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キオクノカケラ  作者: 新楽岡高
第六章 ユルガヌモノハ
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第四話 ミステイル①




 前にもこんな事があったような、と思う。


 遠い昔に感じられる誰かの記憶は、夕暮れの空の下で同世代の男の子に背負われているものだった。


 あの時どのような言葉を交わし、どの様な言葉を掛けられたのかは分からない。だが、何故か記憶の持ち主は泣いていて、それを負ぶっている男の子が宥めかしていた事だけは理解出来る。


『――――』


 あの時の男の子の体は年相応で、体格的な問題もあってややふらつき気味だった。しかし、彼はその事について弱音を吐くでも無く、気遣う調子で声を掛け続けてくれていた。


 その事が何だかとても頼もしくて、温かくて、格好良くて。


 だからこの記憶の持ち主は、その男の子の事がずっと――。







「……ん」


「シグ、起きた?」


「ラ……ウ……?」


 目を覚ませば、自分は少年に負ぶわれていた。


 体のあちこちは酷く痛み、両掌は血が滲みながらも止血が為されている。ふらつきもせず、しっかりとした足取りで少年が歩いているお陰で傷にも響かず、彼の背中からは(ぬく)もりだけが伝わって来るのだった。


 日もやや傾き、もうじき夕暮れとなる事だろう。


 どういう訳か(・・・・・・)懐かしさを覚える今の己の状況に、釈然としないモヤモヤとした感情が湧き上がらずには居られない。


 例えるならば、後ほんの一歩で忘れていた事が全て思い出せる様な、そんなもどかしさである。


 だが、少年――ラウレウスはこちらの内心を推し量れる筈も無く、振り返らずに訊ねていた。


「体の具合は? 一応手当てしたけど、結構手酷くやられてたぞ。戻ったらちゃんとリュウさんとレメディアの手当て受けろよ」


「……ありがとう。そうか、私は敗けたか」


「相手が悪かったとも言えるな。何か訳わかんねえ薬持ってたし」


 一応確認のために残りを剥ぎ取ったと、彼は言う。だが、それはつまり。


「お前、あの豹人族(パルドゥス)を倒した? ……どうやって?」


「奴が服用してた薬の効果が途中で切れたんだ。お陰で攻撃が効くようになった。途中まではゾンビみてえな奴だと思ったけど」


「その薬って、本当に剥ぎ取ったのか?」


「そう。その辺は色々な事が一段落着いてからだな。まずはお前自身の体をどうにかしろ」


 彼が手に持つ短槍は両手で横に持ち、背中に回してシグルティアを尻から支えている。普通に背負う場合に比べて使う力も最小限度なのだろう。


 簡易的な椅子に腰掛けている気分にならなくもないが、お陰で安定性は抜群だった。


「私の体については言われるまでもないが……アンタ一人で全員倒したのか?」


「そうじゃ無きゃ今こうしてここに居ねえよ。狙撃手の方がまあ、色々思うところがあるんで見逃した。アゲノルの方はしっかり息の根求めたけどな」


「阿呆が。いつまた狙撃されるかも分からない者を見逃したのか? これで殺されたら本物の間抜けだな」


 前からこの少年に対して思っていた事だが、彼は甘い。冷たいような、警戒心が一等強いような気がしたけれど、その(じつ)は甘いのだ。


 だからビュザンティオンで追手から逃げる際にも、シグルティアに手を差し伸べてくれたのだろう。お陰で今も、こうしてリュウ一行と共に旅をして、生きて居る。


「俺も自分でアホだとは思ったけどなぁ……」


「けど、何?」


「や、ここからは俺の問題だな。取り敢えずリュウさんにも怒られるの覚悟で報告しとくわ」


 深々と溜息を吐いた彼は、それきり斜陽の差し込む森の中を黙々と歩いていた。


 あちこちから聞こえて居た筈の激しい戦いの音は、今は何処からも聞こえず、森は穏やかな夕暮れを迎えようとしていたのだった。





◆◇◆





「やあ、無事みたいで良かったよ、二人共」


「それはこっちの台詞でもあるんですけどね。全滅させたんですか?」


 シグを背負い、リュウと別れた場所まで戻ってみれば、そこには泰然とした態度で倒木に腰掛ける仮面の人物が座っていた。


 彼の左右にも靈儿(アルヴ)庸儿(フマナ)の少年少女がそれぞれ腰掛け、どうやら俺達二人の帰りを待っていたらしい。


 周囲には(たお)れた無数の男達の姿と、爆発が起きたかのように木々が薙ぎ倒されていた。


 それだけで、この場の戦闘がどれだけ激しかったのかを物語っていると言えよう。だと言うのに平然とした様子の仮面の彼には驚愕を禁じ得ない。


 流石に彼が敗けるとは思ってなかったが、それでもである。


「全滅はさせられなかったね。逃げられたし、戦闘不能にした人は皆自決しちゃったしで」


「あれだけいた連中を相手に勝ったんですね……」


「流石は化け物と呼ばれるだけのことはある……」


 まだまだ精進が足りないとの自嘲気味なリュウの答えに、俺もシグも呟きに呆れが混じる。それはリュウの左右で倒木に腰掛ける二人も同じなのか、揃って苦笑を浮かべていた。


 だがそんな談笑も程々に、苦笑を浮かべていたレメディアが俺に背負われたままでいるシグの両手に気付いたらしい。


「シグちゃん、どうしたのその手!? 血も滲んでるし……!」


「私としたことが少し失敗してしまったんだ。悪いが手当てをしてくれると助かる。この白儿(ぽんこつ)じゃ碌な処置も出来ないみたいだからな」


「おい。応急処置してここまで運んでやった人に対してその言い方は酷くねえか?」


 恩知らずも良い所である。余りな物言いに、彼女を思い切り地面へ叩きつけてやろうかとすら思ったが、報復が怖いので自重した。


 ここで恨みを買えば、後でどのような仕返しをされるのかは皆目見当もつかないのだから。下手をすればレメディアと手を組んで、寝込みに復讐を仕掛けて来ないとも限らないし、或いは食材に何か悪戯されるかも分からない。


 下手な事はしないに限るのである。


「リュウさんも見てあげて下さい。もし余裕がありそうならあの薬の投与も」


「そんなに酷いのかい? ラウ君が丹薬の投与を求めるのならそりゃあ相当なんだろうけれど……ああ、酷いねこれは」


 一度見ただけでも目を引くのは、あて布が赤く滲んだ両手。おまけに見えている箇所だけでも痣は多く、レメディアも普段の柔らかな雰囲気が吹き飛ぶほど真剣な表情を浮かべていた。


「まず最初の処置は私がします。リュウさんもこっち見ないで下さい。特にラウ君、絶対ダメだからね!?」


「俺だけ名指しで厳命!?」


「……前科あるもんな、お前」


「あれは事故だ!」


 ニヤニヤした顔をしながら肘で小突いて来るスヴェンに、振り返って強く抗議する。というか、抗議しない訳にはいかなかった。


 命を脅かすに足る傷を一瞬で負わされた彼女を見て、薄ら寒いものを覚えずにはいられなかったのだから。


 この世界にラウレウスとして生を受けて、同じ村で育ち、そして互いに親を亡くしてから孤児として寄り合って生きて来た。


 一時は距離を置いていたけれど、それでも世界で自分と繋がりの強い存在の一つなのだ。失う訳にはいかなかった。失いたくなど無かった。


「村の幼馴染が死にかけて、それを見て平然とはしていらんねえだろ!?」


「……そりゃ、まあそうなんだけどね。あの時(・・・)もそうだったし」


 そう言いながら彼は今では無い、いつかの記憶を掘り起こしているらしい。金色の目を細め、過去を懐かしんでいる様だった。


 そんな時、一連の遣り取りを聞いていた、と言うより聞こえていたらしいシグが、思い出したように口を開く。


「そう言えば、ラウとスヴェンは前世を持つのだったか? 丁度良い、お前らが居た世界について、もう少し詳しく聞かせてくれ」


「お前の手当てが終わってからの方が良いと思うけどな」


「……真剣な空気一辺倒で手当てされると、痛みが強調されて堪らない。そう言う時は誰かが喋った方が気は紛れると思わないか?」


 時折傷口が痛むのか、レメディアの処置を受けながら苦悶の声が漏れている。だが今は傷を見るために色々服を剥いでいる状態の為、振り向いて彼女の容態を確認する訳にも行かない。


 そのせいで、対面で話せない状況のせいで、地球の事を話す上では色々と支障を(きた)すのは分かり切っていた。


 この世界には無い道具などを説明する上で、地面に図を描くなどと言った事は必須なのだ。そうでなければリュウを含めて誰も話について行けない。


「私としては、取り分け銃についてより詳しい話が聞きたいのだが」


「詳しいって言っても、俺が居た国は庶民が持っちゃいけないものだったからな。直接手に持つ事は出来なかったぞ」


 持って居たら大問題である。種類にもよるが、間違いなく警察署行きで(しか)るべき罰が下される。少なくとも普通の高校生だった自分には縁遠いものだった。


「なのに、それが何であるかは分かるのだろう? 不思議だな、ならどうやってそれを知るんだ?」


「ネットとか、テレビとか……そこで写真とか映像で紹介されてるから」


「ねっと、てれび? “しゃしん”と“えいぞう”とは何だ? また良く分からん単語が出て来たな。そこも説明頼む」


「だああああああ面倒くせえええええええ」


 すぐにこうなる。なまじシグ自身が元東帝国の皇女だった事もあって、この世界における教養と頭の回転は目を(みは)るものがあるのだ。


 だからよく気付くし、片端から気になった事を言語化して明確に説明を求めて来る。その結果として一々話は止まり、進んだと思ったらまた止まるを繰り返す。


「おいスヴェン。いや桜井 興佑(きょうすけ)。どうして俺だけが喋ってんだ? お前も補足とか手伝え」


「俺の出る幕なくね? 任せたぜ慶司(けいじ)!」


「お前覚えてろ」


 当初は俺とスヴェン両名に訊ねられていた筈だった質問は、気付けば俺のみに向けられていて、彼は呑気に倒木へ腰掛けて水を飲んでいた。


 だが最後に彼へ向かって呪詛を吐いた後は、再びシグからの質問攻めにあう。彼女と一緒になって話を聞いているレメディアも頻繁に質問を飛ばしてくるため、忙しないと言ったらありはしなかった。


「ひこうき、って何? どうして魔法も無い世界だって言うのに、人が空を飛べるの?」


「そんなの俺が知るかぁぁぁぁぁぁぁあ!?」


 出て来いライト兄弟。お前らの出番だ。いや、この際ダヴィンチでも良い。助けてくれ。


 そろそろいい加減やってられなくなってきたと思った時、ふと気づいた事が一つ。


 それは今から少し前の、シャリクシュから狙撃を受けた時の一幕だった。


「……リュウさん、俺から一つ質問良いですか?」


「何かな? 答えられる範囲なら答えるけれど」


「はい。答えられる範囲で構いません。脚の事です」


「脚……ああ、そう言えば撃たれちゃったねえ、僕」


 サラリと何でもない風に言われたその言葉で、その場の空気が固まった。特にレメディアがそうである。俺と共に、脚を撃ち抜かれたリュウを目撃した彼女は、当時の事を思い出したのだろう。


 背を向けていても彼女が息を呑んでいるのは伝わって来た。


「あの時はいずれ話すとか言ってましたけど、それって今話して貰っても良いんですか?」


「うん、別に構わないよ。ラウ君とスヴェン君だって、前世の記憶を持っている事を僕含めた皆に打ち明けた訳だし」


 ここで話さないのは不公平だと言われても文句は言えないと、リュウは口端を緩めていた。


 遂に、彼が抱える秘密の一端を垣間見ることが出来ると言う事実に、思わず生唾を飲む。この場に居る誰もが似たような事を思っていたのだろう。


 銃で撃たれた彼の脚から血が出なかった事や、すぐに塞がっていた事を知らないシグとスヴェンも真剣な雰囲気を纏っていた。


 視線が、自然とリュウへと集まって行く。


「……レメディア君、そろそろ手当ては終わったかな? そうしたら僕も振り向いて、皆が視界に映っている状態で説明をしたいのだけれど」


「え? あ、はい。もうちょっとで終わります!」


 果たして彼女の言う通り、間を置かずシグの手当ては終わった。応急処置に比べて手間と時間もそれなりに掛っているからか、シグも多少体の調子が改善されたらしい。


 疲弊の色は見えつつも、痛みで表情を歪める度合いも頻度も改善されていた。


 それを確認して一安心とリュウも思ったのか、一度頷くと咳払い。


「さてそれじゃあ、まずは手っ取り早くこれを見て欲しい」


 懐から彼が取り出したのは、この地域の物とは違う(こしら)えの短剣。両刃のそれは、日本刀とも違う刀身模様を持っていた。


 少なくとも、この地域で見られるような両刃で出来た銀色の無骨な剣とは違う、網目状の模様が走っていたのである。


「あ、これ? 珍しくて良いでしょ。東にある華胥(かしょ)っていう地域にある、【(えつ)】って国で鍛冶職人に作って貰ったんだ」


「……それで、その剣で何を?」


「そうそう、切れ味抜群なこの剣で……」


 (おもむろ)に彼は自身の手首へ短剣を当てる。そしてそのまま、止める間もなく。


 彼は己の手首を斬った。


 ざっくりと刃が入り、手首の半ばまで切り込みが入ったのである。


「な、何を……!?」


 シグですらも体の痛みを一瞬忘れる程に慌てた反応を見せていたが、当のリュウ本人は特に何と言う事も無いように、手首から短剣を引き抜く。


 すると途端に鮮血が噴き出す――事は無かった。


 代わりに白い何かが煙のように溢れ出し、霧散して行く。例え見るのが二度目であっても、その余りに非現実的な光景に言葉を失わざるを得なかった。


 そうこうしている内に深かった手首の傷が見る見る塞がり、何事も無かったかのように白い肌がそこにあった。


「…………」


「な……な!?」


「塞がった……?」


「リュウさん、本当に手当てしなくて平気なんですか!?」


 誰もが驚きで口をあんぐりと開き、レメディアは心配そうな顔をしてリュウに駆け寄る。だがやはり幾ら触った所でそこに怪我の痕跡はなくて、彼女は愕然としていた。


「勿論痛みはあるけれど、血は出ないんだ。僕の体はね」


「……どういう事か詳しく説明して貰っても?」


「構わないよ。早い話、僕の体は半ば人間じゃあないんだ。精霊との中間、って感じかな。所謂(いわゆる)なりかけ(・・・・)だよ。半端者ともいうね」


 その言葉に、とうとう誰もが絶句した。


 本当に誰一人として言葉が出ない。聞こえるのは、夕方の空を飛ぶ鳥の鳴き声と、風の音だけ。


「詳しい経緯についてはここでは省くけど、この体になったせいで余り睡眠は要らないし、食べ物もの必須って訳じゃあない。怪我をしても今の通りさ。例え、首を飛ばされたとしてもね」


「首、って……」


 それでは不死身と言っても差し支えないでは無いか。何より文字通りの化け物では無いか。


 俄かには信じられない気持ちで一杯だったが、事実彼が自身の手首に付けた傷は秒で塞がってしまったのをこの目で見ている。


 嘘を言っている様には見えなかった。


「別に不死身って訳じゃあないよ。なりかけの半端者だから、魔力とか無くなっちゃうと結構危険なんだ。再生できないし、動けないしで、何もしないとそのまま消滅しちゃう。だから適度に休憩や食事が居るのは君達と同じなんだ」


「なりかけって……人間なんですよね?」


「元はね。今はどっちでも無い。半端者だって言ったでしょ?」


 便利そうに見えて色々不便なのだとか語っているが、余りにも突拍子が無い話に対する衝撃が強すぎで、半分以上耳に入って来ない。


 他の三人もまたそれは同様だったものの、それでもどうにか頭を整理して質問を重ねるのだった。


「じゃあ、その体になったのはいつから……?」


「百年くらい前かな? 正確な月日は忘れちゃった。あれからずっとこの体のままだよ」


「百って……今の歳は幾つくらいですか?」


「百以上で百五十以下ってくらいじゃあないかな。色々あって十八歳の時からこのままだし」


 顎に手を当て、空いたもう片方の手で指を折る仕草をしたリュウは、そう言って笑っていた。


 一方、その笑みを向けられた俺達はと言えば、いよいよ話について行けずに沈黙するのだった。





◆◇◆





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