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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第七章 サツイトマラズ
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第一話 MEMENTO⑤




 雨はまだまだ、降り続ける。


 髪を紅く染めていた筈の染料はもう、とうに全て落ちてしまった事だろう。鏡も何も無いので確かめるすべはないけれど、頭から赤く濁った水滴が垂れてこないのだから間違いないと見て良い筈である。


 一方で足の泥濘(ぬかるみ)は更にその酷さを増し、あちこちに小さな川や水たまりが出来ていた。


 だがその影響を受けるのは基本的に自分だけで、カドモスもダウィドもその事を特に気にしている気配は見られない。


 それもその筈で、彼らは片や雷化して半ば浮遊し、片や魔法を行使するだけでその場から動かないのだから。


「しぶとい……本当にしぶとい! いつまで抵抗するつもりだ!?」


「死ぬまで抗うに決まってんだろ! 普通に生きようってしてるだけなのに、どうして他人にそれを邪魔されなくちゃいけないんだよ!?」


 カドモスとダウィドの連携攻撃は、幾らか手加減されているとは言え驚異的な威力と、密度を持っていた。


 とても十四歳の子供を相手にしているとは思えない攻撃に、こちらは防戦回避一方となるのも仕方ない事だろう。


 反撃しようにも一層隙が生じる事は無くて、あれよあれよと言う間に押し込まれてしまう。前後から挟まれないように常時後退し続けるが、徐々にしか出来ない後退では逃げ切れる訳が無かった。


 逃走は何度も図ろうとしたけれど、その度に邪魔をされ、無理に逃げようとすれば背を向けた一瞬で制圧されてしまいかねない。状況は苦しくなるだけだった。


「君の体はもうそろそろ限界の筈だ! 体力も、魔力も! 幾ら規格外とは言え消耗していない訳が無い!」


「そんなモン、見方次第でどうとでも言える! 勝手に決めんな!」


 分厚く生成した魔力盾を、カドモスの拳が叩く。一度では無く、二度、三度と叩く。


 間を置かずに盾は破られるが、その頃には退避して直撃を免れれば、そこを衝くようにダウィドによる追撃が行われる。


 すぐにまた地面を蹴って躱すが、今度はカドモスが先回りしていたのだった。


「なら質問を変えよう、何故そこまでして粘る!? 一体何が君をそこまで奮起させるというのだ!?」


「決めたからだ! ……守るって! だから絶対に死なせない! ここから先にゃ行かせねえって言ってるだろが!」


「……仲間を守ると?」


 生成した魔力盾を、またもカドモスの拳が叩く。けれど先程よりも分厚くしたそれは三発と殴られた所で破られる事は無く、電流すら通さない。


 この場で何度となく行使した事で、魔力の操作に慣れたのだろう。自分でも驚く程、この体は適応能力が高いらしい。


 もっとも、そんな事に感心している暇など欠片も無かったのだが。


「ああそうだよ! 青臭くて悪いか!? けど俺は決めた、もう死なせねえ! 守るんだ、俺が……!」


「それはシグルティア姫殿下も含めて?」


「だったら何だ!? アイツも仲間だ! ……それに、アイツは!」


「………なるほど。姫様も良い仲間と出会ったものだな。ここまで捨て身で動いてくれる者が居るとは」


 雨と攻撃の音に掻き消され、カドモスの呟きが離れた場所に居るダウィドに聞こえる事は無いだろう。そもそも、今も尚嬉々として後方で魔法を行使し続けている彼が、会話の内容に耳を傾けるとも思えないが。


「ってかおっさん、シグと知り合いかよ? そのくせして俺達の追手をやるとか、面の皮厚いな?」


「全く以ってその通りだ、返す言葉も無い。心苦しいが任務なのでな。しかし、君自身がこうして足止めをしているお陰で、姫殿下達は残念な事に捕らえられそうにもない」


「……少し嬉しそうだな?」


「そう見えるかね? 何はともあれ、君が守ろうとしている者は守られたと見て良いだろう。なのに何故、今もこうして抗う? 目的は果たせた筈だ」


 納得が行かないという様に、カドモスは問う。当然ながらその間も攻撃の手が緩む事は無いけれど、ここで(ようや)白弾(テルム)による反撃を試みる。


 当たるとは思えないが、牽制としてはそれなりの効果を示してくれると思った通り、僅かに攻撃の手が緩まるのだった。


「アンタがそう言うのなら、確かに俺の第一の目的は果たせたかもしれねえな。けど、それが本当の可能性も無いし、今の俺にはその次の目標がある」


「次の目標?」


「全員を守り切って、逃がして、俺も合流する事だ。別に絶対って訳じゃないけど、人間は欲深い。一つ達成したらもう一つって思うだろ?」


 口ではこう言ったが正直な所、その欲求自体も今やそこまで執着がない。


 恐らく彼の言う通り、ここで十二分に足止めとして釘付けにしたし、時間も稼いだ。役目は果たしたという指摘は間違っていないだろう。


 だから尚も抵抗する理由として先程挙げた事は、半ば嘘と言っても良かった。


 何はともあれ、満足感が俺の心を満たしつつあったのだ。


「欲深い……訳でも無いな。それどころか当然の主張だろう。何度も言うが、これは私としても自分勝手な捕縛作戦だと思っている。君の主張の方が余程正当だ」


「だったら何度も言うけど、俺を見逃してくれないかねぇ?」


「生憎、背後に監視役も居るのだ。彼の口を塞いでも良いが、その場合でも私の立場が不利になりかねない」


「あ、そ。別に期待もしてないけど」


 心がどういう訳か軽い。いや、どういう訳も何も、理由は分かっている。ここで、この場で、この時に、(ようや)く己の宿願を果たす事が出来たのだから。


 後悔を、無念を、晴らして贖罪する事が出来た気がするから。


 だから心が軽いのだろう。





『嫌だよ慶司(ラウ)! 私は……』





 ふと脳裏を過る少女の声、顔。


 心残りが無いと言うのは確かに嘘である。訊きたい事、確かめたい事は無い訳では無い。でも、今はそこまで気にならなかった。


 今度こそ、生かす事が出来たから。自分はこの時の為に記憶を持ったまま生まれ変わったのかもしれないと、思えたから。


「……君は、どうしてこんな状況だと言うのにそんな穏やかでいられる!?」


「穏やか? おっさん、目ん玉ついてんの? こんな所で穏やかになんざしてらんねえっての!」


「違う! 君からは殺気も感じられない! 負の感情が何一つとして感じられないんだ!」


「気のせいだろ。現今も俺はこうして抵抗してる訳だし」


 迫って来る、木の根。切っても吹き飛ばしても、ダウィドが魔法で成長再生させて襲ってくる。それでも諦めずに抗い、カドモスとも雷を極力避けながら組み合う。


「はぐらかすのは止めて貰おう。私は君みたいな敵の将兵を何度も見て来た! その状況は、決まって勝利した東帝国側が敵に追撃を掛ける時に限られて、だ!」


「だから何だよ? 殿を務めるんだ、それくらい当然だろ? ってか、その状況なら尚更兵士は殺気立つと思うんだけど?」


「違う! 今の君の表情は抵抗している兵士の顔ではない! 今まさに絶命しようとしている兵士の顔だ! まだ致命傷を負った訳でも無いと言うのに、何故そんな顔が出来る!?」


 撃ち出した幾つもの白弾(テルム)を、カドモスは隙間を縫うようにして躱し、肉薄してくる。それを何度もやっている様に盾で防ぐが、その盾は彼の一撃すら満足に防げず砕け散って消滅した。


 まだまだ余裕はあると思っていたが、体力的にも、魔力的にも、限界が近付きつつあるらしい。


 だと言うのに、それに気付いたであろうカドモスが見せる表情は、どこか辛そうであった。


「何だおっさん、今更本気で俺に同情したのかよ!?」


「……かもな」


 盾を突き破った拳が開き、その手がゆっくりと伸ばされる。


 実際の所、その動きは一瞬だったのだろうけれど、迫って来るその手の動きは何故か酷く遅く見えて、俺の首へと向かって来る。


 それに反応しようにも、自分の体はそれ以上に反応も動きも遅くて、鉛のように重くて、思うように動いてくれない。


 だからほぼ棒立ち状態のまま、みすみす彼に首を掴まれていたのだった。


「少なくとも君の表情(それ)は、その歳の少年が浮かべるものとしては似付かわしくない」


「誰のせいだと思ってんだ?」


「……悪いな。恨んでくれ」


 電撃。


 一瞬で全身を(いかづち)が駆け巡り、体が硬直する。直後には視界が明滅し、そして暗転していた。


 僅かに残っていた平衡感覚が、触覚が、泥濘に膝をついて俯せに倒れていくことを教えてくれたが、受け身を取ろうにも体が動いてくれない。


「れい、な……」


 最後に脳裏を過ったのは、たった一人の少女の事だけだった。





◆◇◆





「……こんなことをする為に、私は将軍(ストラテゴス)になった訳では無いのだがな」


「それは俺も一緒だ。こんなガキが、白儿(エトルスキ)の分際で、一瞬でも焦らせやがって……!」


「おいダウィド、止めろ」


 俯せになって倒れている白髪の少年を見下ろしながら呟けば、それに同意を示すもう一人の男が、少年を足蹴にする。


 それを咎めればダウィドと呼ばれた男は不機嫌そうな視線をカドモスに向けるが、彼はそれを相手にする事は無かった。


「私がこのくらいの歳の時は、何をして居たか」


「おいカドモス、無視してんじゃねえ!」


「黙れ。下手に暴行して余計な怪我を負わせる意味はない筈だ。それとも何だ、皇太子殿下の意向に反して(あや)めるつもりか?」


 力無く、だらりとしている少年を抱き上げながら、カドモスはダウィドを睨み付ける。カドモス自身の衣服や鎧に幾らかの泥が付いたが、構う素振りは見せない。雨も降っているのだから、いずれ大半が洗い流されると考えたのだろう。


 皇太子であるマルコスの命令を引き合いに出して同僚を黙らせたカドモスは、改めて白儿(ラウレウス)の少年――ラウレウスをまじまじと観察する。


 髪はこの雨の影響でその染料と汚れがほぼ落ち切って純白な白を晒し、肌もまたそれと同様だった。


「おいカドモス、何をするってんだ?」


「顔や腕に付いた泥を落とすだけだ。殿下の前に引き出すにしろ、余り見苦しくても悪いだろう?」


 実際の所、理由はそれだけでは無い。このままにしておくのがどうにも捨て置けなくて、贖罪の気持ちでも働いて、思わずそうしていたのだ。


「そんなの、兵士共にやらせれば良いだろうに……」


「どこかの誰かが下手に敵味方なく攻撃したせいで、すぐには駆け付けて()んだろう。誰とは言わんがな」


「……テメエ、俺に喧嘩売ってんのか?」


「自分でやった事だろうが。喧嘩を売ったのは自分自身だぞ」


 気絶した少年の体にべっとりと付着していた泥は、碌に擦らなくても、激しく振り続ける雨が洗い流してくれる。


 瞳を閉じたその顔にはやはり辛そうな表情は何も浮かんでおらず、やはり任務を達成した死兵のようであった。


 そんな表情が、そんな表情を浮かべさせてしまった自分という存在が、カドモスの神経を逆撫でする。もっと何か出来なかったのか、言ってやれなかったのかと思っても後の祭り。


 残るはこの少年を運び、皇太子の前に引き出すだけなのだから。


「結局、このガキ以外は取り逃がしたか……」


「この少年が相当粘った上にこの雨だ。足取りは掴めないだろうな」


 苦々しそうにダウィドは呟くが、カドモスとしては内心安心していた。ここまで少年が抗ったというに、ここで彼の仲間も皆捕まったとあっては、報われないにも程がある。


 立場上表立って言う事は出来ないが、彼は少年が守るとした者が、願いが成就する事を期待せずには居られなかったのだ。


「バルカ、テメエのせいで他の奴等を逃したじゃねえか!」


「私に言われても知らない。到着した段階でこの少年しか居なかったのだからな。その辺を現場指揮では無く、増援部隊を率いていた私に責任追及するのはお門違いだろう?」


「……ッ!」


 任務が思ったようにいかなかった事が不満なのだろう。カドモスの責任を追及するダウィドだったが、呆気なく反論されて押し黙っていた。


 そうこうしている間に戦闘が終わった事を知った兵士達が周囲の警戒及び捜索から帰還し始め、続々と集まる。


 だがやはり彼らの報告からは他の指名手配犯の姿を捉える(あた)わなかったらしく、ダウィドが兵士達に怒鳴り散らしていた。


 何にしろ、見つからない以上は仕方ないので、全隊を揃えて皇太子マルコスの許へ合流しようとした、その時。





「やあ君達、久し振りだね?」





 今だ止まない雨の中、気付けばカドモスとダウィドの前に立っていた、仮面の人物が一人。


 どこかで一戦して来たのだろう。纏う衣服は泥と雨で汚れ、所々が破れていた。


「……リュウ!」


「確か、東帝国最強の一角であるカドモス・バルカ・アナスタシオス君だったかな? 出来れば君が大事そうに抱えている、その男の子を僕に渡してくれると有り難いのだけれど」


 仮面の彼――リュウは、抜身の紅い剣を右手に持ち、カドモス以下全員を睨み付けていた。


 精々が並よりもやや高い程度の実力しか持たない兵士からすれば、それだけも相当な威圧感と得体の知れなさを与え、後退(あとずさ)らせる。


「テメエ、リュウだな!? ビュザンティオンで俺に僅かでも切傷を負わせた対価、ここで払って貰う!」


「君はフラウィオス・ニケフォラス……ダウィド君だったか。あの後シグ君から話は聞いていたよ。って言うか君達、無駄に名前長いよね。忘れそうになっちゃうよ」


「はぁ!?」


「…………」


 挑発する様にリュウが言えば、それにダウィドが空かさず反応していたが、対照的にカドモスは冷静だった。


 それと言うのも、リュウは最初の足止め役として東帝国勢と戦っていた筈で、量と質的にもそれらを殲滅したとは考えにくい。


 (むし)ろ、彼は足止め役を諦めて撤退して来て、その途中でここに寄っていると考えるのが自然だった。


 だとすればそんな彼の消耗は少なくは無いだろうし、事実リュウからは左腕に相当する部分の膨らみが見当たらない。


 外套でそれなり上手く誤魔化している様だが、よく観察すれば気付けないものでも無かった。


「叩き潰してやる……今度こそテメエを!」


「掛っておいで。君じゃあ僕には勝てないって教えてあげるよ」


 だからこそ彼は、こうして挑発し敵の隙を衝こうとしているのだろう。片腕が無い以上、彼も戦闘力の低下は免れない筈であるのだから。


 だが一方のカドモス側も、消耗していない訳では無い。


 ラウレウスを殺さない程度に行動不能にしなくてはいけない為、その手加減に苦労させられたのだ。なまじ、ラウレウスの実力が半端に高いとなれば尚更である。


「……ダウィド、落ち着け」


「これが落ち着いて居られるか! 邪魔するんじゃねえ!」


「奴の狙いはこの白儿(エトルスキ)だ。迂闊に動いて奪われれば、殿下からも叱責を受けるのは間違い無いぞ。ここは守り気味に戦うべきだ」


 今すぐ力尽きるというほどではないが、リュウを相手にするとなればやや厳しいものがある。


 何故ならリュウは、ビュザンティオンで交戦した際にカドモスとダウィドを相手に一歩も引かないどころか、余裕すら持って戦い、離脱して言った程の実力者だ。


 おいそれと気軽に戦えるような相手ではない。個々人の技量で見れば、カドモスやダウィドでも勝てるか怪しいほどの化け物なのだから。


「何で守り気味に戦わなくちゃいけねえんだ!?」


「それが任務だからだ。それに引き気味に戦って居れば、皇太子殿下の率いる隊もその内追い付く。加勢があった方がより確実になるだろ?」


 そう言ってやるのだが、ダウィドはそこまで納得できないらしい。まだまだ不満気な視線をカドモスに向けていた。


 しかし、それでもリュウに対して突撃を掛けようとしない辺り、多少の理性は残っているらしい。


「……テメエが前に出ねえと、すぐに接近されちまうだろうが。早く前に出やがれ」


「それは出来ない。この少年を他の兵士に預ける様な真似をすれば、リュウはすぐにそこを攻撃して奪いに来る。私とお前で守った方が確実だ」


 意地でもカドモスが動かないとなれば、接近戦に弱いダウィドは攻撃を仕掛ける訳にも行かない。恨みがましい視線を尚も向け続けながら、ダウィドは大きな舌打ちを一度していたのだった。


 しかしこのカドモスの判断は、奏功する。


「参ったな。まさか動いてくれないとは」


「当たり前だ。貴様相手に迂闊な動きをする訳が無いだろう。それに、そっちは片腕も無い筈だ。守って居れば撤退するしかあるまい?」


「……気付かれていたんだね。良い判断だ。けどその手を使うって事は、君達も僕を攻撃する余裕がない……つまり消耗しているって訳だよね?」


「だから何だ? それを知った所で、片腕もない今のお前に白儿(エトルスキ)を奪い返せる訳でも無い筈だ」


 すると、リュウは困った様に剣を持ったままの手で頭を掻く。踏み込んで来る気配も無ければ、魔法を行使する気配も無いのだ。


「どうした? 打つ手なしか?」


「……悔しいけど、そうだね。消耗した君達だけなら無理すればどうにかなったかもしれない。でも、流石に四対一は厳しいや」


 泥濘を踏み締める音がしたと思えば、リュウの背後に現れたのは二人の男。


 片や狼人族(リュカンスロプス)化儿(アニマリア)で、もう一人は庸儿(フマナ)である。


「また会ったな、リュウ!」


「私の腕を斬り落としたように、貴様もまた腕を失うとは、また因果な事だな?」


「エクバソス君に、ペイラス君。この前ぶりじゃあないか。空間魔法で転移して来たのかい?」


 どちらも好戦的な色を含んだ様子で居るが、リュウは特に振り返る事もせず、そう言っていた。


「私の腕を斬り落としたところで、魔法が使えるのは変わらないのは当然だろう? ……ルクス様からは運良く逃げ切れたかもしれないが、貴様も逃がさん!」


「酷いなあ。僕にはまだやらなくちゃいけない事があるっているのに、またこうして邪魔されるのは嫌いだよ」


 リュウの、仮面の下から覗く眼がカドモスを――正確にはその手に抱かれたラウレウスを捕らえて離さない。


 ラウレウス自身も彼の事を仲間とは言っていたが、やはり簡単に見捨てない程度には親密な距離感なのだろう。


「リュウ、貴様がこの少年に戦い方を教えたのか? 随分と手古摺らせられたが」


「その通りだ。流石に君達二人相手は荷が勝ち過ぎたみたいだけど……その子は返して貰うよ。僕の弟子であり、仲間でもあるのだから」


「断る。それよりも、自分の心配をしたらどうだ?」


 カドモスとリュウ。両者の殺気が衝突した瞬間、場が動く。


 カドモス以外の三人が一斉に攻撃態勢に入ったのである。今度こそこの場で、彼を仕留める為に。


 だが、幾ら手負いとは言えリュウの反応も()るもので、魔弾(テルム)による反撃と牽制、剣捌きによって全ての攻撃を凌いでいたのだった。


 それを見て、憎々し気にダウィドが呟く。


「化け物が……!」


「この程度で僕もやられる訳にも行かないのさ。けど、これ以上の戦闘継続は不可能……だね。無念だけれど、撤退させて貰うよ」


「逃がすか!」


 剣はそのままに、背を向けて森の中へと消えて行こうとするリュウを、ダウィドが植物魔法で追撃を掻けるのだが、しかしそれは呆気なく振り払われ、突破されてしまう。


 神饗(デウス)の構成員であるペイラスも空間魔法を使っての追撃を図っていたが、命中しなかったようで不愉快そうに舌打ちをしていた。


「貴様……必ず、主人(ドミヌス)様の為にも必ず仕留めて見せる! 覚えて置け!」


「覚えて置けって言いたいは、僕の方かな。その子は、ラウ君は絶対に奪い返す。精々覚悟していなよ?」


 立ち去り際、最後に振り返ってリュウはそう言っていた。


 距離は相当に離れていた筈だし、雨も降り続けていた筈なのだが、だと言うのにリュウから発された声は怒鳴っている訳でも無いのによく聞こえた。


 同時に、(おぞ)ましさすら感じさせる。


 恐らく、いや確実に、その時のリュウは負の感情を持って居る様だった。


 なまじそれは口調だけは変わっていないから、尚更強調されていて、彼の本気の度合いが分かると言うものである。


「……奴め、強がりを!」


「だと良いんだがな」


 リュウが見えなくなった方角を見て息巻くダウィドを流し目で見ながら、カドモスはそう呟いていた。







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