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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第八章 トメルスベナク
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第五話 Underworld②




 洞窟内で火が、燃え盛る。


 だけどそれは酷く小規模で、そして微かな風の流れがその煙を充満させる事なくどこかへ運んでいた。


「迷宮ってのが生きてるとか言う話は、正直俺としては半信半疑だった」


 実際に何度か潜った事もあったんだけどな、と后羿(コウゲイ)は苦笑しながら後頭部を掻いている。


 彼が手に持つのはその辺に転がっていた何かの骨で、その棒状の物で()って焚火の手入れを行っていた。


「しかしまあ、まさかあそこまで露骨に迷宮(ラビュリントゥス)が通路を変形させて来るとは思わなかったけどな。あんなことをやられたら俺もお前らも分断されるのは当たり前だよ」


「今までこんな経験はなかったって訳?」


「そりゃそうだ。たった一瞬で、俺にもリュウにも気づかれずに通路を作り変えて分断せしめやがったんだぞ。少なくとも、明確な意思みたいなものがなけりゃあんなことは出来ねえ」


 火を取り囲む様に座るのは、俺と后羿(コウゲイ)、そしてシグの三人。


 通路の壁に偶々あった凹みが休憩するに丁度良いと見て、そこで食事も兼ねて火を熾したのである。


「……普通、迷宮(ラビュリントゥス)の通路の変形ってのはもうちょい時間をかけて行われるもんだ。そうじゃなきゃ、地図なんてもんが作られて、売りに出される訳もねえからな」


「確かに。それに、滅多な事では変形も起こらないと聞くね。それもあのタイミングとなると、やはり作為的なものが働いているかもしれねえわ」


「要するにこの迷宮(ラビュリントゥス)一帯が神饗(デウス)(てのひら)の上って訳になるのか」


 シグの推理は間違ってそうにない。寧ろそう考えるのが至極自然だ。


 同時に、状況が思っていた以上に悪い事を察するのだった。


「こうやって休憩しているのも、もしかしたら奴らには視えているってのか……?」


「どうだかな。少なくとも俺は、お前らと分断されてから作為的な襲撃を受けた事はねえ。ひょっとしてお前ら、派手に行動したりしなかったか?」


「「…………」」


「したんだな」


「しょーがねえだろ! 色々と追い掛けられて大変だったんだから!」


 心当たりはある。山ほどあると言って良い。


 派手に戦闘したし、派手に崩落も引き起こして来たのだから当然だ。これで心当たりがない方がどうかしているとすら言えよう。


「分かった、分かったから騒ぐな。何が原因で見つかるのかも分からねえんだ、これで目を付けられたら休息とかしてる時間も無くなるぞ」


「……それもそうだな」


 丁度良い焼き具合になった骨付き肉を地面から引き抜き、そのまま齧り付く。


 さっきまで火にあてていたせいで熱々だったけれど、ここ最近は新鮮な肉を調理して食う余裕もなかっただけに贅沢に感じられる。


 横に居るシグもそれは同様なのか、消耗した体力を補充するように肉を貪っていた。


「けど、調味料が欲しくなるよな」


「生憎、俺は持ってねえ。酒飲むか?」


「結構だ。お前の酒なんか飲んだら前後不覚になりかねない」


 一体どれだけ容量があるのか不明だけれど、后羿の掲げた瓢箪からはタプンという水音が確かに聞こえていた。


 一方、俺に酒を断られた彼は少し詰まらなそうな顔をした後、すぐに興味を無くした様子で瓢箪を煽っていたのだった。


「ホントに良く飲むな、お前……」


「酒は命の源と言っても過言じゃねえからな」


「過言だよ。飲み過ぎだ馬鹿。大体、その瓢箪にどんだけ酒が入ってんだ」


「これか? まあちょっと特別なんだ、これは。華胥(かしょ)でいけ好かねえ奴から分捕(ぶんど)ってな。俺からすれば弓より大切だ」


「……瓢箪じゃお前の身を守れないと思うけど?」


 上機嫌な后羿(コウゲイ)は、しかし俺の話に耳を貸さない。


 だけどその顔には酔いの兆候が一切見られなくて、別に酒精が体を回っている訳では無さそうだった。


 もっとも、この状況の彼に何を言っても大した答えが返って来るとも思えなくて、俺は食事を再開するのだった。


「シグ、体の調子は?」


「もうそろそろ回復して来たと言ったところだな。万全とまでは行かないが」


 一足先に食事を終えていた少女に話を向けてみれば、彼女は解体された妖魎(モンストラ)の死体に目を向ける。


 既に、そこに残っているのは骨と皮と不可食部位のみ。それ以外は全て解体して火で炙って胃袋の中に納まってしまっているのである。


「まだ食い足りないのか、お前は……」


「当たり前だ。それにこの肉、若干生臭いが程良く脂がのっていて旨い。機会があればまた仕留めて食したいな」


「こんな時に食い意地発揮してんじゃねえよ。旨いのは分かるけど」


 今の自分達は神饗(デウス)の手の中に居る。いわば虎穴に居る様なものなのだ。


 呑気な事をしている暇も、言っている暇もない。


 今は休息が第一と考えたからこそこうしているが、本音を言えば今すぐにでも出口を目指したいものだった。


「それでラウ、脱出経路はどうするんだ?」


「どうするって言われても、ここは血の大地(エシュナス・グム)の最深部付近だ。経路なんて幾らでもあるぞ。そしてどの道が最短で最善なのかも俺には分からない」


「……確かにな。これでまだ通路が変形させられていたりしたら、それこそ地図も意味がない」


「その心配はないと思うぜ」


 どうしたものかとシグ共々眉間に皺を寄せて考え込んでいると、不意に后羿が軽い調子で口を挟む。


「幾らここの迷宮(ラビュリントゥス)が変だとは言え、幾らでも通路が作り変えられるのなら、今頃地図は全くあてになんてならねえ。そうだろ?」


「まあ、な」


「だけどお前らは地図から現在位置を把握した。把握できた。だとすれば連中も容易に通路を変更できない理由がある。大方、魔力が足りないとかそう言う所だろ」


 大穴でまだ手札を伏せているだけかもしれないが、と言いつつも彼は己の推理に自信を持っているらしい。


 食べ終わった骨を投げ捨てて手を叩くと、(おもむろ)に立ち上がっていた。


(コウ)、どうした?」


「どうしたも何もねえよ。連中、どうあっても俺らを外に出す気はねえらしいな」


「……!」


 先程までのどこか砕けた態度は跡形も無く消え、后羿はある一方を睨み据えていた。


 加えてその手には弓と矢を持ち、いつでも射る事が出来る様につがえ始めてすらいたのである。


 その様子に只ならぬものを感じ取って、俺もシグも即座に同じ方向を向いて身構えた。


 既に食事は終わっているのだ、そうやって思考と動きを切り替えるのもそれほど難しいものでは無かった。


 何より、それが出来なければ今まで生き残る事も出来なかったのだから。


(コウ)、数は分かる?」


「さあ? 何か変な音が聞こえただけだからな。ただ、ありゃ只者じゃねえ気配がする」


「リュウさんが助けに来たとか?」


「それはねえ。俺とアイツは互いに契約してるから居場所がぼんやりと判るが、こんな近くには居ない」


 そう、強く后羿(コウゲイ)が俺の推測を否定した瞬間。


 火と水の弾丸が、俺達を襲った。


『――ッ!』


 咄嗟にそれを俺の展開した魔力盾が受け止めるのだが、その雨のような攻撃は連続していて止む事が無かった。


「く……シグ、応戦頼む!」


「任せろッ!」


 ガトリングも斯くやと言わんばかりの連撃を受け止めているが、その一撃一撃がやけに重い。


 念のため俺は防御に専念してシグに攻撃を任せるのだが、そもそもの話、彼女の魔法では相性が悪い。


「炎魔法が……ッ!」


「すぐに溶けないくらいの攻撃喰らわせればいいだろ!」


「出来ればとうの昔にやっている! 火力が尋常でなく高いのだ! これでは私の魔法が敵に届くか……そもそも、姿も見えないのに!」


 確かに敵の攻撃は、壁に身を隠した上で行われている。


 属性や攻撃の密度、速度を考えるに恐らく複数人が身を潜めた上で攻撃を繰り出しているのだろうが、そのせいでシグの反撃も碌に届かないらしい。


「生憎、俺の弓じゃ余計に届かねえな。矢には何か魔術的効果が付与されてる訳じゃねえし」


「使えねえ精霊だな……」


「うっせ、悪かったな。一足先に敵を発見してやっただけ有難く思え」


 試しに后羿(コウゲイ)が放った一射は、果たして彼の言った通り途中で燃え尽きて消えた。


 そうなると、この状況で反撃に向いているのは経った一人、俺だけと言う事になる訳で。


「……シグ、防御代われ。炎属性が居るのは不安だけど、それなら平気だろ?」


「分かった。その程度なら私も自信があるからな。幾ら相性的不利があっても、その程度は破られないさ」


 その事を証明するように造成される、分厚い氷の壁。


 着弾した炎弾(テルム)が音を立てて氷壁の一部を昇華させていくが、すぐに後ろの氷がせり出して傷が消えていく。


 氷壁の後ろから見ている身としては、薄くなった箇所が瞬時に分厚くなって行くのを確認して、不安を払拭する。


 勿論、完全に懸念要素がない訳では無いけれど、この状況で悠長に文句など言っていられないのである。


「うぜってえ奴が……ぶっ飛べッ!」


 氷壁を迂回する様な軌道を取って、俺の白弾(テルム)が敵方へ殺到していく。


 これだけの攻撃であれば、全滅はさせられなくても数は減らせるだろう――と思ったのだが。


「馬鹿が! 崩落の危険があるから荒っぽい魔法は使うなと……!」


「あ、わり」


 壁の向こうで騒がしい着弾音がして居るのを聞きながら、自分の迂闊さに頬を掻く。


 とは言え、この辺りの地盤は固いのかこれだけ崩れる気配はなくて安堵するのだった。


 しかし、だからといって気を抜くのはまだ早い。


「中々激しい攻撃ですね、ラウレウス?」


「……その声と喋り方は」


 聞き覚えのあるそれは、氷壁の向こうから聞こえていた。


 同時に、こちらへと近付いて来るのは、たった一人の足音で。


 まさかと思って壁から顔を出せば、そこには案の定見覚えのある顔があったのだった。


 青い髪に青い眼。中肉中背の体の上に乗っているのは、柔和な笑みを浮かべた顔。


 だけどそこには以前見た時とは異なる、幾つもの縫い目が見られて、纏う雰囲気には気味の悪さが追加されていた。


「アッピウス・パピリウス!」


「覚えてくれていましたか? これは嬉しい。そうです、私はアッピウス・パピリウスですよ。貴方に関わったせいで何度となく煮え湯を飲まされた、ね」


「自分から首を突っ込んで来ておいてよく言う! ……それより、お前のその体はどうした?」


 細められた青い眼はこちらを捉えて放さず、加えてそこには僅かながら憎悪と敵意が垣間見える。


 以前にも増して危険な気配がする彼を前に、俺だけでなくシグもまた気を引き締めた顔をしていた。


 そんな彼女に目だけを向けたパピリウスは、たった一人だと言うのに即座に攻撃を仕掛けてくる訳でも無く、そして俺の問い掛けを無視して大仰な口調で言っていた。


「これはこれは、帝国第三皇女シグルティア殿下ではありませんか。いや、今はただの反逆者シグルティアですかね。それと、精霊が一柱(ひとはしら)ですか」


「俺の事をついでみたいに言うな。后羿(コウゲイ)様と呼びやがれ」


「……大した目的意識もない余所(よそ)の精霊如きが偉そうな態度を」


「周りに迷惑かけてる連中よりはマシだと思うけどな?」


 不敵に笑うパピリウスに対し、額に青筋を浮かべるのは后羿(コウゲイ)だ。


 かなり安い挑発だが、元々余り冷静な性格ではない彼にして見れば乗らずにはいられないらしい。


 とは言え放置しているとこちらまで迷惑を被りそうなので、この辺で彼らの会話を遮っておく。


「無駄口を叩くのは結構だけど、アンタ一人で俺らを相手にするってのか? わざわざ姿まで見せやがって……大人しく後退しといたほうが良いんじゃねえの?」


「それ、街中に居るならず者の台詞(せりふ)みたいですね。さも野蛮な白儿(エトルスキ)の血を引く者らしい発言だ」


「野蛮はどっちだ。俺と大して変わらない、それどころか俺より年下の子供に無理な手術を施す様な連中が、とやかく言えるとでも!?」


 頭を過るのは、自分よりも年下の一人の少女。


 名をタリアと言った。


 俺を、ラウレウスという存在を逆恨みし、そして憎悪し、そんな彼女とはビュザンティオンで再会して、そして半年ほど前にこの手で殺した。


 体に無理な改造手術を施されたせいで、当時の彼女の肉体は限界に達していたのは確かだった。


 だからこそ、あの死の間際の彼女は拒絶反応に苦しみ、見かねた俺は止めを刺した。


 もしもあそこで何も手を下さなければ、人の形を残した死体となる事も無かっただろう。


「お前らみたいに、人の命と体を(もてあそ)ぶ連中のどこが立派なのか……ならず者はテメエらの方だ!」


「大層な剣幕ですね。ま、私には関係の無い事ですが。何がどうあれ、ここで貴方がたの身柄を拘束させていただきますよ。上からの命令でもあるのでね」


「だからたった一人で出来る訳ねえって言ってんだろ!」


 先程の俺の反撃以降、あの息つく間もない魔法の連続攻撃と密度は鳴りを潜めている。


 それはつまり、彼以外の仲間は戦闘不能に追い込まれたと考えても良く、同時に彼に勝ち目がないとも言えた。


 なのに、目の前に立つパピリウスからは余裕の態度が消える気配はない。


 もしや気でも狂ったのかと思っていた、その時。





「では、始めましょうか」





 たった一瞬。ほんの一瞬。まさに瞬き一度の出来事。


 それだけの時間で、パピリウスの周囲には幾つもの炎弾と水弾が浮かんでいた。


 それは先程まで俺達を襲っていた魔法攻撃と全く同じもので、同じ密度で。


「蹂躙と制圧を開始しましょうか」


「このやろッ……!」


 本当に捕縛する気があるのかと思う様な攻撃が、俺達を襲う。


 下手な所に直撃でもすれば命すら危ないと言える。


 ただ、幸いにも魔力盾の展開は間に合い、シグも后羿も直撃を免れて身を隠していた。


 だが、その間にも盾を叩く水と炎の魔法。


 密度もさることながら、その攻撃は明らかに異常で、強力で、何より不自然(・・・・・・)だった。


「たった一人で二つの属性魔法を使う……?」


「いや、それ自体は事例がある。現に今もカドモス・バルカの部下に、生まれつき二属性の魔力を持つ少年がいるらしいからな」


「ああ、それなら華胥(かしょ)にもそう言う事例がない訳じゃねえ。珍しいけどな」


 一撃一撃が重い攻撃を受け止めながら、シグと后羿(コウゲイ)は俺の疑問に答えてくれる。


 だがしかし、それは俺の望んでいた答えとしては五十点くらいにしか届かなくて。


「その事例はあくまで生まれつきの話なんだろ? 言っとくけどアイツは、元々水造成魔法の使い手で、炎魔法なんて使えない筈なんだ!」


「後天的な二属性魔法使いだと? ……言われてみれば確かにあの男、以前ビュザンティオンで会った事があったかもしれないな」


「だとすると、人為的な操作があったか……あの縫い痕だらけの体と関係がありそうだぞ」


 攻撃は、尚も止まない。


 時折軌道の曲がった魔弾(テルム)が盾を迂回して俺達を襲うが、それはシグの氷魔法で防御される。


 それでも、このままでは攻撃の手数で押し切られてしまう可能性がない訳では無いのだ。


「二属性持ちな上にこんな魔力量とか、どうなってやがる? ……普通なら今頃ひっくり返って気絶してもおかしくねえぞ」


「多分だが、魔力量も人為的に底上げされているのだろう。それに伴って、体には相当な負荷が掛かっていると思うのだがな」


 何度か俺達は反撃に転じるものの、やはり攻撃の密度の前にパピリウスへ届く前に相殺されてしまう。


 まさに攻撃は最大の防御を体現する様なそれに、思わず舌打ちが零れた。


「どうです、私の力は? 圧倒的でしょう。伊達に体を切り刻まれる痛みと屈辱を堪えて来た訳では無いのですよ。プブリコラ殿も草葉の陰で喜んでいる事でしょう」


「プブリコラ……? どうしてここであの豚貴族の名前が出て来る」


 かつて俺が住んでいたグラヌム村、そこの子爵(ウィケコメス)かつ領主であったのが、アラヌス・カエキリウス・プブリコラだ。


 基本的に農奴へは重税を課しており、そのせいか多くの人の生活は貧しく、彼自身の生活は豪奢だった。


 そんな彼は色々あって子爵位を失い、東帝国とそこに繋がりを持つ神饗(デウス)に加わった。


 半年前、タリアを殺した戦闘の際に迎撃して以降は全く消息を知らないし知る気もなかったのだ、が。


「察しが悪いですね、ラウレウス。では訊き方を変えましょう。この炎、元々誰のものだったと思いますか?」


「……そういう訊き方をするって事は、まさか」


「ええ、その通りですとも。彼の魔力は、魔法は、言葉通り私の血肉となり、ここに生きているのですよ!」


 ここに来て、パピリウスの体中にある縫い痕の理由が繋がった、気がした。


 恐らくあの縫い痕は全て、今の力を得るに至るまで施されてきた手術の痕跡なのである。


「よくもまあそんな事が平然と出来るな!? アンタら、グラヌム村に居た時から知らない仲では無かったんだろ!?」


「だから何ですか? 上層部も肥え太った豚は要らないと判断したのでしょう。実力もそこまで高い訳では無かったですし、精々魔法を使える点にしか利用価値は無かったのですよ、最初からね」


 だから、殺したというのだろうか。


 相変わらず、身勝手な理由で人を殺し続ける神饗(デウス)には呆れの感情ばかりが止めどなく湧いて来る。


 これまで俺が受けて来た仕打ちを考えれば、プブリコラに同情の余地など無いけれど、それでもだ。


「どこまでも胸糞悪い奴らが……」


「利用価値のない男に利用価値を見出してやったんだ、むしろ褒められる事だと思いますがね?」


「人は、素材を取り出されるために生きてんじゃねえんだぞ!? 物じゃねえんだ、それをお前らはッ!」


「おや、怒りますか? 義憤……いや、貴方自身が白儿(エトルスキ)として物扱いされて来たことを考えると違いますかね」


「黙れ……煩いんだよッ!」


 不愉快だ。他人を物扱いし、おまけにパピリウスは自分自身の体すら物扱いしている様にすら感じられる。


 その行動が、理由が、どうしても理解出来なくて、そしてほんの少しだけ怖かった。


「何で……何でそこまで出来る!?」


「何でとは愚問ですよ。私もまた貴方に人生を狂わされた人間の一人です。貴方が殺したタリアがそうであったように、私もまた許せないんですよ。元凶がのうのうと生きているという事実がね!」


「だったらもう俺をほっとけよ! そもそも俺は最初から、アンタになんざ用はねえんだよ!」


「私にはあるんですよ! 貴方は、貴方だけは絶対に許さないと! 絶望という檻の中へと引きずり込むと!」


 魔法の打ち合い。


 俺とシグに対して、パピリウスはたった一人だと言うのに全く撃ち負けていない姿に、何度見ても背筋を寒いものが過る。


 后羿(コウゲイ)も隙を見ては矢を撃ち込もうとしているが、やはり彼の矢が標的に届く事は無くて、不満そうに舌打ちを溢していた。


 しかしながら、所詮は一対二である。


 体が二つあるのと一つしかないのでは打てる手も二倍になって来ると言う事であり。


「俺はアンタみたいな奴を認めない! 認めちゃいけない! この世界で、白儿(エトルスキ)である俺が生きて行くためになッ!」


「貴方の自由な人生はここで終わりですよ。今更何を言おうとも!」


 一人、迫って来るパピリウスの魔法攻撃を防御しながら突撃を掛ければ、一瞬で状況は変わっていた。


 やはり睨んでいた通り彼は接近戦が得意ではないのか、その縫い痕だらけの顔に不機嫌そうな皺が刻まれる。


「この……若造の分際でッ! 私は!」


「消えろ! 俺が生きて行く上で、お前は邪魔だ!」


 繰り出す槍の刺突を、パピリウスは掠りながらも回避する。どうやら強化されているのは魔法能力だけではないらしい。


 とはいえ、近接戦闘の心得まではないらしく、その身のこなしは素人も同然。


 どれだけ身体能力が高かろうともこれなら追い詰めるのはそれほど難しくなかった。


 何度目とも知れない刺突を躱し、パピリウスが得意気にこちらを見た、その瞬間。


 俺は腰から逆手(さかて)に抜き取った短剣を投擲する。


「槍にばかり気を取られ過ぎなんだよ、素人が」


「――ッ!?」


 パピリウスが驚きに目を見開いた時、その瞬間には既に短剣は彼の額に突き刺さっていた。


 だが。


「……まだだ! 私がこの程度で死ぬと本気で思っていたのですか!?」


「伊達に改造手術を受けてない訳か……」


 額から血を流し、目を血走らせ、普通なら即死しかねない傷を負っても尚、彼は動く。抵抗を続ける。攻撃を続ける。


 その驚異的な生命力を前にして、以前の俺なら驚愕を露わにして攻撃の手を止めていたかもしれない。


 だけど、それは油断して居なければ起きえない行動である。


 少なくとも、第二第三の手を持ち合わせるだけの実力を持つ今となっては無縁とも言える事で。


「こんな世界にしがみ付いてないで、とっとと地獄に行けってんだよ!」


「がっ――!?」


 至近距離で投擲した短槍は、(あやま)たずパピリウスの胸を穿つ。


 深々と、その柄の中ほどまで貫通した事で、彼の体にもたらした損傷が甚大であるのを想像するのはそんなに難しい事では無かった。


 実際、パピリウスの動きはそれを境に一気に緩慢となり、よろめきながら二、三歩後退してその場に座り込んでいたのだった。


 勿論、これで死んだとは思わない。


 額に短剣が刺さっても生きているのだから、俺が剣を引き抜くのも至極当たり前の事だった。


 しかし、当のパピリウスはその表情に絶望を浮かべるような事は無くて、むしろ笑っていた。


「ここで私を殺したとして、その意義は果たして如何(いか)ほどでしょうね?」


「何を語るかと思えば……最後に遺す言葉はそれで良いんだな?」


「貴方に遺す言葉などありません。私が望むのは、貴方を絶望に叩き落とす事なのですから……」


「あ、そう」


 ほんの少しでも義務的に情けを掛けてやろうかと思ったけれど、無駄らしい。


 これ以上は掛けてやる言葉もなくて、パピリウスの首を刎ねようとしたその時だった。


 剣が横一線されるよりも早く、口元に微笑を湛えた彼が何かを噛み砕いたのだ。


 それから一拍遅れて俺の剣が彼の首に当たり、そして弾かれる。


「――は?」


「……これ以上寿命を大幅に縮めてしまう手は使いたくなかったのですがねえ、もう仕方ありません」


 即座に後退してパピリウスの様子を伺ってみれば、彼の体が見る見るうちに肥大化していくのが分かる。


 腕も足も、胴も頭も、何もかもが血管を浮き上がらせ、そして衣服を内側から裂いて膨張していくのだ。


「出来れば、貴方が絶望の檻の中で絶望の表情を浮かべているところまで見たかったのですが……こうなっては絶望へ叩き落として終わりとなってしまいそうですね」


「お前……!」


「貴方達は皆、ここで終わりです。自由はこの先、訪れないと思って下さい。……見えるでしょう、絶望が迫って来るのが」


 その顔も、体も、声も、もうパピリウスの面影はない。


 辛うじて髪や眼の色、口調だけが彼の痕跡をとどめているといえなくもないけれど、やはり別物と言って良かった。


 そしてそんな彼の言う通り、状況は悪化していた。


 何故なら。


「見つけたぜ、ラウレウス。それと今に至るまで姿を隠していた精霊もな」


「エクバソス……!」


「おっと、俺も居るからお忘れなくー?」


 退路を断つように前後から姿を現すのは、神饗(デウス)の構成員。


 その中でもエクバソスとあと一人、小柄な少年然とした人物――エピダウロス。


 彼は幾つもの妖魎(モンストラ)を従えていて、その中でも最も大きい個体の背に座していた。


「パピリウスと派手に戦闘してくれて助かったぜー? お陰でペイラスもお前らをすぐに見つけてくれた」


「ああ、そうかよ。随分な大所帯な事で」


「あら、反応薄いなー。まあ良いや、この辺で閉幕しよっか」


 この場に居るのは、妖魎(モンストラ)だけではない。神饗(デウス)の構成員も非常に多く、それこそ隙間なく俺達を囲い込んでいるのである。


「不味いな……多少体力が回復したとはいえ、これでは」


「俺の弓も出番はなさそうだ。剣で頑張るかといっても、この数はなぁ」


「大多数は俺が引き付ける。そんなに心配すんなよ」


 最悪、また白弾(テルム)をあちこちに叩き付けて通路を崩落させれば良い。最終手段だけれど、これだけ多くの敵が居るのなら有効な手段だろう。


 そう思っていたのだが。


「悪いけど逃げ切れると思うなよー? ここは血の大地の中でも最下層近くだ。地盤も固く、ちょっとやそっとどころじゃない攻撃でも崩れねえぞー」


「……!」


「さて、アンタら三人でどこまでやれるかねえー?」


 これまでに戦ったものとは、数も質も圧倒的に異なる。


 これ程の数が一斉に押し寄せられては、恐らくそう長く持つ事は不可能なのは、簡単に理解出来る事だった。


 でも、投降はしない。


 少なくとも俺は、最後まで抗うと決めたから。


 最後まで、出来る限り生きてやると決めたら。


 前世が早々に終わってしまった分、今世を早々に終わらせる事は、断じて許容できるものでは無かったのである。


「シグ、(コウ)、二人はどうする?」


「愚問だ。私もこんな所で死ぬつもりはない」


「俺もだよ。これまで何回虎口を脱したと思ってる? 持って来た酒ももう残り少ないし、早いところ外行こうぜ」


「……分かった」


 絶望的なのは分かってる。


 でも、絶望なんてしない。


 だって、望みを絶ってしまうのは詰まらなくて味気ないから、耐えられないから。


 望むという感情はあくまで自分が持つもので、他の誰かによって()つ事なんて絶対に出来ないのだから。


「お、この状況でもまだ抵抗するってのかー?」


「そうだよ。周りに害悪撒き散らす傲慢な連中に、俺達は屈しない! 屈するのはテメエらの方だッ!」


 だから俺は、吠えていた。





◆◇◆






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