌打ちを一度漏らした、その直後。


「そんな暗い表情を為さらなくても、良いんじゃないですか?」


「……は?」


「やあやあ、数十分ぶりですね。メルクリウス商店が主、メルクリウスです」


 気付けば俺の背後には、ニコニコとした笑みを浮かべた、青年が立っていたのである。


 全く気配を悟らせずにそこに立っていた時点で充分驚愕には値するが、それよりも俺達を驚かせることが一つ。


「な、何でここに? 思いっ切りあの怪物に食われてましたよね!?」


「ええ、まぁ。つい今しがた脱出して来た所です。大変でしたよ、危うく私もあれに吸収されかけましたからね」


「それは、大事にならなくて良かった……ですけど! どうやって? どうやって脱出を?」


「細かい事は(はぶ)きましょう。私の能力を以ってすればそれほど難しい事では無いんですよ」


 それ以上話すのが面倒臭くなったのか、俺だけでなくシグやスヴェン、レメディアからの質問攻めに対して韜晦(とうかい)するように肩を竦めるメルクリウスは、その(あおぐろ)い眼を怪物に向けた。


 その態度は若干ふざけているような気がしなくも無いが、意外にも彼が口にしたのは真剣かつ重要な事だった。


「脱出にあたって、奴の体の内部構造はある程度理解しました。それによって導き出される結論なのですが……アレに一度でも取り込まれてしまえば、元に戻る事は不可能です」


「……それって」


「ええ。私も脱出ついでに他の方を幾らか救出しようとしたのですがね、無理でしたよ。体内に居ても無理なのです。体外からでは(いわん)や、と言ったところでしょう」


 残念ですが、とメルクリウスはその表情に影を落とす。


「私は取り込まれまいと抵抗し、脱出出来たから良かったものの……あれに呑み込まれたら人間では一溜りも無いでしょうね」


「どうしても、ですか? 一応、怪物の体の中に人の魂も肉体も取り込まれて居るんですよね?」


「どうしても無理です。飲み込まれると同時に内部では肉体と魂が別たれ、魂は瞬く間に変質してしまっていました。あれでは元の肉体に戻す事も出来ない」


「メルクリウスさんの能力でも、ですか?」


「……冷水の中に混ざったお湯だけを、掬い出す事は出来ないでしょう?」


 その例え話は、俺達に非情な現実を突き付ける上では十分過ぎるもので。それを簡単に納得したくなくて、俺は確認する様に問うていたのだった。


「無理、ですか」


「ええ、逆立ちしても無理です。私の実力不足とも言えますが……恐らく、ユノーらでも出来ないでしょうね」


「じゃあ、やっぱあの怪物ごと倒すしかないと……!」


 幾ら確認したところで、やはり答えは変わらない。


 こう言う時、結局己が無力であると言う事を、思い知らされる。


 どれだけ強くなれたと思っても、自分が出来る事なんてたかが知れているのだ。


 勿論、全てが出来る様な全知全能の神になりたいとまでは言わないけれど、偶々知り合った奴との約束すら守ってやれない。


 それもこの件には神饗(デウス)が絡んでいて、懲りもしない奴らのせいでまた関係のない命が弄ばれている。


 腹立たしい事この上なかった。


「何で……いつもいつも!」


「可哀想ですが、あの怪物に取り込まれた人を助けだす事は諦めて下さい。今出来るのは、あの怪物を斃して取り込まれた人の魂を解放してやる事くらいでしょうね」


「……わかり、ました」


 自然、槍を握る手に力が籠る。


 普通の槍の柄であれば、この時点で握り潰して居そうな程の強さだが、この短槍はウルカヌスが鍛えた特別製だ。


 柄も相応に頑丈なもので、特に(きし)む事も無く黙って右手に強く握られていた。


「気乗りはしませんが……私も援護します。出来る限り早く、取り込まれた人たちを解放してやりましょう。ただ、脱出の際に色々力を消耗したので、主力はそちらで担って下さいね」


「了解しました。では、援護お願いします……」


 気が、重い。


 メルクリウスが復活した事で、取り込まれた人を救出できるかもしれないと思い掛けただけに、その落胆は心に重く圧し掛かっている様だった。


 だけど、そんな事をいつまでも言ってはいられない。


 ぼうっとしていたら、被害が拡大してしまうから。


 だから――。


 行き場のない怒りを叩き付ける様に、俺は地面を蹴っていたのだった。





◆◇◆





「……これが、白儿(エトルスキ)!」


 目の前で繰り広げられる激闘に、ハッティ王国が第二王子ムワタリは目を剥いていた。


 いや、彼だけでは無い。その周囲に控えている側近や兵士も、その驚異的な戦闘能力を前にどよめきを上げる以外の事が出来ないでいた。


 何より、その圧倒的な戦闘能力を発揮している相手は、尋常ではない凶暴さを誇る四足歩行の怪物である。


 この街に現れた時は二足歩行の、つまり人の形をしていたが、見る見るうちに知識にあるどの獣とも違う姿へと変えていた。


 そしてそれを、ラウレウスと名乗った白儿(エトルスキ)の少年は見事なまでに翻弄して見せているのである。


 とは言え、流石に彼一人だけの力では無い。三名の少年少女と、他に(あおぐろ)い髪をした青年による魔法攻撃の援護を受けてはいた。


 だが、あの援護を受けられるからと言って、ムワタリには己があのような戦い方が出来るとは思えなかった。


「あの歳で、一体どれ程の修練を積んだというのだ……!?」


 つい口を出てしまった呟きに、答えてくれる側近は居ない。


 皆、唖然として事の成り行きを見守っているからだ。


 しかし、そんな視線を一身に集める少年は全く気付いた素振りはなく、まるで何かの怒りをぶつける様に、怪物を槍で切り刻み、突き刺し、魔法で吹き飛ばしていく。


 その鬼気迫る姿は、下手に近寄れば瞬く間に殺されかねないと思わせるだけの迫力を纏っていて、


 だが、その姿を頼もしいとは思っても、不思議と恐ろしいとは思えない。あの少年の事は、ムワタリ自身良く知らない筈なのに、だ。


 恐らくそれには双子の兄であるムルシリを助けて貰った事を知ったからという点もあるが、彼の戦い方が周囲に被害が及ばない様に配慮しているのが窺い知れるからだろう。


庸儿(フマナ)どもが崇める天神教に関連した書物には、(ことごと)白儿(エトルスキ)が邪悪であったと述べられている様だが……馬鹿馬鹿しい。あれのどこが邪悪だというのだ」


「し、しかしあれほどの実力をあの歳で得ているというのは、脅威になり得るのでは?」


「そんな奴だったら今頃、あんな所であの怪物と戦っていないだろう。お前も、あの少年が周囲を巻き込まないように立ち回っているのに気づいて居る筈だ」


「……はい」


 (ようや)く口を開いたムワタリの側近の一人は、あっさりと論破され、黙り込む。


 この遣り取りを聞いていた他の者も同じ様に納得せざるを得なかったのか、それ以降ムワタリの言葉に異を唱えるものは出なかった。


 その間にも、怪物はその体のあちこちを破壊され、そして自己再生を繰り返し、耳障りな咆哮を上げる。


 だが応戦として繰り出される怪物の攻撃はラウレウスに掠りもせず、一方的に傷を作られては癒していた。


 そして。


『――ッ!』


「……このぉぉぉぉおッ!」


 止めの一撃と言わんばかりに、ラウレウスは特大の白い魔弾(テルム)を怪物目掛けて撃ち出していたのだった。


 それを、消耗し疲弊していた怪物が避けられる筈もなく、それは巨体の背中に直撃し、爆発した。


 それによって発生した爆風は尋常なものでは無くて、ムワタリや側近達は身を低くしてどうにかそれを耐え忍ぶ。


「……殿下、ご無事で?」


「ああ、問題ない。しかしやはり凄まじい実力だな、白儿(エトルスキ)は。もしやこれも、千年前に白儿(エトルスキ)が滅ぼされた理由の一つなのだろうか」


「かもしれませんな。当時の戦争も恐らく質ではどうしようもない数の差に負けたのでしょう。これだけ質が高くては、脅威に思われても仕方ない」


 側近達とそんな言葉を交わしながら視線を向ける先には、ただ白儿(エトルスキ)の少年――ラウレウスだけが立っていた。


 先程まで、あの少年と対峙していた巨大な怪物は、その巨体の半分近くを綺麗に吹き飛ばされた上で、地面に倒れていたのである。


 そしてそれから一向に体が自己再生していく気配は見られなくて、それどころか僅かにだが、体が崩壊しつつあるようでもあった。


『死ぬ、の、カ……? (おで)、は……』


「ああ、早く死ね。そうじゃねえと、お前に取り込まれた残りの命も、解放できないだろうが」


『酷、イ……ただ、生キたい、だけ、ダった、のニ……』


「それは誰でも一緒だ。お前だけが特別だとか、思い上がるんじゃねえよ」


 段々と体が塵になって行く怪物の様子は、白昼夢のようで現実味に欠けていた。


 何より、あの怪物が人語と思しきものを解している事実は目を何度も擦ってしまう程であり、少年との遣り取りを誰もが耳を澄ませて聞いていた。


 だが、途中からそれも徐々に小さくなり、何事か聞き取れない遣り取りが為された後で、少年は怪物の眉間に槍を突き刺していたのだった。


 そしてそれと前後して、怪物の体は更に速い速度で塵へと変わって行く。


 後に残ったのは、怪物の骨格と、体内に取り込まれていたであろう人間の衣類や妖魎(モンストラ)の骨格と言ったものだけだった。


 それらも全て肉はなくて、完全な(むくろ)と化していたのだ。


 その中に王国の兵士や狩猟者(ウェナトル)の所有物と思しきものが転がっているのを目にして、兵士達の中で騒めきが起こり始める中でも、ムワタリは白儿(エトルスキ)の少年の姿を目で追っていた。


 彼は消耗した様子で踵を返すと援護をしてくれていた仲間の下に歩み寄ると、そのまま寄り掛かる様に倒れるのだった。


 遠目だが、それでも外傷が無い所を見るに、疲労困憊によって意識が途切れたのだろう。


 命には別条が無さそうな事を確認して、ムワタリは小さく安堵の溜息を吐いていた。


「一件落着と言ったところか……しかし、これから先、どうやって収拾を付けたものか……」


 血の大地(エシュナス・グム)を始めとする迷宮(ラビュリントゥス)の幾らかが山ごと吹き飛び、おまけにいきなり出て来た怪物が街を派手に破壊してくれた。


 この損失補填だけで、一体どれだけ掛かる事かと思うと、頭痛がして来ると言うものである。


 だが、本当に大変なのは宮廷内の大臣やそれに仕える官僚たちだろう。もしかしたら過労でぶっ倒れる者が出て来るかもしれない。


 自分の管轄ではないとは言え、後処理に相当な時間と手間が掛かりそうで、だからこれを担当するであろう者には同情を禁じ得ないことである。


「…………」


徐々に聞こえ始めて来た市民の歓声を聞いて、ムワタリは苦笑を浮かべていたのだった。





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