第四話 バッドボーイズ セレナーデ②
◆◇◆
「えー、本日は御日柄も良く……」
「お前は何をやってるんだ」
誰に話すでも無く、宿の窓から顔を出していた后羿に対して、ラドルスがあきれ顔でツッコミを入れる。
そのツッコミを入れられた彼は、特に機嫌を悪くした様子もなく振り返る。
「しょーがねえだろ、暇なんだから。リュウもまだ到着してねえし、かと言って大手を振って街の中を歩ける訳でもねえし」
「だから、やはり東帝国領に留まるべきでは無かったのではないか? しかもよりによってウィンドボナとは」
現在、ウィンドボナにある宿屋――その大部屋に泊っている六人の内、三人は東帝国政府によって指名手配されている。
后羿はともかく、ラドルス・アグリッパとタグウィオス・センプロニオスは特徴と似顔絵まで描かれてしまっているのだ。
結果、気軽に外出できるのはガイウス・ミヌキウスとその仲間――プブリウス・ユニウスとマルクス・アウレリウスのみとなっていた。
「帝国領内から離脱するにしても危険はつきものだぞ。関所じゃピンハネがあるし、監視も厳しい」
「けどよ、それを言ったらこのウィンドボナだってそうだろ? 帝都だし、守衛の検査も結構厳しかったじゃねえか」
「あんなの、変装して金を握らせれば余裕だ。帝都と言うだけあって人の出入りが激しいからな。一々厳しくしていたら街が止まっちまうんだ」
大都市ならありがちだぞ、と后羿は自慢気に語っていた。
それに対し、元々が東帝国の人間であるラドルスとセンプロニオスは何とも言えない微妙な顔をしていた。
「現状、その検問の緩さには有難さを覚えずにはいられねえけどよ……」
「祖国の兵士や諸々の質が悪いと言われるのは何とも言葉にしがたい気分になるな」
「確かにお前ら二人にとってすれば祖国かもしれねえけど、今は敵だ。情けとか掛けんなよ。神饗だっているんだからな」
釘を刺すように言われれば、二人もまた大人しく黙るしかなった。
それを確認した后羿は、再び窓から街の風景を眺める。
ビュザンティオンに負けず劣らず、石造木造入り乱れた高層建築が所狭しと林立している。ここもまた、近くに大きな川が流れているだけあって、交易が盛んな都市の一つなのである。
道行く人は皆全てが庸儿で、他の人種は基本的に見られない。見るとしても奴隷程度で、ここもまた東帝国の社会構造を如実に表していた。
しかし人種が偏っている一方で、様々な文化圏からやって来たであろう商人と思しき者の姿も見え、大通りはまさに色とりどりと言った景色を成す。
「見事なモンだな。華胥にも似たような場所はあるけど、庸儿ばっかってのが少し違和感あるくらいだ」
「そうであろう? これが手前の祖国なのだ。統一帝国時代から繁栄し続けて来た帝国の偉大さを物語っているとも言えるな」
「……だから何で誇ってんだ。今は敵だって言ってんだろ。これだけの影響力を持つ国の支配層なんて、厄介以外の何物でもねえじゃねえか」
力強い鼻息が聞こえて来そうなタグウィオスの言葉に、后羿は溜息を吐きながら目を巡らせた。
すると目に付くのは、一際大きな城壁と、その向こう側に見える巨大な建物群。
ビュザンティオンにもあった様に、そこは後続や貴族らの住まう大きな宮殿であった。
「……壮麗、ってのが似合いそうだ。しかもビュザンティオンで見た奴より綺麗だし、デカい。一体どれだけの金が掛かったのやら」
「さあな。所詮は一臣下でしかない手前にも、その辺は分からん。だが、ビュザンティオンの大宮殿を超えるべく設計建設されたのは間違いない。内部もまあ見事なものだ。姫様は常々、その富を民に使えと憤慨しておられたが」
姫様と言うのは、言うまでもなくシグルティアの事。
タグウィオスはあの宮殿での日々を思い出しているのだろう、目を細める彼に対して下手な言葉を挟むのは無粋と考えた后羿は、黙って街並みを眺めて居た。
「いつまでもずっとここでリュウの到着を待つって言うのも、飽きて来るな……」
「そう言えば、リュウは今どの辺なんだ? 分かるだろ、契約精霊?」
ぼそりと呟いたそれがラドルスには聞こえて居た様で、椅子に座っていた彼が訊ねて来る。
后羿はその質問に答えるべく、一旦瞑目して意識を集中させれば、すぐに答えは出た。
「ちょっとずつだが、確実に近付いて来てる。ま、普通にリュウの居る場所へ向かって居たよりは早く合流できそうだ」
「だったら、俺達も更に向こうへ進んでより早く合流した方が良いと思うんだが? 実際、宿代なども含めたら馬鹿にならないだろ」
「下手に移動した結果、不慮の事態に遭遇しないとは限らない。特に街道は人通りが比較的少ないんだ。木を隠すなら森と言うみたいに、都市内の方が隠れやすいぞ」
「その理屈も分からなくは無いけどよ……」
言葉に窮したラドルスだが、彼自身の考えは誰もが理解出来なくもなかった。
要するに彼は自分の主君であるシグルティアが心配で堪らないのだ。下手な怪我や病気はしていないかなど、まるで親のような感情を持って居るのが、丸分かりだった。
至って自然なその感情を抑えつける事など出来る筈はなくて、后羿としても無闇に彼を挑発するような真似は避けて来た。
「焦るな、ラドルス。多分リュウ達は徒歩の速度だが、明日中にはウィンドボナに着く筈だ。そこから作戦を練ったり準備を重ねれば良い。再会だってその時に幾らでも出来る」
「……そうだけどな。気が気じゃねえんだよ。分かるか?」
「ま、俺も元々人間だからそれも分からなくはねえさ。けどリュウが一緒なんだ、間違いなく会える。アイツの強さは知ってるだろ」
振り向かせていた顔を再び窓の外に向けた后羿は、川の流れのように行き交う人々を眺める。
明日にはリュウが到着するとなれば、のんびりできるのは今日限り。明日からは情報の擦り合わせや、ラウレウス救出の為の作戦会議なども行われるだろう。
こちら側の戦闘準備自体は終わっているので問題ないが、綿密な作戦が必要なのは間違いない。
何故なら敵は神饗と、そして東帝国そのものなのだ。
しかもビュザンティオンの時とは訳が違う。あの時もただでさえ厳重だったが、ウィンドボナは帝都なのである。警戒の厳重さでは群を抜いていると言って良かった。
「雑魚ばっかじゃねえからな……ラドルスも、自分お主人の心配ばっかしてねえで、お前自身の心配しとけよ」
「分かってる。あの宮殿には名だたる魔導士も居るんだ。帝国の最高戦力が揃っている訳では無いにしても、気が抜ける訳ねえだろ」
今回の救出作戦は特に厳しいものとなるのは明白だった。
その代わり、この場にはガイウス・ミヌキウスら上級狩猟者が三人加わってくれているが、リュウの方の戦力が変わっていないとすれば焼け石に水程度だろう。
質も量も、東帝国が勝っていると言って良い。打てる手段は奇襲しか残されていないが、問題はそれをどのような機会でどうやって実行するか。
その辺りはリュウとの合流後に練るだろうが、どっちにしろ厳しい事に変わりはない。
「それにしても、ラドルスとタグウィオスの二人が躊躇なくラウレウスの救出に賛成するとは思わなかったぞ。シグルティアを第一に考えてるかと思ったのに」
「勿論それはそうだけどな。でも、后羿が俺らに派遣されたのは、お嬢とラウレウスが掛け合ってくれたからだろ? なら、今度はこっちが恩を返さないといけねえ」
「そう言う事だ。手前もラドルスも、恩知らずでは居られないのでな。そもそも、姫様の性格なら見捨てると言う選択肢を選ぶ筈もない」
強く言い切る二人を見遣って、彼は大した自信と信頼関係だと、感心していた。
「もし死んでも俺らを恨むなよ」
「分かっているとも」
「その辺りは承知の上だ」
真っ直ぐこちらを見て頷き返してくる二人に、思わず后羿は笑っていた。
ここまで気持ちのいい、思い切りの良い者を見るのは久しぶりだったのだ。普通なら、何処かで尻込みしていてもおかしくはない。なのに、彼らはそれが見られなかった。
「……一応言っておくが、俺らも死んだってお前らを恨みはしねえぞ。全て望んだ事だからな」
「ああ、前にも聞いたよ。アンタらはラウレウスと元々悪くない仲だった訳だろ? 頼りにしてるぜ」
「おう!」
蚊帳の外にされているのが気に食わなかったらしいガイウス・ミヌキウスが、会話の隙間を縫うようにして言い切り、そして笑っていた。
これで改めて、この場に居る全員の腹は括られた。
覚悟が決まったのである。
全ては、明日以降に向けて――。
「……ん?」
それは后羿が睨み付ける様に、ラウレウスが囚われているであろうウィンドボナの宮廷を見ていた時だった。
不意に、僅かながら地面が揺れたのだ。
それはほんの微かなもので、道行く人々は全く気付いた様子も見られない。
だが、確かに揺れた。
屋根に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、慌ただしく飛び去って行くのを、街の人々は不思議そうに見上げ、一方で后羿たちは表情を引き締めていた。
六人誰もが、何かしら異変が起こりつつある事を感知したのである。
「何だ?」
「分からん。今のところ、どこにも異変が起きている様子は……」
ガイウスの問い掛けに、后羿は外を眺めながら答えようとして、言葉を切った。
何故なら、丁度そこで異変が起こったのだから。
凄まじい音が宮殿の方から上がったかと思えば、同時に土煙が上がり、火山の噴火のように瓦礫が舞う。
「おいおい、何が起きてんだ?」
「まさか、もうリュウ達が突入を?」
「違う、リュウじゃねえ。アイツの居る場所はさっき探知した通りまだここに着いてねえよ」
「じゃあ誰が!?」
知るかそんなもの、とラドルスの問い掛けに対して后羿は悪態を吐いていた。
だが、そうしている間にも事態は進んで行き、凄まじい音と衝撃波が伝わって来たと思えば、土煙がまた上がる。
それから一拍遅れて、傾いた塔の一つが喧しい音を立てて崩落していくのが見えた。
「宮殿内で何かヤバい事が起こってるのは間違いなさそうだな」
「……どうする?」
「どうするって何を?」
「乗り込むかどうかだ。こんなの、間違いなく宮殿の中は大混乱だろうぜ。ラウレウスを救出するには好機かもしれねえ」
轟音がして、いよいよ異常事態を悟ったらしい市民達の間から悲鳴が上がる。皆が我先にと逃げ出していて、兵士すらも巻き込んであちこちの道で混乱が巻き起こっていた。
その様子を見るに、宮殿内も似たような事になっていると考えてもおかしくはなさそうだった。
だからこそラドルスはそう提案したのだろうが、后羿としてはまだまだ確証が持てなかった。
仮に自作自演だったら? 仮に混乱がすぐに収束したら?
そう言った考えが浮かんでは消え、頭の中で最善手を模索し続けるのだ。
だがそんな彼の態度に痺れを切らしたらしいガイウスが、不意に胸倉を掴み上げていた。
「おい、早く決めてくれ。もしかしたら、またとない機会を逃すかもしれないんだぞ?」
「……分かった。一先ず様子を見に行く。全員装備を整えろ。救出できそうならラウレウスを救出する」
「それで良い。……失礼した」
熱くなってしまって申し訳ない、とガイウスは非礼を詫びたが、后羿は手を軽く振って笑い返した。
「気にすんな。気が急くのも無理はねえからな」
そう言いながら身支度を整えた彼は、他の五人を見回して装備が整っている事を確認すると、一度だけ頷いた。
「よし、屋根から行くぞ。道は無理そうだからな」
混沌を極めた都市あちこちで悲鳴が上がり、そして人々が宮殿からよりは離れるべく道へ殺到する。
犇めき合う彼らの流れは泥の河のように遅く、碌に進んでなど居なかった。
だからこそ、后羿は窓から向かいの建物へと跳躍し、立ち並ぶ屋根を飛び石のようにして真っ直ぐ宮殿を目指すのだ。
「時間があるとは限らない! ガイウス、お前の魔法の出番だ!」
「ああ、任せろ!」
上級狩猟者、ガイウス・ミヌキウスの魔法は風魔法。
攻撃能力にも秀でているこの魔法は、同時に移動能力にも優れていて。
風を纏う六人の男達は、絶えず轟音がするウィンドボナの宮殿に向かって居たのだった――。
◆◇◆
「崩ス、壊ス、殺ス、潰ス……!」
何故だろう、胸が軽い。気分は上々だ。
命が有る無いに関わらず、形あるものが粉々になって行くのは気持ちが良い。
何せ、このウィンドボナの宮殿は俺を白儿と言うだけで拘束して牢に閉じ込めた連中の巣窟である。ただ無関係なものを壊すよりも、遥かに気分が昂るのも当然だろう。
「…………」
「ひ、ひいっ!?」
また一人、悲鳴を上げて必死になって逃げ惑う者の背中を捉えた。一切の武装を身に着けていない所を見るに、この広い宮殿の使用人と言ったところだろうか。
戦闘の意思など微塵も感じられたものでは無かったが、そんな些末な事はどうでも良い。俺はただ、壊すだけ。
この世界の何もかもを叩き壊す。勝手に人の自由を奪おうとした代償だ。この世界の連中にはそれを支払って貰う。
「知らヌ存ぜヌなんて関係ねえンだよ!」
「や、止めて……!」
やや黒く濁った魔力を触手のように伸ばし、哀れなその女性を一瞬のうちに捕らえる。
ふと、自分の魔力はこんな色をしていた物だったかと思い掛けるが、それはすぐに霧散して涙を流す女性の下へと歩み寄る。
その間、彼女はどうにかして脱出しようと藻掻いていたが、大して魔法も使えない者にとっては脱出など出来る筈もなく。
「よ、寄るな白儿! 悪魔の分際で!」
「……壊れチャえ」
その瞬間、人の体が吹き飛んだ。骨も残らず消えた。
女性を拘束していた魔力を暴発させて、消し飛ばしたのだ。
跡形も無くなった人の居た場所を見て、高笑いが溢れ出す。快感だ。これ程まで愉しい事をどうして俺は今までやって来なかったのだろう。
どうして余り人殺しを好まなかったのだろう。
今までの自分の愚かさを感じて、同時に苛立ちが募る。
「好キ勝手さレて堪るカっテの……!」
「牢が破られた! 急げ、白儿が暴れてるぞ!」
「クソ、早く上へ報告しろ! 魔法が使えねえ俺達じゃ……!」
「そうは言っても所詮はガキなのでは!?」
「馬鹿野郎! 只のガキがビュザンティオンで捕まって逃げられるものか! 指名手配されるくらいには凶暴なんだぞ!?」
すぐ近くに兵舎などに詰めていたであろう兵士達がぞろぞろと駆け付けて来るのだが、その中に魔法を使って居る者の姿は皆無。
身のこなしから言ってその辺の雑兵とは違うようだが、魔力も碌に持たない敵など、結局雑兵と変わらなかった。
「障害物ニもなりヤしねェ」
『――――ッ!?』
どんどんと、どす黒くなって行く白弾を一気に幾つも撃ち出して、纏めて吹き飛ばす。
まさに鏖殺そのものだった。
吹き飛ばされて、当初の姿とはかけ離れた抜け殻となったそれらを踏み潰しながら、周囲の壁なども手当たり次第に破壊していく。
その中には、白弾の一つが塔を直撃し、衝撃で根元から倒れてしまえば、新たな破壊と悲鳴が生産されていった。
それら光景が何とも心地良くて、また高笑いが溢れ出す。止めどもなく、その笑い声は大空に響き渡っていた。
そんな時。
この身を引き締める様な感覚が、背中を撫でた。
「誰?」
「……俺だ。まだ脱走とは、元気な奴だな」
「やれやれ。主人様の大願の為にも、貴様に逃げられると困るのだがね」
物陰から姿を現したのは、合わせて二人。
堂々としていて、且つ無警戒な姿勢で立つ彼らは、エクバソスとペイラスだった。
何度となく辛酸を舐めさせられ、そして戦って来た者達だったが、不思議と今の自分が敗けるとは思えなかった。
寧ろ、何もかもを圧倒してしまえそうな気にすらなる。そして事実、俺の各種能力は間違いなく向上していた。
「丁度良イ。お前ラモ壊れチまえ」
「ほざけ、たった一人で俺達相手に何が出来る!?」
「待て、エクバソス――!」
今までなら、迫って来ている事は分かっても、それは精々ある程度の話であって、正確に見切る事は困難だった。
しかし今は違う。元々の能力が向上したような気がするし、その上で身体強化術も行使したこの体は、エクバソスの行動を全て読み切っていた。
だから当然、彼の鋭爪は首を捻っただけで空を切り、そして絶好の反撃機会が訪れる。
「終わりダ」
「は……!?」
この時、握り締めた拳が直撃するまでもなく必殺を確信していたのだが、目を剥いていた筈のエクバソスの姿は一瞬で消えてしまった。
それは攻撃を外して隙を晒していたエクバソスには到底無理な芸当であり、つまるところ俺はペイラスへ首を巡らせる。
「邪魔スるナ」
「私としてもこれ以上仲間は失いたくないのだ。悪く思うな。そもそも君は、その体に一体何が起きてる!?」
これまで滅多に見せて来なかった狼狽をその顔に浮かべたペイラスは、空間魔法の転移でエクバソスを救いながら問い掛けて来る。
だが、その問いはこちらからすれば良く分からないもので、だからこそ首を傾げて問い返していた。
「……何カ変な事でモあルノか? 俺は別ニ普通ダけど」
「それのどこが普通だ!? ずっと地下牢に閉じ込められて置きながら衰弱どころか、化け物染みた力を持って居るんだぞ! おかしいと思わないのか!?
「そうカ、オかしイのか……そレで、おかしいってドウいウ意味の言葉ダっけ?」
ふと思い出せば、そんな感情もかつては持っていたような気がする。でも今はもう分からない。懐かしいような、遠いような気がするのだ。
故にペイラスへ訊ねてみれば、彼は暫し絶句した後でその人差し指をこちらに向けていた。
「ば、馬鹿にして居るのか!? いや、そもそも君の身に何が起きている!? その体も命も、主人様の大願の為に無くてはならないものなんだぞ!?」
「そンなの知ラねー。いヤ待テよ、寧ロ教エてクレ。コの世界もろトも、全部ぶッ壊シてヤルかラさァ?」
「気味の悪い……エクバソス、気を引き締めて掛かれ! コイツは危険だ、最悪殺すのも辞すな!」
「ああ、分かった。だがクリアソスの仇を取る意味でも、手加減しない方が気は楽だぜ!」
先程、九死に一生を得たエクバソスも改めて気合を入れ直した顔をし、そして再び突撃する。
もう一度同じことを繰り返そうとするのなら、同様に迎え撃つまで――と思ったのだが、そこへ新たに加わるペイラスの魔法があった。
「動きは読めても、魔法は読めまい!?」
「……ドーだろうナ」
一瞬でエクバソスの姿が消える。ペイラスの空間魔法が可能とする、瞬間移動だ。
ほんの少し工夫するだけで視界の外から簡単に攻撃を仕掛ける事が出来、事実それに煮え湯を飲まされた事がある。
だが、今となっては過去の話だ。
間を置かずに右斜め後ろに現れたエクバソスへ、回し蹴りを繰り出す。
「死ねヨ、雑魚」
「ぐっ!?」
先に攻撃を仕掛けるつもりだった筈の彼からすれば、迎撃が瞬間移動して来たようなものだっただろう。
防御姿勢すら取れず、真面に顔面へと回し蹴りを叩き込まれたエクバソスは、真横へ吹き飛ばされた。
「読まれた!?」
「魔力ノ流レデ、分かル」
「が――――ッ!?」
本当に一瞬の出来事で、且つ想像だにして居なかったから、いかに歴戦を経ているペイラスとは言え理解が追い付かないらしい。
呑気に目を剥いている彼の腹へ、白弾を見舞っていた。
だが、吹き飛ばしたと思ったのに彼は存外しぶとかったようで、直撃寸前で不自然な軌道を描いた白弾は、地面に炸裂する。
「余計ナ手間ヲ……!」
「何だ、今の魔弾は!? 発動速度も威力も色も、何もかもがこれまでとは別物では無いか!? 何故だ、何故に黒い!?」
「……黒? 何が?」
「君の魔法だ! 白魔法はその名の通り、純粋な魔力で……特徴的な白さを持つ筈だ! それがどうしてあんな暗い色になっている!?」
何もかもが地面ごと吹き飛ばされた着弾地点に一瞬だけ視線を巡らせたペイラスが、動揺も露わに問い質してくる。
しかし俺はそんな問いなどどうでも良かったし、答える理由も、そもそも答えようとする気も無かった。
何故なら自分の体は極めて調子が良いくらいで変なところなど在りはしないのだから。
わざわざ自分の体を隈なく探って答えてやろうとする気などある筈も無いし、それよりも目の前に居る長身瘦躯の男を壊したくて仕方なかった。
「答えろ!」
「嫌ダ、面倒臭イ。ソれよリも早ク死ネヨ」
「……こんな所で白儿なぞに殺されて堪るか!」
窮鼠が、生意気にもまだ抵抗する素振りを見せる。だが所詮は鼠。ペイラスが行使する魔法など簡単に見切って肉薄する、筈だったのだが。
気付けば近づいたと思ったペイラスとの距離が、元通りに開いていた。
周囲の景色を見るに、こちらを元の場所に戻したらしい。その小賢しさに思わず舌打ちが漏れる。
「死ねッて……言ってンだロ!」
「まだ、死ねない。……しかし君のその体、一体どうなってる? 黒ずんで来ているぞ!?」
「エ? あア、本当だ。マぁ別に良イか。お前ラ全部ぶっ壊セれバそれデ良い」
厳しい表情を浮かべながらのペイラスの指摘に、思わず視線を己の手に落としてみれば、確かに指先から黒く染まり始めていた。
まるで墨汁に手を浸したようなものだったが、不思議と気にならない。以前の自分であれば、目の目に居るペイラスみたいな反応をしていたかもしれないが、今は違う。
自分は何もかもを壊せる力を手に入れた。恐れるものなど無いし、仮にあったとしてもその重要性は低い。
何よりもまず、破壊する事を優先するのだから。
命あるものも無いものも、全てをこの手で壊したくて壊したくて仕方がない。今こうしてペイラスと言葉を交わしている間にも、その欲求が爆発してしまいそうだった。
「お前らハ散々俺ニ好き勝手シて来たンだ、死ヌ準備クらイは出来てルヨナぁ? 楽ニは殺サねエよ」
「大きく出たな、ラウレウス。だが果たして君に、私やエクバソスの息の根を止める事は出来ると思っているのかね?」
「立場ガ逆転しタ途端減らズ口ヲ叩クんダな。惨メな奴」
嘲笑して、そして襲い掛かる。
意を決したような真剣な表情を浮かべるペイラスを蹂躙するべく、的を絞らせないように動きながら魔法の行使を行う、が。
「私やエクバソスの二人掛かりでも勝てない相手に、どうして立ち向かわなくてはならないのだ? 馬鹿馬鹿しい、相手をしてやる理由は何処にも無いのだよ」
「そウカよ。ナらそノマま斬リ刻まレテ無様に死ネ」
「……そうはならないと言って居るんだ」
意味ありげにペイラスが微笑んだ直後、彼の魔力を肌で感知する。
今まで以上に魔力の察知に敏感となったこの体は、魔法が発動する事を瞬時に予測したが、流石にペイラスの魔法は発動速度が速かった。
一瞬で発動させられる辺り、即死級のものではないと予想をつけながら彼の魔法が作動し――。




