第四話 ミステイル⑤
「……おはようございます」
「うん、おはよう」
春が来たとは言え、まだ夜間や明け方は冷える。凍死しなくとも、薄着で居れば確実に体調を崩す事は間違い無いだろう。
取り分け野宿に際しては周辺を警戒する意味でも焚火は必須で、暖を取る為でなく光源確保の為にも無くてはならないものである。
だが、焚火は電気の光とは違って常時薪を足さねばやがて消えてしまう。だから交代制であれ何であれ、不寝番が必要であった。
故に、出来れば街道沿いにある村落で一泊出来れば良いのだが。
「次の村、泊めて貰えると良いですね」
「そうだねえ。ラウ君も、不寝番御苦労様」
「どーも。熟睡出来ましたか?」
「ばっちりさ。充実した睡眠は充実した気力を養うからね」
早朝。まだ日が顔を出しているかも怪しい時間。
他の誰よりも一足早く起きたのは、リュウだった。
焚火の光に照らされながら大きな伸びをする彼の顔は、仮面が着いたまま。寝る時くらいは取れば良いものをと思わなくもないが、野宿の際は身に着けたままにしておきたいらしい。
「朝食の準備は?」
「今進めてます。不寝番なんて警戒と火を見る以外はほぼ手持無沙汰なんで、こういう仕事があるのは助かりますよ」
「まあ、もしも居眠りしたら僕がシバき倒すから、その辺は安心してくれていいけれど」
「それのどこが安心出来るんですかね?」
仮面の下からでも分かる笑顔を向けて来るリュウだが、全く同意できない。彼から視線を外し、調理に取り掛かるのだった。
とはいっても調理は粗雑そのもの。不寝番中に偶々襲い掛かって来た鹿角兎を三羽仕留め、それを血抜き解体して焚火にあてるだけである。
調味料などある筈も無く、所々に焦げ目の付いた串肉を朝食として皆で食べるのだ。
起き抜けから随分と腹に溜まるものを思わないでもないが、旅は何かと体力を使う。折角手に入った新鮮な肉を摂取するのは何も問題無かった。
「塩とか欲しくなりそうだ」
「内陸じゃ沿岸部以上に高いですからね。って言うかこの辺、塩を取り扱う商人が居ません。都市がありませんからね」
「そこの村も、馴染みの行商人とかが定期的に卸しているんだろうね。そう都合よくは来てくれないか」
火に掛けられていた串を一本取り、肉の焼け具合を確認しながら、リュウは右手の方を見る。
そこには柵が見え、そして奥には家屋の屋根が見えていた。無論、村である。
だがここが化儿国家の領域である事から、多分に漏れず村人は全員が化儿。そして他人種を憎み、警戒する閉鎖的で典型的な化儿であった。
「憎しみの根っこは深いね。流石にどうしようも出来ないや」
「これをどうにか出来たら、今頃とっくに白儿は追われる身から解放されてますよ。そうは思いませんか?」
「違いない」
短くそれだけ言ったリュウは、遂に串肉へ口を付けた。味付けなどは一切為されていないが、脂が垂れるような肉である。
この世界の住人からすれば、特に一般市民以下からすれば、喉から手が出る程の高級食材であると言っても過言では無かった。
「どうです、焼けてますか?」
「ばっちりだね。これはいよいよ塩が欲しくなる。干し肉とは大違いだ」
「良かったです。仕留めて捌いて調理した甲斐があった」
調理と言っても一口サイズに肉を切って枝を加工した串に刺し、火にあてただけ。前世の世界からすれば調理とは呼べない様な代物だが、いい加減この世界に慣れた身としては御馳走なのも間違いなかった。
「……良い匂いだな。肉? どこで獲ったんだ?」
「俺が不寝番してる間に仕留めた。全員分あるから安心しろ」
スヴェンを皮切りに、シグとレメディアも続く。
皆一様に今日の朝食を見て目を輝かせ、そして串を手に取ってむしゃぶりついていた。
鹿角兎三羽分の肉はあっという間に腹の中へと収まり、気付けば誰もが呆けた顔で焚火を眺めて居たのだった。
「もう終わり?」
「兎三羽分の新鮮な肉だぞ。十分だろ。都市部で購入したら幾らすると思ってんだ? ってか、ここまで新鮮な肉は早々店先に並ばねえぞ」
「分かってるけどよー……何でもっと狩っとかねえの?」
「不寝番してたら偶々飛び出して来て、襲い掛かって来たんだ。狙って狩猟した訳じゃない」
大きさは地球でよく見る兎より一回り大きい。そして鹿に似た角が頭部からは生えているが、それ以外は見かけ上兎と変わらない。
基本的に鹿角兎は臆病な性格をしていて、繁殖期に入ると性格が凶暴になる……らしいのだが、そもそも兎は人と同じで年中発情していた気がする。
別に学者でも何でもないので、その辺の詳しい考察については知らない。いずれこの世界の学者が何とかしてくれるだろう。
「角については信頼度の高い商人か、狩猟者組合の買取窓口で換金して貰おう。コイツのは結構良い値段になる」
「装飾品としては本物の鹿の角より加工しやすいからな」
所詮は兎の頭部に生えた角。大きさは高が知れていて、小さく加工する上で手間が掛からない。その分加工品の値段も手ごろで、庶民にも人気が高いらしい。
「ま、お喋りはその辺にしてそろそろ出発の準備をしよう。太陽もちょっぴり顔を出しつつあるし」
肉と金の談義に花が咲きつつあったところでリュウがそれを遮り、場を仕切る。伴って各々が散り、荷物を纏めて身嗜みを整えるのだった。
不寝番であった身としては特に整えるものは何も無く、焚火を消化すると東に目を向けた。
リュウの言う通り空は白み始めるどころか青さを持ち、雲が薄暗く照らされていた。それに追い立てられるように月の影は薄くなり、闇が消えて行く。
一日がまた、始まりつつあった。
元々野宿だった事もあって準備は分単位も掛からずに終了し、リュウを先頭に旅が再開される。街道から碌に離れていない場所で野宿した事もあって、元の道に戻るのも造作の無い事だった。
「このまま真っ直ぐ行けば二日後には都市へ出ます。もうひと踏ん張りですね」
「分かった。久し振りの都市だ。その時には夕食とかもちょっと奮発しようかな」
この辺が国境沿いの辺境である事から、都市は無く村落ばかり。折角一日歩いても、そこは下手をすれば廃村となっている場所もあった。
そもそもこの世界の地図は正確な測量も行われていないので、高価な物でも割と地図が描かれている。
現に今手元にあって視線を落としている地図も例外は無く色々が適当だった。けれど相応の都市などは表記されていて、全くあてにならない訳では無かった。
勿論、前世世界に比べたら落書き以外の何物でもないが。
「……肉、ありがとう。美味かった」
「ん? ああ、どの道一人で食い切れる量じゃ無かったから。皆で食った方が文句も出ないし、ってか焼いただけの肉で礼を言われてもな」
「それはそうだな。宮廷で出されていた料理に比べたら、アンタのは粗末も良いところだ」
ふふ、と笑みを浮かべるシグ。態々(わざわざ)調理したのにここまで貶されては文句の一つでも言ってやりたいが、事実だけに正論で返す術がない。
だから彼女の主張を認めつつ反論するしかなかった。
「お前だって料理が上手い訳じゃないだろ。人に文句を付けられるような料理を作ってから言え下手糞」
「……私に喧嘩を売るか? 面白い」
「俺は買った側だぞ。売ったのはお前だ」
下手糞呼ばわりされた事が癇に障ったのだろう。顔を引き攣らせながらシグが睨み付けて来る。
だがその程度で怯む筈も無く、彼女の天色の目を見つめ返しながら言葉を続けた。
「良いか、何度でも言ってやる。お前の料理は下手糞だ。弁護の余地も無いくらいにな。少しは練習したらどうだ?」
「う、うるさい! 私だってそれくらいは自覚してるさ! そもそも宮廷育ちの私に、碌な料理を作った経験がある訳ないだろ!?」
「言い訳は見苦しいですねえシグルティア姫殿下。俺みたいな元農奴相手に負けて悔しくないんですかぁ?」
今思い返すと、彼女にはこれまで散々好き放題言われて来た覚えがある。それも初対面の時からだ。
だからここぞとばかりに勢いに乗って、煽りながら反論していた。すると旗色が悪い事を察したのか、苦し紛れにシグは言う。
「……前世の記憶なんて言う反則を持ってる奴に言われたくはない!」
「けどレメディアだって料理は出来るぞ? そこはどう説明する?」
「それは……」
そこで口籠った限、彼女から何か反論が返って来る事は無かった。思わず勝ち誇った顔を向けてやれば、彼女は不機嫌そうに視線を逸らしていた。
「覚えてろ、お前」
「ええ、覚えておきますとも。俺に言い負かされたって事は絶対に忘れませんよシグルティア姫殿下?」
「このっ……!」
改めて負けたという事実を突き付けられ、尚且つ煽られてプライドが傷付けられたのだろう。耳まで紅潮させて睨み付けて来るが、さながら負け犬の遠吠えのようで全く怖くなかった。
何はともあれ、彼女を言い負かした事で満足した俺は、それ以上この話題についての話を打ち切って、話を転換する。
「それで、何の用? まさか喧嘩を売る為だけに俺へ話しかけて来た訳じゃないだろ?」
「…………」
「何だよ? 信じられないみたいな顔しやがって」
「いや、ラウがそこまで察しの良い脳味噌をしているのが意外だった」
「おいまだ喧嘩売るつもりか?」
そうなら買うぞ。どうせ道中は何も変哲もない街道を歩くだけ。時間は有り余っていて手持無沙汰なのだ。時間を潰す上でも口喧嘩は気が紛れて丁度良かった。
それに例え言い負かしたとして、シグの性格上陰湿な事に走ると考え辛いのも、喧嘩を買う事に対して躊躇が無い理由の一つだ。
「済まない。今のは心の底からの本心だ。気にしないでくれ」
「それはそれで地味に傷付くんだけど?」
遠回しに愚鈍と言われて嬉しい気持ちになる人は居ない。いや、縦しんば居たとしてもそれは少数派かつ特殊な人である。
少なくとも自分は全く嬉しいとは思わない。
「まあ、私のアンタに対する印象はさて置いて」
「待ってよ、ねえ」
シグは何事も無かったかのように話を戻そうとするが、今は脱線した話の方が色々気になって仕方ない。
俺に対して一体どんな人物評を下しているのか、じっくり根掘り葉掘り聞きだしたいのだけれど、幾ら訊いても答えてくれる事は無かった。
その代わり、いつに無く深刻そうな表情で俺を真っ直ぐに見据えていたのである。
「シグ……?」
「真面目な話だ。アンタとスヴェンは前世の記憶を持つと言っていただろ?」
「ああ、まあ何度となく言ってる通りだけど」
気付けば、俺とシグは他の三人と微妙な距離が開いていた。とは言ってもはぐれる程の距離では無いし、精々周りに話し声が聞こえなくなる程度でしかない。
だから先頭を歩くリュウやそれに続くレメディアとスヴェンが咎める事は無いし、彼らは先程食べた肉の話で盛り上がって後方へ注意も向いていなかった。
迂闊に離れすぎなければ、目を付けられる心配も無いだろう。
「それで、いきなり前世の話を持ち出して何だって言うんだ? もう説明ならうんざりだぞ」
「いや、そう言う訳では無くてな」
「……?」
てっきり前世の地球、その中でも日本の事について、普段の生活について、またあれこれ訊かれるのかと思っただけに、肩透かしを食らった気分になる。
そんなキョトンとした心情が顔に出ていたのだろう。おかしそうに吹き出したシグを、思わず睨み付けていた。
「何だってんだよ?」
「……失礼。何はともあれ本題に入ろう」
弛緩した空気を再び引き締める様に咳払いをした彼女は、また真っ直ぐ俺の目を見据えて来る。
決意の滲んだ綺麗な瞳に思わず一瞬だけ見惚れてしまうが、その事を悟られないように慌てて取り繕うのだった。
「そ、それで、何の話を?」
「私にもお前の言う様な、前世の記憶と言うものがあるのかもしれない、と言う事だ」
「……シグが?」
「ああ。最近、変な夢を見る」
曰く、自分は全く知らない筈の光景を夢で見るのだという。
最初はただの幻で、何の変哲もない夢だと思っていたのが、それにしては不自然に続き、そして緻密だった。
ここ最近、俺やスヴェンから様々な異世界の話を聞いて、擦り合わせた結果「もしや」と思ったらしい。
「……何か決定的な証拠でもあれば良いんだが、声は碌にしないし、聞こえても何を言っているのか分からない。ただ、記憶の主らしい者の感情が直接的に伝わってくるような感覚で」
「その時夢で見る景色は、どんなだった?」
「どんなって言われても……私にとっては見た事ない物ばかりで、名前も分からない。ただ、とても自然の物とは思えない物が建物を含め沢山あって、不思議な世界だった」
「……!」
どくん、と胸が高鳴った気がした。
灯台下暗しと言うべきか。もしも彼女の話が本当なら、彼女もまた“同郷”の人物であろうと推測するのは容易な事であった。シャリクシュのように、記憶はあるが人格が回復しない例の類型なのだろう。
「それ以外に何か、分かる事は?」
「分かる事……は……」
「何でも良い、とにかく言ってみてくれ! ある事全部だ!」
気が、急く。
サルティヌス、スヴェン、シャリクシュに続いて漸く発見した四人目の“同郷”だ。昂らない訳が無かった。
思わず足を止め、両手を伸ばしてシグの肩を掴んでいたのである。
「その話が本当なら間違いない。もしかすれば俺と前世のお前は知り合いかもしれないし、そうじゃなくても向こうの世界に居た事に違いは無いんだ!」
「えっ!? ちょ、待て、待て待て待て! 近いぞ、落ち着くんだ、ラウ!?」
「これが落ち着いて居られるか! 信じられないくらいの偶然なんだぞ!? 良いから夢で見たもの全部言えって!」
額と額が衝突しかねない程の距離まで迫り、力説する。これがどれだけ信じられない事なのか。どれだけ凄い事なのか。
この世界がどれくらい広くて、どれくらいの人が住んでいるのかは知らないが、偶然身近に行動している人が“同郷”である確率は、相当低い筈である。
だから取り澄まして居られる余裕なんてとうの昔に吹き飛んで彼女を問い詰めるのだが、どういう訳かシグもまた慌てふためいていた。
おまけに幾ら問い質しても、顔を背けてこちらを見ようともしない。遅々としてそれ以上の情報を引き出せない事に苛立ちが募っていた。
「ち、近いって言ってるだろ!? それに、手、手を放せ……っ」
「放さねえ! 放す訳ねえだろ!? お前は俺と……!」
「“お前は俺と”……こんな街道のど真ん中で女の子の肩を押さえ込んで、一体何をするつもりなのかな、ラウ?」
不意に、底冷えするような少女の言葉が横合いから聞こえて、息が詰まった。嫌な汗が全身から吹き出し、心臓が早鐘を打つ。
例によって危地に陥った時のように口が急速に渇いて行く感覚は、間違いなく己の身に危険が迫っている事を告げている様だった。
「……レメディア? ど、どうしたんだ?」
「まさかラウがこんな白昼堂々、旅の仲間でもある女の子を押さえ込もうとするなんて、思いもしなかったよ」
「あの、レメディアさん? 何か怖いんだけど……」
いつもなら名前の後に“君”を付けている筈の彼女が、今は呼び捨てで、しかも恐ろしく冷たい声をしている。
怒っている。彼女は怒っている。間違いなく怒っている。理由は分からないが怒っている。凄く怒っている。
けどそれは多分誤解である。
今までに無いほどの怒気を全身から滲ませているが、誤解である。多分。
「お、お互いに何か不幸な行き違いがあると思うから、レメディアさん、ちょっと落ち着いて……」
「まずはその手を放してからにしてくれる? 話はそれからだよ」
「あ、ハイ」
有無を言わせぬ雰囲気に、もはや大人しく従うしかなかった。そして、誰に言われた訳でも無いのに彼女に対して向き直り、ぎこちない動作で正座をしていた。
街道のど真ん中であったがそんな事は関係無い。しなくてはいけない気がしたのである。
「どうして私が怒ってるか、分かる?」
「……分かりません」
「何で分からないの? やっぱり馬鹿?」
シンプルな罵倒が飛んで来て、容赦なく心を抉る。
彼女の背後ではスヴェンが盛大に吹き出し、口を押えて蹲っていた。
「さっき自分がやってた事をよく考えて、客観視する事も出来ないの? それ終わってるよ?」
「……っ」
グサグサと言葉の矢が突き刺さってを繰り返すが、既に致命傷まで届いているのにまだ止まらない。けれど、流石にここまで散々に言われれば段々とレメディアの言いたい事も分かってくる訳で。
「今後しばらく、シグちゃんに接近禁止。いい?」
「……済みませんでした」
いきなり両肩を掴まれて至近距離まで詰められれば驚くのも無理はないし、傍から見れば何かが起きていると判断されても文句は言えない。
道理でシグに向かって幾ら問い詰めたところで、視線を外して逃れようとしていた訳である。
一方俺の謝罪を受けたシグは一度大きな溜息を吐いた後、額に手を当てながら言っていた。
「私はもう構わない。レメディアも、助かったけどその辺にしておいてやってくれ」
「シグちゃんがそう言うなら良いけど……でも、二人で何を話してたの?」
「あ、そうそう。実はそれ結構重要な話で」
「ラウは黙ってくれないかな? この獣」
「け、だもの……」
刺すような緑の視線が真っ直ぐに俺を射抜き、絶句させる。これがシグからの物であればまだ納得できないでも無かったが、どうしてレメディアから向けられなければならないのだろう。
釈然としない気持ちになりながらも、これ以上は下手に口を挟むのは悪手と判断し、後の会話は傍観に徹するしかなかった。
「それでシグちゃん、何の話を?」
「ああ、実は誰にも言って居なかったんだが、どうやら最近、前世の記憶のような物を見る事があってな」
「……本当に?」
「まだ確証はない。そのためにまずラウに話したんだが、あの通りの目に遭ったという訳だ」
「面目次第も御座いません……」
土下座した。
土が服に付くのも構わず、額まで地面にキッチリ乗せた。この世界には無い風習だと思うが、それでも誠意は伝わるだろう。
前世の事について注目するあまり、シグに対する配慮が完全に欠如してしまっていた。大いなる反省点である。
「それで、どんな記憶なの?」
「いや、それは……」
「言わないとラウやスヴェンとの擦り合わせも出来ないと思うけど」
「確かにその通りなんだが、何と言うか……その」
とうとうレメディアは俺の事を呼び捨てにした限、その呼び方を変える気配がない。何となくそれに寂しさを覚えつつ見物していると、やはりシグは先程の様に歯切れが悪くなっていた。
どうやら夢の内容を語る事に躊躇があるらしい。
気恥ずかしそうに顔を俯きがちにして、レメディアからも目を逸らしている始末だった。当然、そんなシグの様子に誰もが首を傾げる。
「ひょっとして、そんなに言いづらい事?」
「まあ……そんなところだ」
「どうしても言えない?」
「言える、と思ったんだがな。どうにも二の足を踏んでしまって」
困ったなと、彼女は自嘲していた。
その寂しそうな表情を見て、レメディアもスヴェンもリュウも、無理に聞き出す必要はないと判断したらしい。
これ以上の追及はせずに、大人しく引き下がる気配を見せていた。
けれど、俺は違った。どうしてもその表情が、時折自分の記憶の中の少女が見せていたそれに似ていて。どうにも心が騒めいて仕方なかった。
だからだろう。
気付けば口を衝いて出ていた。
「……シグ、お前はどっちが良いんだ? 吐き出したいのか、溜め込みたいのか」
「私、は……」
「こんな殺伐とした世界だ。下手すれば、一番言いたかった事も言えずに死ぬかもしれないって事を忘れるなよ」
シグもまた、前世の記憶を持つ同郷かも知れない。そう考えた時に強く想起したのは、前世の最期の記憶。最期の気持ち。
それが思い浮かんだのは特に理由は無いのだろう。ただ、一番心に印象深く刻みつけられていると言うだけで。
あの時の自分は、色々な気持ちが複雑に絡み合っていて、はっきりとどんな感情を抱えていたのか、一つ一つ上げる事は出来ないだろう。
でも、その中でも強烈だったのは、後悔だった。
結局自分も死んでしまった。何も出来なかった。やりたい事も、言いたい事も出来ずに何もかも終わってしまった。
だから思った。
「俺もお前も、多分二度目を生きてんだ。同じ轍を踏む様な真似はするなって、お前の記憶の中に居るであろう“誰か”に言っとくよ」
「……そうだな」
再び自嘲する様に、シグは笑っていた。でもそれは何かを抱え込んだようなものでは無くて、寧ろ憑き物が落ちたみたいだった。
その様子だけで、勝手に口を挟んだことを咎めるレメディアの視線を耐えた価値はある。後々怖いが、後悔はしない。多分。
「ここまでお前に言わせて、いつまでも黙っている訳にも行かないな。分かった、話そう」
「シグちゃん、本当に平気?」
「平気、では無いな。私の記憶では無いのに、今にも顔から火が出そうなくらい恥ずかしい」
「……やっぱりラウが無理強いするから」
「え、待って俺のせい?」
恨めしそうにレメディアの視線が向けられ、思わず身構えていた。だが彼女はそれよりもシグの方が気になるのだろう。
すぐに視線を戻すと、話を聞いていた。
「私……いや、その“誰か”は多分、今の私と歳は同じくらいか少し上だ。友達と思わしき男子といる事が多かった」
「男子、ねえ。彼氏か何かの線が強そうだけど……それで?」
流石のスヴェンもまた茶化す事は無く、真剣な表情で推理しながら彼女の話の続きを促していた。
現状、彼女が本当に前世の記憶を持つかどうか、正確に判断できるのは彼と俺だけなのである。だから一字一句逃さず真面目に彼女の話を聞いていたのだが、不意にシグはこちらに視線を向けていた。
「……ああ、そうだ。ラウ、話の途中だがお前に確認したい事がある」
「何だ?」
「以前のお前は下級狩猟者のケイジ・ナガサキと名乗っていた事があったな?」
「ああ。今更隠す事でも無いしな」
一時だけ、その名で活動していた。前世の記憶を持つ、同郷の者が居たら接触してくる者が居るかもしれないと考えての事だった。
結果、引っ掛かったのはタルクイニ市で出会ったスヴェン――桜井 興佑だけ。その後は色々あってその名を名乗るのを止めざるを得ず、以降使っていない。恐らくもう二度と使わないだろう。
「それが何か関係でも?」
「大ありだ」
殊更強調するような彼女の言葉に、目を眇めた。
話の先が気になって仕方ないが、それでも下手に急かす真似はせず、黙って続きを待っていると、彼女は気持ちを落ち着ける様に長く息を吐き出して。
真っ直ぐに俺を見据えて、言った。
「変な話だが、ナガサキ・ケイジと言う名前を夢の中で聞いた。それって、お前の事なのか?」
◆◇◆




