第一話 MEMENTO②
◆◇◆
「……案外にしぶといな、君は!」
「だから諦めてくれると嬉しいんだけど!?」
土砂降りの雨が、青々と生い茂り始めた枝葉を突抜けて、降り注ぐ。
天気は良くなるどころか寧ろ悪化し、冬が開けてまだ日も浅いと言うのに雷すら轟きつつあった。
もっとも、既に俺を追って来る一人の男がバリバリと耳障りな音を立てているのだが。
「見逃す事は出来ないと言った筈だ!」
「んな事は知ってるよ! 駄目で元々って奴だ! ……くそ、何で俺なんかの為にこんな化けモンが投入される!?」
雷とは、つまり電気とは、大気中を流れる際に通り易い道を通るという話がある。
だから伝導性のある金属に引き寄せられるし、避雷針などの高い場所へと落ちるのだ。
もっとも、前世のテレビで見聞きしたこの知識を思い出したのは、一度短剣を投げる事でカドモスの移動を妨げた時の事である。
毎度毎度、碌に役にも立たない前世知識である。今となっては詮の無い事だが、もっと早くに気付いて居れば色々と対処のしようもあったと言うものだろう。
「君も、リュウも……シグルティア姫殿下も、やり過ぎたんだ」
「やり過ぎ? 何を?」
「皇太子殿下の……ひいては神饗にとって、目障りであり続けた。だからこうして帝国を動かして、私まで投入されている!」
その話は、以前交戦したエクバソスやアゲノルからも聞いていた。しかしそれにしては、大規模過ぎやしないだろうか。
幾ら何でも、ほんの数人を捕えるために大袈裟も良いところで、いっそ馬鹿馬鹿しさすら覚えてしまう。
「じゃあ、おっさんも神饗の構成員って事?」
「違う! 寧ろあのような連中とは反目しているとすら言って良い。だが、帝国中枢は既に神饗の傀儡と化している! 私が気付いた時には手遅れな程に!」
魔力そのものを拳に纏わせ、雷を纏った彼の拳と殴り合う。普通の属性魔法なら相性次第でどうなるか分からないが、白魔法の魔力――無属性魔力は、全ての魔法属性に対して安定した抵抗力を持つ。
魔力盾が雷撃を防いでいたので、もしやと体に纏って試してみたのだが、予想通り功を奏したらしい。
殴られる箇所へ適切に魔力を纏わせれば、感電する心配も無かった。
「……そんな神饗と反目してるカドモスさんは、なのにどうしてこんな場所で俺を捕まえようとしてる訳?」
「命令だからだ。帝国の将として、上から命令されてしまえば望む望まざるに関わらず従わぬわけにはいかんからな」
「ワンコは大変だね」
出し抜いて逃げる隙を作るために、敢えて挑発してみるのだが、カドモスは自嘲するだけで一向に機嫌を損ねる気配はない。
それどころか、まだ気が乗らない様子で言っていた。
「……何とでも言ってくれ。君に怒る権利は、私には無い。それどころか君の方が、この理不尽に怒る権利があるとすら思っている」
「そんなもの、有難く行使した所で大人しく引き下がってくれないんだろ? つくづくクソ野郎だな!」
「済まない」
「謝るくらいならやるなってんだ! ……まあ、アンタに言っても仕方ないんだろうけど」
組織においては命令される側の人間は苦労が多い。前世の両親も、それで色々と大変そうだった。こんな世界で働きたくないとすら思った。
それがまさかこんな形で、それこそ望んでいない形で成就して働かずに済むとは思わなかったが、結果として今は生きるのに精一杯である。
何故こうも自分の人生は両極端なのかと、心底呆れが込み上げて来るのだった。
「……君は、自分に絶望した事は無いのか?」
「絶望? 何で急に」
「ある日突然魔法が発現し、白儿として追われる身になったんだろ? なのにどうしてここまで瞳が濁っていないのか、気になったんだ」
自分とカドモス以外には、周囲に誰も居ない。既に先程まで派手に戦っていた場所は後方へ置き去りにして、今も尚遠ざかっている。
身体強化術やそれに準ずる身体能力を持つ者でなければ、こちらに追いつく事はまず不可能だろう。
「何でって……仲間が居たからだ。最初の方はそりゃ、結構腐ってたよ。何で俺がこんな目に、裏切れたりしなくちゃならないんだってさ」
「良い仲間を持ったな。その大切さは、私も良く分かる。戦場において、それを軽視するのはいずれ要らぬ諍いの種を生む」
繰り出される蹴りを、寸前で躱す。だけれど、纏った雷は空気を伝って触手のように伸びて来る訳で。
持っていた短槍の穂先へ意図的に引き付け、避雷針の様に電撃を受け止めるのだった。
勿論、槍を持つ手には魔力を這わせ、絶縁している。
とは言え、人間の目では雷の速度を目視するのは至難の業で、だからカドモスの攻撃を見切っているとは言い難い。
その内、ミスをして感電しないとも限らなかったけれど、それは今気にしても仕方ない事である。
そうやって自分を納得させ、動揺を押し殺して平静を装いながら、訊ねた。
「ところでこんなに大規模な軍を動かして、東帝国は平気な訳? 周辺各国が黙ってないと思うけど」
「……元は農奴だと言うのに、政治の知識もあるのか? 増々、君の聡明さが惜しい」
「そんなの良いから、早目に諦めて引き返した方が良いんじゃねえの?」
「残念ながら心配には及ばない」
そう語るカドモスは、本当に残念そうに溜息を吐いていて、その姿は将軍としてとてもあるまじき態度であると言えるだろう。
もっとも、この場には他に誰も居ないので、注意する者も居ないからこそのものだと言えた。
「現在、アレマニア連邦を除く周辺各国は、互いに反目し合って揉めている。とてもではないが帝国に攻め入る余裕は無いだろう」
「じゃあここは? このアレマニア連邦に侵攻して、連邦側だって黙ってない筈……」
「君達を捕らえる為、神饗の差し金で連邦そのものへの大規模侵攻が始まったのだ。下手にコソコソやって勘付かれるより、大規模にやった方がやり易いと思ったんだろうな」
「何てはた迷惑な……!」
それで攻め込まれた方は堪ったものではない。当然、標的となった俺達としても迷惑甚だしいも良いところである。
しみじみと呟きが漏れていたのが聞こえていたのだろう、カドモスは思わずと言った様子で吹き出していた。
「帝国は今まで、周りに迷惑ばかりかけて存続してきたような国だ。まあ、そうしなければ滅ぼされていたとも言えるが、何はともあれ迷惑を掛けているという自覚など微塵も持っていないさ」
「最悪だな。もしも人間だったら、俺は絶対に仲良くなりたくはないね」
「同感だ。いずれ、自らが無自覚に育てた悪感情によって、帝国が食い破られる日が来るだろうな」
その国家に所属しているとは思えないカドモスの発言に、思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまう。そして、確認する様に問い質す。
「なあ、アンタ謀反でも考えてんの?」
「まさか。そんな事をすれば民が疲弊する。もしも謀反を起こすなら、民達がそれ以上の危険に晒された時だけだ」
「へえ。てっきり、おっさんは謀反起こすつもりなのかと」
ここまで言葉を交わした限りでは、帝国の将であろうに彼は国へ大した忠誠心も持っていないらしい。
だからもしかすると謀反を起こしても不思議ではないとすら思っていただけに、その辺りは何ともチグハグに感じられたのだが。
「少なくとも今は、起こした所で民を困惑させるだけで意味がない。それと、いい加減おっさん呼びは止めてくれ。私はまだ三十四だ」
「おっさんじゃねえか」
「黙れ誰がおっさんだ。黒焦げにするぞ?」
少し煽り過ぎたらしい。恐ろしいほど正確な拳が真正面から飛んで来るが、それを紙一重の差で躱すのだった。
「……おい、俺は生け捕りにするんじゃなかったのか?」
「すまん、手が滑った」
「お前もか」
以前、この手の事はシグにもやられた事がある。口ではわざとでは無いと言っているものの、どう見ても故意なのだ。
それで何度肝を冷やした事か。
あの時は大変だったと記憶を振り返っていると、不意に思い出される、ほんの少し前の彼女との遣り取り。
『嫌だ、放さない。やっと思い出したんだ、私は全部を、やっと』
『本当に久し振り。会いたかったよ。私が誰か、分かる?』
『うん、正解。良かった、私の事を覚えててくれて』
『ううん。そんなのは別に良い。でも私、最期に生きてって言ったのに……何で慶司まで死んでるの?』
『嫌だ。もうあんな事はさせない。見たくない。だから、絶対放さない』
あの時に会話の数々は、確かに記憶として存在しているのに、何処か現実味に掛けていて、白昼夢でも見ていたのではないとすら思えてしまう。
だけど、彼女が腕を強く握りしめて来た感触もまた本物だった筈で――。
『嫌だよ慶司! 私は……』
最後にそう言っていた彼女は、泣いていた。
それでも、無視して彼女を抱えたスヴェンの土人形の背中を押し出した。その時、ごっそりと心が引き千切られるような気がしたけれど、気付かない振りをして。
何より、彼女を、今度こそ彼女達を守ってやりたいと思ったから。
「……適当な所で逃げようと思ったけど悪いな、おっさん。やっぱアンタもここで倒させて貰う!」
「ん? どんな心境の変化か知らんが、恰好言う事を言う。良いところを見せたい女でも居るのか?」
「う、うるせー……」
「図星か。ついつい応援したくなるような人生を歩んで来たんだな、君は」
激しい攻撃の打ち合いの最中、カドモスは寂しそうに笑っていた。
その真意を測りかねて、怪訝そうな顔を浮かべた直後。
「重ね重ね、本当に申し訳ない。本当なら君のような人物には、個人的に是非とも長生きして欲しいと思うのだが……」
「――――ッ!?」
たった一瞬で、目が眩むほどの光が、カドモスから放たれる。思わず腕で目を庇い、視線を伏せざるを得ないそれに、背筋が凍った。
一体何が起こっている。目の前の男は今から何をしようと言うのか。明らかに只事では無くて、より一層喧しくなった電気の音に顔を顰めざるを得なかった。
「伝承通り、白儿の君は確かに魔力が多いようだな。ここまで戦って疲弊の色が欠片も見られないとは」
「……だからこそ、俺の先祖も片っ端から狩られたんだろうな。優秀な道具の素材として」
捕えられた白儿の運命は大体決まっている。心臓付近にある白珠や骨、血液など、魔力の沈着したそれらは全てが貴重な素材であり、資源なのだ。
前世の価値観から見れば気持ち悪くて仕方のないものだが、この世界ではそう思われていない。
だから現に悪魔として、そして素材としてしか俺は見られず、追われる身となった訳で。
「君の魔力量は恐らく、いや確実に私のそれすらも上回っているだろう。だらだら戦って居てはそのうち私の魔力が枯渇しかねない」
「それを言い訳にして帰ってくれれば良いんだけど」
「もしそんな情けない結果で返ろうものなら、私の失脚は免れまい。確実に何か理由をつけて殺される」
まるで大きな光源の様に、絶えず放電しながら立って居るのは、カドモス。先程までとは比べ物にならない様子のそれに、思わず後退っていた。
「一気に決着させて貰う。帝国の将軍として……最強に名を連ねる者として! このカドモス・バルカが君を捕える」
「ああ、そうかよ。こっちにだってこっちの事情があるんだ。みすみす捕まって堪るかってんだ!」
事ここに至って、漸くシグが以前言っていた話を思い出した。この目の前にいる男は、彼女が言っていた東帝国最強の一角だったのだ。
遅まきながらにそれに気付き、そしてこの男の強大さを思う。先程よりも勢いの増した放電は、確実に今までと比べ物にならないだろう。
自分ではいよいよ相手にならないかも知れない。策を弄した程度では覆せない程の実力差を感じ取らずには居られなかった。
下手に欲を出さず、とっとと逃げておけば良かったと思っても後の祭り。何より、これだけの実力を持っていた相手から、最終的に逃げ切れたとも思えない。
「……何つー運の悪さだよ」
リュウも、いつまで経っても助けに来てくれない。
もしやもう負けたか、或いは先に撤退してしまったか。
色々な考えが頭を過るけれど、今それを考えても意味はない事だと割り切る。
こちらもカドモスに負けじと臨戦態勢を整えながら、苦笑するしかなかったのだ――。
◆◇◆
どしどしと、雨が降る。
辺り一帯の森だった場所には、かつて木だったものが多く倒れ、物によっては完全に原型を留めていないものすら転がっていた。
何はともあれ、多少なりとも雨除けの役割を果たしてくれたであろう木々が無くなった事で、その場には何にも邪魔されない大粒の雨が降り注いでいたのである。
あっという間に地面は泥濘となり、また水溜まりをつくって行くのだ。
「何で……何でこんな事になるんだ。貴方達は裏切ったのか?」
「「…………」」
仮面の下から覗く紅い瞳を細め、リュウは対峙する二つの影を睨み付けていた。
しかし、何度目とも知れない質問はやはり梨の礫で、そもそも一言も発しようとする気配が無かったのだった。
「答えろ! メルクリウス! ウルカヌス! 君達は他の精霊を裏切ったのか!? それとも精霊全員が僕らの敵なのか!? 黙ってないで答えろと言って居るんだ!」
これだけ強い口調で訊ねても、返事はない。まるで感情すらも喪失してしまっている様だ。
普通なら何かしら言っていてもおかしくない筈なのだが、この二柱の精霊は始終無言。虚ろな目で、虚ろな動きで、リュウと交戦を続けていた。
「……話にならないじゃあないか! どうなって居るんだ!?」
巨大な鎚を持った剛儿――ウルカヌスが、リュウの呟きなど聞こえていないかのように突っ込んで来る。それに応戦しようにも、ウルカヌスを庇う様にメルクリウスが出て来た。
そしてリュウから放たれた幾つもの白弾は、過たず彼に直撃して――そして、全てが無効化される。
文字通り、何事も無かったかのようにメルクリウスは立っていて、その背からウルカヌスが飛び出していた。
「このッ――!」
紅い刀身の剣へリュウは自身の魔力を纏わせながら、下手な樽よりも大きい鎚を受け止める。
普通の剣であれば間違いなく一瞬で破壊されていただろうが、この時のリュウは泥濘に足が減り込む程度で済んでいた。
「何はともあれ、一回貴方達を倒さない事には話が進まないようだね……!」
「…………」
ウルカヌスと鬩ぎ合う隙を縫う様に姿を現すのは、当然ながらメルクリウス。素手で突っ込んで来る彼の姿は、不自然に思えなくもないが、それには理由があった。
彼が手に握っている、一見何の変哲もない木の枝が、一瞬でその形を変え、そして材質すら変え――。
「…………」
「やってくれるじゃあないか!」
ドロドロの液体と化し、投擲されたそれを、リュウは分厚い魔力盾で防いでいた。
だが液体の数は微量で、見た限りでは大した事も無いように思えたのだが、それが付着した瞬間には凄まじい勢いで盾が溶け出したのだ。
「一体どんな仕組みで木の枝があんなものになるって言うんだ!?」
「…………」
あっさりと盾を抜けメルクリウスは更に迫って来る。このまま近寄られる事がどれだけ危険であるかを知っているリュウは、ウルカヌスを押し退けると後退。それと併せて二柱へ牽制の白弾を見舞う。
だが、やはり命中しないし、当たってもメルクリウスの場合はその掌が全てを無効化してしまっていた。
「こんな事なら、メーラル王国で彼の魔法について直接訊いて置くべきだったな。本当に参った」
ウルカヌスはまだ良い。鎚を使った戦闘が主であるし、魔法を使ってきたとしても既存の知識で対処も出来る。一般的な精霊の類型に収まるのだ。
だが、メルクリウスはそうもいかない。
見た事も無い特殊さだった。
そもそも、精霊は特殊な場合が人間に比べて多い。根本的に、存在自体が生物よりも特殊なのでそうなり易いのだが、彼の場合は取り分けそうだ。
手に触れたものが無効化される、或いは全く別の物に変質する。リュウから言わせれば、いや大多数の者から言わせれば、冗談も良いところである。
先程もそうだったが、魔力で作った盾を溶かしてしまう液体を、木の枝から生み出す事も出来るのだ。
通常、白魔法は無属性であるが故に、他の魔法や物質に対して安定した抵抗力を持つ。他の魔法もそれは同様だが、相性などによって弱点となる場合もあるのに対し、無属性の魔力は例外に入る。
だからこの二柱と戦い始めた当初はこの盾でも問題なく精霊と渡り合えると思ったのだが。
「僕も散々化け物呼ばわりされて来たけれど、君達も大概だね。本物の化け物だ。百年そこらの僕じゃあ話にならない」
立ち回りにもよるが、負けはしない。しかし勝てるとも言えなかった。この二柱の連携の前に、制圧できる明確な糸口が見出せないのである。
何より、この場は精霊だけが敵なのではない。
足止めとして残りはしたが、ウルカヌスとメルクリウスに手古摺って多くの追手を取り逃がし、その上で更にリュウ自身も続々とやって来る追手の包囲を受けていた。
「……一体どれだけの兵士が動員されているって言うんだ? これじゃあ、どうにも」
前も後ろも右も左も、ぐるりと囲われて逃げ道など何処にもない。リュウとメルクリウスらの交戦の影響で周辺の木々が薙ぎ倒された事もあり、部隊の展開がしやすかったのだろう。
「いい気味だな、リュウ?」
「その声は、ルクスだったかな? 久し振りだね、メーラル王国の宮殿で戦った時ぶりかな?」
「気安く私に話しかけるな。なりかけの半端者が」
リュウを包囲している兵士達の中から抜け出して姿を現したのは、仮面を着けたようにのっぺらぼうな人物――いや、精霊。
相変わらず男か女か分からない無機質な声で語りかけて来るそれに、リュウは表情を険しくしていた。
「それで、僕に何の用だい? 見ての通り、忙しいのだけれど?」
「そうかそうか。ならば私が手を尽くした甲斐もあると言うものだ。貴様の厄介さについては誰もが認めるところだからな」
「ああ、まんまと君達にはしてやられたよ。腹立たしい事にね。もしよかったら、なりかけの僕から先輩と呼ばせて欲しいのだけれど」
ルクス、メルクリウス、ウルカヌスと言う、都合三柱の精霊に包囲され、リュウは軽い調子で話しながらも周囲の警戒を怠らない。
「止めろ。貴様のような者にそう呼ばれるのは気分が悪くなる」
「あ、そう。ところで質問なのだけれど、彼らはどうして僕らの敵になっているのかな? 元々、そちらの仲間だったのかい?」
「さてどうだろうな。貴様に答えてやる義理は無い。大人しくここで捕まっておけ。白儿の半端者など、早々お目に掛れない逸材だからな」
「……捕まるのは、ちょっと勘弁かなあ」
リュウへと掛けられる三方向からの圧力は、秒を追う毎に強まって行く。
対するリュウも自身の周囲に無数の魔力を展開させ、それはさながら季節外れの雪の様に宙へ浮いていた。
「遠慮するな、リュウ。貴様が幾ら辞退しようとも逃しはしない。ラウレウスや元皇女シグルティアを始め、貴様らの一味はここで終わりだ」
「そう言うのは全て終わりにしてから言った方が良いよ。そうしないと、要らぬ恥を掻く羽目になるからね」
「減らず口は相変わらずか。最悪、四肢を捥ぎ取ってでも貴様は捕えさせて貰う。まあ、半端者ならそれくらいの傷は問題無いだろう――?」
遂に、場が動き出した。
一斉に三方向から襲い掛かられるリュウは、しかし呆気なくやられる筈も無く、あらかじめ展開していた魔力を駆使し、防御と迎撃に移っていたのだった。
再びメルクリウスから放たれる、例の液体を盾で防ぎ、ウルカヌスの巨大鎚は剣で往なす。
その隙を衝くように、雷とはまた違う光がルクスから放たれたかと思えば、光線のようなそれはリュウへと向かって居た。
視認した時にはもう直撃しているという冗談のような速さを持つものだったが、直撃を受ける前にリュウは先読みして回避していた。
結果、光線はリュウが居る筈だった空間を駆け抜け、そして偶々射線上似た兵士の幾らかを、焼いていたのだった。
忽ち上がる悲鳴と、崩れ出す包囲の一角。直撃を受けた兵士は発火して全身を焼かれ、暫く悶えた後に例外なく絶命していた。
「良いのかい? 関係無い兵士まで殺して?」
「運が無かっただけだ。そもそも、我ら精霊に利用される意外に、人間風情の命が一体何の価値を持つというのだ?」
「ある意味精霊らしい考え方だね。いや、神饗らしいと言うべきかな? どちらにしろ、僕の大嫌いな考え方だ!」
「笑止! 半端者の貴様に好かれようとも思わんさ! 主人様の崇高な願いを、邪魔される訳にはいかんのだ!」
ルクスの攻撃によって、偶然生じた包囲の穴へ、リュウは一気に向かう。しかし、それを逃がすまいと三柱の精霊は追撃の手を緩めるどころか強めていた。
「限界だね。流石にこれ以上相手にするのは……!」
「馬鹿が、逃がす訳が無かろう!? メルクリウス、ウルカヌス、行け!」
「「…………」」
リュウの退路を塞ぐように今度はルクスが幾条もの光線を放ち、ぬかるんだ地面を焼く。それによって一瞬だけも動きが止まった所に、メルクリウスとウルカヌスが迫っていたのだった。
まずウルカヌスの巨大鎚が迫るが、それを魔力盾で受け止め、その上で左右から白弾を見舞う。屈強な体を持つ剛儿の精霊である彼をそれだけで撃破できるとは考えて居なかったものの、動きを止める事が出来ればそれで御の字。
そのままメルクリウスの迎撃に当たるのだが、黝い髪を持つ青年の姿をした精霊は、既にリュウが展開していた魔力盾を殆ど突破していた。
「…………」
「く――いけない!」
不味いと思った時には、もう遅かった。
放った白弾は全て彼の両手が無力化し、その上で右腕がリュウの胸へと伸ばされていたのである。
咄嗟に左腕を出して庇い、代わりに掴まれたのだが、その瞬間体を走った悍ましい感覚に情けない声が漏れそうになってしまった。
しかし、そんな暇もあればこそ。
ゾッとする程の危機感に突き動かされる様に、リュウは右手に持っていた紅刀を振るっていた。
◆◇◆




