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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第七章 サツイトマラズ
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第五話 君のいない夜を超えて②

◆◇◆



 時を少し遡り、東ラウィニウム帝国が首都ウィンドボナ。


 市街の中心にある宮殿で、断続的な爆発と煙が上がる。


 その大きさのほどを物語るように時折僅かながら地面が揺れ、市民達の不安を煽った。


 やがて不安に衝き動かされる様に多くの市民達が悲鳴を上げ、押し合い()し合いながら我先にと逃げて行く。


 その中には本来逃げるべきではない兵士すらも混じっているところを見るに、ただ事では無い何かがあの宮殿の中で起こっているのだろう。


「誰かが戦っているのだろうか」


 思わず、マルスはその精悍な顔立ちに皺を浮かべて唸る。


 タルクイニ市から長駆、ウィンドボナにやって来ていたマルスたちは、ただ事ではない街の様子に顔を見合わせずにはいられなかったのだ。


「思っても見なかったな、どうしたらあんな爆発が起こるんだ?」


「知るか、私に訊くな。だがこれは好機かもしれん」


「罠、と言うか余計に問題がややこしくなりそうな気もしなくは無いけどな」


 彼ら精霊達はリュウ達とタルクイニ市で再会し、ラウレウスが捕えられた事、そしてメルクリウスとウルカヌスが神饗(デウス)に使役されている事を聞いて、先行してウィンドボナに入っていた。


 そして休息も兼ねつつ救出作戦をする上で綿密な作戦を立てている最中だったのだが、ここへ来てこの騒動である。


 組み立てていた諸々の計画は水泡に帰したと言っても過言では無いだろう。だが、そんな事を嘆いている余裕など無かった。


「偉い騒ぎが起こっている様であるな」


「そうらしい。ヤヌス、頼む」


「うむ、任された」


 宿泊していた部屋の扉を開けて入って来る、髭面の精霊――ヤヌスは、マルスの言葉に対して力強く頷く。


 だが、いざその頼まれた事をしようとして、彼は思い出したように手を止めた。


「……ユピテルとサトゥルヌスの姿が見えないが、どうしたのであるか?」


「どっちも出かけてしまった。元々、誰もこんな騒動が起こるとは思っていなかっただろうからな。救出作戦も決行まで時間が掛かると思っていただけに」


 まさかいきなりここまで大事が起こってしまうとは考えていなかったから、主力中の主力である二柱の精霊が今は居ない。


 マルスを始めとした彼らだって、この騒ぎがただ事ではないと判断して、慌てて外出から戻って来たのだ。


「探さなくて良いのであるか?」


「あの二柱を見付けるのは至難の業だ。アイツらを探している間にこの騒ぎが収束するかもしれないって考えたら、少しも無駄には出来ない」


「承知した、では征くぞ」


 その瞬間、部屋に居たマルスら精霊達の姿が、一瞬で消えていた。









「……着いた、のか?」


 目の前の景色が、市民の悲鳴が響き渡る寂れた宿屋の室内から、更地となった宮殿のあったであろう場所に一瞬で変わっていた。


 至る所から煙が上り、所々に亡骸と思しき四肢が瓦礫に埋まって、或いは野晒しになっている。


 遠めに見ていても、煙や揺れの規模からして相当の事が起きていると判断していたが、凄惨な光景にマルスらは(しば)し絶句していた。


「こんな……一体誰が?」


「さあな、皆目見当もつかない。ここまで暴れている奴が居るんじゃ、下手すると地下牢に囚われてるって言うラウレウスが殺されていてもおかしくないぞ」


「縁起でも無い事は言うべきでないのである。()にも(かく)にも、第一にラウレウスの救出と続いてメルクリウスらの奪還を目指すべきであろう」


 この様子では東帝国の警備は碌に機能していない事は明白だった。ならばラウレウスを捜索するのにも大した障害はないと考えるのは当然だろう。


 そして事実、マルスらは侵入者であると言うのに誰にも咎められる事は無く、まだ破壊されていない宮殿の中も捜索する。


 ヤヌスの能力で宮殿内に転移したので、当然ながら(くだん)の爆発や衝撃は非常に近くなっていて、だと言うのにラウレウスは一向に見つからない。


 マルスの心にも焦燥が少しずつ募りつつあったが、そんな時にふと茶色い髪をした女性の姿をした精霊――ディアナが言う。


「そう言えば、あのリュウていうなりかけ(・・・・)はタルクイニで神饗(デウス)首魁(しゅかい)について憶測を述べていたわね」


「だから何だ?」


 マルスとしては、あの仮面を着けた人物の事など、余り信用していなかった。推論については証拠もあるので否定できなかったが、それでも信じたくはないのが正直な所だ。


 ユピテルかサトゥルヌス、或いはその両方が神饗(デウス)と繋がりを持っている可能性がある。主人(ドミヌス)である可能性がある。


 そんな説を、どうして信じられようか。


 長い時間を共に精霊として過ごして来たマルスからすれば、彼らの方を信じたいと思うのは何ら不自然な事は無いと言えるだろう。


「もしかして今も暴れているこれ、ユピテルかサトゥルヌスが暴れてたりするかもね」


「……そんな筈無い。あの二柱(ふたはしら)とも、無闇な殺生は好まない。幾ら何でもそんな事をするとは思えないぞ」


「ユピテルが途中で(はぐ)れて、サトゥルヌスがそれを探すので別れてそれっきりだしね。……全く、どこほっつき歩いてんだか」


 ディアナが人差し指を天井に向けながらそんな事を呟いた時、また近くで爆発の音がした。同時に微かながら地面が揺れ、まだ何かがこの宮殿のどこかで暴れている事を証明していた。


 それと同時にマルスは考え込む様に目を瞑り、同時に足を止める。それを不自然に思ったのか、ディアナが覗き込んで来るのだが、丁度そこで考えを纏めたマルスは目をゆっくり開く。


「今も暴れてる奴の正体を見に行こう。ディアナの言う通り、何か分かるかもしれない」


「あらそう? 役に立ててよかったわ」


「問答無用で襲い掛かって来るかもしれんがな」


「ちょっとミネルワ、そう言う悪い予想立てないでくれる?」


 幸いにも方向を迷う事は無いだろう。何故なら派手に暴れている音は絶えず上がっているのだ。


 そこを頼りに向かえば良いだけである。


 果たして、辿り着いた先でマルスらが目撃したのは――。





 今まさにルクスによって殺されようとしている白儿(エトルスキ)の少年、ラウレウスの姿だった。





 それをほんの一瞬見ただけで、マルスを始めとした精霊達は言葉も交わさずに動き出していた。


 ミネルワが矢を(つが)え、マルスを始めとした五柱の精霊達が一気に駆け付けるのだ。


 だが流石にルクスも接近してくる者達に気付かない筈はなくて、のっぺりとした凹凸(おうとつ)のない顔をマルスらに向けると、即座に後退していた。


神饗(デウス)だな? ……それ以上はさせない!」


 どういう訳か四肢が黒ずんでいるラウレウスの様子が気にならない訳では無いが、マルスたちが注意すべきはそこでは無い。


 ラウレウスについてはミネルワやウェヌスが介抱に当たってくれているのだから、今は目の前の敵に集中するだけなのだ。


「お前、こんな所で何をしてる!?」


「これはこれは……随分な御挨拶では無いか」


 マルス達から半包囲を受けているにも関わらず、ルクスは悠然と立ち、そして彼らにのっぺりとした顔を向けていた。


 対する五柱の精霊達は、その顔に敵意を隠さずにルクスを睨み、そしていつでも攻撃を仕掛けられる体勢を取っている。


 そんな彼らに対し、ルクスは言う。


「マルスに……随分と錚々(そうそう)たる顔ぶれが揃っているな。此方一人を相手にするのに、些か過剰ではないか?」


「貴様が話に聞くルクスだな。メルクリウスとウルカヌスを返して貰おう。貴様ら神饗(デウス)が何かしらの手段を使って捕らえた事については分かって居るんだぞ」


「ああ、やはりこの前の捕縛作戦で取り逃がしたリュウから情報が漏れていたか。だがそれは出来ない相談だな。ここで大人しく引き渡すのは主人(ドミヌス)様に対して不義理となる上に、此方自身の身を危険に晒す」


 そう語ったルクスは徐に腰から一冊の本を取り出し、そして開いた。すると見開かれたそのページから二つの影が飛び出し、彼の左右に姿を現すのだった。


「この二柱が貴様らがお探しの仲間だ。感動の再会だろう? 喜べ」


「メルクリウス、ウルカヌス! ……誰が喜べるものか! その様子だと、強引に傀儡化(くぐつか)しただろ!?」


 物言わぬ、感情も見られない表情をした二柱の精霊は、微動だにせず正面を見据えていた。


 それを見て、マルスと呼ばれた若い男の姿をした精霊は、表情がそうであるように怒りを発露させる。


「古株の精霊程、自我も実力も高く、我らが使役するには手間が掛かるからな。こうした方が使いやすいのだ。貴様らもこの手駒に加えてやるぞ?」


「……以前、メルクリウスから聞いた話だが、お前も精霊らしいな? だとしたら同じ精霊として、その様な扱いには多少なり思うところがあるんじゃないのか?」


「別に何も。目的達成の為なら、この程度で私の心は揺るがない。貴様ら全てを傀儡としたところで、何を気に病む事があると言うのだ?」


 事も無げに、ルクスは言い放っていた。


 その態度にマルスはとうとう感情を抑えきれなくなったのか、腰に下げていた剣を引き抜く。


「これ以上、交渉する余地はなさそうだ。なら後は、お前を含めた神饗(デウス)そのものを、この場で殲滅するのみ。俺達に喧嘩を売った事、後悔させてやるよ!」


「大きく出たな。それが可能だと思うならやればいい。だが此方の魔法は、貴様らよりも遥かに優秀だぞ!?」


 その瞬間、都合十個もの光源がルクスの周囲で一斉に展開され、それら一つ一つがマルスたちに照射される。


 直撃すれば、ただの人間ならその箇所が蒸発してしまいかねない程の威力を持つそれは、精霊が食らったとしてもただでは済まない。


 マルスを始めとした五柱の精霊達は一斉に散開し、同時にルクスとの距離を詰めるべく動き出していた。


「奴は光造成魔法の使い手だ! 大技な分、距離を詰めれば一気にやれるぞ!」


「了解。私の炎で焼く」


 マルスの指示が飛ばされた直後、小柄な赤い髪をした少女が一人突出する。その身に炎を纏い、業火が直撃したものは例外なく焼き尽くされんばかりの勢いだった。


「ウェスタが出て来たか。ウルカヌス、行け」


「…………」


「メルクリウス、お前はヤヌスと戦え。奴を引き付けるんだ、良いな?」


「…………」


 両脇に控えていた傀儡と化した精霊に指示を飛ばしたルクスは、残る三柱を身一つで迎撃する。


「マルス、リベル、ディアナ……相手にして不足はないな。寧ろ戦い易いとすら言える」


「舐めた口を!」


 一瞬で距離を詰めて来たマルスだったが、その前に現れるのは、ルクスが展開した巨大な光。


 常人であれば一瞬で失明しかねない強烈なものだったが、精霊であるマルスからすればそれだけで視力を喪失するものでは無かった。


 ただ一時的に視界が不自由になり、やむを得ず後退する。


「……面倒な魔法だ」


「ふふ……貴様らのようなありきたりな精霊と一緒にされては困る!」


「お前のような魔法が使える奴からすれば、確かにそうだろうがな……しかし、俺達は精霊だ。お前のような魔導士が一番得意とする不可視の攻撃は、そもそも効かない」


 ルクスを中心に、マルスとディアナ、リベルは三角形を作って包囲する。


 だが当のルクスはそののっぺりとした顔を巡らせなくても位置を把握しているらしい。平然とした様子で腕すら組んでいた。


「不可視の攻撃……知っていたのか?」


「当たり前だ、精霊として長い間存在していれば光魔法を見る機会くらいある。まさか見えない光があるというのは、最初信じられなかったけどな」


「私自身も最初は驚いた。その光を当てれば植物も動物も死んでいくのだからな。同時に、光魔法を使う人間が長生きできない理由も分かった」


 そう言いながら、ルクスは頭上に太陽をも凌ぐほどの光源を出現させる。


 その眩さは相当なもので、マルスを始めとした誰もが目を細め、腕を(かざ)していた。


「あの不可視の光は、どうやら対象の体を徐々に壊してしまうものらしい。威力を上げれば一瞬で壊してしまう。体が腐るのだ」


「……冗談みたいな魔法だな。だがそれはさっきも言った通り、俺達には効かない。そんなでかい光の球を生み出して、どうするつもりだ?」


「強すぎる光は熱を持つ。それ以上は言う必要も無いだろう?」


 ルクスがそう言うと同時に、その光は更に強さを増していく。精霊としての体が徐々に焼かれていく感覚に、流石のマルスも焦りを覚えたのは言うまでもなかった。


「ディアナ!」


「……任せて!」


 状況を打開すべくマルスが指示を飛ばした瞬間、ディアナの魔法が発動する。


 彼女を中心に地面が隆起したかと思うと、ルクスの足元から無数の植物が意志を持った様に湧き出して来たのだ。


「チッ!」


「光魔法は威力が大きい分、隙も大きいからな!」


 足元からディアナの植物魔法による攻撃を受けて意識が乱れたのだろう。順調に光量を上げていた光の球が消滅し、照り付ける光も嘘のように無くなっていた。


 その間にも一気にルクスの体に巻き付き、拘束していき――。


 不意にそれらが全て、枯れ果てる。


 思っても見なかった現象に、ディアナも驚愕の表情を浮かべていると、ルクスに対する包囲の外から、声がした。


「命があるなら、断てばいい。大丈夫かルクス?」


「タナトス……ああ、恩に着る。今まで何をしていたのだ?」


主人(ドミヌス)様の指示で、エクバソスらに退避を命じていた。東帝国の連中まで壊滅状態では、守り切れる保証が無いからな」


 そこに立っていたのは、何かの頭蓋骨を頭に被った少年だった。体格的に察するにラウレウスよりも幼く、とても戦闘力があるようには見えないが、その実力は本物らしい。


「幸いにもこの場には死体が多い。俺にとってはこの上なく戦い易い場所だ。さあ、お()で」


「……!?」


 少年の言葉と共に瓦礫の中から姿を現したのは、屍だった。


 血や臓物を垂らし、虚ろな目で、顔でフラフラと少年の下へ集い、整列していく。


 それはさながら死者の軍団と呼んでも差し支えのないものだった。


「これが俺の魔法だ。というか、お前らはもう俺が誰だか気付いてんだろ? 古い付き合いな訳だしな」


「……その話し方や魔法である程度はな。考えたくもなかったけど本気で言ってるのか、オルクス?」


「本気も本気だ。今はオルクス改めタナトス。神饗(デウス)の幹部をして居る。宜しくな」


 そう言いながら、彼は被っていた骸骨を外し、素顔を晒す。露わになるのは漆黒の髪と、目。


 やはり幼く見えるその姿に、しかしタナトスは寒々とした笑みを浮かべて言っていた。


「精霊が万物の長となる為に、お前らにも従属して貰う。意地でもな」


 その瞬間、タナトスの背後に整列していた無数の死体たちが、(おぞ)ましい雄叫びを上げながら駆け出していたのである。





◆◇◆






「なあ、本当に大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫でも、そうでなくても、行くしかねえだろ。ラウレウスを救出できる好機なんだ、この混乱に乗じればお宝や酒を頂戴するのだって夢じゃねえ」


 まだまだ激しい戦闘の音がウィンドボナの空気を揺らす。その震源地とも呼べる宮殿の一角に、男達は姿を隠しながら言葉を交わしていた。


 そこに居るのはラドルス・アグリッパ、后羿(コウゲイ)、タグウィオス・センプロニオス、そして上級狩猟者(スペルス)仲間であるガイウス・ミヌキウス、プブリウス・ユニウス、マルクス・アウレリウス。


 東帝国でお尋ね者となっている人が三人も居ながら、それでもラウレウスを救出すべくウィンドボナに潜入していた者達である。


 リュウ達との合流を優先すべきとも思っていたが、急に宮殿内で派手な騒ぎが起こっていた事もあり、ラウレウス救出の好機と見て動いていた。


 その結果、予想通り警備も碌にされていない宮殿内へ潜入できたのだが、何処を探してもラウレウスが居ない。


 そのせいでいい加減捜索するのに飽きたのか、后羿(コウゲイ)に至っては宝物と酒を探し始める有様だった。


「って言うかリュウ達は今どこに居るんだ、契約精霊さんよ?」


「割と近いぞ。だが、合流にはまだ時間も掛かりそうだ。ラウレウスの捜索はアイツらに任せて、倉庫を(あさ)ろうぜ」


「……お前に緊張感はないのか」


 余りにも能天気な后羿に、ラドルスが呆れた様に額へ手をやり、溜息を吐いていた。


 他の四人も大なり小なりそんな反応で、冷めた視線が彼に向けられるのだが、当人はどこ吹く風と言わんばかりに瓢箪(ひょうたん)の酒を飲んでいる。


「タグウィオスのおっさんが知ってる地下牢全部巡ってもラウレウスが見つからねえんだ、もしかしたらこの騒ぎ、アイツが単身で脱獄したのかもな」


「だが、それはとても考え辛い。余程の何かが無ければ単身で地下牢からの脱獄など不可能だ。特にウィンドボナの宮殿にある牢獄は、その堅牢さと警備の厳重さで有名だからな」


 元々東帝国の貴族であるタグウィオスからすれば、后羿(コウゲイ)の考えはとても受け入れられるものでは無かった。


 何故なら、先ほども言った通りとても現実的では無いのである。それを知っているラドルスも同様で、タグウィオスの話を力強く肯定していたのだった。


 しかし、相変わらず后羿(コウゲイ)の態度は懐疑的で、やる気の見られない雑な動作で机の引き出しを開け、「ラウレウスどこだー?」と呼び掛けていた。


「お前どこに向かって言ってんだ?」


「だって地下牢にはどこにもいねーし」


「だからって引き出しの中に居る訳ねーだろ!? どんだけちっちゃくなってんだ!」


「うるせーな、まあいいや。こんな面白みもねえ部屋にラウレウスが居るとも思えねえ。他を探そうぜ」


 堪らずラドルスがツッコミを入れるのもあっさりと受け流し、后羿(コウゲイ)は部屋の扉を開ける。


 だがそのまま廊下へ出ようとして、彼は動きを止めた。


「…………」


「おい、どうした? 何を急に……ッ!?」


 意味の分からない挙動に、苛立ちを隠そうともせずラドルスが近寄り、扉の向こうに目を向けて、そして同様に固まった。


 彼もまた、完全に凍り付いて一言も発さないのである。


 当然、いきなり静かになった二人を見て他の者は不審に思う訳で、ぞろぞろと続いて扉の向こうを覗き、また例外なく動きを止めるのだった。


 何故なら、部屋の外に居たのは――。


「か、カドモス・バルカ・アナスタシオス……」


「そう言う貴様はシグルティア姫殿下の……それにセンプロニオス殿まで。ここで一体何をしている?」


 返答の如何(いかん)によっては殺す、との言葉が聞こえて来そうな気配を纏った屈強な体をした男が、そこには立っていたのである。


 名前は、この場の誰もが知っていた。


 咄嗟に攻撃を仕掛けようにも、東帝国最強の一角と言う明らかな手練れを前に誰もが迂闊な真似をする事が出来ない。


 だがそのせいで、誰一人としてカドモスの問い掛けに答えるものが居らず、重苦しい沈黙だけがその場を漂っていた。


 すると、このままでは埒が明かないと思ったのか、カドモスが溜息を吐きながら口を開いていた。


「ではセンプロニオス殿に訊こう。このような場所で何をしていたのですか? 貴方は追われる身であった筈ですよ?」


「……一人の子供を助ける為に。手前にとっても恩人と呼べなくは無いからな」


 カドモスから名指しで(たず)ねられてしまえば無視する訳にも行かず、警戒を解かずにセンプロニオスが答える。彼の紫色の眼はカドモスのくすんだ黄色い眼を捉えて離さず、同時に真剣さを伝えるものだった。


 カドモスがどう思っているかはともかく、后羿(コウゲイ)ら六人は皆一様に気を張り詰めながら今後の展開に神経を尖らせていた、が。


 不意に、彼が相好を崩した。


「センプロニオス殿に、姫殿下以外の助けたい者が出来たのですか。まあ確かに、あの少年は助けたくなりますが」


「……カドモス。お主、手前らを取り押さえないのか?」


「皇帝や皇太子、もしくはそれに近しい者の目があればそうしていたでしょうが、今は違いますからね。ただでさえ疲れているのです、ここで無駄な時間と体力を消耗したくはありません」


 思っても見なかったカドモスの発言に、六人誰もが呆然とした顔をしていた。


 その反応がカドモスにとってますます面白いものだったのか、先程よりも笑い声が少しだけ大きくなり、腹まで抱えだす始末だった。


「いや失礼、何はともあれ今の私は貴方がたをどうこうする気はありません。私は何よりもまずビュザンティオンに戻らねばなりませんからね」


「良いのか? まだ帝国はアレマニア連邦にも侵攻中であるのなら、不測の事態に備えてここに残るよう、皇帝陛下も言う筈だが」


「生憎、その皇帝陛下は死にました」


「な!?」


 事も無げに言ってのけるカドモスに、タグウィオスらは絶句した。誰もが信じられない気持ちでまじまじとカドモスの顔を見ていたのである。


「皇太子殿下も死んだ。他にも大広間で有力貴族の多くが殺されていますからね、これから帝国は揺れますよ。私はビュザンティオンの総督(エクサルコス)として、今後押し寄せるであろう波瀾(はらん)に備えなくてはなりません」


「ま、待ってくれ! 情報量が多過ぎる! 幾ら手前でも理解が追い付かないぞ!」


「その辺は時間が解決してくれるでしょう。大丈夫です、その内理解出来ます」


「放り投げるな!」


 質問責めになる未来を予想して面倒臭くなったのだろう。急に雑になったカドモスに、タグウィオスは思わず怒鳴っていた。


 しかし、中々図太い神経の持ち主であるカドモスは、そんな怒鳴り声程度で怯む筈もなく立ち去ろうとしていたのだった。


「では、私はこれで」


「いや待てい! まだ訊きたい事がある! ラウレウスは何処だ!?」


「……でしたら、最大限の警戒をして下さい。出来れば、あのリュウとか言う仮面の者とも協力をすべきです」


「どういう事だ?」


 足を止めて振り返ったカドモスの表情は、真剣そのものだった。


 明らかに嘘を言っていない調子の言葉に、誰もが表情を引き締め、一方で怪訝な顔も浮かべずにはいられなかった。


「今のラウレウスは危険です。単身で牢を破るくらいには、ですね。その意味は分かるでしょう? それに体の様子も何かおかしかった。色々な意味で救出するのは困難かと思いますが、どうか御武運を」


「カドモス! それだけでは分からん! まだ話は……!」


「会えば分かります。こうしてあなた方に彼の事を教えて居るのも、私としては罪滅ぼしのつもりです。必ずあの少年の事を救い出してやってください」


 最後に「では」と言ったカドモスは、それきり何度呼び止めても応じずに廊下を去って行く。これ以上は声を掛けるだけ無駄だと悟ったタグウィオスは、他の五人に目を向けて言うのだった。


「それで、どうする?」


「会えば分かるって言ってんだ、会うしかねえだろ。それに、ラウレウスが脱獄したって言質(げんち)も取ったしな」


「……そうなると、やはり先程から聞こえるこの激しい音の原因は、つまりそう言う意味なんだろう」


 后羿も、ガイウスも、そして他の者も、その反応は言うまでもないものだった。


 誰もが力強く頷き、尚も揺れを(もたら)す震源地の方に目を向ける。


 この辺りはまだ破壊が及んでいない綺麗な宮殿だが、方向はハッキリと分かっていた。それだけ激しい戦いが今も繰り広げられているのだ。


「そんじゃ、行くぞ野郎ども」


 后羿(コウゲイ)の号令の下、彼らは急行する――。





◆◇◆




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