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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第八章 トメルスベナク
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第四話 もっと光を④

◆◇◆



 血の大地(エシュナス・グム)


 ハッティ王国が国都、ハットゥシャの郊外に位置するその迷宮は、屈指の古さと巨大さを誇り、これまで数々の人間をその(はら)に呑み込んで来た。


 深さ故に狩猟者組合(ギルダ・ウェナトルム)や王国でも全容は把握できておらず、未踏破地域などは枚挙に暇がない。


 当然、その心臓部たる核がある場所とて誰も知らない――筈だった。


 だけれど、今やそれも状況が違う。


「愚かな連中だ。ここで何が起きているのかも知りはしないで……」


 口端を緩めるのは、長身の男。


 彼は眼前にある巨大な赤茶けた結晶体を前にしながら、そこへ向けて手を翳していた。


 何を隠そう、この場所こそが血の大地(エシュナス・グム)の心臓部に当たる場所なのである。


「おう、戻ったぞ」


「……エクバソスか。首尾は……聞くまでもなさそうだ」


「ああ、取り逃がした。お前だってその辺は大体把握してるんだろ?」


 洞窟内の剥き出しとなった岩肌はそのままに、入り口に設置された人工的な扉を開けて入って来るのは、一人の狼人族(リュカンスロプス)の男だった。


 エクバソスと呼ばれたその男は、自身の背後に十人ほどの負傷者が入り混じった配下を引き連れ、部屋の外で待機していた彼らに何やら指示を出して扉を閉める。


 そんな彼に対し、決勝と向き合っていた長身の音は大袈裟な溜息を吐きながら言っていた。


「それだけの手勢を引き連れながら情けない……疲弊した標的の一人も捕らえられなかったのか?」


「無茶言うな! アイツらが異常にしぶといんだ! その辺だってお前、視てた(・・・)だろ!?」


「確かにその通りだ。だが、そもそもあんな連中にどうして真正面から挑んだ? 追撃を掛けるにしても、他に打つ手は幾らでもあった筈だが?」


 エクバソスに詰問するような口調で、長身の彼――ペイラスが語れば、エクバソスはその表情を不満そうなそれへと変えていた。


「無茶言いやがれ。俺らは今のお前と違って常時迷宮の内部を見通せる力を持ってる訳じゃない。俺に何を求めてるんだ」


「その為に地図があるのだろう? ……これだから脳筋は」


「うるせえ! テメエみたいなズルしてる奴に何言われたって悔しくねえよ!」


 そう言ってエクバソスが指差すのは、ペイラスが指を翳している結晶体――そこに取り込まれた、一人の少女。


 幸薄そうな顔立ちをした彼女の目は閉じ切られており、生きているのか死んでいるのかも分からない。


 まるで氷漬けにでもあったかのように、迷宮(ラビュリントゥス)の核――つまり結晶の中で眠っていた。


「僻むのか? 見苦しいぞ」


「そうじゃねえよ! 今の俺とお前じゃ元々持ってる手札の数が違うんだから、少しは大目に見ろって言ってんだ!」


 ともすれば胸倉に掴み掛って来そうな勢いのエクバソスに、ペイラスは鬱陶しそうな様子で眉を(ひそ)め、言っていた。


「リュウとその仲間二名、及びシャリクシュを完全に取り逃がし、マルスらとの合流を許した事の重大さを、理解していないのか?」


「合流? 嘘だろ、俺が追跡してる時にそんな気配は……!」


「ああ、確かにそうだろうな。お前が追撃を諦めた後、妖魎(モンストラ)の群れを代わりに差し向けた事態は悪い手じゃ無かった。だがそこで偶々、リュウ達の捜索に来たディアナが発見してしまったのだ」


 まるで一部始終を見て来たかのように語るペイラスの言葉に、エクバソスは絶句していた。


 しかし、そこにはペイラスの話を疑う様子はなくて、むしろそれが真実だと承知しているからこその驚きを露わにしていたのだった。


「それ……視た(・・)のか、さっき?」


「無論だ。千里眼の能力を結晶に一体化させてしまうと言うのは中々便利なものだな。今丁度、奴らは外に出ているところだぞ」


妖魎(モンストラ)どもは!? 追撃を掛けるように仕向けた筈なんだぞ!」


「一応追い付いたが、駄目だな。マルスとメルクリウスが完全に食い止めている。今からエピダウロスに増援を要請した所で間に合わないだろう」


 手を結晶に翳し瞑目するペイラスの言葉は、とても嘘を言っている様にも、適当な事を言っている様にも聞こえず、エクバソスは拳を握り締める。


「やられたな、くそ……!」


「とは言え、私の方からも弁護はしておく。クリアソスもアゲノルも居ない今、お前にまで消えられては困るからな」


 それに、とペイラスは更に話を続ける。


「ルクス様の方は首尾よく行きそうだ。その事を考えれば、精々叱責で済むのではないかな。どちらも失敗したとなれば、主人様からの罰も待っていようが……あの方が失敗するとは思えない」


「ルクス様が? あの白儿(エトルスキ)のガキを!?」


「ああ。元東帝国皇女シグルティアともども捕捉している。待っていればその内連れて戻って来るだろうな」


 その言葉に、エクバソスは胸を撫で下ろしていた。


 だが、それでも己の失態を恥じてか、表情は晴れない。


 どうにかしてこの汚名を返上したいと考えているであろう内心を察して、ペイラスは苦笑するのだった。


 そんな時、不意に部屋の戸が開く。


 新たな来客に、ペイラスもエクバソスもそちらへ目を向けてみれば、そこには銀朱色の髪をした小柄な男が、少し不満そうな顔を見せながら立っていた。


「……エピダウロス? どうした、何か不満そうな顔をして」


「どうしたもこうしたもねーよ。俺が丹精込めて集めて、躾けて、()やした筈の妖魎(モンストラ)共が殆ど未帰還なんだけど? この落とし前どう付けてくれんのー?」


「生憎、それは私に言われても困る。基本的にルクス様とエクバソスの指揮で使われたからな」


 つかつか、と少し怖い顔をして詰め寄って来る小柄な男――少年にも見えるエピダウロスに、ペイラスは全くたじろぐ気配も見せない。


 そして平然な顔をして、責任の追及を他者へと逸らしていたのだった。


 一方、逸らされた矛の行く先となったエクバソスは何やら恨めしそうな視線を彼に向け返していたものの、すぐにエピダウロスの追及が始まってそれどころではなくなっていた。


「説明しろエクバソス!! 俺が丹精込めて仕込んだ妖魎(モンストラ)はどこにやったんだー!?」


「どこにって……侵入者を相手にする為に借りるって言ったじゃねえか! お前、話聞いてたのか!?」


「だからってこんなに帰ってこないなんて聞いてないぞー!? ()やすにしたって色々調整しないといけないから、手間だってかかるのに!」


 その様子は、一見すると子供が大人を怒鳴りつけている様にも見えなくはない。もっとも、実際の所彼らの年齢はそれ程離れていなかったりするのだが、周囲の者は何とも言えない表情でそれを見遣っていた。


「エピダウロス様、あらぶってるな……」


「見ろよ、エクバソス様がたじたじだ」


「……お前ら、他の者の目もあるんだ、説教や喧嘩はその辺にしろ」


 周囲の神饗(デウス)構成員が色々と雑談を始めるに至り、とうとうペイラスは傍観している訳にも行かなくなったのだろう。


 額に手を当てながらこの部屋で騒ぐ二人に注意の言葉を投げ掛けていたのだった。


「だけどよペイラスー、考えてみてくれ。俺が手塩に掛けて色々と調整して弄った妖魎(モンストラ)どもが、二割も消耗させられて怒らずに居られるわけねーだろ!?」


「抜かせ! お前が育てたその妖魎(モンストラ)が弱いからだろが! その結果大量投入したってこのザマだ!」


「しょーがないだろ! 元々この迷宮(ラビュリントゥス)に住み着いてた妖魎を捕獲してちょっとした改造手術施しただけなんだから! 俺達の言う事を無条件で聞くようになっただけで、能力なんて何も上がっちゃいねえよ!」


 ペイラスの仲裁も何のその、そんなものはお構いなしと言わんばかりに、二人の口論は白熱していく。


 こんな状況では幾ら仲裁に入った所で焼け石に水と判断してか、ペイラスは一度天井を仰ぎ、息を吐いた。


「……もう良い。喧嘩を止めろとは言わん。だがここでそんなに騒がれると迷惑だ。ここは私だけでなく他の者も仕事をして居る場所だからな。後でやるか、もしくはほかの所でやってくれ」


「チッ、分かったよ」


「俺としても異存はねーな。あ、そうだペイラス、それの使い勝手はどうだー?」


 ここで大騒ぎを起こして後でどうなっても知らないぞ、と遠回しに釘を刺したのが聞いたか、口論は一時休戦となったらしい。


 エクバソスが不貞腐れた様に顔を逸らす一方で、エピダウロスは少女が中に入っている結晶――迷宮(ラビュリントゥス)の核を指差して言っていた。


「それにしても、まさか核である結晶の中に人間を入れるなんて思いもしなかったぜー。流石に主人(ドミヌス)様やルクス様の考えは凡人の俺なんかじゃ足元にも及ばねえ」


「全くだな。だがエピダウロスが考え出した訳でも無いと言うのは、少し意外だ。我々の中で最高の学者と目されるお前も何も知らなかったのか?」


「俺はただ、核の中にこの女の子を生きたまま取り込ませろって命令されただけだぜー。技術的には可能だけど、それをする事に何の意味があるのか、全然分からなかったんだー」


 やっぱり精霊と人間では考えている事や視えているものが違うと、エピダウロスは肩を竦めて笑う。


 それに対し、ペイラスも頷きながら笑い返す。


「なるほどな。だが、何はともあれ機能は良好だ。迷宮(ラビュリントゥス)の核と接続相性が良ければ、内部のどんな場所でも見る事が出来るからな」


「そりゃよかった。にしても、千里眼てのは便利だなー。いつでもどこでも見通せるってのは侵入者対策にこの上ないぜー」


 苦労した甲斐があったもんだ、とエピダウロスは笑って結晶を眺めて居た。


 中に居るのは、まだ二十歳にもならない少女。


 世間一般では聖女クラウディア・セルトリオスと呼ばれていた人物である。


 千里眼と言う異能(インシグニア)を持ち、それが故に重宝され、或いは(うと)まれ、最終的には殺し屋と共に姿を消していた。


 そんな彼女を主人(ドミヌス)が直々に確保し、この場所まで運んで来たのだ。


「だがなエピダウロス、少し状況が面倒臭い方に傾きつつあるみたいだ」


「……と、言うと?」


「ここにいるエクバソスの間抜けが、姿を見られた上に侵入者を取り逃がしてしまってな。恐らく、そう遠からず集団で乗り込まれるだろう」


「なにー? エクバソス、お前ホント使えねーなー?」


「ざっけんな! 叩き潰すぞこの糞チビが!」


 又もやここで喧嘩が勃発するかと思いきや、両者ともにそれ以上の口論をここで行う事は無かった。


 それでも怒りを鎮める様にしかめっ面で腕を組んだエクバソスは、話題を逸らす様にペイラスに問う。


「それで、ルクス様の方はどうなんだ? あのガキ共、捕まりそうか?」


「……まだ分からん。私が思っていた以上に、窮鼠と言うのは粘り強いらしい」


「へえ、あの野郎またちょこまか逃げ回るか、(こす)い手を使ってるって訳だ。……生意気さは相変わらずかよ」


 何度となく煮え湯を飲まされた経験を思い出してか、先程よりも更に顔を(しか)めるエクバソスは、それでも我慢ならないのだろう。不快そうに軽く地面を蹴飛ばしていた。


「……少し長めに様子を見る。邪魔はするなよ」


 そんな彼の様子に一瞥だけくれたペイラスは。程々に注意だけしてやると、結晶に取り込まれた少女の能力を駆使して、再び戦場の中へと視界を飛ばしていた。






◆◇◆



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