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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第七章 サツイトマラズ
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第一話 MEMENTO①



 土砂降りの、雨。


 それは痛いほどの勢いと大きさを持った雨粒で、十秒と待たずにずぶ濡れにしていた。


 フードを被って居ようともお構いなしに、顔面にまで雨粒が叩き付けられ、額を伝って目にまで侵入してくる始末。


 目に異物が入り込んで来るような不快な感覚に思わず目を細め、手首で擦っていた。


 だが、それでも必ずどちらか片目は開けていて、行く手を塞ぐように立ちはだかる大柄な男から視線を放さない。


「おっさん……カドモスっつったか? 俺みたいな幼気(いたいけ)な男の子を相手に意地悪するとか、良心痛まないの?」


「……自分で言うか、面白い子供だな。良心は痛まない訳では無いが、言っただろう? 任務だと。望む望まざるに関わらず、遂行しなくてはならんのだ」


「あっそ。アンタもアンタで苦労してんだな。けど何だろうと関係ねえ。ここで捕まってやる義理は無いんでね!」


 両脚に施す、身体強化術(フォルティオル)。その力で以って、泥濘(ぬかるみ)つつある地面を蹴るのだった。


 だが――。


「逃がさん。悪いが、君にはここで捕まって貰う!」


「……は!?」


 ばちり、と静電気のような音が連続して聞こえたと思ったら、どういう訳かこちらの進行方向へと先回りしていて、立ち塞がっていた。


 ならばと進路を急に変えてみるが、それでもまた、先回りしてカドモスは立っていたのであった。


退()けよ!」


「退かぬ」


 このままでは埒が明かないと、白弾(テルム)を見舞いしてやるのだが、何かの冗談のような動きで全てを回避してしまう。


 やはりこの男は只者では無い。それどころか、今の自分では勝てる気がしない。逃走を選択したのは間違いでは無かったと思ったが、しかしそもそも逃げ切れるのだろうか。


「化け物がッ!?」


白儿(エトルスキ)の君に言われるのは、何とも不思議な気分だ」


「ああ、そうかよ!」


 更に続けて白弾(テルム)を撃ち込みながら、逃げの一手。


 それでも相変わらず、カドモスには一発も当たる気配はなくて、そして。


「この一撃で、君を仕留める」


「――!?」


 バチ、という電気の音が聞こえたと思った時には、雷撃が俺に迫っていたのである。


 何か攻撃が飛んで来ると事前に察して居たからこそ良かったものの、そうでなかったらどうなっていた事か。


 たった一撃で展開していた魔力盾は破壊され、霧散して行くという光景に、薄ら寒いものを覚えずには居られない。


「何だよ、コレ……!?」


「雷魔法を見るのは初めてか? まあ無理もない。私のは少し特殊だからな。ただ、全部の雷魔法がこういう訳では無いと言っておくぞ」


「冗談きついぜ! あんなの……!」


 一撃でも直撃したら終わりでは無いか。もっと言えば掠っただけでも危険だろう。少しでも触れようものなら一瞬で感電してしまう筈だ。


 増々こんな男を相手になどして居られないと、逃げ足へ更なる力が入らざるを得なかった。


「いい加減追って来るんじゃねえよ――」


「必死になっているところ申し訳ないが、君の逃げ足では話にならない。幾ら君でも、雷よりは早く動けまい?」


「……変成魔法!? 最悪に最悪を重ね掛けしやがって!」


 道理で行き先を次々に回られてしまっている訳である。幾ら脚力を上げたところで、電気の速度に勝てる筈が無いのだ。


 変成魔法――この場合、雷変成魔法となるそれは、つまり体そのものを電気へと一時的に変化させる能力を持つ。


 それを利用して瞬間移動にすら見える程の速さで移動し、攻撃をして来ている様だった。


「流石に気付くかね。だが、それを知った所で!」


「うるせえ! とっとと退きやがれ!」


 このままではいつまで経ってもこの場所から逃げる事が出来ない。まだまだ余裕のある魔力量に任せて白弾を撃ちまくるが、これでも結局掠る気配すらない。


 仮に当たりそうになったところで、雷化して一瞬で交わしてしまうのだ。進路を先読みすればそこを狙い撃ちも出来るだろうが、雷の速度で移動する相手の軌道を見切るなど不可能に近かった。


 おまけに、だ。


「――――ッ!」


「あの程度で倒したなどと思うなよ!?」


「ま、少しヒヤリとはしましたがね」


 カドモスとの戦闘を邪魔する様に、そして俺を逃がさないように放たれる、炎と水の魔法。


 間一髪それは身を捩って躱したものの、カドモスに気を取られて反撃も出来ない。


「畜生ッ……!」


「いよいよ趨勢が決まりつつあるようだな。君、この辺で投降したらどうだ?」


「たった二人、増えたくらいで何を!」


 出て来たのは、アッピウス・パピリウスとアラヌス・カエキリウス・プブリコラ。先程、カドモスと遭遇する前に魔法で蹴散らしたかと思ったのだが、しぶとくも生き残って居たらしい。


 三方向から繰り出される攻撃を、どうにか盾で防ぎ、或いは躱して反撃の機会を窺おうとするのだが――そんな余裕は一瞬たりとも生じなかった。


「カドモス殿、このまま押し切りますぞ!」


「承知した。お二人方とも、彼を下手に殺さない様にお願いする」


「ええ、お任せを」


 プブリコラ、カドモス、パピリウス。


 彼ら三人の意見は既に一致していて、事実その通りに事態は運ばれ、俺は追い詰められていた。


 しかも、時間が経てば経つほど、それこそ秒単位で事態は悪化していて。


「まさか雨が降ってくれるとは……プブリコラ殿からすれば不運かも知れませんが、私としては恵みの雨ですね」


「……この野郎!」


 パピリウスの魔法は、水造成魔法だ。故に、これだけ沢山の雨が降り、一時的にしろ多量の水があるこの状況は、彼にとって非常に有利なのであった。


 それに、炎造成魔法のプブリコラとて、彼自身の魔法の威力が底上げされているので、強い雨が降った程度で大きく威力が減衰する気配も無い。


 このままでは、あと数秒で――。


「舐めてんじゃねえぞ!?」


 こんな場所で捕まって堪るものか。仮に捕まるにしても、もっと時間を稼がねば。少なくともカドモスなどと言う化け物染みたこの男に、絶対他の皆を追わせる訳には行かなかった。


 一瞬で展開させた分厚い魔力盾で全ての攻撃を受け止め、その上で白弾(テルム)を手当たり次第に放つ。


「往生際の悪い……!」


「そうさせたのはお前らだ! 捕まれば殺されるって分かり切ってる相手に、どうして潔く降れると思った!?」


 滅茶苦茶に放たれた膨大な数の白弾(テルム)は、撃った自分自身でも何処へ飛ぶか分からない。だから幾ら猛者であろうとも完全に見切る事は不可能で、彼らは回避と防御に専念せざるを得ない状況へと追い込む。


 よって、幾分強引だとは言っても有利不利を逆転させたこの機会を逃さず、俺は攻撃へ転じるのだった。


「小僧ッ……!」


「よお、プブリコラの豚野郎! これでも喰らっとけ!」


 一対多数で戦わざるを得ない時は、まず一番弱い敵から削っていくべし。この場合、雨もあって相性的に一番弱化しているプブリコラがそれに該当していた。


 彼も咄嗟に反応し、防御魔法を発動させていたが、如何(いかん)せん急な事態のせいで万全の対応は出来ておらず、何よりこの雨が効果を減少させる。


 よって、魔力を巡らせて強化させた拳は、見事に彼の守りを貫き、腹へと減り込んでいたのだった。


「がっ……!?」


「……あと二人!」


 数の上での不利は相変わらずだが、一人減るだけでもぐっと楽になる。コロコロと太ったプブリコラの体が鞠のように地面を跳ねる様を見送りながら、素早くカドモスとパピリウスに注意を向けていた。


「やられましたね。まさかプブリコラ殿が一撃で」


「……年齢の割に何と言う実力だ。ビュザンティオンの牢から逃げ果せたのも納得出来ると言うものだな」


 四肢を投げ出し、ピクリとも動かないプブリコラを一瞬見遣った後、彼ら二人は油断など欠片も無い視線をこちらに向けて来る。


 折角一人減らしたのは良かったものの、楽になったと思うのは早計だったかもしれないと心を引き締めるのだった。


「そこを通しやがれ!」


「断る!」


 再び、白弾(テルム)を乱射する。


 だけれど、二度目ともなれば対応されてしまうもので、牽制にはなれど隙を生じさせる事は出来なかった。


 それどころかこちらの動揺を衝くように、カドモスが反撃に転じて来るのだ。


「君の実力には正直、敬意を表する」


「ぐっ……!?」


 どうにか電気を纏った拳を展開させた盾で受け止めるが、尋常ではない威力を持ったそれはいとも容易く盾を砕く。


「その歳でここまでの実力になると言う事は、血の滲むような努力を多くして来た事だろう」


「――――ッ!」


「しかし、まだ幼い。私の相手にはならないな」


 繰り出される二発目の拳。咄嗟に両腕を交差させて顔面への一撃を防ぐのだが、問題は拳そのものでは無くて。


 腕を伝って、全身を電気が駆け抜けた。


 その凄まじい痛みに、思わず絶叫して転げ回ってしまいそうだったが、どういう訳か体が硬直して動かない。


 (ようや)くその体を苛む痛みから解放されたと思った時には、泥濘と化した地面に膝と両手をついていた。


 だが、意地でも気絶だけはしない様に気張った甲斐があったのだろう。


 体も、痺れが残るけれどまだ動いてくれた。


「……もう、勝った気になってんじゃねえぞ?」


「耐えたのか!?」


「ぶっとべ、雷野郎!」


 驚きも露わに、眉を動かしていたカドモスの顔面目掛けて、白弾(テルム)を見舞うのだった。


 流石にこれは彼も意表を衝かれたらしく、避ける間もなく直撃し――だが倒れる事は無く後退していた。


「少し、威力を調節し過ぎたか? 想定外だ」


「そっちこそ、今のを顔面に受けて良く平気だな?」


「平気では無いさ。良い一撃だった。白儿(エトルスキ)が迫害されるような世界でなければ、私は君を武官として登用したいくらいだぞ」


「はいはい、そりゃどうも」


 嘘か真か分からない事を敵に言われても、そこまで嬉しくはない。適当に返事をして流してやれば、カドモスは笑いながら顔面を摩っていた。


「嘘では無いぞ。現に最近、私は君と同じくらいの孤児の少年を登用したばかりだ。ま、こう言ったところで君を私の部下にする事は叶わないがね」


「そもそも、仮にそんな誘いが来ても俺は乗らねえよ。別に戦いたいとかそう言う訳じゃないからな。他を当たってくれ」


「手厳しいな。増々、君のような人材を白儿(エトルスキ)と言う理由だけで罪人扱いしてしまうのが惜しく感じてしまう」


 そう言って、カドモスは笑っていた。もしかすれば口だけかもしれないが、何となく彼の表情には悔しさに似た感情が浮かんでいる様にも取れ、眉を(ひそ)める。


 彼にも何かしら思うところがあるのだろう。俺を捕える事に対して気が進まないとも言っていた事は本心なのかもしれないが、それとこれとは話が別だ。


「おっさんも何か苦労してるみたいだけど、まあそれは俺には関係無いね。生きたいように生きさせて貰うからさ!」


「……本来なら、君のその主張を妨げるべき者は何も居ないのだろうがね……重ねて済まない。恨んでもらって構わないが、私は君を捕える。自分勝手な事情で、な」


 一瞬の間を置いた後、こちらへと真っ直ぐに向かって来る、一条の稲妻。それは言うまでもなくカドモスであり、そしてその瞬間を俺は待ち侘びていた。


 何故ならこの時、満を持して逆手に抜いていた短剣を、自分のすぐ横へと放り投げていたのである。


 するとどうだろう。


 放り投げられた金属につられてか、面白いように稲妻の軌道が曲がり、この真横――俺からすれば手頃な位置にカドモスは姿を現していた。


 そんな彼に、俺は丁寧に微笑んで、言ってやる。


「ようこそ、おっさん」


「……やってくれる!」


 待って居ましたと言わんばかりに有りっ丈の白弾(テルム)を彼へと見舞ってやるのだった。


 雨が降っている中なので、砂埃が舞う代わりに泥があちこちに飛び、それらから目を守るために一時的に視界も遮られる。


 だが結果を見る事もせず、俺はこの場から一気に離脱を図っていた。


「に、逃がすか、白儿(エトルスキ)!」


「あばよ、パピリウス!」


 慌てて彼が追い縋って来る気配がしたものの、彼自身は幾ら肉体改造手術を施していたとしても水造成魔法の使い手であり、魔法は放てても追跡は出来ない。


 だから撃ち込まれる魔法攻撃を易々躱せば、パピリウスを振り切るのはそれ程難しい問題では無かった。


 寧ろ、問題なのは――。


「みすみす逃すものか!」


「……来やがったな!」


 カドモスは、やはりあれだけ攻撃を撃ち込んでやった筈だと言うのに、元気に追跡してくる。自身の体を電気へと変え、耳障りな音を立てながらあっという間に距離を縮めて来るのだ。


 しかしながら、ここまで彼と戦ってみれば多少なりは打つ手も見つかりつつあると言うもの。だから彼が一人で追って来たからと言って、逃げ切れる自信は喪失する事は無かった。


「掛って来いや、この野郎!」


「言われなくとも!」


 鬼ごっこでもそうだが、鬼は足が速いだけでは相手を捕まえられない。要するに、追われる側の工夫次第で、逃れる手段など幾らでもある訳である――。





◆◇◆





 後方で爆音が轟き、幾つかの土煙が上る。


 その音にシャリクシュも思わず身を翻し、視線を向けていた。


「……あの戦闘は多分、ラウレウスだな。お前ら、ここでのんびりしている暇は無いぞ」


「のんびりって……ラウがまだあそこに!」


殿(しんがり)として残って居れば当然だ。早く逃げるぞ。奴が時間を稼いでくれている内に」


 このまま足を止めて居ては折角、ラウレウスが残って足止めに入っている意味がない。シャリクシュはそう冷静に判断して、反駁するスヴェンに説明していた。


 だがその言い方が彼の癪に障ったのだろう。鬼気迫る様子でシャリクシュの胸倉は掴み上げられていたのだった。


「ふざけんな! アイツは捨て駒じゃない! お前は付き合いが浅いからそう言えるかもしれねえけど、アイツは……慶司(けいじ)は!」


「そっちが仲間の情に厚い事は分かってる。だが、ここで引き返してラウレウスに加勢するのでは、奴の真意に反する事になる。奴の覚悟と労力を否定する事になるが、それで良いのか?」


「良いも悪いも……そんなモン何遍(なんべん)だって否定してやる! 前世でもアイツが囮になって……傷付いて! ああ言うのはもう沢山なんだよ!」


 邪魔をするなと、スヴェンは土煙の上がる方角を背負うシャリクシュを睨んでいた。そしてそこにはレメディアすらも加わり、尚も拒否するなら押し通ろうとする気配すら纏っていたのである。


「……お前ら、本気で言ってるのか?」


「本気も本気だ。ここでまた、アイツに助けられる訳にはいかねえんだよ!」


「その結果、全滅したとしてもか?」


「後悔するよりは遥かにマシだね! ここでラウに何かあったら、俺はまた、親友を盾にした事になっちまう!」


 その固い決意が見える彼らの態度に、シャリクシュは内心で頭を抱えていた。


 仲間意識が強いのは結構だが、この状況に限って言えば寧ろそれは足枷でしかないのだと思うから。


 折角足止め役が出てくれた訳だし、四の五の言わずにより遠くへ逃げて追手を撒く事が何よりも大事な筈である。


「俺は最後に、ラウレウスからお前ら逃がす様にも頼まれた。一度助命して貰った手前、それを断るのも不義理と思ってこうして逃げろと言ってやってるんだぞ」


「別に頼んでねえよ。お前なんざどうせ、そこのイシュタパリヤが大事なだけだろ? 逃げねえと大事な連れまで危険に晒しちまうもんな」


「否定はしない。だがそう思うだけなら、とっととお前らから別れて逃げてるさ」


「どうだか。成り行きで一緒に旅をするようになって、まだ日も浅いお前を、どこまで信用できると思う? リュウさんもラウも居ないこの場じゃあ、何かあった時にお前を瞬時に制圧出来ないんだぜ?」


 向けられた不信感の滲んだ視線に、シャリクシュは思わず小さな溜息を吐いた。分かって居た事だが、こうなると色々と面倒臭いのである。


 (むし)ろ、何故あのラウレウスが自分に彼らの引率を任せたのかすら分からない。彼とて、自分をそれ程信頼していない筈なのに、だ。


「イッシュは今、お前の土人形が抱えてるだろ。人質として確保してるとも言えるな。裏切り云々についてはそれを担保に信じて欲しい。それよりもだ」


 後方で小規模な爆発――恐らくラウレウスの魔法が行使されたものと思しき音が聞こえ、それっきり周囲に静寂が訪れる。


 何かあったのではないかと、スヴェンとレメディアが色めき立ち始めていたが、シャリクシュはそれでも冷静だった。


「問題ない、奴は無事だ。落ち着け」


「……何でそう言える?」


「あれは東帝国から指名手配されていて、しかも白儿(エトルスキ)なんだろ? そんな大物が追手の奴らに捕まったら、まず間違いなく歓声が上がる。ここに居ても十分聞こえるくらいの大きいものだ。だから奴はまだ捕まってない」


 暗く立ち込めて来た雨雲と一緒に、やや冷たい穏やかな風がやって来て、木々の隙間を駆け抜ける。


 幾分かの不穏さを含んだそれはまるでラウレウスの行く末を暗示している様で、そう時間も立たずに雨が降り始める事だろう。


「もしラウが捕まってないとして、無事であるって保証も無い筈だ」


「確かにそうだが、アイツは適当な所で逃げるとも言っていた。もしそれが本当なら入れ違いになる可能性もあるんだぞ」


「だとしても、可能性があるなら……!」


「それでお前らが捕まった場合、俺はラウレウスに何と申し開きをすれば良い? そして奴も、間違いなく後悔に苛まれる事になると何故分からない?」


 強く、牽制の意を含む視線で睨み返してやると、スヴェンは虚を衝かれたのかやや狼狽えていた。


 そして彼が言葉に詰まったその隙に、シャリクシュは畳みかける。


「俺を信じられないのは構わないが、仲間なら奴を信じてやれ。それともラウレウスの言葉と実力を信用してやれないのか?」


「……ぶっちゃけ、信用は出来ない」


「待て、お前ら本当に仲間なんだよな?」


 ラウレウスが碌に信用されていないという事実に、流石のシャリクシュもここで表情を引き攣らせる。


 しかし、一瞬苦笑する気配を見せたスヴェンはすぐに表情を切り替え、語る。


「アイツ、確かに俺達四人の中じゃ一番強いんだけどさ、間抜けだから大怪我とか一人だけ負っちまうんだ。この前だってメーラル王国でラウ一人だけ肩から斬られて、大騒ぎ。肝が冷えたなんてもんじゃなかった」


「……苦労してるんだな」


「分かるか? まあでも、信頼してない訳じゃなくて、頼りになる仲間だとは思う。でも信用出来るかどうかはこの通り疑問符が付く感じでさ」


 困ったものだとスヴェンは肩を竦め、横に居たレメディアもつられて乾いた笑いを浮かべていた。その笑みは、欠伸が伝染する様にシャリクシュの表情すらも(ほぐ)し、微笑を浮かべさせる。


 双方ともに相好を崩した事もあって、先程までの剣呑な空気は霞み、代わって和やかな空気が流れつつあった。


 だけれど心地良い雰囲気を保とうとしては議論など進みはしない。すぐに表情を切り替えて、シャリクシュは話を再開していた。


「一つ言っておく。お前らがラウレウスを心配しているのと同じくらいには、ラウレウスもお前らの事を案じている筈だ。そうでなければ、殿(しんがり)などと言う危険な役割を積極的に努める事は無いだろう?」


「それは……!」


「そこまで相手を思いやれるなら、その気持ちも察してやれ。それとも、仲間を困らせたいのか?」


 そう言ってスヴェンとレメディアへ順に視線を向けてやれば、言葉に窮した様子で視線を下に向けていた。


 そのまま数秒無言の時間が流れ、これ以上は時間の無駄と判断したシャリクシュは軽く手を叩くと言葉を続ける。


「さて、あまり時間は無い。もう一度言うが、ラウレウスは適当なところで撤退するとも言っていた。ここで悠長にしていると、奴が先にタルクイニ市へ着く可能性もあるんだぞ」


「……分かったよ。大人しく逃げれば良いんだろ?」


「本当に?」


(くど)い。確かに俺は、ラウの事を信用して無くても信頼はしてるんだ。お前と話してて、仲間なら偶には頼ってやらないとと思っただけだ」


 説得された事でやや決まり悪そうな顔をするスヴェンの顔をまじまじと見てやれば、彼は顔を逸らしながら言っていた。


「……ラウがビュザンティオンで捕まったって話を聞いた時は、助けてやらなくちゃって思ってたんだけどさ、実際にアイツと再会してみたら(むし)ろ俺が助けてもらう側になってて……だからその」


「ああ、もう良い。時間も無いからな。そう言うのはラウレウスに直接言ってやれ。俺に話すのは違うだろ?」


「……それもそうだな」


 小さく笑ったスヴェンを見て、シャリクシュはこの場の話が纏まったと認識した。事実レメディアも不満のある表情を浮かべる様子はなく、スヴェンがそうであるように微笑を浮かべていた。


「……行くぞ」


「ああ、任せろ」


「ここで立ち止まった分、急がないとね」


 シャリクシュ、スヴェン、レメディア、そしてスヴェンが魔法で生み出した土人形。


 人型をしたその土塊(つちくれ)には、イシュタパリヤとシグルティアと言う二人の少女が抱え上げられていて――。


 不意にシグルティアの口から、堰を切ったかのように感情が溢れ出したのだった。


「……私、それでも嫌だ」


「シグ?」


「慶司と、離れたくない……!」


 (ようや)く動き出した一行の心を揺さぶる様に、(あま)色の髪を(なび)かせた少女は泣いていたのだった。





◆◇◆






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