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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第七章 サツイトマラズ
152/239

第二話 Never Let This Go③

◆◇◆





 今日もまた、少し活気を増した陽光がタルクイニの街を照らす。


 待ち望んだ春の訪れを祝う様に、市民の活動も活発になって行き、日に日に騒がしさを増していく。


 しかしそんな街の様子を眺めながらも、浮かない表情を浮かべる少年少女達の姿があった。


「ラウ……」


 緑髪の少女が、その名前を持つ人物の安否を憂い、それが周囲にも波及する。


 途方に暮れた様に誰もが溜息を吐き、行き交う人々の姿を眺め続け、一人の少年がやって来るのを今か今かと待っていた。


「おいお前ら、いつまでそこに居るんだ? この前いきなりやって来たと思ったら、ずっとその調子じゃねえか」


「……クィントゥス君」


 茶髪の少年が背後から彼らを気遣う様に声を掛けてやれば、少女――レメディアが(おもむろ)に振り返る。


 しかしその表情は浮かないもので、泣きそうにすら感じられるものだった。


「一人で勝手にこの街を飛び出したかと思えば、いきなり戻って来やがって。ガイウスさん達、お前を探しに出かけちまったんだぞ? お陰で入れ違いじゃねえか」


「うん、ごめんね」


「まあ無事ならそれで良いけど、何か訳わかんねえのも沢山引き連れて来やがったし」


 そう言いながらクィントゥスが見渡すのは、彼女の周囲に座って同じ様に道行く人を眺めて居る少年少女の姿だった。


「話はレメディアから聞いたけど、東帝国から追われてるんだって? しかも指名手配までされてるってのは、たまげたな」


「この中で指名手配されてんのはシグだけだし、後はここに居ないけどな。ラウを含めて」


「……で、そのラウはいつこの街に来るんだ?」


 余り話したくはなさそうなレメディアに代わり、スヴェンが答えてやれば、クィントゥスの口調はやや厳しいものに代わっていた。


「お前らが全員、ラウを残して逃げて来たってのは聞いた。だから教えてくれ、アイツはいつこの街に戻って来る? そう約束したんだろ?」


「……分からない。俺達も必死だったから」


「ふざけんな! アイツはなぁ……俺やレメディアの“家族”なんだよ! ラウ自身がどう思おうが、農奴として村で暮らしていた時は苦楽を共にして来たんだ! それを、それを……!」


 唐突に、スヴェンの胸倉が掴み上げられるが、彼は抵抗する事は無く黙っていた。慌ててレメディアがそれを制止しようとするのだが、意外にもそれを止めさせたのはスヴェン自身で。


「……済まないな、クィントゥス。俺が不甲斐ないばかりに、結局ラウを守ってやれなかった」


「謝ってんじゃねえよ。認めてんじゃねえよ! それじゃあラウが、まるでもう助からねえみたいじゃねえか!」


 振り上げられた拳が、スヴェンの頬を打つ。流石にこれ以上は黙って見て居られないと思ったレメディアが、今度こそ止めに入るがそれ以外の者は傍観を決め込んでいた。


「シャリクシュ君、手伝ってよ!」


「止める権利は俺には無い。(むし)ろ殴られるくらいしか、今の俺には出来ない。そこの茶髪の言う通り、ラウレウスを盾にした訳だからな」


 クィントゥスの怒りは、収まるどころか勢いを増していた。流石にレメディアやイシュタパリヤに殴り掛かる程に理性を失っては居なかったが、スヴェンとシャリクシュの両名には容赦しなかったのである。


 その騒がしさのせいで徐々に野次馬が集まりつつあったが、そんな事はお構いなしにクィントゥスは二人を殴り続けた。


「くそ……くそ! 何で、何でアイツばっかりこんな目に合わなくちゃいけないんだよ!?」


「……満足したか?」


「いや、まだだ。けど、お前らをこれ以上殴った所で(むな)し過ぎる。拳も痛くなって来たしな」


 右手をひらひらと振りながら乾いた笑みを浮かべたクィントゥスは、スヴェンとシャリクシュから視線を外していた。


 感情に任せて暴走してしまった事が、今になって決まり悪くなってきたのだろう。


「助けられるもんなら助けてやりてえさ。けど、俺は魔法なんて発現してねえし、ただの庸儿(フマナ)だから……なのに能力あるくせしてどうしてお前らは出来ねえんだ!?」


「クィントゥス君、そうは言っても限界が……!」


「そりゃ分かってる! それでも言わずにはいられねえんだよ! だって、ラウは……村を飛び出してからどんな思いをして来たか! 想像も出来ない事を体験して来ただろうし、なのにこれって……あんまりだろ!」


 俯きながら絞り出す様に発されたその呟きは、悲痛だった。レメディアを始めとして、それを聞いていた誰もが表情を歪めて視線を伏せてしまう。


 だからだろう、大通りを歩いていた一人の旅人が近付いて来る事に、気付く者はたった一人の少女だけだった。


「……あ、来た」


 イシュタパリヤの口から漏れたその小さな呟きに、誰もが弾かれる様に首を巡らせ、その方を見る。


 けれど、そこに居たのは待ち望んでいた少年では無くて。


 希望が潰えた事を明示するような、人物がいたのである。


「皆、無事で良かった」


「リュウ、さん……そんな!?」


 仮面を着けた彼は、右手を上げて声を掛けてくれる。けれど彼はたった一人で、おまけに左腕が無かった。


 その姿を認めた瞬間、天色の髪をした少女――シグルティアが崩れ落ちた。


「ラウは……慶司、は……駄目だった、の?」


「ごめん。あれだけ大口を叩いて置きながら、あの子だけは救えなかった。本当にごめん」


「う、嘘だろ!? 本当に駄目だったのかよ!? 撤退するついでにチャチャっと助ける事ぐらい朝飯前の筈だろ……!?」


 信じられないと言わんばかりにスヴェンがリュウを詰問するのだが、無情にも仮面の下から覗く紅い眼はそこから逸らされていた。


「……ごめん。僕には無理だった」


「待って下さい、じゃあラウ君は本当に捕まってたんですか!?」


「うん。僕が撤退をしている途中で見かけて、だから救出には勿論向かったさ。でも厳しかった。言い訳をする訳じゃあないけれど、手練れの数が多過ぎた。片腕が無い状況だと逆に僕がやられ兼ねなかったからね」


 認めたくない事実を確かめる様にレメディアが問えば、リュウは無情にもそれを肯定した。


 だが当然、それを聞いて誰もが黙って納得出来る訳が無くて。


「ラウが捕まった!? どういう事だ! 証拠は!?」


「君は……?」


「ラウやレメディアと同郷のモンだ! てかアンタ、グラヌム村でパピリウスとかをボコボコにしてた奴だろ! どうしてここでレメディア達と一緒に居る!?」


「質問が多いね……まぁ良いけれど、落ち着いて。順を追って話そう」


「……あ、ああ」


 クィントゥスから伸ばされた手がリュウの胸倉を掴み、そして引き寄せようとするのだがビクともしない。


 その事実に彼は驚きながらも手を放し、伴って沸騰しかけた思考が一気に沈静化したらしい。


 乱暴な態度は鳴りを潜め、しかし警戒するような無遠慮な視線は変わらず向けられていたのだった。








 閉じ切られた戸口。室内ではテーブルを囲う様に、八人が座っていた。


 その誰もが真剣な表情で一人の仮面の人物――リュウに視線を向けていて、彼が話し出すのを今か今かと待ち侘びているらしかった。


「さて、ここなら安心して話せそうだね」


「そうかい、そりゃあ良かったよ。けどアタシの家はそこまで広くないんだ。狭いのは我慢しとくれよ」


「分かっていますよ。家主にそんな失礼な事を言う訳ないじゃあないですか」


 老年女性――ロサ・ミヌキウスに対し、リュウはそう言ってにこやかに応じる。


 もっとも、顔の上半分を覆う仮面を取っていないせいで、表情が本当に友好的かどうかは分からないのだが。


 だからなのか、ロサはリュウの仮面を指差して臆するでもなく言っていた。


「ところでアンタ、いつまで仮面を着けているつもりだい? そんなんで家主は他人の信頼を得られるとでも?」


「手厳しいなあ。……まあ、元々僕についてや諸々の敬意を説明する上で不可欠な所だし、構わないけどね」


 苦笑を口元に浮かべるリュウは、そのまま何の躊躇もなく仮面を取る。


 すると露わになるのは、中性的で線の細い、女と見紛う程の整った容姿である。


 初めてその素顔を見たロサとクィントゥス、それにシャリクシュとイシュタパリヤは勿論、何度か見た筈のスヴェンらでさえも彼の素顔に見惚れていた。


「こりゃ驚いた。仮面と声のせいで男か女か分からなかったけど、随分な別嬪さんじゃないかい」


「誤解しているところ申し訳ないけれど、僕は男ですよ」


「またまた嘘を言っちゃいけねえよ。このご時世、女が旅をするのは何かと困るからねえ、男装してるのは結構居るんだよ?」


「いえ、そう言う訳では無く……」


 誤解である、と言おうとしたのだが、ロサは何も聞いてはいなかった。適当にリュウの反論を受け流しつつ席を立ったかと思えば、彼の背後に立ったのだ。


「頑固な女だねえ、アンタ。けど口では何とでも言えるんだよ。だったら実際に触っちまえば分かるってもんさ」


「え、ちょっと?」


「全く、見え透いた嘘なんか吐きやがって。アタシが何年生きて来たと思ってんだ? 舐められたもんだよ」


「わっ――!?」


 ロサの動作はその場の誰もが、リュウでさえも止める間が無かった。目にも留まらぬ速さという訳では無いのだが、極めて自然な動きで、ロサはその手をリュウの股間に伸ばしていたのである。


 その瞬間リュウの体が跳ね、同時に素っ頓狂な声が漏れていた。


「ほう……こりゃあ」


「あの、ロサさん? ……その手を退けてはくれないかな?」


「んー? ああ、失礼」


 ゴソゴソと一通りリュウの股間を(まさぐ)った彼女は、怒りの感情を抑え込んでいるらしい彼の言葉で(ようや)く手を引っ込める。


 リュウは少し決まり悪そうな様子で居る一方、感触を確かめる様にロサは己の手を見て、二度三度結んで開いてを繰り返していた。


 それを、スヴェンたちは固唾をのんで見守り、そしてロサに訊ねる。


「……それで、どうでした?」


「そうだねえ。この感触は間違いない」


 ごくり、と誰かが固唾を呑んだ。


 幾らリュウ自身が男と言い張っていたとは言え、実物は誰も見た事が無いのだ。あくまで伝聞でしかないから、本当の所は分からない。


 確かめようとしても下手な事をすれば、女に見られる事を異様に嫌うリュウの逆鱗に触れかねないのだから。


 リュウは男と言っているが、実は女だったりするのかもしれないと、スヴェン達は常々思っていたのである。


 何せ、女と見紛うどころか美人だ。女でない方が不自然だった。


「……アンタ、その見た目でまさか本当に男だったのかい。随分立派なモン持ってるね?」


「殺す」


「駄目ですリュウさん抑えて下さい」


 右手で剣を抜く素振りを見せたリュウを、横に座っていたスヴェンとレメディアが制止する。


 だが命の危険に晒されている筈のロサ本人は呑気なもので、呵々大笑しながら更に話を続けていた。


「その見た目で随分凶悪なモン持ってるじゃないか。通常でそれなの?」


「……スヴェン君、レメディア君、放してくれ。僕は早急(さっきゅう)にあの人を斬らないといけない。僕自身の名誉の為に」


「駄目ですって! ここで刀傷沙汰とか洒落になりませんから!」


「そうですよ! 私達、タルクイニ市に着いてからはここでお世話になってるんですから!」


 家主を斬ったとなればいよいよ冗談では済まされない。善意で泊めて貰っているのにそんな事をしたとあっては、詰み出されても文句は言えないのだから。


 とにかく、この場は何としてでもリュウを落ち着けさせなくてはいけなかった。


 そう思っていたのだが。


「隙ありッ!!」


「――おわっ!?」


 ロサの次なる標的となったシャリクシュが、リュウと同じ様に素っ頓狂な声を上げて椅子から跳び上がっていたのだった。


 そしてまたも手の感触を確かめた彼女は、楽しそうに笑って評価を下すのである。


剛儿(ドウェルグ)のアンタもいいモン持ってるじゃないか。これならそこの嬢ちゃんも満足させられるだろうよ!」


「撃ち殺す……!」


「ちょっとそこ何やってんのかな!?」


 怒りの感情も露わにライフルを取り出すシャリクシュに、レメディアが血相を変えて駆け付ける。


 どうにか発砲させないように押さえ込むが、ロサの発言を聞いていたイシュタパリヤが小首を傾げて言っていた。


「……リック、私を満足させるって、何のこと?」


「お前は気にしなくて良い! 何も訊かずに耳を塞いでろ!」


「おや、嬢ちゃん気になるのかい?」


「アンタは黙っとけ!」


 状況は混沌(カオス)を極めていた。


 原因はたった一人の老年女性――ロサ・ミヌキウスだが、その暴走を止められる者はこの場に誰一人としてなかったのである。


「スヴェンとか言ったかい? アンタも中々だね。話にゃ聞いてたけど、靈儿(アルヴ)ってのは本当に結構な……」


「おいいいいいいいいい何やってんだアンタは!?」


 結局、この場が沈静化するまでには更なる時間が必要となるのであった。





閑話休題。





「……大体の話は分かった。レメディアから命辛々逃げて来たって話は聞いてたけど、また随分苦労したみたいだな?」


「まあね。僕もこの有様だ。参っちゃうよね」


「片腕落とされたのに何でそんな軽い調子で居られるのか気になるが……それでアンタらこの後どうするつもりだ?」


 机に頬杖をつきながら訊ねるクィントゥスに対し、仮面を装着し直したリュウは右手を顎に当てて少し考える素振りを見せていた。


 その間無言であったために、徐々に無視されたのかと思い始めたクィントゥスが声を荒げようとして、止める。


 考え込むリュウの様子が、真剣そのものであったことを、直前になって察したからだ。


「……実は、僕らは思ったよりも悪い状況にあるかもしれない」


「思ったよりも何も、悪いだろ。アンタは片腕を無くし、ラウは捕まって残りも御尋ね者。俺に言わせればこれ以上の最悪は無いがするけど?」


「いいや、状況はもっと最悪だ。多数の精霊まで敵に回っているんだからね」


 瞑目しながら告げられたリュウの言葉に、事の重大さを察して動きを止めたのは、スヴェンを始めとした旅の者達だけであった。


 ただしそれは、メーラル王国での一件を知らないシャリクシュとイシュタパリヤは含まない。


「リュウさんよ、それはマジか? その精霊達って、つまり……」


「ああ、冗談の類じゃあない。実際に僕はメルクリウスとウルカヌスを相手に戦う事になった。それも、この間の撤退戦でね」


「おいおい、じゃあメーラル王国であれだけ味方面してた精霊達が全員敵に回った訳ですか?」


 堪ったものではない、とスヴェンが椅子の背凭(せもた)れに背中を預け、天井を仰ぐ。


 レメディアとシグルティアの反応もそれと似たもので、顔を青くするか或いは頭を抱えていた。


 だが、元々が事情を知らないロサやクィントゥスからすれば首をかしげるのは当然なもので、だからこそ怪訝そうな顔をする。


「あの、精霊ってのは? ってか、メルクリウスってそこの店の関係者か何かなの?」


「……他言無用で頼むけれど、そうだよ。このタルクイニ市に拠点を置いている精霊の一柱だ。ついでに言うと、他の精霊達を繋げている存在ともいえる」


「精霊……あの店、精霊なんて居たのかよ。まあ歴史ある古いところらしいけど」


 メルクリウス商店。このタルクイニ市を中心に手広く商売を広げていて、各所に支店を立てている大店である。


 その名は、まだタルクイニ市に住んで一年も経っていないクィントゥスでさえもよく知っていた。


 ()してや、何十年とこの都市に暮らしているらしいロサからすれば尚更であった。


「つまり、アタシの認識が間違って居なければ、お宅らはメルクリウス商店すらも敵に回したかもしれないと?」


「まあ、そう言う事になるね。正直、店そのものというより、店主メルクリウスと繋がりのある精霊達の方が余程厄介なのだけれど」


 困ったものだよ、とリュウは溜息を吐きながら腕を組もうとして、片腕が無い事で腿の上に手を落としていた。


「僕の腕についてはどうにかなるから良いとして、敵になったのを寝返らせるのも骨は折れるし、かと言って普通に相手するのも厳しいんだよね……」


「ならどうする? 言っておくがアタシにゃアンタらをここに泊めさせるくらいしか出来ないよ。幸か不幸か息子のガイウスは家出したレメディアを探しに行って入れ違いになったからね。部屋は余ってるんだ」


 少し咎めるような視線が一瞬だけロサからレメディアへ注がれ、彼女は気まずそうに俯いていた。ついでに言うとクィントゥスからも同様の視線が注がれ、彼女は更に小さくなっている。


 だがそれはレメディア自身の自業自得なので、スヴェンもシグルティアも余計な弁護は一切せず、黙って会話を聞いていた。


「特に狙った訳では無かったけれど、偶然にも僕らは元々タルクイニ市には用事があったんだ。まあ、ついでの用事が増えたと思えば悪くないのかもしれないね」


「……つまり行くのかい?」


「彼ら全員が敵か、味方か。実際に確かめない事には分からないから。けどまずは、先に元々の用事を済ませてからの方が、確実かもしれない」


 そう言ってから、不意にリュウは立ち上がる。話している内に居てもたってもいられなくなったのだろう。


 このまま放っておけば、礼もそこそこに退出してしまいそうな彼の背中に、ロサが声を掛けた。


「待ちな。どこ行くってんだい?」


「タルクイニ市近隣の森にある、遺跡まで。最近、大規模な戦闘があって見つかったって聞いていたからね。まず、そこの封印の痕跡から解析しなくちゃあいけない」


 場所を教えてくれないかと訊ねるリュウに対し、ロサはすぐには答えてやらずに、はぐらかす様に言う。


「ついさっき、この街に着いたばかりなのに、元気な奴だねえ。けど、片腕で行くってのか? あの辺は一応妖魎(モンストラ)も出るんだよ?」


「問題ない。僕はその程度でやられはしないさ」


「まあまあ、アンタ若いくせにそんな急くな。アンタの連れはまだまだ話したい事があるみたいだよ? それを聞いてからでも遅くは無いだろ?」


 彼女の言葉につられてリュウは、(ようや)く自分の旅仲間である少年少女たちに視線を向ける。


 正直なところ、手短に伝えて欲しいと思っていたが、特にシグルティアの表情を見るにそうも言える空気では無かった。


 自分が居ない間にまた別の局面で事態が動いた事を察しながら、リュウは仕方なく元の席に戻る。


 そして真っ直ぐにシグルティアを見据えて言うのだ。


「……それで、後回しにも出来ないって言うくらいの話なんだろう? 手短にとまでは言わないから、必要な事を必要なだけ伝えて欲しい」


「ああ……それなんだが、どうやら私は前世の記憶と人格が蘇ったらしい。リュウさんにも、休憩を兼ねて聞いて欲しいと思ったんだ」


 少し躊躇いがちに少女の口から発せられた言葉に、リュウは目を眇める。


 その一方で全く事情を知らないロサとクィントゥスについては、又もや完全に話から置いて行かれていたが、話の腰を折って質問をする様な真似はしなかった。


 下手にここで邪魔をするのはスムーズに話を進める上でも困ると察したのだ。話を聞くにしても、全て話し終えてからでも遅くはないと、判断しての事だろう。


 彼らのその考えに内心で感謝しつつ、リュウはシグルティアに話の続きを促していたのだった。


「なるほど……後回しにしたら確かに話す時間が無くなって居そうな案件だね。分かった、じっくり聞こう。無理のない範囲で、君の話せる範囲でね」





◆◇◆





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