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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第七章 サツイトマラズ
163/239

第四話 バッドボーイズ セレナーデ⑤

更新遅くなりました。

◆◇◆





 先程まで喧しいくらいに泣き喚いていた壮年の男は、今や物言わぬ屍となって足元に転がっている。


 それを無感動に見下ろしていた俺は、完全に興味を無くしてこの部屋全体に目を向けた。


「…………」


 伊達に東ラウィニウム帝国の首都にある宮殿ではないだけあって、以前見た時もそうだが過剰なまでに装飾が施されている。


 だが今はそれらの一部が崩落し、また幾つもの死体が出来上がっているせいもあって、神々しさなどと言ったものとは無縁のものが出来上がっていた。


 この部屋の、そして宮殿全体、帝国全体の主人たる皇帝は、今この場で無様な屍を晒している。己を付け狙う組織の一つである首領をこの手で倒せた事は、俺にとっても愉快な事この上なかった。


 この調子で何もかもを壊して、殺してしまおう。


 湧き上がって来る感情に身を委ねれば自然と口端が吊り上がり、理由は良く分からないが不思議な高揚感が心を満たす。


 この気分を維持する為にも、まだまだ殺して壊して回らなくてはいけない――。


 そう思えて、新たな獲物を探すべくこの大広間を後にすると宮殿の中を徘徊する。


 けれど、先程大広間で暴れてしまったせいで周囲にいた者は異変を感じ取って逃げてしまったらしい。人っ子一人居ない廊下を歩き、俺は人を探す。


 皇帝を殺す前に何人かの貴族を見逃したことを少し後悔したが、その感情すら次の瞬間には霧散した。


「見つけタ」


「……ひぃっ!?」


 時折腰を抜かしたかして逃げ遅れたらしい者が隠れて居るのを見つけて殺して回るけれど、一つ一つを丹念に殺していくのは何とも味気ない。


 さっき大広間でやった様に、纏めて殺せた方がどれだけ良いものか。その苛立ちをこの宮殿そのものに叩き付けてしまいたいが、それだけ騒いでしまうと余計に人を発見しづらくなってしまう。


 無差別の破壊衝動をどうにか抑え込んで、尚も宮殿の中を捜索していた時だった。


 廊下の向こうに、天色の髪をした人影が一つ。


 それは複数の者を引き連れていて、どうやらその人物は貴人であるらしい。


 何より、その青年を俺は知っている。忘れる筈もないのだ、あの不愉快な男を。


 おまけに待ち望んだ人の群れだ。一度に沢山殺すのも夢では無いだろう。だから彼らを、見逃すはずなど無かった。


「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス――!」


「……何だ!?」


「で、殿下、お下がりを!」


 廊下の床が破壊される程の力を込めて駆け出した俺に気付くのは、流石に造作も無かったのだろう。その一団は殿下と呼ばれた(あま)色の髪を持つ青年を庇う様に動き始め、迎撃の構えを見せていた。


 もっとも、こちらからすればその程度の構えは脆い以外の何物でも無かったのだが。


「何だ、コイツは――!?」


「邪魔ナんだヨ」


 まず一人目をあっさりと白弾(テルム)で吹き飛ばし、その隙に間合いを詰める。更にまた二つ白弾を生成すると、新たに二人を殺していた。


 しかし、流石にいつまでも彼らが一方的に殺されているかというとそうでもなく、残っていた者達が一斉に反撃を始める。


 一撃一撃が大した事は無くても、彼らは貴族なのだ。数的な不利は如何(いかん)ともしがたく、攻撃の手を一旦緩めざるを得なくなるのだった。


「……貴様、ラウレウスか? 随分と様変わりしている様だが、ダウィドと父上を殺したという話は本当かね?」


「勿論ダ。お前もスぐニそっチ側に入レてヤるから、感謝シトけよ」


「大きく出たな、白儿(エトルスキ)風情が。皇帝を含めた多くの者を殺して、調子付いているのか? だがまあ、それも別に良いさ。この私、皇太子マルコスが仇を討てば、私が玉座に行く上で箔が付く」


 側近と思しき者達に囲われた青年は、愉快そうに語る。


 その姿が一般的な認識に照らし合わせると奇異に映って、攻撃を躱し、或いは()なしながら訊ねていた。


「……アの皇帝、お前ノ父親なンダろ? ソれヲ殺されテ、普通なラ恨マれルと思ッてたんだケど?」


「普通の家族ならそうだろうな。だが私は皇帝の一族だ! 帝位には相応(ふさわ)しい者が付くべきだと思うだろ? 正直な所、父上ではちと荷が勝ち過ぎていると思っていたのだ」


「ツまりアンタにトって、父親でモある皇帝ハ邪魔者だっタと?」


 一旦距離を取り、互いに攻撃の手を緩めて睨み合う。


 そんな中でも青年は勝ち誇ったように笑みを浮かべ、両手を広げて得意気な感情を隠しもしない。


 それはまるで、抑圧していた、或いは表面上出さない様にしていた感情が爆発した様だった。


「その通り! あの凡庸な父上がいつまでも帝位に居座って、業績を欲しているのは知っていたが、それが鬱陶しくて仕方なかったのだ! いつになったら私が帝位に登れるのかと、何度思った事か!」


「俺にハ関係なイ話ダけど、親子ノ割に随分殺伐トしてテんだな」


「不相応な者には帝位と言うものは過ぎた物なのだ。だから私が貰う。その為に色々と準備もして来たのだが、貴様のお陰で手間が省けた。感謝しているぞ」


 廊下一杯に、皇太子マルコスの哄笑が響き渡る。そして彼の周囲に居る側近らも同じ考えなのか、愉快そうに笑いながらこちらを睨みつけていた。


 きっと彼らは、こんな状況下でもマルコスが皇帝となった後の事を考えているのだろう。何とも呑気な事だと、思わず失笑が漏れていた。


 すると、そんな態度が気に食わないのか、マルコスは嘲りの表情を浮かべながら言う。


「どうした、貴様のその訳の分からない姿と言い、とうとう気が触れたのか? まあ、先程も言ったが貴様にはこの場で死んで貰って、私の皇帝即位の礎とする。光栄に思うが良い、白儿(エトルスキ)如きが私の役に立てるのだからな」


「捕らヌ狸ノ皮算用だ。そンな妄想を語ッて、(むな)シくなイのカ?」


「妄想!? 馬鹿を言え、これは(きた)るべき現実だ! 貴様こそ、どうしてこれが実現し得ないと思える!? まさか私を殺せるとでも思っているのか!? ……愚かな、これまで暴れ回って疲弊している貴様に、万に一つでも勝ち目があるとでも!?」


 自信満々と言った様子のマルコスと、その側近達。


 彼の言う通り、その将来については一分の疑問も抱いては無いのだろう。月並みな表現をするなら、輝かしい未来に胸を躍らせていると言ったところだろうか。


「愚カなのハどっチだロうな。目ノ前の現実モ見えない、認識出来なイお前ラが……」


「ほう、大きく出たな!? その黒い魔力はお前の頭を狂わせる効果でも持って居るのか? だとしたら、貴様の体を解体する際に隅々まで調べさせて貰うとしよう」


「……出来ルものナラな」


 再び、戦闘が始まる。


 繰り出されるのはマルコスの側近からの攻撃の数々であって、彼自身はその後ろで余裕綽々と言った様子のまま動かない。


 自分が馬鹿にされている様で何とも腹立たしい事この上ないが、その分だけ叩きのめした時の顔を見るのが愉快になれると言うものである。


「この、気味悪い悪魔がッ!」


「殿下や我々の願いを叶える為にも、貴様にはここで死んで貰う!」


「ソう言ウのは、相応の実力ヲ身ニ着ケてカら言うモのだぞ」


 様々な属性魔法が繰り出されるけれど、その攻撃は先程も見たものであるし、攻撃の癖も大体は把握した。


 初見ならいざ知らず、碌に攻撃方法を変えずに全員でバラバラに迎撃してくる様子は、見慣れてしまえば全く怖くなかった。


 何故なら、罠を張った様な気配も無いから。


「一人」


「……ぁ?」


「二人」


「――ッ!?」


「三人」


「ぐぁ!?」


 互いが互いの攻撃の隙を埋めるように動いている訳では無いから、一人一人の隙を衝くのは容易だった。


 その上、一人減る毎に攻撃の密度も下がるのでより一層余裕も出て来て、殺していくのが楽になる。


 躱して白弾(テルム)を見舞うを繰り返しながら徐々に徐々に間合いを詰めて行けば、側近達の表情には明らかに焦りや恐れと言った感情が出て来ていた。


「何をして居る、早く殺せ!」


「は、はい……ッ!?」


 マルコスもいつまでも余裕のある態度を取って居られなくなったらしく、少し引き締まった表情で側近達に命令を下していた。


 けれど、それを嘲笑う様に俺はまた一人二人とその側近達を斃していく。


「あ、相手はたった一人だぞ!?」


「ですが、こんな化け物みたいな……!」


「殿下、お逃げ下さい! ここは我らが食い止めます!」


 いよいよ状況は最悪な方へ傾きつつあると悟ったらしい側近の一人が告げれば、マルコスは悪態を吐きながら踵を返していた。


 残っていた側近の全てを殿(しんがり)に残して、である。


 ここで誰一人としてマルコスを放棄して逃げ出さない辺り、あの皇帝に比べたら人望もあるらしい。


 ただし、その忠誠心に実力が伴っているかと言えばそう言う訳でも無くて。


「コの程度の数ト攻撃で、俺ヲ止めらレると思ッてんじゃねエよ」


 両手に生成し、握るのは魔力で形作った剣。


 既に至近の間合いに入って居た者から順に、その剣で生き残っていた彼らの急所を次々と切り裂いていく。


 それは喉であったり、腹であったり、頭であったり。どれも一撃で絶命せしめれば、六十秒と掛からずに全てを斬り伏せていた。


 しかし、血腥いそれらに一瞥もくれてやる事は無くて、俺はマルコスの駆け去った方を見据え、歩き出していた。


「逃がサねえ……!」


 あの男は必ず殺す。そうでなければ、また邪魔をして来るような男だから。殺せるうちに殺す。


 奴さえ居なければ、東ラウィニウム帝国などと言う国家に二度も捕らえられる事も無かった筈だし、つけ狙われる事も無かった筈である。


 感情的な面から見ても、彼を殺したいと思うのだ。


 しかしこの宮殿の地図については全く頭に入っていない身としては、何処かへ逃げ去った彼を探すのも一苦労である。


 だから結局面倒臭くなって、白弾(テルム)で辺り一帯を更地にした。


 するとどうだろう、見晴らしの良くなった周囲では瓦礫に埋もれた人の四肢が散見されて、察するに身を隠していた者が巻き添えを食らったらしい。


 だけど当然そんな彼らに同情などする筈もなくて、それどころか碌に視線すら向けずに、俺はある一つの場所を注視していた。


 少しすれば、瓦礫の中から染み出した水がやがて人の形を作り始め、遂にはマルコスの姿となって現れていたのだった。


「……見ツケたぞ」


「貴様……これ程の力、一体何処で手に入れた!? その黒い体や魔力と何か関係でもあるのか!?」


「サアな。どウデも良い。ソれよリも俺は、早クお前を殺シたくてウズウズしてンだヨ」


 忘れもしない。この男、マルコスにはビュザンティオンで散々蹴られたし、罵倒もされたのだ。白儿(エトルスキ)や、俺と言う存在を全否定するような事すらも言われた。


 そんな奴に掛ける情けなど、最初から存在する筈もなかった。


「私を殺すと!? だが甘い、父上と違って私は相応に魔法を修めているのだ。そう簡単にやられはしない!」


「……体ヲ水に変えラれるカら何だっテんだ?」


「減らず口を!」


 その瞬間、一瞬の内に全身を水そのものへと変成したマルコスが襲い掛かる。


 それは確かに、相応の修練が見て取れる動きであったのだが、実力的にはリュウに遠く及ばない。


 あっさりとその攻撃を躱してやれば、マルコスはその目に真剣さを滲ませながら叫んでいた。


「私はまだ、こんな所で死ぬ訳にはいかんのだ! 皇后も……クラウディアもこの手に収められていないと言うのに、貴様如きがッ!」


「オ前の欲求ナんザ知ッた事じゃなインだよ」


「シグルティアもそうだ! 奴をまだ殺し切れていない! 全て、貴様がたった一人で踏み止まって邪魔をしたせいだ! 忌々しい……!」


 マルコスは、彼の心の中にある怒りを全てぶちまけるような調子で言葉を続け、そして休む事なく攻撃を仕掛けて来る。


 彼の魔法は水変成魔法であるが故に、造成魔法のような遠距離攻撃はまずあり得ないが、その分近接戦闘で力を発揮する類だ。


 しかも属性が水であるので(たち)が悪い。


 元々が流体であるから変形がより一層変幻自在なのだ。


「どうした、さっきから避けてばかりで芸が無いぞ!?」


「…………」


「疲労が溜まって来たのか!? ふん、他愛のない! 所詮はこの程度か……ならば私直々に討ち取られるが良い!」


 こちらがマルコスの攻撃を見極めようとしているのを、疲弊したと受け取ったらしい彼は、変幻自在の体を使って一気に総攻撃に取り掛かる。


 ただ、それを防ぐのは存外に簡単なもので、ドーム型の魔力盾を展開してしまえば、それらの攻撃は全くこちらに届かないのだ。


 それでも、ずっとその防御をしていれば良いという訳でも無くて、マルコスに新たな手を打たれる前に、意図的に魔力を暴走させる。


 具体的には魔力盾として展開させていた魔力の制御を中途半端な所で手放したのだが、その威力は普通に白弾を撃つよりも高いもので。


「――――ッ!?」


 異変を感じ取ったらしいマルコスの悲鳴は、爆発に紛れて僅かばかりが聞き取れるだけだった。


 辺りに立ち込める土煙が晴れると、周囲に転がっていた筈の瓦礫の山ですらも吹き飛ばされていて、何も無い砂地の地面が剥き出しになっていた。


「中々にしぶといな……!」


「こッチが言イたいクらいダ。変成魔法っテのハ、ここマで頑丈だトは思ワなカった」


 体を半分水の状態に変成しているマルコスの体は、今まさに再構築が為されている最中らしい。周囲に飛び散っていた水が意志を持つように集結していた。


 これが造成魔法とは違う、変成魔法の強みであり、そして厄介さの象徴とも言えるものである。


 変成された体の箇所は、少なくとも魔力が続く限り、碌に物理的な損傷を与えられないのだ。相性によっては打撃を与えられるが、それは例外とすら言える。


 対抗策は魔力を枯渇させるか、もしくは魔力そのもので直接攻撃を加えるしかない。それも、半端な威力では意味がない。


 だから不意に脳裏を過るのは、雷変成魔法の使い手であるカドモス・バルカ。彼と交戦した時に比べると、マルコスの実力は遠く及ばないと言えるだろう。


「……ま、アイツも殺スけドな」


「何を言っている?」


「お前ニは関係ねえヨ。死ンでしマえ」


 マルコスの大凡(おおよそ)の実力は見切った。そして断じる、彼の実力では俺には勝てないと。


 だから始める、蹂躙を。


「なッ――!?」


「簡単にハ殺サねエ」


 手に生成するのは、魔力で形作る剣。それを一瞬で振るい、マルコスを斬る。


 しかし、流石に反応が良く、頬の皮を一枚切った程度で終わってしまうのだった。


 もっとも、だからと言って彼は無傷という訳では無くて。


「この状態の私に、傷を負わせた!?」


「変成魔法にダって弱点はアルだロ? 知らナいのカ?」


「……馬鹿にして! 知らぬ訳が無かろう、私は東帝国の皇太子……いや、父上亡き今はもう皇帝である! 貴様のような不遜な小僧如きに、良いようにされて()まるか!」


 簡単な挑発にすら激昂したマルコスは、更に攻撃の手を強めようとする素振りを見せる、が。


 機先を制したのは、俺の方だった。


 一瞬で懐の中に入り込むと、剣を振るう。勿論、体は水に変成されているので切り裂いても血が出る事は無いが、だからと言ってマルコスにも何も代償が無い訳では無い。


 変成中の体は、損傷を負うたびに魔力を消費して欠損部を再構築するのだ。だからそれが続けばいずれ体内の魔力は枯渇し、魔法が使えなくなる。


 だから変成魔法の使い手とは言え、無闇に損傷を負うのは(いと)う。


「懐に来てくれたのなら好都合だ、溺死しろ!」


「鬱陶シい。黙っテ斬ラれてロ」


 何やら反撃の素振りが見えたものの、その前にマルコスの両腕を斬り飛ばす。ならばと彼は胸のあたりから水で出来た棘を幾つも飛び出させていた。


 だが、先読みして展開して置いた魔力盾がそれらの直撃を阻む。その間にも、マルコスの体を斬り刻み続けていたのだった。


「これ以上好き勝手させるか……!」


「散々好キ勝手ヤって来て何ヲ言ってンだ?」


 体の再構築に魔力を大きく削られたのか、咄嗟に後退する気配を見せるマルコスに対し、追撃で空かさず白弾(テルム)を見舞う。


「ぐ……私にして見れば、貴様とは相性最悪という訳か!」


「マぁ、白魔法(アルバ・マギア)ハ魔力そノもので無属性ダかラな。最初カらお前に勝チ目はねエんだヨ」


「ふん、だから何だと言うのだ! 私は皇族で、貴様のような下賤の者にむざむざ負ける事などあり得ない! ()()べからざる事なのだよ!」


 シグルティアによく似た(あま)色の眼に意志の強さを滲ませ、彼はそう強く言い切っていた。


 その上で更に、マルコスは言葉を続けるのだ。


「帝国の皇帝たるこの私が問う! 貴様のその黒い魔力は、体は何なのだ!?」


「ダから知ラねえっテ言ってんだロ。俺ハお前らヲ殺せレば何でも良イんだよ。黙ッて死ね」


 彼がどれだけ意志の強さを見せようと関係ない。ただ、蹂躙し続けるだけだ。


 彼の体だけでなく、その心すらも粉々に踏み躙るだけの絶望を与えて、である。


「この国を大きくすると、歴史に名を刻む偉業を成し遂げると、私は誓ったのだ! こんな……このような所で殺されてなるものか! 最後に笑うのはこの私だ!」


「勝手ニ笑っテろ。そレが出来ルのナらな」


「ああ、そうさせて貰うさ! そうするために私は貴族らを取り込み、教会の連中とも手を組み、神饗(デウス)をも手札に加えたのだからな!」


 清も濁も、毒も併せ飲む。彼が己の目的の為にそれだけの事をしてのけたのは、確かに凄い事なのかもしれない。


 しかし、生憎だが貴族制とは無縁な生活をして来た身としては、具体的に何が凄いのかは分からないし、興味も湧かなかった。


 だから黙って、蹂躙を開始する。


「死ねぬ、死なぬと言った筈だ!」


「……なラ殺スダけだ」


 何度、マルコスの水と化した全身を斬り飛ばし切り刻んだ事だろう。その度に彼の口からは苦悶の声が漏れ、着実に追い詰めている事が手に取るように分かる。


 体を再生させる毎に、魔力を消費しているのだろう。


 ……そんな時だった。


 不意に、彼の変成魔法が一部解除されたのである。つまり、魔力が枯渇し始めた。


(ようや)ク底が見エたな?」


「おのれ……だがまだだ!」


「往生際ノ悪イ奴。魔法ソのモのの特性ニ任セっキりな魔法運用デ俺に勝てル訳なイだろ?」


 まだ水に変成されている体の箇所を次々と斬って行けば、再構成されたその場所も、とうとう元の体へと戻ってしまっていた。


「私は、私は……!」


「魔法ガ使えないオ前にハ、もウ勝チ目どコろか逃ゲる事スら出来ないヨな? 終ワリだよ、これデ」


 体力とは別に、魔力の急激な減少、或いは枯渇すると体に疲労感などが圧し掛かる。意識も気を抜けば飛びそうになってしまうだろうに、マルコスはふらつきながらも堪えていた。


 その執念には目を(みは)る物がないとは言えないが、それだけだ。寧ろ、意識をはっきりと持ってくれている分、これまでの鬱憤を晴らす分には丁度良いかも知れない。


「オ前がビュザンティオンで俺にヤッた事、コの場で何倍ニもしテお返シしてやルよ。折角意識ヲ保ってクれてイる訳ダしなァ?」


「こ、この……白儿(エトルスキ)風情がぁぁぁあっ!!」


 どちらの立場が上で、どちらが下かを誇示するように笑いかけてやれば、彼は目を剥いて絶叫していた。


 だが、彼にして見れば屈辱と怒りに塗れたその叫びは、寧ろ俺の溜飲を下げるくらいの意味しか持たないのだった。






◆◇◆





 カドモス・バルカ・アナスタシオスが異変を察知して、そこから駆け付けるには宮殿内の混乱もあって相当の時間を要していた。


 情報が錯綜し、使用人や兵士、中には貴族すらも逃げ出していて、上手く情報も集まらなかったのである。


 ただ、カドモスを探していたらしい兵士が、皇帝の命令――大広間に来るようにとの連絡――を届けてくれたお陰で、彼の中での迷走は(ようや)く終わりを見た。


 しかしながら、彼が側近の少年と伝令役の兵士と共に大広間へ駆けつけてみれば、そこに広がっていたのは地獄絵図と言っても差し支えのない光景だった。


「これは……皇帝陛下まで!?」


「酷いな。結構な数の貴族が殺されてるぞ」


「だ、誰が一体こんな事を……!」


 煌びやかな装飾の施されていた筈の大広間の壁は、いたるところが崩れ、貴族らを下敷きにして居る。


 そうでない貴族らも、体の一部を吹き飛ばされて(たお)れており、どれも生存は絶望的なようだった。


 中には武闘派で知られた貴族の死体も散見されるに、これを成し遂げた者が尋常ではない実力を持っている事は疑いようもなかった。


 何はともあれ、もう大広間には居るだけ無駄と判断したカドモスは、すぐにその場を離れる。


「何処へ行くつもりだ?」


「本拠地のビュザンティオンへ戻る。このウィンドボナの宮廷に残る意味は、少なくとも今の私には無い」


「ま、帝国貴族をここまで殺せる敵が居るんじゃ、残るだけ危険だもんな。了解した、将軍(ストラテゴス)の命令のままに」


 カドモスの部下である少年も反対する筈はなく、鬼の居ぬ間にと言わんばかりにそそくさと宮殿から逃げるべく動く……のだが。


 運が良いのか悪いのか、カドモス達は大広間での惨劇を引き起こしたであろう人物と、遭遇してしまったのだった。


 場所は、元々宮殿の廊下があった筈の所で、だと言うのに瓦礫の山が出来上がっていた。


「君は……ラウレウス?」


「アンタは、カドモスとカ言っタよナ?」


 見るも無残な死体を踏みつけていた少年は、カドモスらに気付くと満面の笑みを湛えながら視線を向けていた。


 その(いびつ)(くら)い笑みは、歴戦の猛者である筈のカドモスすら薄ら寒いものを覚えさせるものであった。


 全く気が抜けない相手だと判断した彼が即座に攻撃出来る体勢を取っていると、部下である少年がある事に気付く。


「カドモス、あれの足元を見ろ」


「足元? あの死体が何か……ッ!?」


「気付いたか? 俺の見間違いじゃ無ければ、あれは皇太子の成れの果てだと思うんだが」


「ああ、私もそう思う。そうか、皇帝陛下に続いて殺されたのか、殿下も」


だらりと力無く伸び切った四肢と、そこを中心に広がっている血溜まりをみれば、もうとっくに手遅れで、事切れていた。


 臣下として彼の死を悼むべきなのかもしれないが、状況的にもそして心情的にも、カドモスは皇太子の死亡を悼む事は出来そうになかった。


「併セて三人……チょっト足りネえケど、殺せナいヨりはマシか」


「……こいつ、明らかにヤバそうだな」


「それが分かるなら話は早い。ディアケネス、お前は伝令役の彼も連れて離脱しろ」


 パリ、と自身の体の一部を雷そのものへと変成しながら、カドモスは告げる。


 時間を追う毎に周囲の空気は張り詰めて行き、同時に彼の表情も余裕のないものへと変わっていくのだ。


「承知した、が……アンタはどうする?」


「私の心配をするだけの実力は、お前にはまだない筈だが?」


「……後退する。そこのお前も、死にたく無ければ俺に続け」


「は、はい!」


 これ以上は無駄口を叩くなと言うカドモスの意を汲んだのか、ディアケネスと呼ばれた少年は伝令役だった兵士を連れてその場を後にする。


 それを見て、ラウレウスは追撃を掛けるべく動き出すが、それを遮るようにカドモスが牽制していた。


「……邪魔ダ!」


「邪魔する為に残っているのだから当然だ。あの二人はやらせんよ。それより君には一体、何があったのだ?」


「答エる必要ヲ感じナいな。そモソも、俺ハ何も変ワってなイ。タだ考え方ヲ変えただケだ」


「……考え方を変えると、白儿(エトルスキ)は肌や髪や眼の色まで変わると言うのか? 聞いた事も無いな」


 訊ねたところで理由を答えてくれる気配は見られなかったが、間違いなく何かしらおかしなものが関係していると、カドモスは推測する。


 しかし、では一体どうやって、ラウレウスと言う少年の身にここまで身体的な変化を齎す事が出来るのかについては、皆目見当がつかなかった。


 そもそも魔法学者でも無いのだから当然だが、余りにも不可解な現象に、対峙しながらも細部を観察せずにはいられない。


「嘘か真か、情報が錯綜する宮殿内でダウィドが殺されたとも聞いたが……もしや本当に君がやったのか?」


「だっタら何だ? 心地良カったゾ、アあいウ傲慢な奴ヲ蹂躙スるのは。ヒょっトして、(かたき)討ちデもすルか?」


「別に。私は同僚や皇太子や、皇帝が殺されても仇を討とうと思えない薄情者でな。それどころか自業自得とすら思ってしまうのだ」


 元々、カドモスは皇太子とダウィドの事を好ましく思っていなかったし、好ましく思われていなかった。


 だから時折衝突していたし、謀略を張り巡らされる事もあったのだ。


 皇帝についても以前までならいざ知らず、最近は功を焦っていて身の丈に合わない事を実行しようとしていた。


 少なくともそんな彼らの最期を悼む気になど到底なれはしなかった。


「……私自身、自業自得かも知れんがな」


「分かっテいるノなら、殺サレてくれルと嬉シいンだけド?」


「断る。足掻くさ、藻掻くに決まってるだろう。私には部下がいる、領民が居る、家族がいる。ここで無責任に死んでほっぽり出せる訳が無い」


 そう語りながらカドモスはとうとう全身を雷に変成し、同時に周囲へ目を向ける。


 動く者はおらず、自分とラウレウス以外に人の気配は見られない事を確認して、腹に力を籠めるのだった。


「ダウィドを(たお)す程の力……牢に収監されていた筈の君が、どうしてそこまで実力を高められる?」


「知ラねえッて言っテんダろ! 良いカら早ク死ねヨ!」


「人格まで変わってるな。魔力も……何故黒い!?」


 おかしい事だらけの現実に、カドモスは当惑する。それでも戦う上での迷いは一切捨て、油断も気の緩みも見せずにラウレウスの魔弾(テルム)を躱し、或いは迎撃していく。


「死ネ……皆、全部壊レろ! こノ世界ゴと!」


「正気に戻れ! 少なくとも以前私と戦った際の君は、何かしらの信念に基づいて動いて筈だろ!?」


「ダから、だカら何だト言ウんだ……!? ソれで俺ノ、皆の仇ガ取れルとでも!?」


「……何の話だ!?」


 どうやら深い事情もありそうだが、カドモスには知りようがある筈もなかった。


 だから答えも期待できない問いを投げ掛け、そして同時に反撃も繰り出す。


 雷変成魔法の使い手として研鑽を積み、己の特性や弱点も全て把握して戦って来た彼らすれば、幾らラウレウスの実力が底上げされたからと言って、近接戦で圧倒される事は無かったのである。


 しかし、隙を衝いて叩き込んだ拳の一撃を受けたにもかかわらず、ラウレウスは止まらない。


「俺は殺ス……アイツを、主人(ドミヌス)ヲ!」


主人(ドミヌス)だと? 増々話が見えてこないな。……おまけに今の一撃を受けても平然としているなど!」


「ウザいんだよォ!」


 その瞬間、カドモスの勘が警鐘を鳴らす。背筋をン出るゾッとするような感覚に突き動かされるまま咄嗟に後退すると、途端にラウレウスを中心として爆発が巻き起こる。


 だが辛うじてその直撃を免れたカドモスは、信じられない気持ちで一杯だった。


 意図的に魔力を暴走させるという荒業は、魔力が多くなくては使えないし、大体が一発撃てば魔力も枯渇してしまう。


 だと言うのに、ラウレウスは今も平然とそこに立ち、カドモスから視線を離さず、それどころか追撃まで掛けて来るのだ。


「この前戦った時より、魔力も増えているのか……?」


 大広間で多くの貴族を殺し、皇帝を殺し、そして皇太子を殺しても尚、ここまで戦えている彼の姿に、それ以上の言葉を失う。


 それと同時に、彼は思った。


 確実に一人では勝てないと。少なくとも自分の実力では無理である。戦力を揃えれば或いはと言ったところだが、捕縛はまず不可能だろう。


 よってこの状況では、ラウレウスを倒す事すら不可能。無理に戦えば自分が返り討ちに遭う方が確実性を持っていた。


「時間的にも潮時だな」


「……逃ガさネえよ!」


 先に行かせたディアケネスらも十分に退避出来ただろう。そう考えて後退する素振りを見せれば、やはり以前よりも速さの増した動きでカドモスの退路を塞ぎに掛かって来る。


 その驚異的な動きに瞠目せざるを得ないが、だからと言って脚を止める訳にはいかない。迂闊な事をすればその瞬間、殺されてしまう可能性すらあるのだから。


 故にカドモスは全力で、その場から離脱する。


 逃がすまいとラウレウスは追い縋って来るが、所詮は人の足の速度でしかない。幾ら身体強化術(フォルティオル)を上手に施そうとも、雷の速度に届く筈がないのである。


「殺ス……お前ダけデも!」


「悪いな。何度も言うが、死ねないって言っただろ?」


 追撃に幾つもの魔弾(テルム)が撃ち込まれるが、それらを潜り抜け、カドモスはラウレウスを置き去りにして行く。


 見る見るうちに差は開き、その結果として後に残されたのは、ラウレウス一人だけ。


 粉々に崩れ落ちた宮殿の瓦礫の上で、少年はカドモスの去って行った方向を、その黒ずんだ目で睨み付けていたのだった。


 だが、いつまでもそうしていたのかと言うとそう言う訳でも無くて、背後で聞こえた瓦礫を踏み締める音に、ラウレウスはゆっくりと振り返っていた。


 そして、その視線の先に居た人物を見て、ニタリと笑う。


「……見ツけタ。やっト見つケたゾ」


 立っていたのは、見間違えようもない人物――主人(ドミヌス)で。


 彼は、そんな殺気の籠った視線を叩き付けられても尚、平然として言う。


「そうか、それは光栄な事だ。逃げ出した白儿(エトルスキ)の方から私を探してくれるのは、手間が省けて丁度良い。……だが、君のその姿がどういう訳か、説明して貰おうか」


「マたそノ質問か。聞キ飽きタナ。ソモそも俺ハ、お前ヲ含メた世界の何もカもを壊せレばそれデ良い」


 ラウレウスの黒ずんだ指先。その侵蝕は二の腕にまで及んでいて、そう時間も掛からずに胸にまで届きそうになってる。そしてそれは、足も同じだった。


 頭も頭頂部から墨を垂らしたように黒ずんでいて、額から上は髪も含め完全に黒く染まっていた。


「自我まで変質しつつあるとは……参ったな、このままでは白儿(エトルスキ)の素材が手に入らなくなってしまいかねない。変質を止める為に手早く殺すべきか」


「殺スのハ俺だ。殺サれるノはオ前ダ。勝ッた気ニなってンじゃねエよ」


「生憎私は、勝った気になれるだけの実力と研鑽を積んでいる。三十年にも満たない時しか生きて居ない程度の若造に、やられる筈が無いのだよ」


 そう言って、素顔を晒しているその男――いや精霊は、笑っていた。


 金髪金眼、精悍な顔つきに筋骨隆々の体つき。均整がとれていて、引き締まっているとも言えるその姿には、独特の威風があった。


 一般の、何ら戦闘力を持たない者や、戦えても弱いものからすればそれだけで戦意を喪失しかねない雰囲気に、しかしラウレウスは屈するどころか不敵に笑っていた。


主人(ドミヌス)……オ前をコの手デ殺す事ヲ、俺ハ何度夢見タ事か!」


「恨み骨髄……それどころか魂まで刻み込まれているのだったか。私としても、あの時貴様に殴られた屈辱……忘れてはいないさ!」


 思っても見なかった執念と、それによる反撃でかつて被っていた仮面を剥がされた事を思い出しているのだろう。己の頬に手を当て、彼はラウレウスを睨み返す。


「逃げられると思うなよ、下等な人間風情が……!」


「ソれは俺ノ台詞だ。絶対ニ逃ガサなイ。殺シてヤる」


 遠くで、騒がしく逃げ惑っているらしい者の声が響いていたが、少なくとも今は両者ともにそれへ注意を向ける事は無かった。


 互いの感情と力が、今まさにぶつかろうとしていたのだ――。





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