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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第七章 サツイトマラズ
153/239

第二話 Never Let This Go④

◆◇◆





 顔面全てを覆う黒い仮面。体をすっぽりと隠す黒い外套。そして血糊がべっとりと付いた両刃の剣。


 (よそお)いはとても現代人とは思えなくて、まるで海外に居た過去の人物が時間と場所を間違えてやって来たようだった。


 その外套も剣と同様血に濡れ、周囲には血と死のにおいが充満している。


 現代的な、清潔感のある平和なショッピングモールの中で、それが酷く場違いで、気味が悪くて、そしてこの場で引き起こされた惨劇の、全ての原因であった。


 死と、血と、肉と。


 老若男女問わず、どれもが抜け殻となっていた。


 その光景を、俺は――長崎 慶司は、一人踏み止まって見ていた。いや、睨んでいた。この惨劇を成した人でなしの殺人鬼に、睨み殺さんばかりの視線を向けていたのだ。


『死なせねえ……殺させねえ! もう、絶対に!』


『…………』


 気付けば自分の手には、短槍が握られていて、それもどういう訳か酷く手に馴染んでいて、自然と構える事が出来ていた。


 対する殺人鬼も応じる様に剣を構え、切っ先の延長線をこちらの心臓につけていたのだった。


 守る。そう決めたのだから。


『慶司!』


『先に行け! お前ら戦った事なんて無いだろ!?』


 背後から聞こえて来た少女の声に振り返らずにそう返してやるが、そもそも自分自身が戦闘経験など無い筈である。


 だけれど、そんな事はどうでも良くて湧き上がった疑問は簡単に思考の片隅に追いやられて、消えて行った。


『掛って来いよ、主人(ドミヌス)!』


『…………』

 いつ、この目の前に居る殺人鬼の名前を知ったのだったか。記憶を探ろうとして、やはりまたすぐに消えた。


 それよりも、今はこの馬鹿みたいな惨劇を繰り広げた者に集中しなくてはならないのだから。


 先に動いたのは、主人(ドミヌス)だった。


 目にも留まらぬ速さで迫って来るそれは、しかし見切れない程では無かった。剣撃を槍の柄で()なし、同時に蹴り上げる。


 一応体に直撃した筈の攻撃は、しかし相手をビクともさせられなかった。


 ならばと、気付けば異様に白くなった己が左腕を伸ばし、魔法を行使する。その瞬間、十を超える白弾(テルム)が生成され、主人(ドミヌス)に襲い掛かっていた。


 でも、それでも仕留められなくて、あっという間に又もや剣の間合いに入り込まれる。近間(ちかま)の戦いに持ち込まれては、短槍では取り回しの差で厳しさがある。


 即座に放棄すると、腰の剣を引き抜き応戦した。


 だけど、それでも主人(ドミヌス)は強くて、持っていた剣は一瞬の隙を衝かれて弾き飛ばされてしまった。


『……まだ!』


 短剣がある。魔法がある。勝てる道筋が無い訳では無いのだ、今の自分には。


 戦った。我武者羅に。何としてでも、皆を守りたかったからこそ。


『これでお前を――ッ!』


 猛攻を加えた事で生じた千載一遇の機会を逃さずに、白弾(テルム)主人(ドミヌス)の顔面へ撃ち込んでいた。


 直撃だった。それも一発だけでは無く、複数。


 これだけ食らえば、無事では居られない。死んでもおかしくないくらいだと、自分でも確信している。


 だって、この魔法は――。


『……あれ?』


 どうして自分は魔法が使えたのだろう。短槍は、剣は、刃物は一体何処から出て来たのだろう。


 気付けばあれだけ白かった手は見慣れた肌の色となり、ワイシャツの短袖から伸びていた。


『魔法って、何だよ?』


 今も煙に覆われた場所から、不意に仮面が転がって来る。カランとした音を立てる黒いそれは、間違いなく主人(ドミヌス)の顔を覆っていた物で。


 一瞬のうちに、自分の首が掴まれていた。


『――ッ!?』


『…………』


 まさか、今のでも生きて居るとは思いもよらなかった。拘束から逃れようと藻掻き続けるのだが、万力のようなその力は拘束からは逃れさせてはくれない。


 その間にも、金髪金眼の精悍な顔つきを露わにした男は、そこに憤怒の表情を浮かべながら右手に持った剣を振り上げている。


 間を置かずに自分はその剣で斬り殺される事だろう。


 だけれど、それでも良い。


 親友たちを、彼女を、守る事が出来たから――。


 そう思った時、主人(ドミヌス)の背後に転がる無数の死体の中に、あってはならないものを見つけてしまった。


 それは、先程逃がした筈の、親友たちの亡骸。当然、そこには彼女のものも含まれていて。


『何で……何で!?』


 あり得ない、どうして、そんな筈は無いのに――。


 振り下ろされる剣を目視しながら、俺は喉が裂けんばかりの絶叫をあげるのだった。








「――――――――ッ!!?」


 気付けば、跳ね起きていた。


 全身からは嫌な汗が噴き出ていて、手もじっとりしていて気持ちが悪い。


 心臓は煩いくらいに拍動していて、蟀谷(こめかみ)のあたりの血管が等間隔で脈打って居るのが自分でも分かる程だった。


「…………」


 汗で額に張り付いた髪を払おうとして腕を持ち上げるけれど、じゃらりとした耳障りな金属音と共に、動きが阻害される。


 具体的に言うなら腕が酷く重いのだが、それもその筈で、手首付近には鋼鉄の枷が嵌められていて、鎖が部屋の隅まで伸びているのだ。


 他の三肢も同様で、それぞれ三方に伸びた鎖が部屋の隅に繋がっていて、形として大文字(だいもんじ)のようになっている。


 勿論、ある程度自由には動けるものの、あらゆる動作に制約が掛かるし、魔力の行使を邪魔する効果まで付与されているのか、脱出は絶望的と言えた。


「たった一人の為に、良くここまで出来るよな。ある意味特別扱いだ。もう少し(かしず)かれても良いんじゃねえかとも思うけど?」


「…………」


 日の光が届かない地下牢に押し込まれるのは、これで二度目。違う点としては他に牢へ押し込まれた者が居ない事と、常時檻の向こうに監視の兵が居る事だろう。


 しかもひどく不愛想で、何気ない会話を振った所で全く応答がない。ただの屍の様だった。


 白儿(エトルスキ)・ラウレウス。


 人間ではないと見做されているだけあって、人に似た何かとして遇されるのは中々に不愉快だ。


 だがそれを言ったところで相手にする者は誰もいないし、口にしたところで全く無意味なのは今まで碌に口を利かない看守の態度からも明らかだった。


 寧ろ、文句を言っただけその分待遇が悪化するまである始末だった。


 それもこれも、他の旅の仲間を逃がすような真似をしなければ起こり得なかった事態なのかもしれないが、後悔は無かった。


 皆を守り切ったという事実が、自分にとってこの上なく心地良くて、満足できる結果だったから。


「あれだけ動員して俺一人しか捕まえられねえとか、東帝国って大した事ねえよな」


「……白儿(エトルスキ)、貴様いい加減にしろ。下級種族の分際で、一丁前の口を利くな。人間モドキが」


「お、やっと喋った。お前名前何て言うの?」


「…………」


 特に狙った訳でも無かった呟きに、とうとう我慢ならなくなったらしい看守の一人が怒気を滲ませるが、それすらも牢暮らしが退屈な自分にとっては丁度良かった。


 けれど、そこから先に会話が弾む事は無い。あっという間に元の木阿弥となり、上体を再び牢の床に預ける。


 日光が届かないが故に牢内は非常に黴臭(かびくさ)く、虫などと言った小動物の楽園と化していた。だからそんな床に身を預ける事は慣れるものではないのだが、文句を言ったところでホテルのように部屋が変わる訳でも無いのだ。


 やる事も無いし、精々が寝るくらいしかないのである。


 数日前までぶっ通しで歩かされ続けて来た疲労もあって、鉛のように重い体を冷たい床に投げ出していると、不意に物音が一つ。


 それはすぐ近くのものでは無くて、この地下牢へ続く階段を降りる足音であった。


 食事か、或いは物好きな貴族が白儿(エトルスキ)を至近距離から見物に来たのか。


 今のところ、俺を“飼育”する方向である事もあって拷問される気配はないが、上層部の思考が翻ればどうならないとも限らない。


 時間の感覚すらもとうに狂った頭の中でそんな事をつらつらと考えていると、気付けば足音はもうすぐそこまで迫っていた。


「こ、これはルクス殿? 貴方様がこのような場所へ一体どのような御用向きで? それに、お連れの方も……」


「余計な詮索はするな、少し席を外してくれ」


「しかし……は、承知しました。おい、行くぞ」


 一旦抵抗する気配を見せた看守の兵も、何やら金属音のする袋を手渡されたかと思うとあっさり引き下がっていく。


 それをやってのけた、目鼻口の無いのっぺりとした顔の人物――ルクスは、その顔をこちらに向ける。


「無様なものだな、白儿(エトルスキ)。いやラウレウス。家畜となった気分はどうだ?」


「ノーコメントだ。生憎、俺に変態趣味は無いし、変態趣味の奴の答えてやる義理も無い」


「言ってくれる……まあ良いだろう。今回、用があるのは私では無いのでな。どうぞ、主人(ドミヌス)様」


 その呼び名がルクスから発された時、思わず目を剥いていた。瞬時に倒していた上体を起こし、体の動き難さになど委細構わず、鉄格子の向こうに目を向けていたのだ。


 果たして、最初に目に付いたのは黒髪黒目の少年。自分の記憶が正しければ、ビュザンティオンの牢で会ったタナトスとか言う人物だった。


 俺が転生した理由について、その一端を教えてくれた張本人であるが、そんな事はどうでも良くて、すぐに目は別の影へと向けられていた。


 するとそこに立っていたのは、黒い外套に黒い仮面で顔を隠した、気味の悪い人物だった。


「初めましてかな。白儿(エトルスキ)の少年」


「……ッ!」


 違う。初めてである訳が無い。少なくとも俺はお前を知っている。


 一切素顔も晒す素振りの無い主人(ドミヌス)に対し、睨み上げるような視線を向けて、無言で応じていた。


「そう言えば、タナトスの話では貴様も違う世界の魂を持つものだったかね? だとすれば初めましてという訳では無いか」


「……いつまで素顔を隠してるつもりだよ? 俺相手にビビってんのか?」


「安い挑発だな。貴様自身をかつて殺した者の素顔を見たくなったのか? だが残念、私はそれ程浅慮では無いのだ。貴様らのような愚かな猿とは違ってな」


 嘲笑する主人(ドミヌス)に対し、俺は驚く程に冷静だった。


 だけれど同時に、湧き上がる殺意や怒りが存在するのもまた、事実である。だからなのか、彼の嘲笑に対して嘲笑で返しながら、言っていた。


「馬鹿だなお前。顔を隠すだけ無駄だって言ってんだよ。あの時、俺にまんまと殴られて仮面外されただろうが。無様だったな、あれ」


「……ほう」


 ほんの一瞬前まで地下牢内に響き渡っていた筈の哄笑は、嘘のように止んでいた。代わりに充満するのは、強烈な怒気。


 それを真正面から向けられて、途端に心臓が激しく鼓動していた。まるで、迫る強烈な恐怖に警鐘を鳴らし続けている様でもあった。


 けれど、ここで怯んでなるものかと己の心を奮起させ、更に言葉を続ける。


「……ほら、また見せて見ろよ。金髪金眼の、あの悔しそうな顔をさ。猿に一杯食わされて屈辱ですって顔は今でも思い出すぜ?」


「あの時の憎たらしい猿は貴様だったのか。これは嬉しい宿縁だな? 思っても見なかった誤算だとも言える」


 主人(ドミヌス)からも俺の口からも、不意に笑い声が漏れだした。


 だけれどそれは、本当に笑っている訳では無くて、互いに際限なく湧き起る怒りが抑えきれずに溢れ出した結果だと言えた。


「……良いだろう。今世でも哀れな人生を歩むであろう貴様に対するせめてもの(はなむけ)として、私の仮面を外してやる」


「ありがとさん。お陰で俺は死ぬまで笑って居られそうだ」


「調子に乗るな、猿が。貴様らのような定命を持つ者が、私を嘲るなど傲慢も良いところだぞ。……時が経てど、やはり人は何も変わらんか」


 ルクスの諫めも聞かず、主人(ドミヌス)はその顔を覆っていた仮面を自ら外していた。


 そうして露わになるのは、何度も夢に見た姿と寸分たがわぬ、金髪金眼の精悍な顔つきをした男の姿。


 そして精霊であるユピテルとサトゥルヌスとも、瓜二つの顔立ちであった。


「久し振り……いや、メーラル王国でも会ってるよな。アンタ、どっち(・・・)だ?」


「人間らしく欲求と質問の多い奴だな、貴様は。だがそれについてまで答えてやる義理は無い。これだから身の程を(わきま)えられぬ愚か者は……」


 苦々しそうな表情を浮かべた主人(ドミヌス)は、しかしその表情をすぐに嘲りのそれへと変えていた。


「まあ、構いはしないさ。貴様にはその体も、命も、その全てを私の踏み台とさせて貰うのだ。屈辱を晴らす事も加えれば三重に意味を持つ貴様には(むし)ろ感謝したいくらいだよ」


「ああ、そう。で、何の用だった訳? まさか俺に馬鹿にされに来た訳じゃねえだろ?」


「……よく口が回る人間だ。しかし、貴様の言う通りそろそろ本題に入ろう。余り長くは人払いも出来ないからな」


 余裕を持った態度のまま、そう言って主人(ドミヌス)は俺を見下ろしていたのだった。





◆◇◆





 場所は変わり、タルクイニ市街の中心付近。


 そこに大きく店を構えるメルクリウス商店に隣接する、建物の中に無数の人影の姿があった。


 いや、正確に言うのなら彼らは“人”では無い。精霊である。


 だが見かけ上、人と何ら変化のない姿をして居る彼らの表情は、重苦しいものだった。


「……メルクリウスとウルカヌスの二柱(ふたはしら)はまだ見つからないのか、マルス?」


「うん。方々を探して貰っているけど、困った事に何も見つかってない。くそ、抜かったな……!」


「しかし、不思議だな。あの二柱が行方不明になるなど……アイツら、そう簡単にやられるような奴じゃないぞ」


 彼らは十人程度で卓を囲み、重苦しい雰囲気の中で話は進んでいく。


「冬から今の今まで音信不通なんだ、確実に何かが起こったのは間違いない。もう四カ月以上も姿を見せないとは」


「メーラル王国で散開した時に想定外の事態に遭遇したと見るのが自然だ。しかしそっちへ人を寄越しても痕跡は無いのだろう?」


「そうなんだよねぇ。もうお手上げって言うか」


「もしや、神饗(デウス)にやられたか?」


「だとするとリュウって奴もグルだった可能性も出て来るな。散々こっちを疑っておきながらまさかって線も……」


(らち)が明かないな。情報が少なすぎる」


 靈儿(アルヴ)の女性の姿をした精霊は、打つ手なしと言わんばかりに頭を抱えていた。他の者も似た様なもので、これまでの会議がそうであったように重苦しい沈黙に包まれつつあった。


「だがどうする? 今まで通りに情報を集めて居ては(きり)が無いぞ。いつ手掛かりが手に入るとも分からないのだ」


「そうは言っても、粗方取り得る手段は取ったんだぞ? まだ雪も解けてから時間はそれほど経っていないし、すぐに結果が出るとも……」


「あのリュウって奴も探す必要があるんじゃないか? 何か知ってるかもしれない」


 その提案がなされた途端、その場の誰もが仮面を着けた旅人の姿を思い浮かべる。


 装い自体は異国風である事以外、基本的には旅人と相違なかったが、実力は相当に高かった。並みの手練れでは相手にもならないだろう。


白儿(エトルスキ)でもある、なりかけ(・・・・)……確かに奴なら精霊とも渡り合えたところで不思議では無いね」


「だが、アレが神饗(デウス)と協力していたとは到底思えない。もしかすると知り得ない理由があるのかもしれないが、どうにも腑に落ちないと言うか」


「どーなんだろ。何にしろ、そのリュウと会って話を聞かない事には何とも言えないのは分かったね。問題はどう探すか、かな?」


 子供然とした姿をした男の子が、コップの酒を飲みながら年齢にそぐわない冷静な提案を述べる。


「まあ、それが妥当かな。と言うか、ユピテルとサトゥルヌスはどこ行ってんだ? こんな大事な時に所用云々などと……!」


「分からん。どっちも性格は違うが、何考えてるか理解出来んからな」


「ユピテルは頭空っぽ、サトゥルヌスは意図を読ませないからねえ」


 一時的にこの場に居ない同じ顔をした二柱(ふたはしら)の精霊を脳裏に浮かべ、誰もが苦笑する。


 その結果として少しだけ空気が緩み始めた時のことだった。


 不意に、扉をノックする音が室内に響き渡り、向こう側から声が掛けられる。


「お開けしてもよろしいでしょうか?」


「構いません、どうぞ」


「失礼します。実はお客様がお見えで」


「……客? 俺らにですか?」


 中年の男の報告に、好青年と言った風体の精霊は怪訝そうな顔をして訊き返していた。


 それもその筈で、そもそもメルクリウス商店の店主たるメルクリウスは、己が精霊である事を基本的に隠している。


 だから他の精霊とも密接な繋がりを持っている事を、一部の従業員を除いて誰にも知らせていないのだ。


 内部でも情報が厳しく統制されているのだから、外部ともなれば話を知る者は皆無と言って筈なのだが。


 それなのに、その精霊達に来客が来たとなれば、警戒をするのも無理からぬ事だった。


「どのような方で?」


「リュウと名乗っていました。仮面を着けていて、それと少年少女のお連れ様までいらっしゃっています」


 その内容に、精霊達は皆一様に顔を見合わせていた。


 ほんの一瞬だけ空気が硬直する気配を見せた後、思考を巡らせ終えたマルスが取次の男性へと答える。


「……噂をすれば何とやら。分かりました、通してください」


「宜しいのですか? 本当にメルクリウス様や貴方がたの正体を知って居るとも限りませんし、仮にそうだとして敵意があるかもとは……」


「問題ありません。実際に俺達は会った事があります。それに、丁度会いたいと思っていた所なので」


「は、承知しました。ではその様に」


 念を押す様に確認した男性は、それだけ言うと一礼して去って行く。静かに閉じられた扉から目を離したマルスは、腕を組みながら長い息を吐き出すのだった。


「一体どういう風の吹き回しだろうな……」


「最悪、無理矢理にでも拘束して話を聞くか?」


「止めとけミネルワ。幾ら多対一でも、この辺の建物が壊れかねない。いざメルクリウスが戻って来た時に怒られるのは俺達だぞ」


「……それもそうだな」


 そんな事態になったその後を想像してか、提案するだけして見たらしいミネルワは、引き攣った笑みを浮かべて何度も頷いていた。


「けど狙いは何かしらね? 襲撃?」


「だったら客人として訪ねては来ないんじゃねえの? (おら)だったら奇襲するね」


「何はともあれ、会えば分かる。ただ、各々身構えては置け。全ての可能性を否定する事は出来ないからな」


 マルスのその言葉に、誰もが真剣な顔をして頷き返していた。


 そして。


「失礼します、お客様をお連れしました」


「ああ、御苦労様」


 丁寧な態度で取次役の男性が入室したかと思えば、後に続いて仮面の人物――リュウとその連れが姿を現すのだった。


「冬ぶりだな、リュウ。連れの中に見ない顔も混じっているが……聞きたい事が山ほどあるんだ、まずは座ってくれ」


「久し振りですね、確かマルスさんでしたか? メーラル王国で会った以来ですが、御変わりない様子で何よりです」


「悠久の時を生きる精霊相手に面白い事を言ってくれるね。さて、まずは客人たる貴方に訊こう。今日は一体どのような御用向きで?」


 表面上友好的な表情と口調を保つように努めながら、マルスは話を切り出すのだった――。





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