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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第六章 ユルガヌモノハ
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第四話 ミステイル④

◆◇◆





 温かさは日増しに強くなり、道の脇に残雪はその量を段々と縮小していく。


 冷たい風も吹く頻度は少なく、冷たさも強さも弱いものへと変化して、過ごしやすい季節が徐々に迫ってきているのを肌で感じさせてくれた。


 伴って街道の泥濘(ぬかるみ)具合も酷くなってしまって、歩行の上では支障が出ないとは言い切れないが、誰もが(おおむ)ね気温の上昇を喜んでいる。


「ラウ君、今はどの辺? まだタルクイニ市には着かないの?」


「まだまだアレマニア連邦の東部地域内ですよ。って言うかずっと北に下ってるだけなんで、この辺に大した変化も無いですよ」


 相変わらず当たりの景色は峻厳な自然が広がり、白装束を来た山が遠方に(そび)え立っていた。


 アレマニア連邦内からラティウム半島へ行く道は何通りか存在するが、現在通っている道が一番簡単である。


 殆ど山越えをする必要も無いし、なだらかな道も多いのである。


 しかし、ゲルマニアと言う地域そのものの自然が厳しい事もあって開発の手は余り伸びておらず、街道であっても手入れの為されていない箇所は存在する。


「関所で通行税を取るなら、少しは街道の維持に使って欲しいものだね」


「そこまで手が回らないんじゃないですか? 街道を維持するにしても、やらなくちゃいけない事は幾らでもありますし」


 道や橋の修繕維持は勿論、通行人がある程度安心できるように治安維持もしなくてはならない。賊ならまだ対応のしようもあるだろうが、妖魎(モンストラ)が出たとなればそうもいかない。


 人間の賊よりも質が悪いのである。何せ、数が多い上に行動原理は獣そのものなので、神出鬼没かつ突発的な出現が多い。


 領主としてもそれらに一々対応している余裕も金もないのである。だから狩猟者組合(ギルダ・ウェナトルム)が存在し、そこを仲介して狩猟者(ウェナトル)が派遣される訳だが、どうしたって時間も掛かってしまう。


 人が少ない街道であればあるほど、整備その他諸々の管理が疎かになってしまうのは当然の事であり、そして仕方のない事であった。


「リュウさんはタルクイニ市に行った事は?」


「無いよ。今回が初めてだ。これまでは行く用事も無かったからね」


 現在目指すのは、以前に俺が立ち寄った事もあるラティウム半島の一都市、タルクイニ市。


 歴史は古く、元々は白儿(エトルスキ)の都市だったらしいが、共和制ラウィニウムとの抗争に敗れて破却(はきゃく)。その後再建されて今に繋がっている。


 かつて立ち寄った際にはスヴェンと出くわし、またレメディアやガイウス・ミヌキウスと言った面子に再開した印象深い場所だ。


 彼らは皆変わりないだろうかと思いを巡らせるが、ふと脳裏を過ったのは、怒りを湛えた小さな子供達の顔だった。




『――ユルスは、お前のせいで死んだんだぞ!?』




 見慣れた顔から発される、聞き慣れた声。だがそこには明確な敵意が滲んでいて、もはや己と彼らが相容れない存在である事を何よりも如実に表していた。


 すると俺が何か考えている素振りに気付いたらしいレメディアが、窺うように声を掛けて来る。


「ラウ君、平気?」


「平気だ。と言うか何が?」


「や、タルクイニ市って言ったらグナエウス君達も居るから、あんまり良くないかなって……」


「俺も気分が沈むかなと思ったんだけど、案外そうでもない。こうやって周りに人が居るからだろうな」


 あの時、あの場所で向けられた敵意は本物だった。だから彼らは俺を裏切ったのだ。裏切る事が出来たのだ。


 グラヌム村で暮らしていた時は、あの十歳にも満たない子供達もまた俺達の家族だった。けれど、それも俺の体に変異が、魔法が発現してから一変した。


 俺が、白儿(エトルスキ)であったばかりに。


 家族の一員であったユルスは、村人から暴行を受けて傷を負ったせいで死んだ。それをこの目で確認した訳では無かったけれど、以前タルクイニ市で再会した時は確かにあの子の姿だけは無かった。


 そしてグナエウスら子供達は、敵意を向けてきた。


 グラヌム村から追放され、家族の一人が死んだのはお前のせいだ。全部、何もかもお前が悪い。


 あの時の糾弾は、理不尽だと思いつつも精神的に重いものだった。確かに自分が居なければこうはならなかったのだと、考えていた。


 だからレメディアやクィントゥスの頼みも振り切ってタルクイニ市を後にし、もう不必要な感情に囚われまいと心に誓った。


 しかし今の自分は、そんな閉じ切って冷え切ったかつてが嘘のように、周りに人が居る。一緒に旅をしている。旅が出来ている。人と話せている。


 もうこれ以上裏切られない確信がある。


 それが理由なのか、グナエウス達から向けられた視線や言葉を今思い出したところで、余り心に響かなかった。寂しくなかった。


「レメディアもスヴェンも、お前らが合流して意地でもついて来てくれたってのは、大きいかもな。信じられる人が居るってだけでこんなに余裕がある。勿論あいつらとは元の“家族”に戻れない事が悲しくないとは言わねえけどさ」


「そっか……良かった! もっと感謝してくれても良いんだよ?」


「あーはいはい、そうですね」


 綺麗な、心底嬉しそうな笑みを浮かべるレメディアから視線を逸らしながら、渋々彼女の頭へ手を伸ばす。


 俺がグラヌム村を飛び出した時よりも幾分低く感じるその緑色の髪の頭を、乱暴に撫でてやるのだった。


「もうちょっと優しくして欲しいなあ、なんて」


「うっせ。昔みたいに撫でてやっただけで感謝しろ」


「あ、ラウ? 俺にもやってくれない? レメディアと一緒で俺にも感謝してくれてんだろ?」


「それとこれとは話が別だ」


 ニヤニヤした顔で揶揄(からか)ってくるスヴェンに、苦笑しながら切り返す。だが反論したは良いが、少し気恥しくて余りキレのある言葉は出て来てくれなかった。


 だけど、だからと言って不愉快かと聞かれればそう言う訳でも無く、(むし)ろこうした会話と空気が何とも心地の良いものだった。


「本当に撫でて欲しけりゃ撫でてやるけど、お前そんな趣味だったっけ?」


「冗談なの分かってて言ってるだろ。撫でるのは結構だ。レメディアも幸せそうな顔してるしな」


「ちょっとスヴェン!? 勝手にそう言う事を言わないでくれるかな!?」


 俺の手は彼女の後頭部に置いている位置関係もあって、今のレメディアがどんな顔をして居るのかは分からない。


 しかし、スヴェンの暴露と彼女自身の慌てふためき様から、相好(そうごう)を崩していた事は間違い無いだろう。


「何だお前、村でも散々撫でてやったのに今更照れてんの?」


「いや照れてるとかじゃなくて! 何て言うかこう……久しぶりだったし!? 懐かしいなって……」


 思い返せば彼女の頭を最後に撫でたのは、もう年単位で昔の事である。互いに疫病と飢餓で肉親を亡くし、寄る()の無い者同士で寄り集まって共同体を築いて。


 周りが年相応の精神だった事もあって、当初は俺が一人で統率し、レメディアを始めとした皆の面倒を見ていた。


 だから当時は彼女を宥めるために何度となく頭を撫でた。それは他の子達に対しても同様だったが、レメディアの場合、歳を取る毎にその機会は減って気付けばクィントゥスと共に共同体の運営を手伝ってくれていた。


 結果、自然と頭をなでると言った事を彼女にする事は無くなっていたので、懐かしさは確かに感じられるのは事実であった。


「レメディア、ついでに添い寝でも頼んだらどうだ?」


「添い……!? そんなの村に居た時もした事無いよ! 皆で雑魚寝だったし!」


「私からすればそれはそれで凄い話なんだがな。家屋の制約があるとはいえ、複数の男女が同衾(どうきん)するというのは……」


「ど、同衾!? まあ確かにそうだけど誤解を招きかねない事を言わないでくれるかな!?」


 面白い玩具を見つけた様に、スヴェンとシグがそれぞれ微笑しながら口々に言う。


 それをレメディアが耳まで赤くして反論していたが、気恥ずかしそうな彼女の態度のせいで碌な迫力を持ってはいなかった。


 何より、彼女が言われ放題言われていると、自分まで揶揄われている気分になるので、ここで助け舟を一つ。


「そもそも同衾云々って言ったら、この旅で野宿する時は似たようなもんだけどな。俺たち全員、その辺で雑魚寝だし」


「ああ、その通り。お前ちょっと気にし過ぎだぞレメディア?」


「酷い! 私で遊んだの!?」


「その言い方だと誤解の余地を多分に含んでる気がしなくも無いけど……やっと気付いたか」


 愕然とした表情を見せる彼女に、スヴェンが高笑いをしていた。シグもそこにつられ、気付けばレメディア以外の皆が笑い出していたのだった。


「……もー、酷いよ皆して私を笑うなんて」


「弄り甲斐があるお前が悪い。昔から真面目過ぎるんだよ。けどそれがレメディアの強みだし、変える必要はないと思うけどな」


「それは……誉め言葉として受け取っておくね」


 このまま放置していたら臍を曲げてしまいそうだったので軽くフォローを入れれば、それだけで多少機嫌は持ち直したらしい。


 軽い足取りで先頭に飛び出し、俺達の先を行く。


「あまり遠くへは行かないでね? 何か起きた時に君達の身を守り切れるとは限らないし」


「分かってますよー」


 注意しなければ目の届かない範囲に行ってしまうかも知れないと思ったのか、リュウが釘を刺す。それにレメディアは上機嫌で応じ、その姿は先へ先へと離れて行く。


「余程嬉しかったんだな」


「何が?」


「お前に褒められた事がだよ。いつぞやの時みたいに、もう置いてけ堀にはするんじゃねえぞ」


「……善処するよ」


 タルクイニ市では、彼女を含め知人を置いて決別した。あの時あの場にはスヴェンも居て、夜の暗さで顔の判別は出来なかっただろうけれど、別離の一部始終を目撃されている。


 今はその別れた者達の一人がレメディアであった事を知っているスヴェンは、だから横に立って忠告をくれた。


 それを強く胸に刻みながら、先行するレメディアの背中を眺めるのだった。








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