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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第六章 ユルガヌモノハ
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第五話 When My Devil Raise①




 青空の許を、静寂が支配する。


 武器を持ち、声を上げる軍勢の姿は何処にも無くて、ただ俺達はいきなり姿を現した二人の少年少女と対峙していたのであった。


「俺はシャリクシュ。このちっこいのがイシュタパリヤだ」


「……ちっこくない」


「まあまあ、身長の話は置いておいて、本題に入ろうじゃあないか。どうして僕達に加勢したんだい? この前、僕達を攻撃して来たのは君達でしょ?」


 ぶっきらぼうな調子で自己紹介を始めた少年と、乏しい表情と言葉で抗議を示す少女。


 放置しておけばそのまま話が脱線してしまう事を察してか、リュウが()れかけた軌道に修正を掛けていた。


「ああ、そうだった。理由については色々あるんだが、第一に今俺達の首についている首輪について」


「ラウ君からも経緯については聞いたけれど、それが原因で神饗(デウス)と同行していたらしいね?」


「もしもこれを外す鍵を持っていて、且つそれを手渡してくれた場合、こちらとしても可能な限り要求を呑む覚悟がある。どうだ?」


 人気のない開けた野原。そこを突っ切っている街道の真っ只中に、俺達は居た。


 追手はリュウも上手く撒いたらしく、落ち合った場所がここだったのである。来た道をやや逆戻りする羽目になったが、それは追手から逃れる上では仕方のない事であった。


「君が言う鍵って言うのは……ラウ君が預かっている物の事かな?」


「え? ああ、多分これですね」


 ふと話を振られ、腰に下げていた袋から二つの鍵を取り出す。指輪ほどの大きさの金属輪がそれぞれの穴に通され纏められており、それらが触れ合う事で甲高い金属音を立てていた。


「それだ、間違いない。礼はするから、それを俺達に渡してくれないか?」


「……例えばどんな礼をしてくれる? 言っとくが、幾らお前がそう言おうとも警戒が解ける訳じゃない」


御尤(ごもっと)も。それについては俺もよく承知しているさ。けど俺は、お前らなら渡してくれるんじゃないかと思ってる。そうじゃ無ければ、あの時あの場で俺とイッシュは殺されていた。違うか?」


 真剣な表情でこちらを見据えるシャリクシュを、俺もまた同様にして見返していた。冗談の類には見えず、嘘にも見えず、敵意も見えず。


 暫く互いに無言のまま見合い、そして徐に頭を掻いた。


「……分かった、ならこの場で俺達に誰一人として危害は加えないと約束しろ。お前には前科があるからな」


「何だ、そんな事か? 良いとも、誓おう。そもそも今の俺達に、お前らを攻撃する理由がない」


 少し拍子抜けした顔を見せる彼は、どうやらもう少しふんだくった要求が来ると思っていたらしい。疑問を抱いたように目を眇めていたが、現状疑っても仕方ないと判断した様だった。


 それでも一応、確認の意味を込めてかシャリクシュは訊ねて来る。


「他に要求は?」


「特には。お前の持つ銃には興味あるけど、作り方とか教えて貰っても作れる気が無いし、維持も出来ねえからな。弾丸とかどうやって調達するんだよ?」


「なるほど、賢いと言うか……諦めの早い事だ」


 面白いものを見たとでも言う様に小さく笑った彼に、鍵を放ってやる。それを片手で受け取ったシャリクシュは、まず良く鍵を観察してからゆっくり鍵穴に差し込んでいた。


 間を置かずに解錠される音がして、首輪が落下していく。続いて少女の――イシュタパリヤの首輪の鍵穴へ差し込み、こちらもまた解錠。


 だが、確かに音は聞こえたと言うのに彼女の首からそれが外れる事は無かった。不審に思ったシャリクシュはもう一度鍵穴の中で鍵を動かし、解錠した事を確認するのだけれど、やはり変化はない。


 少し険の乗った視線がこちらに向けられ、問い質す様に彼は口を開いていた。


「開かない……俺を騙したのか? どういう事だ」


「いや、俺も嘘は言ってない。あの化儿(アニマリア)の死体から剥ぎ取った奴だし、その時点で鍵は二つしかなかった。誓ってそれ以上の事はしていない」


「見え透いた嘘を……お前を少しは信じた俺が馬鹿だった。出せ、首輪を外す鍵を早く出せ! さもないとお前ら全員撃ち殺すぞ!?」


 向けられる銃口に、周囲も俄かに殺気立つ。


 誰もが身構え、何かあれば目の前に居るシャリクシュに攻撃を行う気で居るのだろう。しかし俺は、この期に及んでも身構えはしない。


「嘘じゃない。大体、今のお前らに俺が嘘を言ってどうする?」


「どうせ、イッシュを人質にして俺にあれこれ指示を出すつもりだろ? 神饗(デウス)の連中みたいな。違うか?」


「違う。“同郷”だって分かってる奴にそこまでの事をするつもりはねえよ。俺達にも事情があるんだ、誰かを強引に従わせる理由がない。人数が増えると色々面倒だからな」


 これがもしも、同行を自発的に望むのであれば違っただろうが、強引に連れ回すのは心情的にも、旅をする上でも好ましくない。


 反抗されるかもしれないし、例え人質があっても裏切られるかもしれないし、旅の足が遅くなるかもしれない。


 だからシャリクシュ達を強引に支配下に置こうなどとは一切考えて居なかった。当然、リュウもそう考えていたのである。


「シャリクシュ、お前は誤解してる。そうじゃ無きゃ、そもそもお前の首輪が外れる鍵を渡す訳が無いだろ」


「……じゃあ、何でイッシュの首輪は外れないんだ?」


「それは知らん。お前こそ何か知らねえの?」


「分かる訳ないだろ。俺とイッシュはそれぞれ別々に首輪をつけられたんだ。互いの一部始終が見えた訳じゃない」


 そんな事を言われてしまっては、もはやこちらとしてもお手上げだった。知らない事はこれ以上知りようがないのだから当然だろう。


 それでも一応、何か他に情報はないのかとシャリクシュへ訊ねて見たものの、結果は芳しくなかった。


「イッシュ、何か見てないのか?」


「……分からない。あまり興味が無かったから」


 ならばと今度は彼がイシュタパリヤへ問い掛けてみるが、結果は同じ。誰一人としてイシュタパリヤの首輪が外れない理由を推理できる者は居なかった。


 このまま迷宮入り、或いは判明するまでに相当な時間を要するのではないかと思った、が。


「ちょっと失礼。その首輪、僕に見せてくれる?」


「あ、おい勝手に!?」


「……ふーん。良く出来ているね、この首輪」


 ずっと話しているだけでは埒が明かないと判断したらしいリュウが、一言断りを入れながら少女に近付き、首輪を検分する。


 背後でシャリクシュが抗議していたものの、全く無視して満遍なく首輪を観察していたのだった。


 その間、イシュタパリヤと呼ばれた彼女は居心地が悪そうに、警戒を多分に滲ませた様子でリュウを見ていた。


「まだ、終わらないの……?」


「待って、もう少し……あ、これかな?」


「何か分かったのか?」


「そうだね。多分これ、鍵がもう一つある。中々手の込んだ魔道具だよ」


 やや興奮気味で、前のめりになって訊いて来るシャリクシュの心情は、とても冷静ではいられなかったのだろう。ともすれば胸倉を掴み上げてしまいそうな勢いでリュウに詰め寄っていた。


 しかし、詰め寄られた本人は特に驚いた様子もなく、仮面のせいで口から上の表情が窺えない事もあって、殊更落ち着いている様に見えた。


「鍵がもう一つあるって、どういう事だ?」


「その通りの言葉だよ。鍵穴は一つしかないけれど、鍵はもう一つある。それを突っ込んで解錠しないと、その首輪は外せない」


 処置なしというみたいに、肩を竦めてリュウは言う。


 だがシャリクシュは輪をかけて心穏やかでは居られない様子で、遂にリュウの胸倉に手を伸ばしていた。


「待ってくれ! それって、じゃあイッシュは!?」


「見たところ、この首輪は鍵と連動して、拘束者の首を絞める仕組みになっているね。まあつまり、そう言う事だよ」


「……そ、んな。やっと抜け出せたと思ったのに」


 リュウの胸倉を掴んでいた彼の手から、不意に力が抜ける。そしてそれは波及する様に脚にまで届いたらしく、遅れてその場にへたり込んでいた。


「君達は……正確には彼女一人は、まだ文字通り首輪を付けられている状態って訳だよ」


「態々言わなくても分かってる! ……くそ、神饗(デウス)の奴等め!」


「落ち着いて。そこについては余り慌てる必要はないんじゃあないかな」


「……他人事だからって偉そうに! お前、喧嘩売ってるのか!?」


 再び、シャリクシュの瞳と言葉に険が乗る。しかし体は相変わらず地面に尻餅をつき、顔だけ向けて見上げているのみ。


 それでも結構な剣幕だったのだが、流石はリュウと言うべきか全く動じて居なかった。


「違う、そうじゃあない。この首輪は、鍵と連動していて鍵の持ち主に首輪の居場所を伝えている。勿論、扱い方が分からないと持ち主でも感知は出来ないけれど、何にしろ君が付けていた首輪よりも特別な造りになっている。この子、神饗(デウス)から随分と重要視されているみたいだね?」


「……当たり前だ。伊達にイッシュが、天神教徒から聖女の一人として祀り上げられていた訳じゃない」


 そうは言ったものの、シャリクシュはイシュタパリヤがどうしてこの場に居るのか、具体的には説明してくれない。


 大方狙撃手である彼と一緒に居るのだから観測手だとは思うのだが、一体どのようにして観測していたのかについてはまだ知る事が出来そうになかった。


 無理に聞き出そうとしても、下手をすれば意固地になって時間をただ無駄にするだけになってしまいそうだからである。


 リュウも同様に判断したのか、深く掘り下げる真似はせず、歩き始める。ただしその行き先は、道の後先ですらなく、森の中。


「何か事情はあるのだろうけれど、その辺は追々と行こう。今はここで時間を食っている暇はない」


「時間を食うって……まるで俺の話が時間の無駄みたいな言い方を!」


「そりゃあそうさ。事態は思っていた以上に切迫している。君も、その女の子と(はな)(ばな)れになりたくなかったら、今すぐこの場から移動する事をお勧めするよ」


「……どういう事だ?」


 リュウを先頭に俺達が全員歩き出した事で、置いて行かれまいとシャリクシュとイシュタパリヤも駆け足でついて来る。


 その彼の目には、ハッキリとした説明を求める心情がありありと出ていた。


「そこの……イシュタパリヤ君の首輪は特別製で、さっきも言ったけれど、鍵の持ち主は首輪の居場所が分かるんだ。後はもう、説明するまでもないだろ?」


「……そう言う事かよ」


 頭に血が上り過ぎて、少し前にリュウが説明していた首輪の性能について失念していたらしい。彼は少女の手を引いてついて来ながら、(ほぞ)を噛んでいた。


「取り敢えず、こうなってしまった以上、今更君達と別行動しても意味はない。どうせ神饗(デウス)の連中は僕らの居場所を把握しているだろう。このままついておいで、君達の戦力は貴重だ」


「……何故分かる? 大体、今さっきお前らが戦ったのは東帝国の軍の筈だぞ。そこに神饗(デウス)と何の関係があると言うんだ」


「大アリさ。神饗(デウス)と東帝国、その上層部は繋がりがあるんだ。少なくとも現皇太子は確実で、その側近も同様。つい少し前に僕が戦った人はその皇太子の仲間らしいから、まず間違いなくそちらへ情報が行って居るんだよ」


「……ッ!」


 リュウの説明に、シャリクシュは今自身の置かれている状況が如何(いか)に危険なものであるか、(ようや)く理解が追い付いたらしい。


 もはや無駄口も碌に叩かず、黙々と俺達の後について来ていた。


 その代わり、今までの遣り取りを傍観していたシグが迷惑そうな顔をシャリクシュに向けながら言う。


「リュウさん、本当にそれで良いんですか? 今からでも、彼らとは分かれた方が良いと思いますけど」


「勿論、それが悪手とは言わないさ。けど彼はラウ君やスヴェン君曰く前世の記憶を持っている。一時は神饗(デウス)と行動を共にしていたし、僕としても情報は必要なんだよ」


「それは分からないでもない、けど……」


「けども何も無いよ。そもそも僕は、僕の目的のために各地を旅して回って居るんだ。嫌なら僕から離脱すれば良い。別に止めはしないよ」


 淡泊にも思えるその言葉で、シグは渋々黙った。今の状況で俺達から単身離脱しても、尚更厳しくなるだけだと分かっているのだろう。


 今一度シャリクシュとイシュタパリヤに目を向けた後、無言のまま走り続けていた。


「ってかこの後どうするんです? どこへ逃げるつもりで?」


「取り敢えずこの東帝国国境に程近いこの場所は危険だ。それに街道も。今はここからとにかく素早く離脱するのが先決だね。多分、大規模な()り物劇の対象になっていると思った方が良い」


「とにかく西へって事ね。でもこの地図、街道から外れたら余り役に立たないんですが」


 大体の方角は、陽が出ているので分かりやすい。けれど方角を迷わないからと言って、道を迷わないとは限らない。


 行く先に何があるのか分からないのだから。


 後々非常に困り果てる事態が無いとは言えなかった。


「何とかしてあの首輪を壊せないんですか!?」


「無理だ。下手に外そうとしても何処かに居るであろう鍵の持ち主がそれを察知してしまう。下手をすれば仕組みが発動して彼女の首が締まるかもしれない」


「散々化け物って言われても、出来ない事って多いんですね」


「当たり前さ。所詮僕は半端者のなりかけ(・・・・)。なりたくてこんな身になった訳じゃあないし、そこまで期待されてもね」


 もっと言えば天地がひっくり返っても僕も君も神様には成れないよ、と彼は自嘲気味に呟いていた。しかしそこには微かに暗い影が落ちているような気がして、どう返事をしてやれば良いのか分からない。


 結局諦めて、また違う話を振るしかなかった。


「って言うか俺達、ずっと逃げるって訳にも行きませんよね!? 神様じゃないですし、なりかけ(・・・・)だって休息は必要なのに、あの首輪のせいで居場所が特定されているんじゃおちおち食事も摂れませんよ!?」


「それは勿論分かっているさ。だから僕らの方でも打つ手は考えてある。取り敢えず今はこの場から急速離脱。さっきみたいな軍勢の居る場所じゃあ、作戦会議も出来ないからね」


 確かにその通りである。誰一人としてリュウのその言葉に文句を言う人はおらず、真剣な空気のまま俺達は人気のない、手付かずの森の中を駆け抜けていた。



◆◇◆



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