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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第八章 トメルスベナク
175/239

第一話 The Puzzle④

◆◇◆




 場所は同じくタルクイニ市、その中心市街地付近に存在する、ミヌキウス家。


 その一階部分にある居間では、合計十人もがテーブルを取り囲んで顔を突き合わせていた。


 そこに漂う雰囲気は極めて深刻そうなもので、特にその内の二人――タグウィオス・センプロニオスとラドルス・アグリッパの表情は憤怒すら抱いている様である。


「認めん……手前は認めんぞ」


「俺もです! どこの誰とも知れん奴に……!」


「いや、まあ気持ちは分からんでも無いよ? けどさ、その辺は純然たる事実だって、アンタらも分かってるんだろ?」


「ああ、そうだとも! だがそれでも、手前は許せんのだ!」


「そうだそうだ!」


「……面倒くせえ奴らだな」


 血涙を流さんばかりに喚く二人の大の大人を前に、靈儿(アルヴ)の少年――スヴェンは腕を組んで天井を見上げた。


 彼の他にも、多くの者は半ば呆れにも似た目で二人を見ており、その冷めた目をして無言でいる事が、一見すると真剣そうな雰囲気に見える原因となっている。


「何が面倒臭いだと!? なら逆に訊くが、姫様をどこの馬の骨とも知れん奴にどうして渡す事が出来る!?」


「全くだ! あの小生意気なガキなんぞに、お嬢を渡すものかよ!」


「……言っとくけど、シグはアンタらの所有物じゃないんだぞ」


 親馬鹿を相手にしている気分になる、とスヴェンは何度目とも知れない溜息を吐く。


 そして、相変わらず冷め切った目を二人に向け、やる気もなさそうな態度で問うのである。


「そんなに、主君(シグ)がラウの奴に惚れてるのを認めたくねえのかよ? いい加減認めた方が話も早くて良いんだけど」


「認めて堪るかぁ!? 白儿(エトルスキ)だからという訳では無いが、そうでなくとも話は別だ!」


「お嬢にそう言うのはまだ早すぎる!」


「いや、もう十五なんだからそこまでガチガチに縛る意味は無いんじゃねえの……?」


 いい加減うんざりした顔をする八人とは対照的に、尚も元第三皇女の側近二人は頑なにそれを認めようとはせず、反駁(はんばく)を続けていた。


 その根気強さには呆れ混じりに脱帽したくなるものだったが、いよいよ見ているだけの状況に痺れを切らしたらしいリュウが口を開く。


「君達が幾らそう言ったところで、他人の心はどうしようもないよ。(むし)ろ、思い通りにしようなんて言う方が思い上がりも良いところだ。それとも、余計な事を言ってシグ君から嫌われたいのかい?」


「そんな訳なかろう」


「俺達は只、純粋にお嬢の為を思って……!」


「そう思うなら黙って見守ろうよ。命に関わるような物でも無いんだしさ、それくらい出来るでしょ?」


 きりりとした顔で強く言い切る二人に、リュウは自尊心に訴えかける形で同意を求める。


 その問いかけに、彼らは一瞬だけ言葉を詰まらせ、それを見て取ったリュウは更に畳みかけるように言葉を続ける。


「もう一度言うね。ヘたな事をしてシグ君に嫌われたくないのなら、そして真面(まとも)な思考があると言うのなら、この場はもう(しばら)く傍観する事をお勧めする。君達だって、嫌われたい訳じゃあないんでしょ?」


「「…………」」


 再度、念を押して且つ脅しつける様なリュウの言葉で、とうとう二人は黙り込む。


 ここで(ようや)く静かになったと言う事に、一連の遣り取りを見ていた誰もが疲労の滲んだ息を吐き出すのであった。


「さて、これでやっと本題に入れるという訳かい。全く、呼んでも居ないのにこの二人は……」


「まあまあ、母さんも落ち着いて。この人達だって自分の主君の不幸せを望んでいる訳じゃないんだし。そうだろ?」


 ふん、と不満そうに鼻を鳴らす五十代程の女性――ロサ・ミヌキウスに、取り成す様にその息子であるガイウスが言葉を重ねた。


 少し険悪な空気になりかけたところを誤魔化す様に、ガイウスの狩猟者(ウェナトル)仲間である二人――マルクス・アウレリウスとプブリウス・ユニウスも相好を崩す。


 それで怪しくなりかけた空気の芽を早々に潰せば、空気を再度注入し直す様に満面の笑みを浮かべた后羿(コウゲイ)が一度手を叩く。


「いつまでもこんな面白……もとい大事な議題について話し合う時間を無為に消費はしたくねえ。という訳で第一回色恋沙汰観測会議をここに開催する。異存はねえな?」


「待て、何だかそこはかとなく面白がっている気配がするんだが?」


 タグウィオスが空かさず挙手して疑問を挟むものの、それに対して后羿(コウゲイ)は澄ました顔で即座に切り返す。


「気のせいじゃねえの? 現状、俺達は神饗(デウス)との戦いにも備えて結束を深める必要がある。そこで、必要以上に仲間の関係性が拗れない様に監視する事の何が悪い?」


「……それは、まあそうであるな」


 それが表向きの理由でしかない事は、正直な所その場の誰もが理解している事である。


 タグウィオスをしても、その一見完璧に思える理論武装を突き崩す一手を見出すことは出来なかったらしい。


 渋々と言った様子で彼は上げた手を下ろし、その結果に満足した様に后羿(コウゲイ)は一度頷いていた。


「だろ? さて、これ以外に疑義が無いのなら早速本題に入ろう。第一回会議の記念すべき最初の議題は……ずばりラウレウスの恋人についてだ」


「アイツに恋人かあ……まあ、納得出来なくはねえけど、追われる身でありながら贅沢な奴だな」


「お前は……クィントゥスだったか? ラウレウスの同じ村の出身だとか。その観点からの助言、期待してるぜ」


「……ああ、全力は尽くすよ」


 茶色い髪をボリボリと掻きながら、クィントゥスと呼ばれた少年は若干投げ遣り気味に応じる。


 彼が不機嫌そうなのは、昔から良く知る少年に対する羨みから来るものであろう。ただし、そこに悪感情は見て取れず、気安い関係であるからこその態度であると言う事は、誰もが理解していた。


「現在、アイツは大変面白……興味深い状況に置かれている。そこで、俺達はこの状況に悟られず手を入れるか、もしくはまだまだ傍観するか、今後の方向性を決めたいと思う」


「なあ、今さっき面白いって」


「言ってないぞ。別に言いかけても無いぞ。お前の気のせいだ」


 ラドルスは聞き捨てならない言葉が聞こえた気がすると声を上げたものの、間髪入れず后羿(コウゲイ)はそれを強く否定する。


 尚もラドルスは抗議を続ける気配を見せたものの、一々相手をしていては話が進まないと言わんばかりに会議は彼の存在を無視して進行していくのだった。


「正直、僕から見てもラウ君がモテるのは無理ないかもね。見た目の歳の割に利発で落ち着いていて、だけど何処か危なっかしくて、それが年頃の女の子には気になっちゃうのかも。面倒臭いけど」


「リュウ、お前は一回仮面を取ってから言え。ひょっとして自分がどれだけの嫌味を言ってるのか、自覚してねえの?」


「……何で?」


「あ、そ。まあ良いわ。お前に言うだけ無駄なのは今更だからな」


 こてんと首を傾げるリュウに、后羿(コウゲイ)は大仰に肩を竦めて溜息を吐く。同様に、彼の素顔を直接見た事のあるスヴェンやロサも似たような反応をしていて、その顔には苦笑を浮かべていた。


 しかし、それ以外の者はその意味するところが分からないのか、不思議そうに顔を見合わせる。


 だからガイウスが代表して、リュウへと頼むのであった。


「なあリュウさんよ、不躾なお願いかもしれねえけど、その仮面を取って見てくれないか? 前々から気にはなってたんだよ」


「仮面? まあ良いけど……余り素顔は人前に晒したくないんだよね。だから、本当に少しの間だけだよ」


 そう言って、リュウは(おもむろ)に仮面を外す。


 元々、口元は露出している形状の仮面である為に、誰もがその時点で相応に整った顔立ちをしているだろう――と予想は立てていたのだが。


 露わになったリュウの素顔は、初めて見た彼らの予想を超えていて。


「……なるほど、こりゃ嫌味だな」


「最低」


「最悪」


「人間の屑」


なよなよ(・・・・)した顔しやがって」


「嫌味の天才だな」


「不愉快である」




「……ちょっと待って、何で僕はここまで言われなくちゃいけないのかな?」




 言われた通りに素顔を晒した途端、罵詈雑言の嵐が押し寄せた事で流石のリュウも表情を引き攣らせる。


 それを見て、后羿(コウゲイ)は腕を組みながらリュウに言葉を向けるのだった。


「これで分かったか? お前がモテる云々言う事がどれだけ周りを不快にさせるか」


「……うん。やっぱり……今後、もう仮面は絶対に取らないよ」


「いや、そう言う意味じゃなくてだな……もう良いや。その認識でお前以外に困る奴いないし」


 消沈した様子で再び仮面を装着するリュウに、后羿(コウゲイ)はそれ以上言葉を掛ける事を断念し、代わりに大きな溜息を吐くのだった。


 それから一旦止まった話を再開させるのだが、先程皆から言葉で袋叩きにあったリュウは俯いたまま何も言わなくなっていた。


「何はともあれ、ラウレウスは割とモテるらしい。顔もそこまで悪い訳じゃねえしな。もしも白儿(エトルスキ)ではなく、そして大手を振って狩猟者(ウェナトル)として働いて居たら、女を沢山囲っていたかもしれねえな」


「羨ましいったらありはしねえ。ガイウスさん達も実際、結構モテるんでしょ?」


「俺ら? ……まあ、上級狩猟者(スペルス)だし相応には」


「……死に晒せ」


「おいクィントゥス、お前なんでそんなに刺々しいんだ?」


 小さく舌打ちしながら毒づく少年に、ガイウスの顔が引き攣る。その様子を、周囲の者は笑いながら眺めて居たのだった。


「しかし、ラウレウスの小僧がモテるとして、そんな奴に姫様は益々やれんな。それでは愛人などを作る危険があるではないか」


「あー、その辺は平気かと。アイツ、その辺はかなり不器用なんで」


 無い無い、とスヴェンが手を振って強く否定する。


 ならば一体何処からそんな根拠が湧いて来るのかと、タグウィオスが彼を詰問するが、同様にクィントゥスもそれを肯定していた。


 しかし、それでも納得できないとタグウィオスにラドルスも加勢して侃々諤々(かんかんがくがく)とした議論が繰り広げられ、白熱していく。


 それに引き込まれる様に、他の者も議論に加わり始め、議論はその人数規模を増して行く――そんな時だった。


 不意に、玄関の扉が強く開け放たれたのである。


『――ッ!?』


 議論していた者の中には勿論相当の実力者も混じっていたのだが、リュウは精神的に撃沈しており、他の者は議論に集中していたせいで反応が遅れていた。


 その結果、疾走する一人の少年の侵入を許してしまうのである。


「誰だ!?」


「気を付けろ、相当な手練れの可能性が……あれ?」


 それに対して、反応が遅れつつ皆慌てて応じようとするのだが、侵入者を視認して動きを止めた。


 何故ならその侵入者は、そもそも侵入者では無いのである。


 少年の正体は、ラウレウス。つまるところ、このミヌキウス家に宿泊している人物であり、この場に居る者達の仲間なのであるから。


 しかし、だとしても理解が追い付かない。


 彼はつい数十分ほど前に散歩に行くと言って出かけたばかりなのだ。まだまだ日も高いと言うのに、息せき切って駆け戻って来る意味が分からなかった。


「ラウ……お前、出かけてたんじゃねえのか!?」


「今はそれどころじゃねえんだよッ!」


 咄嗟にクィントゥスが彼に理由を訊ねれば、余裕の欠片もない返答が返って来る。


 幸いと言うべきか、先程までの会話の内容はラウレウスに聞こえていないようだったけれど、いきなり議題に上がっていた本人が登場とあって、誰もが内心慌てていたのは言うまでもない。


 しかし、そんな狼狽を視認してもラウレウスには気にしている余裕すらないらしく、目にも留まらぬ速さで彼らを横切り、家の階段を駆け上って行く。


 それはさながら脱兎のようであり、一体何が起こっているのかと、或いは敵襲かと皆気を引き締めた……のだが。


 遅れて玄関に飛び込んで来た二人の人物を見て、一気に脱力した。


「ラウ!」


「どこに行ったの!?」


「……原因お前らかよ」


 シグルティアとレメディア。


 ここまでくれば言うまでもないし、訊くまでもない。


 ラウレウスはこの二人の少女に追われ、逃げて来たのであろう。


 理由は……深く考えなくても、何となく分かる。


「スヴェン、ラウをどこに隠した!?」


「別に隠してねえ!」


「嘘は為にならないよ!?」


「だから隠してねえって言ってんだろ! ラウなら上だ上、ついさっき階段を駆け上がって行ったんだ!」


 美少女二人に詰め寄られる、と言うのは字面だけ見ればちょっぴり嬉しいものかもしれない。


 けれど、現実はそうもいかない。


 凄まじい怒気と殺気にあてられ、顔を引き攣らせたスヴェンがとばっちり(・・・・・)は御免だと言わんばかりに、ラウレウスの居場所を一瞬で白状(ゲロ)していた。


 するとまたまた一瞬で少女二人は身を翻し、凄まじい速さで階段を駆け上がって行く。


「……何なんだ、マジで」


「お疲れさん。アンタも苦労してんな」


 その競う様な二人の背中を見送って疲れたように呟くスヴェンに、クィントゥスが同情の視線と言葉を掛けてやっていた。


 だけれど、それ以上誰も言葉を発する事は無く、ただ黙って上階の遣り取りを聞くべく耳を澄ましていると――。


 間を置かず、ラウレウスの絶叫が響き渡る。


 その悲痛な声に、スヴェンは南無と手を合わせた後、上階に向けていた視線を外した。


「で、話を戻すか。こんな感じでラウはモテるんだよな。放置しておくと、その内ごたごたに巻き込まれて刺されそうだし」


「……待て、なら今さっき姫様と一緒に居た少女は何だ? 確かレメディアとか言ったな。その口振りだと……」


「まあ、そう言う事だ。今更全部言わなくても分かるだろ?」


「な、何だとぉぉぉぉぉぉおッ!?」


「誰かタスケテェェェェェェェ!?」


 タグウィオスが絶叫した丁度その時、ラウレウスの二度目の悲鳴が合わさり、合唱が偶然にも出来上がる。


 とは言え、そちらに注意を向ける者は誰も居なくて、気が狂ったように頭を振り乱すタグウィオスを誰もが引き攣った顔で見守っていた。


「許さん……許さん! 姫様だけに飽き足らず……!」


「ぶっ殺す! 殺してやる! こんなもの、どうして傍観して居られようか!?」


 タグウィオスに続いてラドルスも感情を爆発させ、視線だけで人を殺しそうな勢いで天井を見上げている。


「何が第一回会議だ!? 貴様らやはりただ面白がっていただけでは無いか! ふざけおって……!」


「まあまあ、だからこそ変な揉め事を起こす前に制御しときたいって話だし……」


「今更貴様らの話などに聞く耳持たん! 行くぞラドルス、姫様を諫めに行く!」


「はい、お供しますとも!」


「おいおい正気かよ……」


 こうしてはいられない、と士気も高く二人の男達は階段を登って行く。


 その背中を、ガイウス・ミヌキウスが呆れとも畏れとも取れない表情で見送っていて、他の者も大なり小なり似たようなものだった。


 だけどそれもその筈で、今現場に行くのは燃え盛る火の中に飛び込むみたいに無謀な事なのが明白なのである。


 しかし、死地に飛び込むと言う愚の骨頂を犯そうとしている者達を止める人は居ない。


 正直、誰もがこの(やかま)しい二名にはとっととご退場願いたかったのであるから。


 ――そして。


「……ん?」


 上階でほんの少しの間だけ騒がしい音が止んだと思った瞬間、頭上で凄まじい音がした。


 メキ、ミシリ、と何かが軋む音がしたかと思えば、天井を突き破って二つの人影が落下して来たのだ。





『――!?』





 当然、一瞬の出来事に誰も対応出来る筈がなくて、落下して来たその男二人は受け止められる事なくテーブルに叩き付けられていた。


 そして彼らは矢のように頭から床へ突き刺さって、気をつけの姿勢のままピクリとも動かない。


 周囲には粉々に粉砕されたテーブルの破片が散らばり、床に突き刺さる人の形をした二本の矢に誰もが冷たい視線を向けていた。


「……案の定って奴だな」


「テーブルと家の弁償はこの馬鹿二人に請求するかね。無謀したのはコイツらだし」


 腕を組み、母子して厳しい表情を浮かべるのは、ミヌキウス母子である。


 家主である彼らからすれば、制止したにもかかわらず家を滅茶苦茶にされたのだ。その元凶であるタグウィオスとラドルス――馬鹿二人に矛先を向ける事に何ら不自然は無かった。


 一応、本来ならこれをやった張本人も罰するべきかもしれないが、そもそもタグウィオスとラドルスが彼女達へ不用意に近付かなければこうはならなかったのである。


 故に今回の責任の矛先は、打ちつけられた杭のような馬鹿二人に向くのだ。


「ガイウス、邪魔だから引き抜いて家の外に放っておいておくれ」


「あいよ」


 溜息交じりに、ロサに言われるままガイウスは風魔法を行使し、二つの杭を引き抜く。


 そしてまるで廃棄物でも扱うかのように粗雑な動きで外へと放り投げていたのだった。


「……まあ、これで一番うるせえのは消えてくれたし、本格的に話し合うとしますか」


「これの修復代、考えただけで頭が痛くなりそうだけどな」


「自業自得って奴だろ。俺らには関係ねえ」


 マルクス・アウレリウスとプブリウス・ユニウスが穴の開いた天井を見上げて顔を引き攣らせているが、何はともあれ后羿(コウゲイ)の言う通りに会議は再開される。


「最近、特にあの二人の行動は分かりやすくなって来てるよな。ラウに対して積極的って言うか」


「そりゃ、ついこの前まではこうやってゆっくりしてる間もなかったからな。ラウだって捕まってたし」


「一度居なくなって改めて大切さを認識したのかねえ。若いってのは良いモンだ。アタシみたいなババアにはもう縁遠いものになっちまったよ」


「にしてもラウの奴は随分と鈍い。見てるこっちがもどかしくて仕方ねえや。あれ、本当に分かってねえんだろ?」


「どうせ、確証が無いから思い切って聞いてみるのも怖くてできない、とかじゃねえの? 初心(うぶ)だよな」


「シグ君もレメディア君も、あそこまで積極的なら回りくどい事をしないで直接言えば良いものを……」


 会議としての総意は、結局見ていてじれったいと言うものであった。


 だがそれもそうだろう。ここ(しばら)くの彼らの様子は傍から見れば明らかにそう(・・)なのに、そう(・・)ならないのだから。


「ありゃ、見てるだけだといつになったらくっ付くかも分からんな」


「両手に花の分際で何と言う意気地なしなんだか……」


「意気地なしなのはあの三人ともだけどな。こんな世界だ、のんびりして居たら本当に手の届かない場所に行っちまうかもしれないのに」


「何だガイウス、随分感傷的な事を言うじゃねえか。俺らの知らねえところで何かあった訳?」


「ちげえよ、一般論だ」


 茶化す様にプブリウスが言えば、ガイウスは気恥ずかしそうに視線を逸らして答える。


 明らかに何か思うところがありそうな様子だったが、しかしこの場で深く聞くほど野暮な真似をする者は居ないらしい。


 あっさりとガイウスへの追及は止み、会議は進んでいく。


「そうすると、やっぱ何処かしらで俺らも手を加えないと駄目か?」


「けど、流石にどっちか片方だけを応援するってのは気持ち的に難しいぜ。片方が可哀想だ」


「……あ、待てよ。そもそも片方しか選べないってのが間違いなんじゃねえの?」


 良い事を思いついたという様に、后羿(コウゲイ)は手を叩く。


 だがその発想の意味する事を素早く理解したらしいガイウスは、鼻で笑って否定する。


「阿呆言え、この辺だって天神教の教えが根強いんだ、一夫多妻なんざ白眼視されるぞ」


「でも、ラウレウスは白儿(エトルスキ)だ。アイツに天神教の教え云々なんざ関係無いだろ。(むし)ろ迫害される側だし、教義とか破って上等なんじゃね?」


「……確かに」


 顎に手を当て一度ガイウスが頷けば、同様に二人の仲間も納得したのか感心の声を漏らしていた。


「一夫多妻か……凄いな」


東界(オリエンス)じゃ結構普通に行われてるんだぜ。庶民はともかく、貴族や裕福な所ならさ」


「西と東の文化の違いって奴だろ。それを羨ましいとは思わねえけど」


 色々と気が滅入りそうだ、とガイウスは想像して苦い笑いを漏らしていた。


 それは他の者も例外では無く、中には震え上がっている者すら居る始末だった。


「正直、俺としても女を囲うのはお勧めしねえ。それで身を滅ぼしたり、酷い時は国が滅ぶ。何事もやり過ぎは駄目って事だ」


「でも、ラウ君とあの二人なら問題ないだろうけどね。結構上手くやりそうだよ。スヴェン君はどう思う?」


「俺ですか? うー……ん、アイツの性格的に、囲うって真似はしないんじゃないですかね」


 腕を組んで首を捻り、絞り出したスヴェンの答えにリュウは興味を魅かれたのだろう。


 少し面白そうに口端を緩め、スヴェンに話の続きを促していた。


「理由とか聞かれてもはっきりした事は言えませんけど、さっきも言った通りアイツ不器用なんですよ。二つを同時に、って言うのは出来ないんです」


「それは、かつて(・・・)の頃からって事かな?」


「ですね。けど、最終的に決めるのはあいつ自身なんで、ここで俺達が幾ら議論した所で意味はないんじゃないですか? 少なくとも今は、絵に描いた何とやらでしかない」


「それもそうだね。まずはもうちょっと背中を押してあげて、特にラウ君には自分の置かれた状況を理解させないと」


 そうリュウが言った事で、話題は更に移って行く。


 だけど、今度はその話題にスヴェンが加わる事は無かった。


 彼はただ黙って、基本的には会議が進むのを見守っているのみだったのである。


「スヴェン君、どうしたのさ急に黙り込んで?」


「いえ、お気に為さらず。ちょっとどうでも良い事を考えていただけですよ」


 不思議そうにリュウが訊ねて来るが、何でもないと軽く手を振ってやり過ごす。


 そして、ふと尚も悶着しているであろう上階を見上げ、誰にも聞こえない小さな音で長い溜息を吐くのだった。


「……?」


 そんな時、不意に扉を三度叩く音がした。


 来客だろうと目星をつけつつ、スヴェンは気を紛らわす意味でもすぐに席を立ち、自発的に応対に出る。


 勿論、万が一に備えて臨戦態勢は怠らなかったけれど、扉を開いた先に居たのは意外な人物だった。


「はいはーい、どちらさん?」


「あ、どうも。スヴェンじゃ無いですか」


「おっと、メルクリウスさん? どうしたんです急に?」


 そこに立っていたのは。(あおぐろ)い髪をした青年。人の警戒心を解くような笑みを(たた)え、たった一人でここを訊ねて来ていたのである。


 ただしその正体は精霊であり、加えて大店(おおみせ)であるメルクリウス商店の主だ。


「実は火急の要件がありましてね。中に入っても宜しいですか? 出来れば誰にも聞かれる恐れのない場所が望ましいもので」


「……分かりました」


 真剣と言って差し支えない彼の態度に、ここで問答していても始まらないと判断したスヴェンは一先ず家の中へと招き入れる。


 家主であるロサからは許可を貰っていないが、彼女なら事後でも許してくれるだろうと判断しての事である。


 事実、彼女はメルクリウスが入って来ても文句を言う事は無く、(むし)ろ歓迎する様な態度を見せつつ訊ねていたのである。


「それで、そんな真剣な表情をして何の用だい、大商人メルクリウスさん?」


「え、ええ、それなのですが……」


 現在、ミヌキウス家はテーブルを破壊され、天井にも風穴が開いている。どう考えても異常な光景に流石のメルクリウスも些か面食らっていたが、そこは流石に千年を生きてきた精霊だった。


 動揺をいつまでも見せるような事は無く、すぐにいつもの笑みを湛え、話を切り出すのだ――。





◆◇◆





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