第一話 MEMENTO③
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土砂降りの雨の中、バリと耳障りな音が耳朶を打つ。
だが幾ら目を凝らし、必死に周囲を見回して音の発生源を追っても、追い切れない。
尾を引くように一瞬だけ残る、電流の軌跡を辿るだけが精一杯で、この目で本体を捉える事が出来ないのだ。
そしてそれがどれだけ致命的な事か、説明するまでもなかった。
「君のような少年相手に、ここまでしなくてはならないとは……虐めている様で余り気分の良いものでは無いな」
「おっさん、アンタ俺を煽ってんのか?」
「いいや、素直な称賛と心苦しさがあるだけだ。少なくとも君を貶すつもりはないさ」
「……ああそうかよッ!」
漸くカドモスの動きが止まった瞬間を衝いて、俺は白弾を撃つ。しかしその時にはまた彼の姿は掻き消え、空しく木々を薙ぎ倒して泥を撥ね上げるだけに終わっていた。
それと殆ど時を同じくして、すぐそばで聞こえた電気の音。この意味するところを察して、咄嗟に魔力盾を展開し、カドモスによる拳の一撃を受け止める。
だが、彼の一撃は纏う電力もまた相当なものだったのだろう。間を置かずに破られていた。
「……このっ!?」
まさかここまで呆気なく突破されるとは思っても居なかっただけに回避が間に合う筈もなく、慌てて交差させた腕で防ぐ。
勿論、感電しない様に身体強化術の他に体表面に魔力を纏って、である。これで雷撃を受けたところで耐えられると踏んでいた、のだけれど。
カドモスの纏う雷は、先程までとは比べ物にならない程の威力で以って、纏っていた魔力を貫通していた。
「……その程度の薄さで、密度で、練度で、私の雷撃を防げると思うなよ」
「おいおい……冗談じゃねえぞ」
戦闘不能になる事は免れたが、魔力による守りすら突き破って感電したという事実に、顔が引き攣る。
今でも恐らくカドモスは白儿である俺を生け捕りにする為に、威力を押さえている筈だ。その上で魔力による絶縁を図ったと言うのに、それすら貫通して電撃されるなど悪夢以外の何物でも無かった。
もう、真面に戦ってなど居られない。勝てる訳が無かったのである。
そうなれば、残された手は一つしかない。
「これ以上は……!」
「逃がさないと何度も言った筈だ。大人しく投降しろともな。……もう実力差は十分に理解出来ただろう?」
攻撃する振りをして、白弾をぬかるんだ地面に叩き付ける。これまで何度となく採用した、緊急時の逃げ方であり、目晦ましの作り方であった。
しかし、それすらもすり抜けてカドモスは恐ろしいほど正確に追跡してくる。
「君の戦い方は確かにリュウと似ている。共に旅をする中で彼に師事していると考えれば当然だがね。まあそれはさて置き、君はまだまだ練熟には程遠い実力でしかない」
「だったら何だってんだ!?」
「要は、君は幾らリュウの真似事をしたところで、彼はともかく君が逃げ切れる道理はないと言う事だ」
その言葉を裏付ける様にあっという間に先回りされ、逃げ道を塞ぐように攻撃を仕掛けて来るカドモス。
それに対してつい少し前にもしたように、金属器である短剣を投擲して攻撃の軌道を変えようと試みるのだが。
軌道は変わることなく、攻撃は真っ直ぐにこちらへと向かって来ていたのだった。
「……やっぱりかよ!」
「先程もそうだったが、君が雷魔法の特性を知っているとは意外だったね。しかし当然、私としてもこう言った手段を取られる事を考えていない訳では無いんだ」
予めこうなる事は考えて何重にも魔力盾を展開しておいたから良かったものの、油断して居たら今の一撃で戦闘不能になっていただろう。
おまけに現状、威力を減衰させた雷撃だけでも、未だに痺れが取れていないのだ。詰み一歩手前と言っても差し支えない程である。
気は一切抜けない。体力や魔力の配分など気にしている余裕も無い。一挙手一投足に至るまで全力で行かなければ、確実にやられる。仮に全力で最高の実力を発揮出来たとしても、逃げ切れる可能性は極めて低い。
それでも賭けたかった。
今度こそ全員を逃がす為に時間を稼いで、守り切って、そしてまた会いたい。
会わなければならないのだ、シグに。
彼女とは、もっと話さなくてはいけない事が沢山あるから。確かめなくてはいけない事が沢山あるから。
だから。
「俺は……!」
「良い気合だ。状況次第では格上すら倒し得る……だからこそ、何度も言うが惜しい」
まだまだ、魔力量には余裕がある。
いつもは、いやそもそも白魔法自体がこんな状況になった原因だけれど、この時ばかりは膨大な魔力量を特性として持っている事は有難かった。
だから実力差を、この力を数で押し潰す様に、とにかくやたらと白弾を撃ちまくり、幾つも盾を展開させる。
「数で誤魔化しに来たか……悪くない手だ」
「うるせえ! 何から何まで上から目線で、一々謝罪やら決まり悪そうな顔しやがって! お前みたいな傲慢な奴が、俺は嫌いなんだよ!」
何となく、彼と対峙した時から思っていた事だった。
最初から勝ったつもりでいて、何かを諦めた顔をしていて、仕方ないを言い訳にして攻撃を仕掛けて来る。
これだけの実力があるなら、自分一人で生き抜くことだってできるだろうに。上の命令だから、周りに迷惑が掛かるから。
そんな理由を並べ立てて、言動と行動がちぐはぐな彼の事がどうしてもいけ好かない。
「従わなくちゃいけない理由ばかり並べ立てやがって、許せとか何言ってんだ!? アンタが何を言おうとも、俺が許す訳も無いってのに、誰に向かって弁明してんだよ!?」
「…………!」
「はっきりしない態度を取る事で、自分は悪くないとか自分勝手な事でも言うつもりかよ!? 任務だ何だとか言うなら無言でやればいいだろ! ここで上の指示に従ってる時点で、アンタに文句を言う資格はねえんだ!」
ふと、一瞬だけカドモスの動きが鈍った。
そこへ殺到する無数の白弾は、雷化している彼の体を捉え、爆発する。
魔法の能力で体が実体を持たない雷へと変化していたとしても、基本あらゆる魔法属性に抵抗力を持つ白魔法は、お構いなしにダメージを与えられるのだ。
そしてどれ程に速度が速かったとしても、一度足が止まってしまえば後はそこに白弾が次々と直撃するのである。
もっとも、あれだけ隔絶した実力を持つような男であるから、これだけやっても倒せる確証はなかった。
精々、僅かでも逃走を図る時間と隙が生まれたくらいに思う程度だ。
だから素早く脚部へ強力な身体強化術を施して、子の場からの一秒でも早い離脱を図ろうとしたのだが。
「悪いが少年……いやラウレウスよ、時間切れだ!」
「時間? 何が……っ!?」
案の定碌な怪我も負っていないカドモスが、俺を追う訳でも無く立ったまま叫んだ、その時だった。
周囲の木々に、異変が起こる。
物によっては人の胴体ほどの大きさを持つそれら木々が、まるで意思を持つように、そして蔦の様に、グニャリと動き出したのだ。
それも退路を塞ぐように、である。
「どうなってんだ!?」
このままでは周囲をぐるりと木の壁で囲われてしまう。だから白弾でそれを破壊しようとするのだが、異常な強固さが破壊される事を頑なに拒んでいた
そうこうしている内にも木々は絡み合い、強固さと大きさを増していく。
「ダウィドだ。……奴が到着したと言う事は、後続の援軍も到着したのだろうな」
「援軍!? 時間切れってそう言う事かよ!?」
「まあ、そうだ。大人しく投降して置けばここまでの事態にはならなかっただろうに」
その言葉を残してカドモスは再び体を雷化させると何処かへ消えて行った。
直後、それを見計らったかのように木の塀が動き出し、まるで蛇が獲物を締め上げるように包囲を狭めていたのである。
「こんな規模……何て魔法だ!?」
数十Mにも及ぶ魔法の行使範囲を考えれば、術者の魔力と技量がどれだけのものか考えるのも容易だ。恐らく、カドモスに準ずるほどの実力者がこの魔法を行使しているのだろう。
同じ植物造成魔法を使うレメディアでも、ここまでの芸当はまだ出来ない。もしもこの場に彼女が居た場合、同属性魔法を使う者として力量差を誰よりも理解出来る筈だ。
何はともあれ、このまま呑気に迫って来る木の壁を眺めて居れば、その内締め付けられる時が来ると想像するのも然程難しくなかった。
早急に離脱するべく地面を蹴って、段々跳びに木々で出来た壁を上がっていく。
だがそれを遮る様に、壁の隙間から伸びて来る、無数の蔦。意志を持つように追跡してくるそれに、脅威を覚えたのは言うまでもなかった。
「何なんだ……!?」
槍を振るい、近付いて来る蔓を片端から斬り飛ばしていくのだが、如何せん数が多い。魔法で吹き飛ばしても過ぎに沸いて来て、限が無かったのである。
そして。
捌き切れる数もとうとう限界に達して、足に巻き付いた蔓が俺を元居た地面へと叩き落としていた。
どうにか着地は出来たものの、丁度それを待って居た様に壁の狭まり具合も極限まで達し、四肢も胴も身動ぎ一つできない程の力で締め付けられてしまう。
「俺の魔法はどうだ、白儿!?」
「……最悪だね。とっとと出してくれると嬉しいんだけど」
「馬鹿言え、出す訳ねえだろ! 気絶するまでそこに居やがれってんだ!」
真っ暗な視界、苦しい呼吸の中で頭上と思しき方向から聞こえて来る、侮蔑の混じった男の声。それはカドモスと別物で、やや荒っぽい口調であった。
その間にも締め付けは更に強くなっていて、息もより一層苦しくなって行く。
一応、身体強化術のお陰で耐えられているけれど、悠長な事をしていればあと三十秒とせず意識が失われてしまうだろう。
もっとも、ここで何もせず指を咥えている筈もなく、幸いにして魔法は使えるのだ。これを活用しない訳が無かった。
カドモスと遭遇する前に、俺が追手を纏めて吹き飛ばしたように周囲へ魔力を展開していくが、如何せん場所が狭いだけに圧縮に圧縮を重ねなければならなかった。
しかも、その間にも締め付けは強まっていて、意識も遠退きかけたものの、意地でも集中を保ち――そして。
意図的に制御を手放し、魔力そのものを暴走させる。無理矢理押さえつけられていたものがいきなり拡散しようとする力は、もはや爆発と言っても良く、俺自身を含め周囲のものを纏めて吹き飛ばしていたのだった。
強く目を閉じて衝撃に備えていた為、果たしてそれが上手く行ったのかについてはこの目で見る事は叶わなかったけれど、体を締め付ける圧力が喪失した事からも目論見は成功したらしい。
体に着いた泥を払う事もせず、土砂降りの雨が降る中を緩慢な動作で起き上がるのだった。
そして眼を開けば、そこには二人の男が立ち塞がっていた。
「……なるほど、しぶといな」
「ああ。そのせいで力の調節が難しい。間違って殺してしまわない様、気を付けろ」
「一々うるせえ、俺に命令するんじゃねえよ」
その言葉を交わす両者は、並んで立ちながらもやや距離が開いていて、空気もどこか険悪である。一応同僚ではあるものの、お世辞にも仲が良いとは言えないのだろう。
そんなどうでも良い事を考えながら周囲を見渡せば、先程まではカドモスと自分しか居なかったこの場所は、多くの兵士によって囲われていた。
ここもまた、先程までの戦闘で木々が軒並み倒され、結果として開けた場所になってしまっていたのである。
「……無理、だな」
状況は完全に詰んでいた。逃げ道は完全に断たれ、実力的にも厳しい相手が今も二人、目の前にいる。
認めたくはないし、出来る事なら今すぐ逃げ出してスヴェンたちと合流してやりたいところだけれど、そうもいかないのは火を見るよりも明らかであった。
正直、悔しくて仕方ない。まだまだやりたい事、話したい事、心残りは幾らでもある。
前世では二十年も生きられなかったのだ、今世こそは天寿を意地でも全うしてやろう、自由に生きてやろうと思っていたのに、この有様だ。
頼みのリュウも足止めに残ってから一向に引き上げて来ない所を見るに、やはり苦戦しているのだろう。今度こそ、本当に終わりだ。
……でも、まだだ。
投降なんてしない。諦めはしない。隙があれば逃げてやろう。常に隙を窺ってやろう。まだまだ、生への執着を捨てた訳では無いのだ。
そして何より、ここで早々に倒れたら、シグやスヴェンに追手が迫る事になる。もうそこそこの時間は稼げたように思うけれど、まだ不安だった。
何故ならカドモスの様に、足の速い者がもっといないとも限らないのだ。念の為にも、もっと時間を稼ぐ必要がある訳で。
「君はまだ抗うと言うのか?」
「……当然!」
真剣な表情でこちらを見るカドモスにそう言って笑ってやると共に、動き出していた。
勿論、この部隊を率いているであろうカドモスともう一人の男を倒す――のではなく、正反対にいる兵士達目掛けて、突っ込んでいたのだ。
「野郎――!」
「数の多さを逆手に取られたか」
槍衾をつくられようとも知った事ではない。白弾で一気に蹴散らして、斬り込む。手加減など一切しない。とにかく、敵の数を減らす。もしもスヴェンたちに追い付かれたとして、その負担を少しでも軽くする為に。
あるいは、負傷者の手当てなどで追撃速度を少しでも遅らせる為に。
何が何でも、最低限自分以外の仲間だけは守り抜いて見せる。そうでなければ、また俺は繰り返してしまうから。
誰も守れなかった無力さと後悔と、怒りに苛まれて、どうにかなってしまいそうだから。
ここ最近は、悪夢を見る日も減るどころか皆無になり、いつかの様に自然な表情が漏れる事も多くなったと自覚している。
なのにまた逆戻りになるのは、耐えられなかった。絶対にそれだけは避けたかった。絶対にそんな展開を許す訳にはいかなかったのである。
「あ、悪魔が……神の敵がっ!」
「良い気にさせるな! 纏まって掛かれ!」
「ええい、何としてでも取り押さえろ! ここで逃がすは帝国全土の笑いものになると心得よ!」
「……お前ら程度、どう来ようとも相手に何かならねえよ!」
一兵卒も、下士官も関係ない。纏めて白弾で吹き飛ばし、或いは短槍で突き刺し、穂先で叩く。
大雨とそれに伴う泥濘で兵士の動きはいずれも鈍く、誰一人として相手になる者が現れる気配も無かったのだった。
しかしそれでも、兵士達は果敢に俺を取り囲み、攻撃を仕掛けて来る。勿論、鎧袖一触にして片端から泥の上に倒していくのだが、その数は無駄な程に多かった。
こちらを捕えようと突き出される槍や剣が時折肌を削り、また僅かながらも確実に体力と魔力を消耗させていく。
明確に敵の足止めが出来ていると自覚する一方で、着実に追い詰められているのが深く考えるまでもなく理解出来ていた。
だけれど、気分はどうしてか暗くない。寧ろ高揚感があって、満足感が強かった。
今度こそ守る事が出来るのだと、そう思えたから。
二度目の、それも記憶と人格を持ったままで生を受けて、おまけに前世の最期がそうであったように、今も戦っている。
前世では無力だったせいで守れなかった仲間を、力を持った今は守る事が出来ている。まるであの時のやり直しをして居るような気分で、心地が良かった。
「もっとだ……まだ足らねえ! お前らは全員ここで、俺が!」
「目障りな白儿のガキが……ピーピー喚いてんじゃねえよ!」
そのドスの利いた声が、不意に耳朶を打った時だった。
不意に、地面から杭のような物が飛び出していたのである。
咄嗟に身を捻り、躱せないものは盾を展開して受け止めたが、その杭の正体は尖った木の根であった。
俺一人を狙い、その周囲で集中的に杭が飛び出して来たのだが、つまりこれは近くに居た兵士をも巻き込んだ訳で。
「ダウィド! 貴様、味方の兵まで……!」
「白儿のガキ一人に苦戦するような雑魚に大した価値もねえだろ。それとも何だ、お前はまだ兵士の命を大切にしろとか言うつもりか?」
「戦場である以上、生き死には仕方ない。だが、お前が殺す必要はない筈だ! まさしく無駄死にでは無いか!」
「あー、うるせえな。そんなんだから殿下や他の貴族から疎まれるんだ。ま、外様のバルカ氏族にはそんな事も理解出来なくて無理はねえやな」
ダウィドと呼ばれた、カドモスよりも身長も体格も上回っている鶯色の髪をした大男は、馬鹿にしたように肩を竦めていた。
その態度に、カドモスは憤懣やるかた無しと言った様子で表情を歪め睨み付けていたのだが、不思議と胸倉を掴む訳でも無く、すぐに視線を逸らしていた。
「しっかりやれよ、カドモス。俺の報告次第ではお前の失脚も思うままだ。流石に捏造は出来ねえけど、何かしら事実があれば話を膨らませる事は出来るんだぜ?」
「……分かっているとも。だが、貴様も次からは気を付けろ。下手な同士討ちは士気に関わる」
「はいはい、分かりましたよっと」
やる気もなさそうに返事をしたダウィドは、相変わらず不機嫌そうな、そして侮蔑を含んだ顔を俺に向ける。
その上で、俺から距離を置いて取り囲んでいる兵士達を見て言っていた。
「おいお前ら、どうしてそいつを取り囲むだけで何もしてねえんだ? 白儿を捕えろとの殿下の命令を無視するつもりか?」
「で、ですが……この者の実力もそうですし、何より閣下の魔法が……!」
「何を甘ったれた事を言ってやがる? 俺がやれと言ったらやれ! それとも何だ、その場で串刺しにされたいか?」
その脅し文句の効果は、覿面だった。
誰もが顔を青くして、俺目掛けて殺到して来たのである。もっとも、恐怖に駆られたせいで隊列も何も無くなっていたのだが。
「おいガキ、そのままで良いから聞け。俺はラウィニウム帝国が誇る将軍の一人、フラウィオス・ニケフォラス・ダウィド! 幾らお前とは言え、聞いた事はあるだろう!?」
「……どうだったかな!? アンタの事なんざどうでも良すぎて例え小耳に挟んでもすぐ忘れちまいそうだよ!」
「クソガキが、テメエも雑魚の癖に調子乗りやがって!」
その瞬間、またぞくりとした感覚に突き動かされる様に魔力盾を展開し、間を置かずにまた木の根で出来た杭が飛び出していた。
当然、俺とで交戦していた兵士や、倒れていた兵士は避ける事が出来ずに串刺しとなり、即死するか体を貫かれる痛みに絶叫を上げていたのだった。
幾ら敵とは言え余りにも気分の悪くなるような光景を前にして思わず表情を歪めていると、今度こそカドモスが怒りも露わにしていた。
ダウィドの胸倉を掴み上げ、額が激突しかねない程の距離で怒鳴っていたのである。
「貴様……先程の返事は何だったのだ!? あれだけ兵士を無駄に傷付けるなと言った筈だ!」
「……良いのか、バルカよ。俺の方こそ言った筈だ。事実があればどうなるか」
「……!」
睨み合いを続ける両者の姿はとても無防備に見え、おまけに周囲の兵士達は二度目の杭による殺戮を見て、慄き固まっていた。
だから今こそ逃げる好機と思わなくも無いのだが、実のところ話はそんな上手く運んでくれない。
カドモスもそうだが、ダヴィドもまた手練れの一人故に、簡単に気が抜けるような相手では無いのだ。それどころか、俺が背を向ける事を誘っている様に見えなくもない。
少なくとも、こちらの動きは確実に把握されていると見て間違いはなかった。
するとそれに気付いたらしいダウィドは、視線を横に流して言っていた。
「俺の狙いに気付いていたのか? 小賢しいガキだな。俺がコイツと口論してるのを好機と思って逃げれば良いものを、忌々しいほど勘が良い……!」
「ダウィド!? 貴様そんな事の為に兵士を殺したと言うのか!?」
「黙れってんだよ! 平民の兵士を殺したところで痛くも痒くもねえだろが! 寧ろ役に立った事を喜べと言ってやりたいくれえだよ!」
「何処までも自分勝手な事を……!」
継続して、険悪な空気がダウィドとカドモスの間を流れていたが、ダウィドは虫でも追い払うかのように手を振ると、こちらへ顔を向けていた。
「おい雑魚兵士共、お前らは邪魔だ。下がって大人しく包囲してろ」
「……は、はいっ!」
威圧する様にダウィドがそう言えば、彼の事が相当に恐ろしいのだろう。指揮官の一人が上擦った声で返事をして兵士に指示を飛ばしていた。
そして、それを受ける兵士達もまた大層慌てた様子で動き出していて、東帝国内におけるダウィドの地位を物語っている様だった。
「さて、テメエみてえな生意気なガキは一回この手で叩きのめしてやらねえとな。無様に這い蹲って喚いて貰うぜ?」
「………俺の倍以上も歳を取ってるだろうに、情けねえ奴だなアンタは。俺みたいなガキにしかそんな態度が出来ねえのか?」
「ほお、農奴出の白儿が……まずは身の程を弁えさせてやるよ。バルカ、テメエは手を出すなよ」
その瞬間、地面から杭――では無く、蔓の様にうねった木の根が飛び出していた。
まるで地面から蛸の足が生えたような光景に一瞬圧倒されるが、それもそこそこに素早く飛び退る。
間髪入れずに先程まで居た場所を触手の様に動き回る木の根が襲っていたが、判断が遅れて居れば間違いなく巻き付かれて行動不能になっていた事だろう。
「……俺の魔法から、果たしていつまで逃げられるかなァ?」
好戦的で、侮蔑的で、差別的な視線をこちらに注ぎながら、ダウィドは笑っていた――。
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