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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第八章 トメルスベナク
186/239

第三話 Dark Crow⑤

◆◇◆




 無数の咆哮と、足音が、洞窟の壁に反響していた。


 だが、それは大体が後方に置き去りとなっていて、迷宮(ラビュリントゥス)の中を歩く一団に迫って来る気配はない。


 彼らもそれに気付いているからか、特に怯える様子もなく、しかし油断せずに歩き続けていた。


「……まさか、シャリクシュ君とこんな所で再会するとは思わなかったよ」


「それは俺の台詞(せりふ)だ。何でアンタらがこんな所に居る?」


「何でとは訊くまでもないでしょ? 僕らだって神饗(デウス)を探していたんだから」


 少し不満そうな表情を隠そうともしない少年に対し、仮面を着けた白髪の人物は大仰に肩を竦めていた。


 すると少年――シャリクシュは、その様子を見てこれ以上口を利く気も失せたのか、無言で集団の先頭を歩くのだった。


 しかし、そんな彼の考えとは裏腹に、状況は無言でいる事を許してはくれなくて。


「なあシャリクシュ、教えてくれ。お前どこ向かってんだ?」


「……俺の拠点だ。少なくとも、中型以上の妖魎(モンストラ)が入って来られない場所に最低限の物資も確保してある。話を聞くにしても、腰を据えられる場所が良いだろ」


「なるほど、拠点ね。それも良いけど、だったら俺達を出口まで案内してくれるとありがたいなー、なんて」


 少しお道化(どけ)た態度で笑みを浮かべるのは、靈儿(アルヴ)の少年――スヴェンだ。


 だが、その申し出をシャリクシュは素っ気なく拒絶していた。


「生憎、俺にはそんな事をしてやる時間的余裕は無い。こうしている間にもイッシュの身に何があったらと思えば、気が気じゃないんでな」


「だったら何で俺らに加勢を?」


「人手が欲しいのは事実だからな。こうして恩を売れば、手伝ってくれるんじゃないかという打算があった」


「へえ、まあ確かに今回の件はシャリクシュが恩人になるだろうな。けど、恩を返すのは今すぐには出来そうもない」


 残念ながら、と大袈裟に溜息を吐いて見せるスヴェンの態度に、シャリクシュは眉を(ひそ)める。


 そして数秒の後に合点が行ったのか、こう問いかけていた。


「……この場にラウレウスが見当たらないのも、何か関係が?」


「御明察の通り。有り(てい)に言えば(はぐ)れちまったんだよ。ついでに言うとここの地図はラウが持ってたから遭難もしてしまった。だから大至急外へ出て、装備を整えて再度潜りたいんだ」


 間抜けな話だけどとスヴェンは自嘲していたが、しかしシャリクシュはそれを嘲笑う様な事はしなかった。


 それどころか一度歩く足を止めて、真剣な表情を浮かべてスヴェンたちの方を振り返るのだ。


「……そう言う事なら、力にはなれないかも知れない」


「おいおい、連れない事言うなよ。出口まで案内してくれれば、ついでにメルクリウスさん達の援軍を引き連れて来る事も夢じゃないんだぜ?」


「確かにそれは魅力的だ。けど、それは俺には出来ない」


 気まずそうに、シャリクシュは視線を斜め下へ落としていた。


 その頑なな態度が不思議なのだろう。スヴェンとリュウは怪訝そうな顔を浮かべ、そして少女――レメディアは抗議の声を上げていた。


「どうして? 何で、何で駄目なの?」


「悪いが……実を言うと俺も、迷宮(ラビュリントゥス)内で神饗(デウス)の連中と交戦した際に、幾つか装備品を失ってな」


「っておいおい、まさかシャリクシュ……」


 まだ腕に残る痛々しい爪痕を見せた彼の言葉に、スヴェンは顔を引き攣らせる。


 そしてその懸念を肯定するように、シャリクシュはゆっくりと首肯するのだった。


「出口が分からないのは俺も一緒だ」


 その宣告に、誰もが絶句した。


 当たり前だろう。リュウ達三人は、ここでシャリクシュと合流した事で脱出できるものだと考えていたのだから。


 だというのに、その期待は儚くも消え去った。


「……これは参った事になったね。いっそ、頭上の土砂を纏めて吹き飛ばして突破を図るべきか」


「そんな事したら、土砂崩れ起こして俺ら生き埋め確定じゃ無いですか」


「だよねえ。僕もそこまでの魔力は持っていないし」


 手詰まりだね、と言いながらリュウは口元を歪め、苦笑していた。


 この場の空気を何とも言えないものが支配する中、その(よど)みに我慢できなくなったのか、シャリクシュは不意に背を向け、再び歩き出す。


「期待させてしまって悪かったな。そう言う事だから俺は力にはなれない。すぐに外へ出たいと言うのなら、ここで別れてくれて構わないぞ」


「いいや。案内してくれ、君の拠点に。僕らとしても疲弊しているから、休息を取れる場所というのは有難い」


「そうか。なら丁度良い、もうじき着くからな」


 あちこちから顔を出す光結晶が洞窟内を程良く照らし、少しばかり湿った岩肌を露わにする。


 元々湿気が高めな場所にあって、周囲は更にその度合いを増し、加えて微かな水音すら聞こえつつあるのだった。


「水……?」


「安全な水飲み場を確保するのは、拠点づくりの上で重要だ。そんな場所は早々あるものじゃないが、存在するのなら利用しない手は無いからな」


 スヴェンがすっかり空になった水筒代わりの革袋に視線を落として居れば、シャリクシュは少し得意気に語っていた。


 そして、更に一度背後を振り返って言葉を続ける。


「それにお前ら、土に汚れ過ぎだし返り血を浴び過ぎだ。変な病気を持ち込まれても困る、拠点についたらすぐに体を洗ってくれ」


「へえ、そりゃ有難い。家主にそこまで言って貰えるのなら、遠慮なく体を清めさせて貰うよ」


 この中で特に衣服の汚れが酷いのは、リュウである。


 土砂崩れが起きない様にと配慮して、主に剣を武器として戦ったため、返り血が全身にべっとりついて居るのだ。


 それ以外の点については、少し前に巻き込まれた土砂崩れの影響で、全員均等に土のせいで汚れていた。


「この中に怪我人は居るか? 程度にもよるが、拠点なら手当てくらいはしてやれるぞ」


「心配には及ばないよ。僕のも返り血だし、スヴェン君とレメディア君は?」


「俺も掠り傷程度なんで」


「私も、そこまで大したものはないので、お構いなく」


「……頑丈な奴らだな。あれだけの群れを相手にして、よくもその程度で済んだものだ」


 呆れ混じりにシャリクシュは笑っていたが、そんな彼の背中へと今度はリュウが声を掛ける。


「ところで、シャリクシュ君の方こそ、傷は平気なの? さっき神饗(デウス)と戦ったとか言ってたけど、その腕は……」


「問題ない。見た目の割に浅いからな」


「そっか。なら、ここで遭遇した神饗(デウス)について話して欲しい。勿論、拠点についてからで良いけどね」


「……承知した」


 そんな遣り取りを交わしている内に、シャリクシュを先頭に小さな石の隙間を這って抜けていく。


 だが、ここで予想外の問題が一つ発生したのだった。





「待って、抜けないんだけど……!?」





「これは……何と言うか」


「想定外だったな」


 靈儿(アルヴ)剛儿(ドウェルグ)の少年は二人して顎に手を当て、真剣な顔をして足元を見下ろす。


 そこには先程二人が這って通り抜けた岩の隙間があり、今はその場所でレメディア必死に藻掻いていた。


 だが、非情にも彼女の豊満な胸が突っかかっていて出られないらしい。


 服の上からでもはっきり分かる大きさのものが、岩に圧迫されて変幻自在になって行く様子を、二人の少年はどこまでも真剣に眺めて居た。


「ちょっと、見てないで助けてよ!?」


「確かにそれはその通りなんだがな……」


「何か、こう……勿体無い気がして」


「どういうこと!?」


 かつてないほど真剣な表情の少年二人が、レメディアにとっては理解出来る筈もなかった。


 とにかく、どうして二人が助けてくれないのかとそれが不思議で堪らなくて、もどかしかったのだ。


「早くレメディア君が入ってくれないと、僕もそっちに行けないんだけど……」


「リュウさんはもっと強く足を押してください!」


「だから、もうやっているんだってば……」


 岩の向こうでは、リュウがレメディアの足の裏を押し、彼女もそれを足場にして力を込め、抜け出そうとしている。


 だが、それはレメディアの胸の形がむにむに変形する以外に大した結果は無くて。


 流石にいつまでもこんなところで時間を食って居られないと判断した少年二人も、ここでようやく真面目に考え出すのだった。


「後ろから押しても駄目だとすると、無理に腕を引っ張ったらむしろ危険だな」


「そうなると……レメディア、植物魔法で油とか生成できない? それで滑らせれば……」


「分かった、やってみる!」


 妙案を思いついたとスヴェンが提案すれば、レメディアもそれに納得し、苦戦しつつも特定の植物生成を成功させる。


 そうして入手した無数の実を、スヴェンとシャリクシュが魔法で粉々に砕き、絞り出して入手する。


 ここまで二十分と掛からない行程だったが、その間もレメディアは脱出するべく足掻き続け、何の変化も起こらなかった。


「やっぱ油が無いと駄目だな。スヴェン、撒いてやってくれ」


「あいよ。けど、即席だし余り質は良くないかも知れねえんだが」


「そんなのどうでも良いよ。早く撒いてくれないと、私がいつまで経ってもここから抜け出せないし」


 若干出来が悪いのを気にしているらしいスヴェンだが、レメディアとしてはそれを気にしている余裕も無いのだろう。


 さっきから藻掻き続けたせいで頬を紅潮させ、荒い呼吸をしていた。


 そんな彼女の一助となるべく、スヴェンは油を撒いていくのだが……。


「どうだ?」


「んっ……少し、楽になった、かな? でも……っ」


 確かにほんの僅かながら、レメディアの体は隙間から抜け出しつつあった。


 だけどそれは非常に微々たるもので、この調子では一体いつ抜け出せるようになるのか分からない。


 それに加えて、レメディアに自覚は無いが状況は更に困った方向へと傾きつつあったのだ。


「やっぱ、もう少し油を作って撒かないと駄目かな……って、何で二人は視線を逸らすの?」


「いや……ああ」


「別に……」


 荒い呼吸、紅潮した頬、踏ん張る時に漏れる吐息、そして(ローション)


 加えてレメディアの瑞々しい体。


 ここはそう言う場所では無いし、そう言う空気でも無い。だけど、何故かそう言う感じがそこはかとなく漂って来て、それは多感な少年にとってすれば直視の(はばか)れるもの以外の何物でも無かった。


「ねえ、二人は何でその場に(かが)み込んでるの? ちょっと……んっ、聞いてる!?」


「き、聞いてるぞ。次善の策を練ってるだけだ」


「そうだぞ、気にするな。今はそこから抜け出す事だけ考えろ」


 もうこれ以上は別の意味で立ってしまうので、その場に立って居られなくなった二人の少年は、顔を背けながら誤魔化す。


 同時に邪念の湧き起るどうしようもない思考を誤魔化す様に、シャリクシュとスヴェンはヒソヒソと言葉を交わしていた。


「お前、土魔法だよな。だったらあれどうにか出来ないのかよ?」


「無理だ。土塊(つちくれ)ならまだしも、完全な岩だぞ? 破壊する以外に打つ手がねえよ」


「馬鹿言え、この状況で破壊したらレメディアが圧死しかねないぞ」


「そんなん知ってるわ。けど、これ以上は俺らの精神衛生上、大変宜しくないと言うか、宜しいと言うか……」


 ちら、とレメディアに気付かれない程度に視線を向ければ、そこには必死になって藻掻いている少女の姿がった。


 衣服も、その周囲の肌も油に塗れ、どこか艶っぽくて、(あや)しくて――。


「い、いつまでもあれじゃ、俺達だってここから出られないんだぞ?」


「百も承知だ。仕方ねえ、俺らもレメディアの手を引っ張るしかねえだろ。油も撒いたし、これなら危険も少しは減る筈だ」


 これ以上は議論するだけ無駄と判断して、仕方なく二人はレメディアの手を取り、引っ張る。


 だが、それでも簡単には行かず、呼吸を合わせて何度も引っ張るのだ。


 その度にレメディアから悲鳴が上がったが、これはもう仕方がない。


 時折彼女には謝罪と励ましの言葉を織り交ぜつつ、何度も何度も引っ張った時だった。


「せーのっ……!」


「っと!?」


「わ!?」


 ずるりと、物が抜けていく感覚が手から脳へと伝わり、同時に視覚がそれを補完する。


 ここで遂にレメディアを引き抜く事が出来た――その事実を、たった一瞬で認識した瞬間。





 ガクンと、そのスッキリした感覚に歯止めが掛けられた。





「……は?」


「何だ?」


 苦労の末、ようやく問題が解決した――筈なのだが、どういう訳かレメディアを完全に引っこ抜く事が出来ないのだ。


 二人して顔を見合わせるものの、やはり見間違いでも勘違いでも無いらしい。


 それでも何かの間違いなのでは無いかと何度も確認のために強く引っ張ってみるけれど、抜けない。


 これ以上は無理に引いても無駄と判断したシャリクシュとスヴェンは、レメディアの手を一旦放して彼女を見下ろす。

 当のレメディアはというと、自由になったその手で自分の顔面を覆い、どういう訳かさめざめと泣きだすのだった。


「おい、どういう事だ?」


「レメディア、今度は何があった?」


 意味も分からず、二人の少年は少女を問い質すのだが、彼女は体を震わせるだけで中々答えてくれない。


 だが、レメディアも別にそれを無視していた訳では無く、しばらくして耳元まで赤くさせながら、消え入りそうな声で言っていた。




「お尻……お尻が、突っ掛かっちゃったの……」




 この瞬間、二人の少年から表情が消えた。





 閑話休題。





 光結晶の数はぐっと減り、当たりは仄暗い光だけが頼りとなる静寂の世界が、そこにはあった。


 聞こえてくるのは人の呼吸と、そして少し離れた場所からの水音のみ。


 そんな穏やかな場所にあって、リュウは苦笑交じりに言っていた。


「入口、何とかしないと駄目だね。妖魎(モンストラ)が入って来られないのは良いけれど、人も入って来られないんじゃあ話にならない」


「それはこの女が特殊なだけだ。俺らは入って来られる」


「けど何とかしないと、いざここから出発する時だって同じ事をやらなくちゃいけないんだよ?」


 リュウのその指摘に、シャリクシュとスヴェンは顔を(しか)めた。


 先程までの悪戦苦闘を思い出して、苦々しい気分になったのだろう。確かに最初こそ眼福な光景とすら思ったが、時間が経つにつれてもう二度と経験したくないとすら思っている様だった。


「……仕方ないから、お前らが出発するまでに入り口の穴をもう少し削っておこう。手伝ってくれるな?」


「勿論だ」


「僕としても是非協力させて欲しい。あんな所で長時間拘束されるのは御免(ごめん)(こうむ)りたいからね」


 そんな会話が進められていくが、この場にレメディアは居ない。


 何故なら彼女は全身油塗れで、この四人の中で誰よりも汚れていると言っても過言では無かったのだ。


 それを落とす為に最初に水浴びをさせるのは何らおかしな事では無くて、そして自然と水浴びも長引いていた。


「それにしても長いな……」


「油ってのは落ちにくいから仕方ない。だから地下水も少しくらい温めた方が洗うのも早く終わると思うぞ」


「湯を沸かしたら余計に手間が掛かるだろ。大体、薪もないし、こんな閉塞した場所で火を焚くのは危険だ」


 シャリクシュが言っているのは一酸化炭素中毒の事だろうか。具体的な前世の記憶は余り無いと語っていたが、それを知っている事実にスヴェンは意外さを覚えていた。


 だから、思わず訊ねる。


「何でお前、そんな事知ってるんだ?」


「少し前、何度か同業者に殺されかけた時にこの手段を取られた。偶然とか諸々あって巻き込まれなかったが、運の悪い奴が眠る様に死んでたんだ」


「……そっか、そう言えばお前殺し屋だったな」


 想像以上に殺伐とした話が出て来た事に、スヴェンが顔を引き攣らせながら無難な合槌を打っていた。


 しかし、無難な事しか言えないと言う事は、会話が盛り上がるような気の利いた言葉が言えなかった訳でもあり、話題が途絶えてしまう。


 しかし、それを拾う様に今度はリュウが口を開くのだった。


「シャリクシュ君、ここに来るまでに話していた通り、そろそろ神饗(デウス)についての話を聞かせてくれないかい?」


「……ああ、分かった」


 リュウの問い掛けに承諾した彼は、落ち着いた調子で時系列順に話始める。


 だがそこで、ふとリュウは彼の様子が僅かばかりおかしい事に気付くのだった。


「……シャリクシュ君、やっぱり少し待って欲しい。君が腕に負った傷は神饗(デウス)の連中に付けられたと言っていたけれど……もしかして、それ以外にも怪我があるんじゃあないか?」


「何を言い出すかと思えばそんな事か。根拠は?」


「目の下の隈だ。肌が褐色のせいで分かりにくいけれど、疲労が隠しきれていない。体も少しふらついているだろう?」


「それはさっき、レメディアを引っこ抜く時に疲れただけだ。そんな気にする様なものじゃない」


 馬鹿馬鹿しいと、シャリクシュは一蹴する。


 だが、リュウはそれでも尚食い下がっていた。


「そう言うのなら、上着を脱いで見せてくれない? 例えば背中とか」


「……拒否する。何故他人にそんなものを見せなくちゃいけない。それよりも話の続きを……」


 いつまでこの話を続ける気なのかと、シャリクシュは呆れた様に笑みを浮かべていたものの、リュウはそれでも追及の手を緩めない。


「少し前、手当てが必要かどうかを君は訊いて来たけれど、本当に手当てが必要なのは君の方だ。違う?」


「だから、俺はそんなもの必要ないと……!」


「強がるのは良くない。それに、僕らと別行動を取る前の君は背中に荷物を背負っていた。だけれど、今は何も背負っていない。銃すらも、下手に担いで背中に触れるのを避けている様に見える」


 何かあるでしょ、とリュウは仮面の下から覗くその紅い眼で、シャリクシュを真っ直ぐに捉えていた。


 だがそれでも、彼は頑なに反駁(はんばく)する。

「確かに指摘の通り、俺は荷物を失った。だがそれと怪我とは関係無い。そもそも、怪我なんて腕以外には負ってないぞ」


「……本当にそうかどうかは、確かめれば分かる」


「面白い、力づくで俺を押さえつけるってのか?」


「え? おい二人共ちょっと落ち着けって! 何でこんな事になってんだよ!?」


 いつの間にやら険悪な空気に変質してしまった事で、スヴェンが慌てて仲裁に乗り出そうとするものの、もう時機を逸したそれに意味は無かった。


「幾らアンタでも、そう簡単に俺をどうこう出来ると思うな!」


「どうして意固地になるんだ。僕も医者じゃあないにしても、傷の手当てくらいなら出来る。一時は寝食も共にしたんだし、少しくらい信頼してくれても良いじゃあないか」


「……煩い、そんな事は俺が頼んじゃない!」


 銃は用いず、シャリクシュは自前の金属造成魔法で応戦の構えを見せるが、他方リュウは剣すら抜かずに泰然としていた。


「僕の推測が間違って居なければ、結構大きな傷だと思うんだけれど、そんな体調で無理はして欲しくないね」


「余計なお世話だ! もう良い、今すぐここから出ていけ!」


「生憎、怪我を負った恩人を見捨てられる程、僕は薄情じゃあないんでね」


 肩を竦めてリュウがそう言った瞬間、脅しでは無いシャリクシュの魔法攻撃が彼を襲っていた。


 だが、リュウはそれに対して回避と防御を用いるばかりで一向に反撃する気配を見せない。


「何だ、俺の猛攻に怖気づいたのか?」


「違う。怪我人に手荒な真似をしたくないだけだ」


「っ、馬鹿にして……!」


 怒りをぶつける様なシャリクシュの魔法攻撃は留まるところを知らず、しかしリュウはそれを柳に風と受け流す。


 一向に攻撃が当たらない事実に苛立ちが募ったのか、シャリクシュは更に攻撃の密度を上げていく、が。


「傷が痛むのかい? 随分と辛そうな表情じゃないか」


「黙れ、ただ頭痛がするだけだッ!」


「だったら尚更安静にすべきだと思うけどね。怪我しているんだから」


「調子に乗って好き勝手言ってくれる……!」


「ほら、隙あり」


「!?」


 シャリクシュにも、そして外野であるスヴェンにすら視認を許さず、リュウは気付いた時にはシャリクシュの背後に立っていた。


 即座にそちらへ応戦しようとしたシャリクシュだったが、それよりも早くリュウの拳の一撃が彼の脳天を襲っていたのだった。


「……がっ!?」


「休むと良い。傷は僕が治しておくから」


 たった一撃で意識を刈り取られたのだろう、力無く膝を突き、俯せに倒れ込もうとする彼の体を、リュウは受け止める。


そして、そのままゆっくりと地面に寝かせると、慎重な手付きで上着を剥いでいくのだった。


 呆気なく決着がついた事実に、スヴェンが呆けた顔を晒しながら近付いて来るが、直後に目にしたシャリクシュの背中を見て、顔を歪めていた。


「……うわ、こりゃあ」


「案の定、酷い怪我だ。癒傷薬(メデオル)と包帯とで騙し騙しやっていたんだろうけれど……これはね」


 傷を負ってから相応に時間は経っているだろうに、まだ傷口は塞がったとは言えず、肉が覗いている。


 場所によっては黒ずんでいて、一人で軽い手当てしかしなかった結果、重傷且つ重症へと悪化しつつある事を如実に示していた。


「果たしてここまでの傷に、僕の薬が効くかどうか……」


丹薬(たんやく)でしたっけ? レメディアの傷も治したんですから、全く効かないとは思いませんけどね……」


 リュウが持つ、固形の薬。


 以前、レメディアがシャリクシュの狙撃を受けて重傷を負った際に、それの投与で傷口を見る見るうちに塞いでいる。


 だが、当時と今では状況が違う。


 この様子では傷のせいで更に変な病気を抱えてしまっていないとも限らなかった。


「……傷を見せるのを嫌がる訳だ」


「まあ、こんなのは応急処置で済む訳無いですからね。リュウさんに気付かれたら、無理矢理にでもここから連れていかれると考えたんでしょ」


 そして事実その通りになった、とスヴェンはリュウを見遣る。


 他方、その視線を受けたリュウは後頭部を掻きながら苦笑した。


「仕方ないでしょ。こんなの放置したら、彼が死んでしまう。そこまで付き合いが深い訳でもないけれど、好き好んで知り合いに死んで欲しい訳じゃあないんだから」


「ま、確かにそうなんですけどね。っていうか、こんな怪我負ってまでイシュタパリヤとかいう少女が大事なもんかねえ……」


「人が価値を見出すものはそれぞれ異なるから仕方ないさ。彼の場合は、自分の命よりもあの少女が大事って事でしょ」


 そんな遣り取りをしていると、水浴びを終えたらしいレメディアが服を身に着けながらリュウ達のもとへと戻って来る。


 勿論、彼女の服も水で洗いはしたのだが、水分を急速に吸収する特殊な植物を生成した事で速乾を実現させていた。


「どうしたんです、二人して……って、この傷は!?」


「見ての通り酷いだろ? レメディア君の魔法でも手当てをしてあげて欲しい」


「それは構いませんけど……ここまで来ると一旦、街に戻った方が良いのでは?」


 慌ただしく気絶して俯せになっているシャリクシュのもとに駆け寄るレメディアは、容態を確認していた。


 そんな彼女の提案に、リュウは勿論であると一度頷き、そして言っていた。


「残念だけれど、休憩はここまでだ。すぐに装備を整えて大至急、迷宮(ラビュリントゥス)からの脱出を目指す」


「脱出って言っても……地図も無いのにどうするんです? って言うか俺もリュウさんも水浴びくらいした方が……」


「どうせまた汚れるよ。基本的に戦闘は僕が行くし、血路も開く。二人はシャリクシュ君の容態を逐一確認してくれ」


 地図云々はもう気にしている余裕もない。そう判断したリュウは、テキパキとスヴェンとレメディアに指示を飛ばしていた。


 彼ら二人も、そこまで言われては否もないのか、それに従って素早く動いてく。


 だが、いざ出発と言う時になって、スヴェンがふと気づく。


「ところで、レメディアが中々通れないあの入り口はどうするんですか……?」


「…………」


「…………」


 一瞬の内に凍る空気、そして沈黙。


 誰も喋らず、(しばら)くしてようやくリュウが口を開く。


「……頑張れ!」


「「嫌だぁぁぁぁぁぁぁあ!!」」


「シャリクシュ君の面倒はその間、僕が見て置いてあげるよ」


「逃げないで下さいよ!?」


「そうですよ! 私なんて折角油を落としたばかりなのに!」


 そんな気の抜けそうな遣り取りを交わしながら、リュウ達は出口を目指して動き出す――。





◆◇◆



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