表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第八章 トメルスベナク
176/239

第一話 The Puzzle⑤



◆◇◆



 人は何故争うのだろう。


 それは、究極的には自分本位であるからこそ発生しうるものなのだと自分は思う。


 誰かの為とか御大層な事を言っておきながら、結局それすらも本人の意思がやりたいと思って実行しているのに変わりないのだから。


 自分の感情が大事、或いは我こそはと思えるから他者と衝突して争いが生じる。


 どちらも譲らないから、言葉では解決できなくなる。


 でもいつまで経っても戦い続ける事は、例え個人間の問題であっても困難だし、だからいずれ落としどころを見付けたり、互いに距離を取って休戦のような状態にもなる訳だ。


 その内そうなるのであるならば、当然最初から無駄な血は流さずに着地点を見付けて欲しいと思うのは、当事者以外なら必ず思う事だろう。


 ……つまり何が言いたいのかというと、だ。


「前世の記憶だか何だか知らないけど……今更なんなのさ!?」


「それは私の台詞だ! レメディアだって、ラウと同郷である事が私と何の関係がある!?」


 今目の前で言い争うのは、二人の少女。


 緑髪緑眼のレメディアと、(あま)色の髪と眼を持つシグルティアである。


 そんな彼女たちに対して、俺は恐る恐る口を開くのだった。


「……ふ、二人とも落ち着いてはくれないかね?」


「何で?」


「そもそもラウが逃げるからこうなるんだぞ」


「す、すんません」


 明らかに殺気立つ二人の少女を前にして、俺はナニもかもを縮み上がらせていた。


 一体何が原因でここまで両者が険悪な空気になり、その上で自分も巻き込まれてしまっているのか、皆目見当がつかない。


 特に、何故自分がこの場に居なくてはならないのかという一点については、今すぐにでも二人を問い質して脱出してしまいたかった。


 けれど、現状それが許される気配は微塵もなくて、それどころかもう二度とこの場から逃がさないと言わんばかりに、両者から伸ばされた手が俺の手首をそれぞれ掴んでいた。


「で、ラウはどっちの味方なの?」


「早く答えてくれないか?」


「……それ今じゃなきゃダメ!?」


 不意に、二人の目がこちらを向く。


 どちらも脅しつける様な気配を存分に放ち、それでもってこちらを威圧してくる。


 どうしてこうなったのか――それを考えたところで、答えは出て来てはくれない。


 ただ言えるのは、散々苦労して二人から逃げ回った挙句、こうして彼女たちに追い詰められていると言う事である。


 そして逃げ場はもう無い。完全に塞がれた。


 ここは現在泊まらせて貰っているミヌキウス家の一室なのだ。そんな場所で暴れる訳にも行かず、とにかく口先だけでこの場を切り抜けなくてはならない。


 とは言え、既にそれが至難の業である事は明白なのだが。


「お、お前ら仲良く出来ないのかよ!? って言うか、この前まであんなに仲良かったじゃねえか!?」


「それとこれとは話が別だよ!」


「その通りだ。今は別件なんだぞ」


「いやどういう事だよ!?」


 全く話が見えてこない。特にどうしてここに俺が巻き込まれなくてはないのか。滅茶苦茶なのも良いところである。


「どうしてお前らの話に俺が巻き込まれなくちゃいけない!? おかしいだろうが!」


「何もおかしくない! ラウは黙ってて!」


「外野のくせに口を挟むな」


「いや、マジでどっちなんだよ!? 外野なら俺ここに居なくて良いよな、おい!?」


 支離滅裂とはまさにこの事であると言えた。


 先程よりも増して話が見えてこないし、何より口を開けば開いた分だけ疑問が増加していく。


 もはや自分の手には思って、もう黙って事の経過を見守るしかない、と思った時だった。


「シグちゃん……悪いけど、私も譲れないよ」


「奇遇だな、それはこちらも同様だ。レメディアに負ける訳にはいかない」


「おい待てお前らここで何をする気だ?」


 急激に両者の間から漂う険悪な空気に拍車が掛かり始め、伴って漏れ出した魔力を感知して嫌な予感を覚えずにはいられない。


 まさか、こんな場所で本格的な喧嘩を始めようとでも言うのだろうか。


 この部屋にだって家具はあるし、何よりここより下にも部屋はある。


 ここに来るまでにチラリと見たが、一階部分ではスヴェンら宿泊者や住人が集って何やら会議をして居る様子だったので、尚更下手な真似はしないで欲しかった。


 もっとも、それを彼女達に言ったところで聞き入れてくれるとも思えなかったのだが。


「行くよ、シグちゃん」


「掛って来い。叩きのめしてやる」


「ねえ、待って、止めて。こんな場所でそんなの絶対ヤバいから。な?」


 武力衝突まで秒読み。


 駄目で元々だけれど、それでも諦めずに俺は声を掛け続ける。


 しかし案の定、両者がそれを聞き入れてくれる事は無くて。


 このまま派手に破壊が量産されていく未来を幻視した時――――救世主が二人、ドアから飛び込んで来る。


「姫様ァ! いけません、その様な下劣な小僧などに!」


「そうですよ、お嬢! そいつは二股をかける様な最低な男なんです!」


「タグウィオスのおっさんに、ラドルス!? 頼む、助けてくれ!」


 血走った目と異常な気配を纏いながら部屋になだれ込んで来たのは、元々シグの配下である男達だった。


 今も彼女に忠誠を誓っている二人は、どういう訳か俺を見るなり凄まじい殺気を叩き付けて来るのである。


「貴様ッ、良くも姫様をたぶらかしたな!? その罪深さ、万死よりも更に重いと心得よ!」


「お嬢、今すぐソイツから離れて下さい! 穢れが感染(うつ)ってしまいますよ!?」


「出し抜けに何なんだよお前ら!?」


 てっきり俺を助けに来てくれたのではないかと思っていたのに、もたらされる言葉はどれも軒並み俺を傷つける。


 どうやら彼ら二人の目的は別にある様だと察して、思わず表情を不愉快なそれへと歪めずにはいられなかった。


 ただ、その目的が何であるかは分からないし、そしてそれはシグ自身も同様であったのだろう。


 小首を傾げつつ、そして不機嫌そうに、彼女は二人に問うていた。


「一体何の話をしてるんだ? 何故私がラウから離れなくてはならない?」


「そいつは人間の屑です! 異性を複数人も(はべ)らせようとする不潔な者に、姫様が相応(ふさわ)しい筈もないでしょう!?」


「待て誤解だ! 俺はそんな事をした覚えはない! いい加減なこと言ってんじゃねえよ!」


 タグウィオスから発せられる身に覚えのない糾弾に、咄嗟ながら抗議する。断じて身に覚えなど無いのだから当然だ。


 しかし、それでもタグウィオスとラドルスは聞く耳を持ってはくれない。


「なるほど、屑め……既に姫様を洗脳済みか。おまけにこの期に及んで白を切ると?」


「ならば、今ここでお前を殺し、お嬢とついでにレメディアの洗脳も解いてやろう」


「何でそうなるの!?」


 覚悟するが良い、と言わんばかりに鈍色(にびいろ)の煌めきが二つこちらに向けられる。


 明らかにそれは殺意を伴っていて、そして俺一人にのみ向けられているのだ。


「今お救い致しますぞ、姫様!」


「ラウレウス、この外道め! 俺の剣の錆にしてやる!」


「待てって二人共! 俺の話を……」


「「問答無用ォォォォオッ!!」」


 その瞬間、タグウィオスとラドルスが俺へ向かって一直線に躍り掛かる。どちらも相当の実力の持ち主と言うだけあって勢いも良く、少し身を(よじ)った程度で避けられるような攻撃では無い。


 だから今すぐこの場から動いてしまいたいのに、生憎シグとレメディアが俺の肩を掴んで離さないので動けないのである。


 ならば魔法で応戦したいが、ここでそれを使うのは憚れる――などと思っている内に、気付けば二つの凶刃はもう目の前に迫っていた。


「げ」


 最早、回避など間に合わない。死んだ。終わった。


 何とも間抜けな死に方だなと自嘲すら漏れかけたその時。


「……邪魔しないで下さい」


「目障りだから消えて」


「「「え?」」」


 横から聞こえたレメディアとシグの声が、やけに綺麗に耳の鼓膜を揺らす。


 そして、目の前に迫っていた二人の男が、印象に残る間抜けな顔を晒した直後。


 タグウィオスとラドルスの頭上を、魔法が襲った。


 それは植物魔法と氷魔法の複合で、そして互いが互いの邪魔をしない様に上手く調和した代物で。


「「……は?」」


 しゅるりと伸びた蔓が二人の男の脚に絡まり、そしてその隙を逃さずに氷の鎚が二人の体を一纏めに床へ叩き付けるのであった。


 その威力たるや凄まじく、床に叩きつけられた二人の体はそれを突き破って階下へと落ちていく。


 しかもそれは一階分だけではなく、更にもう一階、二階と床を突き破って行くのである。


 そして最後に一際大きな音がした後、タグウィオスとラドルスの落下は止まった。


「…………」


 (しばら)くの間、床にぽっかりと空いた穴を呆然と眺めて居た俺は、のろのろとした動きでそこから下を覗き込んでみる。


 すると穴の一番奥に床から下肢を生やした二人の成れの果てが目に付く。


 一体どういう落下の仕方をしたらああなるのかは分からないが、階下から誰の悲鳴が聞こえてこない所を見るに、一応二人は死んでいないのだろう。


 喜べば良いのか、悲しめば良いのか分からない何とも微妙な気分になりながらそれを眺め、そしてこの家の修繕費を思って暗澹(あんたん)たる溜息を吐くのだった。


 何より、今はそれを気にしている暇も余裕も無いのである。


「邪魔者は消えたね」


「そうだな、では始めるか」


「いや待て待て待て待て!」


 今し方、二人の男に軽くない怪我を負わせたばかりだと言うのに、けろりとした表情で不穏な言葉を交わす少女たちへ俺は血相を変えた。


 これ以上魔法を使われたらただでは済まない。いや、もうタダでは済んではいないのだが、これ以上賠償額を増やす必要は無いだろう。


 だから必死になって彼女達に制止の言葉を掛けるのだが。


「じゃあラウ、今この場でどっちか選んでくれる? こう言うのはハッキリさせないと」


「そうだな。私としてもその方が余計な力を使わずに済みそうだ」


「……な、何の話? それに一体何の意味が?」


「ラウはまだ知らなくて良いよ。とにかく、選んでくれれば良いから、私をね」


「寝言は寝てから言え。ラウが私よりもそっちを選ぶ筈もないだろ?」


 武力衝突を止められたは良いが、結果としてこれは自分の首を絞めただけだったらしい。


 ともすれば先程よりも悪化した様にすら感じられる状況に、背中を嫌な汗が伝っていた。


 何だか分からないが、どちらを選んでも碌な結果にならない様な気しかしないのである。だから、今はどっちも選びたくない。


 許されるのなら、また逃げ出したかった。


 だけど、何度も言う様にそれは状況が許さなくて。


 頼むから誰か助けに来てはくれないか――と、だらだら汗を垂らしながら少女二人の詰問を交わしていた時だ。






「はい、お話はそこまで。ちょっと良いか?」





「スヴェン! お前、ひょっとして助けに!?」


「……まあ、不本意ながら結果的にそうなったな。泣いて感謝するが良い」


 開け放たれた部屋の扉から聞こえて来た聞き覚えのある声に、目を輝かせながら顔をむければ、そこには思った通り靈儿(アルヴ)の少年が立っていた。


 だが、そのスヴェンは俺からの感謝の念を一身に受けて置きながら、生意気にも何処か不服そうな表情を浮かべている。


「何だよお前、その顔。何が不満なんだ?」


「いや別に、もう少し俺が遅れて来ていれば、最も面白いものが見られたんだろうなと思っただけだよ」


「見世物じゃねえんだぞ!?」


 やれやれ、とわざとらしく肩を竦めるスヴェンは、こちらの怒声などに全く聞く耳持たず、部屋の中へ足を踏み入れていた。


「しっかしまあ派手にやったな。重傷者が二名出ただけの事はある」


「スヴェン、何の用かな? 今ちょっと取り込み中なんだけど」


「事と次第によってはお前もさっきのと同じ様にしてやるぞ?」


「……勘弁してくれ、真面目な話なんだ。さっきメルクリウスさんが持って来てくれた情報でな」


 新たに現れた乱入者に、少女二人は不機嫌そうな気配と表情を隠そうともせずにそちらを見ていた。


 だけど、相変わらずスヴェンは余裕そうな態度を崩さずに言葉を続け、そして俺を見た。


神饗(デウス)の拠点が一つ、見つかったぞ。それもかなり大きい奴だ」


「……どこに?」


「ここから東に行った所にあるアナトリコン半島、そこのハッティ王国だ。より詳しい場所は下に降りてからだ、ついて来い」


 そう言ってスヴェンは背を向ける。確認せずともこれだけ言えば全員が後ろから付いて来ると分かっているのだろう。


 そして事実、彼の思惑通りに俺達は彼の後に続いていたのだった。





◆◇◆





「今日はどうだ?」


「何とも言えませんね。怪しい商人は大体潰したんですが」


「……潰せば潰すだけ、奴に情報を与える事になる、か。(まま)ならないな。しかし、下手に情報を持ち帰られるよりはマシだ、仕方あるまい」


 薄暗い場所――恐らく洞窟のような場所の中で、彼らは言葉を交わす。


 設置された照明は疎らで、その場に居る者の顔貌(かおかたち)を全て照らすには到底及ばず、精々その場にいる事を知らせる程度である。


 だから当然、足元も見えにくく油断すれば転倒の危険すらあり得るのだが、その者達は誰一人として(つまず)く事も無かった。


「いずれ、奴らもここに気付くだろう。諸々の準備を急がせろ、主人(ドミヌス)様とて今は万全ではない。各員の気をより一層引き締めさせろ」


「承知しました」


 その遣り取りを最後に、ある人物の一歩後ろを追従して歩いていた者の気配が消える。


 しかし彼はそれを振り返るなりして確認する事も無く、薄暗い通路の中を一人歩いていく。


「今度こそ奴らを殺す……この場でな!」


 ふと、照明に照らされて足を止めたその人物の顔は、のっぺりとしていて表情どころか目鼻口すらも持ち合わせていない。


 だと言うのに、その人物の決然たる意志は全身から(みなぎ)っているのが、容易に見て取れていたのである。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ