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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第九章 オモイブツカル
212/239

第二話 Starrrrrrr④


◆◇◆



「……何でこんな事になるんだか」


 背後から飛んで来る魔法は、俺を狙わずに怪物の(もと)へと殺到する。


 それらはしかし、いずれも怪物に当たる事は無くて回避されてしまっていたが、一方でその攻撃密度は確実に逃げ道を塞いでいた。


 そうして限定された逃げ道を辿らざるを得なくなった怪物に、俺が魔法攻撃を叩き込む。


 すると面白い様に直撃して、怪物は耳障りな悲鳴を上げて吹き飛ばされるのだ。


 だけど、それを幾ら繰り返してもやはり死ぬ気配はなくて、自己再生を繰り返してはこちらを睨みつけて来るのである。


「下手に交渉を成立させるべきじゃ無かったかな……」


「そう言ってくれるな。こちらとしては大助かりなんだ。今からお前に逃げられたら、俺達はそう時間も掛からずに全滅させられて、このハットゥシャすらどうなるか分からないからな」


「別に逃げやしねえよ。コイツがしつこいせいで逃げられないんで」


 横で援護の為に魔法攻撃をしてくれているのは、ハッティ王国の王子だというムワタリ。


 魔法攻撃によって援護してくれている中では、やはり王族と言う事もあってか中々に高威力の魔法を使ってくれている。


 それだけでも、彼が相応の実力者である事を物語っている様だった。


 筋が良いな、などとまるで弟子に対する師匠のような気持ちになりながら彼に視線だけ向けていると、ムワタリは尚も会話を続けるつもりなのか口を開いていた。


「ところでアルワムナから聞いたが、ムルシリを助けてくれたらしいな。王家の者として、弟として感謝する」


「アルワムナ? ムルシリ? ……何の事?」


血の大地(エシュナス・グム)の入り口付近で、あの怪物と遭遇した時のことだそうだ。心当たりないのか?」


「ちょっと待ってくれ」


 そう言われて、脳内で一瞬だけ再生されるのは当時の状況と景色だった。


 確かに偶然怪物を発見し、そしてその怪物に襲われていた剛儿(ドウェルグ)の少年と、後からやって来た別の剛儿(ドウェルグ)の男を逃がしてやった記憶がある。


 そう言えば名前も把握していなかったと今更ながらに思い出すが、あの二人が王族の関係者だったとは思ってもいなかった。


「別に偶々気が向いたから助けただけだ。状況によっては見捨ててただろうし、感謝されるような事じゃない」


「それでもだ。こう言う事はキッチリやっておかないとな、後で変な風に(こじ)れる事もあるんだよ」


「そんなもんか。それで、二人は無事なの?」


「お陰様でな。今頃、王城に入って手当てと報告を行っている筈だ」


「……ふーん」


 ついつい素っ気ない返事をしてしまうが、しかし内心ではほんの少しだけの満足感が不思議と湧いていた。


 別に本気で助けたかった訳では無いとは言え、思い通りに人を助ける事が出来て、何となく得な事をした気分になっていたのだ。


 一方で、その間にも怪物に対する攻撃は続けられ、それは反撃する暇も与えられずに甚振(いたぶ)られ続けていた。その余りにも圧倒的な状況を前にして、ムワタリは顔を引き攣らせるのだ。


「それにしてお前、本当に桁違いの実力だな。白儿(エトルスキ)って言うのは皆そうなのか?」


「さあね。少なくとも俺に色々教えてくれた人は俺以上の化け物だよ。ここ一年くらい、色々あったからな」


 脳裏に浮かぶのは、普段顔の上半分を無骨な仮面で隠した、青年の姿だ。


 普段から少しふざけた調子のある彼は、その言動とは裏腹に恐ろしいくらいの実力者である。


 というか、あれはもう実際に人ではない。なりかけ(・・・・)、と自嘲気味に言っている事からも分かる通り、精霊と人の狭間の存在なのだ。


 化け物みたいなあの強さにも多少なり納得が行くと言うものだった。


「……恐ろしいな。お前らだけで俺達の国が滅びそうだよ」


「買いかぶり過ぎだ。俺にそんな力はない……筈」


「どうして最後の最後で言い淀む?」


「何でもない気にしないでくれ」


「無理に決まってるだろ」


 ですよね。


 だけど言い淀まずにはいられないのだ。


 俺自身だって本意では無かったとは言え、暴走によって東ラウィニウム帝国のウィンドボナ宮廷を壊滅に追い込んでいる。


 それだけではなく、一時的な協力関係とは言え精霊達すらも仲間に加わっている状況なのだ。


 あの人外共の実力まで勘案すれば、国の一つや二つを傾かせるだけに飽き足らず、滅ぼすのもそれ程難しくなさそうだった。


 実際にやる事は恐らく無いとは言え、余りに強大過ぎる力を想像すると、他者からすれば悪夢そのものだろう。


「頼むから、俺達の国を滅ぼさないでくれよ」


「やらないって。少なくとも俺は」


「……不安が残る言い草だな」


「そうとしか言えないんだから仕方ないだろ。諦めてくれ……と?」


 不意に視線を怪物の方へ向けてみれば、俺の撃ち出した白弾(テルム)をその両手で弾き飛ばし始めたのだ。


 恐らくは両手に魔力の幕を張って、それで()なしたと思われるが、早々出来る芸当ではない。余りに早いその対応能力に、思わず顔が引き攣っていた。


「不味い、お前らは下がれ」


「だが……」


「四の五の言うな、来るぞ!」


 果たして俺が言った通り、怪物はその大口を(いびつ)に曲げて笑うと共に、反撃を開始するのである。


『お前ら……全部、殺す、食う!』


「させねえっ!」


『邪魔』


「――ッ!?」


 その速さは、先程よりも増していた。


 その原因は全く分からないが、先程までの攻撃を散々受けておいて、弱っている素振りが全く見受けられなかったのである。


 だがこの怪物相手に対応が遅れるどころか対応できないのでは、即死を意味する訳で。


 慌てて回避すれば、俺が元いた空間が怪物によって丸呑みにされていた。


『不味イなァ……空気ノ味しかしナい。物、食いタい』


「コイツ……!」


「ラウレウス、援護を……!」


「下がれと言った! 下手に俺から注意を逸らしたら、食われるのはお前達だぞ!?」


 まだ後退する様子の無いムワタリを始めとした兵士達に強い言葉で命令してやれば、そこで(ようや)く決心がついたのだろう。


 少し不満そうながらも彼らは後退を始めていた。


「それで良い。後は俺がやるさ」


 何だかんだで、結局この場に残って戦っている辺り、自分のお人好(ひとよ)し振りに呆れてしまう。別にここまでして残って戦ってやる義理も義務も無いのに、どうしてこんな事を引き受けてしまうのか。


 その答えを正確に、何もかも(つまび)らかにする事は、恐らく不可能だろう。


 だけどその原因の一旦は間違いなく前世で理不尽に殺された事が影響していて、今世でも守れなかった人がいる事も関係しているだろう。救えた命が救えない。自分のせいで、自分と関わってしまったばかりに死なせてしまった。


 そんな思いを申したくない。他の誰かにはそんな思いを抱えて欲しくない。所詮どこまで行っても他人でしかない者達の為にどうしてこんな事を思いやってやれるのだろうかと考えても、はっきりとした答えが出て来る事は無かった。


 だけど、出来る事をやらずに結果として人が泣くのを見るのは、決して気分の良いものでは無いのだ。多分、この辺りの思考が、今の自分をこうして見ず知らずの誰かの為に突き動かしているのだろう。


 究極的には、これもまたエゴなのかもしれないと刹那の間に思ったけれど、その思考は次の瞬間には跡形も無く消えていた。何故なら、状況がそれ以上の思考時間を与えてくれなかったから。


 立て続けに繰り出される、怪物からの攻撃。


『お返し、ダ!』


「このヤロ……!?」


 ハッとした時には蹴りの一つが避け切れなくて、体を両腕で庇った上で蹴り飛ばされる。


 だけどその威力はやはり尋常では無くて、街の建物群の壁を幾つも背中から貫通して、そしてようやく勢いが止まるのである。


「いってぇ……」


 全身に身体強化術(フォルティオル)を施していなかったら、もしも生身だったら、今頃体は原型を留めていなかっただろう。


 ジンジンと痛む背中と、揺らぐ視界の中で顔を顰めながら、俺は周囲の警戒を怠る事はしない。あれだけの怪物だ、相当な距離が開いていようともすぐにそれを食い尽くして迫って来る事は想像に難くなかった。


 そして実際、奴はその予想通りに動いて来るのである。


「……っ!」


『あデ?』


 背後から回り込んで来た奴の抱き付き攻撃を前に倒れ込むことで躱し、同時に踵で怪物の顎を蹴り上げる。


 普通ならその一撃で脳が揺れて、倒れずとも隙を晒すところだが、やはり人の形をしているだけの怪物には人類の基本構造など関係無いのだろう。次の瞬間には顎を蹴り上げられた事に腹を立て、奇声を上げて攻撃を続けて来るのだ。


 おまけにここは、場所が悪い。まだまだ市民が多くいる場所では、迂闊に魔法攻撃で応戦する事が出来ないのである。


 だから俺は、苛立ち混じりにこの場に居る市民達に向けて怒鳴り付ける。


「何してやがる、早く逃げろ!」


 だけれど、どうしてか人々は遠巻きに俺達を眺めるばかりで、逃げる気配が見られない。


 中には見世物だと思っている者までいるのか、赤ら顔の男が何事かを喚いて囃し立てている様だった。


 恐らく、言葉が通じていないのだろう。


 俺が剛儿語(ネシリ)など分からない事と同じ様に、この都市に住む彼らは共通語(マグナ・リングア)を知る機会が早々無いのかもしれない。とは言え、この場に居合わせた商人などは俺の言った事が分かったのか、周囲の者に呼び掛けながらこの場を後にして行く。


 だけどそれは、全体の避難速度で言えば微々たるもので。


『お腹、すイた……』


「ッ!」


 この最悪なタイミングで、怪物の興味が俺から周囲に移ってしまったのである。


 食指を動かす様に怪物の体から触手が幾つも飛び出し、それらが手頃な場所に立っていた市民達を絡め捕って行くのだ。


 事ここに至って事態の重大さを悟ったらしい市民は、悲鳴を上げ半狂乱になりながら蜘蛛の子を散らす様に逃げていくが、一度に大勢が動き出したところで、道が詰まるのは当然の事だった。


 その結果として、更に多くの市民達が怪物の口へと運ばれていく。


 そこには老いも若きも男も女も問わず、泣こうが喚こうが一緒くたに怪物の大口へ放り込まれていくのだ。


 その様子は、かつて前世で見た、殺人鬼(サトゥルヌス)の行いを彷彿とさせるもので。無慈悲で無感動で人の尊厳を踏みにじるようなそれが、瞬間的に俺の思考回路を沸騰させていた。


「……ふざけんじゃねえッ!」


『ア?』


 今また新たに一人の男の子を飲み込もうと大口を広げた怪物の喉奥目掛けて、激情を叩き付ける様に白弾(テルム)を放っていたのである。


 すると、一瞬の間を置いて体内で大爆発を起こしたそれは、怪物の大口から一気に爆発の煙を吐き出させていた。


 それはまるで火山が噴煙を上げるようで、体の内へと不意に攻撃を叩き込まれた怪物は、中をぐちゃぐちゃにされる激痛に耐え兼ねてか耳障りな悲鳴を上げていた。


 だが案の定と言うべきか、奴はこの程度の攻撃で死ぬほど(やわ)では無かったらしい。


 唐突に体の一部が肥大化を始めたかと思えば、見る見るうちに初めて出現した時の四足歩行の姿に戻っていたのである。しかもそれは、当初より明らかに全身が肥大化していて。


「ゲームボスじゃないんだから、コロコロ姿を変えるんじゃねえよ……」


 ついさっき、怪物の虎口から逃れたばかりの男の子を逃がしてやりながら、ついつい呆れ混じりの呟きが漏れる。


 そうして見上げている間にも、また更にその大きさは増していて、市街に立つ高層建築すらもまたいてしまう程に、四肢も胴体も巨大化していたのだった。


 城壁すらも軽々跨げてしまいそうなほど、巨大な怪物。


 それは恐らく市内のどこに居ても目に付く程で、だからか街のあちこちで市民の悲鳴が上がっていた。


『――――!』


 そしてそれを打ち消す様に轟く、怪物の耳障りな咆哮。幾つもの生物や人間が一斉に声を上げているような、ある種の不協和音染みたそれは、より一層人々の不安や恐怖を煽っている様だった。


 実際、俺もまた奴の巨大さを前に威圧感を覚えないと言ったら嘘になる。


 現に槍を握る手は、汗でべっとりと濡れていた。果たして、こんな巨大な怪物相手に先程までの攻撃が通じるのか――。


 冷たい汗が頬を伝い、つい数十秒前までは感じなかった重圧が、体にかかった様に思えていた。


 不思議な事に、体も動かない。


 思い通りに動いてくれない。


 呼吸だけが荒くなって、蛇に睨まれた蛙のように指先一つ動かせないのだ。


 不意に、怪物の四つある眼が、一斉にこちらを向いた。完全に目を付けられたという事実をこの上なく物語っていたけれど、それでも体は動いてくれない。


 そんなこちらの様子を見透かしてか、僅かに巨大な口端を歪めたそれは、次の瞬間には口を開く。


 それは周囲の建物ごと俺を飲み込まんとしていて、この時になって俺の体は(ようや)く動いてくれるのだった。


 だが、遅すぎた。


 その大口から逃れるには、回避に動くにはどうしようもないくらい遅かったのである。


 即座に魔法で迎撃に転換するけれど、圧倒的な巨体の前にはそれは効いているとも思えなかった。


「こなくそっ……!」


 万事休すと覚悟を決め、それでも抵抗を諦めずに魔法で攻撃を続けるけれど、案の定怪物の大口はもう目の前にまで迫っていたのだった。


 そしてそのまま、一気に飲み込まれる――と思ったのだが。


 出し抜けに飛んで来た都合三つの魔法攻撃が、怪物の動きをその場で縫い留めていた。


 それぞれの属性は、氷と土と植物。いずれも杭のように尖った巨大なものが地面から飛び出し、串刺し状態にしていたのである。


「これは……!?」


「無事か、ラウ!?」


「シグ! ……それにスヴェンとレメディアも!」


 背後から聞こえた足音にハッとして振り返ってみれば、そこに居たのは見慣れた己が仲間達だった。


 いずれも目立った傷は見られず、息を切らしながらも駆け寄ってきているところを見るに、全員大怪我を負っている気配は見られなかった。


「お前ら、無事だったんだな……」


「それはこっちの台詞だ。ラウだけが居ないから、皆焦ってたんだぞ?」


「皆って、リュウさん達も無事で?」


「ああ。今は迷宮(ラビュリントゥス)の外に飛び出した妖魎(モンストラ)の掃討をしている。怪物が山を吹き飛ばしたせいで、周辺の無関係な迷宮(ラビュリントゥス)も崩落とかあったらしくて」


 どうやら全員、あの山を吹き飛ばしたほどの爆発から逃れる事が出来たらしい。


 あれだけ強力なものを至近距離で受けて誰も脱落が居ないのは驚異的な事だと思っていると、どうやらそれはユノーやヤヌスと言った精霊達が咄嗟に防御術式を展開してくれたお陰なのだとシグは言う。


「ラウも、後でちゃんとあの精霊達に礼を言っておくんだぞ」


「分かってるよ。けどそれより今はこっちだ。助けてくれて有難いけど、この程度じゃ怪物は死んでくれないならからな」


「だろうな。見れば分かる」


 実際、怪物は串刺しの状態から逃れようと徐々に徐々に動き出していた。その四つある目もその全てが俺達一人一人を捉えて放さず、敵意を剥き出しにしていたのである。


「見れば見る程、冗談みたいな化けモンだな」


「ホント、これを造った人って趣味悪いよね」


 嫌悪感を隠そうともせずに醜悪な怪物を見上げるスヴェンとレメディアは、その心を表す様に顔を(しか)めていた。


 また、それと同時に怪物の体のあちこちから飛び出している人間の四肢や顔を見て、言葉にしがたい感情を抱えている様でもあった。


 その様子を見て、これ以上彼らの助けを借りてばかりは居られないと気合を入れ直した俺は、怪物を睨み付けながら三人に言っていた。


「ちょっと前に、奴に取り込まれた人を救出してやるってこの国の王子らしい奴と約束したんだ。悪いけど、それを果たすの手伝ってくれね?」


 ほんの少し、こうやって頼み込むのが気恥ずかしくて、ついつい誤魔化すような笑みを浮かべながら頬を掻く。


 だけどそんな俺の内心を見透かしてか、シグもスヴェンもレメディアも、苦笑を浮かべていた。


「軽々しい約束を……まぁ、あれから助けてやりたいと思うのは、人として当然の事だとは思うけど」


「出来る限りの事はするさ。駄目なら精霊の誰かでも呼べばいい。って言うか、メルクリウスさんもアイツに食べられてなかったっけ?」


「た、助けられなかったら洒落にならないよね、色々」


 頼もしい事に、反対意見は無かった。


 それが本当に心強くて、嬉しくて、だから自然と引き締めようとした表情が(ほころ)ぶ。


「……悪いな、我儘に付き合わせて」


「珍しくラウから頼んで来てるんだ、この程度は聞いてやらないとな」


「ありがとう……」


 そう語るシグの笑顔が何だか眩しくて、だから礼を述べる声も、尻すぼみになってしまっていたのだった。







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