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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第八章 トメルスベナク
171/239

プロローグ



 見た事も、聞いた事も、記憶もない筈なのに、どうしてか酷く懐かしい。


 周りの景色も、顔も、何もかも、自分には覚えがない筈なのに、どうしてか心が安らいで、頬が緩みそうになる。


 目に映る、二人の少年と一人の少女。


 誰も彼も笑っていて、気の置けない関係で。


 眺めて居たその場所はいつまでもずっと続くと思っていて、これからもそんな日々が訪れるものだと信じて疑わなかった。


 なのにその記憶は唐突に血腥(ちなまぐさ)いものへと転じて、この記憶の持ち主もブツリと視界が途切れていた。


 最後の景色から察するに、殺されたのだ。


 場違いな格好をした正体不明の、剣を持った人物に、皆殺された。


 何度もそれを夢として見る度に、この記憶の持ち主や彼の友達の抵抗や身のこなしの稚拙さは目立っていて、時に嘲りの気持ちすら浮かんで来る。


 だけど、それでも彼らは誰一人として生を諦めておらず、あの中で生きようと足掻き続けていた。


 或いは、友達を助けようと奔走していた。


 その結果、この不自然な記憶の持ち主自身も、友達を庇って殺されているのだろう。


 余り気分も良くない結末を迎えるその記憶……いや夢は、しかし全く役に立たないかと言えばそんな事は無かった。


 十年を優に超えているであろうその断片的な誰かの記憶は、確かな知識を自分へと(もたら)してくれていたのである。


 今の自分があるのは、その記憶があるからと言っても過言では無いくらいだ。


 そうでなければ、己は今頃とうの昔に白骨死体となって土の中に埋没していた事だろう。


 だからこれが単なる夢として斬り捨てるには、些か出来過ぎているような気が、常々していた。


 ならばこれを天の啓示とでもいうのだろうか。


 だがそんなものは馬鹿馬鹿しいと、自分は思う。神など居ない。あるのは無慈悲で身勝手で無感情な現実だけだ。


 だけれど、だからこそ混乱する。


 神が居ない事は確定事項として、ではこの訳の分からない記憶は一体どのように説明をつければ良いのだろう。


 それを丁度良く説明できるものを、今の自分は何一つとして持ち合わせていない。恐らく神を信じている者に言わせるならば、それこそが神の存在を証明しているなどと喧しく喚き立てる事だと思う。


 もっとも、何度も言うが自分はそんなものの存在は信じてはいない。そんな身勝手なものは存在してはいけないのではないかとすら思っているくらいだ。


 故にもし存在すると言うのなら、この手で殺してやりたいとすら思う。


 玩具のように人生を弄ばれて良い気分になれる方が、どうかしているのだから。


「…………」


 しかし、それでは八方塞がりである。


 結局、この出所不明の記憶の正体を説明できるものが何一つなくて、思考は最初の場所に戻って来てしまう。


 やはりどれだけ経ってもこの答えを見つけるのは、いや、手掛かりを見付けるのでさえ不可能ではないかと、思えて来てしまう。


 このまま、何の進展もないままいずれ自分は老衰なり殺されるなりして死んでいくのかと考えていた時だった。




 ふと、一人の白儿(エトルスキ)の顔が浮かんだ。



 そう言えばあの少年は、何やら意味がありそうな言葉をかつて自分に掛けて来たではないかと。


 あれはビュザンティオンで初めて会った時のことだっただろうか。




『お前の持ってる拳銃、それに昨日使ってたライフル。それは何処から(・・・・)持って来た?』




 ズキリ、と頭が痛んだ。


 以前に比べればその度合いはかなり軽減された、というか慣れたのだが、何にしろ不愉快な痛みである事に変わりはない。


「クソ……どうなっているんだ?」


 もう一度彼にあの時の言葉の真意を訊ねるべきか?


いいや、無駄だろう。既に何度か、その類の話について言葉を交わしたが、結局特に何も分からない。何も変わらない。何も心当たりが出て来ない。


 当たり前だ。彼と言葉を交わした所で、(まぶた)の裏に広がる世界については――つまり夢で見る映像については、共有出来る筈がないのだから。


 それに何より、今はそれどころではない。


「……イッシュ」


 考えを紛らせようと他の事へ思考を巡らせたところで、結局あの少女の顔が脳裏から離れない。


 今こうしている間にも、あの小柄な少女がどんな目に遭っているのかと考えてしまう時が気でないのである。


 イシュタパリヤ。かつての名は、クラウディア・セルトリオス。


 天神教では聖女扱いされていた千里眼の異能(インシグニア)の持ち主で、その能力故に教会が囲い、聖女認定していたのである。


 ひょっとした事から共に行動するようになったのだが、ともに生活している内に気付けば自分にとってもなくてはならない存在になっていたのだ。


「俺が、俺が迂闊なばかりに……!」


 少女は攫われた。神饗(デウス)首魁(しゅかい)主人(ドミヌス)に。


 迂闊だった。不覚だった。悔しかった。悔やんでも悔やみきれなかった。


 だから助ける。だからここに居る。


「……行こう」


 自分の大切な仲間を、助ける為に。


 少年は、腰掛けていた石から立ち上がっていたのだった。







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